私はあと2回変身を残しています

  「ふぅ…」

  煙を吹くビル群

  逃げ惑う人々。

  崩れ落ちる建物。

  「はぁ…」

  すべてあの怪物がやったことだ。大きさは50mを超えているだろうか。

  アイナの目が赤く充血し始め、真っ赤になる。G細胞が

  活性化したのだ。

  「あ、あ、あ…あはぁ♡」

  上腕二頭筋、二の腕、手のひらと筋肉が盛り上がり、血管が浮き上がる。第3関節がゴキゴキと音を立てて盛り上がり、ゴツゴツとした手の甲になる。指も太く長くなり、指の先を突き破り、槍のような爪が飛び出す。

  「うはっ♡」

  腹筋がバキバキと音を立てて割れていく。ボコボコと六つに割れた腹筋。臍の下あたりから股間にかけて縦線が入り、深く溝を刻み込む。膨らんだ大胸筋が胸を押し上げ、その下から肋骨や胸骨が盛り上がり、その形を皮膚から浮き上がらせる。みぞおちは女性のように細いままだが、重要な臓器は肋骨の中に移動し、そこには深く刻み込まれた腹筋が鎮座していた。

  ゴキリ、ゴキリ、ゴキリ…

  「ああん♡」

  広背筋が広く盛り上がり、肩甲骨がゴキリゴキリと鳴り、皮膚の下から、その形をキレイに見せる。まるで羽根のように膨らみ、続けて脊柱が一つ一つゆっくりと盛り上がると、その形をしっかりと浮き上がらせる。

  そして、背中で盛り上がった筋肉たちが、今度は下半身に伸びていく。臀部の筋肉が引き締められ、骨盤が歪に変化し、剥き出しのお腹を守る鎧のようになる。

  「あおっ♡あおっ♡あお♡」

  大腿四頭筋が盛り上がり、腸脛がその形をしっかりと見せつける。その下では大腿骨が膨らみ、歪に形を変え、変化した大腿四頭筋を守る鎧のようになる。

  「ああっ!あああ!」

  脚の筋肉たちはそれぞれ、より攻撃的な形状へと変化する。ふくらはぎには大きな瘤が現れ、脹脛はパンパンに膨れ上がり、膝小僧は逆方向に曲がり始め、バキィ!と音を立てると、趾行性の生物のような形になった。かかとが歪なくらいに鋭角となり、足の指が一本一本の根元まで伸びる。足の指に生えた鋭い爪は、そのまま地面をしっかりと掴み、身体を支えていた。

  そして、足首から先は、大きく湾曲した踵に変化し、それはトマホークのように形を変える。足の第3関節がゴキ、ゴキ、と一つ一つ盛り上がり、その形をはっきりと表していく。爪先は大きく鋭く尖り、踵はさらに鋭利になり、つま先立ちで歩けそうなほど尖った。

  「おおっ♡おおおおっ♡」

  ゴキィ!と音が鳴る肩の方を見る。肩の先は鋭角的になっていき、アメフトで使うショルダーのように

  変形していった。鎖骨の形も変わり、肩アーマーのような形に変わっていく。

  ズズズ…

  肩アーマーには棘が3本、粘液を伴って伸び、出し入れ出来るように伸び縮みしている。まるで杭打ち機だ。

  「はぁん♡」

  鎖骨がその下から、大きく盛り上がり、大きくなった大胸筋を守る。首の骨が太くなり、その周りには首輪のように棘が生える。攻撃すれば相手は逆にダメージを受けるだろう。

  ごき…ごき…ごき…

  変化した首の骨がゴキゴキと伸び、少しずつ伸びていく。

  「おお、ォォォォォォォ……!」

  アイナは小さく唸りながら、アゴがゴキゴキと伸びていく。優しそうだった少女の顔の面影は消え、下顎が大きく突き出て、獰猛な肉食獣の顔に変貌する。歯は平らなままだったが、4本の犬歯が大きく伸び、凶悪な武器に変わる。

  「にちゃあ…♡」

  獰猛な肉食獣の顔を歪ませ、少女は舌舐めずりをする。その顔には邪悪な笑みが浮かぶ。ゆっくりと頭部から角が伸び、こめかみから後方に向かって伸びていく。

  こうしてG細胞による変異が完了した。その姿は人間としては似ても似つかなく、化け物と呼ぶにふさわしい姿だった。しかし、この姿に変身してもなお、彼女の心はまだ人間のものだった。

  「はぁ♡はぁ♡………グオオオオオオン!!」

  彼女は自分の意思で、怪物に堕ちたことを嬉しく思った。

  私はもう人間じゃない。悪魔になったんだ。だから、もっと……もっと怪物を殺してやるんだ♡

  ズシャン!

