[chapter:プロローグ]
時は2016年。ケモノ界の富山県土井中村に、狼の礼堂 乃愛ちゃんが住んでいた。
彼女は一見愛らしいが、実は意地悪。周囲の粗探しを楽しみ、教師の目が届かない場所で悪口や陰口を言う事が当たり前だった。
その結果、3月に集落を出ていった家族がいる。それに味をしめた彼女は、より過激な方法で嫌いな児童を排除しようと考えた。
彼女が6年生に進級して1ヶ月…5月のある日、彼女は下級生の男の子(トントンのあだ名で呼ばれる、2年生の豚)に対して一方的に文句をつけ、相手の自信を失わせて無気力状態にした上で焼き殺そうとした。幸いにも直前で教師に発見され、未遂に終わった。
それから教師たちと両親に説教されたが、彼女は決して謝らなかった。
「なんで私をそんなに怒るの?あんな悪臭を放つゴミ、焼却処分するべきじゃない!
でも誰もそうしようとしないから、私がしてあげる所だったのよ。感謝して欲しいぐらいね!」
どれほど叱っても謝罪がないため、乃愛ちゃんの両親が代わりに土下座して謝った。
それから、彼女は両親と共に車で帰宅した。
「さあ、あんたは部屋に閉じこもってなさい!しばらく顔も見たくないわ。」
「もうお前はうちの子じゃない!うちの家系に殺し屋は必要ないぞ!」
「殺し屋なんて失礼ね。ゴミ処理班と呼んで。」
「なんでもいいから、閉じこもってて!」
「わかったわよ!」
乃愛ちゃんは自室のドアを勢いよく閉じると、狂ったように叫んで暴れ始めた。
「ああーっ!ウギャーッ!私は正義なのに!嫌な奴を排除しようとしただけなのに!」
それに疲れると、ベッドに顔をうずめて泣き出した。
「この正義をわかってくれる相手はいないのかしら…もしいたら私に手を貸して…」
乃愛ちゃんは「単なる意地悪な子」ではなく「自分が正義と信じ込んでいるサイコパス」と化していた。
[newpage]
[chapter:悪魔の世界へ]
その時、彼女の耳に声が聞こえた。
「それなら貸してやろうじゃないか。さあ、恐れずにこっちへおいで…」
「何よ!あんた誰?」
「お前の味方だ。」
「名前を言いなさいよ!」
「ここへ来れば教えてやる。」
室内で闇が渦巻き始め、乃愛ちゃんがちょうど入れるサイズの入り口と化した。
「味方になってくれるなら、喜んで行くわ。ここには私の敵しかいないもの!」
入ると同時に、入り口は消滅した。
しばらく闇の中を歩くと、出口が見えてきた。
その先は洋風の立派な部屋。見慣れない姿の者が立っている。
身長は180cmほどで、立派な制服を着ている。灰色で毛のない肌、尖った耳と角、黄色い瞳、矢印のようなしっぽ…
「あんた誰?黒ヤギ?」
「違うぞ。吾輩はダンケルハイト・フォン・ディアブロッケン総統だ。種族としては悪魔だな。」
「ずいぶんと偉そうな口の利き方ね。」
「当たり前だ。吾輩はこのファルゴーブ帝国の最高指導者だからな。」
「それで、どうして私をここに呼んだの?」
「お前には負の感情を呼び寄せる素質があるのでな。負の感情は我が国にとってなくてはならない物だ。」
「へえ、それをどうするの?」
「ここからは吾輩の忠実な部下に説明してもらおう。お前ら、入れ!」
隣の部屋から小柄な悪魔が2匹入ってきた。片方は暗い表情で、もう片方は不気味な笑いを浮かべている。
「さあ、今日からこの礼堂 乃愛がここで暮らす事となる。お前ら、自己紹介を。」
暗い表情の悪魔は、あまり感情を込めずに言った。
「俺はフィッシェ・アウゲ。総統閣下の指示でいろいろ働いてるし。」
不気味な笑いの悪魔は、やけに高いテンションで言った。
「ぼくちゃんはカッツェ・ゼーエンよ。負の感情大好きなのねー!」
「負の感情はいろいろ役立つし。エネルギーにも食べ物にも変わるし。」
「しかも食べ物にした場合は、種類によって味がいろいろ変わっちゃうのよーん!
