7話 「その友達がアリスを殺したかもしれないんだよ!」 ハーフエルフを狩る者達10
メイメイの言葉にその場が静まった。
イルハは事態を飲み込めずに明らかな戸惑いの表情を浮かべ、イチは思わず瑠璃色のベレー帽を被りなおした。
「友達……?いったいどういうことなんだ?テロリストが友達だったって言うのか?」
言葉の意味は理解できるがとても信じられず、イチは思わずオウム返しのように意味の薄い質問をせずにいられなかった。
「そうだって言ったでしょ!?プルシェニカが……、私の友達がテロリストだったって言ってんのよ!」
メイメイはグチャグチャになった感情を言葉に変えてすべての経緯を話した。
自分が孤児院で育った半生、同じ孤児院で幼少期を共に過ごしたプルシェニカの事、公園での再会、そして残酷な真実がわかるまで。
イチもイルハも言葉を失いただメイメイの話を聞いていた。
涙が混じったメイメイの声を聞いているだけでも辛かった。
そしてメイメイはいつもの勝気な性格からは考えられないような弱弱しい声で言うのだ。
「ねぇ、ちょっとだけ……ちょっとだけでいいから待ってもらえないかしら?」
「ちょっとだけって、メイメイ、どうする気だい?」
イルハは困惑した。
メイメイは時間をくれという。
待てば事態が良くなるというならばいくらだって待てば良いが、とてもそうは思えない。
「話して、馬鹿なことはやめてって言う」
消え入りそうな声でメイメイは呟くように言う。
「馬鹿な!」
イチは叫んだ。
「話してわかるもんならテロなんかするか!?そのくらいわかるだろメイメイ!!」
「なによ!!話してみないとわからないでしょッ!?」
メイメイも激高した。
イチ達が冒険者ギルドに情報提供をすれば恐らくすぐさま強行捜査隊が組織され、時期を考えると速やかに旧孤児院に派遣されるだろう。
そして冒険者ギルドとプルシェニカらが衝突すれば恐らくプルシェニカ達は殲滅されるか、全員捕らえられ裁判にかけられ間違いなく極刑に処されるだろう。
そんなことは到底受け入れられない。
「18年も会ってなかったんだろ!?とっくに別人になっているって、どうして考えられない!?」
「なによ!!まだ18年だけじゃない!!」
メイメイにとっての18年はイチにとっての6年である。
6年を短いと考えるか長いと考えるかは人次第ではあるが、あなたはどうだろうか?
「いい加減にしろメイメイ!わがままを言うとぶん縛ってでも黙らせるぞ!!」
イチはメイメイを高く評価していた。
事実メイメイは同族のハーフエルフの中で抜きんでて冒険者の素質があり、イチは普段なにか冒険があればメイメイを連れて行きたがった。
だからイチはメイメイの子供じみた主張に戸惑い苛立った。
しかしイチはしばしば忘れているが、メイメイは36歳とは人族にすればまだたったの12歳の子供なのだ。
その歳の子供が大事な友達の命を天秤にかけなければならない状況がいかに過酷かは想像に難くなく、むしろイチ達に正直に状況を報告したこと自体、出来すぎていると言ってあげるべきだろう。
かたやイルハはふたりの口論に挟まれ言うべき言葉を探すことしかできない。
「友達なのよ!?記憶のないイチにはわからないわ!!」
「その友達がアリスを殺したかもしれないんだよ!わからないのかメイメイ!?」
「いい加減にしてください!!」
ついにイチかメイメイどちらかの手が出るかという既のところでイルハが涙交じりの声で怒鳴った。
「仲間同士で言い合いをしても何も始まらないじゃないですか!」
見るとイルハは涙ぐんでいる。
育ちが良い彼女は今まで人同士の諍いを目の当たりにすることがなかったのだろう。
普段軽い喧嘩こそすれど生の感情を剝き出しにして言い争うふたりに激しいショックを受けてしまったようだった。
「……すまん」
イチは流石に冷静になりイルハに申し訳なく思った。
メイメイはまだ興奮した様子ではあるが、少なくともこれ以上の口撃をする気はなくなったようだ。
暫し気まずい沈黙が続いた。
だが、イチの頭の中にはある考えが閃いていた。
「冒険者ギルドと取引をしよう」
メイメイもイルハもイチの言葉に驚いた。可否を考えるよりもまず、取引という発想自体なかった。
「前に一緒に依頼を受けた冒険者が訳ありで、ギルドへの情報提供の際に交換条件を出していたことがある」
イチの記憶ではその冒険者は仲間が無実の罪で矯正施設に収監されてしまい、賞金首の情報提供をする報酬として金銭の代わりに仲間の釈放を要求した。
即時の釈放こそ認められなかったものの、刑期の大幅な短縮が認められたと聞いている。
「流石に完全に見逃される事はないだろうが、それでも極刑は避けられるはずだし、その友達が耳派と関りが薄ければ刑期だって長くないはずだ」
「そうだ!それがいいですよ!ハーフエルフなら刑期も人族より短く感じるはずですし!」
イルハは顔を明るくさせたが、メイメイは複雑な表情をしていた。
なるほど、イチの言うことには説得力がある。しかしそれはメイメイにとっては聞いた話でしかなく、友人の命を賭けるに足りうるかどうか。
「メイメイ。私には記憶がない。友人と呼べる者は少ない。だからもしかしたら、君の気持を正しく理解はできていないかもしれない」
そう前置きを置いてイチは自分の気持ちを話し始めた。
