第41話「8月だよ!雪見家に集合!」(中編)

  [chapter:わんぱく小僧の朝]

  翌朝5時。スカンダーやラブーシュ、メイドたちが目覚め、それぞれの仕事場に向かっている。

  その途中、川野はトイレの向かい側で倒れているトントンを発見した。

  (トイレを探していたのかしら……)

  調べると、おむつが濡れていた。

  (話は本当だったのね。他の誰にも言わないと誓ったから、誰かに見られないうちに部屋へ戻さないと!)

  彼女はトントンを抱き上げ、その重さに苦労しながら穴太郎たちの部屋まで戻した。幸い、誰ともすれ違わなかった。

  トントンをベッドに寝かせてから確認すると、他の3匹もおむつ及びトレーニングパンツが濡れていた。ベッドは誰も濡らしていない。

  7時になると、部屋のスピーカーからスカンダーの声が流れた。

  「皆様、起きる時間です。おいしい朝ご飯が待っていますよ。」

  栗田くんが目覚めると、すぐ隣にメイドの笹竹が立っていた。

  「おはようございます。よく眠れましたか?」

  「おはようございます。はい、よく眠れました。やっぱり高級なベッドはよく眠れますね。」

  「栗田くんおはよう!安眠できて良かったわね。」

  「パロちゃん、おはよう。今日も楽しくなるといいね。」

  他の部屋でも、子供たちとメイドが朝の挨拶を交わした。川野はぴょん太のおむつを脱がせ、着替えを手伝っている。

  「この感覚、懐かしいわ。理沙ちゃんのおむつを替えていたあの頃を思い出すわね……」

  ぴょん太は川野に話しかける。

  「ぼくは毎朝、おねしょをしてるんだよ!だから毎朝、布団に大きな水溜まりが広がるんだ!」

  「そうなのね。お父さんとお母さんはそれに対してどう言うの?」

  「いつもの事だから、何も言わないよ。ぼくのおねしょは多分、集落のみんなに知られてるんだ。

  時々野菜を売りに来るシマリスのおじいさんとおばあさんも、ぼくの顔を見ると『ぴょん太や、今日もおねしょしたのかね?』って聞いてくるぐらいだからね。」

  「まあ、大らかでいい村ね。

  さあ、ぴょん太くんの着替えは終わったわ。穴太郎くんと川助くんはどうする?」

  「お、俺たちは自分でできますから!」

  「ぼくも同じです!」

  その中で、トントンだけ元気がなかった。

  「なあトントン、元気出せよ!おねしょして落ち込むなんて、いつものお前らしくないぞ!」

  「そうじゃないんだ、穴太郎。おいらは昨日怖い夢を見たんだ。でも夢とは思えないぐらいリアルだったんだよ。

  ああ、どんな夢かは思い出したくもない!あれがどうか夢であって欲しい!」

  川野が尋ねる。

  「トントンくんは昨日の夜、トイレを探しに出たようね。廊下で倒れていた所を、私が部屋に戻したのよ。」

  「えっ、じゃあおいらは本当に部屋を出ていたのか!? なあ、この家に不気味な実験室とか、怪しい狐の博士とかいないよな!?」

  「安心して、そんな物はないから。もしかすると、廊下に出た所で眠気に襲われたのかもしれないわね。」

  「そうだったのかな……」

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  [chapter:スペシャルな朝食]

