ソレルとシルファ、イサネとの勉強会

  ●

  雪が降っている。それはもう、街を真っ白に染める程の大雪が連日続いていた。

  「まさか、上級冒険者の初依頼が雪退治とはね」

  と父のユキシロは苦笑して母さんと今日も朝早くから冒険者ギルドへと向かっていった。

  今年の冒険者達は、例年以上の積雪に対しての除雪作業に駆り出されて、思いもよらぬ多忙を強いられている。魔法で雪を溶かし、力で雪を運ぶ。終わりの知れない作業をここ数日は延々と繰り返している。春も近いと思っていた頃合いでの大雪に、魔物狩りと並行して除雪に人員を回さなければいけないギルドも慌ただしい様子だ。

  とはいえ、下級から中級の冒険者にとってはむしろ食い扶持が増えて喜ばしい声も上がっていたりもする。

  「の……はずなんですけど」

  「ん、なに? あ、そのジャイアントロックボアは試験に出やすいから覚えておくといいよ、私の時も出たし。やっぱり、この辺りによく出現する魔物だからかな」

  「あ、そうなんですね。ありがとうございます。……イサネさんは依頼受けに行かなくて良いんですか?」

  茶毛の山羊半獣であるソレルは折りたたんだ前足をテーブルの下に潜り込ませるように机に向かいながら、同じ教本を悠々と眺めながらコーヒーを飲んでいる狐の獣人に目を向けた。

  大雪の中、街の外へと出るような依頼は軒並み格上げされていて請けられる依頼がなくなった10級冒険者であるソレルとシルファは、この狐獣人のイサネの家でいずれ受けるであろう7級冒険者への昇格試験に向けて勉強しているのだ。だが、それは下級であるソレル達の話。イサネであれば請けられる依頼はあるはずなのだが、彼女はギルドに向かう素振りすらなく勉強場所として自分の家に招き入れている。時折細かく音を跳ねさせる薪もただではないというのに。

  「んー」

  暖炉の火で暖まった室内で外衣を脱いだ軽装だ。イサネに至っては、タンクトップにミニスカという思春期を煩悩で殺そうとするような格好ではあるが、もはやソレルには見慣れた姿になってしまっていた。

  机の向かいで、此方もそんな彼女の姿に慣れきってしまった狼獣人の少女、シルファも興味を持ったように――というより、目の前の教本から目を逸らすように――イサネに視線で問いかける。

  「シルファちゃんまで……二人共、そんなに二人きりで勉強したかったの?」

  「いえ、そうじゃなく」

  とソレルは、シルファの耳がピンと天井を向いた動きを察して、彼女が反発するより早くすげない返事を返していた。初対面から二週間程、共に依頼をこなし、依頼を受けない日もこうして勉強会を行っていればイサネとの付き合い方も分かってくる。

  イサネがシルファの反応を面白がって、揶揄っているということも。

  シルファが声を上げれば、更に面白がって話が進まなくなる。だから、シルファの初動を抑える様にして先に言葉を発したのだ。

  だが。

  「……」

  シルファには睨まれた。

  何故か責めるような目で。彼女もイサネの言葉に違うと言おうとしていた事は明白なのに。と少し眉を顰めていると、当の犯人はまるで他人事の様にくつくつと笑い始めていた。

  「……なんですか」

  「ふふ。ううん、なんでもないよ」

  ゆるゆると首を振りながら、狐獣人の少女はコーヒーの入ったカップを机に置いた。

  「依頼にいかない理由は二つかな。一つはお気に入りの後輩の昇進を手助けしてあげる為」

  「……もう一つは何なのよ」

  ウインクをしながら善人ぶるようなことを語るイサネにシルファが冷えた声色で先を促す。彼女の睨みつけにも慣れたのか堪えない様子で、イサネはその目に澄んだ光を宿すように口を開いた。

  「もう少ししたら、繁殖期に入る魔物が増えてくる。個体は少なくても、欲に滾った最高の獲物だよ」そう言う彼女は先ほどとは違い、晴れやかな笑みをすら浮かべていた。「それまでの小物で備蓄をすり減らすなんて勿体ないじゃん」

