オモイデンワ

  ◇

  「やっぱり、ろくな仕事ないよなぁ」

  ぼりぼりと頭を掻きながら、猫人の僕ー根古屋幸助(ねこやこうすけ)ーは部屋で小さくため息をついた。

  手に持っているのは、コンビニで買った就職情報誌。

  そう、今僕は絶賛就職活動中だった。

  「あの時入院してなかったら、今頃立派な社会人として働いていたはずなのに……」

  あれは大学3年の夏。

  そろそろ就職活動でも始めないと、という時期に、僕は流行り病で入院する羽目になってしまったのだ。

  さいわい命に別状もなく、元の元気な状態に回復したものの、入院退院を繰り返した時期は半年以上とかなり長くなってしまって……きちんと全快する頃には、一般的な就活期間が終了してしまっていたのだ。

  取り残された僕は、完全に浦島太郎状態。

  卒業までに何とか仕事を見つけないと、と必死に探しては見たものの、残っているのは胡散臭い誘い文句満載のブラック企業しかなかった。

  ……完全に出遅れちゃったからなぁ。

  ページをめくれば、一見良さそうな会社もあったんだけど……。

  

  「ここはやめといた方が良さそうだな……」

  僕の場合、ここは駄目だなというのが、なんとなくわかってしまうのだ。

  霊感、とでも言うんだろうか。

  僕は生まれた時から、なぜか人よりも勘が鋭かった。

  それだけじゃない。

  街を歩いていても、普通の人に見えないようなものが見えたり、自分にとって害意があるものがわかったり。

  特に危ない事や話を見聞きするだけで、なんとなくこれはヤバいかな?、という警報が頭の中で鳴り響くのだ。

  そのおかげで、僕はこの歳になるまで危険なことに引っ掛かったり、騙されたりといったことが無かった。

  「とは言うものの、お金は稼がないといけないしなぁ」

  結局僕は、無事大学は卒業は出来たものの、きちんとした仕事を見つけることが出来ずに、名実ともに無職、という奴になってしまったのだ。

  在学中は家庭教師やファーストフードのバイトなんかを頑張っていたから、まだお金はあるんだけど、それも入院でやめざるをえなかったし。

  というわけで、とりあえず就職雑誌で調べてはみるものの、なかなか気乗りするような仕事は載っていない。

  

  「はぁ。……煙草でも買いに行くか」

  しばらく眺めていたものの、僕は諦めて立ち上がると、靴を履いて部屋の外に出る。

  散歩がてら外の空気を吸って、気分転換しようと思ったのだ。

  

  かちゃり。

  外に出ると、いつの間にか夕日が沈みかけているのがわかった。

  僕の青い体毛が、真っ赤に染まっている。

  見上げると、うっすらと赤い色が残った空に、忍び寄る様に黒い影が混じっていた。

  逢魔が時、という奴だ。

  僕はそんな中を、何の気なしにぶらぶらと歩いて行く。

  薄暗くなりかけた街の風景を眺めながら。

  「あれ? 前からこんなのあったっけ?」

  そこは雑居ビルの隙間。

  人が通るにはちょっと狭いかな?と思わせる路地の奥に、薄っすらと灯る置き看板があったのだ。

  ……いつも通ってるはずなのに。

  僕は立ち止まると、初めて見る看板をしげしげと見つめる。

  そこには、「幽限会社 オモイデンワ」と書かれていた。

  「幽限会社? オモイデンワ?」

  言葉の意味がよくわからない。

  ……何の会社なんだろ。

  それでも僕は引き寄せられるように看板へと近づいていく。

  あからさまにうさん臭そうなその看板からは、なぜか人をだますような嫌な雰囲気が一切感じられなかったのだ。

  その古めかしい看板には、最近新しく貼り付けられたのだろう小さな紙に、「従業員、アルバイト募集中」と書かれていた。

  「へっ」

  僕は思わず声を出してしまう。

  そこに書かれていた時給の額が、通常では考えられないようなものだったから。

  それこそ、だまそうとしているんじゃないかと思わせるような金額で。

  