  5本の巨大な爪が、地面に突き刺さる。アスファルトは裂け、コンクリートにヒビが入る。

  「ウガアアァァッ!」

  咆哮をあげる。そして、彼女は自分の全身を確認する。身長は約4倍近くになっている。体重は3t以上あるかもしれない。皮膚が鎧のように硬くなっており、肋骨と胸骨、鎖骨がしっかりと皮膚の下からその形を強調する。その下の筋肉ははち切れんばかりに発達し、剥き出しのお腹は歪に変化した骨盤に守られ、腹筋がくっきりと浮かび上がっている。腕や脚は太く逞しくなっており、血管が浮き上がっている。背中は隆起して、背骨と肩甲骨が浮き出ている。お尻には大きな瘤が出来ていて、鋭く尖っていた。

  手を見ると、鋭い鉤爪が付いている。第3関節がその姿をくっきりと見せている。指の先からは、鋭利な長い爪が出ていた。手の形は前腕が長く、指が短くなっていた。手の甲はまるで盾のようだ。

  さらに、肘から先の形も変わっていた。肘先が大きく伸び、槍のようになっている。突き刺せば人間などひとたまりもない。そして手首には尺骨の形がしっかりと浮かび上がり、その下の腕にも立派な筋肉がついているのが分かる。

  次に、下半身を見る。腰回りの骨格は完全に変形しており、臀部はその形を大きく変え、足はトカゲのような後ろ足に変化し、踵は大きく湾曲していた。かかとからふくらはぎにトマホークのようなものが生えており、研ぎ澄まされた刃は美しく輝いていた。足首の骨が筋肉の下から見え、足首を守る鎧となっていた。

  「あはは♡いつ見ても立派な怪物の姿よね?これで街を守るヒーローだってんだから、笑っちゃうわ♡」

  そう言って、少女は笑いながらビルのガラスに映る自分の姿を見ていた。

  獰猛な肉食獣の顔。

  赤く充血した目。口からはみ出す牙。

  「ねぇ♡そこのお兄さん?そう思うわよねぇ?」

  「え…あ?はい…」

  「…こんなナリしてるけど、別に獲って喰わないからね?」

  全身をゴキリゴキリと鳴らして迫ってくるアイナ。だが男性にとっては恐怖の対象でしかない。腰を抜かし、失禁してしまう男性もいた。

  「あぁん♡そんなに怖がらないでよぉ!私、そんな悪いことしないもん!」

  そう言いながらアイナは男性の目の前で仁王立ちする。その威圧感に男性は動けなくなってしまう。

  「はやく逃げなさいね♡怪物に踏み潰されちゃう前に♡」

  ズシャン!ズシャン! 地面を揺らしながら歩くアイナ。その一歩ごとに、アスファルトにヒビが入り、道路が陥没する。その衝撃は凄まじく、アスファルトが割れて土埃が上がるほどだった。