  籠もる熱量の違いにそれが本音か。とソレルは納得する。

  通常の依頼でも危険に飛び込んでいくようなイサネだ。まるで品行方正な言葉は似合わないが、後者なら理解ができた。

  「ほんと、よく7級昇格試験通りましたね」

  呆れるを通り越して、むしろ感心を覚えてしまいながらソレルは呟く。

  イサネの級――つまり『7級冒険者』は、一端の冒険者としての登竜門だ。

  7級へと昇格すれば、請けられる依頼の幅が一気に広がり危険度も専門性も高騰する。その代わり報酬も増加し、家族を養うことも出来る程度の収入を見込める様になる。

  だが、そうなれば、こなした依頼の数だけでその進退を決める訳にはいかない。故に、7級へと昇格するためにはギルドの定めた試験を突破しなくてはならないのだ。

  その一つに無作為に班分けされた四人の受験者で依頼を受領し、その行動を6級以上のギルド所属の冒険者が判定するという試験がある。

  職業や種族、性別。時には一切噛み合わない班となる場合もあれば、依頼に最適と思われるような班となる場合もある。その中で己の役割を全う出来るか、リーダーシップを取れるかと言った適正を見ている、という。謂わば、あまりに自己中心的な行動を取るものは相応しく無いとして昇格が許されないというのが、ギルドの公表文ではあるのだが。

  「そりゃそうだよ。あれ別に人格を見てるわけじゃないもん」

  どういうことだろうと、首を傾げるとイサネは退屈そうに「そりゃ、多少はそういう側面もあるだろうけどさ」とため息を吐いた。

  「要するに、状況に応じて適した行動と振る舞いが行えるかどうかだけだよ」

  例えば、実地試験の他、筆記試験の一つとして、貴族のマナーに関しての項目がある。だが、いくら貴族のマナーを身に着けようと、冒険者の本分は武器を手に暴れることだ。上澄みの例外はあれど、貴族になどなれはしない。

  「その場に応じて行動が行えるか、その判断能力だよ」

  極論、達成できる依頼がその時試験の対象になければ、試験そのものから辞退することが正解となりうる。

  「まあ、私は優等生だから順当にそこそこの依頼を受けて、みんなのサポートしながら二番目くらいの立ち位置で大人しくしてたよ。花丸合格ってね」

  いえい、と二本指を立ててふざけている彼女が優等生。それがただの自称ではない事をソレルは知っていた。なにせ、彼女の筆記試験の採点を手伝ったソレルの父にイサネの名を出した所、基準点を大きく超える、どころかほぼ満点での合格を果たしたという驚愕の事実を伝えてきたからだ。

  だからこそ実地試験においても好成績を収めていた、という言葉の信憑性は高い。現に彼女は今、7級となったギルドカードを手にしている。

  とはいえ、その事で彼女を改めて尊敬をするか、といえば。

  「擬態の達人……」

  そんなことはなかった。よくぞ、その本性を隠し通したなと呆れるばかりだった。

  「そうだよー、よく分かってるじゃん」

  と呆れた目で見られながらもその評価に頓着しないイサネは、むしろその言葉が嬉しいとばかりに相好を崩している。

  「この街で6級以上の冒険者なんて限られてるからね、それぞれの性格と特性を大まかに知っていれば、どういう行動での点数を高く見積もっているかは分かるでしょ?」

  「……まあ、言わんとしてることは分かるけど……」

  と煮え切らない様子でシルファが言う。それはソレルも同じ心地だった。そうして思い浮かべるのは、つい最近依頼に出たある日のこと。

  「ジャイアントロックボアに真正面から殴り合いしに突撃してましたよね」

  寸前に頻出であると言っていた魔物。筆記試験の例題として、有効な対処法を記せという問題には『頭蓋付近は魔力による変異が起こっている個体が多く存在し、また、突進が脅威の為、正面を避け側面を維持する立ち回りを維持するべき』であるとされている。

  試験での正解と、実際の依頼でやっていることがまるで正反対だ。そんな指摘もイサネの耳は都合のいい変換を行ってくれるようで、何故か嬉しそうにその言葉を受け止めていた。

  「あれはアガったよねー! インパクトの瞬間に弾かれるって分かった時の一瞬で生存方法を探るあの切迫した思考加速、堪んないね!」

  「はあ、僕たちの前でも擬態してて欲しいですよ」

  「冷たいなあ……」

  と再度コーヒーに手を伸ばしたイサネは、ソレルからシルファへとその標的を変えた。

  「それで」

  シルファの手元を覗き込んだ彼女は、既にからかい口調だ。

  「貴族のマナーについてはどうかな、シルファちゃん?」

  教本に並べた回答用のメモに目を落としたイサネは、その口端をニヤリと吊り上げた。ソレルはその答案を見てはいないが、その反応から察するに、お察しの結果だったのだろう。

