ポッキーの日

  いつもと変わらない朝の道。サラリーマンと学生の波に乗り、一人の太った熊獣人がノソノソと電車から降りて改札をくぐる。眠たいのか瞼が下がりそうになって上下に頭が揺れ、足もともおぼつかなくなる。

  「赤野君、あぶないよ」

  「・・・?」

  熊人こと、赤野 友紀(あかの ゆき)は意識を覚醒させる。

  眠気MAXの頭で誰が声をかけてきたのかわからず、後ろを振り返る。

  「おはよう」

  「一条先生!!」

  僕の肩を叩いたのは一条先生だった。にこやかに笑う一条先生の顔を見ると、眠気が吹っ飛んで顔が熱くなるのを感じる。

  「よく寝てないの?ちゃんと寝ないと授業やっていけないよ」

  「はい!大丈夫です。ただ朝弱いだけです!!」

  「そうなの?じゃぁまたね」

  「はい!」

  僕がそう答えると先生は朗らかに笑いながらその場を後にする。

  「ふぅ・・・」

  つい溜息が出る。

  あの笑顔を見せられると力が出なくなるし、胸が熱くなる。

  

  一条大河(いちじょう たいが)。虎獣人。白の獣毛に黒の縞模様。太った体・・・俺の男の初恋の人だ。

  相手は名前を見て分かると思うが雄だ。性別は関係無いなんて言いたいけど先生にはもちろん告白なんて出来やしない。

  たったこれだけの壁のせいで気を揉むなんて、世の中フェアじゃないし不公平だ!

  

  「試供品です。どうぞお試しください」

  「うぉ!」

  女性の店員の人が何かを配っていて、友紀は反射的にそれを受け取るとその場を足早に去る。咄嗟に受け取ったものは小さい袋に入ったポッキー。友紀はなぜポッキーなのかと疑問に思いながら袋を開けて一本食べる。

  「なんも変ってないじゃないか。なにが違うんだよ」

  「オッス!あれ?ポッキーじゃん」

  何が違うのか吟味してると、横からクラスメイトの友人に話しかけられる。その友人の手にもさっき貰ったのだろう小さい袋に入ったポッキーが・・・

  「お前もポッキー貰ったのか。好きな奴でも居るのか?」

  「!?」

  いきなり図星を言われて驚くが、なんとかばれないように平静を装う。

  「なんで、ポッキー持ってるからって好きな奴うんぬんになるんだよ!たかだかポッキーじゃん」

  「お前知らないのか?今日はいわゆる『ポッキーの日』ってやつだぞ」

  そいつの言うことには11月11日はポッキーの日らしい。聞いた話によると、ポッキーゲームなるものがあり、恋人同士の奴が両端から食べて最終的にキスをする。って遊ぶゲームなんだとか。

  ただ棒が四つ並んだだけのゾロ目の日ってだけじゃないか。アホくさい・・・

  「それがどうした。どうせ恋人居ないから俺には関係ない話じゃないか」

  「ところがどっこい、それは違うぜ。いいか、ポッキーゲームはさっきも言ったように恋人同士でする奴が多い。でもな、遊びでやったり、恋人を作るチャンスでもあるんだぞ」

  「チャンス?」

  それは聞き捨てならない!ぜひ教えて欲しい。

  いきなり興味引かれる話題になったので、あくまでも関心が無いように聞く。

  「どうチャンスなんだよ?」

  「お!興味が湧いたか~

  いいか。ポッキーゲームっていうのは一種のおまじないだ。そのおまじないに乗ってみるのもいいだろう?そのおまじないでうまく付き合えたら儲けもの・・・」

  確かにそうだ。おまじないに従ってみるのもいいかもしれない。

  「ホラ、俺が貰ったポッキーやるからこれで好きな奴と遊んで来い」

  そう言われて、ポッキーを押しつけて友人はさっさと先に行く。

  おまじない・・・どうしようかねぇ

  友紀はポッキーをリュックに仕舞い、学校に向かう。

  

  

  

  

