7話 人間生け花 ハーフエルフを狩る者たち2

  バルティゴ連邦歴18年10月12日月の日、深夜、冒険者ギルドスウィートバウム支部(通称某支部)、死体安置室。

  この日、たまたまイチは深夜に冒険者ギルドの前を通りかかり、普段深夜は閉まっているはずの冒険者ギルド某支部の緊急窓口で何か騒ぎが起きているのを見て、首を突っ込む事にした。

  どうやら冒険者の何者かが無惨に殺害されたらしく、その遺体はひとまず地下の死体安置室に移されたとのことである。

  バルティゴ連邦内で冒険者ギルドは警察のような機能も持っていたので、変死体が見つかれば多くの場合は冒険者ギルドに一時的に安置されるのだ。

  狼の階級にいる冒険者であるイチはその姿を確認する事が許可された。

  ◆

  「___これは、ひどいな」

  無残な姿となって冒険を終えたアリス・ヨルゲンを見てイチは流石に言葉を失う。

  アリスの遺体は裸に剥かれ、赤白それぞれの花や緑の蔓が彼女の裸体を飾り付け、しかもそれは彼女の肉と皮膚を裂いて咲いていたのである。

  その姿はまるで女体を花器とした生け花であった。

  死して尚その柔らかさを保つクリーム色は乱れ、虚ろに開いたままの瞼は不自然なまでに輝きを失って濁り、身体中に絡みつく蔦や茨は血に塗れている。

  その姿は一種の頽廃的な美さえを感じさせるのだが、心の臓から突き出た茎に粗雑な紙が刺されており、そこには、

  「冒険者の犬、同胞を辱める者には無惨な死が訪れる」と下手な文字で脅迫めいた言葉が書されていた。

  「暴行の痕跡も、あったようです」

  某支部の職員であるモーリン・アッテナは残酷な事実をイチに伝える。アリスはどうやら単に拷問死しただけではないようだった。

  「___ひどいな」

  イチは気が付かぬうちに怒りで拳を強く握っていた。

  アリス・ヨルゲンは面識こそなかったものの、彼女の活躍は多少知っていたし、階級は下であったものの尊敬もあった。

  我々の生きる現代もそうであるが、ハーフエルフの出世は他の種族に比べてはるかに困難である。

  成長速度、学習速度に3倍の時間を要するのだが、かと言って結果が3倍になるわけではないし。

  社会学者の研究によると、ハーフエルフが希望した進路を進むには他の種族よりも9~12倍ほどの困難があるらしい。

  中途半端な長寿が彼らに重大なハンディを与えてしまっているのが現実であった。

  その中で山猫階級のバッチを手にし活躍を続けるハーフエルフの少女に、イチが尊敬の念を抱かないはずがなかった。

  「どうやら、耳派の仕業らしいですね」

  「耳派……」

  イチは耳派について「イカれたテロリスト集団」くらいの認識しかなく、その実態を知らない。

  彼らの社会に対する怨嗟は同情の余地がないわけではないのだが、そういった背景まで鑑みるには彼女はまだ若い。

  「反動集団め」と切り捨てるように言った。

  「アリスが、他の市民の目に広く晒される前に発見できたのは幸いでした」

  モーリンは何度かアリスに依頼を仲介した事があるし、彼女の生真面目な仕事ぶりに好感もあった。

  だからモーリンは少しだけ辛そうな瞳で彼女の乱れた髪を直し、その瞼を閉じてやると彼女の胸に掲げられた声明文をはぎ取って破り捨てた。

  「テロリストに対話は不要です。他の者にも緘口令を敷いています。アリスの死を、連中に利用はさせません」

  モーリンにはこのような凶行に及んだ耳派の思い描いている浅ましい画が想像できる。それだけに激しい怒りを感じていた。

  イチはモーリンの口調に冷徹な決意と怒りを感じ、首筋が痺れるような空気の緊張を感じていた。

  「信頼できる優秀な冒険者が必要です。暗々裏に賞金もかけます」

  皆までは言わぬが、イチにも手を出せと言っているのに等しい。今回イチがモーリンの目の前にいるのは偶然でしかないが、もし今日でなくてもどこかでイチに秘密裡に話を持ち掛けたと考えてもおかしくない。