ピリリと辛い焦り。ほっぺたが落ちちゃいそうになる恐怖。とろけるような甘さの悲しみ。その他数えられないぐらいあるのよね。」
「総統閣下は様々な異世界から負の感情を集めてるし。それでこの国を動かしてるから、国民にも慕われてるし。」
「それで君はどうやって負の感情を集めたの~?教えてちょ!」
「負の感情を集めていた事は知らないわ。私がしていたのは、私の気に入らない奴を追い出す事よ。」
「気に入らない奴ってどんなの~?」
「うざい奴、臭い奴、変な奴、私に反抗する奴とかね。あの学校にいる奴はそんなのばっかりだった!
親だって私をあんなに怒ったから、大嫌いよ!私は正義なのに!」
ディアブロッケン総統は同情の目を向けた。
「ああ、それはさぞかし辛かっただろう。その素質を誰にも理解してもらえなかったのだからな。
ここならもう大丈夫だ。吾輩がお前の新しい親になろう。」
「ほんと?ありがとう!それじゃ、私に魔力を授けて!」
「悪いがそれは吾輩の仕事ではない。だがそれにぴったりな悪魔を知っているから、紹介しなくてはな。
そうだ、ついでだから国民たちにもお前を紹介しよう。」
総統が壁のスイッチを押すと、屋外のスピーカーから声が流れ始めた。
「ただいまより総統閣下の演説が始まる!国民諸君、特段の事情がない限り直ちに集合せよ!」
「へえ、ここってスピーカーあるのね。」
「ああ、吾輩の調べによれば、この世界にある国の中で最も技術が進んでいるのは我が国だ。
さあ、お前も来い。大事な事だからな。」
[newpage]
一同はバルコニーに出た。
「こんな国に住んでるのね。悪魔らしいじゃない。」
空は紫で、遠くには険しい山々や深い森が見える。町には重厚な洋風建築が並び、クラシックカーのような車が走っている。文化レベルは20世紀初頭辺りのようだ。
ディアブロッケン総統の住処は、立派だが不気味さを漂わせる宮殿だった。バルコニーの下には住民の悪魔たちが集まっている。
「国民諸君、吾輩は異世界から新たな住民を呼んだ。礼堂 乃愛という狼の少女だ。彼女には負の感情を集める素質があるため、我が国にふさわしい。」
乃愛ちゃんは前に出て、手を振った。下から拍手や歓声が上がる。
「彼女は大きな力を手に入れたいと望んでいる。きっと我が国にとってためになるだろう。
今回の演説は以上だ!」
「ばんざい、総統閣下!」
国民は総統を讃えた。
「何よあれ?」
「総統閣下の命令だし。演説が終わるといつもああ言うように指示したし。」
「へえ、それだけ慕われてるのね。」
1時間後、総統は悪魔の老婆を連れてきた。
「紹介しよう、ダークリンデだ。
彼女はかつて学校の教師をしており、悪魔の子供たちに様々な魔力を習得させていた。吾輩の恩師でもある。
現在は隠居生活を送っているが、まだまだ腕は衰えていない。そこで彼女を呼んだというわけだ。」
「乃愛ちゃん、こんにちは。私はダークリンデ。悪魔に魔力を授けるのが仕事よ。」
恐ろし気な見た目からは想像もつかないほど優しい口調だ。子供たちからの評価も高かった事がうかがえる。
「こんにちは、ダークリンデさん。」
「まあ、挨拶がしっかりできるなんていい子ね。」
「こっちの世界ではみんな優しいから、気に入ったわ。前にいた世界なんて、寄ってたかって私を悪者扱いよ…」
「乃愛はその才能を誰にも理解されず、惨めに生きてきた。彼女の力を伸ばしてやって欲しい。」
「わかりました、総統閣下!それから乃愛ちゃん、修行はいつから始める?」
「明日からお願いね。」
「わかったわ。明日の午前中、車で迎えに来るわね。」
