石畳に積もった薄い砂塵を踏みしめながら、戦士クロウは遺跡の廊下を進んでいく。
薄暗い通路は炎の淡い灯りでぼんやり照らされ、壁面に彫られた古代文字が、まるで意味のない幾何学模様のように踊っていた。
誰も訪れることがなくなった古い遺跡特有の、ひんやりとした空気が肌に心地よくもあり、うす気味悪くもある。
「なあ、ノア。静かすぎねぇか、ここ。魔物も罠もあんま出てこねぇし、なんか肩透かしだよな」
後ろを振り返りながら、クロウはそう愚痴をこぼした。
松明を片手に、無造作に剣を背負った彼の姿は、荒削りながら堂々としており、どこか獣じみた野性的な魅力が漂っている。
「……まあ、確かに。拍子抜けかも」
クロウの斜め後ろを、ランタンを片手に恐る恐るついてくる魔法使いノアが、小声で同意するように呟いた。その声はいつも通り控えめで、自信なさげだ。
魔法使いの少年は、細身の体を地味な黒いローブで包み、小柄な身体をさらに小さく見せている。普段は長めの銀髪に隠れがちな顔がちらちらとランタンの明かりに照らされ、時折浮かぶ頬の紅潮が彼の気弱さを物語っていた。
「でもまあ、おまえにはちょうどいいか。ノアが焦ってパニックになるの、もう何回も見てるしな」
「ちょ、ちょっとクロウ、それ言わないでよっ! 気をつけてるのに……」
ノアは顔を赤くして抗議の声を上げるが、クロウは意地悪くニヤリと口角を上げるだけだった。
この二人で旅をするようになってから、もうどれくらいになるだろうか。
もともとは二人とも小さなパーティに属していたが、メンバーの入れ替わりや解散を経て、いつの間にか残ったのはクロウとノアだけだった。
傭兵まがいの仕事を請け負い、古代遺跡や廃墟を探索しては生計を立てるという気ままな生活はそれなりに楽しかったし、互いのことを誰よりも理解し合っているという自負もあった。
ただ、二人とも、お互いへの想いをほんの少しだけ持て余している。
友情以上で、恋人未満。そんな微妙な距離感だけは、どれほど旅を続けても消えることがなかった。
「ま、安心しろよ。危なくなったら、俺がおまえを抱えて逃げてやるから」
クロウは冗談めかして笑いながら、さらりとそんなことを言った。
言葉の意味を理解するまで、数秒間。ノアはしばらくぽかんとしたあとで、慌てて首を横に振った。
「や、やめてよ! それはさすがに、恥ずかしいし……っ」
「ははっ! なに想像してんだよ、おまえ?」
「っ、な、なにもしてないよっ!!」
からかうように笑うクロウを、ノアはまた顔を赤くしながら見上げる。
軽口を叩き合いながらも、どこか掴みきれない、はっきりとしない気持ち。
それでも互いに離れようとは思わず、二人きりでいることが心地よくて。
そんな微妙で曖昧な関係が、クロウとノアの日常そのものだった。
二人が歩き続ける廊下は、緩やかな曲線を描きながら地下へと伸びていた。周囲の空気が冷たく重くなり、息を吐くたびに小さな白い靄が揺れる。
遺跡の内部は外の世界と時間の流れが違っているようで、外で感じていた強い日差しや暑さが幻だったかのように遠ざかっていく。
薄暗さが増すにつれ、ノアはランタンを持つ手に自然と力が入ってしまうのを感じていた。後ろを歩いている自分が不安がるとクロウに気を遣わせてしまうのは分かっている。それでも、自分の内にある漠然とした恐れをなかなか拭い去ることはできなかった。
「なあノア。少し明るくなってきたぞ。この先、何かありそうだな」
クロウの明るい声が沈黙を破り、ノアは少しだけ気持ちが楽になるのを感じた。彼の声はいつだって前向きで、周囲の陰鬱な雰囲気を簡単に吹き飛ばしてしまう。
ノアは彼の背中を見つめながら、頼もしさと、それ以上の、何か別の感情が心の中でひっそりと膨らんでいることを自覚していた。
「うん。……気をつけてね、クロウ」
「ああ、任せとけ」
クロウは短く返事をすると、奥の部屋へと通じる扉に手をかけた。
古い扉は低く軋んだ音を立て、ゆっくりと内側へと開いていく。そこは小さな宝物庫のような部屋だった。中央の石造りの台座には、小さな銀色の箱が静かに置かれている。箱には古代の文字が刻まれているようだったが、部屋の薄暗さからか文面までは見て取れなかった。
「やっと当たりか?」
クロウがニヤつきながら部屋へと踏み出し、箱の前に立った。
ノアも彼に続いておずおずと箱に近づくと、掌に灯った小さな魔法の光で文字を照らしていく。
「……魔道具みたいだね。これは、『フェンリルの首輪』って書いてある。めちゃくちゃ価値が高そうだけど……」
「フェンリル? 狼の、なんか強い神獣だろ?」
「うん、たぶん。ただ……。これ、職業『テイマー』専用みたい」
「テイマー専用って……。じゃあ俺たちには使えねぇじゃん」
クロウはつまらなさそうに口を尖らせたが、すぐに気を取り直したように箱を開けてしまった。
中には艶やかな黒銀色をした首輪が収まっており、まるでそれ自体が生き物のように、薄暗い部屋の中で怪しく光を反射していた。
「……結構、高く売れそうだな」
クロウは首輪を軽く指で摘まみ上げ、光に透かしてニヤニヤと笑った。
ノアはそれを見て、慌てて首を振る。
「ちょっと、クロウ! 不用意に触らないほうがいいよ……!」
「心配すんなって。ほら、似合うだろ?」
冗談っぽく言いながら、クロウは躊躇なく首輪を自分の首に巻き付ける。ノアが止める暇もなく、首輪はカチリと乾いた音を立ててはまってしまった。
クロウが軽く首を振って外そうと試みるが、当然のように首輪はまったく動く気配を見せない。
「あれ? マジで外れねぇぞ、これ」
「だから言ったのに、もう……!」
ノアは焦り、声が僅かに震えていた。クロウは楽しげに苦笑を浮かべているが、ノアの胸の奥には嫌な予感がざわりと広がっている。
「仕方ないなぁ……。クロウ、早く”外して”?」
ノアがその言葉を口にした瞬間、首輪が淡く光り、クロウの身体が唐突に震え始めた。
彼の笑みが一瞬で消え去り、表情が驚きから苦痛に歪んでいくのを見て、ノアは息を呑んだ。
まるで電流が走ったように、クロウの全身がビクリと跳ねた。背筋がのけぞり、口元から声にならない呻きが漏れる。首輪が光を帯びたかと思うと、すぐにその輝きはクロウの肌へと沈み込むように消えていった。
次の瞬間、足元がぐらりと揺れた。いや、揺れていたのは世界ではない。クロウ自身の感覚、そのものだった。
重力の方向がねじ曲がるような錯覚。指先が焼けるように熱くなり、膝が勝手に崩れ落ちる。
クロウは声を上げようとしたが、喉が詰まって息がうまく音が出ない。代わりに喉の奥から、喉を震わせるような掠れた吐息が漏れた。
快感が。燃えるような快楽が、突如として、クロウの脳を灼くように突き上げる。
警戒も、予感もなかった。ただノアの言葉を聞いただけだ。それなのに、体の奥底が勝手に反応している。
頭が真っ白になるほどの、得体の知れない高揚感。それは誰に触れられてもいないのに、直接的すぎる刺激としてクロウの下半身を襲った。
「ッあ……。な、んだ、これ……ッ」
膝をついたクロウの股間が盛り上がり、明らかにそこだけが不自然に膨張して、ズボンの中で勝手に勃起していた。
