7話 「あの子は未だに簡単な手紙すら書けないんですよ」 ハーフエルフを狩る者たち5
その後、イチとイルハはメイメイとの待ち合わせ時間までインダスバウムを簡単に見て回る事にした。
観光というわけではない。
この街で調査をし、有事の際に迷いなく行動できるように最低限の地理を覚えておきたかった。
とはいえ限られた時間で街の隅々まで回るわけにはいかなかったので、なんとなくの地域を確認する程度に留まった。
イルハが普段、冒険の時に騎士の証として身に着けているプレートメイルは流石に目立ちすぎるのでホテル・オツカに置いてきたが、イチはいつもの冒険装束のまんまでガンベルトに愛用のカーペイト15式拳銃を差している。
はじめイルハはこの街でいかにも冒険者らしい恰好をするのは目立って良くないのではないかと思ったが、街中で冒険者らしき恰好をした者をそれなりに見かけた。
ならず者の少なくない街なので自然と冒険者も集まりやすいのだろう。
ただし、階級章を与えられていない駆け出し冒険者が大半だった。
イチはある程度この街の事情を知っていたので冒険者の恰好をしても階級章を外して駆け出しを装ってしまえば特に目立たない事を知っていたのだ。
ただし、見る者が見れば身に着けている装備や立ち振る舞いで階級を偽っている事がバレてしまうだろうがこの時のイチはまだ未熟でそこまで偽装は考えていなかったようだが。
街を少し散策している間にふたりは手ごろな飯屋で食事を摂ることにした。
この町では肉や魚、芋を油で揚げる料理が主なのは前述の通りだが、それは単に鮮度が良くない生鮮食品を安心して食べる為の工夫である。
この町では飯屋も二極化していて、上等な店は不相応に高いくせに出てくる物もたいして美味くない。
屋台や小さな店のほうが当たりを見つければそれなりに食事を楽しめる。
ふたりはメインストリートでひとまず賑わっていそうな店に入った。
そこはこの街に無数にある屋台と食堂を合わせた土壁の店で、客のコボルト族の男が何か美味しそうなものに齧り付いていた。
それは薄く焼いた小麦の生地で揚げたジャガイモと甘く炒めたひき肉を巻いて食べる料理で「ケババ」というらしい。
辛みのあるソースをかけて食べるのだが、油っぽい事を除けば悪くない部類の味だった。
たまたま空いているテーブルがあったので、ふたりは奇妙に酸っぱい紅茶を一緒に頼んで遅めの昼食を摂ることにした。
店内は蠅が多く、ケババごと蠅を食ってしまわぬよう気を付けなければならない。
ところでイチという少女は意外と食いしん坊で、各都市各町の料理を楽しむことを冒険の楽しみのひとつにしている。
____むむっ!思った以上に甘いな!これは砂糖の甘さじゃなさそうだな。しかし、ニンニクの効いた辛みのあるソースのおかげか不思議と調和して食べれる。毎日食べたい味じゃないけど、半年に1度食べたくなるような味ってとこかな。
このようにイチは頭の中で今で言う食レポのような事をしていた。
まだこの時代、食に関する雑誌などはあまり流行っていなかったが彼女はこっそり自分が各地で食べた料理に関する日記をつけていたりもする。
いつか機会があれば紹介したい。
「うへぇ、これはなかなか重いなぁ……」
しかし、イルハはケババが舌に合わなかったのか顔をしかめた。
彼女はあまりこういった油っぽい食事に慣れていなかった。
イルハは北の都市デーニズの出身で、良い肉が採れる村で育ったので変に脂っこくしなくても塩を振るだけで十分に美味い肉を食べて育ったため舌が肥えていたためだろう。
「イチさん、よく美味しそうに食べれますね。僕はちょっと口に合わないや」
「そうか?そこそこいけると思うんだがなあ」
イチは過去に文字通り裸で山の中に放置された経験がある。その時に食べられる物はなんでも食べていたので大体の料理は美味しく食べられる。
「こういのはな、ちょっと齧ったら紅茶で溶かすようにして食べるんだよ。そうすると油っぽさが気にならない」
イチの言葉通りにしてみると、なるほど、確かに嫌な脂っこさが軽減されてイルハは感心した。
「しかし、メイメイはこんな街で育ったんですね……」
二人は食事を済ませ、しばし落ち着く事にした。
イルハはケババを食べきれず少し残してしまった。
「それ、食べないなら貰っていいか?」
食い意地の張っているイチに半ば呆れながらイルハは「どうぞ」と答えた。
「こんな街、とは随分だな」
イチは苦笑しながら答える。
「だって、そうじゃないですか。イチさんの考えはわかりますが、なんて言ったらいいのかな。メイメイがもっと別の環境で育っていたらと思ってしまうんです」
「別の環境?」
「だってそうじゃないですか。少し見て回っただけでもハーフエルフの乞食を見かけました。メイメイがどんなふうに過ごしたか考えると可哀そうだなって」
「ふむん、そうか」
イチはイルハの物言いに戸惑った。確かにこのインダスバウムは幼少期を過ごすには恵まれた環境の街とは言い難い。しかしイルハの言葉を真っ向から否定する気はないが、それでも他人の人生を勝手に憐れむのは少し違うような気がしたからだろう。
「僕は正直、たまに思うんですよ。もしメイメイがもっと良い街で育っていて、ハーフエルフじゃなかったらとっくに狼の階級になっていたのにって」
「それは、」
言いたいことはわからないでもないがあまり良くない物言いじゃないだろうか、とイチは思った。メイメイが自分の出生についてどう思っているかは知らないが、アイデンティティに関わる問題に容易に言及して良いのか?
イルハとてハーフエルフに対して別に差別的な感情があるわけでなく単に彼女なりにメイメイの事を思ってのことなのだろう。
しかし、どうしてもそこにハーフエルフという種族に対する蔑みがないようには感じられなかった。
そして心の内に閉まっていたその感情がこの街を歩いているうちに刺激され、まるで咳のように思わず口から出てきてしまっているのではないか。
「ハーフエルフでも立派な冒険者はいるんだ。あまりそういう風に言うもんじゃない。メイメイがハーフエルフだろうが、そうじゃなかろうがどっちだって良い話じゃないか」
「しかし、あの子は未だに簡単な手紙すら書けないんですよ」
イチはイルハの言葉にどう答えたものかわからなかった。
イルハの言うことは必ずしも間違っているとは言えない。
だが、言葉にしないほうがよい話もある。
お互いまだ若く未熟である。
バルティゴ連邦に確かに存在するハーフエルフの人種問題を論じ、前向きな議論に昇華させるには知識も哲学も足りていない。
「ここで話しても仕方のない事だよ。もう行こう」
イチは店を出ようとイルハに促した。これ以上議論を続けても何も良いことはないと判断したのだろう。
イルハも自分で言っていながらあまり良くない事を言ってしまったのではないかと内心で少し後悔を感じた。
「そうですね。すみません」
ふたりは立ち上がり店を出た。
店の外で片脚のないハーフエルフの少女が物乞いをしているのが目に入り憂鬱な気分にならずにはいられなかった。