●
貧民街と呼ばれる場所がある。
何らかの理由で他の国から流れてきた移民、家族を亡くした孤児、脛に傷を持つ逃亡者、その多くが染め布や革の鞣しで辛うじて飯を食えているような貧しい者たちの街。
名前はない。王都の側に作られた集落だと言うのにその塀の外は王都にあらず、そもそも街として認められてすらいない。
隙を見せれば奪われる。それでも、死臭が漂わないだけマシなものだ。それでも人の入れ替わりは激しい。隣の家の住民が一日で見知らぬ住民に入れ替わっていても、不思議に思う事はない。
元の住民が新たな土地を求めて出ていったのか、そうではないのか。それはさして重要ではない。ただ新たな住民が害と成らぬことを願うばかりだ。そんな誰が建てたかも、元々居た住民がどうしたかも分からぬ簡素な家屋の中で、一人の男が壁に背を預けるように眠っていた。
まだ若い兎の獣人。小柄な者が多い兎獣人でありながら長い手足と激しい運動に慣れた肉体は、他の種族の雄とも負けぬ程に成長を果たしていた。肩口で千切った服からは鍛えられた腕がスラリと伸びている。頭頂の耳は眠っていながらも、周囲の音を拾うように機敏に動いては、周囲に聴覚の視線を向けていた。
暫く眠っていたはずの兎はふと瞼を上げた。微睡みの中で近付いてくる見知った足音を拾った彼は、彼の意識を逆撫でし急速に浮上させたのだ。
扉代わりの暖簾の向こうに人影が揺れる。
「よお、探したぜ」
態とらしく鼻を啜る男の声に、躊躇わず舌打ちを返していた。片牙の猪獣人が草臥れた紙袋を手に暖簾の隙間から顔を覗かせる。
「一言くらい言って消えろよ、兎小僧」
「……」
「んだよ。睨むんじゃねえって」
男はまるで勝手を知っているかのようにボロ屋に踏み込んできた――誰に伝えることも無く二日前に寝床を変えたばかりだというのに。
それでも何食わぬ顔で接触してくるこの男にももう慣れたものだ。兎は、僅かな微睡みを追いやられた不機嫌を隠そうともせず、その闖入者に鋭く声を放った。
「何の用だ。ユーブ」
「いつものだよ」
猪は淡黄色に汚れた牙を鳴らすように笑う。紙袋を漁った手が無造作に放り投げた大胡桃を中空で受け止めると、兎はその拳の半分程の大きさのそれを億劫そうに口に咥えて、そして、一息に顎に力を込めた。
ぱきん、と薄い木工細工を握り割るような乾いた音が響く。砕けた胡桃の殻を部屋の隅に吐き捨てた兎は、舌の上に残った丸められた皮紙を摘み上げていた。殻の中に仕込まれていた皮紙を広げれば文様のように細かな文字が刻まれていた。室内の仄暗さに目を細めた兎は一通りその文字を目で追う。
「薄い情報だな」
「どこぞの貴族様が隠居してるんじゃねえかとな。随分厳重に情報管理されてるが、出入りの商人が上等すぎる」
猪は軽薄に笑いながら。兎の前へと歩み寄ってきた。
「隠れて不自由のない暮らしを満喫するお貴族様。お気に召すだろ、義賊さんの好みには」
「……」
答えず、代わりにその皮紙を懐へと仕舞いこんだ兎は「それで」と薄汚れた日陰の香りを纏う笑みで見下ろしてくる猪を睨みあげた。
「それだけなら、胡桃一つ置いていけばいい」
「釣れないこと言うなよ。言ったろ?」
事前に金を払っているのだ。態々、依頼主に顔を見せる理由にはならない。
剣呑に――殺意すら込めて睨んだ兎を猪は欠片も動じる無い。そこにあるのは、総毛立ちそうなニタニタと粘る下卑た笑み。
「いつものだよ」
実のところを言えば、猪がここに来た理由は分かっていた。
兎へと差し出されたのは、今度は胡桃ではなかった。果実で言うならプラムが近いだろうか。眼前に黒ぼったく色付いた赤色が瑞々しく張り詰めている。
下着とズボンに遮られていた雄の陰香に鼻を突かれながらも、兎は表情を変えることなく徐に口を開いた。嫌気に満ちる表情には、ただそれだけでは無い朱色の期待が浮かぶ。
「は……。いい顔しやがる」
差し出した肉茎に口を開け、管の這う太い剛直を舌で包み込んだ兎に、猪が蔑む声音に淫欲を滲ませた。
唾液と先走りが交わる水音、口蓋を押しのける太い茎に息を妨げられながら、懐に仕舞った皮紙からじわりと広がっていく獣欲。盗みを働くのだという実感が、決して好感を持ってなどいない男の秘部を咥え込む事すら許容させている。
与えられる事に何一つ疑問を抱かない。そんな反吐が出る程に恵まれた者が、驚く事に少なくない数存在している。
ただ恵まれているだけだというのに、その欠片すら与えられない者を蔑み、嘲笑し、その立場に安穏と寛いでいる。
彼らは知らぬのだ。
凍える街の中。濁った泥水を啜りパンくずを鳥や獣と取り合いながら、初めて盗みを働いた時の悴む手と握りしめたパンの生温かさ。それを誰にも見られぬように裏通りの街影で急いで平らげた後、その報復を受けた全身を打たれ路地に転がされたその時の、あの凍えた感情に気付いたその驚愕を。
家族が戦で死に、家を焼かれた先、ただ生きる為に生き続けていただけの己を自覚した。奪われた者の空虚を知らないのだ。肺に孔が空いて息が温度を奪うだけで身体を抜けていくような、あの虚ろな感情を知らずに――想像すらしないままに、汚らわしいと綺麗な目で睨み付けてくる奴らが憎い。汚らわしいと綺麗な目で睨み付けてくる奴らが憎い。
生きる為の盗み。
