9話 絶体絶命 バルティゴ鉄道乗っ取り事件事件 11

  場面はイチが檻に閉じ込められている一等貨物車に戻る。

  ___最悪だ。

  イチはティンカスキャッドの伝えた情報に顔色を失くした。

  右手を得体の知れない男に乗っ取られたうえ、乗っている列車は列車強盗に占拠され、しかもその中に魔術師らしき者がいるらしい。

  魔術師と真正面から戦って勝てる訳がない。

  過去にイチは大魔術師であるラプダンジー師と戦い勝利した事はあるが、あれは相手が限りなく手を抜いていたからというのをイチは知っている。

  ___なんとかシーナを見つけて逃げなければ。

  イチはどう戦うかでなく、どう逃走するかを考えはじめた。

  しかしティンカスキャッドが咳き込み吐血したのを見て、彼の身を案じた。

  「大丈夫か? どこをやられた」

  「胸に、食らった。俺はもう助からん」

  胸部に致命傷を食らえば選りすぐりの治癒魔法使いでもいない限り助かりようがない事をイチは知っていた。

  目の前で冒険者に所縁のある者の命が失われる事にイチは心を痛めた。

  しかし、悲しんでいる時間はイチに与えられていない。

  「鍵を、渡してくれるか」

  「ああ。俺にはもう、それしかできん」

  ティンカスキャッドは最後の力をふり絞り、右手に握った檻の鍵を渡そうとイチに手を伸ばした。

  テオドールの妨害を恐れてはいたが、状況に吞まれているのかその様子はない。

  イチは鉄格子の隙間から左手を伸ばしそれを受け取ろうとした。が、

  「これはこれは。妙な事だ」

  ティンカスキャッドの血痕を見つけたのだろう。

  狐面の男、アンバー・フォックスは死にかけているティンカスキャッド車掌の右手から鍵を奪うと、彼を踏みつけにした。

  ティンカスキャッドは絶望と苦痛に呻いた。

  「誰だ!?」

  「ブラックペタルスのエージェント。アンバー・フォックス」

  アンバー・フォックスは名乗ると右手で触った鍵を落とした。

  鍵はティンカスキャッドの顔面付近で弾け飛び、ティンカスキャッドの顔面を道ずれにしてこの世界から消滅した。

  「貴様!」

  イチは虫けらを潰すようにティンカスキャッドを殺害したアンバー・フォックスに激しい殺意を抱いた。

  「どうやら、小虫が紛れ込んでいるようだな。アンバー・フォックスよ」

  しかしアンバー・フォックスの後に続いて灰色熊の面を被った男が姿を現しイチの顔は青ざめた。グレイ・ベアーである。

  ___こいつら、二人とも魔法使いか?

  

  過去にイチは石化の魔法を操る魔法使いと戦った事があったが、その男も仮面を被っていた。

  彼らはブラックペタルスというバルティゴ都市国家連邦解体を目論む地下組織で、この時代に国家の柱のひとつである冒険者という組織の壊滅を目論んでいた組織である。

  彼らは冒険者の勢力を削ぐため、目立つケースではテロであったり、地下に潜んだものではバルティゴ連邦市民の冒険者への悪感情を煽り自らのシンパを増やすなどをして様々な破壊工作を行っていた。

  その背景にはバルティゴ連邦の発展を疎ましく思う諸外国が裏で糸を引いていたという説と、旧魔王軍の生き残りが暗躍していたという説、そして冒険者から権力の奪取を望んでいた軍の仕業と見る説がある。

  筆者としてはその3者の思惑が複雑に絡み合いブラックペタルスなる組織を生み出したと見ている。

  ともかく、真正面から戦えば苦戦が必至となる相手が二人に増えたのだ。しかもイチは丸腰である。

  青ざめないほうがおかしい。

  「グレイ・ベアー。ゴミ掃除は終わったようだな」

  ゴミ掃除という言葉を聞いてグレイ・ベアーは頷いた。

  「貴様の言った通り、3等車の乗客は出れぬよう閉じ込めた。2等車の客は、窓から降ろし、従わぬ者は殺した。しかし、随分優しさを見せる。皆殺しにしたほうがシンプルではないか」

  グレイ・ベアーが言っているのは列車における乗客の扱いについてである。彼らの言葉に従い窓から飛び降りて死ななかった者についてはそのまま命を拾わせるに任せた。

  ブラックペタルスのエージェントとあろう者が、と言いたいのだろう。

  「全員が死んでしまえば悲劇にしかならない。しかし生き残りがいれば、人災として語られる」

  「そういうものか」

  グレイ・ベアーはこの時アンバー・フォックスの真意を測りかねていた。しかし、この後に計画している事を知っていればアンバー・フォックスの邪悪な意図は正しくその通りなのだろう。

  「それと、妙な事がある」

  「妙、とは?」

  「この小虫もそうだが」

  グレイ・ベアーはイチのほうに顎をしゃくって見せてから続ける。

  「ひとつは、拘束された賞金首らしき男が気を失っていた。窓から放り出してもよかったが、万一我々の側の人間である可能性を考えて放っておいてある」

  「ほう」

  「もうひとつ、便所に脱ぎ捨てた女の服があった。魔法使いの冒険者でもいたらしい。どこかに魔法で潜んでいるかもしれん」

  ___シーナだ!

  イチは顔色に出さなかったが心の中で希望の光を見た。

  脱ぎ捨てられた服にどんな意図があるのかは不明だが、シーナであれば何か特別な魔法で逃げていてもおかしくない。

  シーナが無事であるというだけでいくらでも良い未来が見えてくる。

  「こいつの仲間かも知れん。どうする? 拷問して吐かせるか?」

  だがシーナが無事だとしても今の自分を窮地から救う事に直結はしない。イチは拷問という言葉を聞いて再び青ざめた。しかし、

  「いや、こいつはこのまま檻の中にいてもらう。手出しは許さん」

  「何故だ? なんの意図がある?」

  グレイ・ベアーはアンバー・フォックスの返答を訝しんだ。しかし、当然この冷酷な老怪人に温情などない事は明らかだった。

  「暴走し、軍の基地に突っ込み爆発する列車。その車内の牢に閉じ込められた狼階級の冒険者。上手く死体が見つかれば、軍の連中や新聞屋が勝手な想像をしてくれるさ」

  イチは全ての意図を掴んだわけではないが、どうやらアンバー・フォックスは冒険者の信用を失墜させるためのテロ活動を画策している事を察知した。

  しかしそれ以上に彼女に衝撃を与えたのは「軍の基地、爆発する列車」という言葉である。

  「おい! 一体何を企んでいる! この列車をどうするつもりだ」

  格子越しに食ってかかるイチだったが、その時今まで様子を見ていたテオドールが意外な事を言い出した。

  「あ、あんた、あの時のキツネ面の男か?」

  「お前は……テオドール」

  テオドールの声を聞き、その姿を認めたアンバー・フォックスは仮面の奥で些か驚いた様子でテオドールの名を口に出した。

  「そうさ。テオドールだ。な、なあ。ここで会ったのも何かの縁だろ? どうだ? 俺もあんたたちの計画に加えてくれないか?」

  狐面の怪人アンバー・フォックスとテオドール、その奇妙な過去がイチの運命を更に予測不能な事態に運んでゆくのであった。