理性が慌てて否定しようとするが、身体は忠実に反応を続ける。
呼吸が乱れ、目の奥に熱がこもる。身体中の血流が股間へと集中していくような錯覚。触れてもいないはずの亀頭が疼き、ひくつき、濡れていく。
「クロウ!? ど、どうしたの、ちょっと、”返事して”……!」
後ろからノアの声が届く。それだけでまた、刺激が増幅する。
呼ばれただけなのに。話しかけられただけなのに。脳の奥にノアの声が響き、またそれが身体を震わせる。
「うあっ……ま、た……!」
限界は、突然に訪れた。
腰が跳ねるように突き出され、ズボンの奥から熱い液体が噴き上がる。
射精だ、と認識するよりも先に、白濁が生地を汚し、腹部まで飛沫がかかる。
クロウの身体は震えながら、ひとりで勝手に達していた。
ノアは触れてすらいない。ただ言葉をかけただけなのに。けれど、クロウの身体はあまりにもはっきりと、それに従ってしまっていた。
絶頂の余韻の中、クロウは崩れ落ち、がくがくと震える四肢を床に預けた。
その瞳は虚ろで、唇からは熱い吐息がだらしなく漏れていた。
先ほどの絶頂にまだ脈打つ興奮が収まらぬまま、彼の股間からはなおも白濁が染み出していた。ズボンの前はすでに色を変え、布越しに濡れた跡が広がっていく。尻と腿の間から垂れた精液が足を伝い、床にしずくを作っている。
けれど、明らかに異常だったのは、それで終わらなかったことだ。
射精の快感が引くどころか、むしろそこから先が本番かのように、全身が灼けるように熱を持ち始めていた。皮膚の内側からせり上がるような疼き、身体の奥から広がっていく圧力。胸の奥に張り詰めた感覚が走り、吐く息が熱を帯び、指先がじんじんと痺れる。
ノアの声が、ひどく遠く聞こえた。
けれど、その言葉の意味がうまくつかめない。音は届いているはずなのに、それが言葉として理解できない。しかしなぜかその響きだけが、脳の奥に直接届くように染み込み、またしても下腹部が痙攣する。
「ま、た……。イき、そ……」
クロウは、そう呟こうとした。けれど口から出た音は、明らかに質が違った。
喉の奥が震えるような低い唸り声。言葉の形を取ろうとしても、舌がうまく動かない。自分の発声が、人間のそれではなくなっているという不安が、徐々に恐怖に変わっていた。
その直後、服の中で、皮膚が盛り上がる。布が引き裂かれそうになるほど筋肉が膨張し、縫い目がピキピキと音を立てて裂けていく。
肩口から押し出されるように、黒銀の体毛が服の隙間を突き破った。シャツの袖が裂け、はだけた隙間から覗いた腕には、すでに人間の肌とは違う、光を吸い込むような深い色の毛並みが生えていた。
クロウは助けを叫ぼうとする。けれどもう、発声器官がうまく動かない。言葉にならない、掠れた獣の声が喉の奥で唸りとなって漏れる。
「う……っ、が、ぅ……」
喉の形が、変わり始めていた。気道が広がり、発声のための器官が、咆哮に適した構造へと変質していく。声帯が太くなり、声の高さも、音の幅も、制御できなくなる。出したくない音ばかりが、口からあふれていく。
「クロウ……。待って、今、治すからっ……!」
ノアが慌てて呪文を唱えると、小さな魔法陣がクロウの周囲に展開される。癒しの術式。けれどそれはまるで、火に油を注ぐような効果をもたらした。
魔法陣の光に触れた瞬間、クロウの背筋が跳ねた。骨が軋み、腰がひときわ高く突き上がる。背中の布が裂け、シャツの背面が破れた。その裂け目から突き出すように、黒銀の毛をまとった突起が盛り上がっていく。
生える、というより、飛び出してくるようだった。
獣の尻尾が骨ごと伸び、皮膚を押し破って這い出す。神経の通った肉が千切れるような痛みに、クロウは歯を食いしばることもできなかった。口は開きっぱなしで、声だけが掠れたまま続いていた。
同時に、再び股間に激しい熱が走る。
ノアの魔法、ノアの声。それがまたしても、クロウを強制的に高ぶらせる。
「うあ、ッ、また……くる……っ!」
裂けたズボンの中、すでに濡れに濡れていた前が膨れ上がる。下着の形などもはや残っておらず、獣じみた先端が布を突き上げ、むず痒い痛みに焦れながらその姿を覗かせようとしていた。
そして、尻尾が完全に伸びきったその瞬間、クロウは再び痙攣し、膝を浮かせて精液を撒き散らした。
白濁が破れたズボンから噴き出し、地面に広がる。粘ついた液が、すでに二度目のそれとは思えぬほど大量に、薄く広がるように床を汚した。
前かがみのまま震えている姿勢は、もはや人のそれではなかった。手は指の骨格が歪み、関節が盛り上がり、獣の前足のように変化している。指はそれぞれの爪が黒く尖り、握ることのできない形に変わっていた。
呼吸のたびに漏れるのは、低く唸るような、喉を鳴らすような異音。舌が口の中に収まらず、動かそうとすればするほど唾液が垂れ、まともな音にならない。
「ッ、ぁ、が、ぉ……お゛……」
自分でも、今出した音が何だったのか、理解できない。けれどその異音は、もはや人の言語ではなかった。発声の仕組みそのものが、獣のそれへと移行していた。
クロウの唇がひきつり、口の中で何かが盛り上がる。歯茎の奥から、牙が芽吹くように隆起する。歯の先端はとがり、噛み合う形が変わっていく。
顔の骨格が、軋みを上げて変わっていく。頬骨が引き、顎が前に突き出す。目の奥が圧迫され、視界が一瞬歪んだ。額が張り出し、鼻筋が潰れて前方に延び、鼻孔は横に広がる。
鼻の奥にかすかに漂う匂いが、異常に鮮明になった。土の匂い、湿った石の匂い、ノアの体温の匂い。すべてが刺すように濃く感じられる。
「ゔ、ぐぉ、が、ゔる゛……」
発声のたびに喉が震え、口吻の奥から唾液が垂れ落ちる。獣の息遣いが、口の端からぬるりと漏れ出した。
四本の脚で地面を踏みしめ、胸を地に近づけたその姿は、もはやどこから見ても、伝説の神獣、フェンリルだった。
ノアは呆然と、その姿を見ていることしかできなかった。
どこまでがクロウで、どこからが別の存在なのか。そう思わずにはいられない。
けれど、身体のどこを見ても、変わり果ててしまっても、瞳の奥だけは確かに、クロウのものだった。
クロウが顔を上げ、口を大きく開けて。
次の瞬間、咆哮が爆ぜた。
「グ、オオオオオォォォン!!」
岩をも震わせるような、空気を切り裂くような咆哮だった。それは理性のない獣の咆哮ではなく、本能と欲望を混ぜ合わせたような、どこか恍惚とした響きを持っていた。
喉の奥から絞り出されるように、その声は長く、力強く、そして熱を帯びて響いた。
その声を出すと同時に、クロウの股間からびくんと跳ね上がるような痙攣が走った。
大きく膨らんだそれが、まるで限界を迎えたかのように根元から脈打ち、太く黒ずんだ肉茎が盛り上がる。生殖器の形状すらも、人のそれではなくなっていた。
ノアが息を呑む暇もなく、放物線を描きながら噴き出す濃厚な精液が、床にぶちまけられた。
二度、三度と脈打つたびに、腹の下から粘ついた飛沫が滴り落ち、舌を出した口の端からは唾液が垂れる。どくん、どくんと何度も脈打ち、オスの欲望を放ち尽くすまで、クロウは吠え声を止めなかった。