  黒板に書かれた文字を書き写す手を止める。

  「――夜が明けきると、殿も上も参上なさっては、大事にお世話申し上げなさる華やかさ・・・」

  相変わらず古文の授業はつまらない。教師はそれに気付かずつらつらと、どこぞの人が書いた古文で書かれた日記を読んでる。

  ピピーーーー

  外から笛の音が聞こえ、校庭に視線を送る。

  校庭には生徒たちがサッカーをしていたのかサッカーボールが転がっており、その横に白虎の巨体が見える。

  一条先生はのほほんとした雰囲気だが、何気に体育教師だ。

  朝はスーツ姿だったけど今はジャージ姿だ。むっちりした体が思い浮かぶ。

  「一条先生・・・」

  僕は視線をノートに戻す。すると授業終了のチャイムが鳴り、教室だけではなく廊下も騒がしくなる。

  お昼の購買部のパンの争奪戦だ。その為に、廊下の方から走る生徒の振動が椅子を伝ってわかる。

  「じゃぁ今日はここまで~」

  教師がそう言うと、クラスの大半が教室の外へ駆け出していく。

  俺は自分の弁当があるから買いには行かず、いつものようにバッグを持ってゆっくりと屋上に向かう。

  屋上にはいつものように人が居て、俺は人があまり来ない美術室の上の部分にあたる屋上の隅に陣取って一人でご飯を食べる。他の友人と食べることはあるが、パンの争奪戦は予想以上に時間がかかる上に、勝てなかったら食堂での学食になるから自然と一人になる。

  食べ終わると、暖かい日差しと心地好い風で眠くなる。

  俺はバッグを枕に、少し昼寝をすることにした。

  

  

  「・・・ん?」

  昼食後の昼寝から目覚めた友紀は周りを見て、誰も居ないのを見ると急いで腕時計を見る。

  「ヤバい!」

  午後の授業の始まりは1時20分。今の時間は1時54分・・・

  「寝過ぎた・・・まぁいいか」

  もう三十分の遅刻だ。いま行ってもどうせ欠席扱いだ。終わるまで待とう・・・

  溜息をついてまた寝っ転がる友紀の顔に冷たいものが落ちる。

  「あれ?」

  ポッ・・・ポッ・・・

  屋上で時間を潰そうと思った矢先、空から冷たい雨が降ってきた。それは段々と数を増して、たちどころに豪雨になる。

  「うぁああ!」

  一人声をあげて急いで校舎の中への扉に向かって走る。そこには先客が居た。一条先生だ。

  「あれ?赤野くん、どうしてここに居るの?」

  「えっと・・・昼寝してたら寝過ぎちゃって、授業出れなくなっちゃって」

  「あらら~ ちゃんと授業でなきゃダメでしょ!」

  笑われながら頭をポンポンと弱く叩かれる。柔らかく大きな手が心地良い・・・

  「でも授業に出るにしても、そのずぶ濡れの状態じゃ風邪引いちゃうしその格好じゃ無理だね」

  そう言われ自分の姿を見てみる。ズボンは大して濡れてはいないが、ブレザーとワイシャツはびしょびしょになっている。それを見るとどんどん寒くなってくしゃみまで出てしまう。

  「冷えちゃったみたいだね。ちょっとおいで」

  「はい・・・でも、どこへ?」

  「僕はこの後暇だから服を乾かすの手伝ってあげるよ」

  乾かすって言っても6限目の授業に間に合うわけがない。でも、一条先生と一緒に居たいが為に黙ってついていく。

  先生の案内された先は体育館横にある小さな準備室。中にはライン引きや旗などがあり、なぜかハンガーとドライヤーが置いてあった。

  「運動部の子がたまぁにここで服乾かしたりしてるんだよ」

  俺の表情を見て疑問を察したのか教えてくれる。

  「さぁ上着だけ脱いで」

  「え!?」

  な、何をいきなり・・・

  「乾かすんだから脱がないとダメでしょう?」

  「はい・・・ですよね」

  手に持ってるバッグを床に置いて、濡れて冷たくなったブレザーとワイシャツを脱いで先生に手渡す。先生は手際よくハンガーにブレザーとワイシャツを掛けると、なぜか先生もスーツの上着を脱ぐ。そして俺に差し出す。

  「なんで先生も?」

  「上半身Tシャツだけだと風邪引いちゃうでしょう。だから乾くまでは着てていいよ」

  「でも・・・」

  反論しようとしたが先生はドライヤーを手に俺の服を乾かす作業に入っていた。仕方が無く黙って先生の上着を肩にかける。

  「・・・」

  「・・・」

  ドライヤーの出す音と外の強い雨音だけが耳に入る。先生と話したいところだが、なにをどう話していいのかわからない。どうしようかと思っている間にどんどん時間が経つ。

  

  

  好きな人は横に居る。

  ホントにすぐそこだ。周りは誰も居ないし、邪魔するものも無い。一条先生とは体育の時間に会えるが、周りには生徒が居て個人的な話が出来ない。だから何かを話すなら今のうちだ。

  今なら告白だってできる。

  

  でも・・・

  

