5話 スウィートバウム少女石化事件

  バルティゴ都市国家連邦歴18年6月13日土の日。

  冒険者の少女であるイチと、同じく冒険者でミノタウロス族の女であるミュルガルデはスウィートバウムの冒険者ギルド、通称某支部で悲惨な物を見た。

  「ひ、ひどい……」

  冒険者ギルドの本来は職員しか入れない地下の遺体安置室にイチとミュルガルデが通されたのは、ミュルガルデが目の前で石化しているミュウ・シャオティールの友人であったからだろう。そしてその付き添いとしてミュルガルデの友人のイチと羊人族のメェメ・ルウールも同行を許された。

  ミュルガルデとメェメは「ミュウちゃん、ミュウちゃん」と石像と化した少女に縋りついて何度も彼女の名前を呼んで泣いている。

  「これは、もう戻せないのか……」

  イチは隣に立っている某支部職員でありかつては冒険者であったモーリン・アッテナにそれとなく聞いた。

  イチの目線の先でミュルガルデとメェメが縋りついて泣いている石像は、冒険者装束に身を包んだ猫人族の少女の姿で、よほどの恐怖と苦痛を味わったのか顔は恐ろしく歪んでいる。

  どうやら何者かと戦ったのか、腕を振りかざした体勢で彼女の得物である短剣ごと石になっているようだった。

  「可能性はありますが……」

  モーリンはイチよりも冒険者としての歴が長く、かつて魔王大戦と呼ばれる大陸の西と東で天下を分ける大戦争に従軍した事もある。

  その際、石化の魔法を使う敵と戦った事もあるが、石化の魔法とは恐ろしい魔法であった。

  まず、石化する過程でとてつもない痛みと恐怖を味わう。

  無理もない、なにしろ肉や神経の一粒一本が徐々に徐々に石に変わってゆくのだ。運よく完全に石化する前に魔法の抵抗に成功した者が言うには「身体を薄く1枚ずつ輪切りにされるか、もしくは石臼で先から少しずつすり潰されるような最悪の痛み」と話していた。

  その痛みのなかで身体がピクリとも動かせなくなり、少しずつ身体が石へと変わってゆく恐怖は歴戦の冒険者であれ泣き叫んで助けを求めると言う。

  手足までの石化であれば大抵の場合、まだ体内のマナが魔法に抵抗している内に、魔法をかけた魔法使いが魔法を解くか死ぬかすれば元通りに戻るが、その時生きているかどうかは犠牲者の生命力次第だと言う。

  「ひどい事を…」

  イチはミュウが自分と年齢があまり変わらない事もあり強く同情し心を痛めた。そして何よりも友人を最悪な形で失うかもしれないミュルガルデの心を思うと胸が苦しくなった。

  「どいつの仕業だ。こんな事を」

  イチは悲しむと同時に激しい怒りを感じている。

  出来る事ならばこの手で始末をつけてやりたいとこの時思った。

  「最低限調査はしますが……結果は保障できません」

  モーリンは少し気まずそうに答えた。

  と、言うのもこの時代のバルティゴ連邦は多くの歴史家に夜警国家と非難される程の機能不全の法律が作られており、一市民に危害が加えられたところで連邦の大勢に影響がないと見做されろくに調査もされなかった。

  イチもその事を知らないではない。

  「ギルドで起訴するにも、被害者がひとりでは…」

  「わかってる」

  現代とは命の価値観が違う。

  ましてや冒険者の命である。

  当時の命の考え方はつまるところこうである。

  まず、連邦の存続に関わるような政治家や大企業の者……影響力のある存在に危害が加えられた場合、その加害者は危険視され、連邦法という国家を存続させるための法律で起訴され冒険者や軍によって捕らえられ刑罰を受ける。

  しかしながら、一市民、ましてや冒険者の命は多くの場合で重要視されず、仮にその命がある程度重要なものであれば残された者が冒険者ギルドを介して賞金をかけるか、起訴を要請すれば良い、逆に言えば残された者に顧みられない命であれば細事と見做し介入する必要はない。

  このような恐るべき倫理観が当然であった時代である。

  「この始末は、私たちでつける」

  イチは石化した友人に縋って泣くミュルガルデを見据え、青い瞳を怒りで輝かせ、呟くようにして言った。

  法が裁かないのであれば、自分達で始末をつける。

  これは冒険者としては自然な考え方であるし、イチは冒険者の自由を体現したかのような少女である。

  必ずミュウにこのような辱めを与えた者を捕らえ、ミュウを元に戻させる。

  そして自分達の手で断罪する。

  時期は梅雨である。

  最初降っていなかった雨が、いつのまにか降り始めていた。