その全てを愛させて

  「……貴和、?」

  「…ぇ…」

  「ぇ……」

  『ぇ』

  今、俺はかなり混乱している。

  昨日の夜は、いつもと同じように眠りについたはずだった。

  千秋さんの腕の中で。

  だけれど、朝起きたら何故だか小さくなっていた。

  声も高くなっている。

  「……これって、幼児化…?」

  「……どうなんだろう…でも、戻らなくていいよ貴和」

  「…は、?」

  千秋さんの目が謎にギラギラしてる気がするのは、多分気の所為では無いだろう…。

  何でそんなに嬉しそうなの…

  「可愛い…っ♡」

  「わっ、やめ…💦」

  抱き上げられて、抱き締められる。

  次いで頬にキスの嵐。

  「く、苦しいです…!」

  「幼い頃の貴和はこんなだったんだね」

  「ぁの、やめ…」

  「いつ戻るかは分からないけど、ずっとそのままでもいいよ」

  ニコニコ上機嫌な千秋さんに、俺は少しげんなり。

  「……まぁ、、そのうち治ると思います…」

  下ろしてと言うと、千秋さんは素直に俺を床に下ろしてくれた。

  まずは洋服を着替えよう!と千秋さんは電話一本で子供服を部屋に運ばせ、俺を着替えさせた。

  涼し気な格好になって、俺も少し嬉しかった。

  次に、千秋さんは俺を膝に乗せたまま、子供の時のお約束を決めた。

  ・敬語を使わない(その方が可愛いかららしい)

  ・出来るだけ千秋さんの視界に入る場所にいる(事故防止)

  ・刃物などは触らない

  ・無理はしない

  「ちゃんと守るんだよ?約束破ったら、小さくても…ね?」

  「っ……分かってま……ぅ、わか、った…」

  「うんうん、気付けて偉いね」

  俺は暫く千秋さんの膝の上に乗せられて、千秋さんの仕事を見ていたけど、やがて退屈してきた。

  「スマホ触っちゃダメですか?」

  「ん?敬語になってるよ」

  「ぁ、、ダメ…?」

  「……貴和、私の前以外で上目遣い禁止ね」

  「ぇ、……はぁ…」

  訳が分からず眉を寄せていると、千秋さんはようやくキーボードから手を離し、俺の頭を撫でた。

  「スマホのブルーライトが目に悪いからなぁ…」

  「じ、時間守れま…守れる」

  「本当に?」

  「は……ぅん」

  「フフ笑いつも敬語だから中々抜けないね」

  「…ごめんなさい…」

  「謝らなくていいよ。

  そうだなぁ……じゃあ、お昼までね

  そこで一旦預かるね」

  「はい、!」

  時計を見ると10時。

  お昼まではあと2時間もある。

  渡されたスマホで遊んでいると、夢中になっていたのか、気が付いたら千秋さんに頬を摘まれていた。

  「……ぃひゃぃ…」

  小さく呟くと、千秋さんは溜息を吐いて手を離してくれる。

  「何回も呼んでるんだけどな?」

  千秋さんの少しだけ怒ったような声に、俺は首を竦めて目を伏せた。

  「…ごめんなさぃ…」

  俯いてスマホを見つめていると、隣で千秋さんがしゃがんだ気配がして、手が差し伸べられた。

  「スマホ、預かるね」

  「はぃ…」

  落ち込みつつ手渡すと、優しく頭を撫でられる。

  そっと千秋さんを見上げると、困ったように笑っていた。

  「さ、お昼出来てるよ。

  折角小さくなったことだし、お昼はオムライス!

