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「ええー、ソレルが? 明日? ずっと?」
不機嫌な声に掌の中にある温かなスープが揺れる。器を手にしたまま銀狼の少女が、同じ色の毛並みを持つ男を睨みつけた。
原因は男の狼――フェンランが切り出した話だ。
明日、友人の子供を預かる、と。
ギルド所属ゆえ、依頼で遠出をしなければいけなくなったその子の両親に、代わりにフェンラン達がニ日程預かるという話になったのだ。
「嫌か?」
フェンランは渋い顔をしながらもスープを啜りながら問いかけた。
少女がそういう事を分かりきっていて、なおかつ仮にも娘の拒絶反応に何の反応も示していない。
代わりに困った表情を見せたのは傍らの半竜半人の女性だけだ。
「ねえ、シルファ。ソレル君と喧嘩でもしたの?」
「別に喧嘩とかじゃないし」
「……」
参った、と夫の顔を見る赤竜――ガーネットの視線にフェンランは、一つ溜息をつく。
やれやれ、と呆れを想起させる。誰に似たのか。とフェンランはさっきまでは気にしていなかった寝癖を途端に直し始める娘に、かつての自分を重ねていた。新しい装備を手に入れ、ガーネットの興味を引けるだろうかと考えた後「別にアイツの為のモンじゃねえから」と誰にでもない言い訳を独り言ちていた自分だ。
「じゃあ、ユキシロさん達には悪いが今回は断っておくか」
こういう時にピッタリな言葉がある。押してダメなら引いてみろだ。なにせ、こういう奴は言葉で嫌がっていても、心の中ではどうやって一緒の一日を過ごすかと妄想を捗らせているのだ。そして、そんな夢想している所に大前提が崩れ去る予兆を感じ取ったのなら。
「べ、別に嫌だって言ってないじゃん。ほら、ユキシロさん達にも悪いし!」
「じゃあ、いいな」
「……うん、別にどうでもいいし?」
慌てて手を伸ばしてくる。後から慌てた事を取り繕おうとしていてもどうにもならない。ここにいるのが幼い弟とそういった機微には疎いガーネットだからこそ、分かっているのがフェンランだけだがこれを町中でやったのなら、見かけた人々にシルファの自覚しているかしていないか分からない感情は瞬く間に見抜かれてしまうだろう。
あと、ガーネットの前でそういう反応をされると「昔も同じ様な反応を見たような」とか思われて厄介だからやめて欲しい。という願いを込めながら、その隣でパンを頬張る弟に目を向けた。
「チエルもいいか?」
「うんー、僕もソレル兄ちゃん好きー!」
半竜半人と赤い鱗をガーネットから引き継いだ弟は、純粋な素直さでまっすぐな好きを言葉にする。「も」と言ったせいで姉から睨まれている事など何処吹く風。嬉しげにパンを再び頬張るチエルにシルファも気勢を殺がれたようで、朝食を再開し始めるのだった。
●
そんなわけで次の日。
「よろしくお願いします、フェンランさん、ガーネットさん」
件のソレルがやってきた。
茶色の毛を持つ半山羊半人の少年。自発的に世話になる相手へ頭を下げる、という子供では中々見ない行動に彼の性格がよく現れている。そんな彼に駆け寄っていく小さな影。
「兄ちゃんーっ」
「はは、今日も元気だな、チエル」
シルファと比べて落ち着いているが、彼らは同じ十歳。そしてソレルに今しがた飛びついたチエルは六歳だ。
甘えたがりのチエルはソレルによく懐いている。というのも、ソレルの両親とは、彼らが生まれる前からの付き合いだ。道具屋をしているガーネットの縁があったというのもあるが。とある魔湧泉での一件で少しガーネットが彼らを意識をしていた事が大きいだろう。
後ろめたかったのか、幾つか魔道具をユキシロの妻に紹介をしている内にいつしか夫婦での付き合いをするようになっていた。
ともかく、同じ頃合いに生まれた二人は幼なじみであり、チエルにとっては正しく兄に等しい存在だろう。
「兄ちゃんも元気?」
「ああ、俺も元気だよ。目一杯遊ぼうな!」
「うんー!」
とまさに仲睦まじくじゃれ合う二人に、シルファが歩み寄っていく。どこか地面を叩くような歩き方で、徐に腕を組んだ彼女が不機嫌そうな声を放り出した。
「ふうん、私には挨拶なしって訳?」