  でも、俺と先生の間には形容出来ない。言い様の無い見えない強固な壁があった。

  告白しようにも出来ない。性別と言う名の『特殊な事情』が二の足を踏ませる。

  先生と生徒っていう関係って言うだけでも問題なのに、同性っていう問題が更に問題を複雑にする。

  20cmもない距離なのに、告白はおろか話しかける事も出来ないなんて馬鹿げてる・・・

  それ以上に歯痒くて、自分が情けなく見える。

  

  

  「居ずらい?」

  「え!何がですか?」

  いきなり先生に話しかけられ驚く。

  「さっきからすごく押し黙っちゃってるから・・・いつもは友達と楽しそうにしてるからさ」

  「違います!ただ・・・一種の嫌悪感を・・・」

  本当の理由を言うべきなのか迷い、また黙り込んでしまう。

  「そうか~・・・なぜか知らないけど、自己嫌悪することってあるよね」

  そう言ってドライヤーを切ってワイシャツを触る。

  「うん、乾いてるね。はい、どうぞ」

  乾いて、ドライヤーの熱風の暖かさが残ったワイシャツを着る。

  ぐおぉ・・・

  「ありゃりゃ///」

  音の出どこは一条先生からだ。先生の顔は赤く、お腹を押さえて尻尾を気まずそうに揺らしている。

  「先生、昼ご飯食べてないんですか?」

  「ちょっとお腹が減っちゃってさ/// ごめん・・・」

  まだ2時間ちょっとしか経って無いのに・・・そうだ!

  友紀はある事を思い出すと急いでワイシャツを着て自分のリュックを漁る。中から取り出したのは駅前で貰ったポッキーだ。

  「先生よかったらどうぞ」

  「あ!お菓子じゃん。ダメだよ!学校にお菓子は持ってきちゃダメって校則にあるでしょう?それに、こんなところで食べたら叱られちゃうよ」

  ったく・・・折角俺のポッキーをあげようと思ったのに・・・

  「確かにダメです。じゃぁ・・・」

  先生が口を開いたのを見計らってポッキーの一本を口に入れる。そして、自分も食べる。

  「これでそろって共犯ですね」

  そう言ってやると、先生は「仕方が無いね」と笑いながら言ってポッキーをもぐもぐを食べている。なんだかんだで食べたかったようだ。

  一緒に同じポッキーを食べていると思うとちょっと嬉しい。でも・・・先生のポッキーの一欠片ぐらいは食べたい。そこで思いつく。先生が昆虫嫌いなのを・・・

  「あの先生?・・・」

  「なぁに?」

  「頭の付近に蜘蛛がぶら下がってるんですが・・・」

  「ひぇええ・・・取って~」

  もちろん蜘蛛がぶら下がってるなんて嘘だ。

  嘘だとも気付かず目を瞑って震えだす一条先生。よっぽど昆虫が嫌いなようだ。

  俺はゆっくりと先生の顔に近づける。

  「取れそう?」

  「えぇ・・・もうちょっと待ってください」

  さっきよりもうちょっと顔を近づけて蜘蛛をとる仕草をしつつ、先生の口にあるポッキーを気付かれないように口に含む。

  ドキドキと心臓が壊れそうな程に鼓動を打つ。

  後はこのまま・・・

  「まだぁ?」

  「(んっ!?)」

  ポキッ

  いきなり話しかけられて、ポッキーを折ってしまう。そして、先生も目を開けてしまう。

  「何してるの?」

  「いや、ちょっと・・・手が滑ってポッキー折っちゃいました」

  「え、でも食べてる・・・」

  「落としたら勿体無いじゃん!」

  「でも・・・」

  苦しい言い訳。それが通じるわけが無く、先生は訝しげな顔で俺を見る。目線を意地で合わせているが、心の中を覗きこまれてるようで背中に冷や汗が流れる。

  「その・・・」

  「なぁに?」

  「先生の・・・」

  「僕の?」

  「先生のことがs」

  キーンコーンカーンコーン

  「あ・・・ゴメン、なんて言ったの?」

  「いえ、何も言ってません!なんでもないんです///」

  丁度良いタイミングだ!俺はバッグを拾ってワイシャツのボタンをある程度かけて立ち上がる。

  「じゃぁ先生また!」

  「あ、ちょっと!!」

  「残りのポッキーあげますから!!」

  ポッキーの袋を押しつけて俺は返事を聴かずに教室へ走って戻る。

  面と向かって「好き」だなんて簡単に言えるか!