初めはそうだったはず。今ではわざわざ情報を買ってまで盗みの相手を探している。奪われる事を知らぬ恵まれただけの者から奪う為、そこに生きる為という切実な理由は無い。いや、そもそも盗みを働く必要すら彼にはもう存在していないのだ。詰まるところ、兎は既にこの暮らしから抜け出せる技術も力も財すら手にしている。
それでも尚、彼は盗人から足を洗おうとしない。
「……ッ。はぁ……」
「があ……ッ。は……ぁ!」
兎の口から吐息が漏れ出る、子供の遊ぶ声が遠くに聞こえる明るい外から目を逸らすように甘く煮える淫靡な快楽に身を浸すようにして腰を振っていた。
一つ張り詰めた陰茎を突き出せば、その度に脳を痺れさせる快感を齎す猪が潤んだ嬌声を上げる。唾液を散らし、小刻みに力む泣き声は享楽に潤む。
「ぉおっ。奥ッ……堪んねェ……!」
猪の雄が自ら背を向け、露わに晒した分厚い臀の中心にただ雑念を晴らす為だけに滾った肉茎を突き入れられながら鳴いている。猪は暖簾から覗く陽の光も気にする事なく薄茶色の毛に覆われた双丘は、兎の雄が突き挿れられる度、悦びを示すように豊かに波打ち揺れては鈍い音を響かせる。
「ぁあ……っ、久々のケツ、ヤベエな……ァッ」
「……ッ……!」
耽溺とした声と共にきつく締め上げる雄膣。その絡みつくような熱に、兎の肉管へと種の圧が競り上がっていく。初めこそ嫌悪を露にしていた兎も、雄茎の根元に盛る獣欲に快楽のままその肉壺に雄汁を吐き出す事に眼を潤ませている。
下半身だけを裸にした猪を、ズボンを腿まで下ろした兎が犯している。脱ぐ時間すら惜しいというような出で立ちは、雄という獣性に酔う様を如実に表していた。これが初めてではない。恋情などなく、ただ、欲の向くままに交わるだけ。その経験でどう攻めれば良い具合に内壁が蠢くのか、兎には手に取るように分かっていた。短い尾を握りしめた兎が猪を突く度、びくびくと震える猪の太い雄から透明な糸が溢れては床に染みを広げているのがその証拠だ。
音が弾ける。汗が散る。交合う雄達の淫らな声が薄暗い室内に響く。
「イクか!? 良いぜ、出せッ……俺も……イイところだからよ!」
「ん……ッぐ――!」
兎がくぐもった声を上げる、と同時にその体に力が入り、深く腰を突き付けたその先端から滾る白濁が溢れ出しては猪の腹へと注ぎ込まれていく。
「ぉ。お……熱ィ……! あぁ……っ」
溢れる熱を余さず猪へとぶつけるように兎の熱杭が猪を抉る。その容赦ない穿孔に、それでも猪が上げるのは婬悦に満ちた叫びだ。雄が体面も気にせず舌を伸ばし、体内で弾ける快感に背を仰け反らせて声を絞り出す。白濁を発したと言うのに、まだ足りないと言うように硬く貫き続けている兎の肉茎。それをゆるく締め付ける雄孔がびくびくと痙攣したかと思えば。
「ぉ、イくッ……おあ、あ……イ、ク……! やべ、ああ……ッ!」
地面に放たれた雄種が跳ねる音。少し遅れて生臭い独特の匂いが兎の鼻孔に触れた。第一射を放った直後に後を追うように跳ねる水音に顔を顰める兎は、それでも肥えた背に手を添えた。ずち、と肉が絡む感触。腰を引いて、そして抽挿を再開しようとしたその時、猪が徐に逃れるように体を起こした。柔らかさを取り戻していく茎を握り、その先端から残った濁液を搾り出す猪は、皮を被り直した先端から濃い粘りの糸を垂らしながら肩を竦める。
「なんだ。いつまでおっ勃ててんだよ」
どこか馬鹿にするような声音は、兎の張り詰めたままの男根へ向けられている。包まれていた熱を逃したそれはヒクヒクと物寂しげに脈打っている。それが可笑しかったのか、くつくつと笑いながら猪は傍に脱ぎ捨てていた下着を拾い上げた。
「俺が満足出来りゃ十分だ。お前に付き合ってちゃ。俺の身が持たねえよ」
しゃがみ込んだ猪はごぽり、と溢れた白濁を脱ぎ散らかしていた下着で拭って放り捨てていた。雑な後処理を済ませた猪は、もう用は済んだと服を身に着けて背を向ける。
裸体を晒したままの兎は、立ち竦んだままその背を目で追っていた。
「ああ、そうだ。サルト……いや。義賊サマの方がいいか? まあどっちだっていいか」
入り口で立ち止まった猪は首だけで振り返る。
「毎度あり」
それだけを言って、猪は暖簾を潜り真昼の日差しの中へと歩み出ていった。
暖簾が揺れて日差しが遮られる。薄暗い室内で兎は一人、懐から皮紙を取り出し、握りしめた。
●
僅かな税を作り、その徴収の為に貧民街へと兵士を定期的に送る。そのがめついとも思える施政が治安を維持することに繋がっているのだと気付いた時には、サルトは既に少年から足を踏み出している時だった。
初めは、枯れた花の蕾を更に踏み潰すような、趣味の悪い行為だと考えていた。だが、そうではないと知った時、サルトは初めて尊敬というものを覚えたのを、今でも覚えている。
その屋敷は確かに裕福な暮らしを感じさせた。だが、その警備は屋敷の佇まいからすると酷く軽微なものだった。例えば、腕の利く泥棒であれば侵入が出来てしまう程には。
無防備――という他ない。ユーブの話通り、隠居した貴族だというのならもっと厳重な警備を置いていてもおかしくはないのに、だ。
「与えられ享受するばかりなら、その程度の危機意識しか無いのも仕方がない……だが」
言葉を切った。
サルトは縛り上げた老獅子を見下げる。後ろ手に縛った両腕が痛むのか。それとも盗賊へ対する怒りからか。もどかしげに腕を動かす獅子は、サルトが零した言葉に対して理知的に目を細めた。