「そんなわけないだろ。おはよ、シルファ」
憮然とした表情のシルファにソレルはいつもの事とたじろぐ様子も無い。そんな様子を見ながら、フェンランはソレルを連れてきた彼の父親と話をしていた。
「悪いな、ユキシロさん」
白い毛並みの半山羊半人、ユキシロは少し驚いたように目を丸めてから相好を崩した。
「それは僕のセリフですよ」
ユキシロはその幼く見える顔を柔らかに綻ばせて笑う。
「すみません、フェンランさん。お一人に任せてしまって」
「いや、構わないさ」
ガーネットは道具屋を既に開店させている。ここにいるのはフェンランのみ。つまり、子ども達の相手をするのもフェンランの役目と言うことだ。
「そろそろガキ相手も慣れてきた」
肩を竦めて返して、ニ三言葉を交わす。
「おーい、ユキシロォ!」
と呼ぶ声に振り返ってみれば熊の獣人女性が手を降っていた。ユキシロの妻であるロランが旅支度を整え終えてユキシロを迎えに来たのだろう。
素材の採取依頼だ。魔力を含んだ鉱石の探索。魔力感知に長けたユキシロに白羽の矢が当たったということだ。ギルド職員である彼に、ギルドの上層からの要請を断るわけにも行かず。パーティとしてロランと共に片道丸一日はかかる旅へと出ることになっている。
つまり、あまりゆっくりしていられる時間はないのだ。
「そろそろ行かないと」
「ああそうか、ならこれ頼まれてた薬」
そう言ってフェンランが差し出した袋には数種類の薬瓶が入っていた。傷薬や解薬、腹薬といった旅には欠かせない薬。それと――。
「ユキシロさんに必要か、アレ?」
夜に元気になる為の薬だ。
ユキシロの子種の量と回数は凄まじいものだった。フェンランは以前見たユキシロ夫妻の交わりを思い出して、思わず問いかける。
「あはは。まあ、二人目が欲しいな、って話も、そのロランとね」
「あ、ああ……」
だが、まさか過去に射精するところを見られているとは思いもしないユキシロは、逆の意味で捉えたようだった。実際、あの光景を見ていなかったらユキシロがまさか絶倫だ、なんて想像も付きはしないだろう。
あれから十年経っている、とはいえ。
「行ってくるよ、ソレル!」
「はーい、気をつけてね、父さん!」
二匹の山羊が手を振り合い、分かれていく。少し寂しげなソレルにシルファがすかさず茶々を入れる。
「今回も大変そうだな」
仲の良い。だからこそ有り余る若さの熱量を感じずにはいられないやり取りに、フェンランは覚悟を決めた。
●
「……疲れた」
まあ、覚悟など関係なく疲れとは平等に、無慈悲に積み重なるもので。
駆け回る子供達。最近魔法を覚え始めたソレルに対抗するシルファが弓の対決を始めようとギルドの教練所に生きたいと強請り始めた時はどうしようかと思ったが、ひとまず明日の空き具合を確認するとだけ伝えて面倒は免れた。
依頼受諾可能な年齢に至っていない者が教練所を使用するには、監督者が色々と手続きを行う必要がある。それが実に面倒臭いのだ。明日は確認したが空きは無かったと適当に誤魔化せばいいだろう。
「クソガキどもめ。好き勝手暴れやがって」
「ふふ、またそんな事言って」
夫婦の寝室でガーネットが淹れてくれたコーヒーに口をつけるフェンランは、なんてこと無いと耳を揺らして返事をする。ガーネットはフェンランが口では子供を嫌厭するような事を言いながらも、なんだかんだと面倒見が良く、世話が好きなことも気づいている。
そんな彼に一日中遊んでもらった子ども達は疲れ切っていたのか、食事を終えた後見る見る内に舟を漕ぎ始め、今は仲良く寝室で眠りこけている。
「お腹空いてたのね。夕食も皆美味しい美味しいっていっぱい食べてくれたもの」
とガーネットが食事風景を思い出しながら、嬉しさを満面に浮かべて笑いを零した。
「疲れ抜きで美味かったよ。料理うまくなったよな、お前」
「ほんと? えへへ、そう言ってもらえると頑張っちゃうな」
とベッドに腰掛けたフェンランの前に座るガーネットが身を乗り出してくる。彼女の頬を優しく撫でながら、幸福みのある満腹感に微かに意識を浮つかせながら昔のことを思い出していた。
「ああ、初めて手料理振る舞ってもらった時が嘘みたいだ」
「もう、その時のことは忘れてってば……」