ダークリンデが帰ると、ディアブロッケン総統は乃愛ちゃんに部屋を用意した。
「わあ、立派ね!前に住んでた家なんかよりずっと素敵だわ!」
大きなベッドや立派な書き物机、重厚な本が詰まった本棚などが並び、天井からは小規模だが豪華なシャンデリアが下がっている。
「気に入ったようで良かった。ゆっくりとくつろいでくれ。」
[newpage]
[chapter:総統の仕事部屋]
1時間後、総統と部下2名が戻ってきた。
「この宮殿を案内しよう。他にどんな部屋があるか気になっているのではないかね?」
「面白そうね。いろいろ見たいわ。」
それから、乃愛ちゃんは様々な部屋を周った。
大広間、書斎、総統の自室、風呂…どの部屋も荘厳だが、悪魔らしい要素もある。大広間の四隅には悪魔の像が置かれ、風呂は大窯の形だった。
「次は吾輩の仕事部屋を見せよう。」
その部屋は大広間の次に広かった。部屋中に見た事もないような道具が並んでいる。
「何、この大きな機械?」
「負の感情吸収装置だ。様々な世界で発生した負の感情を吸い取り、自動で種類別に分ける。」
「じゃあ、こっちの機械は?」
「世界検索装置。異世界の情報を調べられ、上の画面にも映し出せる。必要となればその世界に行けるワープ空間まで作り出せる優れ物だ。
お前がここに来るためくぐった穴も、この装置で作った。」
「この部屋だけずいぶん技術が進んでるみたいね。」
「その通りだし。我が国の技術と総統閣下の知能は世界一だし。」
反対側には、大きな棚が置かれている。そこには大量の瓶が並んでいた。
「ここには何が入ってるの?毒薬?」
「いや、これは悪夢の素だ。様々な世界から得た情報を元に悪夢を考え、合成装置で作り出し、あの瓶に入れる。
それを時々様々な世界の住民に見せ、苦しめるのだ。これも負の感情を集める方法の1つだぞ。」
総統は1本の瓶を手に取った。
「例えば、これはとある人間界で起きた事故を元に作った悪夢。
その世界では1912年にタイタニック号という豪華客船が沈没し、1937年にヒンデンブルク号という飛行船が爆発事故を起こしている。
私はその2つを元に、タイタンブルク号という乗り物を考え出した。覗いてみろ。」
瓶の中では、奇妙な乗り物が動いていた。汽車や自動車、船などが混ざったような見た目だ。
「悪夢の中ではタイタンブルク号に乗せられ、降りる事はできない。やがて爆発事故に遭い、そこで目が覚める。
道中でも恐怖感を与えるため、周囲の景色もかなり不気味な物に…」
「面白そうじゃない。ちょっと私に貸して!」
乃愛ちゃんは瓶を奪い取ると、棚からさらに10本取り、次々と開けてボウルに注ぎ込んだ。
「やめろ!苦心して作った悪夢が!」
「いいじゃない、私好みにするのよ。」
「おのれ、吾輩の苦労を台無しに…
いや、待て。ここまで一気に混ぜたら、究極の悪夢になるかもしれない。」
総統は大きな瓶を取り出し、11本分の悪夢を注ぎ込んだ。
「おお、思ってもみなかった現象だ。それぞれの悪夢が混ざる事なく独立している。
これほど次々と恐ろしい事が起きる悪夢なら、大きな負の感情が得られるだろう。」
「見た奴は死ぬかもしれないし。」
「それとも狂っちゃうかな~?最低でも不眠症にはなっちゃうかもね。」
「乃愛、ありがとう。吾輩はこれまで、複数の悪夢を1つに混ぜるなど考えた事もなかった。
新たなアイデアを思いつけたのもお前のおかげだ。例を言おう。
ただし、もう二度と私の許可なしにこの瓶に触ってはいけないからな。しっかり覚えろ。」
「わかったわ。それでこの悪夢は誰に見せるの?」