物音一つで命取りになる生業だ。顔を覆面で隠しているが、それでも仕事の中で当然。無駄口を叩くことは無い、だというのに。今夜に限って声を発してしまったのは、三つの理由がある。
一つはこの屋敷の護りの薄さだ。
一見警戒が薄い。となればまず疑うは罠の可能性だ。当然、サルトは数日をかけて屋敷を観察した。そうして得たのは確信だった。
この屋敷は主である老獅子の動きを一切制限しないことを最重要視している。構造もしかり、従者達の動きもしかりだ。
そしてもう一つの理由は、まるで立つ事を漸く覚えた幼子のような警戒心の無さに、サルトは湧き上がる苛立ちを隠せずにいたのだ。いつもは冷え切っている思考に、感情が熱を帯びさせる。
そして。
「貴方もそうだとはな」
「ンム……ッ」
布を口に詰められた獅子が呻き声を上げる。その丸々と太った体は、獅子がその歳に至るまで食うに困ったことが無い証そのものだ。何か軋むような音がして、サルトは己が歯を食い縛っている事に気付いた。
ラムリス。その名前は、おおよそ人並みとは言えない人生を歩んできたサルトもよく耳にする名前だった。
戦後の国を纏めた優王。穏やかな治世で民衆からの支持も厚いかつての王は、今、寝間着のローブ姿で強盗の眼の前で縛られ、苦しげに息を漏らしている。
王すら、結局は平和を与えられただけの愚物なのか。時折流れ聞いた、前王はただ戦が恐ろしくて平穏な政治を行っているのだという風評が脳裏をちらつく。私欲を肥やした屋敷。彼もそうだったのかという確かな落胆と。そして僅かな焦りのようなものが胸の中で蟠る。灯りのない部屋。月明かりだけが仄かに差し込む夜の只中。サルトは妙に浮き足立つ心地のまま、老獅子の前に立った。
愚かな強者。そう思うと同時に、脳裏にこびり着くような不可解があった。ユーブが齎した情報によって定める標的は、義賊として狙うに相応しいのか。
与えられる事を平凡な事だと、恵まれたその在り方が当然だと、そう思っている裕福な連中に、ただ奪われる事の、満ちる事の出来ない憂いを刻み付ける事こそが望み。
その私怨が目的だと心に決めているのにも関わらず、要らぬ焦燥が感情を優勢へと傾かせる。
「……なんだ」
夜襲によって束縛され。助けを呼ぶことも出来ない状況だというのに。老獅子は恐怖を滲ませることなく盗人であるサルトを見上げていた。花の香りを漂わせるこの老獅子の目に見つめられ、サルトは己の中に在る焦燥が膨れ上がっていくのを感じてしまっていた。
己より大きく肥えた体。被毛に覆われた雄体の輪郭が薄いナイトローブに浮き出る。張り出た胸と腹。その下の奥まった場所でそれでも確かに存在感を放つ男の膨らみ。焦燥は、次第にこの雄を支配しなければという強迫観念へと昇華していく。
「ン……ッ。ム……」
「なんだ。その目は」
老獅子の頬を撫でる。
理性は今すぐ持てる財を纏めて逃げるべきだと諭している。だが、サルトはずしりとした重量をもって己の腹の底に滾り始めた獣欲を抑えきれない。眼の前の雄を下さねばいけない。屈服を教えてやらねば気がすまない。と言い訳のように性欲へと付与される感情が、冷静な雄兎の思考を塗りつぶしていく。
ユーブとの半端な性交のせいか。それともこの数日、この屋敷の張り込みで禁欲を強いていたからか。月明かりに浮き上がる老いた獅子の醜い肉体は、生娘の妖艶さにすら劣らない。
「……ッ!」
頬を撫でた手を首へと下ろし、寝間着の襟首を掴んでは老獅子の体を床へと転がした。乱暴な手付きに重い体が床を転がる。振動と重い音、だが、使用人が慌ただしく動く様子は欠片もなかった。
「呑気な、ものだ」
縛られた手を天井へ向けるように俯せに転がる獅子は、体を起こそうと膝を引き寄せては腰を浮かせようとする。サルトは己に突き上げられる臀部にぞわりと体中の毛が逆立つような錯覚を覚えた。絹の滑らかな皺に彩られた艶美な曲線に煽られた情動が全身を震わせたのだ。
サルトは獅子が起き上がるより先にその首を背後から押さえつけると、空いた手でナイトローブをたくし上げては、存分に実った生尻を月明かりに曝け出す。獅子の尾がびくりと跳ね上がる。己が何をされようとしているのか。もはや疑いもしないだろう。
この屋敷の主たる老獅子は、この賊である兎に今、犯されようとしているのだ。躊躇いもなくサルトは己の欲望を取り出す。反り上がる逸物は、その亀頭までを片刃の短剣のごとく硬く張り詰めさせていた。
「――ッ」
息を呑んだのか、眼下の背が引き攣る。すらりと伸びる雄茎。兎の指が押し開いた肉丘の中心へと、その切先が触れた。火照る湿り気が濡れた鈴口を包み込んでいく。
「ン……っぅ、ウ……!」
逃れるように動く腰に熱杭を埋め込んでいく。焼きごてを押し付けるようにじっくりとその肉を割いていく。
呻く声が不快に響く。痛いか、火を付けられたような痛みと、不可侵である体内へと欲望のままに侵入されるという儚い無力感。それを想起しながらに埋めていく。刺激が脳を揺さぶる。ちりちりと焦がすような記憶と、感傷が、体に散りばめられては無数の火花となって、鮮烈な快楽をばら撒いていく。
「は、ぁ……ッ」
柔らかな肉を裂く快感。全身を貫く軟かな肉感に吐息を漏らした。
肉を押し込め、更に奥へ。
この雄の秘する、体の奥へ。
己は暴いているのだと。この雄の秘奥を確かに暴き犯していると。
滾る己のなすがまま、欲望が届く最果てへと腰を届かせてから、兎は――サルトは息を吸い、そして気付いた。
