「タカシ君…逃げて……!!」
ナツコは自分の体を抱きしめながら、眼の前の男性に懇願する。彼女の身体はブルブルと身震いをしていた。
「なにを言って…?」
自分の彼女がこんなにも怯えているのだから、早く助けなければ。そう思った彼はナツコを助けようと駆け寄ろうとする。
「早く…!!『あいつ』が来る…お願い、逃げて…!!」
「大丈夫だ。俺が守ってやるから」
だがその言葉を聞いたナツコはより一層震えだす。そして彼女の瞳からは大粒の涙が流れ出していた。
「違うの…タカシ君…!『あいつ』はもうすぐ、私の身体を喰い破って現れるわ……!」
「だからなにを言って…?」
バキッ!メキッ!
ナツコの身体から、骨が折れるような音がし始める。
「早くッ!!もう抑えられない…!!行って!!行けェェェェ!!」
タカシは彼女の気迫に押され、思わずその場から離れてしまった。
「ごめんなさい……。私のせいで……」
彼の姿が消えていく中、ナツコは悲しそうな表情で謝る。
[newpage]
ゴキ!ゴキ!
「あああああっ!!」
わたしの体の骨があちこちに動き回る。『あいつ』がわたしの身体から出ようとしている。
「駄目っ!!来ちゃだめえぇぇ!!!」
ごちゅり。ごちゅり。
わたしの身体は服の下で激しく暴れまわり、泡立つように蠢き始める。
ぐちゅりぐちゅり!
変化は手の先に及ぶと、そこから手の形が崩れ始めた。
ブチブチ!ベチャリ!グジュルルル!!
指先は赤黒く染まり、まるで血肉をこねくり回すような音を立てる。
やがて、腕も同じように形を変えていった。
「ああぁぁ!!」
バリッ!!
指の先を突き破り、現れたのは真っ赤な爪。そして、それは次第に長く伸びていき、鋭くなっていく。
「ああ…ああ…。」
わなわなと震えながら、自分の変化した手の手首を握る。少し力を入れれば、思ったとおりに動く異形の指。それはわたしの身体であるということを表していた。
メキリ!メキリ!
手の形が変わっていく。人間のものではなく、怪物のものへと。
「嫌だ……嫌だよぉ……怪物なんか
になりたくないよお……」
ボロボロと涙を流しながら呟くが、この変化を止めることは出来ない。
ミシミシッ!バリッ! 今度は肩が膨れ上がっていく。骨格が変わり、筋肉が大きく肥大化していく感覚に襲われる。
ブチン!ブチィ!! 肩の付け根から何かが飛び出る感触がした。恐る恐る確認すると、それは真っ赤なトゲだった。ブチブチと音を立てて、それは袖を破り、わたしの腕の外側全体に生えわたる。
「ひっ!?」
あまりのおぞましさに息を飲む。しかし、これで終わりではない。
ビリビリィ!! 今度は背中が盛り上がり、大きな裂け目が出来上がる。そこから見えるのは赤く輝く鋭い棘。それが無数に生えているのだ。
「やめてぇ……お願い……。もう止めてよぉ」
びり…びりり…
ごき、ごき…
服を破りながら、身体中の骨が動き回り、わたしの身体を変えていく。わたしの願いも虚しく、変貌は止まらない。
ビリリリリリッ!!! ついに着ていた服が全て破れ、背中から生えた無数の棘が姿を現す。
「いやああああ!!!!」
絶叫するわたし。その光景を見たくなくて、両手で顔を押さえると、その感触にハッとする。
「あ、ああ…あああ!」
真っ黒な皮膚に変貌した手のひら。大きくなったそれは人間の手とは程遠く、指の先には赤く光る鋭い鉤爪が付いている。腕も太くなり、大きくなった手の大きさに相応しいものになっていた。
「うああ!」
ずりゅりと何かが臀部から伸びる。粘液を伴って伸びたそれは、スカートの中から飛び出していた。
わたしは泣きながら、それを触る。表面は柔らかく、それでいて硬さもある奇妙な物体。先端には針のようなものが生えていた。
「こんな、こんなことって……!」
信じられない現実に頭が追いつかない。わたしはただ泣き叫ぶことしかできなかった。
グチュリ、グチュリ……
脚の筋肉が変質していく。足の形が変わるにつれて、靴を破り、赤く光る爪が飛び出してくる。
バリッ!
靴は完全に裂け、爪先から赤い液体が流れ落ちる。そして、踵からは長いトゲが現れた。
バリッ!バリバリッ!