普段、思ったことをそのまま伝えるのが苦手な人物なのでどうしても詰まりながら、それでもゆっくり思いを話す。
「____勿論、冒険者として依頼を遂行したいという気持ちもある。しかし、それ以上に友達として君に危険なことをしてほしくないんだ」
メイメイに説得に向かう事を許したとして、説得に失敗すれば最悪メイメイの冒険はその場で終わる。友人としてイチはそんな事を許すわけにはいかない。
「……そうね。わかったわ」
イチの言葉がメイメイに響いたか、メイメイはイチの言葉に同意する様子を見せた。
世間には友人が友人に語るときだけに見せる表情や声の調子がある。メイメイのような性質の者には感情に訴えかけたほうが受け入れられやすいのだろう。
「……よし。そうしたら行動を急ごう」
イチは行動の遅れがメイメイの迷いを招くのを警戒していた。冒険者ギルドにたどり着いたらメイメイに旧孤児院の見取り図を書き、耳派の情報を証言してもらわねばならない。
「具体的にどうしましょう?誰かアジトの監視に行きますか?」
イルハの質問にイチは少しだけ考えた。
一瞬、イルハか自分を旧孤児院の周囲に監視の為に待機させることも考えたが何か予想外のトラブルが起きるリスクを考え頭の中で否定した。
「いや、馬車を借りて全員で向かおう」
「なるほど、そうしたら荷物は置いていきますか?」
「それが良いだろう。最低限の武装だけで十分だ」
「わかりました」
イチは行動の方針を示した。ただ馬車を借りてスウィートバウムの冒険者ギルドに報告するだけだが、インダスバウムがこういう街である以上色々なリスクが潜んでいる。
「メイメイ、着替えないのか?」
イチはメイメイに着替えようとしていないのが気になった。
念のため来るときにイルハと協力してメイメイの赤い冒険者装束と魔道ショットガンを運び入れている。
流石に風呂に入って髪を直している暇はないだろうが、せめて着替えれば良いのにと思っている。
「服に臭いが移るわ。それにこのままのほうが事情も説明しやすいでしょう?どうせ戻ってくるんならこのままでいいわ」
「そうか」
イチはこの時、行動を急いでメイメイの事をもっと考えなかった未熟さを後に後悔することになる。
インダスバウムでしかも夜なので最低限まともな貸し馬車を探すのも運がいる。イチが焦る気持ちも理解できるのだが……。
◆
ホテルを出たイチ達は貸し馬車を探す為に大通りに向かった。
現代のように夜でも手をあげれば停まってくれるタクシーはないので、この時代は夜に町から町へと移動するためには馬を借りるかメインストリートの馬車屋が集まっている場所で馬車屋と値段や距離などを交渉しないといけない。
インダスバウムの馬車屋は曲者ぞろいで、特に夜ともなれば法外な値段を脅し取られたり目的地に向かうはずが野盗の隠れ家に連れていかれる事さえ起こりうる。
イチもイルハもどちらかというとこういう交渉事は不得手なので、なんとかひとまず納得して金を出せるだけの馬車屋を見つけるまでにやや時間を要した。
選んだ馬車屋の鳥人族の男は夜間だけ仕事をしている専業の馬車屋で、それだけに値段は安くないものの信頼できそうだった。
馬車は他より小さめの馬車で、大人2人が乗ればそれだけでほとんど一杯になってしまう。その分、長距離移動の際に速度が維持でき、尚且つ野盗に狙われにくくなるらしい。
問題はメイメイをどうするかだった。
「イチさん、我々が詰めればギリギリでメイメイが乗れそうですよ」
馬車の内装は長椅子が乗客同士向かい合う形に設置されている。
イルハの言う通り、2人が奥に詰めれば床に座る形だがメイメイも乗り込めるはずだ。
イチは頷くとイルハと協力してメイメイが座るスペースを確保した。
「さあ、メイメイ。ここに座れるぞ」
この時にメイメイがとった行動は実に幼稚な行為で、彼女の幼さが故であろう。
「イチ、イルハ……」
メイメイは悲痛な声を出した。
「やっぱり私、プルシェニカを裏切れない!」
そう言うとメイメイは外から馬車の扉を閉めてイチとイルハを閉じ込めてしまったのだ。
「メイメイッ!!」
狭い馬車だったのでイチも動き出しに時間がかかり、飛び出した時には既に距離をとられてしまい、追いかけたものの結局小柄なメイメイにイチ達では入れない建物と建物の隙間に入られてしまい姿を見失ってしまった。
「イチさんどうしましょう!?」
「イルハはこの地図を持って冒険者ギルドに急いでくれ!」
イチはコートの内ポケットにしまっていた耳派のアジトが書かれた地図をイルハに渡した。
「イチさんはどうするんです!?」
「決まってる!メイメイを連れ戻す!」
メイメイが向かう場所は考えるまでもない。
土地勘を養うために町をうろついたおかげで地図がなくともアジトの場所は見当がつく。
「もし、もしメイメイがアジトに入ってしまったらどうするんですか!?」
「____わからん! その時に決めるだけの事だ!」
イチはイルハに「頼んだぞ」と告げると孤児院の跡地を目指して走り出した。
イルハは決断を迫られていた。
冒険者としてか、或いは騎士としてか。
だがこの時ばかりは容易には道を選ぶことが出来ず、イルハは自分が、そしてイチが果たして正しい道を選んでいるのかわからずしばし立ち尽くしてしまったという。
狂った貨車はレールから外れ、イチ達の歴史を混沌の中へと進んでゆくのだった。