抵抗は無い。いや、適度な抵抗はあるが、まるでこちらを煽り立てるような力加減。本気の抵抗ではなく、ユーブを思い出すような粘っこく絡みつく肉の感触。
「ぁ……」
と漏れる喜悦の声。
それを聞いた瞬間にサルトの中に、肺から燃え上がり喉を焼くような怒りが吹き荒れる。
「お前、は……ッ」
後ろ首を抑え込まれた獅子は、肩越しに兎を見上げていた。その視線には恐怖はない。ただ、愁いを帯びた欲求不満の光。強請るように艶めかしく腰が動けば、柔布で扱き上げられるような淫靡な刺激に雄茎が曝される。
「ふ……く。ッ」
力任せに、肉杭を打ち込んだままの体を反転させた。サルトの肉欲を受け入れ、ただ辱められているだけのはず。
だというのに。
だというのにも、拘わらず。
「淫売め……ッ」
天を向けられた老獅子の顔はあの猪のように朱色に蕩け、その空気を詰め込まれた革袋ような腹の下では、――劣欲に漲る大幹が自らの淫液でその腹を汚していたのだ。
この獅子はあろうことか、尊厳を汚される行為を受けながらに紛れもなく悦楽を露わにしている。
悍ましい。
痴態を剥き出す獅子への怒りと共に、体中の血が沸き立つような、かつて無いほどの熱い興奮が体中を駆け巡っていた。物欲しげに、寂しげに眉を項垂れさせる獅子にサルトは激情を迸らせた。
強く腰を引き、そして、その奥へと鉄を熱したような燐念を放つ茎を叩きつける。
「ォ……ッォオッ!?」
「どうだ。これが望みだろう? これがかの王とは聞いて呆れるな……っ」
ドジュン、と激しく響く肉音にワンテンポ遅れた雄のくぐもった喘ぎ声。
兎は己の全霊を持って、この雄を屈服させんと滾る欲情を叩きつけた。柔く、そして、巧みに雄欲を刺激するこの雄孔は、瞬く間に兎を絶頂へと運んでいく。憎悪を交え、色欲に溺れんとする兎であろうと、その雄としての本能に抗うことなど甚だ難しい。腰を振るう様は、獅子に欲情し醉がる雄そのもの。だとしても兎が打ち付ける色欲のリズムは留まることはなかった。
「皆が貴様に花を送っている間も。その衣の下で売女のように疼かせていたのか? 変態な王もいたものだな……!」
「んぐ……っん。ンッ……!」
肉が肉を叩く。ともすれば快活な音頭とも取れるような。パンッ、パンッ。と響く淫音は互いの汗を吸い、淫らに湿りを帯びて室内で木霊していく。
そして。
「ぉ。ぁ」
前兆に獅子はただ、犯される快悦に息を発した。
兎はもはやそこに知性の色は望まない。ただ、秘した欲望のまま、放たれるだろうその熱を十全に感じきるように全神経を集中させ。
そして。
「……ッ、グ……うう、ッ!!」
直前で雄肉を抜いたサルトの眼前で、己の性器が跳ねるのを見た。兎はその獅子の体が自らに汚される、その様を見てみたいと思ったのだ。
陶烈に突き上げられる衝動のままに、兎は己の腰乃中心から雷撃のごとく吹き上がる青く苦味を帯びた律動の手綱を手放す。直後に齎されるのは思考を、理性を上書きする僅かに霞がかる白色の本能。
目の前の『雌』を孕ませんとする濁流が溢れた。体の奥底から一気にこみ上げる衝動が突き込んだ肉杭の先から一気に吹き上がり、獅子の腹を汚していく。
「……っ。ふ。うう……ッ」
ビュル。ビュグ……っ。と歪な弧を描き、鈴口から溢れる白濁。それは無軌道に飛び出しては獅子の丸い腹へと粘つく名残を残していた。
サルトは恍惚の息を吐き射精の余韻に浸りながら。だが、その余韻が消え去るより前に、腰を前後させ始める。精を放ったにも拘わらずまだ依然として強烈な内圧を保つ肉茎を、ゆるゆると抽挿再開させたのだ。
「ォオ……ッ」
筒の中に残った精液が漏れ出し、よく締まる膣内で絡まって潤滑剤の役割を果たすと同時に、淫猥な音をかき鳴らす。引いては押し、抜いては挿す。その粘る水音が兎の脳内を犯していく。
「んぅ。ムっ……!」
激しさを増すピストンに、眼前の獅子は恍惚な表情を隠しもせず、猿轡の中でくぐもった嬌声を漏らす。佳がっている。その事実に、下劣な性だと卑しく思うと共に拭い切れぬ高揚感を感じざるを得なかった。
淫猥な本性。なんて下らないのだろうか。そう思えば思うほどに、己の中でその下劣な品性を犯しているという実感が膨れ上がり、快楽へと結びついていく。
「ッ、クぅ……ッ!」
今度は前触れもなく、兎は獅子の中へと子種を吐き出した。
二度目とは思えぬ程の勢いをもって、獅子の膣内へと放たれた白濁の迸りが肉壁を撃ち叩く。電撃のような快楽が足先から突き抜けては思考を揺さぶっていくのだ。
かの王を犯している。そんな実感が罪悪感と共に訪れる。周囲の音や匂いが一気に思考の中へと流れ込んできては、しかし、直後に痴態を晒す獅子の姿に誘われる欲が覆い隠す。
兎の子種で汚れたその丸い腹や胸、老いた獅子の表情には快悦に満ちた笑みが浮かんでいる。兎は微かに体に訪れる倦怠感に、ほんの少し、緩めた息を吐いた。それは、精を放った事による一瞬の油断。瞬きする程度の間でしかなった。その刹那。
兎の視界は、ぐるりと回った。
「な……?」
驚愕。
何が起こったのか。その答えは直後に知れた。
背に感じる軟かな絨毯の感触。そして、見上げるは淫靡に老獪な笑みを浮かべる獅子が立っていた。かつての獅子王はサルトの腹を跨ぐように座り、その腰で熱り立つ雄欲から透明な滴りを零している。