「忘れられる訳ないだろ? 初めての手料理なんだから」
それも、魔湧泉の件でいよいよ本格的に恋に落ちてしまっていたガーネットの料理だというのだから、強烈に記憶に残る。更にその上強烈な味覚で印象を深くされてしまえば、記憶を殆ど失ったとしてもあの闇を表現した前衛芸術のような料理を忘れる事などできないだろう。
それから、日に日に上達していった腕前も合わせれば、決して悪い記憶などではない。
そんな事を考えているとは知らず、ガーネットはにやにやと笑みを浮かべたフェンランにすう、と目を細める。昔の失敗を掘り返してバカにしているようなそんな笑いにもみえたのだ。
「ふん」
ガーネットはぷい、と顔を背けると胴腹を床につけて不貞腐れてみせた。
「そんなに懐かしいならフェンランは明日からあの時の再現レシピだけね」
とそんな言葉にフェンランは手に持っていたコーヒーカップをベッドサイドテーブルに置くと、慌てた様子を隠せもせず立ち上がる。
「……ふふ」
ベッドのスプリングが跳ねる音に合わせるように「お、おい……」と戸惑う声が背を向けたフェンランから聞こえてきて、ガーネットは思わずそんな笑い声を漏らしてしまった。
「何笑ってんだよ……」
「だって、柄にも無いじゃない? そうやって慌てるの」
普段なら「受けて立ってやるよ」など言って返してきそうなものだったが、やはり疲れがあるのか、存外素直な反応が
面白かったのだ。そう言えば、フェンランは呆れたように小さくため息をついて、四足を畳むガーネットの隣に座り込むようにして、その背からその身体に腕を回す。
「……お前、その気になれば本当に再現できるだろ」
「まあ、記憶力は自信あるからね」
「疲れてる時に、あの時の料理を思い出させるのはやめてくれ」
心地よい具合にフェンランは体重を預けてくる。少し硬めの毛並みが鱗に擦れて擽ったさと暖かさが全身に伝わってくる。そのままガーネットの首に額を押し当てるフェンランは、他の誰にも聞かせたくないかのような絞った声を出した。
「俺は、今のお前の料理が好きだ」
「……うん、嬉しい」
本当に珍しい。ガーネットは新鮮な思いを感じながら、その頭を撫でる。これまでもソレルを預かることはあったが、遊び盛りの年頃の相手は流石に堪えたのか。
そんな事を考えていると、フェンランの指がゆっくりとガーネットの腹を撫でた。シャツの裾へと潜り、狼の指は人と竜の間、柔らかい鱗の境界をなぞる。
少しだけ、その爪で擦られれば、もどかしい痺れが腰の奥に入り込んで行くような感覚に襲われる。ガーネットの弱い所。
フェンランがガーネットを抱きしめた時から、彼の雰囲気が変わったのを確かに感じていた。父親としてでもなく、名うての冒険者でもなく。狩人のように私を鋭く見つめる、雄の香り。
「ん、……フェ、ンラン……」
ガーネットは、肩にかかるフェンランの熱い息に流されそうになりながらも、その手の甲を諌めるように包み込んだ。
「つ、疲れてるんじゃないの?」
振り返るガーネットの瞳は言葉とは裏腹にランフェンの温もりを求めている。出会ったことならいざ知れず、今となってはそれを拒絶と捉えることはない。抑えられた手をゆっくりとシャツの中へと潜り込ませていく。
「ああ、だから。労ってくれないか?」
その手をガーネットが留める事はなく、微かに震える声色で形ばかりの抑制を唱える。
「ま、待って……子供達が起きちゃう……」
「起きねえよ、朝まで眠りこけてるさ」
「ぁ……っ、ゃ、ん…………」
シャツを押し上げる柔らかな膨らみ。下着の中、瑞々しく張りのある肌をゆっくりと押し上げるようにしてその先端をなぞり上げる。その刺激に甘えた声を漏らすガーネットは、フェンランに頬ずりをしてはゆっくりとその瞳をベッドへと向けた。
「もう……ベッドで、ね?」
勿論、その誘いをフェンランが断るはずも無かった。
●
「ぅ……は、ぁ」
竜の体が狼に跨っている。
仰向けになったフェンランの眼前で、微かに果実のような香りを纏わせる蜜裂がその朱色を覗かせている。時折苦しげなひくつきを見せるその熟れた秘肉は既にぬれそぼっているが、その香りは新しく仕入れた香薬だろうか。