  「うるさいわよ」

  「やだなあ、何も言ってないでしょ」

  「表情がうるさいの! はあ、貴族学なんてなんの役に立つのよ……」

  と逃避気味に垂れる文句にイサネはその重要性を説くことはない。

  「こらこら、貴族学なんてあの高慢ちきのへなちょこ共が聞いたら、ただでさえ細い血管が破裂して死んじゃうよ」

  代わりにそれこそ貴族が聞いたら頭蓋骨を吹き飛ばしそうなセリフを吐くイサネ。だが、彼女の言葉は間違ってはいないらしい。

  貴族にとっての常識であるマナーを下賤な身分である冒険者が烏滸がましくも学ばせていただいているのだ。それを学問だのと形容することからして誤りであると……冒険者ギルド謹製の『貴族学入門』に載っている。

  教本にその題名を否定するような記載がされているという、ひどい自己矛盾もあったものだと毎度その文面を見る度に思うが、そういうものが貴族学らしい。思うが、そういうものが貴族学らしい。

  「全部が全部回りくどすぎるのよ。食器の置き方一つで食事のペースを伝えるとか……言えば良くない!? 次の料理お願いしますって!」

  「招待された側がその家の給仕に指示を出すなんて不躾な事すれば双方に悪評が立っちゃうからさ、もうそれは宣戦布告だよねえ」

  ちなみに招待した側が明確に指示を出せばそれはそれで、来賓より立場が上だと主張するようなものでアウトとの事だ。もし本当に急かしたい場合、次の料理の話などを振るなどが正しい所作となるらしい。

  「……頭パンクしちゃいそう……礼服の形式とか、そんなに使い分ける必要無いでしょ。しかも可愛くないし」

  「はは……」

  力なくソレルも笑う。次々と出てくる文句にはソレルとしても概ね同意ではあった。その根本にある理由が理解できないが故に、すんなりとは頭に入ってこない。詰め込んだとしても相当な違和感のせいで、まるで内側から忘却されようと知識が膨らんでいるような錯覚すら覚える。

  ただ冒険者にとって貴族の護衛任務というのは、街から街へ移動するための安価な方法でもあることも事実だ。他の街を見てみたいというシルファにとってもそれは必要な知識に違いないわけで。ソレルが彼女を諭そうとした、その時。

  それより早くイサネが、シルファの耳元に掌で隠した口元を添えた。

  「奥様、――」

  と初めの数音だけが聞こえた後、銀色の毛がぶわりと逆立つのを見て、ソレルはその直後に起こる出来事を予見していた。

  素早く机をずらす。

  間髪入れず、シルファの腕が残像を残す。

  イサネの顎を的確に狙った手刀が風を切るも、イサネは既に体を逸らしていた。そして、その場に残したイサネの腕の先に、身を乗り出すように攻撃を放ったシルファの胸が迫り。

  「ふひゃ……っ!?」

  その好機を逃すことなく、イサネの指がシルファの緩やかな丘陵をむんずと捉えた。予想外の攻撃にシルファがフリーズする間、イサネは遠慮もなくその柔らかな半球を揉む事数秒。

  ぷちん、とシルファから何かが切れるような音が聞こえたような気がした。

  「ああ、もう……」

  ジャイアントロックボアもかくやとばかりの勢いで襲いかかったシルファに、ソレルは座机と一緒に部屋の隅へと引き下がっていた。慣れたものだ。

  二人がこうして喧嘩をするのは今に始まったことではない。というか、喧嘩というのも微妙な所だった。シルファが気付いているのかは分からないが、傍から見ているソレル視点ではイサネが手を抜いている事は明らかなのだ。

  イサネが飛びかかってきたシルファを抑え込む、そして、ぎりぎりどうにか抜け出せるような隙を作ってはまた組み交う。その流れは、むしろ仔猫の狩りの練習に付き合う親猫のような長閑さすらあるかもしれない。