  「ううん……」

  でも、僕の勘では、これが詐欺だとは伝えてこないのだ。

  迷ったのは一瞬だった。

  でも、何しろ、先立つものが必要なのだ。

  僕はまるで導かれるように、路地の奥に進んでしまう。

  かたん、かたん、かたん、かたん。

  小さなビルの階段をのぼると、そこはすぐに事務所の入り口になっていた。

  ひょこっと覗くと、開かれた扉の奥では、受付で退屈そうな顔をした白い虎が頬杖をついている。

  ……うへぇ。

  こっそり観察すると、真っ白な毛並に黒い縞模様、全体的に丸みを帯びた体つきをしている虎は、鋭い目つきでちょっと強面だった。

  一瞬どうしようか悩んだものの、僕はパッと見少し怖そうなその人に、恐る恐る声をかけてみた。

  「あの……表の張り紙を見たんですけど……」

  その言葉に、白い虎の人は驚いたような顔を見せた。

  「ええっ! ちょっとなによ。君、あの看板見えたのぉ!」

  ……えぇ。

  なんというか……ばりばりのオネェ言葉なんですけど。

  いや、この低い声は男の人……だよね。

  あまりのギャップに目を白黒させている僕にかまわず、白い虎のおねぇ(?)さんは僕に言葉を続ける。

  「あれが見える人なんて久しぶりよぉ。……そうかぁ。君は選ばれたんだぁ」

  「選ばれた?」

  意味が分からない。

  ……この人、ちょっと変な人かも。

  「あ、あの……やっぱりいいです……」

  思わず踵を返そうとしてしまうが、逃がすまいと、白い虎の太い腕が僕を手を掴んでしまう。

  「うちの仕事に興味あるんでしょう?」

  振りほどこうとするものの、さすがに虎だ。

  おねぇのくせして思いの外強い力に、無理やり引き剥がすことも出来ず、僕は諦めてしまう。

  「ええ、まあ……」

  「うちの仕事は簡単よぉ。ただの電話の対応だけだからぁ」

  「電話、ですか?」

  「そう。ただの電話番よぉ」

  「……」

  「ああ、だからと言って、別にクレーム対応させるわけでもないしぃ、こっちから営業するわけでもないしぃ。ただ、かかってくる電話の対応をしてくれればいいだけぇ。楽っちゃ楽、かな?」

  「……」

  ニコッと笑ってくれるものの、なんか目元が怖い。

  ……でも、ただの電話応対で、そんなに時給が良いなんて。

  その様子に胡散臭さはピークに達していたけど、いつものように僕をだまそうとするときに聞こえる警報音は、頭の中に聞こえないままだった。

  「よかったらちょっとお試しでやってみない? 30分だけでいいからさぁ」

  白い虎は、突然そんなことを言い出す。

  

  「は?」

  「いや、せっかく訪ねてきてくれたんだから、そういうのもいいかなってぇ。だって君、お金欲しいんでしょぉ」

  「……」

  そりゃ、欲しくなかったらこんな胡散臭いところまで上がってはこない。

  ……なんか足元見られてる感じだなぁ。

  「そうね……。今だったら30分で1時間分の時給をあげるわよ。しかも即金で」

  「……」

  たった30分で、バイトの日給並みのお金をもらえるのか……。

  

  「それぐらいならやってもいいかな?」

  つい、僕はそんな言葉を呟いてまうと。

  「そうなの? じゃあ、入って入って!」

  嬉しそうにはしゃいだ白虎は、僕を無理やり事務所の中に引きずり込んでしまうのだった。

  ◇

  「ええと……」

  連れ込まれたのは、四角く区切ってある小さなブースだった。

  机の上には応対用なのだろう、固定電話機とメモ用紙に筆記用具が置かれている。

  他には周りに荷物置き用の棚、携帯の充電器、時間つぶし用の携帯ゲーム機、外には飲み放題のジュースサーバー、インスタントだがラーメンやレンチンの御飯。

  ……まるでネカフェだよな。

  何だったらそこで住むことが出来そうなほど、至れり尽くせりなスペースになっている。

  ……これで仕事じゃなかったら、最高なんだけど。

  そんなことをつい思ってしまう。

  「防音は完璧だから大騒ぎしても大丈夫よぉ」

  感じ入る僕に、そんなことを言い出す白い虎。

  「1人で大騒ぎしてもしょうがないじゃないですか……」

  「そりゃそうね」

  「……」

  呆れた顔をした僕に、白虎は笑ってみせる。

  