「それは私が決める。使うのは数年後にする予定だ。これだけ大きな悪夢は、すぐに使っても面白くないからな。」
大きな瓶は、下の段にしまわれた。ここには扉が付いており、外からは見えない。
[newpage]
[chapter:総統の過去]
夜。乃愛ちゃん、ディアブロッケン総統、フィッシェ、カッツェは大広間で食卓を囲んでいた。
この食卓は、総統と彼の気に入った相手しか座る事ができない。それ以外の部下は別室で食べている。
「豪華な料理ね!すごくおいしいわ!」
「半分近くは負の感情から作っているんだ。癖になる味だろう?」
「取れたばかりの感情だし。だから新鮮なんだし。」
「乃愛ちゃんのおかげでおいし~い料理が食べられて、僕ちゃん幸せよ!」
「そう、乃愛の行動によって集まった物だ。恐怖、狂気、怒り、悲しみ…お前は本当によくやった!」
シチュー、フライ、ステーキ、パン…一同は豪華な夕食を楽しんだ。
「ねえ、あの肖像画に描かれてるのは誰?」
乃愛ちゃんは壁に掛かった絵を指した。立派な身なりをした悪魔の夫婦が描かれている。
「あれは私の育ての親だ。今は離れた場所に住んでいる。」
「育ての親?じゃあ本当の親じゃないの?」
「そうだ。聞いた話によれば、私は捨て子だったらしい。
400年近く前のある大雨の夜、まだ赤ん坊だった私は道端に捨てられ、泣いていた。そこを通りかかった前総統とその妻が私を拾ったそうだ。
私は愛情を注いで育てられ、最高の生活を送った。そして国一番の大学を卒業すると、総統の地位に就いた。」
「へえ、恵まれて育ったのね。良かったじゃない。私の親もそんなのだったら良かったのに…」
[newpage]
[chapter:幸せな日々]
翌日から本格的な生活が始まった。
朝9時、ダークリンデが迎えに来た。乃愛ちゃんは彼女と車に乗り、町外れの森に建つ家へ。
夕方まで修行を受け、それから宮殿に帰り、夕食の席ではディアブロッケン総統と部下に今日の出来事を報告する。
休日は週に2回。その日は町を散歩したり、部屋で本を読んだり、部下と買い物に出かけた。
服も買い揃え、悪魔らしい黒服を着るようになった。
総統やダークリンデは褒めて伸ばすタイプのため、怒られる事もない。乃愛ちゃんは土井中村に住んでいた時よりも、生き生きとしていた。
国民も彼女に注目しており、町で出会えば明るく声をかける。
総統は子供好きな一面もあり、時折国内の学校に顔を出した。その日は乃愛ちゃんも修行を休み、彼に同行した。
この時期が乃愛ちゃんの一生で、一番幸せな時期だったかもしれない。
[newpage]
[chapter:新しい乃愛ちゃん]
ファルゴーブ帝国での暮らしが始まって、1年が過ぎた。その日も乃愛ちゃんはダークリンデの元で修行を受けていた。
「乃愛ちゃんはいろいろな魔力を覚えたわね。よく頑張ったわ。
その記念にプレゼントを用意したわ。魔法の杖よ。」
立派な杖が手渡された。乃愛ちゃんの身長より長く、先端には緑色の宝石が付いている。
「ありがとう!すごく素敵だわ!」
「この宝石は魔力を増幅させられるのよ。これからも磨きをかけてね。」
「でもちょっと長いのが問題ね。こんな立派な杖が短くなるなんて嫌だから、私の体を変えてくれない?」
「そうね、せっかくだから…」
ダークリンデが呪文を唱えながら自分の杖を振ると、乃愛ちゃんの体が大きくなった。
身長は180cm。美しさの中に悪を感じさせる表情。服も体に合わせたサイズに変わっている。
鏡で自分を惚れ惚れと見つめる乃愛ちゃん。声までが成獣の物に変わっている。
「すごいわ!まるで私じゃないみたい…でもかっこいい!