ラムリスがいつ拘束を解いたのか。それすら分からないが、サルトの脳裏に浮かんだのは「殺される」その恐怖だけだった。
腰骨に腰掛けるこの獅子を押し退けなければ、生きる道はない。生き残るための思考へとシフトしかけたサルトの脳は、しかし、次に訪れた感覚でショートを起こす。
「ぁ、あ……ッ!?」
痺れる快感。未だに張り裂けんばかりに屹立した性器から全身にそれが駆け巡っていた。その感覚は間違いようもなかった。寸前まで己で制御していた感覚にほかならないのだから。
跨る獅子が、その蜜孔へとサルトの屹立を突き挿れている。理解が出来ない、だが、その獅子は傲慢とも言える欲の光を瞳に宿し、笑ってみせた。
「……っ」
「まだ。満足しとらんじゃろう?」
兎の肉欲を咥え込む口が、逃さないというようにといわんばかりに締め上がる。
●
その言葉はサルトへ向けたものか、それとも、ラムリス自身に向けたものか、定かではない。それを思案する暇すら与えられなかった。
獅子は背を逸らすようにして、一気に最奥まで肉の杭を迎え入れる。兎が腰を打ち付けるよりも更に深く呑み込まれる感覚。サルトの雄茎に合わせるように蠢く肉襞がサルトの淫欲を掻き立たせていく。
「はあ。っ……は。もっとじゃ。奥。まで……ッ」
「は。ッ。く……ぅッ」
焦らして嬲られるような淫猥な快楽。サルトは驚愕するよりも先に、己に騎乗し自ら抽挿を行う獅子の動きに合わせて腰を動かしていた。
淫欲に侵された脳は、叫ぶ。獅子を犯し倒せばいいのだと。
己の性欲が強い事を兎は知っている。これまで欲を発散する相手は途中でリタイアを告げるか。もしくは疲弊のままに意識を飛ばすかだった。余裕ぶった淫猥な獅子を疲弊させ、再び主導権を握ってやろうと。
「ぐっ……あぁ。っ。……あッ」
だが、その考えが甘かったのだと兎は少しもしない内に悟っていた。
「……っ。なんだ。その顔は……ッ」
兎の腰の上で踊り狂い、そのボウルのような胸肉の先芯を自ら戒める獅子は淫蕩に揺らぐ目をしながら、物足りないという渇望を隠しもしていない。鍛えた肉体をうねり上げ、獅子の中へと杭を打ち付ける。その動きに合わせて獅子がその孔口を窄めれば、長年交わってきた相手以上の卓越した力加減の蠕動で雄欲を扱き上げられ、兎は瞬く間に絶頂へと招かれていくのだ。
打ち込むために上げた尻を追うように腰を浮かせた兎の先端から獅子の体内へ子種が吹き上がる。
「……っ。まだ」
自ら腰を振る獅子の陰茎は雄々しく膨れ上がっている。激しい交接の中で先走りを撒き散らすその漲りは、既に数度搾り取られている兎に反し、一度も精を放ってはいない。
穿孔に快悦を感じていないわけではないことは、その表情を見れば歴然としている。だが、満足してない。満ち足りていない。互いに汗にまみれた被毛から滴が跳ねて、月明かりに瞬く。
「ぁ。やめ……ッ」
「まだ。これだけ熱り立たせおいて。釣れない事を言う」
腰がうねる。弄ぶように熱肉の中で、性感帯を刺激されて漏れ出る返事はうめき声ばかりだ。
潤んだ瞳が闇に踊る。抜き切る直前まで引き抜かれた剛直が、次の瞬間には亀頭から根本までを舐るように呑み込まれる。半ば強制的に与えられる快楽に、肺が呼気を拒絶するように引きつって、堪えようもなく兎は獅子の体内へと薄まった子種を放出させられていた。
「それに。お主がわしを犯したのじゃろう?」
深く思考に刻み込まれるような落ち着き、熱を帯びた音。強請るようなその声色。
主導権がこちらにあるような気になるような、懇願の響き。だが、そこにあるのは、それ以外の選択肢は選ぶべくもないといった強い意志。
「ぁ、ぐ……あっ!」
そうして、獅子の腰が激しく動く。
そうか。とサルトは目の前の獅子について見誤っていたと事ここに至り理解した。褪せた鬣を湿らせ、肉付きの良い体を揺らすかの前王は、平和を与えられ戦を恐れるような人物ではないのだ。
ただ戦を望まなかった。故に、平和を勝ち得たのだ。
傲慢で貪欲、それを満たす為の知性が備わった獣。その優しさに発揮されていた性質が淫欲へと発揮されてしまえば、それを拒む力などサルトにはなかった。
「ぁ。ああッ……ぁ。また……っ」
もはや痛みすら感じる射精の予兆に全身が強ばる。それと同時に、兎の剛直を獅子が強く咥え込んだ。
ぎらぎらと鋭い光が暗い部屋に跳ねる。白い牙、獅子の歯。
奪われている。過去の記憶にはない強烈な快楽と共に、それでも矜持も虚飾も剥ぎ取られていく。
確かに浮かぶ獅子の笑みを記憶に刻みつけられながら、獅子の中へと精を吐き出した兎はそのまま意識を手放した。己が奪われる側だという諦念を言葉にする暇もなく、その寂静だけを胸にサルトの意識は闇の中へと落ちていった。
●
「今日は一段と盛ってんじゃねえか」
絶頂を迎え、己の腹の中へと熱を吐き出した兎の体から力が抜けていく。胸の硬く尖った先端を弄びながら、萎えていく雄茎をずるりと引き抜くラムリスの耳朶を声が叩いた。
どこか不愉快そうに、それでいて愉快そうに。
聞き慣れた声に振り返ると、ラムリスよりも大柄な狼が窓を開けて室内へと入ってくる。
「今夜は呼んではおらんはずじゃがの、フォルティス」
驚きながらも、その表情は欠片も表には出さず、まるで初めから知っていたように装って狼に歩み寄る。鼻を微かに撫でるのは、室内に籠もるそれとは違う。目の前の雄の香り。
「意外じゃな。お主なら嫉妬しそうなものじゃが」