全てを吐き出したあと、クロウは大きく息を吐き、四足のまま床に伏した。胸が上下し、肩が微かに震えている。黒銀の毛皮は光を吸い、巨体の輪郭が静かに収まっていく。
もう、どこにも人間のクロウの姿はなかった。
そこにいるのはただ、首輪によって生まれ変わった、フェンリルだった。
床に伏していたフェンリルの身体が、ゆっくりと頭を持ち上げた。大きく広がって黒ずんだ鼻孔がノアの匂いを捉え、耳がぴくりと反応する。黒銀の毛並みが光を受けて鈍く輝き、鋭く細められた瞳がじっとノアの姿を追う。
ノアは。一歩も動けなかった。目の前にいるのは、一匹の大きな獣。
理性の入り込む余地もないほどに異質な、強大で本能に従う存在。けれどその瞳に浮かぶものが、かすかに、ほんのかすかにでもクロウの面影を宿しているように見えてしまった。
「く、クロウ、なの……?」
恐る恐る、ノアが声をかける。
どうしようもなく、震えた声だった。しかしその声に、フェンリルとなったクロウの耳がぴくりと動いた。巨大な身体が、ゆっくりと、まるで慎重に動くようにノアの方へと歩み寄る。床に落ちた爪がカツ、カツと乾いた音を立てた。
威圧はあった。けれど、敵意はなかった。
むしろその姿勢は、従属に近かった。
肩を低く落とし、頭を下げ、ゆっくりとノアの足元へと近づいていく。その大きな鼻先が、恐る恐るノアの手元へと寄せられる。喉の奥で鳴らされる声は、威嚇でも警戒でもない。低く、くぐもった、安心を求めるような響きだった。
ノアはその巨大な顔を前に、足をすくませたまま、ただ呼吸だけを繰り返していた。
けれど、浮かぶ感情は怯えだけではなかった。その声、その目、その仕草。すべてが、クロウのままだった。誰よりも近くにいて、誰よりも信頼してきた、あの彼の気配が、確かにあった。
「どうして……こんな、ことに……」
ノアの指先が震えながら伸びる。無意識に、触れようとしていた。けれど、触れきる前に唇が震えて、言葉が漏れる。
「"戻ってよ"……。クロウ、お願いだから……」
その言葉が、空間に放たれると同時。首輪が、淡く光った。
それは、明確な命令として作用したようだった。クロウの目が一瞬だけ見開かれたと思うと、身体がぶるりと大きく震え、毛皮がざわめくように立ち上がる。
次の瞬間、全身が崩れるように変化を始めた。
骨格が軋む音。縮んでいく筋肉。口吻が引き戻され、牙が引っ込み、唾液に濡れた舌が舌先から人の形へと収まっていく。黒銀の毛が風に巻かれるように引っ込んでいき、代わりに人の肌が露出する。
四足だった手足が、ぐらりと揺れながら人の肢体に戻る。関節が逆戻りし、指が生まれ、肉球だった足裏に感覚が戻る。
全てが巻き戻されるように、元のクロウの姿が現れた。
呼吸が乱れたまま、地面に倒れ込むように戻ったクロウは、ぬるぬるに濡れた肌を晒しながら、荒い息を吐いていた。服はもはや、ほとんど残っていない。ズボンは裂け、シャツの背中も前も破れ、下半身は精液にまみれていた。汗と体液と土の匂いが混ざり合って、誰もいない遺跡の中に漂っていた。
ノアは目を見開いたまま、動けなかった。ようやく戻ってきたクロウの姿が、あまりに生々しすぎたからだ。何が起きていたのかを頭では理解しきれず、ただぼうっとその姿を見つめていた。
クロウは片肘をついて上体を起こし、かろうじて目を細めてノアを見た。
「……ノア、今の俺、なんだ? 俺、どうなってた……?」
そう問いかけながら、身体のあちこちを確認するように視線を泳がせる。
クロウの疑問はもっともだった。明らかに自分のものでない毛の残りが、腕に付着している。足元には自身の吐き出した液体がこびりつき、股間は重く濡れていた。
「つか、これ、なんだよ、……」
苦笑とも、怯えともつかない顔で、クロウがぼそりと呟く。
ノアもようやく膝をついて、ほとんど反射的に言葉を返した。
「こっちが聞きたいよ……っ。な、なんで僕に、あんな反応して……」
「知らねえよ……! 俺のほうがパニックだっつの!」
叫びながら、クロウがぐしゃぐしゃの前髪をかきむしる。
二人はしばし、床に座り込んだまま、互いにどうしていいかわからないという空気に包まれた。
だが、二人の関係の中に、はっきりとした変化の始まりがあったことだけは、もう否定できなかった。
[newpage]
それから、三日が経った。
クロウとノアは今も、あの首輪を手放せずにいた。
正確には、首輪がどうやってもクロウの首から外れず、手放すことができなかった、というのが正しい。
宿を転々としながら、ノアは魔導図書館や古文書保管庫を訪れては、あらゆる文献を漁った。
ほとんど寝る間も惜しんで調べ続けていた彼の目の下に薄く隈ができていたが、それでも彼はページをめくる手を止めようとはしなかった。
そして今日。ようやく、ノアは確信を持てる程度の情報に辿り着いた。
フェンリルの首輪。それは本来、位階が高く、暴走の危険すらあるような強力な獣を従えるために作られた、テイマー用の専用魔具だったらしい。
普通の命令には従わない、力に優れた魔獣。暴れ、噛みつき、主すら喰らう危険を持つ存在。
それらを制御するために、この首輪は「命令に従うことで報酬として快楽を与える」という、精神的刷り込みを魔術的に埋め込む構造をしていた。
命令される、脳が刺激される、快楽が走る、服従が強化される。
まるで訓練された猟犬が褒美を得るように。
あるいは、獣が飼い主にだけ腹を見せるようになるように。
命令されることに反応し、従属することが報酬につながるよう、設計されたシステム。
「たぶん、クロウはこの首輪に適合しちゃったんだと思う。で、たまたま近くにいた僕が、"ご主人様"として、認識されちゃったのかな……」
そうノアは、書き写した資料を前に、ため息交じりに呟いた。
クロウはと言えば、その間も何度かノアの不用意な"命令"に反応し、変身しかけた――どころではなく、何度かは明確に快楽を感じて、途中まで姿が変わってしまっていた。
本人の意志で止めることはできず、ノアが必死に変化を棄却する言葉を発することでようやく収まる、といった始末で、慌てて路地裏に転がり込んだ回数は数えきれないほどだった。
「変身のトリガーが、“命令”なんだ。しかも、言葉の明確な命令じゃなくて、“命令として意識された響き”であれば発動する。たとえ僕が無意識に言ったとしても、それが主従の関係下において成立すれば、クロウの身体は反応してしまう……」
ノアがそう説明するのを、クロウは腕を組みながら聞いていた。
「……まあ、実際そうなってるしな。命令されるたびに、シモが勝手に元気になるとか、正直笑えねぇ、けど……」
クロウの表情は苦笑混じりだったが、変身のことを完全に拒絶はしていなかった。
事実、フェンリルの姿になった時、自分の身体がとてつもなく強く、鋭く、しなやかだったことは忘れられなかった。
牙は岩を砕き、爪は鉄を裂いた。脚力は跳躍で屋根を越え、視界は夜でもはっきりと通る。嗅覚は人の足跡すら追え、筋肉の動きは自分の意志よりも先に敵の動きを読んでいた。
「なあ、ノア……」