  ケチャップで何か描きたい?」

  「千秋さんに任せる…」

  俺を椅子に座らせた千秋さんは、鼻歌を歌いながらオムライスに絵を描いていく。

  出来たのは可愛らしいネコだった。

  「……可愛い…」

  思わずそう呟くと、千秋さんは嬉しそうに笑って召し上がれ、とスプーンを差し出した。

  「…いただきます」

  千秋さんは料理が上手だから、やっぱりこのオムライスもとても美味しかった。

  食べ終わって片付ける千秋さんに、俺も手伝う、と言ったのだが、大丈夫とだけ言われてしまい、少しムッとする。

  いつもは俺が片付けてるのに。

  俺も手伝いたい。

  「手伝う…!」

  「眠いんじゃない?

  向こうでお昼寝してても…「てつだうの、!」

  イラッとして強くそう言うと、千秋さんは目を見開いた後に、拭いたお皿を俺に渡した。

  「…分かった。じゃぁこれ、お片付けして来てくれる?」

  こくんと頷いた俺に、千秋さんはありがとうと微笑んだ。

  いつもより重く感じるお皿を持って、食器棚の扉を開けようと片手でお皿のバランスを保った時……

  ガシャン!

  「……っ…」

  「貴和!」

  手から滑り落ちたお皿が、床に落ちて砕け散った。

  ひろわなきゃ…

  焦って手を伸ばした瞬間に、

  「貴和“Stop”!」

  千秋さんの大きな声と強いCommandに、ビクリと肩が跳ねた。

  「危ないから離れてなさい。

  怪我、してない?」

  凄く心配そうに俺を見つめた千秋さんに、強ばった筋肉を無理矢理動かして首を振る。

  「……けが…なぃ……」

  「良かった…とりあえず、向こうに行ってて大丈夫だよ」

  抱き上げられてリビングに移動させられる。

  「……」

  一人後始末をする千秋さんに、申し訳なくなった…。

  そして、その光景が幼い頃と重なる。

  母が投げた灰皿が壁に当たり、割れた。

  それを片付ける俺。

  手が切れて血が垂れても、気にしてくれる人なんていなかった。

  こんな俺が千秋さんに逢えたのは、奇跡なんだろうなと、ぼんやり考える。

  「貴和、」

  身体が縮んでいるせいか、千秋さんが大きく見えた。

  俺に手を伸ばしてきた千秋さんに父親が重なり、咄嗟に頭を庇ってしまう。

  「っ……」

  「……貴和…おいで?」

  ゆっくりと目を開けると、腕を広げた千秋さんがいた。

  おずおずと腕の中に入ると、優しく抱き締められる。

  「……よしよし。

  怪我してなくてよかった。

  ちゃんと見てなくてごめんね。

  急にCommand使って、怖かったね。

  ごめんね。」

  千秋さんが謝る必要なんてないのに。

  俺が悪いんだ。

  「ごめんなさ、ぃ……」

  暫くそうしているうちに、眠くなった俺は意識を手放した。

  千秋さんの声が最後に残る。

  「おやすみ、貴和。」

  何だか……寝苦しい……。

  『……そんな目で俺を見るな』

  ……父さん…?

  『何でこんなことも出来ないのよ』

  …母さん……

  『役立たずが。

  何の為に家にいるんだ。

  少しは気の利いたことぐらいしてみろ。』

  ……あぁ、そうか…。

  夢を見てるんだ…

  『本当、あの男にそっくり。

  顔だけよ、似てないの

  声も仕草も似すぎて気持ち悪い。』

  ……どうしてかなぁ、?

  『口答えするな!

  お前さえいなければ…!』

  胸が、苦しい…

  『あんたなんか、産まなきゃよかった!!』

  ハッ。

  「………ぃ………ごめ、なさ……まれてき……

  ……うまれてきて、ごめんなさい……」

  溢れる涙を拭うことも出来ずに、声を押し殺して泣いていたら、千秋さんが目を覚ましたようだった。

  「…貴和、?どうしたの?」

  俺が泣いていることに気付いた千秋さんが、慌てたように俺の頭を撫でて、抱き締める。

  「め、なさ……ごめ、なさ……ごめんなさぃ……ごめんなさいっ」

  「貴和…落ち着いて。

  深呼吸してごらん、ゆっくり…」

  どうしようもなく胸が苦しくて、息が浅く、速くなる。

  俺が産まれて来なければ…誰も苦しめずに済んだのに。

  役に立てなくてごめんなさい。

  使えなくてごめんなさい。

  産まれてきて、ごめんなさい。

  少しして俺の呼吸が落ち着いてきた時、千秋さんが口を開いた。

  「…貴和、ごめんなさいって言葉の意味を、間違えてるよ。」

  真剣な千秋さんの声が耳に届く。

  「っ……ぇ……」

  「ごめんなさいは、悪いことをしたり、悪い子だった時に使う言葉でしょう?