太ももからヒザに沿って、赤いトゲがソックスを破って生えてきた。
それと同時に、膝の部分から先が膨らみ、硬く、大きくなってゆく。
「ああっ!あああっ!!」
両手、両足で大きく伸びをするような姿勢になると、臀部が大きくなり、続いて腰の部分が太くなる。スカートをビリビリに引き裂きながら、下半身から上半身へと筋肉が発達し、太くなっていく。
ボコォッ! お腹の中心に縦に筋が入り、腹筋が割れてゆく。同時に胸やお尻にも筋肉が付いていく。大胸筋が盛り上がり、胸骨が大きくなると、肩甲骨がごきんとせり上がり、僧帽筋が浮き出てきた。
「うっ……!うううっ!!」
顔が歪み、口が前に突き出される。下顎が膨張するように広がり、唇がめくれ上がって歯茎が露出する。
ググッ!メリメリィッ!!
「ウアアアァァァッ!!!」
顎がゆっくりと伸びていく。それと同時に、発達した筋肉の表面…皮膚が硬質化していくと、ぱき、ぱきと音を立てながら、規則正しく線が引かれると、それはわたしの身体を守る鱗へと変わっていった。
「アアアアアッ!!」
顎はさらに伸び、開いた口には、無数の牙が並んでいく。顔の形が変わり、鼻が高くなり、耳の位置が高くなると、頭の両側から一本ずつ角が伸びてくる。
(いやだ……!!こんなのわたしじゃないっ!!)
心の中で叫びながら、痛みに耐えかねていると、シュルリと長い舌が
口から飛び出した。
「ンンッ!?」
喉の奥に異物感を覚える。舌の先端にピリッとした刺激が走ると、唾液が糸を引いて、地面に垂れた。
「ハアッ、ハァッ、ハッ……!」
舌を口の中に戻し、荒い呼吸を繰り返す。全身が燃えるように熱く、汗が大量に噴き出している。
「がっ…!!」
最後に瞳が真紅に染まると、わたしの意識は『あいつ』に奪われた。
「クク………クククッ…ハーッハッハァ!!」
ドシン!
怪物に変化したナツコは、高笑いをし、大きな足を地面に打ち鳴らす。
「ようやく…ようやく出られた!」
ゴキゴキと指の骨を鳴らし、指が動くことを確かめたナツコ。自分の思い通りに動くことを喜ぶと、タカシが走っていった方を見る。
「クククッ……!!」
彼女の全身の筋肉がぴく、ぴくと脈動する。それはビキッ!と音を立て、大きく膨張したかと思うと…
ドンッ!!
ナツコは、地面を吹き飛ばし、空気を切り裂き、タカシの元へと駆け出した。
[newpage]
「はっ!はっ!はっ!…」
ただならぬナツコの気迫に、たまらず逃げてきたタカシ。なにが彼女を捲し立てたのかは分からないが、とにかく走り続けていた。
「うわっ!」
木の根に足を取られ、転ぶ。立ち上がろうとするが、足に力が入らない。振り返ると、そこには……
「遅いな。タカシ君?…クククッ…!!」
漆黒の鱗を纏い、全身に赤く光るトゲ…まるでドラゴンのような姿を持った怪物がそこにいた。
「う、うわあああ!」
恐怖のあまり、叫び声を上げる。そんな彼の態度に、ナツコは不満げな表情を浮かべた。
「なんだ?この姿が怖いのか?」
彼女はそう言うと、自らの体を眺める。
「素晴らしい身体だろう?獲物を引き裂く爪、肉を噛みちぎる牙、そして、この脚…!!」
いったいどこから現れたのか分からない。だけど、もし『ナツコ』だったなら、相当な距離を離していたはずだった。それなのに、なぜ……
「どうして、ここにいるんだ!?」
タカシは震える声で叫んだ。すると、ナツコはニヤリと笑う。
「簡単なことだ。君の後を追ってきたんだよ」
「え……?」
その言葉に、彼は耳を疑った。
「君は逃げた。だから、私は追いかけたんだ」
「……嘘だろ!?」
「嘘ではない…この程度の距離、俺には造作もないことだ。クククッ…!!」
「ひっ……!」
思わず、後退りする。だが、すぐに背中が木にぶつかり、それ以上下がれなくなる。
「さあ、もう逃さないぞ」
ナツコは舌なめずりをすると、鋭い鉤爪のついた手を向ける。
「やめろぉ!!」
タカシは絶叫しながら、頭を抱える。
つぷ…
タカシの顔に鋭い爪が触れる。赤い血がたらりと流れ、彼の顔を濡らしていった。
ぺろ…
「ふむ。やはり人間の血は美味い。肉はどんな味がするんだろうな?タカシ君…クククッ!!」
ギラリと光るナツコの爪。その先端についた赤い血を舐めると、ナツコは恍惚とした表情を浮かべる。
「ひいいっ!!」
タカシは涙を流しながら、ガタガタと震えていた。そんな様子を楽しむかのように、ナツコはじっと彼を見つめる。
「怖がることはない。ただ、俺のモノになるだけだ。ククッ!!」
じょおおおお…!!