クロウが少し口を歪めながら、ぽつりと呟いた。
「俺、このままフェンリルでいたほうが何倍も強いし、旅のためにはいいんじゃねぇかって、ちょっと思っちまったんだけど」
「……それは、だめだよ」
ノアは即答した。手にしていた本をそっと閉じて、真正面からクロウを見る。
「だって……それはもう、“君”じゃなくなる気がして……」
クロウはしばらく何も言わず、頭をかいて目を逸らした。
「まあ、わかってるよ。でもさ、少なくとも、戦うだけならあっちの姿のほうが……。いや、正直な話、すっげえ気持ちよかったんだよ。強さもそうだけど、それ以上に“命令されること”がさ。……それが自分でも、ちょっと、怖い」
それを認めるように言うクロウの声は、いつになく真剣で、静かだった。
しばらくの間、二人の間には言葉がなかった。図書室の窓から差し込む西日の中、埃を被った古書が無数に並ぶ棚の隙間に、ただ小さな虫の羽音だけが響いていた。
クロウは、窓際の木製のベンチに腰かけ、肘を膝に乗せて前かがみの姿勢でため息をついていた。
乱暴に整えた赤い髪が額にかかり、汗の滲む首筋を隠している。窓の向こうには街の屋根と煙が見え、夕陽に照らされる赤みが、どこか気怠さと焦りを引き立てていた。
ノアはクロウの隣に立ったまま、何かを言い出そうとして、また言葉を飲み込んでいた。
クロウの言葉は冗談めかしていたけれど、心の奥では真剣だった。
あのとき、自分が命令に従って変わっていく過程。その快感とともに圧倒的な力がみなぎり、自分が世界を支配できるような錯覚すら覚えたこと。
あれが、ただの異常な反応だったとはどうしても思えなかった。
だが、実際の生活は、まるで違った。
彼は、昨日“試し”として一度だけ、半日をフェンリルの姿で過ごした。
それはまるで、出来の悪い喜劇のようだった。
宿のドアをくぐれない。水を飲むのにすら、舌を使うしかない。筆談もできない。買い物には出られず、街の人々は彼を見るたびに怯え、子供は泣き出し、商人は逃げた。
そして、排泄の姿勢が情けなさすぎた。
その夜、クロウは死んだように布団の上で丸まって動かなかった。
「……なあ、ノア」
クロウは顔を上げず、ぼそりと呟く。
「あんなに強くて、体も効くのに、なんで四足なんだよ……。獣人みたいに立てりゃ、いろいろ楽だろ。ベッドにも入れるし」
ノアはそっと横に腰を下ろすと、机に広げた書き写しのメモを見ながら答えた。
「まあ、本来の使い方が“完全獣型の召喚獣を使役する”ためのものだったからね……。獣人なら言葉が通じるし、わざわざ首輪なんて使わなくても、ってことなのかな?」
「……なんだよそれ。不便すぎだろ」
クロウは溜息を吐いて、体を仰向けに倒した。長身の体がベンチからはみ出し、片足が窓枠にぶつかった。
そのまま、彼はぽつりと呟いた。
「だったら、間取ってさ。人型のまま、もうちょい強くなる形……、ねえのかな」
ノアはひとつ、目を瞬いた。新しい発想に、頭をフル回転させる。
「それって……。二足の、獣人みたいな形に、命令でなるってこと?」
「ああ。耳とか尻尾とか、まあ多少残ってもいいけどさ。とにかく、二本足で歩けて、喋れて、けど強いって……。そういう、都合のいいやつ」
ノアは考え込むように腕を組んだ。クロウの言葉は感覚的だったが、確かにそれは、理想的な形なのかもしれない。戦闘での強さを保ちつつ、生活に支障がない。命令による変身が起きた時も、最低限のコミュニケーションが取れる。
ノアはゆっくりと顔を上げ、クロウに言った。
「……調べてみる。変身の制御方法。たぶん、“完全獣型”以外の変化も、何かの条件でできる、かも。クロウが“命令”に反応して姿を変えるなら、その姿のパターンを制限できる可能性もある」
「おっ、マジで? いや、そしたら最高じゃん。人間形態、フェンリル形態、その間に“耳と尻尾生えたカッコいい俺”とか入れてもらって」
「……そういう格好つける方向じゃなくて、生活重視で考えるからね……」
あきれたようにノアは言いながらも、その頬はほんの少しだけ緩んでいた。
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夜の部屋はしんとしていた。宿の一室、わずかに軋む木の床と、月の光を薄く反射する机の表面。
カーテンを閉め切ったその空間で、ノアとクロウは向かい合って座っていた。
クロウはベッドに、ノアは備え付けの椅子に。気まずそうに目線を外しながら、二人の呼吸だけが部屋に響いていた。
ノアは膝の上に分厚い魔導書を開いたまま、何度も深呼吸している。クロウは反対に、リラックスしたような顔で両手を後ろについていたが、どこか体の奥に緊張を溜めている気配があった。
この数日、ノアは変身の制御に関する古代術式の理論を調べていた。
そして、条件さえ整えば、“命令”によって完全なフェンリル形態ではなく、人の姿に近い「中間形態」――獣人型への変化も可能であるという記述を見つけたのだ。
「じゃあ、やってみよう。……無理はさせないから」
ノアの声はかすかに震えていた。だが、それは恐怖ではなく、期待と緊張が混じったものであることが、クロウには分かっていた。
「ああ。いざとなったら止めてくれ。……いや、たぶん、止めねえと俺ヤバいかも」
軽口のように言って笑うクロウだったが、彼もまた、少しだけ呼吸が深くなっていた。
ノアは本を伏せ、真剣な顔でクロウを見た。
「……"耳を、生やして"、クロウ」
命令。
瞬間、クロウの背筋がピクリと震えた。かすかな鼓動の変化。心臓が一拍、どくんの強く打った。
同時に、身体の奥に、反響するように熱が伝わった。
「……っ、あ……!」
耳の奥がきゅっと締まるような感覚が走り、側頭部にある耳が、ぐぐっと、頭の上に形を変えて持ち上がっていく。皮膚の下で骨が動き、成形され、黒銀の毛並みを纏う感覚は、痛みよりも熱に近かった。
変化は、それだけのはず。
だが、クロウの体はそれだけでは終わらなかった。
命令の響きが、じっとりと脳に残っていた。ノアの言葉に従ったことへの快感が、確かに、神経を舐めるように伝わってくる。
「う、ぅ、くっ……!」
思わず、クロウは後ろのベッドに手をついた。耳が生えた直後、下半身にずしりとした熱が走っていた。
反応は速く、股間の奥がじわじわと熱を持ち、すでに前がわずかに盛り上がっていた。
何もしていない。触れられてすらいない。ただ、命令されて、それに従っただけ。
身体が、それだけで反応してしまっていた。
「クロウ、大丈夫……?」
ノアの声が、不安げに響く。その声がまた、クロウの耳を打った。
「ま、た……、来る……っ!」
喉を震わせてそう吐き出したと同時に、ズボンの前に濡れた跡が広がった。まだ、精子が出てはいない。だが、確実に先端から透明な液が滲み出ていた。下着越しに、湿った感触が明確に伝わる。
クロウのその反応に、ノアは慌てて口を押さえた。
自分の言葉、命令ですらない気づかいの言葉さえもが、これほどまでに直接的にクロウの身体に作用するとは思っていなかった。
だが、それでも。