ぬちゅ、ぐちゅ、と泡立つ唾液の音が寝室に響く。熱り立つ狼の雄欲を咥えこんだガーネットは、唾液を絡ませるように舌を起用に動かしてビリビリと痺れるような快感を呼び起こす。上手くなったのは料理ばかりではない。元々不器用というわけでも無かった彼女はフェンランの弱点を巧みに責め立てている。
舌でこれから深く繋がるその肉色の解しを放棄して、その快楽に耽溺してしまうフェンランにガーネットは微かな優越感のようなものを覚えていた。
「あ、ぐ……くぅ……っ」
早くも膨らみ始めてきた亀頭球を舌でこすり上げれば、腰を跳ね上げさせる。先端から溢れる先走りが唾液と絡んで粘度が増した液体が、その動きで生まれた隙間から零れ落ちてフェンランの腰の毛を濡らしていく。
「……はあ、……」
ガーネットは口の周りにへばりついたフェンランの香りを舌で拭い取って喉の奥に押し込んでいく。全身がぞくぞくとした甘やかな澱に包まれている。目の前にそびえるフェンランの雄杭。
「ん、う……」
ガーネットが口を外して余裕が生まれたのか、フェンランの舌先が結合の時を待ち侘びて開閉を繰り返す割れ目をなぞっていく。
「……ガーネット、なあ」
「うん……、私も、もう……欲しい」
そのまま寝てて。と起き上がろうとしたフェンランを制したガーネットは、四足で狼の胴体を跨ぐように体を反転させる。
フェンランを見下ろす。
マズルを半開きにして欲熱に荒い声を漏らすフェンランは、ただ劣情を輝かせる瞳で自らの体に降りる影の持ち主を見上げている。かれから自分がどう見えているのだろう。暗い部屋に半人半竜の体で狼獣人に跨る女。他の誰に見せることもない淫猥な姿。
そんな事を考えていたガーネットの腹にそっとフェンランの指が伸びる。すうと伸びたへその窪みに添えられた指が微かにひっかかってガーネットの体を引き寄せる。それに誘われるようにしてガーネットは己の腰を下げる。
尖った狼の先端。ずぷ、と槍の如きそれが柔く熱された蜜肉を割って、雄を迎え入れる道を進む。痛み。じりじりと身体の中を焦がされるような熱とも痛みとも言えない感覚が腰を貫いて全身に響き渡っていく。
「ん、ぁ……っ、入って、る……」
手をつなぎ、そして、互いの秘部を繋げる。太くなっていくそれが、柔らかな鱗に包まれた割れ目が押し拡げられていくのを感じながら、ガーネットはフェンランに口づけを落とした。
「はぁ……ん、く」
激しい交合ではない。ゆっくり、ヌチ、グチュと粘ついた音を緩慢に発しながら、舌を絡め合う。その亀頭球を飲み込みきってしまえば、膣内で更にそれが膨らんで全ての子種を注ぎ込むまで離さないと、淫らな束縛が掛けられる。
だが、拘束はフェンランのみではない。ガーネットもその太い尾をフェンランのそれに絡みつかせていた。
触れ合う腰、フェンランが擦り付けるように身体を揺らせば、それだけの刺激でガーネットは身体の中から肺の裏側を毛羽で擽られたような快感を覚えてしまう。
「ん、ぁ……う」
「……っ、ガーネット……!」
震える腰骨。その振動が伝播したのか。フェンランの肉槍が硬く強張った。その瞬間、ガーネットの全身が粟立つような感覚が走る。
全身が震え、膣肉が引き絞られて彼を受け入れる空間を押し開く。その微細な動きが最後の堰を切る切っ掛けとなったのだろう。くぐもった声を上げたフェンランの肉槍から熱く滾る溶岩が溢れ出して、ガーネットの中へと吐き出されていった。
震える尾が互いを抱きしめ合うようにきつく結ばれる。
「あつ……ぃ」
脈打ち、噴き出す熱液の迸り。
その噴火はどれほどの時間を要しただろうか。迸りが収まるまで互いの身体を慰め、唇を重ね合って気づけば、その全てを呑み込んだ腹は微かに重く感じるようになっていた。
くぷり、と粘着く音を立てて抜け落ちていく肉槍に、粘度の高い精液はガーネットの体内に残っている。その感覚を手で確かめるようにまだ痛みの残る腹を撫でる。
そんなガーネットの腹を慈しみを込めて撫でるフェンランが、眠たげな眼でにやりと笑う。
「な……起きてこなかっただろ?」
「もう、……ばか」
子供っぽい笑みを浮かべるフェンランに、額を擦り付けてガーネットは子どもたちが起きてこなかった事に安堵の息を吐くのだった。