  全員が着替えると、メイドたちによって大広間に案内された。ラブーシュがドアを開ける。

  「皆様、おはようございます!スペシャルブレックファーストを召し上がれ!」

  昨日の夕食と同じように、ビュッフェスタイルだ。洋食を中心とした料理が並んでいる。

  各種パンにスクランブルエッグ、チキンソーセージ、サラダ、スープ、豆乳……奥にはワッフルメーカーが5台並んでいる。

  子供たちは早速料理を取りに行った。昨日満腹になるまで食べたのが嘘のようにお腹が空いている。

  サラダから盛り付ける真里ちゃんは、ソーセージやベーコンばかり盛り付けている雄二くんに声をかけた。

  「いつも言ってるでしょ?野菜から食べた方が健康にいいのよ。」

  「ぼくは好きな物から食べたいんだ!それに猫は元々肉食だからこっちの方が本来の食性に……」

  「ケモノはみんな進化の過程で雑食性になったのよ。知らないの?」

  「知ってるよ!」

  「なら好き嫌いしないで食べなさい。」

  「はーい、お姉ちゃん……」

  「うまそうな物ばかりだな。なあ、トントン?」

  「そうだな、穴太郎!朝からいっぱい食って元気に……あっ!」

  トントンは急に凍りついた。

  「どうしたんだ?」

  「ベーコンエッグがある……」

  トントンは震えながら、ラブーシュに尋ねた。

  「ラブーシュさん、このベーコンはワニでできてるんだよな!?」

  「え、はい、そうですが……」

  「ああ、良かった……」

  穴太郎は不安げに聞いた。

  「急にどうしたんだ?昨日の悪夢にはベーコンが出てきたのか?」

  「そうだけど、それ以上聞くな!もうあんな夢は思い出したくもない!」

  「ベーコンと悪夢って結びつかないけどな……ま、あんまり聞くのも悪いから、これ以上聞かないでおくか。」

  皆は朝からたっぷり食べて満足した。トントンも食べ進めるうちに元気を取り戻し、ワッフルだけで5枚も食べた。

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  [chapter:今日の予定]

  朝食後、理沙ちゃんが話を始めた。

  「それでは、この後の予定です。10時半になったら、玄関に集まってください。

  今日の11時半から、近所でサーカスがありますの。いい席で見られるチケットを用意してありますから、楽しんでくださいね。

  サーカスが終わったら向こうで軽くお昼を食べて、家に帰ったらキッチンでクッキー作りをしましょう。

  夕食はラブーシュが作るフランス料理のフルコースが待っていますわよ。」

  今日もイベント尽くしの1日になりそうだ。

  出かけるまでは自由時間。皆は家の中を歩き回ったり、自分以外の部屋を訪れて会話や遊びを楽しんだ。

  真里ちゃんは1階の居間に置かれたグランドピアノを借り、セレナーデを練習した。ピアニストを目指す彼女は、自宅でもしっかりと練習している。

  しかし自宅のピアノはアップライトのため、グランドピアノで演奏できる機会はあまりない。

  (やっぱりグランドピアノは音が違うわね……)

  10時半、玄関に集まった子供たちは理沙ちゃんと健吾くんの案内で庭へ。

  そこからガレージに案内されると、リムジンと高級乗用車が1台ずつ止まっていた。運転席にはそれぞれスカンダーとフィリップが乗っている。

  理沙ちゃん、すみれ、栗田くん、くるみちゃん、稲荷山兄妹、金子姉弟、猫山兄弟はリムジン、健吾くん、穴太郎、川助、トントン、ぴょん太は乗用車に乗り込んだ。

  メイドたちとラブーシュが見送る中、2台の車はサーカスへ出発した。

  住宅街を抜け、駅の東側へ。この辺りはビルが並んでいる。

  「どんな曲芸が見られるかな?もう楽しみだよ!」

  「私は1回見たけど、幼稚園の時だからあまり覚えてないわ。」

  リムジンに乗る栗田くんたちは、サーカスの話で盛り上がっている。理沙ちゃんとくるみちゃん以外は初体験だ。

  一方、穴太郎たちは周囲の風景を見て盛り上がっている。特にぴょん太は大はしゃぎだ。

  「うわー、ビルばっかり!こんな所を車で走るなんて初めてだよ!」

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  [chapter:夢のようなサーカス]

