第6話 冒険者達を次々飲み込む丸吞みシーサペント 丸吞みシーサペント大量発生事件8

  「イチさん!」

  ミュルガルデは倒れそうな身体にムチ打って立ちすくむイルハを押しのけイチの傍に寄ると、胸に耳をつけて心音を確認した。

  鼓動はまだ止まっておらず、呼吸だけが止まっている。

  ミュルガルデは躊躇する事なくイチの鼻をつまみ気道を確保させると、人工呼吸を試みた。

  数度の口づけを繰り返すと、イチが反射的に吐き出した海水がミュルガルデを汚した。

  ____水を吐いたってことは、大丈夫か。

  エルビアニカは過去に溺れた冒険者が息を吹き返す時に水を吐いていた事を思い出した。

  彼女の経験に頼るなら取り敢えずはイチは一命を取り留めたという事になるだろう。

  「み、みなさん。見てください! 大変です!」

  一同イチの容態を見守っていたが、イルハの恐れ慄く声にハッとして彼女の指差すほうを見た。

  「____こ、こいつは」

  エルビアニカは船上で他の冒険者達が乗る船の様子を見て言葉を失った。

  シーサーペントの群れが一斉に冒険者達の船に襲いかかり、ある者は甲板からシーサーペントに呑み込まれ、ある者は船そのものを転覆させられ水中で捕食されている。

  通常、シーサーペントは愚鈍な生き物で狩りも単独で行い、狼や獅子などのような集団での狩りを行う事はないはずであった。

  「いったい、何が起きてるっていうんだ……」

  しかし現にまるで統制のとれた軍隊のように海獣共は隊を組んで船の上の冒険者達に集団戦を仕掛けていたのである。

  ◆

  「火力が足りない! 陣形を立て直さなけりゃ全滅するぞ! 穴をカバーしろ! カバーだ! ………逃げるんじゃない!」

  冒険者スピナルドットは船の上で叫んだ。

  なにしろシーサーペントの群れは大型魔導漁船ヤーレン号に断続的に攻撃を仕掛け、シーサーペントの首を叩きつける攻撃により船体に損壊が出始めているのである。

  にも関わらず、彼の配下の冒険者達は慌てふためき効果的な反撃を出来ないでいた。

  既に散らされた仲間の数人がシーサーペントに飲み込まれて行方不明となっている。

  例え単純な陣形でも良いので一度体勢を整えなければ全滅さえ有り得る状況であった。

  さてスピナルドット、

  彼は人族の男で、まだ22歳と若く冒険者としても未熟であったが組織の運営能力に秀でた男でギルド内ギルドとも呼べる大パーティを作り上げた。

  このスピナルドットが後のスピナルドット機銃・砲兵連隊を率いる男となるのだがこの時の彼はただ単に人集めの上手いだけの男である。

  彼は30人の大パーティで今回の討伐大会に参加し人海戦術で優勝を狙いつつパーティメンバーの交流を図ろうとしていた。

  しかしながら今はキザに被った旧バルティゴ軍海兵隊の帽子と栗色の髪を整髪料で撫でつけた精悍な顔が焦りで歪んでいる。

  何しろ、既に参加した30人のうち姿が見えない者の数が10を超えている。

  船を動かす人員を考えると、これ以上の人員を損失すれば隊としては壊滅したと見做したほうがよい。

  ネンネ・スパチカとライ・ティライトもスピナルドットパーティに参加していた。

  彼女らは冒頭で一瞬出てきた若い冒険者の少女であり冒険者として目立った成果はまだない。

  当然ながらこのような事態に慣れているわけもない。

  スピナルドットの指揮が不味いというのもあるが、そもそも命懸けの戦闘に参加した経験がまるでない。

  2人はスピナルドットの声を無視し、甲板上で安全な場所を探し逃げ回り、その先でシーサーペントが浮上してきたのを見てはまた新たな場所を探して逃げる……という事を繰り返していた。

  既に2人とも目の前で仲間がシーサペントの肉柱に飲み込まれた瞬間を見ており、心の中から戦意は出て行ってしまい、代わりに怯懦が支配していた。

  彼女らは最近山猫階級になった駆け出しに毛が生えた程度の冒険者であったため、所持している銃もカーペイト回転拳銃の廉価モデルであり仮に火力に加わっていたところでシーサペントに有効な打撃は与えられなかったであろう。

