むかーしむかし、とても大きなお城に住む、とても、恐ろしい野獣がおりました。
人々はそんな野獣を恐れたり、また興味本位で一目見ようと、お城を訪れました。
野獣は、そんな人々が嫌いでした。
なので、茨の道に呪いをかけ、人々を追い返しました。
誰も、絶対に、自分の城に入ってこられないようにしたのです。
野獣は孤独でしたが、もう、そんなものには慣れていました。
そんな、あるとても寒い、冬のことです。
「こっちには、なにがあるのかな」
小さな小さな男の子が、茨の道に迷い込みました。
いつもは人々に噛みつかんばかりに閉じようとする茨の道が、今日は、閉じません。
男の子は、小さな足で懸命に歩いていました。
やがて、大きな、立派なお城が見えてくると、男の子は、その美しさに一瞬、立ち尽くしました。
「きれぃ……」
男の子がお城の方へ向かおうとした時、茨に咲いていた薔薇が、まるでどうぞというように、男の子に差し出されました。
「おれに、くれるの?」
男の子は、ふわりと美しく微笑みました。
「ありがとう」
男の子が、プチンと薔薇を摘み取ったその時─。
「俺の薔薇に何をしている」
低く、地を這うような恐ろしい声が背後から聞こえ、男の子は飛び上がりました。
「ひゃっ」
そこには、ローブを深く被った、大きな人がいました。
男の子は野獣について知っていましたが、まさか目の前にいるのが野獣だとは思いもしませんでした。
男の子は、ふと手元の薔薇を見つめました。
薔薇は、主人から叱られたことに反応するように、小さくうなだれて見えました。
男の子はそっと薔薇をなでて、野獣にお願いしました。
「おねがい、ばらさんを、しからないで」
拙い言葉に、覚えたての単語。
野獣の胸が、何かを感じました。
でも、野獣はそれがなにか、まだ分かりませんでした。
「…薔薇を叱っているのではない。
お前を叱っているのだ」
野獣の言葉に、男の子は目をぱちぱちとさせます。
「ぇ、そうなの…」
そう言ってそっと薔薇をなでたあと、バッと勢いよく顔を上げました。
「ぇっそうなの、!?」
野獣は、なんなのだこいつは、と、思いました。
男の子はそう叫ぶと、急におろおろとしだし、お尻を、庇いました。
そんな仕草を見て、野獣は少しだけ、安心しました。
この子にはちゃんと叱ってくれる親がいるのだな、と。
「……うちに…「おねが、おしりぺんぺ、しないでぇ…」
ふえぇ、と泣き出した男の子に、野獣は小さくため息をついて、その頭をそっと撫でてやりました。
「いいか、ぼうや。
まっすぐうちに帰りなさい。
そして、もう二度とここに来てはいけない。」
男の子はしゃくり上げながら聞きました。
「なんでぇ、?」
「……ここはとても恐ろしい場所だからだ。」
野獣がそういうと、男の子はこてんとくびをかしげます。
「ここ、こわくないよ…
おうちのほうが、こわいもん…」
男の子の小さな声と怯えた瞳が野獣は気になりましたが、このまま保護することはできませんでした。
「…その薔薇は、やる。
だからもう帰れ」
そういうと野獣は、男の子に背中を向けました。
「まって、やじゅうさ…」
突然強い風がふき、男の子はたまらず目をつぶりました。
「……やじゅうさん、、?」
次に目を開けた時、もうそこに、野獣の姿はありませんでした。
「こんな時間まで、どこに行っていた!」
男の子が、寒い手をこすり合わせながら帰ると、出迎えてくれたのは、母親の怒声でした。
「ご、めんなさ…」
バチン!と音が響き、頬に衝撃が走りました。
男の子はふらりと体を揺らし、なんとか体勢を立て直しました。
「私は、お前のために畑仕事をしてやって、飯も食わせてやってるってのに!
この私に、心配を、かけやがって、!」
男の子は飛んでくる食器や、物から身を守るために、その場に座り込み、頭をかばいました。
「はぁ、はぁ、来い、!