  サーカスの会場は、さいたまニュータウン駅の近く。大上駅からは電車で1駅だ。

  ここは大上駅の周辺よりも高層ビルが多く、大規模イベント会場や大型ショッピングモールもある。栗田くんはこのモールに入っている映画館をよく訪れている。

  モールと反対側の広場に、カラフルなテントが組まれていた。ここがサーカスの会場だ。

  一同は駐車場で合流し、理沙ちゃんが全員にチケットを配る。

  テントに入って着席すると、そこは柱が視界に入らず、舞台の全体が見渡せるエリアだった。

  「これならしっかり見えそうだ!ありがとう、理沙ちゃん!」

  栗田くんから始まり、皆は次々と感謝の言葉をかけた。

  11時半、サーカスが始まった。曲芸師やピエロたちがスポットライトに照らされて、次々に登場する。

  それから始まった数々の曲芸は、目を見張る物ばかりだった。

  ハツカネズミの綱渡り。キリンとカンガルーのアクロバット。マッチョなサイと象が大きなバーベルを持ち上げ、バイクに乗ったライオンと虎が大きな球体の中を走り回る。

  狐と狸の化け比べに続いて、ピエロたちの愉快なショーが始まった。猫山兄弟はシャム猫のピエロに指名され、ステージの中央で彼と共にキャッチボールをする事になった。

  「よーし、真里ちゃんにいいとこ見せるぞ!」

  猫山くんは意気込んだが、ピエロが勢いよくボールを投げたため、取り損ねて転んだ。太った彼と違って、ピエロは細くしなやかな体だ。

  転んだ猫山くんに、観客から笑い声が飛ぶ。

  「ああ、これじゃぼくの方がピエロだよ……」

  続いてはイリュージョン。サーバルの女性が箱に入って蓋を閉め、狼の男性がその箱に剣を何本も突き刺す。

  「ああ、バラバラにされちゃう!」

  トントンはかなり怯えていたが、剣を抜いてから蓋を開けると、サーバルが無傷で現れた。

  客席から盛大に拍手が響く。トントンも胸を撫で下ろした。

  その次はジャグリング。象が鼻先でリングを回しながら、5個のボールを次々に投げる。

  それを見た稲荷山くんが、栗田くんに話しかけた。

  「栗田くんもずっと前にあんなのやってたよね。しかもボールじゃなくて本物の卵で!」

  「えっ、そんな事……あの大掃除の時か!あんなのはまぐれだよ。もう絶対できない。」

  その後もいくつか曲芸が続き、最後は空中ブランコ。2匹のうさぎが華麗に宙を舞った。

  団員が集まって最後の挨拶をすると、会場は割れるような拍手と歓声に包まれた。

  「本当に楽しかったね!」

  「すごく面白かったぜ!」

  「次があればまた見たいわ!」

  テントを出た一同は、思い思いの感想を述べている。まだ興奮が覚めないようだ。

  「では皆様、次はあそこのビルにあるパン屋さんでお昼にしましょう。1匹につき2個まで選んでいいですわよ。」

  「はーい!」

  理沙ちゃんの説明を聞いた一同は、元気に返事をした。時刻は13時半だ。

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  [chapter:川野の奇行]

  その頃、雪見家のキッチンではラブーシュがフルコースの仕込みを初めていた。クッキーの生地は既に完成し、冷蔵庫に入れられている。

  メイドたちは普段通り、家事に励んでいる。子供が12匹も泊まっているため、洗濯物も普段と比べてかなり多い。

  なお、川助のトレーニングパンツは彼自身が軽く洗い、リュックサック内のビニール袋に入れている。他のメイドにばれないようにするためだ。

  3階の廊下を歩いていた川野は、栗田くんの部屋に入ってパロちゃんに語り掛けた。

  「私はメイドの川野よ。パロちゃん、今から言う事に従ってくれる?

  夜の7時になったら……」

  要件を伝えるとポケットからメモを出し、隣に置いた。

  それからくるみちゃんの部屋に入り、ロットくんにも同じ事をした。

  「さあ、夜が楽しみね。」

  部屋を出ると、鷺野が入ってくる所だった。

  「あら、川野さん。ここで何してるんですか?」

  「そ、掃除よ!」

  「今、川野さんは休憩時間のはずですよ。」

  「あ、ちょっと用事を思い出して……」

  「でもこの部屋は私が担当する事になっているのですが……」

  「ま、ま、間違いは誰にでもある事ですよ!それではまた後で!」

  川野は妙に慌てながら、廊下の角を曲がって消えた。

  (様子が変ね……)

  鷺野が角を曲がると、そこには誰もいなくなっていた。

  (私、疲れてるのかしら……)

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  [chapter:謎のメモ]

  パンを食べ終えた一同は、車で雪見家に戻った。

  「3時半からクッキー作りが始まりますわ。それまでは自由時間ですわよ。」

  理沙ちゃんの説明が終わると、子供たちは手洗いやうがいを済ませ、それぞれの部屋へ。

  「パロちゃん、ただいま!サーカス楽しかったよ……ん?このメモは?」

  栗田くんはパロちゃんの横に置かれているメモを見た。無理して書いたような字で、こう書かれている。

  栗田くんへ

  夜7時半になったらパロちゃんとロットくんからお楽しみがあります。

  みんなの揃う所で、2羽を並べてください。

  (誰がこんなメモを……メイドさんかな?ロットくんも関わるから、くるみちゃんにも教えよう。)

