7話 「私は、ここにいる」 ハーフエルフを狩る者たち17
イチとメイメイは助けに現れたイルハによって縄をとかれ、死の運命から逃れる事ができた。
3人は応急手当のために一度プルシェニカが使っている部屋に移動する。
幸い、耳派はもうこのアジトを完全に放棄していたので安全に消毒の為の酒や止血の為の清潔な布を見つける事ができた。
それにしてもこの急場でイチを傷つけることなく、「フォークを使うよりも簡単だ」とでも言わんばかりにキリサキソウだけを切ってイチを解放したイルハの剣術は、流石若くして騎士の称号を授かり、剣で狼の階級まで昇りつめただけの輝きがあると言わざるを得ない。
それほどに見事な剣筋であった。
「イチさん………これはひどい」
イルハはボロボロ傷ついたイチの身体を見て顔をゆがめた。
イチの身体は茨による無数の切り傷、蔦の締め付けによる皮膚の変色、そしてなによりも乳房と下半身にから咲いた花で見る影もない。
「痛っ…………冒険者をやってればこんなこともあるさ」
イチは自分で自分の身体を確かめた。
動く分には問題ないが、流石に傷を負いすぎた。
常に痛みを感じ、それはイチの気力と体力を削ってゆく。
しかも植物は彼女の肉に直接根を張り、外科的な手術でなければ取り除くのは難しいだろう。
「流石にこれは傷跡がのこってしまうかもしれないな」
イチはイルハに借りたナイフで身体から植物の茎を切りながら力なく笑った。
冒険者でありながらも年頃の女の子でもある。
やはり、自分の身体は綺麗なままにしたいという人並みの願望はあるのだろう。
半裸で下半身に植え付けられた勿忘草を刈り取っていると段々惨めな気持ちになってきた。
それでもめげず、身体に布を切り裂いて作った簡易包帯を巻き終わると気になったことを口にした。
「しかし、なぜイルハがここにいるんだ?」
確かにイチはイルハにスウィートバウムに戻るように言ったのだが。
「イチさんの実力は良く知っていますが、どうしても気がかりになってしまい馬車に引き返してもらったんですよ。迷いましたが、どうやら正しい判断だったようですね」
軍隊や警察組織ならイルハの独断専行を責めるべきかもしれないが、イチは冒険者である。素直に感謝した。
「助かった。恩にきる。なぁ、メイメイ」
「え? ええ……。ありがとう。イルハ」
メイメイはどこかぼんやりとしていた。
「やはり友人と敵対することになったショックが大きいのだろう」、とイチは思ったが実はそうでないようだった。
が、それに気が付くわけもない。
「さて、これからどうしましょうか」
イルハはイチが一通り支度を終えたのを見て切り出した。
既にイチもイルハもメイメイから明日、耳派が激励祭を確実に襲撃すると聞いている。
イチにとって愛用のカーペイトや帽子がそのままだったのも幸運だった。
耳派にも処分するなりする余裕がなかったのだろう。
「そうだな。なににしても、某支部に報告する事が先決だが……」
イチは懐中時計を取り出した。
時刻は既に深夜の3時を回っている。囚われの身になっている間に思った以上に時間が経ってしまったらしい。
「今から馬車を探すのは、流石に難しいですかね」
イルハは顎に拳を当て考える。スウィートバウムは馬車で3時間足らずだが、今から馬車を探してもまともな馬車屋が見つかるかどうかは、よほどの幸運に恵まれなければならないだろう。
しかし、ちゃんとした乗合馬車や危険の少ない馬車屋が走り始めるのは早くても朝6時からだ。それも定刻通りに運航するなどまれで、スウィートバウムに着くのはよくても10時30だ
ろう。
「もし耳派の狙いが激励祭のテロだとしたら、開会式が10時だからな……」
イチは「むう」と唸った。
もちろん耳派が開会式と同時に襲撃を仕掛けるとは限らないが、それはいくらなんでも楽観論が過ぎる。
それに、某支部に状況を報告して緊急で襲撃を防ぐ対策を講じるなら遅くても1時間前には某支部に到着したいと思うのは当然の事だろう。
「そしたら、まずは馬車屋を探そう」
「しかし、良い馬車屋が見つかるでしょうか」
イルハは不安げな顔をした。
インダスバウムの馬車屋、特に深夜の馬車屋が油断ならない連中だという事は記述した。イルハはそれを心配している。
「悪い馬車屋にあたったら、こっちも悪い冒険者になるのはどうだ?」
そう言いながらイチはカーペイト15式の動作を確認した。
銃に問題はないようだった。
「まさかイチさん、馬車ジャックをお考えですか!?」
つまり、イチはもし雇った馬車屋に不審な動きがあればその場で馬車を奪ってしまおうと言うのである。
無茶苦茶ではあるが、イチとイルハ、そしてメイメイがいればそのくらいは容易だろう。
「もし普通の馬車屋なら何も問題はない。リスクはあるが、急を要するからな」
イルハは少し悩んだが、結局それ以外方法はなさそうだ。そうと決まれば迷いを断ち切るのがイルハである。拳を握って同意した。
「よし! イチさんさえ動けるなら早速行動を開始しましょう」
イチはまだ身体を動かすたびにズキズキとした痛みを感じていたが、なにしろ時間が惜しい。
カーペイト15式をガンベルトのホルスターに収めるとメイメイに向かって言った。
「メイメイ、戦闘になる可能性もある。装備を整えに一旦ホテルに寄って装備を整えよう」
メイメイの冒険者装束と銃器はイルハとイチでホテルに運び込んである。流石に今のままでは戦力として数えられない。
そう思ったのだが、
「私、いかないわ」
「メイメイ!」
メイメイの言葉にイルハは怒鳴った。
そもそもこんな状況になったのはメイメイのせいではないか。
それなのに戦いを放棄するなどと、彼女の騎士道精神から考えても許容できない。
しかし、
「いいんだイルハ。メイメイの好きにさせてやろう」
イチはなんとはなしにプルシェニカとメイメイの間にまだ友情がある事に気が付いていた、それは自分の傷とメイメイの傷の具合を見れば明らかであった。
そもそも、プルシェニカのメイメイに対する友情があったからこそイチも偶然助かったようなものである。
「だが、本当にいいんだな? メイメイ」
イチはある種の覚悟を求めるような視線をメイメイに向けた。
何故かイチにはメイメイの判断に、言葉では説明できない悲壮な決意のようなものを感じたのだろう。
「私は、ここにいる」
メイメイはプルシェニカが普段使っているだろう机に向かって座ると、イチから顔を逸らしたまま答えた。
「そうか。わかった」
頷くと、イチはコートのポケットからふたつあるホテルの鍵の一方を投げてメイメイに渡してやった。
「気が変わったらホテルで待っていろ。行こう、イルハ」
イルハは納得のいかない顔をしていたが、イチがそう決めたので渋々といった形でその場を後にする。
ふたりがいなくなった部屋で、メイメイは一度プルシェニカの机から見つけたものを再び懐から取り出して広げ、それを見て机につっぷして泣いた。
それは過去にプルシェニカとメイメイがこの孤児院にいた時に何遍も眺め何度も憧れた物語、『ジェイムズ冒険記』の挿絵であった。
プルシェニカは冒険者を憎悪しながらもメイメイとの思い出だけはとうとう捨てきれていなかったのである。