  貴和は、今何も悪いことしてないでしょ。」

  それはそうだけど……

  「だって……とうさんもかあさんも……俺のことなんていらないって………」

  「そうかもしれなくても、それで何で貴和が産まれて来たことを謝らなきゃいけないの?可笑しいでしょ。」

  「でも……でも……っっとうさんもかあさんも…っあいしてくれなかった……!」

  ずっと胸の中に閉まってきたことだった。

  見ないふりをして、流れる血から目を背けていた。

  傷付いた心の手当もせず、たまに出来たかさぶたを剥がすような真似を繰り返した。

  可哀想だと、同情して欲しかったのかもしれない。

  代わりに愛してくれる人を探していたのかもしれない。

  だから、寂しさを埋めるように色んな人と身体を重ねて、体温を分け合って……その時だけは、優しくしてくれる人がいたから…セフレというぬるい立場に、逃げていた。

  だけど…押し殺していても、色んな所で愛の形を見ていた。

  手を繋いで帰る親子。

  公園で遊ぶ子供と親。

  頭を撫でる手。

  その全てに、羨ましいと感じた。

  俺には何一つ与えられなかった。

  要らないと、邪魔だと、目障りだと、気持ち悪いと、手を上げられ、蔑まれ、憎まれてきた。

  当たり前の愛情が…欲しかっただけなんだ。

  「貴和、貴和の過去は暗くて、思い出したくも無いかもしれない。

  だけど私は、その苦しい過去も全部愛したい。

  貴和と出逢えたことは、運命だと思ってる。

  だから、一生離す気は無いし、これからもずっとずっと二人で生きていくつもりでいる。

  お願い、貴和。

  過去も、トラウマも、全部愛させて……」

  震える声に思わず千秋さんを見上げると、千秋さんは泣いていた。

  「っ……ちあき、さん…」

  そっと手を伸ばして涙を拭う。

  「貴和が頭を庇った時も、寝ながら魘されていた時も、ごめんなさいって、産まれて来たことを謝っていた時も、ずっと考えてた…何でこの子なんだろうって…何で、何で貴和が……嫌われて、虐待されなきゃいけないの、?

  何で……何でっ……こんなに…こんなに良い子なのに……」

  千秋さんの言葉に、涙が溢れて止まらなくなる。

  「ちあ、きさ……っふ、うえぇぇ……」

  俺達は暫くの間、抱き締め合って泣いていた。

  その夜、布団に入ってうとうとしていたら、千秋さんがそっと俺に囁いた。

  「貴和、誰よりも愛してる。」

  その日見た夢は、俺と千秋さんがとても幸せに暮らしている夢だった。

  どうか、こんな日々が続きますようにと、神に願った。

  「……戻った…」

  「ぇー!もったいない

  可愛い貴和をもっと楽しみたかった…

  今日はハンバーグ作ろうと思ってたのに…」

  次の日目が覚めると、俺は元の身体に戻っていた。

  身長も声の高さも。

  千秋さんは残念がったけど、俺は安心した。

  でも、小さくなったからこそ、素直に甘えられたのかもしれないと思うと、少し感謝せざるを得なかったのだった。

  「……千秋さん。」

  「ぅん?」

  「……愛してくれて、ありがとう」

  俺の言葉に、千秋さんは目を見開き、嬉しそうに微笑む。

  「これからも、ずっと一緒だよ。」

  END