7話 「わたしたちおんなじね」 ハーフエルフを狩る者たち8

  メイメイはプルシェニカに連れられて公園から少し離れた場所にたどり着いた。

  「メイメイ。この場所を覚えているわよね?」

  「忘れるわけないでしょ、大分変わってしまったようだけど」

  忘れるわけがない。

  そこはかつてメイメイとプルシェニカが育った孤児院の跡地であった。

  かつてあった「タコクナグル王立第3孤児院」は当時、魔王領への東伐の為に王が積極的に戦力を戦地に送り込んでいたために、前線に出る兵卒が生まれた子供を預けるため建てられた施設で、預けられた子供はここで将来的な戦力として見なされ幼い頃より軍事行動に関する教育を受ける。

  しかし、メイメイが4歳のころにタコクナグル王が失脚し穏健なリリエ女王が国王に就任した事で軍国主義が衰退。

  孤児院も軍事教育を廃止し、リリエ女王が推進した文化啓蒙活動の影響で歌やお遊戯などの文化的な教育方針に変わり、しかもノウハウもないまま方針が変わってしまったため、メイメイやプルシェニカはまともな教育を受けられないまま日々を過ごした。

  が、それは本筋でない。

  かつて孤児院であった場所はプルシェニカら自警団の住処となっていた。

  「今は私たち自警団が管理しているの。寝泊りもここよ」

  第3孤児院は過去の帝国時代に作られた小さな平屋の修道院であり、レンガで作られた赤茶色の壁に群青色の屋根をしたゴシックな建築物で、控えめに作られた鐘楼が特徴だ。

  神への信仰が弾圧された時期に宗教的意匠は全て剥がされており妖精の意匠へと変わっている。

  経年劣化の為にあらゆるところが補修されており、それが為にメイメイが見ていた外観とは大分変わっていた。

  ここであれば雨風を凌ぐには十分であろう。

  なるほど。プルシェニカが言う通り中に入ると彼女の仲間だろう。若いハーフエルフの男女や人族の男がメイメイを見ていた。

  彼らは路上生活者とは服や肌ツヤが違う。

  日々を過ごすのに十分な収入があるのだろう。

  はじめ彼らは警戒した様子だったが、プルシェニカが嬉しそうに話す様子を見て警戒を解いた。

  しかしメイメイが気になったのは至る所で植物を育てていることだった。

  「普段は花を売っているの」

  「そうなのね」

  メイメイはややぼんやりとして頷いた。

  この時、メイメイが幼少期に離れ離れになったプルシェニカが魔法の才能に目覚めていた事を知らない。

  彼女がここを出されてすぐに孤児院は移転し、その後診療所やホテルなど変遷はあったがいずれも上手くいかなかったらしい。

  「来て。私の部屋に案内するわ」

  プルシェニカは自分の部屋へとメイメイを招いた。

  「ここ、覚えてる?」

  「勿論よ!懐かしい!まだあのカビの臭いが漂ってくるみたい!」

  悪戯っぽく笑って聞くプルシェニカの問いかけにメイメイも釣られて笑った。

  そこはかつてメイメイが来客者の子供と大喧嘩をした時に懲罰として1週間閉じ込められた部屋で、なんでもかつては発狂した王の落胤が幽閉されていたとか、悪霊が巣くっているなどと伝えられており、当時は気味悪がって誰も使っていない部屋だった。

  メイメイが閉じ込められた時は窓もなく、部屋にはカビたベッドと便壺しかない部屋だった。そんな部屋でメイメイは毛布だけを与えられて孤独やひもじさに耐えなくてはならなかった。

