9話 対決、アンバー・フォックス バルティゴ鉄道乗っ取り事件17

  「よくもグレイ・ベアーを殺してくれたな! 銃を捨てろ。この小娘が弾け飛ぶのが見たいか!?」

  「イチさん……」

  裸体に鉄道警備隊のコートを羽織っただけのシーナはアンバー・フォックスに捕らえられて青い顔をしている。

  アンバー・フォックスは二等車の窓が割られイチが突入した時、一等貨物車にいた。

  イチに逃げられ、もぬけの殻になった檻の前でグレイ・ベアーと対策を協議していたのである。

  そんな時に二等車での異常を聞きつけたグレイ・ベアーは状況把握の為にアンバー・フォックスの制止を無視し駆け出した。

  アンバー・フォックスはイチの他に仲間の魔法使いが身を隠している可能性を忘れていなかった。

  アンバー・フォックスにとって一番の懸念は機関室を冒険者に奪い返されることである。他がどうであれ、先頭の機関車さえ自分の支配下に置けば作戦の目標を達成させられると考えたからだ。

  今回の作戦はアンバー・フォックスの発案だった。

  知人の歴史家に知識を借りて知った事だが、ブラックペタルスという組織は非常にユニークなテロ組織であったという。

  まるで会社の企画部さながらに、所属するエージェントは破壊工作についてのプランを中枢に提示し、承認されると予算と人員の援助が受けられるという組織だったらしい。

  だとすればこのテロ計画の責任は発案者であるアンバー・フォックスにある。

  アンバー・フォックスは計画が完全に破綻する最悪を恐れたのだ。

  そんなアンバー・フォックスの行動を見ていたシーナは選択を誤ってしまう。

  敵が二手に分かれた状況で尚且つ自分の位置を知られていないのならば背後から奇襲をかけ無力化できると考えてしまったのだ。

  シーナは元の大きさに戻り亡くなった鉄道警備隊のティンカスキャッドからコートを借りると、彼のライフルを手にアンバー・フォックスの後をつけアンバー・フォックスに闇討ちを仕掛けようとした。

  しかし、シーナは魔法に関して確かに天才であったが単純な戦闘に関してはまるで素人である。

  奇襲はあっさりと失敗に終わり、逆にアンバー・フォックスに捕らえられてしまったのだ。

  グレイ・ベアーとイチが戦っていた時の事である。

  「どうした。その弾切れの拳銃で戦うか? 弾込めでもしてみろ。この小娘の指先から頭まで少しづつ爆破してやるぞ」

  ___ちくしょう。弾切れに勘づいてやがる!

  イチは下唇を吸った。

  もしカーペイトに一発でも弾があれば、もしかすると閃光のような速度でアンバー・フォックスの脳天に弾丸を叩き込めたかもしれない。

  アンバー・フォックスはどのみちシーナもイチも殺すつもりである事は間違いない。

  また、アンバー・フォックスのイチを脅威として冷静に見ている目線に油断を突くのは無理筋だとイチは感じていた。

  シーナを犠牲にすればアンバー・フォックスを無力化する事は容易だが、イチは甘い。

  「わかった。シーナを殺さないでくれ」

  「イチさん!」

  イチはアンバー・フォックスに屈し、銃を床に落とした。

  「ナイフもだ!」

  アンバー・フォックスはテオドールが保持しているナイフも見逃さなかった。

  「お、おい。従ったほうがいいか?」

  「ナイフを捨ててくれテオドール」

  イチは目線をアンバー・フォックスから離さないナイフを捨てるようテオドールに命じた。テオドールは仕方なくナイフを床に落とす。

  イチもシーナも完全に無力化されてしまった。

  「いいだろう」

  アンバー・フォックスは決して油断せず、シーナを盾にしたまま氷のような目線でイチから視線を留めている。

  「たとえ武器が無くても、単身でグレイ・ベアーを仕留めた女だ。近づくのは得策じゃない」

  そう言ってアンバー・フォックスはスーツのポケットからいくつか宝石を取り出して見せた。一等貨物車で見つけた宝石で、ルビーやサファイア、ダイアモンドなど、どれも売れば相当の金額になる大きさである。

  「お前には近づかず爆殺する」

  アンバー・フォックスその中のルビーを右指でイチに向けて弾いて飛ばして見せた。

  「___!」

  イチは思わず横に移動し直撃を避けようとしたが、

  「ぐあッ______!」

  アンバー・フォックスの放ったルビーはイチのすぐ側で爆発し、衝撃と砕けた宝石の欠片がイチの左肩に打撃を与えた。

  「イチさん! 私の事はいいから!! 戦って!!」

  「黙れ小娘!! もし勝手な事をしてみろ!! お前の小便臭い股から心臓まで真っ二つになるように爆破してやるぞ!!」

  アンバー・フォックスは空いている腕でシーナの喉を絞めた。シーナはおさげ髪を揺らし苦痛に呻く。

  「避けてもいいが、苦痛が長引くだけだぞ。ほれ、次はサファイアだ!」

  アンバー・フォックスは今度は青く輝くサファイアを弾き飛ばした。しかも避けるのを困難にするためか少し距離を詰めて。

  「あっ______!」

  イチは顔面に飛来する青い宝石を咄嗟に避けたが、やはり寸前で爆発した宝石がイチを傷つける。破片が左目尻に当たりイチの片目は血を流し開かなくなった。衝撃が脳を揺らし足元がふらつく。

  

  「次はダイヤモンドだが、もう限界か?」

  アンバー・フォックスはまた数歩距離を詰め、今度はダイヤモンドを指に仕込んだ。恐らく高級な懐中時計をいくつか買えるであろう見事な大きさのものだった。

  老怪人の視線の先では片目を閉じた青い眼の少女がか弱くふらついている。

  「それならそれで良い。さっさと死ね」

  アンバー・フォックスがイチにとどめを刺す為にまた一歩近づきダイヤモンドを弾き飛ばそうとした。しかしその瞬間だった。

  「なっ!」

  イチとシーナは確かに無力化された。

  しかしアンバー・フォックスは見落とした。

  二等車の座席で沈黙しているテオドールの本体を。

  テオドールは限界の状況で魔法の解除を成功させ、本体に戻るとその身体でアンバー・フォックスに体当たりを仕掛けたのだ。

  グレイ・ベアーとの戦いがテオドールを男として大きく成長させたのだ。

  「テオドール、貴様!」

  「ぐああああっ!!」

  アンバー・フォックスはバランスを崩しすぐさまテオドールを爆殺しようとしたが、急襲にコンセントレーションが乱れテオドールの右肩から肋骨の一部を爆破しただけで殺害しきれなかった。

  「テオドール!」

  そしてその瞬間を逃すイチではなかった。

  即座にしゃがみ込み足元のナイフを右手に握るとアンバー・フォックスの仮面に向けて投擲した。

  投擲術はイチが得意とする戦闘術のひとつである。

  「かっ______ばっ______」

  イチが愛用している冒険者用のナイフは吸いこまれるようにアンバー・フォックスの眉間に突き刺さり、アンバー・フォックスは即死。こうして彼のバルティゴ連邦での破壊活動は終わったのである。