  暗々裏と言うのは、耳派のテロ行為を完全に無意味にする為である。

  どうやら耳派テロリストは冒険者の勢力を削いで、特に駆け出しの新入り冒険者を減らそうとしている節があった。

  アリスの死に反応し、それこそテロリスト相手に交渉や和平を申し出ては相手の思う壺である。

  事を無かった物として扱い、秘密裏に不穏分子を処理するという対テロリズムの方針はこの時には既にあった。

  「私も手を貸そう。アリスを辱めた連中に、必ず落とし前をつけさせてやる」

  冒険者としての矜持がそうさせるのだろうか、はたまた単に人が好いだけか。イチは報酬の額や条件を聞き出すより先に自分も仇討ちのひとりに名乗り出た。彼女も冒険者という生き方の中で他の同業者にもある種の仲間意識が根付いていたのであろう。

  「……あなたのお仲間に、ハーフエルフの冒険者がいましたね」

  モーリンは少しだけ言葉に困っているようだった。モーリンはイチの仲間のハーフエルフの名前を知っていたのにも拘らず、遠回しに口を開いた。

  「タオ・メイメイの事か?」

  タオ・メイメイはイチの住んでいるルーナハイムという寮に一緒に住んでいるハーフエルフの少女で、年齢はまだ36歳と若いが山猫のバッチを手にしており、凄烈な勇気と人並み外れた悪運を持っている。

  イチは彼女とよくパーティを組み、過去には資本家の令嬢が誘拐された事件を共に解決した事もある。

  「可能であれば、協力を要請してください」

  「ハーフエルフにハーフエルフを狩らせるのか?」

  イチはモーリンの言葉に非難を示した。

  それはいくらなんでも悪趣味ではないか。

  「アリスには冒険者協会から耳派の動向調査の為にインダスバウムに派遣していました」

  「メイメイを囮にするつもりか?」

  イチはモーリンが全てを言う前に言葉を返した。

  多少はやとちりもあろうが、そういうニュアンスも感じられたのだろう。

  「そうではありません。彼女はあなたよりインダスバウムの事情に詳しいはずですから」

  どうやらアリス・ヨルゲンもインダスバウムの出身だったらしい。と言うより、単純にハーフエルフはインダスバウム出身の者が一定数いただけではあるが。

  タオ・メイメイも同じくインダスバウムの出身であった。

  「……声だけはかけてみる。本人がやりたがるかは別だがな」

  実際のところイチはモーリンの助言がなくてもメイメイに話を持ちかけてみるつもりはあった。

  彼女はイチと同じタイミングで利き腕を負傷し、仕事からしばらく遠ざかっていて収入が不足していたし、冒険者ギルド直接の依頼であれば彼女の実績にも繋がるからだ。

  「……詳しい条件などは後日、こちらの者を遣ってお伝えします。イチさん。期待、していますよ」

  モーリンはどこか事態の解決を急いでいるようであった。

  イチは後日開かれるはずの「駆け出し冒険者の為の激励祭」が控えている事を思い出した。

  このイベントは駆け出し冒険者を冒険者ギルドに定着させる為に企画されたもので、士気の高揚と冒険者同士の連帯を高めギルド所属冒険者数の安定を図る狙いがあるようだ。

  「激励祭が関係しているのか?」

  イチの質問にモーリンは小さく頷いた。頷き、しばらく沈黙したが、最後に口を開いてこう言った。

  「アリスは、良い冒険者でした。生きていればもっと活躍できたでしょう。私は元冒険者として、アリスの尊厳を奪った者を許せません」

  元々努めて感情を出したがらない女だっただけにイチはそのモーリンの言葉に情緒を揺さぶられた。

  「わかった。最善を尽くす」

  イチは珍しくモーリンに胸の中心を二度叩く冒険者式の敬礼で答え、その日は寮に戻ったのである。