第2話 解決編4 本日の腹パン会場 イチ、また失禁 スウィートバウム連続下着泥棒事件13

  ____メイメイ、油断しやがって!

  タオ・メイメイはイチのシュミレーション通りに動き、その制圧力を遺憾なく発揮したが、シュミレーション通りに動く事に気を取られる余り、奥の部屋から出て来た男の気配に気が付かなった。

  その肌が黒く縮れた髭の生えた人族の男ウィンフィールドは、タオ・メイメイたちが突入した際、小用を催し屋敷の奥の手洗いに行っていた為にタオ・メイメイの背後をとる事ができたのである。

  ウィンフィールドはブルーセラーノの雇った護衛の中でも手練れの闇冒険者だった。

  「おっと! 誰も動くなよ。銃を捨てろと言ったはずだ」

  イチは銃口さえ向けてさえいれば一瞬のうちに男の銃を弾き飛ばせるだけの事はできたが、鬼人族の銃を奪う為にしゃがみこみウィンフィールドに銃を向けるには2拍の間を要する。

  エルビアニカは青い顔をしてイチのほうに視線をやった。

  イチならともかくエルビアニカの射撃の腕では男がタオ・メイメイの頭蓋骨を吹き飛ばす前に男を撃ち倒す事は困難であったし、エルビアニカにもそんな自信はない。

  「そのハーフエルフを撃ってみろ。次の撃鉄を上げる前にお前の脳みそはこの世から消えてなくなるぞ。ブルーセラーノも今日で死ぬ事になる」

  せめてお互いが動けない状況を作ればヘルヒャンやイルハの援護で状況を変えられるかもしれないと思ったイチであったが、どうやらこの闇冒険者の男は場慣れしているらしく涼し気な表情を崩さなかった。

  「悪いが俺も早撃ちには多少自信がある。ひとつ言えるのは、お前らが銃を離さないんなら、このハーフエルフのお嬢ちゃんは間違いなく死ぬってことだな」

  タオ・メイメイは銃口を突き付けられたまま恐怖の為に少しも動けない。タオ・メイメイ自身の機転で状況を変えるのは誰が見ても不可能だ。

  ブルーセラーノも同じく震えていたが、彼は場の空気がイチ達に不利になっていくのを感じ、どうにかしてエルビアニカの隙を突けないかを考えている。存外に冷静ではあるらしい。

  「悪いが俺は考えるのが嫌いなんだ。あれこれ考えてると、もう知らねえ、全員撃ち殺しちまえば早いって気になってくる。そんな気になってくると知らない間に指が動いてても不思議はねえ。違うか!?」

  人族の男はイチ達の動揺を機敏に察知し、威圧的な怒鳴り声で発破をかけた。

  人数的にはイチ達が有利でありお互い人質を抱えている状況なので対等に思えるかもしれないが、命の質が違う。

  闇冒険者のウィンフィールドにとってブルーセラーノは単なる雇い主でしかないが、タオ・メイメイはイチ達にとって大切な友人であり仲間だ。ブルーセラーノの命と引き換えにするにはあまりにも重い。

  部屋の外ではイルハとヘルヒャンが異常に気が付き、内部の状況を察したが彼女らは彼女らで余計な動きをしてタオ・メイメイが撃ち殺されるのを恐れて動けないでいた。

  敷地の外のミュルガルデも何かが起きたのを察知したが、状況がわからないため信号弾の入った発射機を撃てないでいる。

  事態はたったひとりの男の登場によって一変してしまった。

  「ちくしょう、めんどくせえなあ!3秒まって銃を捨てねえならもう知らねえからな!いち!」

  「まて」

  「にい!」

  「わかった。捨てる。捨てるからメイメイを撃たないでくれ」

  遂にイチは根負けしてしまった。

  「ようし。銃をゆっくり地面におろして、こちらに蹴り飛ばせ。妙な気を起こしたらどうなるかわかるな? おい! そこの銀髪は銃をブルーセラーノ氏に渡すんだよ! それからそこの坊主! 剣を捨てて出てこい! こそこそ隠れてんじゃねえ男だろうが!」

  形成は逆転した。

  イチは言われた通りゆっくりと銃を下ろすと、変な気を起こさず素直にウィンフィールドに蹴って渡した。

  それと同時に今まで身を伏せていたオークション参加者の一人が割れた窓に向かい逃げ出すと、他の参加者も続いて逃げ出した。

  リビングの扉の影で様子を窺っていたイルハも、渋々剣を捨てて両手を上げて出て来た。

  エルビアニカも渋々ブルーセラーノに銃を渡したが、ブルーセラーノは銃を受け取るとエルビアニカをそのグリップで顔面を思いきり殴りつけた。

  エルビアニカは鼻をやられたのか「がっ」と短く悲鳴をあげると鼻から血を噴き出し倒れる。

  「あッ____!」

  仲間が殴られたのを見たタオ・メイメイは逆上しウィンフィールドに逆襲を試みたがウィンフィールドの鋭い拳骨をくらい地面に沈んだ。

  「メイメイ!」

  殴り飛ばされ地面に横たわるメイメイの身を案じて叫んだイチの肩に背後から手が載せられる。

  「よぉ」

  イチが振り向くとそこには赤い肌の鬼人が口から血を流して立っていた。それはイチが襲撃時に氣功弾で気絶させた男であり、ベーガという名前で、タトゥーの刻まれた太い腕をタンクトップから晒している。早くも気絶から立ち直ったらしい。

