時間になり応接室に現れた男たちを見てイチは驚いた。
院長のガークと思われる白衣の男は医者らしい柔和な顔をした男であるが、片脚が義足であった。
脚の為か杖をついているが背が高く筋骨が隆々としている。
それより、ガークと一緒に入ってきた男が異様であった。
頭を雑に剃っており、身体中傷だらけである。
驚くほど身体が大きく、背は院長のガークよりもさらに頭ふたつ高い。
そのためドアをくぐるようにして入って来たのだが、その時に頭をぶつけていた。
感情を感じさせない顔つきをしており、魚類のような目がその特徴を強めている。
____何者だ?
イチは挨拶も忘れ固まっていたが、先に院長のガークが声を発した。
「遅くなりすみません。私が院長のガークです。こっちは息子のザルツキー。助手をしてもらっています」
「あ、ああ。よろしく」
ガークは白衣を羽織ったままテーブルを挟みイチに向かい合うソファに腰かけた。
ザルツキーは腰かけるわけでもなく立ったままイチをジッと見ており、どうしても異様に見える。
もしこのザルツキーという男が暴れたらどうなるか。
体術の心得があり並みの男と正面から取っ組み合っても後れを取らないイチだが、こうも大人と子供ほど体格差があったら不利は否めない。
「すみません、息子は行害者で人とコミュニケーションをとるのが不自由でして。ですが、人に害を加えるようなやつではないのでご安心ください」
そうは言っても風体が良くない。
それに何故ガークがザルツキーを同席させているのかもわからない。
イチを冒険者と看破し、用心棒の役として連れてきているのではないか。
イチはその考えに至り焦ったがそうではないらしい。
「驚かれましたか? まあ、仕方ないですね」
ガークはイチの反応を見越していたようで笑って答えた。
「ザルツキーは、あなたのお従兄さんのいる北棟の患者を管理するのに、助けてもらっているので先に紹介したかったのです」
「北棟の?」
「ええ。今からザルツキーにヤルマン君を連れてきてもらいます」
イチはてっきり面会と言えば病室かどこかで会うものと思っていたのだが、どうもここでは違うらしい。
「北棟は閉鎖病棟です。面会に行くのにも、一般の方はとても耐えられる環境にない」
イチが聞くよりも先にガークは疑問に答え、そして息子のザルツキーに「ヤルマン君を連れてきなさい」と伝えた。
しばし応接室にはイチとガークが残される。
「しかし、今まで面会の話などなかったのに。なにかあったんですか?」
「父に元気か様子を見るように伝えられてな。私自身、従兄とはあまり思い出がないが。ほら、従兄はああだろ?」
イチはあらかじめ用意していた返答をした。
これはギルド副支部長のモーリンが協力してくれて、院長になにか聞かれた場合の返答例を打ち合わせておいたものである。
「そうですか。しかし、おひとりでいらっしゃったのですね。わたしはてっきりご家族といらっしゃるものかと思いましたが」
「父は多忙でね。母は、わたしが思うに従兄と会いたくないのだと思う。薄情だと思うよ」
「いえいえ。お母さまのお気持ちはわかります」
「そうなのか?」
ガークの答えは意外だった。
「実の両親ですら面会には来たのは1度だけですからね。重度の行害者と会うのにストレスを感じるのは一般的な感情なのでしょう」
行害者と日々接しているガークがいう言葉には重みがある。
イチは同調も否定もできなかった。
そも、イチは重度の行害者と生活を共にしたことがない。
しばらく沈黙が続いた後、ザルツキーが戻ってきた。
ヤルマンを連れて来たのだが、
「____なっ」
イチは連れてこられたヤルマンを見て絶句した。
人の扱いではなかった。
白い拘束衣で上体をガチガチに拘束され、目隠しをかけられ口には猿轡を噛まされていた。
その状態が苦しいのか、喉の奥から「うぅうぅ」と呻き声が漏れている。