「はッ」
フォルティスはシャツのボタンを外し、その張り裂けそうな果実じみた剛体を晒しながら鼻で笑う。脂肪と筋肉を纏った天然の鎧。そう呼ぶのが正しく相応しい上半身を表したフォルティスだが、ラムリスが視線を向けたのは、その下だった。
膨らんだズボン、窮屈な布に押しつぶされているのにも拘わらずはっきりと視認出来るような凶悪な程の逸物。乾いた喉をぐぎゅ、と鳴らしながら、体が疼くのをはっきりと感じていた。
「勝手に俺の獲物に手を出したコイツにゃ。そりゃあ苛立つけどよ」
とフォルティスは床に伸びた兎を一瞥し、興味が失せたように視線をラムリスへと返す。煩わしいと言葉を語るような仕草でズボンを脱ぎ捨てた狼は、その獅子の視線を愉しむように、下着の上から己を掴んでじっくりと擦りあげている。
「あんだけ物足りねえって顔してやがったら。ぶち壊す気にもならねえよ」
むしろ、散々焦らされていい感じに熟してるだろ。と言う狼の言葉をラムリスは否定しない。盗人である兎獣人に体を明け渡し、尚且つ、誘惑までしてみせるなど普段であれば考えようもない行為だ。
フォルティスの時のような人質もなければ、警備を呼ぶことも出来た。だが、そうせず悦楽を求めてしまったのは、このところ予定を詰められていてフォルティスを呼ぶ暇がなかったせいだ。
タイミング悪く、自らを慰めようとしていた所を襲われたラムリスは、興奮剤としての香が兎獣人にも効果を発揮してしまっている状況に欲を優先させてしまった次第であった。
それこそ。兎に『売女』などと詰られても否定できないような痴態を晒してしまったのだ。
反省をしながらも、それでも、ラムリスはその視線を巨大な漲りから逸らせないでいた。
困ったものだと思う。
兎の屹立も常人として劣っているようなものではなかった。だが、それでも、一度とて達する事は出来なかったのだ。体の内側を貪られるような強烈な刺激が欲しい。少し前までは己が受け手に回ることすら殆どなかったはずの獅子は、今では、フォルティスとの性欲の発散ができなければ、使用人の股にすら視線を投げては欲を昂ぶらせてしまう事もあるほどに。
この剛直に躾けられてしまっている。
跪き、眼前にそれを見る。布一枚を隔てて、脈を打つその漲り、それは。
「あんたは俺のモンだろ?」
そんな狼の言葉に、ラムリスは一瞬動きを止めてから首を少し捻った。
「思い上がりも甚だしいの」
狼は、そんな返事にせせら笑う。
ラムリスは否定しながら、下着を限界まで張り詰めさせるフォルティスの剛直に鼻を埋めている。布を濡らす先走りで鼻先を湿らせるラムリスの姿に説得力などは無い。
「メインディッシュだ。あんたもそろそろ腹いっぱいになりてえよな」
だが、そこを掘り返すような趣味はフォルティスにはない。舌戦を交わす事に楽しさを感じないし、焦らされているのはフォルティスも同様だった。
兎との交尾を邪魔こそしなかったものの、己の玩具を他人に使われる様を見せつけられた情動は、抑えられない程に膨れ上がっている。
「むおっ」
跪く両足を抱え上げられて、間の抜けた声をラムリスが上げる。ラムリスの孔さえあればいいと言わんばかりに上体を考慮しない持ち上げ方に、ラムリスは慌てて両腕でフォルティスの太い胸にしがみついていた。
思わず緩んだ両足の間から兎に植え付けられた子種が溢れ出ては、真下に添えられたフォルティスの屹立を濡らす。そこに子宮があったのなら確実に授精を果たしていたであろう量の白濁に、獅子はもったいないとばかりに尻に力を入れて口を窄めてみせた。
「んだ? これから散々ぶち犯してやるんだ。空き作らねえと。そのでけえ腹破れちまうぞ」
密着する腹。その容量はよほどのものだろうが、それでも狼の言葉は少なくとも冗談のつもりではない。滾る欲のまま、その腹に収まりきらぬ程の子種を注ぎ込んでやる、と息巻いているのだ。
そんな狼に、ラムリスはニヤリと笑ってみせた。
「お主に出来るのかの?」
「舐めた口利くじゃねえか。なら……おっ死んだらそっちの兎ごと食ってやるよッ!」
言葉と同時。ラムリスの体に一瞬の浮遊感が与えられる、直後。
「お、っご……ッあァ!!」
獅子の菊座を凶器の如き屹立が貫いた。
兎のそれで解されていたはずの窄みは激烈な痛みを発しながらその剛直を咥え込む。それでも、ラムリスの体は壊れることなく狼の肉杭を受け入れていた。
とはいえ、心の備えもなしにそれを愉しめるかと言われればそれは違う。一気に根本まで突き挿れられた獅子の剛直は、狼の腹との間で萎れゆく、だが。
「ア、ぁあッ……。うぐ……ァ……っ! 奥、まで……ッ」
「良い声出すじゃねえか。もっと汚く鳴けよ」
「待、ッ……ぁ、があ……ッ!?」
狼が己の悦楽を放棄する理由にはなり得ない。太い獅子を何事も無いように腕二本で支える狼は、空中で獅子の体をバウンドさせるように抽挿を始める。ズバン……っ!! とともすれば屋敷中に響き渡りそうな音が室内の家具に吸収されていく。音は一度で収まるはずもない。二度、三度、繰り返される衝突音の如き肉打ちは、容赦なく獅子の体内を抉る。
「オァ、ああっ……、フォル……ぅぐうッ」
紛れもなく悲鳴でしかない声。だが、獅子が確かに淫悦を感じていることは明白だった。
前立腺、いやその蜜道を纏めて押し潰すような剛直に貫かれる獅子。傍から見れば、命の危機すら感じるだろう獅子の有様ではあるが、しかし、獅子と狼の間に隠された獅子の雄根は――。
