【新春けもケ2】ワシがおみゃーを立派な(略【KMOSSN】

  

  

  11月下旬ともなれば、陽が落ちるのもいよいよつるべ落とし。17時を待たずして日没になってしまい、太陽が姿を隠してしまえば冷え込むのもまた早い。

  とある山間の街に存在するこの高校――三条ヶ原高校では、公立ではあるもののグラウンドには照明設備があるため十分な明るさが確保されている。だが街自体の標高があるため、11月の寒さは同時期の都会と比べても一段と厳しかった。

  時刻は既に18時。

  急激な冷え込みに、オフシーズンの近い野球部や冬の国立予選で敗退してしまったサッカー部が早めに練習を切り上げ、筋トレや走り込みなどの基礎練習に向かおうという時間帯である。

  だが、それらとは対照的にグラウンドの隅の一画で黙々と練習を続ける一団がいた。

  彼らのほとんどが立派な体格をした獣人の青年たちである。熊や牛や虎、獅子に象、カバなど、重量級の種族の者たちがその大半を占めていた。

  「ブレイク!」

  「「「オオオオッ!!」」」

  数メートル離れて二列に並んだ彼らは、傍に立つ虎獣人の監督の掛け声で正面の相手に走って行き、互いにその身体をぶつけ合う。

  どぉふっ、という骨に響くような低い音と共に、彼らの身体から汗が飛び散る。相手に吹っ飛ばされて無様に転がる者や這いつくばる者、かち上げられて地面に叩きつけられる者もいる。心優しい者が目にすれば思わず顔を背けたくなるような、また血気盛んな者が目にすれば己の闘志を鼓舞されるような、凄惨で壮絶な光景だ。

  舞い上がる砂埃と彼らの身体から立ち上がる湯気で、その周囲には霞がかったようにさえ見える。

  獣人の青年たちが鬼気迫る表情で繰り返し身体を当てる様は、異様な迫力があった。

  三条ヶ原高校ラグビー部。

  過去の全国大会にも数回出場歴のある強豪チームである。

  来月の頭に行われる地区大会の決勝に向けて、練習にも一層熱が入っているのだ。

  だが、

  

  「何しとるんだわ、そこのたわけぇッ! 頭下げてタックルすんなて散々言ったやろがァッ!!」

  

  虎の監督のグラウンド中に響き渡るような咆哮で、部員全員の顔に緊張が走り、それまで以上に部員たちは激しくぶつかり始める。

  それほどにこの監督はラグビー部で恐れられている存在だった。

  [[rb:寅元勝文 > とらもとかつふみ]]。

  三条ヶ原高校の体育教師にしてラグビー部の顧問である。

  部員にもかなり大きい体格の者がいるが、寅元は彼らより更に二回りは膨らんだ体躯をしており、さすがに有名大学のラグビー部に所属していたというだけのことはある。

  トレードマークともいえる真っ赤なジャージを着た虎は、太い眉を吊り上げてタックル練習に励む部員たちを睨みつけており、その表情はまるで親の仇を見つめるかのように険しい。冬が近いというのに虎の胸の前で組まれた腕は肘の上まで袖が捲り上げられており、彼の頑強そうな二の腕が惜しげもなく見せつけられていた。

  「ラストォッ! 気合入れて行けや!」

  寅元の掛け声で、列の片側の部員たちがもう一方の列に向かって突進していき、そのままの勢いでタックルをお見舞いする。

  「ちんたら寝とんじゃねえぞッ! すぐ戻れやヘボ共が!」

  容赦ない寅元の罵声で、タックルをした方もされた方も弾かれたように起き上がり、すぐに自分の元いた場所へダッシュする。

  ラグビーのルール上、地面に寝ているプレイヤーは何も出来ない。タックルをしてもされても、すぐに立ち上がり次のプレーのために走り出せるチームが強いのである。タックルの基礎と共に、そうしたスタミナや反射神経を養うための練習でもあった。

  全員が元の地点に戻ったところで寅元はぴぃーと首から下げた笛を吹く。部員たちが皆ほっと安堵した表情を見せた。

  「……よし、5分休憩だがや。主将、全員に水飲ませたらフォワードはスクラム、バックスはライン回しやるもんで、ヘッキャ持ってこさせやぁ」

  寅元は少し穏やかな口調で近くにいた獅子の主将にそう告げると、のしのしと一人の部員のところへと歩いて行く。その先にいたのは、グラウンドに座ってスパイク紐を絞め直している熊獣人の青年だった。