  

  

  

  

  授業もそれとなく終わらせて、放課後になった。このまま帰れるから帰りたいところだが、まだ帰れない。雨は止み、晴れ晴れとした天気になっているが俺の心は晴れない。

  それは乾いてないブレザーはまだ一条先生の元にあるからだ。

  一条先生に会わなきゃならないが、ポッキーゲームの件で会いずらい・・・

  俺の為に服を乾かしてくれたのに、キスだなんて・・・

  「先生怒ってるだろうなぁ」

  そう言って溜息をつく。

  いつの間にか教室には友紀しかおらず、陽も傾いてきてしまっている。

  教室には秋特有の濃い赤色の夕陽が差し込む。どうやって制服を取り戻そうか・・・別にいらないけど、明日の朝礼でなに言われるかわからないし、校則うんぬんを言われる。

  コンコンッ

  誰かが教室のドアをノックするのが聞こえ、机に突っ伏している顔を上げる。ドアの窓越しに一条先生が立っているのが見える。先生は静かに教室の中に入ってくると俺の席まで来る。

  「いや~遅くなったね」

  「え、何をですか!?」

  「洋服乾かしてたでしょう。忘れたの?」

  忘れてるわけがない。でも、持ってくるなんて話しは初耳だ。

  俺が呆けてると先生が乾いたブレザーを机に置く。

  「ちゃんと乾いてるから大丈夫だよ」

  「ありがとうございます」

  「どういたしまして」

  そう返事を返す。

  「・・・」

  「・・・」

  何も話せない。どうすればいいのだろうか。

  いや、何も考えることは無い。当初の目的は果たしたんだ!学校に残ってる理由なんて無い。

  「じゃぁ俺帰りますね!」

  そう言ってさっきのように帰ろうとすると先生に腕を掴まれる。

  「ちょっと待って」

  夕焼けのオレンジの光を反射して、白い獣毛がオレンジの光を鈍く反射させている。目はいつもと違って凛々しく、いつもと違う雰囲気に俺は呑まれてしまった・・・

  「今日って11月11日なんだよね」

  いきなり当り前の事を言い始める。そうだ、今日は11月11日。

  「所謂さ『ポッキーの日』なんだよね」

  「・・・」

  「さっきの奴ってそれなんでしょう?」

  そこまで知られたなら隠せない。もう腹を括るしかない。

  「そうです」

  「僕としたかったの?」

  「はい・・・」

  「そうかぁ」

  先生はそう言って俺に近づくと頭をポンポンと優しく叩く。殴られるかと思って目を瞑ったのだがそうじゃない。目を開けると優しい目と俺の目が合う。

  「したいならそう言えばいいのに・・・」

  「え・・・」

  「だって、ポッキーゲームってやつは友好を深める為にやるんでしょう?全然いいことじゃん!」

  はい?そんな話し聞いた事が無い!

  なぜか先生は自慢げになる。

  「他の人に聞くのは良くないからと思ってネットで調べたんだ!パソコンでの検索が苦手な僕でも簡単に調べられたよ。ITはすごいね」

  そうは言うものの、全く内容は違う。でも・・・

  「ホラ、キミから貰ったポッキーまだあるから今からやろう♪ちょっと恥かしいけど///」

  笑いながら口にポッキーを加えて俺の方を見る先生を見ると指摘なんて出来ない。

  「はい、どうぞ」

  「いただきます///」

  俺は勇気を振り絞ってポッキーの端を咥える。

  そして、目を瞑って二人でモグモグと食べ始める。

  目を瞑っているが、先生の鼻息を鼻先に感じて、一気に緊張する。

  

  5cm・・・・・

  

  3cm・・・

  

  1cm・

  

  0cm

  

  俺は先生と初めてキスをした。

  

  ただくっ付けるだけのキス。でも、俺にとっては貴重な人生で初めてのキス・・・

  無言で目を開けると、先生と目が合う。

  そして二人はどちらともなく勢い良く顔を離して顔を少し背ける。二人共、顔を染めているが夕陽のオレンジの光に隠れて見えない。

  教室が静かになり、二人の世界が深まる。

  「キス、しちゃったね///」

  俺は頷くことしかできず、ぎごちなく頷く。

  「ごめんね、おじさんとキスさせちゃって」

  「いえ、そんなことないです!嬉しいです!!」

  「え・・・」

  「お、俺!す・・・す、すっと先に帰ります!!」

  告白しようと思ったがやはり出来ずに俺は教室を走って出る。

  そんな友紀の姿を見た一条は友紀の座っていた席に座って夕陽をみる。

  「赤野くんは高校2年生か・・・じゃぁ後1年とちょっと待ってもらわないと・・・・・・」

  そこまで言うと残ったポッキーを食べて袋をポケットに入れる。

  「後1年だけだから、頑張ってね。

  友紀くん・・・」

  ポツリと零した言葉は友紀には当然聞こえない。

  一条は友紀がずらした机を直して教室を後にする。

  

  

  

  教室にはオレンジの光だけが残された。

  

  

  

  完