思わずタカシは漏らしてしまう。
ズボンに染みが広がっていくと、それを見たナツコは楽しそうに笑った。
「おいおい、漏らすなよ。子供じゃあるまいし、なあ!?」
そう言って、彼の股間を握るナツコ。
ぎゅうううう……!!強く握られると、タカシは悲鳴を上げた。
「ぎゃあああっ!!」
激痛に涙を流す彼に、ナツコは笑みを浮かべる。
「大丈夫だ。楽には殺さん……」
そう言いながらも、力を緩めない彼女。ギリギリギリ……!!という音が聞こえてきそうなほど、強く握り締められていく。
(痛い!痛い!やめて!死んじゃう!!)
あまりの痛みに、頭が真っ白になり、何も考えられなくなっていく。
「ほら、さっさと楽になれ」
ナツコはそう囁くと、さらに力を込めた。
「あ……が……」
タカシの口から、声にならない声が漏れ出る。身体が痙攣し、意識が朦朧としてきた。
ぐしゃり!
鈍い音が響くと同時に、視界が真っ白になる。
どさっ……
その場に倒れるタカシの身体。それを見て、ナツコは満足そうに頷いた。
「……さて、そろそろ始めるか」
そう言うと、ナツコは気を失っている彼に近づき…
「さようなら。タカシ君…!?」
がぶり!みちみち…!!
タカシの首に噛みつくナツコ。徐々に力を強めていき、そして…
ぶちっ!!首を引きちぎった。
「ククッ……これで俺は自由だ……!!」
ナツコはニヤリと笑うと、タカシの身体を貪り始めた。
「うむ……やはり人間の肉は美味い。」
ナツコは、ボリボリと骨を砕きながら呟く。
タカシが生きていた証が、地面に残った血溜まりだけになると、ナツコは『ナツコ』に語りかける。
「これがおれの力だ…宿主よ。クククッ!!お前にも分かるだろう。今食べた『肉』が、お前の身になっていくのを…!!」
ナツコの魂は怪物に押さえつけられていた。勝手に身体を動かされ、タカシを食らってしまうことに、抵抗できなかったのだ。
(ううう…)
動かそうと思っても、身動き一つできない。怪物に身体を乗っ取られているからだ。
「お前もいずれはこうなるんだ……楽しみにしておけ」
そんな『ナツコ』の気持ちなど知るよしもなく、怪物は言う。
(うるさい……!黙れぇ!!)
心の中で叫ぶ『ナツコ』だったが、その声は届かない。怪物はさらに続ける。
「お前も感じているだろう…?宿主よ。俺が食らった血と肉が、お前の力に変わっていくのを…」
確かに力が沸き起こってくる。とめどなくあふれる力は、ナツコの魂を飲み込んでしまいそうだった。
「うっ……ああっ……」
口から漏れる声。それはもはや、ナツコの声ではなかった。
「ククッ……いい声だ。どうだ?感じているだろう?甘美な味を…?我慢しなくていいんだぞ?おれと『ひとつ』になれば、もっと味あわせてやる…!!」
ドクンドクンと脈打つ鼓動。それはまるで心臓のように脈動していた。
(いやだ!いやだぁっ!!)
必死に抵抗するナツコだが、それも虚しく終わるだけだった。彼女の心は段々と蝕まれていく。侵食していく感情はやがて、恐怖から快楽へと変わっていった。
(ああんっ♡気持ちいい♡もっと食べたい…!食らいつき、臓物を引きずり出し、脳髄を舐めしゃぶりたい!もっともっと肉を味わいたい!!)
(ああ……ああ……♡)
恍惚とした表情を浮かべ、涎を垂らしながら、彼女は呟いた。
「ククッ!宿主よ、所詮はお前も同じ。おれと同じだ。さあ、『ひとつ』になって、何もかも、喰らい尽くしてやろうではないか…?」
(ええ…♡お願い…『ひとつ』になって…もっと味あわせて…?)