今日はたっぷりお仕置きしてやる!」
ひとしきり物が投げられたあと、男の子は強く腕を引かれ、奥の部屋へと連れていかれました。
「っごめんなさ、かあさんごめんなさい、!」
やがて奥の部屋から、鋭い音と、激しい泣き声が響きました。
「この、役たたずが、!」
「ごめんなざ、ごめんなざいぃ、!」
「いつもいつも勝手に家を出て行って遅く帰ってきやがって!」
「う"ぇぇえ"ん、!」
ひとしきり、男の子のお尻を痛めつけた母親は、ふと、男の子が握りしめている薔薇に気が付きました。
「……おまえ…まさか…」
その母親は、野獣の噂を信じていました。
「……あそこに行ったのか」
男の子はさらなる罰を恐れて、口をつぐみました。
「どうなんだ、!」
母親は、恐れと、焦りで男の子の胸ぐらをつかみ、ゆすりました。
「わかんな…」
男の子はひたすら怯えて泣いていました。
「この……」
母親は怒りに震え、さらに激しく、男の子を虐待しました。
激しい音と鳴き声が響くこの家は、周囲から、野獣と同じくらい、恐れられていました。
「はぁ、はぁ、やじゅうさ…ふ、ぅぅ…やじゅうさん、!」
あの後、出ていけ、と追い出された男の子は、痛む身体で、また城に向かいました。
来てはいけない、といった野獣の言葉は、すっかり、忘れていました。
茨の道は最初のように男の子を迎え入れてくれました。
また薔薇を差し出した彼らに、男の子は断って、ゆっくりとお城の入口に向かって歩いていきました。
その頃、ゆっくりと湯船に浸かってリラックスしていた野獣は、自分の場所に誰かが入ってきたのを肌で感じ取りました。
野獣は、ほんの少しだけ、指を動かしました。
すると外の雪が激しくなりました。
これで帰るだろう。
男の子が来ているとは露知らず、野獣はまた湯船に身を沈めました。
トン、トン。
男の子は、そっと門をノックしました。
門は、男の子を見ると、すぐに扉を開きました。
男の子が中に入ると、大広間がありました。
男の子は大きな階段にしばらくほうけた後、ちらちらと左右を見て、右に進んでみることにしました。
右側に進むと、長テーブルに、所狭しと、美味しそうな料理が乗っています。
「っわぁ…!」
男の子は目を輝かせました。
とても美味しそうな食べ物たち。
その中のひとつに、男の子の手が触れそうになった時─
「何をしている」
野獣の声に、男の子はまた、飛び上がりました。
「ひゃぁっ」
「ここへは来るなと言ったはずだ。」
この時野獣は、ローブを身につけていないことを忘れていました。
男の子は野獣の姿に、とても驚きましたが、不思議と怖くはありませんでした。
野獣は、男の子をじっと見つめました。
泣き腫らした目。少しふらついている身体。
叱られたには叱られたのでしょう。
でも、何かが変でした。
「…腹が減っているのか」
男の子のお腹がなったのを聞いて、野獣は、一旦考えるのを辞めることにしました。
「座れ」
野獣の言葉に、男の子は野獣の顔を仰ぎ見ました。
「ほんとに、いいの、?」
野獣は、小さく頷きました。
男の子は、目を輝かせて、そっと食べ物に手を伸ばしました。
「こら、座れと言った」
野獣がそう注意すると、男の子はよいしょと椅子によじ登り、座って、もぐもぐと食べ始めました。
その食べ方は、少しだけ品がありました。
男の子が食べている間、野獣はじっと観察していました。
やがて、男の子の手首にアザができていることに気がつきます。
よく見れば頬も少し腫れているようでした。
これは、普通の家庭ではない。
野獣はそう感じました。
「ぁっ」
男の子は手を滑らせて、食べ物を落としてしまいました。
『この!』
野獣が拾おうと男の子に近づいた時、
「ひっ」
男の子は顔をかばいました。
「……怯えなくていい
俺は何もしない」
野獣はそういうと、食べ物を拾ってまた少し離れた席に戻りました。
「……叱られたか」
男の子がひとしきり食べたのを見ると、野獣は口を開きました。
「うん…
おしり、こんなになっちゃった」
「そう簡単に尻を人に見せるな」
野獣はそう言いながら男の子がぺろんと出したお尻を見て、絶句しました。
所々皮膚は切れ、血が滲んでいました。
叩いた、というより、殴ったような跡でした。
野獣は激しい怒りを押し殺しました。
「……ぼうや、名前は」
野獣の質問に、男の子は笑顔で答えました。
「たかかず」
𝓉ℴ 𝒷ℯ 𝒸ℴ𝓃𝓉𝒾𝓃𝓊ℯ𝒹…