  部屋を出ると、ちょうど隣の部屋からくるみちゃんが出た所だった。

  「ねえ栗田くん、こんなメモが……」

  「くるみちゃんの所にも来てるんだ。こっちにもあるんだよ。」

  「誰が書いたのかしらね?」

  「メイドさんだと思うけど、なんか筆跡がきれいじゃないんだよね。」

  「でも、メイドさんの本来の筆跡は私たちも知らないわ。だから何とも言えないわよ。

  とにかく、何が起きるかは夜まで楽しみにしておきましょう。」

  自由時間の間、雪見家に来客があった。太目のイタチ──卯井是瑠ちゃんの母親だ。

  「あら、鼬川さん。どうしました?」

  すみれが応対する。

  「うちの卯井是瑠が今朝からいないんです。昨日ここに来たそうですので、もしかしたらまたいるのではないかと……」

  「いいえ、来ていませんよ。」

  「そうですか、失礼しました。

  全く、どこへ行ったのかしら。卯井是瑠がここまで帰らないって事は、どこかでろくでもない事をしてるに違いないわ!早く連れ戻さないと!」

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  [chapter:楽しいクッキー作り]

  15時半、理沙ちゃんと健吾くんを含む14頭の子供は持参したエプロンを着けてキッチンに集まった。進行役はラブーシュだ。

  「さあ、みんなで楽しくクッキーを作りましょう!まずは手をしっかり洗ってくださいね。」

  手洗いが済むと、頭や手に毛固めスプレーをかけた。これを使うと毛が固まって抜けにくくなり、料理への混入を防げる。

  それから、皆は調理台に集まった。全員分の生地とローリングピンが用意されており、様々な形の抜き型やトッピング(ナッツ、チョコチップ、ドライフルーツなど)も大量に並んでいる。