  「おう。マクマ」

  低い声で呼びかけられた熊は、一瞬ぎくりとした様子で固まったが、

  「――はい、トラモト先生」

  すぐに返事をして寅元に顔を向けた。

  [[rb:眞熊大勝 > まくまだいかつ]]。

  このラグビー部の副主将である。青黒の横縞ジャージを着た上半身は逞しく、布の上からでも筋肉の形が分かるほど。白いショートパンツからは黒いスパッツを履いた丸太のような太腿が覗いている。ラグビー部内でも一、二を争う重戦車のような男だった。

  彼はプロップと呼ばれるフォワードの最も前列、スクラムの最前線で戦うポジションだ。

  最も大きな身体と筋力、そして闘争心。脚の速さは二の次で、スクラムで圧倒するために何よりもそれらが必要とされるポジションである。

  眞熊は褐色の毛並みをした若熊で、身長こそ170センチとやや小柄だがその体重は100㎏を超えており、ベンチプレスも自重以上の重量を上げることが出来る。チーム内で最もプロップに相応しい選手の一人だ。

  だが生真面目な彼は、今一つ自分に自信が持てないところがある。そのせいかここ一番の大勝負に弱いのだった。

  「……おみゃーよ、さっきのタックル練は一体どういうことだわ、えぇ?」

  寅元が眞熊にかけた言葉で、ラグビー部全体に再び緊張が走った。

  監督は決して怒鳴ってはいなかったが、その低い声には不穏な気配を孕んでいたからだ。

  眞熊はその場ですっくと立ち上がると、

  「その……あの、俺、す、すいません」

  おどおどとして謝ったが、それが寅元の気に障ったらしい。

  赤ジャージの虎は目を剥いて、訛りのある怒声で捲し立てた。

  「ワシはいつも頭の下げたタックルはいかんて、口酸っぱくして言うとるやろがッ!」

  「はい!」

  「分かっとるなら何でやらんのだわマクマ!! ああッ!?」

  ガミガミと始まった虎の説教に、眞熊以外の部員たちも恐怖で身を竦ませた。

  ここ数か月よく見る光景だった。夏の合宿以降、スクラムが眞熊側から崩されて苦戦する試合が多く、そのせいで寅元は眞熊に対し他の部員以上に厳しく接しているようだった。こうすることで、監督は彼を鍛えるつもりなのだろうと部員たちは皆思っていた。

  「副主将のおみゃーがそんな体たらくでどうする気だがや! このたわけがっ!!」

  「すいませんっ!」

  眞熊は直立不動で謝り続けるが寅元の怒りは収まらないようで、怒鳴り声がグラウンド中に響き渡り続ける。部員たちは皆、火の粉が自分に降りかからないようにひたすら身を小さく縮めるしかなかった。

  そのままたっぷり三分は吼えたろうか、寅元は最後に少し声を落とすと

  「――マクマ、練習後に教官室に来やあ。ワシがその腐った性根を叩き直したるでな」

  そう言い残して眞熊から背を向ける。

  これもよくあることだった。

  眞熊は練習後も居残りをさせられ、体育教官室に独りで呼び出されるのである。寅元に説教を受けているものと部員たちは思っていた。

  グラウンドの方に向き直った虎は、再びダミ声で大声を上げた。

  「よっしゃアホンダラ共! 休憩は終わりだがや! 走って準備しろや!」

  寅元の掛け声に、全員が「「「はいっ!」」」と威勢のいい声で返事をする。

  

  だが彼の後ろに立つ眞熊だけは、浮かない顔で立ち尽くしていた。

  

  

  

  

  [chapter: ワシがおみゃーを立派な雄にしたるがや!(大嘘]

  

  

  

  

  

  その日の練習後。

  

  グラウンドの整地やら器具の片付けやらの指示はラグビー部主将に任せ、寅元は一足先に体育館に併設している教官室に戻り、達磨ストーブに当たりつつ新聞に目を落としていた。上に置かれたやかんがしゅ、しゅ、と蒸気を吐き出している。