「おいおい。お漏らしかよ。なぁ。マゾ主サマよッ」
先程萎えていた事が嘘のように、血管をはち切らせんばかりに膨れ上がっていた。いや、それだけではない。まるで押し出されるようにして溢れ出る白濁が獅子と狼の腹を汚していた。
「はあ。ッ。ぁあぐ……ッ!」
粘ついた白濁は、湿った毛に吸収されることもなくどろどろと臍に水たまりを作りながら、結合部へと滴り落ちていく。兎の精液で泡立つそこに獅子の種が加わり、更に激しく泡立ちの音を響かせていた。
「ッ、ンぐぅ、中で、ぉアあ! だめじゃ、ァ、あ、堪えが、利かんっ……!」
「腹破る前に枯れちまうんじゃねえか? ったく、仕方ねえな」
栓が壊れたように勢いもなく先端から溢れ出る白濁に、狼は呆れたようにピストンを緩め。その出っ張った雁首までを抜き出して獅子に息をさせる。
「たっぷり補充してやらねえとなァ!」
しかし、その慈悲は獅子を慮ってのものではなかった。たった一息つくかつかないかの僅かな休息の後、狼は獅子を最奥まで侵していた。あまりの勢いに結合部から水鉄砲のように白濁が溢れ、獅子の体が大きく仰け反る。
「ぬ、ぐっ……ぁあ、ぉおオッ!?」
それと同時に、ごぼりと獅子の腹の中から井戸をかき混ぜたような重い水音が上がる。
苦く震える体内、その腹をそれだけで破り抜いてしまいそうな屹立から大量の子種が吐き出されたのだ。先に注がれていた兎の精液。それを奥へと押しやるように詰め込まれていた剛直。その鈴口から溢れ出た濁流は、兎の種を蹂躙するように獅子の更に奥へと注ぎ込まれていく。
「ぁあ……っ。暴れて。……ッおる……っ」
「まだまだ溜め込んでんだ。簡単に弾けんなよ」
まるで蛇が踊っているような圧力に、腹を掻き毟りたいのだろう。両腕を動かせない獅子はもどかしげにそのでかい腹を狼へと擦り付ける。
「早くぶっ壊して欲しいってか。なあ?」
「かは。……ぁっ」
息すらまともに出来ないでいる獅子の動きを、狼が都合のいい様に解釈する。老獅子がどう答えようと、この悪辣な狼は自分の行動を変える気など無いのだ。
深く接合した獅子は、だらしなく舌を垂らしながら陶酔しきった情けない面を晒している。凛々しさの欠片もなく、眉も目尻も下がりみすぼさしさすら感じる表情。だが、そんな表情をしていながらに、獅子の目は爛々と輝いていた。
「ん、っ……」
獅子はまるで食事を取るように、狼のマズルへと噛みついた。いや、凹凸を組み合わせるようにマズルを深く噛み合わせては、狼の口をその舌で愛撫する。
「ん、ぐ……ぅあ……ッ」
下の水音とは違う音が奏でられる。舌同士が絡み合い、マズルの中で牙が時折触れ合う。そうして数秒、舌が痺れるような激しい口吻を終えた獅子は、狼のマズルから舌を引きずり出した。
唾液の糸を繋いだままの蕩けた顔で「ぜーはー」と深く息を求める獅子。触れ合った牙を舐める狼に、獅子は一つ息を吸い、整いきっていない声を発した。
「壊せるものなら……っ。壊して。みるんじゃな……」
「」良いじゃねえか。化けて出てくるなよ」
今度はフォルティスから獅子の口を奪うと、抱えていたラムリスを床に押し倒す。床と己で圧死させるような勢いの運動に釣られて、狼の分厚い尻の尾が激しく上下に揺れる。狼の両足の間に見えるのは、剛直に貫かれる獅子の秘部のみ。白濁を漏らしながら、悲痛と悦楽が入り混じる嬌声が狼の動きに合わせてひり出されていた。
「ぉ、あ……ッ、あ」
狼の腰が強く叩きつけられ、揺れる種袋が痙攣するように獅子の中へと子種が注ぎ込まれていく。その繰り返しが、留まることもなく。
まだ夜は続いていく。
●
雲ひとつ無い青天。黄金たる太陽がその威光を振りまいている。それは貴族街だろうと貧民街だろうと変わらない。
猪は指定した壺に詰め込まれていた依頼料を紙袋へと回収しながら、空模様とは対象的に陰気な顔をしていた。
義賊の名は金になる。
義賊は他人に探られては困る脛の傷を持つ権力ある家しか狙わないものだ。ならば、耳聡い社交界で義賊に狙われたという被害は悪評に他ならない。民衆が義賊を持て囃せば、それだけ義賊に狙われた貴族の信頼は地に落ちる。良い商売だ。
だが、当の義賊からの依頼が途絶えたのだ。
簡単に捕まる手合ではない。それは今までの実績に基づいたれっきとした事実だ。
ならば、盗人から足を洗ったのか。可能性としては十分にありえる。だが、ユーブとしては考えにくい可能性だった。奴はあの生き方に固執している。いや、そうなるようユーブが助長している、という方が正しいか。
ともかく義賊商売を続けるのであれば。次の案山子を見繕わなきゃいけない。とそう考え始めていたユーブの前に、複数の人影が現れた。
三人。一人はみすぼらしい服を着て、二人は鎧を着ている。貧民街の住民と騎士。ユーブは明らかに自分の方へと歩いてくる彼らに警戒を向けながら、道を変える不自然な動きを見せるわけにもいかず、すれ違う事を祈りながら歩いて行く。
そして、騎士の視線が己に固定されている事を見て取ったユーブは諦めた心地で、騎士達の前で立ち止まった。
「ああ、騎士様」
「貴様がユーブだな」
先手を取ろうとしたユーブに有無を言わさず、名を問われる。
「へ、へえ、そうですが……何か粗相でもありましたか?」