ついに陥落したナツコの魂。彼女は完全に支配されてしまったのだった。
「よかろう…我が宿主よ。今こそ、おれと『ひとつ』になろうぞ…?」
そう言うと、怪物の魂はナツコの魂と重なり合う。やがて、ナツコの魂は変質し、ヒトの形を失っていく…
2つの魂は混じり合い、全く新しい存在が生まれた。
「フフッ……ククッ……!」
笑い声を上げる『ナツコ』。その姿は、もう以前の彼女ではない。全身が漆黒の鱗に覆われ、赤いトゲを全身に生やし、太く長い尻尾と、手足には凶悪な鉤爪が付いている。頭は長いアゴと牙を持ち、1対の角が生えていた。
「素晴らしい…力が湧き上がってくる…なんでわたしは拒否していたんだろう…こんなにも素晴らしい身体なのに!」
ギチィ!!
ナツコは全身に力を込める。ぴくぴくと震えていた筋肉が大きく膨張し、その姿をより凶悪にさせる。背中がミチミチと盛り上がっていくと
「はぁん♡」
バサッ!!
巨大な翼が、肉を伴って生えてきた。蝙蝠のような皮膜のある羽。その先端には、鋭い鉤爪がついている。
「ふふっ……」
ナツコはニヤリと笑うと、地面を蹴った。
ズドォォンッ!! 凄まじい衝撃と共に、砂煙が舞う。その勢いは凄まじく、周囲の木々がへし折れるほどだった。
「アハハハハハ!!すごい!すごいわ、この力!!」
早く試したくてたまらない。街を壊そうか?人間どもをぐしゃぐしゃにしてしまおうか?それとも――――
視界の先に、小さく何かがいるのを見つけた。それはてくてくと地面を歩いていると…
ズドンッ!!
「きゃあ!!」
女性の目の前の地面が吹き飛ぶ。驚いた女性は尻もちをついて動けない。砂煙が晴れると…
ぬっ!
そこには大きな怪物がいた。翼を持ち、全身のたくましい身体を見せつけ、身体中に赤いトゲが生えていた。
ぐわしっ!
獲物は逃さない。まずは…
「腹ごしらえ、よね♪」
がぶぅ!
バキッ!バキバキッ!
女性は頭からナツコに食べられてしまう。バリバリと音を立てて咀嚼すると、ごくりと飲み込んだ。
(はぁ……美味しい……)
思わず笑みを浮かべるナツコ。舌なめずりをすると、次の獲物を探すことにした。
「まずは街ね。全部…食べちゃおう?」
じゅるり…
とよだれを垂らしながら、ナツコは歩き出す。一歩進む度に地面が揺れる。ドシン!ドシン!と歩くたびに振動が起こり、周囲の建物が倒壊していく。ナツコの進行を止めるものはいなかった。圧倒的な力で蹂躙する彼女に立ち向かえる者などいなかったのだ。
そして数分後―――――
グシャアッ!!
ナツコは街に辿り着くと、手当たり次第に破壊していった。逃げ惑う人々を追いかけ回し、爪で引き裂き、嚙み砕き、すり潰す。悲鳴と怒号が入り交じる中、彼女は笑っていた。楽しくて仕方がないといった様子だ。
「うふふ♪あはははっ!!」
笑いながら暴れるナツコの姿はまさに悪魔だった。人々は恐怖のあまり泣き叫び、中には失禁する者までいたほどだ。だがそんなことなど気にせず、彼女は暴れ続ける。
「楽しいわぁ!やっぱり食べるって最高ねぇ!!」
そう言いながら、次々と人々を捕食していくナツコ。そして…
[newpage]
もくもく…
パチ…パチ…
街には誰も居なくなった。みな、辛うじて原型をとどめているか、ナツコの腹の中か、それとも、ただの血溜まりだけか…
倒壊したビル群。
血肉にまみれた道路。
あちこちで燃え盛る炎…
たった一体の怪物によって引き起こされた大虐殺は、わずか1夜にして幕を閉じたのだった。
「ふぅ……」
満足したのか、地面に座り込むナツコ。お腹をさすりながら、満足そうに微笑んでいる。
(美味しかった♪)
瓦礫の中心には黒い竜人が、血肉にまみれて笑っていた。彼女によって世界が滅ぼされるのも、時間の問題だった…