目の前で額に汗を滲ませ、耳を立てながら恥ずかしそうに息を詰めているクロウの姿が、どこかひどく、魅力的に見えた。
そして、次の命令の一言が、空気を変える。
「クロウ、”手と足を……、ヒトの形を守ったまま、獣人化して”」
ノアの声が室内に響いた瞬間、クロウの背中がびくんと跳ねた。先ほどの耳の変化とは明らかに異なる、もっと深く、肉の奥に食い込むような反応が、彼の四肢に走った。
「っあ、ぐ……あ……!」
思わず呻く。腕の骨が熱を帯びて軋むように動き始める。手のひらの骨格が変わり、掌が厚くなっていく。指としての体勢を保ったまま、爪が黒く、硬く、鋭く変化する。肉の下で伸びる腱が、新たな動作に対応するよう再構成されていく。
それは、人間の手ではなかった。けれど、まだ人間の形を保っていた。
肉球に似た分厚い皮膚が掌と足裏に浮かび、爪は指の先から半月状に湾曲して伸びていた。指の可動域は保たれたまま、力強さだけが飛躍的に増していく。
クロウはその異変を、苦悶とともに、そしてなぜか悦びを伴って受け入れていた。
足もまた、同様だった。踵がわずかに浮き、足指が太くなる。靴を脱いでいたのは正解だった。今のクロウの足は、もはや市販の靴に収まるサイズではなかった。筋肉が盛り上がり、腱が浮き、まるで狩りに特化した肉体のように変わっていく。
その間にも、クロウの息は荒れていた。身体が反応する。皮膚の下を這うように、熱が移動していく。変化が起きるたびに、快感が脳へと押し寄せる。まるで命令に従ったことへの報酬のように、体が疼き、下腹部がじんわりと熱を持つ。
「はぁっ……く、そ……! なんで、これだけで……っ」
クロウの声は震えていた。視線を下げると、ズボンの前が不自然に盛り上がっていた。下着を押し上げる形で膨張したそれは、すでに先端から湿り気をダラダラと滲ませていた。座ったままでもわかるほど、カウパー液がじわじわと前布を染めていく。
ノアが息を呑む。目の前で、クロウが命令だけで、こんなにも感じている。
声も、表情も、汗に濡れた肌も、全てがどこか艶めいて見えた。
けれど、クロウの苦しげな呼吸は止まらない。
「ノア……っ、ダメだ、コレ……。イきたいのに、イけねぇ……っ、気持ちいいのに、足りない……ッ!」
手も、足も、変わった。だが、それだけでは終われなかった。快感は続くのに、中途半端な変身だからか、絶頂には至らない。クロウはベッドの端にしがみつくようにして、腰を揺らしていた。射精に導く刺激が、どこにも与えられないまま、身体が熱に焼かれている。
ノアは唇を噛み、震える声で次の命令を口にする。
「次……。クロウ。”全身に、獣の毛を生やして”」
その言葉を聞いた瞬間、クロウは小さく喘いだ。命令を理解した体が、それを忠実に実行しようとする。
全身にじわりと広がる、うごめくような感覚。背筋から、肩へ、腹へ、腿へ。皮膚の内側で毛根が生まれ、外に押し出される。痛みはない。むしろ、ゾクゾクと背筋を走る快楽に似た感覚が、尾骨の奥から首筋にまで波のように広がる。
肩から覗く、うっすらとした毛並み。胸筋の上を覆い始める短い銀色の被毛。腹の下に生えた毛が、濡れた布越しに擦れるたび、クロウの表情が歪む。
「っっ、も、ダメ……。ノア、俺、もう、どうしてもイきたくて、でも……っ」
目が潤んでいた。限界だった。獣のような手足でシーツを掴みながら、腰を震わせ、堪えきれずに熱を吐き出そうとするその姿は、あまりにも哀れで、そして美しかった。
そんなクロウの姿に、ノアは、もう黙っていられなかった。
「……わかった。もう、こっちも見てられないよ……」
呟くと、そっとクロウの足元に膝をついた。クロウが驚いたように顔を上げる。
「ノ、ア……?」
「僕のせいだもん……。僕の“命令”で、君がこんなになったんだから……」
小さく言って、ノアはクロウのズボンに手をかけた。布は湿って重く、前はすでに透けていた。
ゆっくりと下ろすと、中から飛び出したそれは、すでに粗相でもしたかのように先端から透明な液を垂らしていた。
獣じみた肉の色。太さ。脈動。けれど、どこか人の名残を残す、今まさに中間点にあるそれに、ノアは震える手で触れた。
その瞬間、クロウが声にならない喘ぎを洩らした。
ノアの指が触れた瞬間、クロウの腰がびくんと跳ねた。
「ちょ、ノアっ、マジでやんのかよ……!?」
情けないほどに、声が裏返っていた。いつもの勝気な調子も、強気な笑みも、そこにはなかった。
獣の手足でベッドにしがみつくように座り込んだクロウの顔は、羞恥に染まり、汗と涙で濡れていた。肩が揺れて、息が荒い。
「お、おまえ、今触ったら……。たぶん、マジで、イくぞ……?」
必死に言葉を繋げようとするその顔は、まるで泣き出しそうだった。恥ずかしさで逃げ出したいのに、脚に力が入らず、腰も抜けている。手も足ももう元には戻れず、むしろそこだけが野性の強さを増していた。
ノアはその姿を見つめながら、小さく息を吸った。
「……わかってる」
今度の声は、震えていなかった。
手のひらでぬるりと熱を帯びたそれをゆっくり包み込み、慎重に握る。人と獣の中間、皮が剥け、赤黒く露出した陰茎は、まるでそれ自体が生き物のように脈打っていた。
「でも、もう限界でしょ。放っておけるわけないじゃん……。そ、それに、クロウなら、僕は……」
ノアの言葉が、静かに床に落ちていく。
クロウは、反論できなかった。
全身が震えていた。快楽と羞恥と、あともう少しで爆発しそうな衝動で。
「……っ、くそ、ノア、マジで、お前……!」
情けない声が口から漏れる。それでも、クロウは逃げなかった。いや、逃げられなかった。
ノアの手が、ゆっくりと上下に動き始める。ぬるりと絡む液体の感触が、手のひらに吸い付くようだった。クロウの肉がびくびくと反応し、わずかな動きにも敏感に震える。
ノアの指が根元を押さえ、先端まで一度しごいた。先からぴくりと跳ねるように透明な雫が溢れる。
「ノア、っ、や、やばい……っ」
クロウが呻くように声を洩らす。獣の爪でベッドのシーツを掴み、腰を持ち上げるようにして耐えていた。人としてのプライドが悲鳴を上げていた。けれど、それ以上に、ノアの手が与える優しさが、甘やかすような熱が、堪えきれなかった。
「……イきたいなら、"イっていいよ"。僕が、許すから」
ノアの一言が、命令にも似た響きでクロウの脳の奥へと届いて。
その瞬間、腰が跳ねた。
「うあ、ッッ……!」
内から絞り出すような雄の呻きとともに、精液が脈打ち、迸った。
ノアの指の隙間からぶしゅりと濁った液が溢れ出し、クロウの腹とノアの手を汚す。腰は震えながら何度も突き出され、そのたびに熱が吐き出されていった。
絶頂は長く、重かった。何日分もの渇望が、一気に開放されたかのようだった。
そして、その痙攣がようやく落ち着いたあと。
ノアが、小さく囁いた。
「……次。”尻尾を、生やして”」
その言葉に、クロウの意識が再び白く弾けた。
「っあ、ちょ、やめ――ッッ……!」
背筋が弓なりに反る。先ほどの射精で敏感になりすぎていた身体に、絶対の命令が届く。
腰の奥に新たな熱が発生し、骨が軋みを上げて突き出される。
