9話 「最後の命令だ。死んでくれ」 バルティゴ鉄道乗っ取り事件13
イチがシーナにコートの内ポケットに入っていた手拭いを渡してやるとシーナはそれを上手く古代貴族風に身体に巻き付け裸体を隠した。下着は穿いていない。
「しかし、そんな魔法も使えたんだな」
イチは小さくなったシーナを見てまだ驚きがある。
「…………す」
しかしシーナは小さくなったせいで声が響かず、仕方なくシーナはしゃがみ込んでいるイチの身体をえっちらおっちらよじ登り肩に乗ると耳元で声を出した。
「テオドールさんの魔法を考察しているうちに自分の精神世界とマナのリンクに新しい方法論を閃いて、その時に強盗がやって来まして、ぶつけ本番だったのですがそこはやはり天才シーナちゃん、こんな魔法まで習得できてしまいました」
天才としか言いようがない。どういう感覚で物事を見れば他人の魔法から新たな魔法を閃めけるのか。
「しかし、はじめての魔法だったのもあって、思った以上に精神負荷が重いです。実用的な魔法はどうがんばってもあと2~3回ですね。既に眠気が酷いです」
魔法を使うとその分精神力を消費し、限界に達した場合の反応には個人差があるもののシーナの場合は極度の眠気を感じるらしい。魔力が尽きるとその場で失神するように寝てしまう。
「ふむん………」
イチはシーナとテオドールを交互に見た。
考えている事は戦うか、それとも逃げるかである。
味方はシーナひとり。しかももう魔力が尽きかけている。
右手は依然テオドールに乗っ取られており、協力を得られるかは怪しいところだ。
イチの中の冷静な心が「勝ち目はない。逃げたほうが得策だ」と警告している。
しかし、イチの心の奥底の、どうしようもなく冒険者である部分が「列車と乗客を救え。強盗なんぞに屈するな」と叫んでいるのだ。
「シーナ、鍵はなんとかできるか」
イチはシーナが鍵を確認できるように左腕を橋にしてやり、シーナはイチの左腕をよたよたと伝って檻を施錠している南京錠の様子を確かめ、腕で丸を作って見せた。どうやら魔法でなんとかできるらしい。
再びイチの耳元に戻ると、
「あのくらいであれば魔法でなんとかできるかと」
「ちいさいままでもか?」
「かなり魔力を消費しますが……、自分と同程度のサイズならなんとか……」
「流石にいつものように魔法は使えんか」
イチは小さくなったシーナが元の大きさそのままで魔法を使えたらとてつもない戦力になると思ったのだが流石にそうは問屋が卸さないらしい。
「それなら今の内だ。見張りに誰かつかれたらそれこそ厄介だぞ」
それならば一刻も早くこの檻から出られるようシーナに頼もうとした瞬間、新たな叫び声が一等車のほうから聞こえた。
そこではイチには想像もできない事態が起きていた。
◆
その少し前、セダッセン号をジャックした竜駝強盗はアンバー・フォックスとグレイ・ベアーを除き一等車で待機していた。
既に乗客は一等車と二等車では全員を排除し、三等車では二等車に移る為の扉を釘と板で封鎖し密室にしてしまった。乗客は鮨詰め状態で三等車に閉じ込められ酷い恐怖と不安に苛まれているはずだ。
その悲惨な状況を作り出した悪漢共は人生の絶頂を味わっていた。
彼らとて無傷ではない。いや、事実鉄道警備隊や乗客の反撃にあい半分が命を散らした。
しかし、手に入れた物の大きさは失われた仲間の命に比べ、少なくとも彼らにとって遙かに価値のあるものだった。
一等車に積まれた貴重品は勿論、機密文書の中には計り知れない価値を持つものがあったとしてもおかしくない。
そしてなにより、ここまで見事に鉄道強盗に成功したのは彼らが史上初めてだったろう。その一員であったというだけで裏社会では拍が付く。
「よくやってくれた」
彼らは一等車から現れた頭領のグレイ・ベアーとアンバー・フォックスを見て歓声をあげた。
「既に機関車も我々の手中にある。この列車は我々のものだ。諸君の協力なくして、この成果はなかった。本当に感謝している」
アンバー・フォックスは言いながらひとりひとりに抱擁を求めた。冷徹に見える彼も感極まったのであろうか。竜駝強盗の面々もはじめは今回の仕事だけのために呼ばれたこのどこか得体の知れない老人に心を許していなかったが、ひとつ山を越えた事で仲間意識が芽生えたのであろう。
「思えば、貴様らとも長い。大戦後、軍にも戻れず野盗に成り下がりはしたが、貴様らのおかげで今日と言う日を迎える事ができた。今回、多くの仲間を失ったが、それ相応の成果だ。本当に、よくやってくれた」
部下たち6人の間を通りながら演説するグレイ・ベアーの声に、涙を堪えられずすすり泣いている者すらいる。その感動は他者の尊厳を踏みにじり手に入れたひどく身勝手で非道なものであったが。
「このセダッセン号は俺達が完全に掌握した。これよりこの列車はシベースのバルティゴ国防軍の列車基地に質量弾として突入させ、車庫内での爆破を持って作戦を終了する」
グレイ・ベアーの言葉にアンバー・フォックスを除いた他の者は皆困惑した。そんな話など聞かされていない。
列車を奪い、金品を強奪し、可能であればバルティゴ鉄道を脅迫し取引するのが今回の襲撃の目的だったのではないか。
しかしグレイ・ベアーは部下たちに背を向けたまま最後の言葉を言い放った。
「貴様らの今までの働きは忘れん。最後の命令だ。死んでくれ」
6人の男達はグレイ・ベアーの言葉の意味を理解できなかった。あまりにも場違いに思える言葉を人は単なる不明瞭な音としてしか感じられないかもしれない。
「頭領、今、何を…………」
多少正気の者が声を発した瞬間、
「ぐわあああああああああああああ!!!」
ボン、と何かが弾ける音がしたかと思った次の瞬間、強盗達の身体が弾け飛んだ。
「と、頭領! なぜ…………」
ただひとり息の残っていた者は世界の道理がひっくり返されたような驚きの目で自分たちの頭領であるグレイ・ベアーに銃を向け引き金を絞った。弾丸はグレイ・ベアーの胸板に命中したが、
「ふううううぅぅぅぅぅぅぅぅん!!」
彼の気合と共に弾かれた
「地獄で会おう。詫びはその時にでもしてやる」
グレイ・ベアーはまだ微かに生きていた最後の部下の顔面に大金槌の一撃を入れ、自分が率いて来た強盗団を己の手で粉砕したのである。