  「この、バカ狐!」

  当のシルファには、到底感じ得ない長閑さだろうけど。と静観していたソレルだったが、段々と止めなければマズいのではないかと思い始める。

  広くはない床を転がる二人のせいで埃が舞うし、その内家具を壊しかねないというのもある。だが、一番の理由としては二人の衣服が次第に乱れはじめたという由々しき事態だ。

  シャツと短パンという姿のシルファもシャツが胸下まで捲れ上がっていようと気にせずイサネを押し込めようとするし、イサネに至ってはスカートの中身が見えるとかではなく丸出しとしか言えない有様だ。

  その狐獣人を分類『イサネ』という生物として見ているソレルではあるが、それはそれとして同年代の少女の体への興味は強い。それが例えイサネであっても、そのまま見つめていて良いのかと青い情動と若い理性がせめぎ合っていた。

  そして、そのせめぎ合いは、シルファの短パンがイサネの指に引っかかり少し大人びた下着の紐が見えた瞬間に理性が情動を抑えつけ、決着を果たす。

  「イサネ、さん!」

  声を上げれば、二人の取っ組み合いは一瞬で終わりを迎えた。

  「うん? どうかしたのかな、ソレル少年?」

  含む所があるようにニタリと笑うイサネに辟易とする。やはりこの人は分かってやっていたのだろう。

  「……最近、母さんの修行がキツくって。僕あんまり筋肉もつかないみたいで」

  イサネの鍛えられた太い太ももを見ながら問いかける。ちなみに、これは本当のことだ。

  槍を使い始めたという事を知った熊獣人の母がソレルの特訓をしてくれているのだが、なにせ訓練してれば勝手に筋肉はついてくる、という持論を持つ母の特訓だ。その血を引いているとはいえ、なかなかそうは上手くいかないのが現実というもの。

  「食事じゃない?」

  そんな悩みにイサネは端的にそう返した。

  「食事?」

  「そ。鍛錬の後に、脂身の少ないお肉とか、魚とか卵とか……あと大豆とかかな。そういうのを食べると力が付きやすいんだよね」

  上から退いたイサネが息一つ切らしていない事にシルファは苦い顔をしながらも、興味深げにその話を聞いていた。

  「私もよく食べてるよ。ほらこれ」

  と、イサネは旅装の中の布袋から、乾いた土を固めたようなコースター程度の円盤を取り出した。

  シルファが差し出されたそれに軽く鼻を寄せるも、首を傾げた。それが肉に類するものとは思えない。となれば大豆のビスケットなのだろうか。にしては、正直美味しそうな匂いはしない。

  「はい、食べてみてよ」

  と自分もそれを咥えながら、それぞれにビスケットを渡したイサネ。少なくとも毒物を仕込むような直接的な害をもたらす相手ではないと、二人は意を決してそのビスケットらしきものに齧りついた。

  ガリ、と。

  「硬っ……!」

  おおよそ食べ物からしてはいけない音と共に、石を噛んだような衝撃が歯を伝わった。浅く付いた歯の跡に食い込ませるようにして再度歯を差込めば、ガ、ゴリ……ッと音とともに端っこが砕けて、その味が口に広がる。

  ほのかな甘さに、山羊乳の微かに生臭い香りが混じり合って淡白に消えていく。最後に大豆の香りが残るので後味は悪くないが、如何せん薄い味と下に残るザラつきで、正直美味しいとは思えない。

  というか不味い。

  そう率直に意見を述べれば、この硬度のビスケットを軽々と噛み砕きながら、イサネはけろりと言い放った。

  「そっかあ……まあ、本来は水でふやかすものだからね」

  「先に言いなさいよ!」

  「でも、私は歯ごたえあるこのままの方が好きなんだもの。……で、どう?」

  珍しく拗ねたような表情を見せたイサネから急に話を振られたソレルは、その意味を汲み取れきれずに首を傾げる。

  「どう、とは」

  「これ食べれば結構力付きやすいと思うよ」

  「……一枚だけじゃないですよね」

  「まあ、結構力つけたいならそうだね」

  ソレルはどうにかその一部を噛み砕いたビスケットを見つめた。もとは携帯糧食なのだろう、そのままでは硬くて食べられない。水にふやかしてもこの薄味が更に薄まり、結構な量を摂取刷る必要があると考えると、苦行という他ない。