尻の奥、尾てい骨の延長線上から、一本の骨が伸びてくる。皮膚が盛り上がり、毛の生えた突起が突き出される。
その変化が、またクロウの性感に直撃した。
「だめっ、もうっ、また、イっ――」
言葉が終わる前に、二度目の射精が訪れた。
先ほどよりも短く、鋭く、そして獣的だった。咆哮のような声を上げながら、クロウは獣の足で床を蹴り、身体をのけぞらせて白濁を撒き散らす。
ノアはその姿を、驚きと熱を含んだ目で見ていた。
クロウの身体は変わっていく。けれど、目の前にいるのは、変わらず自分を求める“彼”だった。
喘ぎが収まらない。
クロウは、既に二度の絶頂を迎えてなお、なおも体の芯に渇きを感じていた。息を吸うたびに胸が苦しく、股間の感覚は鋭く、背中に生えた尻尾の感覚がびくびくと痙攣するように揺れている。
まだ、終わっていなかった。
ノアは、そんなクロウを見上げるように、わずかに震える声で最後の命令を告げた。
「……”マズルを、生やして”」
クロウの背中がまた一つ、びくんと跳ねる。
「っ、ま、じで……。ノア、も、う……っ!」
その言葉を吐き出すよりも早く、変化は始まっていた。
鼻の奥から熱が走る。顔の中心が、骨ごと前に突き出していく。歯茎がひりつき、前歯が尖る。上顎が引っ張られ、ぐぐっと伸びていく。
顔の骨格そのものが、獣のそれに作り変えられていく。
息が漏れるたび、鼻腔が広がっていく。嗅覚が研ぎ澄まされ、目の前のノアの体温、皮膚の匂い、触れた手の残り香までもが、鮮明に染み込んでくる。
「くっ……、ん、が、ぁ……っ」
声が変わる。舌の動きが不自然になり、ヒトの言葉が出しにくくなる。
マズルが完全に形成された頃、クロウは四肢を突いてうずくまるような姿勢になっていた。
汗と精液と、変化の熱で身体は蒸れきっていた。手足はまだ、人の形を保っている。だが顔と耳、尻尾と爪、それらは明らかに獣のものだった。
半人半獣。
それは理想の「獣人化」だったはずなのに、今のクロウの目は、それ以上の熱を帯びていた。
ノアを見下ろすクロウの目に、確かに欲望が宿っていた。
呼吸が重く、熱い。尻尾が揺れている。舌が口から覗いている。
ノアは、膝をついたまま動けなかった。クロウのその姿を見ているだけで、喉から水分が失われていく。先ほどまで彼に触れていた右手が、まだぬるぬると熱を残していて、思わず自分の腿を掴む。
クロウが口を開き、言葉にならない唸り声を洩らした。
「ん……。あ、っ……。ノ、ア……」
辛うじて出てきた声。それは、懇願に近かった。
ノアは、そこで限界を悟った。
もう、自分の欲望から逃げられない。見ているだけでは、いられなかった。
「……クロウ」
ノアの声は、かすれていた。
彼の唇が震えている。けれど、瞳だけは真っ直ぐに、目の前の半獣の姿を捉えていた。
「僕……。きみを、見てると、その……」
言葉に詰まりながら、ノアは立ち上がり、クロウの頬に手を伸ばす。毛の生えたマズル。硬く変形した口元。
けれど、そこに触れてもなお、クロウは目を細めて甘えるように顔を擦り寄せてきた。
ノアの手がそっと肩に触れ、身体を引き寄せる。クロウは抵抗することなく、そのままノアの胸に額を預けた。獣の耳がくすぐったく触れる。ノアの心臓の音が大きくなる。
互いの体温が交わった瞬間。もう”その先”を止める理由は、どこにもなくなっていた。
「……しよう、クロウ。ちゃんと……」
呟くように言ったその言葉に、クロウは黙って、ただ頷いた。
クロウの手が、そっとノアの背中に回る。
抱きしめるというよりも、すがるように。けれど、指は明確な意志を持って、ノアの背筋をなぞっていた。肉球の生えた手のひらが、ノアの柔らかな首筋をくすぐる。そのわずかな温度差が、ノアの胸をどくんと揺らした。
「……ノア」
クロウが低い声で、名前を呼んだ。
いつものからかい混じりの調子ではない。震えていて、でも優しくて、何より真剣だった。
「俺……、おまえのこと、前からずっと好きだった」
ノアはぴくりと肩を揺らす。言葉の意味はすぐに理解できたのに、心が一瞬だけついていかなかった。
けれど、それは嬉しさの証だった。
返事をしようとしたけれど、すぐには言葉にならなかった。
だから、代わりにクロウの胸元に顔を寄せた。ぬくもりが、野性を帯びた獣の匂いが、鼻腔を満たす。少し汗ばんでいて、けれど心地よい。人と獣のあいだの匂い。
「……僕も」
それだけを、そっと呟いた。
ロウの耳がぴくりと動いた。すぐに、もう一度ノアの名前を呼ぶ。
「……ノア、嬉しい。ずっと言えなかったけど……、ほんとに、おまえのこと、ずっと……」
ノアはクロウの胸に手を当てたまま、小さく首を振った。
「いいよ、言わなくて。もう、十分伝わってるから……」
そう言って、ほんの少し顔を上げる。
目が合った。
ふたりの間に、何も言葉はいらなかった。
クロウの鼻先が、そっとノアの頬に触れる。ぬくもりと柔らかさと、濡れた吐息。獣の鼻がくすぐったくて、ノアは思わず笑った。
「……くすぐったいよ」
「ごめん。ノアの匂い、すげえ、いい匂いするから……。なんか、もう、それだけで……。ああ、ダメになる……」
「ダメになって、いいよ」
ノアは、今度は自分から、クロウの頬に口づけた。毛が少しざらついていて、でもその下の体温がやさしくて。
唇を離してから、ノアはおずおずと立ち上がった。
「……その、ちょっと、見てて。恥ずかしいけど……、ちゃんと僕のこと、見てほしいから」
クロウは黙って頷いた。尻尾は嬉しそうにゆらゆらと揺れながら、目だけは、真剣にノアを見ていた。
ノアはそのまま、上着のボタンに指をかける。
ひとつ、ふたつ、緩めていくたびに、下から肌が覗く。
小さな鎖骨。薄くて白い胸板。細くて丸みを帯びた肩と、肋骨の浮いた胴。
それは、クロウのような男らしさとは違う形の、美しさだった。
ノアはシャツを脱ぎ、ゆっくりとズボンの紐を解いた。下着が落ちる音がやけに響いた気がして、クロウは思わず喉を鳴らす。
「……ノア、やば……っ」
見た瞬間、理性が軋んだ。
目の前に晒されたのは、華奢で、柔らかくて、少し震えていて、それでも隠そうとしなかったノアの身体だった。
線が細くて、でも芯がある。男の体つきなのに、どこか少女のような、儚さと色気が混ざっていた。
匂いが、どんどん濃くなる。
さっきまで感じていた“飼い主”の匂いが、今や全身から溢れてくる。
クロウの奥で、何かがうねる。
「……触れていい?」
「……うん。君になら、どこでも」
その一言で、クロウは限界を悟った。
このまま、何もせずにはいられない。けれど、今だけは、急がないで、丁寧に、大切に。
この肌に、言葉よりも深く、「好き」を伝えていく。
クロウはノアをそっと押し倒し、柔らかく揺れる肢体をベッドに預けた。彼の目がじっと、ノアの細い腰から太ももへ、そしてもっと奥の、晒されたそこへと吸い寄せられていく。
舌の奥で、唾液が熱を帯びる。
ミルクのような、ノアの匂いのせいだった。目の前に広がるノアの裸身、うっすらと汗ばんだ皮膚と柔らかな内腿の隙間。ノアの匂い。“ご主人”の匂いが、じわじわと彼の脳を焼き尽くしていた。