  「で、ここにかかってくる電話での受け答えをして欲しいんだけど……」

  「どんな応対をすればいいんですか?」

  「とりあえず、相手の話を聞いてあげて欲しいのよ」

  ……悩み相談室みたいな奴なのかな?

  「まあ、そんなに頻繁にかかってくるものじゃないから、心配しなくても大丈夫だと思うけど。……ああ、もし電話の相手に頼まれ事をされたら、受ける前に報告してね」

  ……頼まれ事?

  「わかりました」

  よく理解できないまま、ともかく僕は頷くと、ブースに入り椅子に座った。

  ……ああ、椅子も高い奴だこれ。

  なかなか座り心地がいい。

  「そうそう、名前を聞くのを忘れていたわね。君の名前は?」

  白い虎は満足そうに座る僕を見て、思い出したようにそう言った。

  「はい、根古屋幸助と言います」

  「なるほど、幸助君か……。私の名前は金剛白虎(こんごうびゃっこ)。親しみを込めて白虎さんって呼んでくれてもいいわよぉ」

  満面の笑みを浮かべるおねぇの白い虎に、僕は苦笑いを返す。

  「……じゃあ、金剛さんで」

  あまりお近づきになると、危険な気がするから。

  ◇

  金剛さんが出ていって、僕は1人ぽつんと電話を待ち受ける。

  とは言うものの、彼女(?)が言った通りに、なかなか電話はかかってこなかった。

  ちらちらとスマホを見ていると、あっという間に20分が経ってしまう。

  ……こんなんで本当に1時間分の時給がもらえるのか?

  正直困惑していると、目の前の電話が控えめな音で鳴り出した。

  ……そりゃそうか。やっぱり甘くないよな。

  そう思いながらも、ちょっとホッとして、僕は受話器を取った。

  「幽限会社、オモイデンワです」

  『……もしもし、聞こえますか?』

  その声は、なんとなく幼い子供のもののように感じられた。

  まだ幼稚園児ぐらいだろうか。

  まるで遠いところからかけてきているように、ノイズ混じりの小さな声。

  「あ、はい。ちゃんと聞こえてますよ」

  『よかった……』

  それは舌足らずだけど、とても安堵したような声で。

  『あたし、とむらかなえと言います。あの……』

  「どうしたのかな?」

  言い出しにくそうにしている女の子に、僕は優しく問いかける。

  『あのね……あたし、忘れ物をしちゃったの……』

  「忘れ物?」

  「うん」

  かなえという女の子は、たどたどしく説明を始める。

  『赤くて小さなバッグ。大事な、大事なバッグなの。それをキャンプしてる時に犬崎山で忘れてしまって……』

  彼女が口にした地名は、ここからかなり離れた場所だった。

  「そうか、それは大変だったね」

  ……悩み相談なら、こんな対応でいいんだろうか。

  そんなことを考えながら、僕は相槌を打つ。

  『そうなの! バッグにはね、大事なプレゼントも入ってたの!』

  僕の柔和な対応がお気に召したのか、不安げだった女の子の声が少し明るくなる。

  「プレゼント?」

  『うん、どうしても渡したいものが入っていて……』

  「そうなんだ」

  『だからね、あなたにそれを取ってきて、ある場所に届けて欲しいの』

  「うんうん……へ?」

  ……僕が?