  「自分用の生地がある限り、好きなように作れます。どんな形にしても、何を乗せても、すべて自由ですよ!」

  14頭は思いのままに、クッキーを作り始めた。

  何かの形を作る栗田くん。抜き型を次々と試す万梨阿ちゃんやぴょん太。ドライフルーツを並べて文字を書くくるみちゃん。トッピングを乗せまくるトントン。

  理沙ちゃんは生地を立体的に組み合わせ、バラの形にしている。

  「理沙ちゃん、それどうやるか教えて!」

  「わかりましたわ、真里ちゃん。生地を薄く延ばして、こんな風に……」

  全員が10数枚作り、生地をすべて使い切った。トレーに並べられた約150枚のクッキーは、数台のオーブンへ。

  やがて、キッチンには香ばしい香りが漂い始めた。片隅ではスカンダーとメイドたちが紅茶を入れている。

  15分後、クッキーが焼き上がった。調理台にクッキーのトレーと紅茶が並べられる。

  形や大きさの様々なクッキーは、見ているだけでも楽しい。

  「さあ皆様、おいしくいただきましょう!」

  「いただきまーす!」

  皆は自分の作ったクッキーを手に取り、紅茶を飲みながら食べた。

  「穴太郎、おいらのクッキーは特大全部乗せスペシャルクッキーだぜ!すごいだろ!」

  トントンが持つ大きなクッキーは小さめの皿ほどあり、大量のトッピングが埋め込まれている。

  「うわ、いくらなんでも乗せすぎだろ!ちょっと気持ち悪いぞ……」

  「そうか?おいらは別に気にしないぜ!いろんな味が一度に楽しめるから最高だ!」

  真里ちゃんは自作のバラ型クッキーを、理沙ちゃんの物と比較した。

  「やっぱり理沙ちゃんの方がきれいね。私のはちょっと雑だわ……」

  「いいえ、初めてにしては上手ですわよ。」

  「ありがとう。理沙ちゃんは教え方がうまいからね。」

  栗田くんは、自作のクッキーをくるみちゃんに見せた。

  「ほら見て!パロちゃんクッキーだよ!」

  「栗田くん、上手ね!特にこの目やくちばしの部分!」

  「そう、ナッツやチョコチップを並べて、工夫してみたんだ。」

  「私のクッキーはこれよ。栗田くん、ここに書いてある字を読んでみて!」

  彼女の持つ丸いクッキーには、ドライフルーツで「アイ」と書かれている。

  「アイ。」

  「じゃあ次はこれ!」

  「ラブ。」

  「これも!」

  「ユー。」

  「えー、そんな事言ってくれるなんて嬉しいわ!栗田くん最高!」

  「もう、ぼくはただ文字を読んだだけだよ……」

  「次はこれも読んでね!はい、どうぞ!」

  「ハグして……って、ちょっと!」

  「それじゃ行くわよ!」

  くるみちゃんは栗田くんを抱きしめた。

  「ああ、もう、くるみちゃんったら!みんな見てるよ!」

  彼は恥ずかしそうだが、まんざらでもない。2匹が恋愛関係にある事は、周囲にも知られているからだ。

  「よっ、お熱いな!シマリスカップル!」

  穴太郎が楽しげに声をかけた。

  ほとんどの子がクッキーを全部食べたが、真里ちゃんは半分残した。

  「ちょっと多く作り過ぎたから、明日の分を残しておくわ。理沙ちゃん、袋あるかしら?」

  「ここにありますわよ。」

  真里ちゃんは用意された袋に6枚のクッキーを入れ、ペンで自分の名前を書いた。

  その後はまた自由時間。皆は部屋に戻ったり、家の中を歩いたり、庭で遊んだりと思いのままに楽しんだ。

  真里ちゃんは猫山くんに、セレナーデを聞かせた。

  「やっぱり素敵な音色だね……真里ちゃんのピアノがこんな近くで聞けるなんて幸せだよ。」

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  [chapter:フルコースを食べよう]

  夕食は18時半から。皆は数分前から大広間の前に集まった。

  栗田くんとくるみちゃんは、それぞれおしゃべりパロボットを連れている。穴太郎が尋ねた。

  「どうした、シマリスカップル?そのオウムたちも食事するのか?」

  「7時半になったら、この2羽が何かするんだって。」

  「へえ、そりゃ楽しみだな!」

  理沙ちゃんと健吾くんの案内で大広間に入ると、テーブルにはカトラリーとグラスが用意されていた。スカンダーが解説する。

  「皆様、ディナーへようこそ。今夜は私が講師となるテーブルマナー教室を開きます。

  フランス料理の正しい食べ方を、私が指導しましょう。」

  どうやら、昨日とはかなり違った雰囲気の食事になりそうだ。

  全員が席に着き、パロちゃんとロットくんはテーブルの中央に置かれた。

  「パロちゃん、ロットくん、7時半までは静かにするんだよ。」

  すると部屋が暗くなり、天井からスクリーンが下りてきた。8年前のクリスマスパーティーでは映画が投影されたが、今回は食器の使い方の資料が映っている。

  「それでは、カトラリーの解説を始めます。

  皆様の前に並んでいるナイフやフォーク。これは外側から順番に使います。それぞれに対応する料理は……」

  解説役のスカンダーは投影機とつながっているパソコンを操作して、ページ送りをした。この資料も彼の自作だ。

  カトラリーの使い方やナイフとフォークの置き方、姿勢、カトラリーを落とした時の対処法……作法の話やメニューの紹介が20分ほど続いた。

  「以上で、解説を終わります。

  なお、本来は会話も控えめにしていただきますが、元気な子供の皆様には辛いかもしれないため、会話は普通にして構いません。

  それでは、まずはアミューズから。ごゆっくりお楽しみください。」

  メイドたちがアミューズ(居酒屋で例えればお通し)を運んできた。小さな皿にほうれん草とベーコンのキッシュが1切れ乗っている。

  「フランスは美食の国って聞いてたけど、意外と量が少ないんだな。」

  穴太郎の言葉を聞いていた理沙ちゃんが答えた。

  「フルコースはそういう物ですわよ。1食分が料理ごとに出されるのですわ。

  穴太郎くんには物足りないかもしれませんけど、これもお勉強ですわよ。」

  全員がアミューズを食べ終わると、オードブルのテリーヌが運ばれてきた。

  それからライ麦パンとヴィシソワーズ、白身魚のムニエル、チキンステーキのトリュフソースがけと続く。皆はマナーに気をつけながら、高級な料理を味わった。

  3年前にもスカンダーのテーブルマナー教室を受けた栗田くん、フルコースの知識をある程度持っている稲荷山くんや真里ちゃん、賢い川助などは割とうまく食べているが、猫山兄弟や穴太郎、トントン、ぴょん太はかなり苦労している。

  ナイフを口へ入れそうになったり、肉を切るだけで手こずったり。真里ちゃんの前で格好いい所を見せようと思っていた猫山くんは恥ずかしそうだ。

  その間にも、19時半は刻一刻と近づいていた。

  [newpage]