●
「……ん……?」
まだ朝日がカーテンを仄かに照らすだけの暗い寝室で、シルファは目を覚ました。
くぁ、とマズルを開いて欠伸をしては、聞こえたような気がした両親の声を探ろうと耳を澄ませる。
だがその集中は、すぐ傍で聞こえた寝息によって瞬く間に霧散してしまった。チエルの声ではない。もっと男らしい、声。それでも、大人には程遠い声。
「んう……」
もぞりと上体を動かした半山羊の少年、ソレルが寝苦しそうな声を漏らす。見れば、チエルがソレルに抱きついていた。抱きつく、よいうよりも張り付く、と言った方が近いだろうか。本来ソレルは床に敷いた布団で寝るはずだったのだが、チエルの懇願に弟のベッドに寝ていた。
別に離れてしまった事を寂しいと思う事もないし、弟にソレルが取られたからと言って怒ることはないのだが、チエルが迷惑を掛けている状況で再度眠りに落ちるのは夢見が悪そうな気がする。と、誰にでもない言い訳を心の中で浮かべながらシルファはチエルを引き剥がしにかかる。父譲りの夜目の良さで物音を立てないようにソレルのシャツをがっしりと掴んでいるチエルの指を剥がせば、ソレルの寝息が幾分か穏やかなものへと変わった。
(たく、チエルは……)
姉である自分よりもソレルに懐いている弟の姿から、見慣れない少年の寝顔に視線を移す。
「生意気ソレルも寝顔は可愛いのよね」
父親の整った顔立ちを受け継いでいる顔立ち。いつもより密度の高い部屋、心地よく温かい温度に程よく血色のいい顔、その唇。それをじっと見つめてからシルファは、ばっと目を逸らした。
そのままキスをしたら、なんて考えてしまったシルファは顔が途端に熱くなっていく。そんな甘酸っぱい夢想を振り払
うように顔を数回振ったシルファは、ふと、その目を在る一点で留めてしまった。
「……」
それは、ソレルの下着の裾から覗く何かだった。腰に通した紐を背中で括る形のトランクスから伸び上がるそれが何かは知っている。父や弟とお風呂に入れば目に入る、男である象徴。当然ソレルのそれも知ってはいるが、それが今は見たことのない形に変わっていた。
父のそれとも、弟の筋の中に収まったそれとも違う。固く細く伸びたそれは先端が僅かに濡れて、微かな朝の光を照り返している。
(……なんだろ)
おしっこか。いや、それとも違うような気がする。それに、形が変わっているのはどうしてだろうか。そんな興味のままにシルファはその幼い雄芯へと無垢な指を伸ばした。
どきどきする。いけないことをしている。ということはなんとなく分かるが、明確な理由も分からない。
「わ」
その長い棒の中程をつまむように柔らかく触れれば、硬い感触とその熱さに思わず声を上げて、慌てて口を閉ざして反応を待つも――。
「……起きない、よな……?」
当のソレルはまだ穏やかに寝息を立てている。
こくりと唾を呑み込んだシルファは再びその屹立に触れる。先程より強く握り込むようにその感触を確かめる。
弾力のある、柔らかくもあるような芯を持った硬さ。
少しずつ明るくなっていく外と比例して、その様相もはっきりと見え始めていく。茶色の毛並み、その桃色の棹の根本に丸まった丸い玉。ぷにぷにとした外世界に触れ慣れていない皮の感触が妙に心地良ような、不可思議な感覚。
「ん、……う」
ソレルの喉から小さく声が漏れる。ゆっくりと表面を擦っていけば、ひくひくとそれが反応を返してきた。
それでもシルファはその手を止められずにいた。いつもとは違うソレルの声。先程までの寝苦しそうな声に似ているのに何故かもっと聞いていたいと思ってしまう。
彼女はそれが劣情と呼ばれるものだとはまだ知らない。ソレルの時折跳ねる身体、声、息遣い。知らない形のそれ。それが性器と呼ばれる意味を知らないまでも、もじもじと己のそれがある場所でもどかしげに脚をこすり合わせながら、先端から流れる雫を馴染ませるように扱く。
くちゅ、と控えめに粘る音がソレルの声に混ざる。
(……なんか、いいな……)
何がとは言い切れない。ただ、ソレルが自分の手の中で素直な反応を示してくれるのがなんとなく嬉しく、そして、楽しかった。
「……ぁ、あ」