「ノア、その……。マジで、今、めっちゃ、そそられてる」
「わ、わかってるよ……。でも、乱暴にしないで……?」
ノアが恥ずかしそうに腕で顔を覆った。その仕草すら可愛いと感じてしまう自分の本能に、クロウは舌打ちしそうになる。
彼の手は既に人間のものではない。関節が厚く、指先には黒く鋭い爪が覗く。こんなものでノアに触れてしまえば、傷つけかねない。
「……この爪じゃ、慣らすのも危ないな……」
そう呟きながら、クロウは腰を下ろすとノアの脚をそっと広げた。
息がかかる距離。ノアの顔が一層赤く染まっていくのを、クロウはちゃんと見ていた。
「だから……、口で、やる」
「え……っ、まって、それ……」
「やだ?」
少し悪戯っぽく問えば、ノアはか細く首を横に振った。
「や、じゃない、けど……。は、恥ずかしい……」
そう言いながらも、ノアの脚は、素直に、ゆっくりと、開かれていった。
薄く震える腿の間、その中心は、少し開いて、薄く湿り気を帯びていた。クロウの鼻が、すっとそこに寄っていく。
「……ノア、これ……」
「な、なに……」
「しっかり準備してんのな」
くすっと笑いながら言った。ノアの体には、丁寧に洗ったような清潔な香りと、でも奥に微かに残る、ノア自身の匂いがあった。クロウの嗅覚が鋭くなっているせいで、それは過剰なほど鮮明だった。
舌を出す。先端が、ちろりとノアのアナルに触れた。
「っ――!」
ノアの背が跳ねる。
クロウの舌は人のものより長く、少しザラついていて、唾液の量も多い。舌をゆっくりと這わせるようにして、リングの周りを舐める。その感触に、ノアの体がびくびくと反応していた。
「ひっ、ん、クロウ……っ、それ……、なんか、やだ、変な感じ……!」
「でも……、ここ、ちゃんと柔らかくなってる」
言いながら、舌を少し強めに押し当てる。輪が開き、唾液が染み込み、ノアの体がじわじわと熱を持つ。獣の舌はしなやかで、かつ厚みがあり、ぬめりと体温をまとってノアの奥へと優しく侵入していく。
「ふ、ぅ、あ……っ、そこ、だめ……っ!」
ノアの声が掠れる。クロウは舌を動かすたび、ノアの腰が小さく浮くのを感じていた。
味覚に混じるノアの体液と、その奥の、甘くて、柔らかくて、たまらない匂い。
もう、理性の糸は切れかけていた。
「ノア、だめだ……俺、これ以上……我慢できそうにねぇ……」
唇を離し、顔を上げたクロウの口元は、ノアの香りと唾液で濡れていた。舌を引くように舐めながら、少し潤んだ目でノアを見上げる。
ノアもまた、目元を赤く染めて、かすかに頷いた。
「……きて、クロウ。僕、もう大丈夫だから……」
クロウは、ゆっくりとノアの上に身体を重ねた。
体格差がはっきりと浮き彫りになる。獣じみた肉付きの良い胸と肩、力強く広がった腰回り。覆い被さる体の下で、ノアは柔らかく、細くて、震えていた。だが、その目は怖がっていなかった。
「……ノア」
喉がかすれる。口吻の奥、熱い息が漏れる。クロウは手をつこうとして、ぴたりと動きを止めた。自分の手が、ノアの肌に触れそうになっている。けれど、その指先には黒く尖った獣の爪があった。
この手じゃ、もし強く握れば、ノアの細い腕なんて――。
「……ノア、やっぱ俺……っ」
「だめ。逃げないで」
ノアがそっと腕を伸ばし、クロウの頬に触れる。毛皮に覆われたその顔。舌を出して荒い息を漏らす、獣の顔。それでも、ノアの指は震えなかった。
「君が、僕を大切にしようとしてるの、伝わってる。でも、それより……ちゃんと、欲しいって思ってほしい」
クロウの瞳が揺れた。
「おまえの身体、細くて、柔らかくて……。こんな姿になっても、全部欲しいって思ってんだよ……。けど、それが怖いんだ。もしも俺の重さで、爪で、牙で、傷つけたら」
言いながら、クロウは拳を握る。毛の間に隠れた手のひらが震えていた。
「クロウ」
ノアは短く名前を呼んで、そっと脚を開いた。太ももをクロウの腰に回すようにして、自らの入口を晒す。
「これは、お願い。君の全部で、僕を感じさせて」
その言葉は、命令でも、懇願でもなかった。ただ、心からの愛。
クロウの理性がふっと溶けて、部屋の空気に立ち上っていった。
「……わかった。優しくする」
言いながら、クロウは腰を沈めていく。先端を、ノアの入り口に押し当てる。
触れた瞬間、ノアの身体がかすかに跳ねた。舐めて湿らせたとはいえ、ケモノ形状のそれは太く、先端がわずかに張り出し、熱を持っていて。
「く……っ、大き……。でも……、来て、クロウ……」
ノアの吐息に促され、クロウは慎重に、ゆっくりと圧をかけていく。
押し広げられる。ゆっくりと、慎重に、けれど確実に、ノアの中へとクロウが入り込んでいく。
「っっ、ぁ……っ、く、ぅ……!」
ノアが声を詰まらせる。クロウはすぐに止める構えを取ったが、ノアは首を横に振って、無言で「来て」と目で訴えていた。
その一瞬が、たまらなかった。
愛しくて、可愛くて、そして、獣としての本能が、ぐらりと目を覚ました。
クロウの腰がわずかに前へ。ぬるりと熱が吸い込まれ、獣の肉がノアの中を広げていく。
「ノア、っ、入った、ぞ……。なか、気持ち、いい……」
「う、ん……。ちょっとくるしい、けど……、クロウの、だから……」
ふたりの額が触れる距離で、深く、ゆっくりと、ひとつになっていく。
繋がった。そう実感した瞬間、クロウの身体が震えた。
ノアの中は熱く、やわらかく、きゅっと彼の肉を咥え込んでいた。ケモノの形状に変化したそれは、人間のものよりも一回りも太く、根元には少し膨らみを帯びた起伏があり、先端は獣のように尖っていた。その異形を、ノアの身体は拒まずに迎え入れた。
クロウはしばらく、じっと動かずにいた。入りきった彼の性器は、根元から熱を持って脈打ち、先端は奥に押し込まれたまま、じわじわと液を滲ませている。ノアの中がそれを迎え入れては、微かにうねるような感触で締め返してくる。
ぴたりと密着したふたりの体温が交じり合い、息づかいだけが静かに流れていた。
クロウは肩で息をしていた。中にいるだけで気が遠くなりそうだった。ノアの身体が小さく震えていて、それでも脚をクロウの腰に絡めたまま、自分を引き寄せようとしているのがわかった。
「ノア、苦しくないか……?」
「ちょっと、ね。でも、大丈夫。君だから、いいの……」
ノアが眉を下げて、震える吐息を漏らす。快感と、ほんのわずかな痛みが入り混じったその声が、クロウの鼓膜を焼いた。
ベッドの上、クロウは四肢を強くつくわけにもいかず、そっとノアの両脇に手を置いて支えていた。肩から胸にかけてうっすらと生えた毛皮がノアの滑らかな腹に触れ、汗ばんだ肌同士がくっつくたびに、ぬるりとした感触が伝わる。
クロウの目線が、自然と下へ落ちる。
そこには、自分の肉を受け止めながらも、恥ずかしそうに脚を開き、でも明らかに欲情しているノアの姿があった。
腹の下、柔らかな根元からぴんと立ち上がったそれ。男の子らしいちんまりとした形状でありながら、先端には薄く雫が滲んでいた。
細い腰、骨ばった鎖骨、すらりと伸びた太もも。その中央に、かわいらしい勃起がわずかに震えている。その姿が、クロウをどうしようもなく煽った。