更にその顔は痣だらけで、日常的に同じ個所も殴られたのか皮膚が変質している部分もある。
頭が丸坊主に剃られているのは虱を防ぐためか。
鉄棒の繋がった首輪で繋がれて、その行動の自由はザルツキーが抑えており、これでは家畜か犬畜生の扱いである。
「なんだこれは!! 虐待じゃないかこれじゃあ!!」
イチの驚きの声が響く。
思わずソファから立ち上がっており、よほど驚いたのだろう。
しかしガークは顔色一つ変えていない。
「説明するより見せたほうが早いでしょう。ザルツキー、ヤルマン君を自由にしてやりなさい」
ザルツキーは言われた通り猿轡と目隠しを外し、ヤルマンの行動を制御する棒を離す。
途端、まずヤルマンはギョロリと周囲を見渡すとイチの姿に釘付けになった。
激しい猿心馬意に駆られたのだろう。
ヤルマンはわき目もふらず、イチに向け走り出した。
その目は虚ろだが爛々と輝き、興奮の為か鼻汁と涎を垂らしながら獣のような唸りをあげている。
「 ____!?」
イチは思わず身構えた。
流石のイチも恐怖と嫌悪を感じたのだろう。
しかしヤルマンがイチにぶつかるより前にザルツキーは再び首輪に繋がった鉄棒でヤルマンを制御し、床に引き倒した。
「む、わわ、うわあああああああああああああああ!! うあああああああああああ!!」
ヤルマンは倒れた痛みのためか、それとも目の前の女の子に触れられなかったストレスか、パニックを起こし泣き出した。
押さえつけられたまま激しく自分の顔を床に何度もぶつけはじめ、イチはなぜヤルマンの顔が痣だらけなのか理解した。
「刺激を受けて興奮するとね、他人に危害を加える可能性が高い。それが無理だとわかると今度はああして自傷行為に走っちゃう。お従兄さんはそういう状態なんですよ」
咽び泣くヤルマンをザルツキーが取り押さえ、再び目隠しと猿轡を噛ませる。
行害者が行害者を取り押さえるその光景は異様であった。
「もう北棟に戻さないと。ストレスになるからね。その前になにかお話されますか?」
この状態の行害者に何を話せと言うのか。
イチは口をつむいで首を横に振るしかできない。
気が萎えていた。
「まあ、ヤルマン君は見ての通り元気ですからご安心ください」
再びザルツキーはヤルマンを北棟に戻し行った為、応接室にはイチとガーク院長が残された。
「おかけになっては?」
「あ、ああ」
イチは立ったままであるのを指摘され、ソファにかけ直した。
____いかん、ペースを握られている。
どうもガークとザルツキーが現れてから浮ついている。
しかしそれを自覚した途端、イチは冒険者である自分を取り戻しつつもあった。。
「すまない。少し取り乱してしまった」
そう、前を置いてから、
「従兄だが、大変なのはわかる。しかし、あの扱いはどうだ」
「どうだ、とは?」
イチはセインら看護婦が他の行害者に対し慈愛を持って接していたのを思い出す。
ヤルマンの扱いはまるで違った。
あれでは罪人か犬畜生の扱いではないか。
「仕様がないでしょう」
そう言うガークの目に、僅かに陰が差している。
「ハーフエルフの看護婦たちにあの手の行害者は対応させられません。扱いが違うのはいたしかたない」
「それはわかるが」
「それに、お聞きでないのですか? ヤルマン君の入院費は滞納されているのです。割ける人的コストは減らさざるを得ない」
入院費の滞納は初耳であった。
____なんのためのブリーフィングだ!
イチは内心で毒づいた。無論、モーリンではなくその情報を出さなかったノーム支部長に対してである。
「しかし、患者が不審な死を遂げているという話も聞いている」
「誰から?」
「父だ。行害者の子供をもつ互助団体でそう言う話を聞いたと叔父が言っていたそうだ」
「なるほど。それで面会に来たわけだ」
話しているうちに、だんだんガークの態度が変わってきたのにイチは気が付いた。