  「ふふふふふ……♡」

  ズシン、ズシンと歩きながら、アイナはその見事な身体を逃げ惑う民衆に見せつける。民衆はそんなことお構いなしに、アイナのそばを通って次々と逃げていく。

  どん。

  と、アイナの足元に誰かがぶつかってしまったようだ。しりもちをついて起き上がれないようので手を貸す。すると、その手の持ち主である少年は叫んだ。

  「ば……化け物!!」

  「あらぁ……こんばんは♡」

  そういうと、アイナは少年を抱き抱える。少年の小さな身体は軽々と持ち上げられてしまった。そのままもとの立っていた姿勢に戻すと、

  「気をつけなさい♡」

  と言ってまた歩き出した。

  「ひぃぃ……!」

  少年が悲鳴をあげる。しかし、その声はアイナの耳には届いていなかった。

  「さて…そろそろみんな、逃げれたかな?」

  辺りを見渡す。さっきまでいた人々がいなくなっていることを確認し、全身に力を込める。

  ボコォ!ボコォ!ボコォ!ボコォ!! 全身の筋肉が隆起し、さらに盛り上がる。腕の筋肉はさらに大きく膨らみ、上腕二頭筋が盛り上がっていく。肩から首にかけて筋肉が盛り上がり、僧帽筋が膨らむ。広背筋が隆起し、背中が大きく盛り上がる。太ももやふくらはぎがさらに太くなり、足のつま先から踵まで、すべてが強靭になる。血流を増加させたことによるパンプアップだった。上半身を支える大胸筋や腹筋、背筋に力が入り、腹筋や背筋の溝が深くなる。腹筋は6つに分かれ、それぞれが別の生き物のように蠢く。その下の腹斜筋や外腹斜筋も力が入る。まるでひとつの生命体のようだった。腹筋の下にある腸腰筋も発達し、歪なシルエットを盛り上がらせた。もはやその身体はホラー映画に出てきそうなクリーチャーそのものだった。

  その姿はまさに悪魔だ。いや、悪魔を超えた何かかもしれない。

  「ふふふ……♡」

  恍惚とした表情で自分の体を見つめる少女。

  「グオオオォォォッ!」

  再び咆哮をあげる。

  そしてクラウチングスタートの姿勢をとり、はるか先の怪物を見据えると、笑みが溢れる。ズドォン!地面が大きく陥没し、アイナの姿はそこから姿を消す。その巨体にも関わらず、100mを1.1秒で走り、人々が乗り捨てた車を蹴散らしていく。

  ドガン!ドガン!次々と車を撥ね飛ばすアイナ。フロントガラスは粉々になり、タイヤは破裂する。エンジンからは煙が上がり、車内には炎が燃え上がる。やがて車は爆発して炎上した。

  その光景を見ながらアイナは

  「にちゃあ♡」

  と笑っていた。その表情はとても邪悪で、見るものを震え上がらせるほど恐ろしかった。3mの高さを持つ大型トラックも、今や彼女の腰の高さほどしかない。

  彼女は気にせず撥ね飛ばしていく。バキバキッ!ガシャーン! 車の窓ガラスが割れる音、金属のフレームが折れる音が響き渡る。大型トラックのコクピットは潰れ、運転席側のドアは変形してしまった。運転手がいたら大惨事になっていただろう。

  ドゴォ!バキィ!ドガン!

  道路をひたすら走り、車を蹴散らしながら、怪物に向かっていく。時速300km以上の速度で走るアイナ。その勢いにより、路面が抉れ、コンクリートの破片が飛び散り、アスファルトに亀裂が走る。彼女が通った跡には何も残らない。ただ、破壊の跡が残るだけだった。

  やがて怪物の前にたどり着くと、その勢いのまま、ジャンプする。地面が大きくめくれあがり、アスファルトに大きなクレーターができる。その中心にいる怪物に向かって落下していくアイナ。着地と同時に衝撃波が起こり、周囲の車が吹き飛ぶ。近くのビルの壁には大きなヒビが入り、ガラスが全て割れてしまう。地面は大きく揺れ、地割れが起きる。

  ズドン!ズドォン!ズダァン!ズシャァ!

  それほどの衝撃の中でも、目の前の怪物はびくともしなかった。それどころか、ゆっくりと立ち上がる。

  「アハハ……♡」

  怪物を見上げるアイナ。その瞳は赤く光り、興奮しているのが分かる。口元は吊り上がっており、よだれを垂らしている。犬歯は伸び、牙となっていた。両手両足の鉤爪はさらに鋭さを増していた。ゴキリゴキリと身体中の骨を鳴らしながら、戦闘態勢をとる。