  鬼人は腕を引くと、振り向いたイチの腹をめがけて拳をめりこませた。

  「____ッ! ____げぇっ………はっ!」

  “く”の字に折曲がり、鳩尾に強烈な一撃をくらい呼吸が止まりかけるイチ。立っている事など不可能で、膝から崩れ落ちてしまうが鬼人はそのイチの腹を狙いつま先で蹴り上げた。

  「____ぐぇっ! ____ぐっ! ____あがっ! ____ごえ"っ! お"っ____」

  何度も何度も蹴り上げ、内臓をかき混ぜられたイチは苦し気に呻きながらなんとか自分の身を守ろうと身体を丸くするしかできない。

  「やめて! イチが死んじゃう!」

  イチを庇おうと鬼人に掴みかかろうとするタオ・メイメイであったが、鬼人の裏拳の一撃で吹き飛ばされて動かなくなった。

  鬼人は一度敵対した者に容赦をしない。当然、このままイチを蹴り殺すつもりだろう。

  「ベーガ! そのへんにしておけ! 殺す気か?」

  ウィンフィールドはベーガと違い、この後の事をきちんと考えている。まず可能な限り早くこの場を離れなければならない。

  何故ならイチ達が予備兵や増援を用意しているとも限らないからだ。

  ウィンフィールドはベーガがタオ・メイメイを殴り飛ばすのと同じタイミングで窓の外の空が一瞬明るく光ったのを見ている。

  敷地外で待機していたミュルガルデが信号弾を撃ったのだろう。

  増援の冒険者と事をかまえるくらいならこの場を離れたほうが良い。

  「そうだ。殺す。こいつは許さない」

  だがベーガと呼ばれた鬼人は頭に血が昇っている。

  ウィンフィールドに答えながらまたイチに痛烈な蹴りをいれた。

  「そうだ。こいつらはオークションを台無しにした。ただで済ますわけにはいかん」

  ブルーセラーノもベーガに同調した。ブルーセラーノはエルビアニカの髪を掴み上げ銃口を当てている。普段発揮できぬ凶暴性を発露させているのだろう。エルビアニカは何発も殴られたのか、顔に出来た痣が痛々しい。

  「どうするつもりで? 殺すんですか?」

  ウィンフィールドは面倒を感じながらも雇い主であるブルーセラーノの意向を聞く。

  ブルーセラーノは面白みのない男だが、賢い男であった。

  彼の中であるひとつの筋書が出来上がりつつあった。

  ここで簡単に当時の冒険者に関する法律をおさらいしよう。

  冒険者は依頼内・外に於いて仮の逮捕権を有する。

  連邦内の治安を乱す行為を行ったと見られる者を冒険者ギルドに連行する権利を持つが、起訴は冒険者ギルドが行う。

  もし仮にその逮捕が不当であった場合には冒険者に罰金などのペナルティが科せられる。

  逆に言えばこの場合、ブルーセラーノは某支部に連行されたら起訴は免れないであろうが、連行されなければすぐには起訴されない。

  無論、エルビアニカらが集めた情報や数々の証拠から最終的には当人不在でも起訴はされるが、冒険者ギルドが起訴をするにしてもそれには数々の手続きや書類、そしてなにより日数を要する。

  ブルーセラーノは考える。

  まず、襲撃をかけてきた冒険者の中の誰でも良いから拉致し拷問にかける。拷問にかけ冒険者自身の口から「ブルーセラーノが下着窃盗に関わっている事実はなく、邸宅を襲撃したのは誤りであった」と冒険者ギルドに行かせ証言させるのだ。

  無論、同時に弁護士や法律家を味方につけ冒険者ギルドの人間に対しても裏工作を進める。

  これが成功すればブルーセラーノは罰せられる事はない。

  無茶苦茶であるが、当時のバルティゴ都市国家連邦では可能な事であった。

  「こいつらには利用価値がある。別宅に連れて帰る」

  「ああ、そういうことで。しかし、ひとりしか連れていけませんぜ」

  数人を拉致してブルーセラーノの別宅に向かうのはリスクしかない。単純に動きが遅くなり目立ちすぎるからだ。

  「その金髪の娘がいい。そうすればベーガも収まるだろう」

  ブルーセラーノはイチの事を指さした。その先ではイチがゼェゼェと苦しそうに喘いでいる。既に顔中が涙や鼻汁、えずいた胃液でぐしゃぐしゃになり憐れみを呼び起させるが、ベーガが感じたのは嗜虐心だったようだ。

  「いいだろう」

  ベーガはそう言うとイチの頭を片手で掴むと宙に吊り上げた。

  「____ぐっ! ____あが………!」

  「よかったな。たっぷり可愛がってやるよ」

  そしてベーガは強烈なボディーブローをイチに放った。

  「____ごぽっ、え"あ"…………う"………げえええええええええ」

  イチは溜まらず胃の内容物を全て掃き出し、吐しゃ物が彼女の瑠璃色の冒険者コートを惨めに汚した。

  太腿からは小水がしたたっている。たまらず失禁してしまったらしい。

  イチは混濁する意識の中でタオ・メイメイとイルハ、エルビアニカの叫び声を聞いた。

  イチのバルティゴ都市国家連邦での冒険が今、終わろうとしていた。