でもこの言葉遣いは合わないわ…よし、もっと威厳のある感じで話そう!」
「生まれ変わったんだから、名前も変えてみたら?」
「それもいいねえ。ダークリンデ、いい名前を考えてくれ。」
「わかったわ。礼堂 乃愛…れい…のあ…れ…のあ…
決めたわ。エレノアなんてどう?」
「エレノアか。実にいい名前だ!」
乃愛ちゃん改めエレノアが宮殿に帰ってくると、ディアブロッケン総統たちは驚いた。
「お前…乃愛か!? ずいぶん変わったな…」
「別の狼かと思ったけど、よく見ると面影が残ってるし。」
「じゃあほんとのほんとに乃愛ちゃんなのね~!僕ちゃんびっくりよ!」
「お黙り。私は今日から名前を変えたよ。エレノアさ。」
「エレノアか…いい名前だ。」
「ダークリンデが考えてくれたのさ。彼女には感謝している。」
[newpage]
[chapter:手下を探せ]
エレノアとなった翌日も、修行は続いた。
「エレノア、今日は他の国に行ってみない?」
「面白そうじゃないか。そろそろ他の国に出てみたいと思っていたよ。」
両者は移動魔法を使い、同じ世界に存在する別の国へワープした。
/////////////////////
そこは明るい森の中だった。空は青く、太陽が輝いている。
「ここが他の国か。青空を見るなど、本当に久々だよ。」
それで、ここは何という国だ?」
「ファンタスティカ王国。ファルゴーブ帝国からとても遠いのよ。」
「我々の国とはずいぶんかけ離れた場所だね。同じ世界にここまで違う国があるとは思わなかったよ。
ダークリンデ、今日はここで何をするんだい?」
「あなたの手下を探すのよ。」
「こんな明るい世界の住民を手下にするのかい?ファルゴーブ帝国で探した方が良いと思うけどねえ。」
「今まで覚えた魔法を使って、手下にするのよ。これは一種のテストね。」
「そういう事か。それなら気合を入れよう。」
歩いていると、木の陰から狼が現れた。エレノアと異なり、四つ足で歩く野生の狼だ。
その眼光は鋭く、口の周りには血と羽が付いている。鳥を捕食したばかりのようだ。
「あの狼なんかどう?」
「狼は私だけで十分だよ。それにあんなのは潜入捜査に向かない。
私はね、もっと小さく、それでいて有能な手下が欲しいのさ。例えば…そう、カラスとか。」
狼はエレノアを見ると、興味ありげに近寄ってきた。しかし彼女はバリアを展開し、それを追い払った。
「なんてこった、ふられちまったぜ!俺のタイプだったのにー!」
狼は叫びながら、木々の奥へ消えていった。この国では、普通の生き物でも話す事ができる。
またしばらく歩くと、枝にカラスが止まっていた。このカラスは森の生き物に嫌われているが、エレノアには魅力的に見えた。
「いいカラスじゃないか。では早速…
カラスよ、この我に従え!我の言う事をすべて聞き、忠実な手下となるのだ!」
言いながら杖を振ると、カラスはエレノアの肩に止まった。これは相手を服従させる魔法だ。
「わかりました、狼さん!いつまでもあなたに付き添います!」
「私はエレノアさ。お前にも名前をやろう。レイヴァンなんかどうだい?」
「かっこいい名前ですね。ありがとうございます!」
「さあ、これから私と一緒に負の感情を集めようじゃないか!」
意気揚々と進んでいくエレノアとレイヴァン。ダークリンデは少し距離を取り、彼女を陰から見守る。
「あの子もずいぶんと立派になったわね。ここからは自力でやらせましょう。」
エレノアはレイヴァンに語り掛ける。
「お前はこれまで、どんな事をしていたんだい?」
「小さな生き物をいじめたり、鳥の巣にゴミを入れたりしていました。」