  「グルルル……」

  低く唸る怪物。

  「ふふふ……それじゃあ……いくわよっ!」

  そう言って、アイナは走り出す。

  ダン! 地面を強く蹴る。その瞬間、アイナは宙を舞っていた。高さは10mくらいだろうか。それでも50mの怪物の太ももにも届かない。

  そのまま怪物に対し、凶器と化した右腕で、引き裂く。ザシュッ! 肉が裂け、血が噴き出す。だが、それだけだった。傷は浅く、致命傷にはならなかったようだ。

  「ぐるるるぅ……」

  怪物はうなり声をあげ、腕を振り払う。それだけで、突風が巻き起こり、アイナを吹き飛ばした。

  「きゃああああ!」

  悲鳴を上げて地面に叩きつけられる。その衝撃で辺りには土埃が舞い上がる。

  「けほっ……!なかなかやるわね……!やっぱり『第二形態』解放しないとキツいかな…

  ガラガラ…

  そう言って身体にまとわりついたガレキを振り払い、6mの巨獣は立ち上がる。その姿はまさに悪魔そのものに見えた。肌の色は黒く変色し、血管が浮き出ている。瞳はさらに赤みを増しており、禍々しさを醸し出していた。繰り返すが、彼女はコレでも街を守るヒーローなのだ。

  「グオオオオォォ!!」

  怪物も雄叫びを上げる。そして、互いに睨み合う。先に動いたのは怪物の方だった。ドォン!ドォン!という足音を響かせながら、アイナに迫る。その50mの巨体から繰り出されるパンチやキックは、一発でも当たれば即死するほどの威力があるだろう。しかし、そんな攻撃をものともせず、軽々と避けるアイナ。その動きは俊敏で無駄がない。まるで踊っているようだった。避けながらも攻撃の手を休めない。左腕を大きく振りかぶり、強烈な一撃を叩き込む。

  ビュンッ!!ズバァッ!! 怪物の足元に直撃する。

  「ギャオォォォン!!」

  怪物が苦悶の叫び声を上げる。傷口からは鮮血が飛び散る。どうやら効果があったようだ。

  「まだまだいくわよぉっ!」

  そう言うと、目にも止まらぬスピードで怪物に迫り、体当たりをかます。肩口の棘が一旦引っ込み、アイナはそこに力を入れる。

  「おらぁ!!」

  ジャキン!

  杭打ち機のように棘が飛び出し、怪物の肩に突き刺さる。トゲの先端が筋肉を突き破り、深々と刺さる。さらにそこから大量の血液が流れ落ちる。

  ブチチチッ!メキメキッ! 肉を引き裂きながら、勢いよく引き抜く。肩から血飛沫が上がる。

  「ギャアアァァァン!!!」

  あまりの痛みに悲鳴をあげる怪物。

  「お?効いたわね♡まだ行けるかな?」

  彼女の肩の棘は装甲車をやすやすと貫く。軍事合同演習をやったときは、危うくドライバーをミンチにするところだったほどだ。

  「ひぇぇ…」

  眼の前に飛び出している粘液をまとった棘を見て、装甲車のドライバーは腰を抜かす。

  「あら♡ごめんなさい♡」

  そう口に手を当てて笑うアイナは6mもある怪物だ。そのギャップは凄まじいものだった。もし彼女が普通の人間であれば可愛らしい仕草だったかもしれないが

  (生きてて良かった…)

  と装甲車のドライバーは思った。

  「もういっちょ!」

  ドガン!再度肩をあてがい、肩の棘を引っ込めていくアイナ。

  ジャキン!

  アイナの棘は勢いよく飛び出す。今度は怪物の腹に刺さった。

  「グアアアアアァァァァ!!!!」

  怪物は咆哮をあげ、もがき苦しむ。腹の傷からも激しく出血する。

  「どうかしら〜?わたしの武器。ちょっと人間離れしてるけど、これでも元は人間だしねぇ」

  そう言いながらも、次々と怪物の身体に棘を打ち込んでいく。その度に怪物は叫び声をあげる。

  ズドォン!ズダァン!

  「ほらほら!さっきまでの威勢はどうしたのよ!このデカブツが!」

  ズドン!ズドン!

  「キャハハハハ!」

  もはやどっちが悪役なのか分からなくなっていた。

  「はぁ……はぁ……」

  肩で息をするアイナ。流石にこれだけ攻撃をすれば疲れるだろう。それに、いくら超人的な肉体を手に入れたとはいえ、体力には限界がある。

  「グルルル……」

  怪物の方もかなりのダメージを負っていた。身体中から血を流し、ふらついている。アイナは飛び上がりながらこの攻撃を行うため、かなり疲労していた。それでも、休む暇など与えない。着地と同時に走り出し、渾身の力で殴り飛ばす。その衝撃で地面にクレーターができるほどの勢いだった。