  しばらく甲板上を滑稽にうろちょろしていた2人であったが、並んで走っている内に巨体のシーサペントが船に体当たりを仕掛け、船体が大きく揺れたので共に転倒した。

  転倒したうち、ライ・ティライトは無事であった。

  仰向けに倒れ頭を打ったが、なんとか上体を起こした。

  しかしその先に、下半身を飲み込まれたネンネの姿を見た。

  「ライ……ライ……た、たすけて」

  ネンネは甲板に乗り上げた小型のシーサペントに下半身を締め付けられながら、今にも泣き出しそうな顔でライを見つめていた。

  「ネンネ……」

  ライは泣き顔と不随意の笑いが混じったような奇妙な表情のまま何も出来ず膝を震わせている。

  「魔法で、どうにかできないかなぁ……?」

  しかしライの使える魔法は初級のマナアローと指先を光らせる魔法だけである。

  「む、無理だよ……なんとか頑張ってよ」

  ライの言葉を聞いた次の瞬間、

  「いやあああああああああああああ!!!」

  ネンネは肉柱の中に飲み込まれ、ライの目の前から姿を消した。

  ◆

  パルテルラットのパーティは魔導漁船イテコマシ号の上で見事な闘いを繰り広げていた。

  彼女らはスピナルドットらと変わって4人と数は少ないが少数精鋭で、誰もが無駄のない動きをしていた。

  「まったく、老いぼれに無茶をさせおって!」

  魔法使いカムリは齢62と高齢で、白く変わった長髪と長い顎髭を蓄えた人族の老爺であるが魔力に優れ、1度に多くの魔法を使いこなした。

  彼は魔導機関に動力を与えて速力を維持し、のみならず彼はマナアローを常に頭上に浮遊させ、浮上してきたシーサーペントから身を守る事も欠かさなかった。

  「まだまだ老いぼれるにゃ早いだろ爺さん!」

  スピネルはこの船の操舵手であった。

  「目が四つある」と噂された彼は空間認識能力が逸脱しており、現に今も縦横無尽な軌道で船を操りシーサーペントの攻撃を躱しながら、時折浮上してきたシーサーペントの頭に片手だけで小銃の弾丸を的確に命中させ攻撃を退けていた。

  「はっはっはっ! まさかこんな事になるなんて思ってもみなかったなピィピ!」

  パルテルラットは英雄型の人物で、この混沌とした状況にあっても豪快に笑ってみせた。

  彼女はライフル弾を発射できる大口径回転拳銃を撃ち、浮上し襲い掛かるシーサーペントの急所に鉛玉を叩き込んで退けている。

  「笑ってる場合じゃないよ〜、早く逃げないと〜」

  兎人族の少女であるピィピは『反射壁の魔法』で船に近づくシーサペントを幾度も退けている。

  これは、接触した物を反対側に弾き飛ばす見えない防御壁を展開する高等な魔法であった。

  パルテルラット隊は今大会の優勝候補であり確かな実力を持ったパーティであった。

  それを知ってか知らずか、シーサペント達は他の船よりもパルテルラットの船に集中して攻撃を仕掛けてきている。

  結果、戦うというよりは逃げる為に戦う形になった。

  英雄型のパルテルラットは豪快に笑っているが頭の中では残りの弾薬やピィピとカムリの消耗を計算し、一刻も早く安全な場所に逃げなければならない事を理解している。

  パルテルラットとしては可能であれば他の窮地に陥っている冒険者達の救援に回りたかったが、状況は自分たちの身の安全すら危うい。

  「ミラ! 危ないよ~!」

  ピィピはミラ・パルテルラットの意識の外から突如浮上し襲い掛かったシーサペントを見たが、咄嗟に彼女が得意とする『気を逸らさせる魔法』を発動させた。

  シーサペントはあと僅かでパルテルラットに喰いつくところで海鳥でも気になったのか空を向いて動きを止め、その瞬間にパルテルラット豪快な3連射が胴体を貫き巨体を仕留めた。

  「すまん! 助かったぞ! わははははははは!」

  「も~~、早く逃げようよ~」

  矢継ぎ早に訪れる窮地にもパルテルラットは余裕を保っていたが、このまま危機的状況が続けば4人揃って陸地に戻れるかはわからない。

  ____イチは、上手くやっているかな……

  ふと後輩のイチが気にかかったパルテルラットであるが、その時イチは生死の境から抜けたところであっただろう。