  だが新聞の内容は彼の頭にはちっとも入ってこない。視線が文字の上を滑っているだけだった。

  教官室に残っているのは彼一人である。その他の運動部の顧問たちは、施錠を寅元に任せて帰宅していた。

  体育教師の中では一番若いサッカー部顧問のハスキー犬も、つい五分ほど前に帰ったばかりだ。ハスキーは寅元に気を利かせて最後まで残ってくれようとしたのだが、寅元が言い聞かせて帰したのである。

  (ラグビー部もいつも遅くまで大変ですね。僕が鍵を閉めておくので、トラモト先生は先に帰ってください)

  (ええてええて、気ぃ遣わんでも。ワシにゃあまだやることがあるで帰れんのよ。キミ確か新婚さんやろ、奥さんとこにはよ帰ってやりやあ。ワシは独り身だもんで家に待っとるもんもおらんし)

  (……ありがとうございます。じゃあお言葉に甘えて先に上がらせて頂きます)

  そう頭を下げた若いハスキー犬獣人の真面目そうな顔つきを寅元は思い出していた。

  

  ――ああいうんが世間一般でいう〝ええ男〟っちゅうヤツやろなあ。

  

  実直な性格のハスキー犬は授業や部活動の指導にも非常に熱心で、ラグビー部員たちに罵声ばかり浴びせている寅元と違って生徒の人格を否定する言動も無く、サッカー部員は勿論一般生徒からの人気も高い。生徒たちにとっては先生というよりは年上の兄のような存在のようだ。

  寅元自身もハスキー犬のことは嫌いではなかった。自分とは二十近く年が離れており、粗野な自分と育ちの良さそうな彼はきっと真逆の性格だろうが、一緒にいても決して悪い気はしない。いつか二人きりで飲みに誘ってやってもいいだろう。

  寅元は口元に笑いを浮かべつつ無意識に舌なめずりをする。

  

  ――ま、今日のところは別の大事な用っちゅうのがあるもんでな……。

  

  そんなことを考えつつ中年の虎が物思いに耽っていると、こつこつ、とアルミサッシの扉が外からノックされた。

  寅元は新聞を畳み、横にあった机の上に置くと、

  「おう。入りやあ」

  と尊大に返事をした。

  ゆっくりと扉が開く。

  「――失礼します」

  頭を下げて教官室に入って来たのは、紺色のウインドブレーカーに着替えた大柄な熊獣人である。ラグビー部で揃えた黒を基調としたエナメルバックを斜め掛けにしている。

  副主将の眞熊だった。

  「マクマぁ、遅えがや」

  椅子に座って腕組みをした寅元は片眉を上げて文句を言うが、練習中とは違ってその目は怒っているようには見えない。「ワシ、待ちくたびれちまったがね」

  「すいません。主将とラインアウトのサインについて話し合っていて――」

  眞熊は顔を上げて真面目くさった表情で言いかけるが、その途中で寅元が言葉を被せた。

  「もー。ええてそういうんは。今日の部活は終わったでしょーが」

  不満そうに言いつつ寅元は眞熊に手招きする。「ほれマクマ、ほんなところに突っ立ってないでこっち来やあ」

  「……はい」

  眞熊はその場でエナメルバックを下ろすと、寅元の方に歩み寄る。

  寅元の方は椅子に深く座ったままの姿勢でゆったりと脚を開く。

  その前で眞熊が膝立ちになる。

  そうすると、ちょうど若熊の目の前に中年虎の丸く突き出た下腹部のあたりが来る姿勢になった。

  寅元の赤ジャージの股間が、大きく膨らんでいるのが眞熊の目に入る。

  

  硬く勃ち上がった寅元の〝雄〟が、下着の向こうから突き上げているのが。びく、びくと時折痙攣するように脈動しているのすらわかるようだった。

  

  眞熊はごくりと唾を飲み込む。

  「……ほれ、何しとんだわマクマ。おみゃー、ワシみたいな立派な男になりたいて言うとったでしょー」

  寅元はにやにやと笑いながら、見下すように眞熊を見つめる。

  それでも、しばらく眞熊は躊躇していたようだったが、

  「……はい」

  そう返事をして、寅元のズボンにおずおずと手を掛けた。