  「うおおおおおおお!!」

  雄叫びを上げながら突進していく。その時だった。

  プシャァァァァ!!! 突然、怪物の口から紫色の液体が放たれる。その液体の得体のしれなさにアイナはすぐに回避行動を取るが、かすってしまう。

  ぐじゅううううう…ジュウウウウ……

  皮膚が溶け始める。そして、煙が立ち上り始めた。

  「ガアアアアアアア!!」

  激痛に顔をしかめ、その場に膝をつくアイナ。

  「ぐぅ……!なによこれぇ……!」

  痛みに耐えながら、なんとか立ち上がる。見ると、周囲の建物にも被害が出ていた。地面はドロドロに溶けており、壁や電柱も溶けてしまっている。あの液体に触れたものは全て溶かされてしまうようだ。

  「まさか毒液……?いや、これは酸ね……!厄介だわ……!しかも強い……!早く倒さないと!」

  そう言い、再び攻撃を仕掛けようとする。だが、 ズドンッ!! 突如、地面が割れ、地中から巨大な触手が現れる。それは、アイナの足を捕らえると、一気に空中に持ち上げる。さらに、両手両足を拘束され、完全に身動きが取れなくなってしまった。

  「くっ!こんなものっ!」

  アイナは力づくで拘束を解こうとするが、ビクともしない。その間にも、怪物は近づいてくる。

  「グルル……」

  口からは唾液を垂らし、鋭い牙を覗かせている。

  ガブゥ!!

  ブシャアアア!!

  「があああああああぁっ!!」

  噛みつかれ、鮮血が飛び散る。肉ごと引きちぎられそうな勢いで、どんどん食い込んでくる。あまりの痛みに意識が飛びそうになる。しかし、それを堪え、必死に抵抗しようとする。

  「はぁ…あは♡あはははは♡やっぱりだめね…『第一形態』じゃここまでか…」

  そう言うと、アイナの身体はさらに変化を行い始める。肌が黒く変色していき、筋肉量も増え、どんどん大きくなる。身長も伸び、体格が良くなり、筋肉質になっていく。瞳はより赤みを増し、爛々と輝いている。その姿はまさに悪魔そのものだった。肌の色も黒くなっているので、ほぼ全身真っ黒である。

  「第二形態」

  そう呟くと、彼女は自らの舌を噛みちぎった。血が吹き出し、口内に広がる。すると、みるみるうちに傷が塞がり、元の綺麗な舌に戻る。

  「ふふっ♡」

  そう笑うと、アイナは触手を引きちぎり、投げ捨てる。

  「はぁ。…………………あは♡」

  この形態になると更に気分が高揚する。ボコボコと波打つ体中の筋肉。身長は先程よりも大きくなり、12mといったところか。できれば『第三形態』は解放せずに済ませたいところだ。

  ゴキリ…

  全身の爪は赤く発光し、軽く熱を持っている。この状態で引っ搔くと、金属だろうと簡単に切断できるほどの威力が出る。

  「グルァァァァ!!」

  怪物は怒り狂っている。今までにない強敵に出会ってしまったからだ。この個体は、かつてないほどの強さを誇っていた。他の怪物とは比べ物にならない程のパワー。スピード。耐久力。さらに再生力まで持ち合わせている。

  ―――なんだろう、これ?

  15歳の夏、家族とともにバカンスに来ていたアイナは、洞窟の中で赤く光る石を見つけた。

  最初はただの石だと思っていたが、それを手に取ると不思議な感覚が襲ってきた。身体が熱いのだ。全身が疼き、血流が激しくなるのを感じた。まるで自分が自分でなくなるような感じがした。

  (あぁ……♡欲しい♡)

  これこそが『G細胞』だったのだ。生命体に取り付くと、その細胞をどんどんと侵食していき、宿主の肉体を強化する作用があるらしい。それも地球の生物の垣根を超えて。

  バキバキバキバキ…!