「なるほど。だがもっと過激な事をやってみたいとは思わないかい?」
「それってどんな事ですか?」
「例えば…あれだ!」
地面近くの巣穴から、シマリスの夫婦が現れた。
「木の実をいっぱい集めてくるからね。」
「しっかり留守番してるんだぞ。」
「パパ、ママ、行ってらっしゃい!」
幼い息子が巣穴に残り、夫婦は食料を集めに出た。エレノアとレイヴァンは後をつける。
夫婦がドングリの実る木を見つけると、エレノアは命令した。
「レイヴァンよ、あのシマリス夫婦を襲って殺せ!」
[newpage]
[chapter:おとぎの国の悲劇]
レイヴァンは肩から飛び立つと、シマリスの夫婦に立ちはだかった。
「逃がさないぞ!」
「お、お前はあのカラス!」
「逃げましょう!」
夫婦が走って逃げ出すと、エレノアは急いで魔法をかけた。レイヴァンの飛ぶ速度はシマリスよりも速くなり、一瞬で夫婦を追い詰める。
どこまでも追い回し、夫婦が疲れた所で攻撃を開始。くちばしで胴体を裂き、目をつぶし、手足をむしり取った。
なお、これはレイヴァンの意思による行動ではない。彼はエレノアの魔法により操られている。
5分後、夫婦は見るも無残な姿になった。レイヴァンは返り血にまみれている。
「よくやったじゃないか。これを見たら、残った坊やはどんな顔をするだろうね?」
「エレノア様、早くこの血を落としてください…さっきから気分が悪くて…」
「ああ、わかった。」
エレノアは魔法で返り血を落とすと、夫婦の死骸を目にした。
「さあレイヴァン、これを元いた巣穴の前に置いてこい!」
「私だって触りたくありませんよ…これまでは嫌がらせぐらいしかしてませんから、こんな物は見た事もありません。」
最終的には物体操作魔法で巣穴の前に運び、木陰に隠れて様子を見た。
幼いシマリスは、外から異臭がする事に気がついた。
「何だろう、これ…」
巣穴を出た途端、彼は悲鳴を上げた。
「うわーっ!パパ!ママ!どうして…」
彼は死骸にすがりつき、泣き崩れた。エレノアはそれを見ながら不気味な笑いを浮かべている。
ダークリンデはアドバイスを混ぜつつ、エレノアを褒めた。
「いい感じよ。今頃宮殿にはそこそこ大きな負の感情が集まっているでしょうね。
今後の課題は、レイヴァンにとって気持ち悪くない方法を使う事ね。手下と良い関係を築くには、相手の好き嫌いを理解する事も大切よ。」
「気持ち悪くない方法か…いろいろ考えてみよう。」
「良い方法が見つかる事を祈っているわ。さあ、今日はもう帰りましょう。」
「総統閣下にもいい報告ができるねえ。」
「エレノア様、総統閣下って誰ですか?」
「我が国で最も偉大な方さ。後でお前にも紹介してやるよ。」
一同はファルゴーブ帝国へ帰った。
親を失ったシマリスは、ひとしきり泣くと走っていった。悲しみを紛らわすためだろう。
それでも涙は止まらず、悲しみも消えなかった。
森を1つ抜けた所で、人間の少女と出会った。彼女は優しく声をかけた。
「あら、いったいどうしたの?」
「パパとママが…殺されたんだ…」
「まあ、それはかわいそうに…
そうだ、この森にもシマリスの家族がいたわ。そこに加えてもらいましょう。
楽しい動物の仲間もたくさんいるし、私だって世話をしてあげるわ。きっとこの森も気に入るわよ。」
「ありがとう、親切なお姉さん…ところで名前は何?」
「私はエイミーよ。この森に住んでるの。あなたは?」
「ぼくはジェフ。」
「ジェフ、まずは私の家に来て。ちょうど取れたての果物があるからね。」
「ありがとう、エイミーさん…」