  「気に入らなかったかあ」

  ソレルの返事に残念そうに顔を俯かせたイサネは、ぽんと手を打った。

  「じゃあ、別の方法があるよ。こっちはきっと気に入ると思うんだけど」

  そう顔を上げたイサネの顔には、意地の悪い笑みが張り付いていて。

  また碌でもない事を。

  そうソレルが気付いた時に、彼のタウロス体は抱え込まれ宙に掬い上げられていたのだった。

  

  

  ●

  「で、なんでこうなるんですかね」

  虚ろな目をしたソレルが仰向けに寝かされるまま天井を見上げて呟いた言葉に、イサネはクスリと笑いを漏らしていた。

  「力の付く食べ物知りたいんでしょ?」

  「ええ、まあ」

  と適当な返事が返ってくる。転がされたソレルはここからイサネに逆転する方法を持ち合わせていない。悲しいかな実力はイサネには遠く及ばないし、無駄に抵抗するよりも諦めた方が建設的だとこの二週間で思い知っているのだろう。

  当たらずとも遠からずだろうと、ソレルの心中を想像しながらイサネはこういう時は威勢の弱くなるシルファを振り返った。

  「シルファちゃん、精液にはね。ビスケットと同じ成分が含まれてるんだよ」

  赤ちゃんの素だから当然だよね。と嘯くイサネの目の前には、何を隠そう――ソレルの秘部がある。後脚の根元に収納されているそこを開け広げるソレルの口から、イサネの言葉に「ああ、やっぱりか」と他人事のような感想が聞こえてきた。

  「だから、協力してくれるよね。ソレルくん?」

  「……好きにしてください」

  諦めたように言うソレル。だがイサネはそこに罪悪感などは覚えなかった。

  「またまた、そんなこと言って」

  ふっくらと柔らかな毛に覆われた子種の詰まった胡桃のような塊を指先で転がした。その中にはこの数日で作られた雄の熱が詰まっている。それを刺激されてしまえば、盛んな少年の淫欲は否応もなく伸び尖っていく。

  「抵抗しなかったって事はソレルくんも満更じゃあないんでしょう?」

  性欲に耐性のない若い体は、彼の悲哀に関係なくその刺激を受け入れ、敏感に反応を返していく。いや、ソレル自身その快感を忌み嫌ってはいない。与えられる甘美な痺れを待ち望んでいないといえば、それは嘘になるのだろう。

  ソレルが期待に唾を飲み込めば、それを見透かしたようなイサネの挑戦的な瞳に欲に満ちた表情が浮かび上がっているのだろう。そんな視線の間に、勃ち上がる長細い雄茎がびくびくと意気盛んに脈を打っていた。

  薄茶色の皮膚に細い血管がうっすらと這う無防備な肉茎を、触れるか触れないかの至近距離まで近づいた狐の鼻先からの吐息が微かにそよぐように撫でる。ただそれだけで過敏な漲りは少年の体に甘美な痺れを奔らせていた。

  「……っ」

  「シルファちゃん、私がすることちゃんと見ててね」

  びくりと跳ねる腹を撫でたイサネは顔を赤らめる狼の少女に笑いかけた後、その滾る少年の肉茎に舌を伸ばした。マズルを開き、横から咥え込むようにして舌を絡みつかせた。

  「ひぁ、……ッ」

  床に向かって引く腰にソレルの体が揺れる。それを抑え込み、イサネは更に丁寧に唾液をまぶしながら根本から先端までを舐めあげていく。先端の鈴口からこぼれ落ちる山羊の淫液が、表面をなぞる舌の唾液と混ざりあいぬち、くち、と淫猥な音を響かせる。

  舌が肉から離れれば、纏う液体が糸を引いて滴り落ちる。睾丸と根本を愛撫する手の甲にはたはたと雫が落ちるもイサネはまるで気にした様子はない。

  「いい? こうやって手も使って、気持ちよくしてあげるんだ」

  シルファへと雄の悦ぶ仕草を教え込みながら、まるで極上の料理を平らげるような心地で歓喜に震える婬肉を吸い上げた。側面ではなく先端から飲み込むように。蠕動する淫らな器官と化した口へと招き入れられた肉茎は、次第に独特な匂いを持つ分泌液を滲ませ始めていた。

  「……、ぁっ、そこ……ッ、イサ、ね……さん……だめ、だって……っ!」

  羞恥にまみれたソレルの声。己の敏感な箇所を曝け出すのは、雄としての自覚を持ち始めた少年である彼に取っては、顔から日が出るほどに恥ずかしい所業だろう。だが、そんな抵抗感情すら押し退けて嬌声を漏らす理由は、決まっている。