  「場所はね……」

  思いもよらない展開に、眉をひそめる暇もないまま、かなえちゃんはその住所を伝えると、電話は切ってしまったのだった。

  ◇

  「あの……」

  僕は忘れないうちにその住所をメモ帳に書き込むと、紙をちぎって金剛さんの元へと向かう。

  「あらぁ。もう30分経ったのねぇ。どう、電話はかかってきたぁ?」

  やすりで爪を整えながら、白い虎はニコリと笑ってみせる。

  ……今、仕事中じゃないの?

  そんなことを思いながらも、女の子とした不思議なやり取りを金剛さんへ報告する。

  「……というわけで、忘れ物のバッグを届けて欲しいと言われちゃったんですけど」

  「えぇっ? 報告の前に受けちゃったの?」

  素っ頓狂な声を上げる金剛さん。

  「いや、その……」

  ……というか、受ける前に電話切られちゃったからなぁ。

  「それは困ったわぁ。依頼を受けたら、どんな時間でも即対応するのがオモイデンワの社則なのよねぇ」

  しばし悩んだ様子を見せる白い虎は、思いついたように僕の顔を見た。

  「そうだ! ええと、幸助君、申し訳ないけどその忘れ物の配達お願い出来る?」

  「はいい?」

  戸惑い顔の僕に、ぐいぐいと迫る強面の白い虎。

  「ねえ、いいでしょ? 大体、仕事探してるぐらいなんだから、暇よねぇ」

  「そ、そりゃまあ……」

  野太い声でおねぇに迫られるその迫力に、僕は思わず頷いてしまう。

  ……だから怖いんだって。

  「ありがとう! 助かったわぁ。 じゃあ、このクレカ持っていって。この依頼にかかる費用は食事も含めて全部それで払ってくれれば良いから」

  嬉しそうに笑う金剛さんは、僕に一枚のクレジットカードを渡した。

  その強引な様子に、僕は渋々受け取ってしまう。

  「そうだ、今回は特別にこの子も付けちゃう!」

  もったいぶった金剛さんが差し出したのは、カメに蛇が巻き付いた様な小さなキーホルダー。

  ……え、なにこれ?

  困った顔で白い虎の顔を見上げるが、彼女はにっこりと笑ったまま。

  「じゃあ、善は急げよ。今から犬崎山にバッグを取りに行ってきてね。ホテルの費用もそこから出してね~」

  「いや、その……」

  「じゃ、頑張ってねぇ~」

  躊躇する猶予すらもらえず、僕はものすごい勢いでぐいぐいと事務所から押し出されてしまった。

  「……」

  手元にあるのはクレジットカードと怪しいキーホルダー。

  ……これで一体どうしろと。

  就職したわけでもないのに。

  「はぁ」

  思わずため息をついてしまう。

  ただ……。

  『バッグにはね、あたしの大事なプレゼントも入ってたの!』

  『どうしても渡したいものが入っていて……』

  「……見つけてあげたいよなぁ」

  かなえちゃんという、あの小さい女の子の声がなぜか僕の耳から離れなかった。

  「とりあえず、行くだけ行ってみるか」

  僕はクレカとキーホルダーをポケットに詰め込むと、重い足取りで駅へと向かった。

  ◇

  最寄りの駅からレンタカーを借りて、僕は犬崎山へとたどり着く。

  

  「最近は便利だよな。スマホでなんでも調べられるんだから」

  ……かなえちゃんは犬崎山のキャンプ場と言っていた。

  それを検索すれば、すぐに場所は確定したのだ。

  着いた場所はかなりの山奥で。

  本来なら高台になっているそこは、明るければ見晴らしがいい絶好のポイントなのだろう。

  ……今は真っ暗でろくに何も見えないけど。

  そう、夕方から出発したせいで、すでに辺りは真っ暗になっていた。

  僕は車から降り立つと、辺りを見回す。

  「来てはみたものの……」

  キャンプ場なだけあってところどころに照明は置かれているが、物探しを出来るような状況ではなかった。

  「こりゃあ、明日出直した方がいいよなぁ」

  ……駅に着いた時点で、なんで気づかなかったんだろ。

  そうぼやきながら車に戻ろうとする僕のポケットから……。

  

  するり。

  

  不意に金剛さんから受け取った亀のキーホルダーが滑り落ちたのだ。

  「あっ」

  掴み上げようと手伸ばすが、届かないまま坂道になっている斜面を、転がり落ちるキーホルダー。

  「やばっ」

  僕は慌ててそれを追いかけた。

  ……預かりものなのに。

  忘れ物を探すどころか、自分がなくしちゃ駄目だろ……。

  この暗がりで見失わなように、僕は必死に追いかける。

  キーホルダーはしばらく転がった後、太い岩にぶつかって動きを止めた。

  ……岩?