ジェフの心は、次第に落ち着いていった。
/////////////////////
夕食の席で、エレノアは今日の出来事を話した。
「…というわけさ。負の感情は集まったかい?」
「ああ、もちろん。よくやったぞ、エレノア。
ちなみにそのファンタスティカ王国だが、吾輩も過去に手を加えた事がある。
20年ぐらい前だったかな。国民に慕われていた国王に病気を発症させて、病死させたのだ。
あの時は国中が悲しみに包まれたが、我々にとっては喜びだ。なにせ2週間ほどあの国から悲しみの感情を集められたからな。」
「それはさぞかし気持ち良かっただろうね。」
「誰かを病死させる事は、負の感情を手っ取り早く集められる方法の1つだ。かつてお前が住んでいた世界でもした事がある。」
「そうだったのかい。詳しく教えてくれ。」
「あれは5年ほど前。ある町に虎の家族が住んでいた。
吾輩は家族の父親に急性の心筋梗塞を起こし、彼を殺した。その時の母親や息子、親戚一同の悲しみといったら…」
「あの息子さんなんかもう最高だったよね~!相撲が強かったのに1ヶ月近く引きこもってて、ずっと泣いてるからもう目が真っ赤っ赤!まるでうさぎさんね~!」
「あんな強そうな奴でも負の感情を垂れ流すようにできるなんて、やっぱり総統閣下は最高だし。」
「そうか、それは楽しかっただろうね…いつか私もやってみたいもんだ!」
[newpage]
[chapter:自立の時]
数日後、エレノアは思い立った。
「私はそろそろ自力で活動してみようと思う。どこかの平和な国を支配し、負の感情であふれる国に変えてやろうと思うのだ。
どうだい、ダークリンデ?」
「いい考えね。もうかなりの魔法を覚えたから、きっと簡単にできるわよ。
そうすれば総統閣下も喜んでくれるし、この国もより豊かになるわ。」
「では今夜、早速総統閣下に頼んでみよう。」
その夜、食卓にて…
「…私はそう考えたのさ。どうだい?」
「素晴らしい考えだ!ぜひやってくれ。さすが私が見込んだだけはある。
それで、どんな国に行くつもりだ?」
「私の嫌いな物であふれた国さ。例えば悪臭とか。
それであふれている世界なら、そこの住民にとってはそれが良い物のはず。理不尽な理由でそれを奪い取れば、負の感情を一気に集められるはずだ。」
「悪臭か…それならちょうどいい異世界がある。お前が生まれた世界と同様にケモノが暮らしているが、全世界が…
まあ、詳しくは夕食後に話そう。食事中に言うような内容ではないからな。」
食後、ディアブロッケン総統はエレノアを仕事部屋に案内した。
世界検索装置をしばらく操作すると、画面に地図が映った。
「これがその世界。実に様々なレベルの文明が同じ時間軸にあり、そのすべてが排泄や放屁に寛容だ。」
「なるほど。それなら住民たちは悪臭に慣れ切っているだろう。もはや生活の一部になっているはずだ。
それを奪ったらどうなるか、考えただけでも胸が躍るよ。」
「さあ、お前はどの程度のレベルの国に行きたいかね?」
「おとぎ話ぐらいの文明だね。私は一般的に見れば魔女だから、そういう場所がお似合いさ。」
「わかった、条件に合う国をまとめよう。」
数分後、総統はメモを渡した。
「この3つの国がいいだろう。」
「少ないね。でもお前が勧めてくれるなら、きっといい場所だろう。礼を言おう。」
「それで、いつから向かうつもりだ?」
「そうだね…3日後だ。
レイヴァン、3日後から新たな地での生活を始めるよ。きっと素晴らしい物になるだろうねえ。フフフ…」
覚悟を決めたエレノアは、不気味に笑った。
[chapter:つづく]