第10話 イチ、絞首刑に処される 虜囚イチ救出作戦6 

  バルティゴ都市国家連邦歴11月25日大樹の日。

  冬が迫っているのに、妙な暑さを感じる日であった。

  この時期、バルティゴでは早い場所では雪が降り始めるにも関わらず、である。

  クロヌマーブ駐屯地の練兵場では急造された絞首台を陽が照らし、まるでこれから送られる新たな犠牲者を受け入れるかのように雲の隙間から光が差している。

  「さっさと歩け!」

  イチは両手首を後ろ手に縛られたたまま背中を兵士に小銃で突かれフラフラと足を前に進ませている。

  その顔面は蒼白で、混乱と絶望が顔面を支配し何かぶつぶつとうわ言を呟いている。

  18歳かそこらの少女がこれから処刑されようとしているのだ。無理もないだろう。

  何しろイチが自分の処刑を知らされたのはほんの10数分前なのだ。

  ◆

  独房の中、昼前まで寝台の上で毛布に包まっていたイチは軍靴の音を聞いた時最初は昼食かと思った。どうせ毎日同じ豆と屑肉のスープに固いパンだろうと、物憂げに身体を起こしたイチだったが、いつもの看守の傍らに初めて見る士官と兵の顔があった時言いようのない不安を感じたことだろう。

  そしてその男、基地司令のザイエン少佐は感情の籠らない声で一枚の紙を広げ読み上げた。

  「不穏分子と共謀し、多数の人民と兵を死傷せしめ、軍への攻撃を企て、連邦の転覆を謀った罪で本日正午、被告イチを絞首刑とする」

  なぜだ、という言葉さえイチは発せなかった。

  だが聞いていた話とまるで違う。昨夜ジハックが見せたあの温情はなんだったのか?

  「……だ、だって。ジハックが、無実だって。あんたの上官が、刑を軽くするって」

  「本判決はジハック准将の決定に基づき、異議を受け付けることなく即時執行とする」

  ザイエンの言葉を聞いたイチは体の芯が溶けたように寝台に崩れた。

  放心状態で「嘘だ、おかしい」とうわ言を呟くイチの頬をザイエンの連れてきたた兵が叩いた。

  「従わなければ、より辛くなる。立ちなさい」

  ザイエンは努めて冷たい声を出した。

  彼とて何も好き好んでこういう役割を背負ってるわけではない。無実の少女を絞首台に送ることに罪の意識があるのだろう。

  イチは兵に頬を叩かれ、後は殆ど操り人形のように兵の言われるがまま抵抗する姿を見せることもなく放心状態で従った。

  ほとんど下着姿で、汗や体液が染み込んだそれは酷くみすぼらしい。そんな憐れな姿でイチは遂に牢から出る事ができた。

  絞首台へと続く道を歩むために。

  ◆

  「汝の罪は人の名の下に裁かれ、妖精たちによって赦されんことを。汝の魂が妖精の国で永遠の幸福を得られんことを。最後に、何か言い残す言葉はあるか?」

  絞首台の上、後ろ手に縛られたイチは真ん中に立たされ従軍神父により祈りの言葉を捧げられ、そして最後に残す言葉を問われた。

  絞首刑は国防軍の定める規則に則った処刑ではあるが、本来であれば神父の教誨は他者の目の入らぬところで行われる。しかし即決に処刑が決まった為かその配慮すらない。

  イチは神父の祈りの言葉にもただ歯をガチガチ鳴らし、濡れ怯えた目で妖精の僕を見返すしかできなかった。

  異様なことは他にもある。

  本来刑が執行される際、受刑者は衣服が汚れるので黒などの暗い服に着替えさせられるのだがその配慮もない。

  また、即席の絞首台が作られたのは練兵場であるが十数名の兵がイチが吊るされる様子を見物している。

  彼らは非番なのだろうが、これもおかしなことである。

  通常であれば可能な限り部外者の目が入らないよう配慮するはずなのだが。

  もうこれは冒険者イチの尊厳を傷つけるための見せしめ、ジハック准将の私刑と言ってなんら違わないだろう。

  イチは刑の執行人に目隠しを掛けられる前に絞首台の最前で腰の後ろで手を組んでいるジハックを見つけた。

  その目には残忍な歪んだエゴが宿っている。

  イチは何か口を開こうとしたが結局「ひゅっ、ひゅっ」というかすれた息しか出てこなかった。

  イチの顔に目隠しがかけられ、終わりの暗闇に覆われる。

  脚は凍えた子犬のように震え、口からはカチカチと乾いた音が止まらない。

  ついに首に括った縄がかけられた時、イチは恐怖のあまり小水をチョロチョロと漏らした。

  おお! なんと情けない姿だろう。

  これが今までいくつもの冒険を乗り越え数々の事件を解決してきた不屈の冒険者の姿か?

  なんと惨めな姿か!?

  君こそが冒険者の精神を体現し、あまねく自由を祝福する本小説の主人公ではないのか?

  が、仕方がない。

  イチは冒険の中で傷つき倒れ息絶える覚悟はいつもできていたが、無実の罪で処刑される覚悟など考えてすらいなかった。

  今、イチの頭の中にはただただ真っ白だった。

  まるで出来の悪い映画をただひとり劇場で見ているかのように、こんなところで訪れた自分の終わりを待つ事しかできなかった。

  そして、執行人の合図でイチの足元の踏板が落とされた!

  「ぎゅっ!? ぎぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅうううッッッッッッッ!!?」

  なんという残酷か! イチの首にかけられた縄はわざと短くされている。

  本来絞首刑は受刑者の苦痛を長引かせないように、落下の衝撃で頸椎を損傷させるよう縄の長さを調整する。

  ところがジハックの指示で縄の長さは単に宙づりにさせるよう短くされていた。

  こうすると受刑者は息絶えるまでに喉を締められ地獄の苦しみを味わう。

  「ぐっ、ぎっ…………………ぎっ、がっ………………………………げっ………………………………」

  イチは首にかかった縄によって呼吸を奪われ、宙に吊られた脚がバタバタと無様に泳いでいる。顔はパンパンに鬱血し、徐々に紫がかってきた。

  少しでも苦しみから逃れようと縄を掻きむしるが爪先を傷つけるだけの姿は憐れみを誘う。

  「ぐ………………………………………………………ぇっ」

  やがて身体の全ての動きが抜けてゆき、泳いでた脚も力を失い、青い瞳は一層暗くなって泥の中に沈むようであった。

  その当時の様子を見ていた兵のひとりがこう日記に書き残している。

  ~~~我々は、何も知らされず、ただひとりの冒険者の少女が緩慢に処刑されるのを眺めていた。相手が冒険者という事もあり、意義を唱えるものは皆無で、素行の悪い者はニタニタしながら下劣な冗談を囁いていた。少女が遂に苦痛から解放されその命を終えようとしているのを見て私は軍の正義を疑わずにはいられなかった~~~

  不正義の処刑。

  不屈の冒険者イチの冒険はこのような悲しい形で終わってしまうのであった..................。

  と、いう事にはならなかった。

  突如空気を切り裂く音が聞こえたかと思ったその瞬間に、イチを吊り下げていた絞首縄が真ん中から弾けてイチの身体を生命の大地に戻した。

  何事かと兵たちが驚く間もなく、

  「がばッッッッッッッ!?」

  新たな風切り音と共に一発の銃弾がザイエン少佐の顎を貫いたのである。