そうしていく内にソレルの声が少しずつ変わっていくのに気づいた。初めは殆ど息遣いだけだったものが次第にはっきりとした声になっていく。
そして、最後にぶるりとソレルの全身が震えた。と思った瞬間、シルファの手の中で握られた熱のその先端から白く濁った液体が吹き出した。
「……っ!?」
シーツの上にサラリとした粘液が跳ねては染み付いていく。
「ん、ぅ……っ、ぁ」
驚いてシルファが手を離した後も震えるその若茎から白濁が溢れるのを見て、シルファは思わず怖くなってしまった。
何かソレルがおかしくなってしまったのではないかと。
そして、それが自分のしでかしてしまったイタズラのせいなのは明白で。
「……っ」
全てを吐き出しきった後に身じろぎするソレル。その瞼がひくりと動いた。目を覚ます。そんな兆候を見て取ったシルファは、目覚めた彼がいつもどおりの彼じゃないような気がして、足元からずしりとした重たい冷気に包まれる感覚に包まれる。そして、音もなく自分のベッドへ飛び込んでいた。
そのまま、手に粘液がくっついたまま布団を被って身体を覆い隠す。
「ん、……ぅ、わあ……」
流石に起きたソレルの声。
いつも通りの声に安心しながら、それでも、シルファは遅れて漸くに目を覚ましたチエルに揺り起こされるまでベッドから起き上がることは出来ないでいた。
●
「本当にごめんなさい……!」
顔を真赤に染め上げたソレルが差し出してきたのは、べっとりと精液の染み付いたチエルのベッドシーツだった。
「あの、……シーツ汚しちゃって」
「い、いえ……大丈夫よ」
とガーネットは謝るソレルに困惑するしか無かった。
いや、男ならばそういう事があることは知っていたし、なんなら昨夜夫婦揃ってベッドシーツを汚してしまったという事実もあってそれを責められはしない。
だから、それそのものではなく。
(十歳で、こんなに出るの……、それともやっぱりユキシロさんのお子さんだから、かしら)
大人であるランフェンよりも多いだろうか。
いやそれでも、濃さはランフェンの方が……とシーツの湿り具合を触りながら思い、久々に積極的になってしまった昨日の情事を思い返して恥ずかしくなる。
「ええっと、こういうのは男の子だったら、誰にでもあること……だから……よね?」
「ああ、そうだな。気にするな」
と最後に自信なさげに夫へと目を向けるとフェンランはしっかりと頷いてくれたので、ガーネットはソレルの頭を優しく撫でて上げる。
「……すみません」
「いいのよ、えっと……いっぱい出たね」
「あう……」
「ガーネット」
「あ、ごめん、違った……?」
消沈するソレルを励まそうとしたらしいガーネットの言葉に思わずツッコミを入れてしまいながらフェンランの視線は、チエルを撫でるシルファに向けられていた。
何かを知っているらしい、後ろめたいと物語る表情にソレルの『粗相』の原因が娘にあることは理解したフェンランは、新たな悩みが生まれてしまった事を自覚していた。
性教育。
異性に対しての知識はそれこそフェンランとの経験しかないガーネットに任せるには、心許ない。
「……どうしたもんか」
ソレルやチエルに教えるのならまだ気は楽なのだが、女としての身体のあれそれは難しい。となると、ガーネットに頼むか。なんならソレルに知識をつけてもらってシルファに色々と教えてもらうという手もあるかと、生粋の冒険者らしい奔放さを垣間見せるが。
フェンランはそこまで考えて、今回の迷惑をかけた上に同年代の性教育は流石に申し訳が立たなさすぎると、浮かんだ考えを振り払う。
(今日も夫婦会議か)
悩みを一つ増やしながら、同時に楽しみを見出したランフェンは、今日も子供達にはぐっすり寝てもらう為。
「まあ、気にするな」
とシーツを見えないように洗い桶の中へと放り込んでソレルの頭を撫でて目線を合わせる。
「それより今日はギルドの教練所使用許可とって、魔法の練習でもしようか」
そう言えば山羊の尾がピンと立ち上がる。
そして、ランフェンのご機嫌取りにも気づいたのだろう、数度目をしばたかせた後。
「……、えへへ、ありがとうございます」
撫でられながら、視線を上げたソレルは少し恥ずかしそうに、それでも嬉しさを隠せないというように、はにかんでそう頷くのだった。