温和な雰囲気が薄まり、尊大な一面が少しづつ見えてきている。
「いったい、患者をどう管理しているんだ? それを確認しなければ、父も叔父も納得できないと思う」
ガークの目が不審がっているように細まる。
イチは自分の内股に意識を寄せた。
銃を抜く想定はないが、心の癖だろう。
空気がにわかに緊張しはじめたようだった。
「有害行動の程度によります、強度に有害行動のある患者は基本、北棟で隔離しています」
「それは、わからないでもない。しかし、従兄の姿を見ると、隔離はいいが最低限の世話もされていないように思えるが」
イチはヤルマンの臭いが妙であることに気が付いていた。
長い間入浴をしていなかったものが、間に合わせで身体を洗ったような臭いだ。
しかしガークは表情も変えず、開き直りともとれる態度で答えた。
「そうですよ。隔離が必要な患者は、残念ですが最低限のケアしかできません。毎日の食事の世話くらいですかね。後の事は、自然にまかせています」
「自然? それじゃあ、つまり、ほったらかしにしているということか」
「他に仕様がないですからね」
「それじゃあネグレクトじゃあないか!」
どこか投げやりに言うガークの態度にイチは腹を立てた。
これも、セインらの献身的な看護を見ていたせいかもしれない。
「じゃあ聞くがね、入院費も払えない、家族も迎えに来ない、衝動を我慢できずに暴れる患者をどうすればいいいんだね?」
寸鉄を人を刺すような言葉にイチは黙った。
ガークの言葉は前線に立つ者としての現実であった。
イチの師、リャンは言っていた。
「前線にいない者ほど前線の事に口を出したがる」と。
今まさに自分は後方から前線に対し口を出しているのではないか。
「どうなんだね?」
ガークは射貫くような鋭い声色で再び問う。
イチは答えられない。
____議論をしに、きたわけじゃない。
これはある種の逃避だろう。
冒険者として調査にきているのだ。感情的になる必要はない。
そうイチは自分に言い聞かせた。
しかし、論戦として見ればイチは負けである。
その動揺からか、イチは平静を些か失っていたのだろう。
「あなたの事情はわかるが、これは父に報告させてもらう」
余計な事を口走った。
もしこの手の捜査を得意とするエルビアニカなら、藪蛇を突くような事は言わなかっただろう。
「父? 冒険者ギルドの間違いじゃないのかな?」
「何だと」
やはりイチの一言がある種ガークに決心をつけさせた。
どうやらとっくにイチが冒険者であることに気が付いていたようだ。
「ビジネットの冒険者ギルドに報告するかね? 彼らが現状を把握していないとでも?」
ガークの目が細くなったのを見て、イチは背筋に冷たいものが走った。
そういえば、ガークは座っている時も杖を離していない。
「それとも、あんたの都市の冒険者ギルドか? 冒険者さん」
イチは殆ど無意識に内ももに隠していたファンクル護身拳銃を抜こうと腰を浮かべた。
だがガークの杖から勢いよく何かの飛沫が吹き出し、イチの顔に直撃した。
「____あっ____くっ」
暴れ出した患者を鎮静させるため杖に仕込んでいた装置だったのだろう。
飛沫をもろに吸い込んだイチは突然目の前が暗くなり、立っていられずソファに沈むと意識が遠のいていく。
「冒険者が。何も知らないくせに」
ガークはイチのドレスの裾から内股に手を差し込んだ。
そして隠していたファンクル護身拳銃を抜き取る。
「あ____や____うう________ん」
イチは僅かに抵抗の意志を示そうとしたが、結局なにもできず意識を失った。
「あんたには現実を知ってもらう。見捨てられた行害者をどうするべきか一度考えるといい」
イチが意識を失った時、ちょうどガークの息子であるザルツキーが戻ってきた。
その目はやはり魚類のように無感情であった。