  いや、岩じゃない。

  これは……亀人だ。

  目の前にいるのは、青く大きな甲羅を背負い、白いひげを蓄えた亀だった。

  「あの……それ……」

  キーホルダーを拾い上げた青亀に僕は声をかけると、優しそうな眼をした彼は、にっこり笑ってキーホルダーを差し出した。

  「ほっほっほっ、おめば待ってあったよ」

  聞きなれないその方言は、どこの地方のものだろう。

  それにしても。

  『おめば待ってあった?』

  ……僕を待っていた?

  「あの……」

  「白虎さしゃべらぃでこごまで来だんだびょん?」

  よくわからないけど、金剛さんの名前が出てきたという事は。

  「ひょっとして……オモイデンワの方ですか?」

  「んだ。わっきゃ水上玄武(みかみげんぶ)。一緒さ探す物するじゃ」

  「あ、ありがとうございます……」

  水上さんと言うらしい。

  きっと金剛さんが助けをよこすために連絡してくれたのだろう。

  ……あの人、見た目よりも優秀なんだなぁ。

  いい加減そうに見えたおねぇの白い虎を、少し見直してしまう。

  この亀の人、訛りがきつすぎて意思疎通がちょっと難しそうだけど、いい人そうな顔しているし、助けてくれるならありがたい。

  「じゃあ、よろしくお願いします」

  そう言うと、僕と水上さんは手分けして、バッグを探すことにしたのだ。

  ◇

  「あ、あった!」

  草むらから僕が引き上げたのは、半分以上泥に埋もれた赤く小さなバッグだった。

  ひっくり返すと、裏にはひらがなで『とむらかなえ』と書かれていた。

  「すごい、水上さん。この辺だって、よくわかりましたね!」

  僕が懐中電灯片手にキャンプ場を中心に探していると、急に鼻をひくひくさせだした水上さんは、『この辺だど思うじゃ』と言い出し、僕を引きずっと山奥の草むらに引っ張り込んだのだ。

  「こったのは慣れでらはんでな」

  ちょっと得意そうな顔をする青い亀はえらく年上だけど、朴訥な訛りと相まってなんかかわいらしく思えてしまう。

  ……それにしても、亀って鼻がいいのかな。

  「これで、無事にバッグを届けられそうですね。でもまあ……それは明日にしましょうか」

  なんだかんだ言っても、すでに深夜になっているのだから。

  ……それにしても。

  僕はまじまじと水上さんを見つめる。

  照明のある所では気づかなかったけど、この真っ暗闇の中で見ていると、水上さんがどことなく、まるでぼんやりと光って見えるように感じられるのだ。

  言い方は悪いけど幽霊のような……いや、神様じゃないけど、後光でも差しているような。

  僕は思わずその身体に触れてしまう。

  

  「幸助くん、どうすたんだ?」

  「いえ、なんでもないです」

  ごつごつとした感触に、僕は安堵してしまう。

  ……よかった。幽霊じゃなかった。

  