  「んー、ふんふんふ?」

  イイくせに。次から次へと先走りを零す先端を舌先で転がしながらそう告げて見れば、ソレルは唇を噛み締め湧き上がる情動を抑え込もうと瞼を硬く瞑る。

  だが。

  イサネがそれで手を緩めるはずもない事は、知っているだろう。ソレルの吐精を促したことはあっても、これまで口の中でそれを果たしたことはない。だからこそ、彼は今にも吐き出してしまいそうなその情動を抑え込もうとしているのだろうが、イサネが狙っている事が正しくその事であることも理解しているのだろうから。

  「ん、ぅう……っうぅウ……っ離し、ぁ、ッあ!」

  そのまま先端を攻め立ててやれば、限界はすぐに訪れた。外気に触れさせてあげようと窄めていた口を開けたその時、唐突な開放感にか、先端にぷくりと白い膨らみが現れた。それを見た瞬間にイサネは口の奥にまでその漲りを咥え込んでいた。熱い視線を感じる。ソレルだけじゃない。きゅうと迫り上がる睾丸を見つめるシルファも、空気に呑まれたようにイサネを熱く見つめていた。

  少年の口を離して、という懇願も虚しく、イサネは訪れる甘美な放熱の瞬間を逃すつもりはなかった。一瞬の強張り。その後に喉を直接叩くような熱い迸りが口の中で弾ける。

  「っ、ああ、っ……ッ」

  粘る濃い精液。濃度もさることながら、惚れ惚れするような量を誇る射精がイサネの嗅覚という嗅覚を雄の匂いで埋め尽くす。ぐぷりと、その白濁を飲み込む喉が音を立てる。それでもなお、口の端から溢れた濁った粘る雫を舌で掬いとったイサネは、最後にその脈を打つ肉茎を吸い上げてから、ようやく彼を解放した。

  「……はあ」

  耽溺にも似た声を上げる。

  深く息を吸えば全てが雄のその匂いを纏っている。喉から胃へと流れ込んだその量を胎内に注ぎ込まれたのならば、確実に結実を果たすだろう。

  雄の陰部から吐き出された白。それを全て飲み込むという所業に目を丸くしているシルファを差し置いて彼の子を宿したならば、彼女はどんな表情をするのだろうか。その時向けられる只管な感情を受け止めればどれほどの衝撃を得られるのか。想像にゾクゾクと悪寒と紛う程の興奮が背を駆け上り、腰の中心が疼きを上げる。

  このまま、第二射を受け止めてその願望を叶えてしまおうか。

  そんな欲求を口の中に残った白濁を飲み下す熱さに誤魔化して、イサネは「さ、どうぞ」とシルファに場所を譲るようにソレルの肢の間から立ち上がる。

  「……え」

  「ほら、早く。栄養……取りたいでしょ?」

  と困惑を拭いきれていないシルファの腕を掴んで座らせると、イサネは雄山羊の萎みかけているその男根を彼女の方へと傾けた。

  少女はごくりと固唾を飲む。

  躊躇いながらも、ゆっくりと上半身を傾けた狼の少女は、その口を緩慢に開いていき。

  「シルファ……」

  と呼ぶ声に、目を瞑った。

  名前以外の情報のない言葉。しなくていい、と言っているのかもしれないその言葉はしかし、そうではないのだと確信ができた。シルファもそれに気付いたのだろう。今の言葉は、滾る性欲を幼なじみの少女にぶつけたいという雄の野生じみた欲望の声だ。

  「栄養……栄養のため、だから……ね」

  自分に言い訳をするようにそう呟くとシルファは、再び硬さを取り戻していたソレルの陰茎を咥え込んでいた。

  そして、イサネの見様見真似でソレルの肉棒への口淫を開始する。

  空気に触れた水が跳ねるようなぴちゃぴちゃという音。イサネから見て、その仕草はとても様になっているとはいえなかったが、それ故に少年少女が情事に浸るという背徳的な光景が出来上がっていた。

  だが、ソレル少年はもどかしげに射精後の余韻に酔った瞳を少女に向けている。イサネの舌遣いの後だ、物足りなさを感じているのだろう。感じているのだろう。

  贅沢なものだ。自らが招いたという事を棚に上げてイサネは、欲に従う雄の身勝手さにそれでなくては、と眼差しを鋭く微笑ませる。シルファへの助言は十分だ。だから、とイサネはソレルへと言葉を向ける。