  今では改築されて窓もつけられ、質素だが女の子らしい部屋になっている。

  「あの時、プルシェニカが夜中にこっそり話し相手になってくれなかったら、私さみしくて死んでいたわ」

  当時メイメイはまだ人族に換算して6歳だったので、その年頃の子供が外部との接触を断たれ、牢獄のような部屋に閉じ込められる恐怖と孤独は推して知るべきだろう。

  「あの時からあなたは私の誇りよ」

  プルシェニカは不良少年たちに服を破られたメイメイの為に毛布を貸してやった。

  「ありがとう」

  「一緒にお風呂に入りましょう。髪を洗ってあげる。後で私の服をあげるわ。お古だけど」

  メイメイは嬉しかった。かつて離れ離れになった親友が立派に成長し、しかも彼女は自分に何があったか一切詮索しないのだ。あの時の優しさと正義の気持ちは変わっていない。

  メイメイは嬉しかった。

  プルシェニカであればもしかしたら自分の調査にも協力してくれるかもしれない。

  そう思いかけた時だった。

  部屋の戸を叩く音がした。

  「入りますよ。プルシェニカ」

  一拍置いてハーフエルフの少年が顔を出した。

  灰色の髪を短髪にしたハーフエルフの少年で、人族で言えば歳は18歳かそこらだろうか。

  「ヘルゼルペイタ、ごめんさい紹介が遅れたわ。この子はタオ・メイメイ。ここで一緒に育った大切な友達よ」

  「そうでしたか」

  ヘルゼルペイタはメイメイを見て微笑んだ。優しい微笑みだったが、どこか困っているようにも見えた。

  「ねぇ、お願い。この子をここに住ませてあげて」

  しかしヘルゼルペイタは首を横に振った。

  「残念ですが、なりません」

  「どうして!?」

  プルシェニカは顔色を変えた。ヘルゼルペイタが仲間のハーフエルフを、しかも自分の親友を追い出そうとしているのだ。

  そんな事を受け入れるわけにはいかない。

  「今は大切な時期です。わかるでしょう?」

  ふと、ヘルゼルペイタの目の色に冷徹な色が混じったのをメイメイは感じた。何か外部の者には言えない事があるらしい。

  「そんなのって……ないじゃない」

  インダスバウムは決して安全な街ではない。

  現にタオ・メイメイはプルシェニカの助けがなければ悲惨な最期を遂げていたかもしれない。

  プルシェニカはなんとしてもメイメイと離れたくなかった。

  「わかってください。プルシェニカ。……ですが無論、良い時期になったらその限りではありません」

  ヘルゼルペイタとしても同じハーフエルフの、しかもプルシェニカの親友を無下に扱いたくはなかった。

  なので妥協案を提示した。

  ヘルゼルペイタの言葉にしばし逡巡したプルシェニカだが、遂にヘルゼルペイタの言葉を受け入れた。

  「そうね。そうよね。……けど、少しだけ時間を頂戴!こんな破れたぼろ切れで外にはいかせられないわ」

  「……そうですね。後でパンを持って いきます。きっとお腹も空いているでしょうから」

  プルシェニカは悲しそうにメイメイに向く。

  「ごめんさい。今はダメみたい。けど、きっとそのうち迎えに行くから」

  「すみません。本意ではないのです。わかってください」

  ヘルゼルペイタも申し訳なさそうな表情を浮かべた。その心に偽りはないように見える。

  「……いいの。大丈夫よ。この町での暮らしは慣れているわ」

  メイメイも残念だった。残念だったが優しく正義感の強いプルシェニカが意見を曲げてまでそう言うのだ。何か事情があるのだろう。

  気丈に笑って強がりを言ってやった。

  「ごめんなさい。後で一緒に橋の下に行きましょう。知り合いに話をつけておくわ。そこにいれば安全なはず」

  「それがいいでしょう。しばらく辛抱してください」

  それから二人は居間の暖炉にあたりながら孤児院時代の思い出話をした。メイメイの敗れた服を縫っている間の短い時間だったが、それでも二人とも束の間の安らぎを感じていた。

  ヘルゼルペイタが持ってきてくれたパンは決して柔らかくはなかったが、優しい味がした。

  ◆

  孤児院を後にしたふたりは橋の下に向かった。

  雨を防げるこの場所は路上生活者の中でもある程度力のある者の縄張りになっている。

  プルシェニカは彼らに顔が利くようで、メイメイに危害が加わるような事があれば承知しないと脅しをかけた。

  彼らはみなプルシェニカを畏怖していたので、メイメイの安全はある程度保障されたと思って良いだろう。

  「ありがとう。ありがとう、プルシェニカ」

  メイメイは月あかりを受けて紫に輝く汚染された川を背にプルシェニカを呼び止めた。そして、プルシェニカに自分の目的を伝えようと口を開いた。

  「「あのね」」

  ふたりは同時に同じ言葉を発した。

  髪の色や目の色は違えど、まるで鏡映しのようで、二人は思わず笑ってしまった。

  「わたしたちおんなじね。先にどうぞ、プルシェニカ」

  「それじゃあ、お言葉に甘えようかしら」

  くすりと笑うプルシェニカ。

  この時、もしメイメイが先に言葉を紡いでいたら未来はどう変わっていただろうか。歴史に「もしも」がないにしろ、私たちはいつも過去の悲劇に思いを馳せないわけにはいかない。

  プルシェニカはその愛らしい顔に希望に満ちた笑み浮かべながら、こう言うのであった。

  「私たちと一緒に冒険者たちと戦いましょう。あなたをきっと耳派の仲間に迎えてあげるわ」