  [chapter:事件]

  肉料理の皿が回収され始めた時、19時半になった。するとパロちゃんとロットくんが口を開いた。

  「ここにいる皆さんのために、私たちで歌を歌うわよ!」

  「さあみんな、集まって集まって!」

  皆は湧き立った。

  「へえ、歌ってくれるのか!」

  「どんな歌だろうね?」

  「きっとみんなへの感謝の歌だよ!」

  しばらくして2羽は歌い出したが、それは耳を疑うような内容の歌だった。

  おねしょ おねしょ 毎日おねしょ

  今日もおねしょ 田舎者の4匹

  栗田くんのおねしょ 略してクリオネ

  万梨阿ちゃんや雄二くんは笑い、くるみちゃんや真里ちゃんは首をかしげ、穴太郎たちは怯えた。

  固まっていた栗田くんは、歌が3周目に入った所で2羽のオウムを叱りつけた。

  「おい、パロちゃんにロットくん!そんなでたらめを歌うのはやめろ!

  みんな、この2羽の歌は全部嘘だ!ぼくだって、穴太郎たちだって、おねしょはとっくの昔に治ってるんだ!

  それに、こんな歌を教えたのは断じてぼくやくるみちゃんじゃない。信じてよ!」

  栗田くんは穴太郎たちのおねしょ癖を知っているが、友達の秘密を守るため、あえて嘘をついた。

  「もちろん信じるわよ。4年生にもなって毎日おねしょするなんておかしいわ。」

  「そうですわね。ぴょん太くんはまだ幼いけど、普通に成長していればもう13歳ですから、さすがに治ってるはずですわ。」

  真里ちゃんと理沙ちゃんが信じてくれたため、栗田くんや穴太郎は胸を撫で下ろした。

  おしゃべりパロボットには、持ち主や周囲の者の顔を見分けるためのカメラや、時刻を知るための時計が内蔵されている。栗田くんは真剣な顔で問い詰めた。

  「一体、いつ、誰に、こんな歌を歌うように言われたんだ?」

  2羽は答えた。

  「川野っていうカワウソのメイドよ。お昼すぎに指示されたの。」

  「ぼくも同じさ。ほら、あそこにいる!」

  川野は表情を凍りつかせた。

  「いいえ、違います!私はパロちゃんやロットくんのいる部屋に入っていません!

  それに昼過ぎは私の休憩時間ですから、シアタールームで映画を見ていました!」

  北山と鷺野も続けて言う。

  「はい、私も川野さんがシアタールームに入る所を見ました。」

  「私は川野さんがくるみちゃんの部屋から出る所を見ました。その後に会話もしています。ですが今になって考えると、なんだか態度がおかしかったような気がします。」

  その言葉に皆は混乱した。

  「じゃあ川野さんは2匹いるの?」

  「一体、どっちの言い分が正しいんだ!?」

  「忠実なメイドさんが嘘をつくとも思えないし……」

  「とにかく言えるのは、この家で何かおかしな事が起きてるって事だ!」

  デザートのガトーショコラと紅茶を食べる間、皆は無言になっていたが、内心では様々な事を考えていた。

  (ああ、これからクリオネ見るたびに思い出しちゃうよ……)

  (どうしてこんな事が起きたのかしら……)

  (俺たちのおねしょがばれるとこだったぜ……)

  (誰にも言わないと約束したのに、どうしてオウムたちに歌わせるんだ?)

  (穴太郎くんたちがおねしょするって本当かな?)

  (ぼくの名前が出なくて良かった……)

  [newpage]

  [chapter:不穏な夜]

  それから後の時間も、皆の話題はすべて怪事件の事になった。

  風呂の中でも、風呂上がりに理沙ちゃんが振る舞ったフルーツ豆乳を飲んでいる時も、誰もがその事ばかり考えていた。

  (明日でお泊まり会も最終日か。明日までに謎が解けるといいけどな……)

  ベッドに入った栗田くんは、眠りにつく直前まで考え続けていた。

  他の子供たちも同じ事を考えていたが、万梨阿ちゃんだけはいたずらっぽく笑っていた。

  (明日は絶対に早起きしないとね。)

  それから数時間後、誰もが寝静まった深夜。キッチンの片隅で何かをかじる音がしていた……

  [chapter:後編に続く]

  執筆期間:2024.8.15~9.22