  「ほら、黙ってないで。シルファちゃんにどこが気持ちいいのか教えて上げないと」

  「……」

  ソレルはその言葉に思案するような沈黙を数秒経てから、ゆっくりと口を開いた。

  「先、を……っ、しるふぁ、……先っぽ、舐めて」

  「ん……」

  ぐちゅりとシルファのマズルの中で、唾液が混ざり合う音がする。ソレルの指示通りに舌を動かしているのだろう。

  「出てるの、吸って……っん、ぁ……うん」

  イサネの教えた通りに睾丸を転がしながら、次第に反応の良くなってきたソレルにシルファも気分を良くし始めたのか。積極的にソレルの言葉に従っている。

  「ん、下、少し強めに握って……ぅ、ぁ……それ、気持ち、いい」

  応えてくれる。そう確信を得たのだろう。イサネが介入するまでもなくシルファに指示を与えてるようになっていた。その目はシルファに向けられている。己の陰部を咥えこみながら意識的にか無意識的にかホットパンツの隙間から秘部を慰める少女を見つめている。

  雪の軋む音も、爆ぜる薪の音も、意識の外にしか無い。彼らは今、淫欲のままに振る舞う事を覚えたのだ。

  それは今までのお遊びのような手淫などではない。射精という生理反応でただ間暇に興を添えるだけのような行為ではない。互いの淫欲を認識し、己の欲を満たそうとする。

  それは紛れもなく性行為だ。体の交わりはなくとも、淫行と呼ぶに相応しい。

  ある種、二人の世界に浸る彼らからイサネは爪弾きにされる――ような善性的な質ではない。

  イサネはその指をソレルの体に這わせていた。

  シルファが弄ぶ睾丸。それを邪魔しないように睾丸から更に下。蟻の門渡りを通って、前立腺を刺激しながら生殖器ですらない窄みにまで指先を僅かに触れさせた後、睾丸まで戻り愛撫を繰り返す。

  陰茎への奉仕に集中するシルファは気付かないだろう。時折ひくつくように跳ねるそこが彼女の知らない快楽をソレルに与えている事に。

  「イき、そう……」

  山羊の少年は短く押し出すような息に紛れさせるような声色でそう呟いた。

  シルファは己を慰める事を止めない。それでも、その小さな声を聞き漏らしはしなかったようだ。

  「シルファ……僕の、精液……」

  ぴくりと反応するシルファの狼耳に向けた声が妙な静けさの中に反響する。

  「飲んで」

  そうして明確な言葉にされた淫らな要求に、シルファはその獣欲が詰まった熱を咥えたまま頷いた。その直後。

  「……ッ!?」

  イサネは己が受けたものよりも激しい放射がシルファの口の奥へと吐き出された音を聞いた。むせ返りそうになるのを涙目になりながら抑え込んだシルファが、五度ほどの脈動を経て撃ち出されたその全てを飲み干し。

  「ふ……ん、ぁ……す、ごかった……」

  自らの淫液に濡れた指でソレルの先端から溢れた最後の一射を搾り出した。

  

  

  ●

  「はあ!? 全っ然、取れてない!」

  イサネの家に、シルファの怒号が轟いた。

  「苦しかったのに、全部飲んだのよ! なのに、それっぽっち!?」

  シルファがイサネに怒ることは珍しいことではないが、ソレルの陰茎をしゃぶるという行為の羞恥心が後からやってきたせいか。今回は何時にも増して激しい激昂だった。

  精液を流し込んで喉がイガイガすると渋い顔をするシルファが「で、その栄養素ってのをどれだけ取れたのよ」と尋ねて、イサネがビスケットをいれていた袋の底から小さな欠片一つを摘み上げて「これくらい」と言い放ったのだ。