  どんどん変化していくアイナ。骨格も変わり、声も低くなっていく。筋肉は膨れ上がり、服は破れてしまった。全身がどんどん歪な音を立てて変化し、元の少女の面影が分からなくなるくらいになってしまった。

  ゴン。アイナの頭が洞窟の天井に

  ぶつかる。天井をぶち抜き、外へ出る。太陽の光が眩しい。そして、その姿を現した。

  「グオオオオオオ!!」

  体長12mを超える怪物にアイナは『変異』した。もはや少女の姿はなく、化け物がいるだけだった。目は赤く染まり、全身に血管のようなものが浮き出ている。身体からは蒸気が立ち上っており、熱気を放っている。口は大きく裂けており、鋭い牙が生え揃っている。手足には鋭利な爪があり、指の先には長く伸びた鉤爪がついている。いきなり第二形態に変異したのだ。

  「ぐる…」

  理性はあるようで、近くのホテルを見てみる。突如現れた怪物に対し、人々はパニックを起こしていた。中には逃げ惑う人もいる。

  「すごい…」

  『G細胞』によって強化された肉体を実感する。全身真っ黒の、人間離れした姿になっている。だが、不思議と不快感はない。むしろ、力が漲ってくる感じだ。

  ぐおお……

  低い唸り声を上げると、少しだけ脚を持ち上げて動こうとする。

  ドドドドドドド…

  足元の洞窟が崩れてしまった。コレでは歩くだけでも危険だ。アイナは黒い怪物の体のまま、一歩も動けずにいる。そのまま腰を落とし、洞窟を完全に崩壊させてしまうと、膝を立て、赤く光る爪を持った腕を乗せ、体育座りをする。

  「はぁ…」

  体育座りをしていると、足元に多数のメディアが駆けつけているのがわかる。カメラを向けてくる者も多い。

  「いつまでこうしてればいいんだろう…」

  『G細胞』により怪物に変化してしまった身体。力はどんどん漲ってくるが、それを発散する相手がいなかった。エネルギー切れになる翌朝までアイナの身体は洞窟の残骸の上に鎮座していた。

  ――――――

  「ようやく…この『力』を試せる…♡」

  第二形態になったアイナは、初めて『G細胞』を手にしたときから考えていたことがあった。この力を試したい。

  第一形態でさえ人間なんて本当に丁寧に接しないと、一瞬でミンチにしてしまうほどの力があるのだから、第二形態になったらどうなるのか♡考えただけでゾクゾクしてくる♡早く暴れたい♡壊したい♡ じゅるりと舌なめずりをするアイナ。その表情はまさしく捕食者のそれだった。

  ズズズズズズ……

  黒き獣は動き出した。その姿はまるで神話に出てくる悪魔そのもので、見るもの全てに恐怖を与えるものだった。

  先程とは異なる姿に50mの怪物は困惑していた。先程までとは違い、明らかにパワーアップしているように見えるからだ。

  その疑問はすぐに解消された。

  ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!

  地面が揺れると同時に、とてつもない衝撃音が鳴り響く。それは、まさに地震のような音だ。思わず耳を塞いでしまう程の大きさである。

  ズバァッ!!

  アイナの第二形態の赤い爪はやすやすと怪物の皮膚を切り裂いた。あまりの速さに反応すらできなかったようだ。傷口から紫色の液体が噴き出す。

  「あはははは♡通るわね!」

  溜まりに溜まった破壊衝動。それをようやく試せる。今までの怪物は第一形態で簡単に討伐出来た。だが今回は遠慮なく第二形態でヤレる。ゾクゾクしてたまらなかった。

  ザシュッ!

  グシャッ!

  次々と切り刻んでいく。しかし、相手はタフな化け物だ。そう簡単に倒れるはずもない。触手による攻撃や、剛腕による攻撃は当たればひとたまりもないだろう。

  「―――やっぱり一筋縄じゃいかないか。でも、そろそろ終わりよ? 」

  ガブゥ!!!

  ブチブチブチブチ!

  首筋に噛みつく。すると、今度は紫の血が吹き出た。どうやら再生できないらしい。みるみるうちに弱っていくのがわかる。そしてついに動かなくなり、巨体は轟音をたて、地面に沈んだ。

  「――あぁ……もう終わりなのね……もっと楽しみたかったなぁ……」

  つまらなさそうに呟くと、最後の仕上げに取り掛かることにした。

  のしのしと怪物の身体を登るアイナ。胸の位置までたどり着くと、

  ずぶうっ!!