やはり自分に用があるらしい、ユーブは気を構えながらも焦りはしなかった。多少あくどい事を行っているが、ユーブはしがない情報屋だ。捕縛されたとしても、命を取られるような事はない。
騎士を案内したガキの顔を目の端で捉えながら、無知な表情を形作る。記憶にある顔だ。サルトとの密会を覗いていたガキか。
後ろめたさからか。ユーブを直視せず少し後ろを見つめているガキに、どうこの面倒の落とし前をつけさせるか。そう考えていた、その時。
「我々と来てもらいたい」
そう告げた騎士の隣。片割れの騎士が柄に指を添えた瞬間に、ユーブは駆け出していた。
「……ッ止まれ!」
誰が止まるか。そんな捨て台詞を吐く余裕もなく、ユーブは土を蹴りつける。
威圧目的であっても。騎士が剣に手を掛けるなどそうそうあってはいけない。騎士が己で判断して剣を抜くにはそれ相応の理由が必要だ。既に死傷者が出ているような緊急事態でなければ、抜剣を思わせる行為自体が戒められている。だが、今はどう考えてもそんな事態ではない。
ならば考えられる理由は一つ。
既に抜剣の許可が下りている。
貧民街の悪党一人を捕らえるのに大袈裟なことだ。普段であればそう笑っていただろうが、その標的が自分であるとなると笑ってなどいられない。最悪、殺してでも捕えろという指示が与えられている。という事実。
原因は。タイミングからしてサルトへ流した『義賊』宛の依頼だろう。サルトから次の依頼が来ない理由もはっきりとした。
「アイツしくじったか。いや……そいつは俺もか……ッ」
あの依頼は、誰かしらの逆鱗だったのだ。いつもと変わらない貴族相手の商売だと舐めていたが、そもそも依頼前後の情報収集の段階で操作されていたのか。標的がそこそこの貴族だと誤認させられ、利用された。
太い体から想像もできないような身軽さで貧民街を駆け抜けながら状況を整理し、そしてユーブは己の失策を覚った。
命の危機を察知して即座に逃げを選択した判断は間違っていなかった。だが、直感を信じすぎた。
二人。
抜剣を許されるような作戦で、分隊にすら達さない人数のみ配備されることなどあり得ない。少なくとも分隊――十人程度は動員されているはずだと気付けていたら、声を発したきり追いかけてくる気配の無い騎士の違和感を見抜けたのかもしれない。
剣を抜こうとした騎士から離れようとしたユーブ。その逃げる先には、別の騎士が道を塞ぐように待ち構えていた。その姿を見た瞬間、誘導されていた事に気付いたユーブは道を走る選択肢を排除した。
「……っクソ……が、アッ?」
横の家屋へと飛び込む。その寸前、ユーブの体はつんのめり。地面と盛大に衝突を果たす。動かなかった足を見れば投擲されたのだろう鎖が両足に巻き付いている。
解くことは簡単だ。数秒あれば立ち上がることは出来る。だが、その数秒が過ぎるより早く。
「ゴ……ぉッ……」
ユーブは騎士の足に顎を蹴られ、意識を奪われたのだった。
●
サルトは目が覚めた。
いや、それは目が覚めたと形容していいのか分からなかった。ただ、思考を自覚出来るほどに覚醒したと言うことに間違いはなかった。
暗闇。
辺りは暗く。ただはっきりと知覚出来たのは、あまやぐ花の香り。いや。それは本当に花の香りだったのか、分からない。サルトは暗く、狭い、どこかで体を丸めていた。
五感が薄い。だが、はっきりと分かった。己の体はどこかへと消えていこうとしている最中だと。
溶けている。融けている。
己という存在を形作る何かが、ゆっくりとその輪郭を解いていく感覚が広がっていく。
熱いほどの温度を感じる。だが、不快ではない。むしろ、落ち着くような感覚さえするその熱に体を呑み込まれていくのを感じながら、サルトは目を閉じた。
心地よかった。体を丸めて、何か暗い中で、融けていく。一つにされていく。ぐるぐると巡る己の思考がまるで他人事のように感じ取れて、しがらみがこぼれ落ちていくのを感じていた。
世に言う義賊など、そこに勝手に添付された手配書きに過ぎない。
生きる為の手段でしか無かった盗みという行為に意味を見出した。それ故に、兎は自らあったはずの逃げ穴を閉ざしてしまったのだ。
己は盗人から足を洗えない。己で逃げ道を排して、己の罪から目を逸らすことすら出来ないでいる。
ユーブはさぞ、滑稽だっただろう。彼からすれば己は愉快な道化だったに違いない。
既にサルトに体を丸めているという感覚はなかった。腕は脚と溶け合い、胴体は球体を形作りながら周囲へと拡がっている。熱は既に境界線を失い、おぼろげになるまま全身に快楽をもたらしていた。
息づく闇に裸体を晒すような心地よさ。温かな風が体内へと吹き込んで、己を繋ぎ止める楔を切り離していく。ああ、と呟こうとして口が存在しないことに気付く。
皮と骨が一つになる。目はどこかへと消え失せ、音も聞こえない。暗闇すら認識できない虚ろの中に感覚だけが浮かび上がっている。体は失われていく。だがそれもどうでも良かった。ただ、身を委ねる。じわりと夢精を繰り返すような快楽に身を委ねながら、漂うようにサルトは自意識すら手放した。
溶けていく。己ではない何者かの一部へと、溶け込んでいく。
何者でもなくなっていく自分が恐ろしく、涙を流そうとしてもその部位はもう残っていない。漂う。液体となった己の中で薄れていく意識を想いながら、サルトは残る快楽以外の感覚を捨て去り、何かにかき混ぜられるような白く濁った静かな悦楽の中へと散らばって消えた。