9話 対決、セダッセン号 バルティゴ鉄道乗っ取り事件19
「いいか、雑な説明だが蒸気機関車はボイラーで生み出した蒸気を蒸気タンクに入れて、その蒸気を動力にして車輪を駆動させる」
暴走するセダッセン号の中、武器を探して回るイチに左手のテオドールが説明する。
「蒸気タンクは頑丈だ。銃で撃ち抜くのは無理だが、安全弁はまだ可能性がある。屋根に上がって、安全弁さえ撃ち抜ければ自然と減速するはずだ」
イチはテオドールの説明を理解できるだけの基礎的な知識がない。しかし、結局自分にできるのは銃を撃つだけしかないと割り切って武器を探した。
そして一等貨物車で遂にそれを見つけた。
「ディローパ7式ドラグシューター……。こいつなら」
「銃の事は知らんが、悪くなさそうだな」
「飛竜と戦う為のライフルだ」
恐らくは万一列車が飛竜などの襲撃を受けるような事態を想定していたのかも知れない。ともかく、有効射程内であれば竜の鱗を貫通できる特殊弾を撃つために開発された銃だ。
もっともそれが列車の安全弁を撃ち抜けるかは不明だが。
装弾数5発。予備の弾丸は見当たらなかったが、十分に作動するようだ。
イチは自分の身長ほどもある怪物めいたライフル銃のボルトを操作し薬室に弾を送りこんだ。
竜と戦う為に作られたその銃の外観はどこか宿敵としている飛竜を思わせる形をしていた。
「いいだろう。竜の鱗がどの程度か知らんが、少なくとも他の豆鉄砲よかマシだ」
左手のテオドールも銃を支えた。銃の事は詳しくないが、テオドールもイチの判断に賭けるしかなかった。
ふたりを乗せた巨鉄の獣は、尚もその暴力的な速度を緩めず走り続けている。
◆
「ちくしょう。相変わらず酷い風圧だ!」
イチとテオドールはディローパ7式を背中に括りつけるとセダッセン号の屋根に再び上がった。
風圧だけでなく噴き出す蒸気が容赦なくイチとテオドールを包む。
「もう軍事基地が見え始めてるぞ。急げ!」
既に軍事基地が近い。テオドールの予想通り線路はい直線に軍事基地に向かうよう何者かに切り替えられていた。
もし列車を止められなければ列車は時速100km近くで軍事基地の車庫に突入しイチもテオドールもセダッセン号と共にペシャンコになるだろう。
今セダッセン号に残っているのはイチと左手のテオドールだけだ。
シーナは万一作戦が失敗した場合を考えて先に脱出させた。
シーナの今の魔力では戦力に数えるのは難しく、もし作戦が失敗したとしてもイチとテオドールに命があれば救援を呼ぶことも無駄にはならない。
事情は省くが、イチもテオドールも軍という組織を信用していない。
「煙突の位置はわかるな? その前にドーム状の部分があって、更にその前に少しだけ出てる、瓶みたいな形をした部品が安全弁だ」
「___あれか?」
噴き出す蒸気のため視界が悪く確信は持てなかったが、イチはそれらしき部品を見つけた。
「あれを撃ち抜けば列車から蒸気が全部抜けるはずだ。あまり近すぎると噴き出した蒸気で火傷じゃ済まないぞ…………よし。この位置ならギリギリだろう」
テオドールの指示に従いイチは狙撃ポイントを決定し、腰を下ろした。ディローパ7式の強烈な反動を受け止めるのは立射では下手をするとバランスを崩し列車から滑落してしまう。列車の揺れと風圧、銃の重さを考えても座射が最適であったのだろう。
「あとはあんたの腕前次第だ。行けるか?」
テオドールの問いにイチは不敵な笑みで答えた。
「私の射撃は見ただろう? 動かない標的でこの距離なら楽勝だ」
「違いねえ!」
イチは銃の照星をセダッセン号の安全弁に向けた。
左手のテオドールも銃を支えている。頬付けした右手を左の腕で抱くようにし、銃の後部である銃床を抑える。イチがテオドールに伝えた銃の保持のしかただった。
ディローパ7式は列車の揺れと左手のブレでその照星を揺らす。
もしイチの両手が完全に自由であれば手ブレは最小限に抑えられたがテオドールの助言が必要になる場合を考えて魔法は解除させられなかった。
「よし。行くぞ。テオドール、しっかり抑えてろよ」
「言われなくても!」
イチは照星が揺れる中、想定の弾道と安全弁が一直線になった瞬間、引き金を引いた。
凄まじい轟音と身体を押し飛ばすような衝撃。
そして何か強烈な金属のエネルギーが同じ金属を恐ろしい衝撃力で叩く音が響く。
「一発じゃダメか!?」
「同じところを狙えるか!? ヒビのひとつでも入れれば、吹っ飛ばせるはずだ!」
「あたぼうだ!」
イチはすぐさまボルトを後退させ排莢。
ただちに次弾を叩き込む!
「まだだ! 次だ!」
テオドールの声と共に3発、4発と撃ち込む。
イチは蒸気の切れ目から安全弁が確かにひしゃげているのを見た。
「これで決めろ!」
イチは最後の弾丸を薬室に送り込んだ。
殻になった薬莢が跳ね飛び遙か後方に飛んで行く。
「「いけええええええええええええ!!」」
ふたりは叫んだ。
最後の弾丸が放たれ鋼の安全弁に突き刺さり、ついに亀裂が走ったかと思えば遂に安全弁は圧力に耐えきれず空が割れるような爆裂音と共に抑え込んでいた蒸気を一気に空に向けて噴射した!
イチは凄まじい密度の水蒸気と激しい振動に襲われ、一瞬息さえ奪われたかと思ったが蒸気が抜けきると別世界のように視界が腫晴れ、暮れ始めたシベースの黄昏空が目に映った。
「よし! やった! やったぞ!」
イチは右手を掲げて喜びの声をあげた。
はじめは感じられなかったが確かに列車の速度は急激に落ち始めているようだ。車輪を駆動させる機関部の音も眠りゆく獣のようにゆったりと静まってゆくのがわかる。
しかし、物事はそう簡単ではない。
「喜ぶのはまだ早い! あとは、距離の問題だ」
「どういう事だ!? 止まらないのか!?」
「最高速度までいった機関車がそうすぐに止まるかよ。後は妖精にでも祈るしかない」
「___ちくしょう。結局博打か!」
テオドールの言う通り、後は列車が速度を緩めてギリギリで止まるか、そうでなくても飛び降りても運が良ければ助かる速度になるのを待って衝突する前に脱出するかである。
そうしている間にも軍事基地がグングンと迫るのがイチにもテオドールにも見えた。
もしかすると、あと一歩時間が足りなかったのかも知れない。
「後部車両に移動しろ! 飛び降りるにしても後ろから飛んだほうが多少安全なはずだ!」
気が付けば敵だったはずのテオドールがイチを生き延びさせようと知恵を絞っている。
「よし! 一緒に飛ぶぞ!」
イチもテオドールと共に生き延びる事を選んだ。
後の事は生き延びてから考えればよい。
なんにせよ、後は時間との戦いだ。
速度こそぐんぐんと落ちてはいるが、どうやらセダッセン号はどうもこうも何かに衝突するまで止まらないらしい。
イチたちは再び客車に戻る。ふたりで生存するために。