  赤い爪を躊躇なく突き刺す。ぐちゅり!ぐちゅり!と音を立てて皮膚や筋肉を切り開いていき、最後にたどり着いたのは、怪物の心臓だった。

  「じゃあ…いただきます♡」

  そう言うと、心臓にかぶりつくアイナ。第二形態になるとお腹が空いて空いてたまらない。『エサ』を前に初めて変身したときは、体育座りでひたすら耐えていたのだ。待ちに待った食事の時間がやってきたのだ。

  グチャッ!グチャッ!むしゃぶりついていると、あっという間に食べ終わってしまった。

  (あ~美味しい……♡)

  恍惚とした表情を浮かべるアイナ。血生臭いが、彼女にとってはご馳走のようだった。

  「………お?」

  黒い獣の身体中を、赤い光を伴った『線』が走る。力が湧き上がる。さらにアイナの『肉体』を強化しようとしているのだ。やがて線は全身に行き渡り、完全に定着した。ボコボコと黒い獣の身体が変化していく。より強靭になり、より凶悪になっていく。爪はさらに伸び、牙も鋭くなる。さらに目が真っ赤になり、全身の血管が浮き出る。全身の筋肉が膨れ上がり、骨がミシミシと音を立てる。身長も20mほどになる。

  「グオオオオオオオオオ!!!!」

  咆哮を上げる。その衝撃で周囲の建物が崩れ、土煙が舞う。

  「はぁ…最高♡」

  さらなる力を手に入れたアイナは、恍惚としている。はやく次の怪物が来てくれないだろうか♡そう思っていたが、今回の怪物は討伐したため、もうこの姿でいる必要はない。

  「解除……」

  ボソッとつぶやくと、身体が元の少女の姿に戻っていく。『変異』した時とは逆で、そのシルエットが徐々に小さくなっていく…

  「ふぅ……」

  元の少女に戻ったアイナ。その肌は真っ黒で、ところどころ鱗が生えている。八重歯も鋭くなっており、目も赤いままだ。ただ、髪は白く染まっているため、一見すると別人に見えるだろう。

  「おーっと………元の姿にまで影響が出始めちゃったか…」

  自分の身体を見て苦笑する。全身真っ黒の肌は硬質化しており、鋭い爪が生え揃っている。足の形状も変わっていた。

  「コスプレってことで…ごまかせないかな?」

  そう言って自分の頬を引っ張ると、結構痛かったのか涙目になっていた。赤く光る爪が少女の肌を少しだけ切り裂いてしまったようで、赤い血がたらりと流れる。

  廃墟と化した街から一人の少女が歩いてくる。その姿は人間離れしており、異形そのものだ。そんな様子を見た通行人は驚きを隠せなかった。

  「みなさーん!コスプレですから、気にしないでくださいね♡」

  笑顔で言うアイナ。

  「あれってもしかして、怪物と戦ってた…?というか、あの姿……」

  「間違いない!ニュースで見たぞ!」

  ざわめく人々だったが、すぐにスマホを取り出して撮影を始める者もいた。SNSで拡散され、たちまち世界中に広まることとなるのだった。

  ――――

  数日後。

  「はぁ。」

  「どしたアイナ?ため息なんかついて。」

  「身体が元の姿に戻らないのよ…」

  制服を着たアイナ。しかし全身の肌の色は真っ黒で、ところどころ鱗が生えている。『G細胞』が摂取した怪物の心臓に適応するのに相当時間がかかるみたいで、ずっとこの姿なのだという。ちなみに胸のサイズも少し大きくなったらしい。足の形が変わっているため、ローファーは履けなかった。

  「いいじゃん別に。アイナは街を守るヒーローなんでしょ?」

  「非公認よ…先生たちは理解を示してくれてるけどね。それに変身するとやっぱり気分が高揚して、なんでも壊したくなってきちゃうの♡」

  「……そっかぁ」

  アイナの目はトロンとしており、息も荒い。まるで発情しているみたいだ。確かに怪物を仕留めるために街の一部や道路上の車を蹴散らしたおかげで、かなりの被害が出たのだが、それは彼女だけのせいではないことは分かっているので、特に気にならなかった。むしろ街を守ってくれてありがたいと思っているくらいだ。

  「あぁ♡早く暴れたいなぁ♡」

  舌なめずりをするアイナ。

  次の怪物はどんなやつだろうか♡そんなことを考えながら、授業が始まるのを待つのだった。