  「じゃあ、麓のホテルにでも泊まりましょうか。でもこんな時間に泊めてくれるかな?」

  「大丈夫。もう1部屋予約すてらはんで。けっこういい部屋予約すたはんで、楽すみにすておいでけじゃ」

  青い亀は、にっこりと微笑んだ。

  ◇

  「この辺だと思うんですけどね」

  翌朝。

  僕は隣に水上さんを乗せたまま、レンタカーを走らせる。

  住所を見れば、届け先は住宅街の一軒家のようだった。

  「かなえちゃん、喜んでくれるかなぁ」

  僕は声しか聞いていない、かなえちゃんの喜ぶ顔を想像する。

  きっと届け先では、彼女が待っていてくれるのだろう。

  「……」

  だが、水上さんは腕組みをしたまま何も言わない。

  ……昨日は色々と話してくれたのに。

  もっとも、話してくれたのは受付の金剛さんの愚痴や、趣味の釣りの話ばかりで、僕が知りたかったオモイデンワについての話は、華麗にスルーされてしまったけど。

  「ああ、ここだ」

  僕はカーナビを確認して車を止めると、扉を開けて地面に降りた。

  小さな一軒家には、『兎村』と書かれた表札がかけられていた。

  家の様子をうかがうが、人の気配はあるものいやに静かに感じられる。

  ……これ、入ってもいいのかな。

  「ねえ、水上さん」

  「どうすた?」

  「いや……今思ったんですけど、アポイントもなしに訪ねてきちゃって大丈夫ですかね?」

  僕の言葉に、青い亀はしっかりと頷いて見せる。

  「大丈夫だ。むすろ、おめが来るの待ってらはずだ」

  「?」

  何か確信しているようなセリフに僕は首を傾げながらチャイムを押す。

  と……。

  どたどたとあわただしい音がして、玄関の扉が開くと、中から転がり込むように2人のウサギ人が飛び出してきた。

  かなえちゃんのご両親だろうか。

  まるで食いつくような勢いで、僕の顔を見つめている。

  「あ、あの……」

  その勢いに驚いたのか、いつの間にか水上さんは僕の後ろへ退避してしまっていた。

  「ええと……とむらかなえちゃんのことで……」

  おっかなびっくりで僕は声を出すと、2人はわかりきったことのように頷いた。

  「待ってました」

  「へっ?」

  目を白黒させる僕に、ウサギ人は重ねて言う。

  「ひょっとして……かなえのバッグを持ってきてくれたんですか?」

  「どうしてそれを……」

  困惑しながらも、僕は赤いバッグを差し出してみせる。

  「ああ……あなた……」

  「うん、かなえのバッグだ……」

  受け取ると、抱き合ったまま涙をボロボロとこぼしだす2人。

  

  「……」

  ここまでくれば、なんとなく状況が呑み込めてきた僕は、困惑して後ろの水上さんを振り返る。

  彼は、優しい目をして2人のウサギ人を見つめていた。

  「……すいません。やっとこのバッグが帰ってきてくれたと思うと……」

  「……いえ」

  首を振る僕に、お父さんのウサギがこう言った。

  「ぜひ、挨拶してやってください。かなえに」

  ◇

  案内されたそこは、小さな仏壇だった。

  ……やっぱり。

  そこには写真の中でにっこり笑う、幼いウサギ人の姿があった。

  ……亡くなっていたんだ。

  驚きと同時に、何か腑に落ちるような気もしていた。

  あんな小さい子が、1人で電話をかけてきて、忘れ物を届けて欲しいなんて、少しおかしいとは思っていたのだ。

  「1年前の事です」

  バッグを遺影のそばに供えると、お父さんは口を開く。

  「私たちは春休み、犬崎山に家族でキャンプをしに行ったんです。そこで……かなえはいなくなりました。1人でお花を摘みに行ってくると言って……」

  堪えかねたように首を振るウサギ人。

  「そのまま、かなえは帰ってくることはありませんでした。まるで神隠しにあってしまったように。捜索隊もお願いして、私たちも懸命に探したのですが……」

  「そう……だったんですか……」

  「遺体も見つかることがなくて……。周りの人たちには慰められましたが、どうしても諦めることが出来なかったんです」

  「……」

  「だって辛すぎるじゃないですか! 姿を消して終わりだなんて、まるであの子が存在した痕跡がなくなってしまったようで……」

  「……」

  僕には何も言えなかった。

  その辛さを上っ面でしかわかってあげることは出来なかったから。

  「でもね。そんな時です」

  お父さんは言う。

  「昨夜私の夢に、神々しい麒麟が現れたんです」

  「麒麟……」

  「そう、麒麟は夢の中で、私たち夫婦に赤いバッグを差し出してくれたんです。あの日、いなくなったかなえの持っていたバッグを」

  「……」

  「その時、なぜかはっきりとわかっていまったんです。かなえは亡くなってしまったんだって。そして、あの子はこの赤いバッグをどうしても渡したかったんだいうことも。私は麒麟からバッグを受け取って……泣きながら目が覚めました。そしたら、隣で寝ている家内も泣いていたんです」