  「ごめんごめん」

  まさに怒髪天を突く勢いで怒りを露わにするシルファにイサネは珍しく謝罪を口にしていた。

  「そっか、7級冒険者になりたいってのは本気なんだね」

  納得したように呟いた後、じゃあ、お詫びに今度は本当に栄養が取れる食事作ってあげるから。と部屋を出てキッチンへと向かったイサネに。

  「絶対ろくでもないシロモノが出てくるわよ」

  と信用など地の底に落ちた評価が下されていた。

  「まあまあ、ビスケットも、材料が悪いだけでしっかり作られてたし……」

  と、直前に騙されたからか不審がる態度を崩さないシルファを宥めるソレル自身も正直その疑いを拭いきれはしなかった。

  毒物はいれないだろうが、精神的に毒足り得るものは食べさせてきそうな負の信頼とも言える印象はもはや確固たるものとなっていた。

  「いやあ、目は口ほどにものを言うよねえ」

  出来上がった料理とそれを運んできたイサネが九割疑念の視線を向けられても弁護のしようはないだろうし、弁護しろと言われればイサネ自身、自分が悪いでしょ、としか返せない。と言われればイサネ自身、自分が悪いでしょ、としか返せない。

  だが、イサネはこれ以上二人を騙したりすることはなかった。

  「ビスケットを不味いって言った仕返しだったんだって。これは、本当にオススメの料理だから安心してってー」

  と本当に珍しく――そのせいで因果が狂って大雪になったのではないかと疑いそうになるほどに珍しく――本当に困った様子のイサネに溜飲が下りたシルファは置かれた丼をちゃんと観察することにした。

  それは汁物の料理だった。

  透明なスープの中に、白く太めの麺が沈んでいてその上に炒めた肉と油揚げが乗せられている。吸い込む匂いには野生獣の肉脂と独特の臭みが混ざっている。生臭さは香草で消えているが、少し癖のある匂いがした。

  どうやら本当に食べ物ではあるらしいと思い直したシルファは、その肉と麺を一緒に啜り上げて、そして、驚愕の表情と共にこういったのだった。

  「……癪だけど、美味しいわ」

  「うん、あのイサネさんにこんなまともな料理が出来るなんて、重大な欠点がある人はその分の補償もあるんだね」

  「それでもマイナスのままなのよね、補えきれないわ」

  ソレルも料理の味に関しては高評価を付け、そしてついでのようにイサネには酷評をぶつける。

  「君たちねえ……でも、そっか良かった。美味しかったんだね」

  とわざとらしく肩を落としてみせながらイサネは視界の端でシルファがお茶を飲むタイミングを見計らって、「ねえねえ」と明るく少し媚びた声でソレルにすり寄っていった。

  「どうかな、嫁にしてくれたら毎日作ってあげるよー?」

  バフフッ!! と、シルファが口を付けたコップから水しぶきが噴き上がる。

  「げほ、ッ、ケホ、あ……あんた何言ってんの!」

  と動転するシルファにハンカチを差し出しながらソレルは、心が1ミリも動いていないような声色で即断した。

  「頼れる先輩ではあるけど人生のパートナーとしては一切考えられないので、すみませんがお断りさせていただきますね」

  「即答ー。シルファちゃん、ソレルくんがつれなーい」

  初めからコレが狙いだった。と言わんばかりに、即座にソレルからシルファにすり寄る対象を切り替えれば、シルファが心底鬱陶しいと顔を歪めながらイサネの腕を振り払っていた。

  「だからって私にくっついてこないでよ、これでも齧ってなさい!」

  と欠片を齧ったビスケットを放り投げるとイサネは空中のそれを口でキャッチする。

  器用な事をしてのけながらシルファちゃんの食べかけだ、と喜色満面でビスケットを口に放り込んだイサネに、ソレル達は顔を見合わせてため息を吐き、各々の学習へと戻っていく。

  「……染まってきてるねえ」

  そんな二人を見ながらイサネは、ビスケットを齧りながら愉快げに独りごちていた。

  生まれた時から共にいるとはいえ、性行為を行う事に忌避感を覚えなくなってきた二人の少年少女。彼らの倫理から外れている状況に『イサネのことだから』と違和感なく受け入れている。それは明らかにこの二週間ほどの間で如実に自分の影響が出始めているということなのだろう。

  イサネはそれが愉快で堪らなかった。

  「何か言った?」

  「ううん、何もー」

  そして、その事をシルファの父親、フェンランが知れば一体どんな顔をするのか。そんな空想に耽りながら、それはそれとしてお気に入りの後輩達の勉学のために鋭い牙でビスケットを砕き、イサネは再び教本を手に取り。

  「それはそれとして……美味しいと思うんだけどなぁ」

  ビスケットを不味いと言われた事をひきずったまま、憮然と口を尖らせるのだった。