  「私も、まったく同じ夢を見たから……」

  奥さんはそう言って僕を見る。

  「だから、きっと何かが起こると思って私たちは待っていたんです。そんな時、あなたが訪ねてきてくれた。あの子の赤いバッグを持って」

  「本当に、本当にありがとうございます……」

  「いえ……そうだ」

  夫婦の泣き顔を見て、僕はふと、かなえちゃんの言葉を思い出す。

  『バッグにはね、あたしの大事なプレゼントも入ってたの!』

  「あの……そのバッグを開けてみてください。そこにかなえちゃんの大事なプレゼントが入っているみたいです」

  「プレゼント……」

  2人は僕の顔を見ると、手を伸ばしてバッグを開ける。

  「……」

  そこにはきれいに折りたたまれた画用紙が入れられていた。

  「これ……」

  2人は絶句する。

  『おとうさんおかあさん、けっこんきねんびおめでとう』

  開かれたそこには、その言葉とともに色鉛筆で2人の似顔絵が書かれていた。

  

  「かなえ……」

  泣き崩れる2人を、僕はただ見つめることしか出来なかった。

  ◇

  「あれ、渡してよかったのかな……」

  2人にお礼を言われながら兎村さんのお宅を出た僕は、車を運転しながら、ふとそんなことを呟く。

  「なすてだが?」

  隣に座る青い亀はそう尋ねてきた。

  「だって……僕があの赤いバッグを渡さなかったら、あの2人はいつまでもかなえちゃんが生きているかもと思えていたかもしれないのに」

  娘がもう亡くなっているという事実に直面してしまった二人は、今まで以上につらいんじゃないんだろうか。

  ただ、どこかへ消えてしまっただけで、彼女は今も生きていると考えた方が幸せだったかもしれないのに。

  そう答えた僕を、水上さんは柔らかい目で見つめた。

  「幸助君はやさすいなぁ」

  「……」

  誰かにやさしいなんて言われたの、久しぶりだ。

  「でもなぁ、かなえぢゃんはきっとご両親にずっぱど執着されるごどは望んでねど思うじゃ。2人にちゃんと前向いで生ぎで欲すいど思ってらはずだ」

  「……」

  「だはんでが、かなえちゃんはあのバッグ届げで欲すかったんだびょん」

  「そう、なんですかね」

  「ああ」

  あの後、水上さんは涙を拭う2人と話をしていた。

  書類のやり取りもしていて、見ると守秘義務に関する内容で警察にさえ一切の内容を他言しない旨が書かれていたようだ。

  そこまでしなくても、とも思うんだが、きっと会社的には大事なことなのだろう。

  

  「初めはどうなることかと思いましたけど、……なんか得難い経験が出来たような気がします」

  「それはえがった。……おめにはこの仕事、向いでらように思えるじゃ」

  「どう、でしょうね……」

  そのまま僕たちは黙りこくったまま、事務所へと車を飛ばす。

  そうして、僕の一度だけの非日常な体験は、終わりを告げようとしていた。

  ◇

  「おお、本当にありがとう!」

  事務所へ戻ると、頭にたんこぶを作って涙目の金剛さんと、清掃着を着た見たことのない人が立っていた。

  人のよさそうな細い目をしてちょっとぽっちゃりした彼は、竜……いや麒麟だろうか。

  緑色の体に黄金の鬣、そして2本の角。

  ……麒麟人なんて初めて見た。

  僕はふと、兎村さん夫妻の言葉を思い出す。

  『神々しい麒麟が現れたんです』

  

  ……まさかね。

  この人は腰が低いそうだし、全然神々しくはないし。

  「それと申し訳ない。まさかこの子が、お試しで来た君にいきなり仕事を依頼するなんて思っても見なかったから」

  「だってぇ、幸助君が仕事受けちゃったんだから仕方ないじゃないですかぁ」

  ぶつぶつと呟く金剛さん。

  上下関係は、この人の方が上のようだ。

  「普段は出来る子なんだけどね、君の事よっぽどできる人材だと見込んでしまったんだろうなぁ」

  「いえ、そんなことないですから!」

  しみじみ言う麒麟の人に僕は首を振って否定する。

  「いやいや、社長。幸助君はながなが見込みがあるだ。今回の依頼も完璧にこなすてけだはんでな」

  「ちょ、ちょっと……」

  僕は目を剥いて水上さんを見る。

  「というか……社長?」

  俺は清掃着を着た麒麟の人を見つめる。

  「ああ、自己紹介がまだだったな。私は土奔麒麟(どばしきりん)。このオモイデンワの社長だよ」

  「そうですか……」

  ……この腰の低い感じ、社長には見えないんだけど。

  「白虎がろくに説明しないまま、君に仕事を丸投げしてしまったことに関しては謝罪をさせてくれ」

  でも、こういう風に言ってくれるという事は、きちんとこの会社をまとめている人なんだろう。

  「いえ、それはもういいんですけど……」

  戸惑ったのは事実だけど、悪い事ばかりではなかったから。

  「だが、白虎の言う通りの人材だったし、玄武も太鼓判を押している。どうだい、君も仕事を探しているみたいだし、よかったらうちで働いてみないかな?」

  「ええ……」

  ……そりゃ、得難い経験だったけど、こんなの一回だけで十分ですって。

  そう顔をしかめる僕に、社長は契約書を懐から取り出すと、ずい、と顔を寄せた。

  「ちなみにうちの労働条件は、こんな風になっているんだが……」

  「ええっ!」

  契約書には、見たこともないような好条件が掲げられていた。

  給与と賞与も破格の金額、しかも休日手当、時間外手当、家賃補助まで付いてこれまたやっぱり破格な額で。

  福利厚生もしっかりしているらしい。

  ただ、守秘義務を始め、少しばかりブラックな要素も見受けられたが。

  それでも、これだけの好条件はなかなかないはず。

  「は、はい! よろしくお願いします!」

  悲しいかな、気がつけば僕は契約書にサインをしてしまっていた。

  「よしよし、これで幸助君も立派なうちの社員だ」

  社長の土橋さんは嬉しそうに言う。

  「ちなみに……この会社の業務内容ってどうなってるんですか?」

  僕は聞いていなかった肝心の内容を恐る恐る尋ねる。

  「ああ。今回君がやってくれたのと同じようなものだよ。この世に実体を持たない、人だった物との電話対応が仕事、電話越しのオモイを聞いてあげることだ」

  「……」

  「基本的には聞くだけで終わる事が殆どだけど、それでも中には伝言や今回の様なお使いも出たりするので、よく考えて話ししてね。あと、解ってるとは思うけど場合によっては危ない物が憑く事も有るけど私達が払ってあげるから」

  「……」

  「そんな、さらりと恐ろしい一言を付け加えられてても……」

  「大丈夫、よくあることだから」

  「……ヨクアルコトナンデスカ」

  ……ちゃんとやっていけるんだろうか。

  しかし、やっと就職が叶うと思ったのに、こんな内容じゃ周りに話しても誰も信じてくれないんだろうなぁ。

  そう思うと、僕の口からは不安のため息しか出てこなかった。

  

  完

  福禄さん、リクエストありがとうございました!

  こんな感じでいかがでしょうか。

  エロなしのお話なんて、20年ぶりぐらいなんで、うまく書けてるか心配ではありますが。

  一応主人公目線なので、獣人である3人も『人』表記で書いています。

  ありがとうございました!

  ぽにょねこ