「……ノア、おまえ、こっちも反応してる」
「だ、だって……。クロウのが、こんな、あったかくて、ずっと、奥にいて……っ!」
声が潤む。羞恥にかすれながらも、興奮を隠しきれない。ノアのちんちんはビクビクと跳ね、太腿の内側に透明な液を垂らしていた。
クロウは、自分が今、どうしようもなく興奮していることを自覚していた。
ノアの匂い。甘くて、温かくて、少し汗ばみながらも香ばしい、獣の嗅覚が捉える“発情した相手”の匂い。鼻先をくすぐるそれが脳に届くたび、本能が呼び覚まされていく。
「ノア……おまえ、ほんと……かわいすぎんだろ……」
言いながら、クロウは体を預けてそっと胸元に顔を埋めた。鼻先で、ノアの心臓の鼓動を感じる。指先をそっと背中にまわし、爪が当たらないように毛皮越しに優しく撫でた。
ノアが小さく喉を鳴らしながら、クロウの腰に脚を絡める。
ふいに、腰が揺れた。たったそれだけの動きでも、ノアの中はきゅっと締まり、熱を伝えてくる。
「っ、う……。中、すげぇっ、気持ち、いい……」
耳がぴくぴくと震える。後頭部から尻にかけて伸びる体毛が、ノアの脚に触れてくすぐったい音を立てた。鼻先でノアの首元に触れると、そこから漂ってくる匂いが一層濃くなっているのに気づく。
ノアの匂い。クロウのご主人の、匂い。
それだけで、腰が勝手に動いた。
ぐちゅり。
「ん、あっ……! クロ、ウ……!」
湿った音が混ざる。ノアの瞳が潤み、焦点が定まらなくなる。クロウはその顔を愛しく思いながらも、喉の奥で低く唸るような声を出していた。もはや押し殺すような理性はなかった。
ご主人を傷つけないように、でも、自分の全部で抱きたい。
それが、ただ一つの本能だった。
クロウはそっとノアの手をとり、額をすり寄せる。
「ノア……、愛してる」
「うん、僕も……いっぱい、して……クロウの……もっと、"ちょうだい"……」
それは命令ではなかったはずだ。ただの、甘い囁きのはずだった。
けれど、クロウの首輪が小さく反応する。ネジがひとつ、カチリと外れたような音が、クロウの脳内に響いた。
それはご主人様からの命令だと、身体が認識したのか。
クロウの体に、すぐさま反応が起きた。
背中がひときわ大きく盛り上がり、腰から尻にかけての骨格がぐっと傾く。肩の可動域が変わり、膝の曲がり方が逆向きに近くなっていく。
足が、後肢として再構築されていく。踵が上がり、太く発達した足指の肉球が、シーツの上にぴったりと沈み込んだ。前肢も地を突く形に傾き、肘を支点にした四点姿勢へと自然に切り替わる。
そしてそのまま、クロウは、完全にノアの上から、四足で覆い被さる形になった。
だが、つながりは断たれていない。
腰は深く刺し込んだまま、肉と肉が密着し、ぬるりと水音を立てて震えていた。
ノアの中は、姿勢が変わったことでさらに奥を突かれ、甘い声が咄嗟に漏れた。
「ん、くぅっ、ふ、ぅあ……! や、やばっ、奥、あたってる……っ」
クロウは、どうにか返事をしようとした。
けれど、喉が詰まる。
言葉が、出ない。
呼ぼうとした名が、口の中でうまく形にならない。
舌の動きが鈍り、咽喉が低く唸る音しか出せなかった。
「……ぁ、が……っ、ぅぅ……ッ」
喉の奥が震える。呻きとも唸りともつかない声が、苦しげに漏れる。
息を吐くたびに漏れるのは、熱とよだれと、獣の息づかいだけだった。
それでも、ノアの中は、彼を離さなかった。
「クロウ……っ、ぼく、気持ちいいよ……。言わなくても、伝わってる……」
ノアが潤んだ瞳で見上げてきた。その言葉に、クロウの目が揺れる。
もう、人の言葉では答えられない。けれど、本能だけは、すぐに応えた。
腰が揺れる。ひと突き。深く、熱く、柔らかい感触に包まれる。
四足になったことで、腰の振りがより野性的になった。しなるような動きで、上下からノアの奥を責めたてていく。
突くたびに、ノアの身体が跳ねる。クロウの爪がベッドに食い込み、尾がうねるたびに、熱が奥に届いた。
ノアの腰が浮く。獣の重さに潰されながら、それでも脚をクロウの脇に絡めてしがみついていた。
「クロウ、クロウ……っ、全部入ってるの、わかる……。奥、届いてる、ぅ……!」
獣の形で繋がったまま、ふたりは息を合わせていた。
クロウは咆哮を抑えるように喉を鳴らし、ノアの内壁がきゅっと締まるたび、理性が火花のように散る。
それでも、まだ、果てない。
焦らずに、噛み殺すように。
四足のまま、けれど優しく、交尾は続いていた。
クロウの動きが、少しずつ深く、重くなっていく。
ノアの内奥が、熱に満ちていく感覚を確かに捉えていた。太く脈打つ肉が、律動を刻みながら奥を擦る。結合部ではぐちゅぐちゅと水音が溢れ、二人の体液が混じり合っていた。
ノアの視界が、白くにじんでいく。
「クロウ、っ、いっぱい、きてる、君の全部、僕の中に……っ」
クロウは言葉を返せなかった。もうその喉は、咆哮のためにしか動かない。
だが、代わりに。彼は、そっとノアの顔に、自分のマズルを寄せる。
そのまま、額と額が触れ合った。
クロウの大きな舌が、ノアの頬をひと舐めした。ぬるく、濃密で、けれど甘い仕草だった。
マズルの口では、人間のようなキスはできない。けれど、それでも、クロウはノアの唇に、そっと鼻先と舌を重ねた。
獣の口吻と、人の唇。形は違っても、その熱とやわらかさが、たしかに想いを伝えていた。
唇の端が、少しだけ潰れる。
それでも、たしかに伝わってきた。
――大好きだよ、ノア。
ノアの目から、一筋の涙が零れた。
そしてそのまま、互いの呼吸が重なった瞬間。
クロウの腰が深く突き上げられた。
「ん、っっ……。ぁ……!」
ノアの奥に、熱いものが流れ込む。
脈打つように、何度も、何度も、噴き出される。
腸壁を押し広げるようにして、白濁が吐き出される感触が、ノアの神経を焼いた。
同時に、ノアも、果てた。
先端から、細く白い精液が弧を描いた。突き上げに揺れた腹筋が、何度も痙攣する。
抱き合ったまま、触れ合った唇とマズルの隙間から、震える声と、白く淡い吐息が漏れる。
クロウの下腹が痙攣しながら押し付けられ、ノアの体が弓なりに反る。獣の本能と、心の奥の愛が混ざり合った、どうしようもないくらいに甘く、熱い絶頂だった。
長い、長い交尾の果て。
二人の身体は、ようやくひとつになったのだった。
深く結ばれたまま、ふたりは静かに息をしていた。
クロウの胸は激しく上下し、まだしばらくは身体の芯まで熱く燃えていた。
ノアも、汗に濡れた胸を上下させながら、クロウの首元に顔をうずめていた。
けれど、しばらくしてノアがもぞりと腰を動かした瞬間。
「あっ、ちょっ……。ぬけ、ない……?」
ノアの声が震える。
クロウも驚いて後肢を引こうとするが、根元がまるで鍵をかけられたように抜けない。
ふたりの間には、なおも結合を保ったままのものが脈打ち、強く膨らんだ状態で固く絡まっていた。
「ご、ごめん……。たぶん、オオカミの、その……、“かたち”のせいで……」
返事ができるほどにクロウは落ち着いていたが、声は明らかに動揺していた。
ノアは一瞬、顔を真っ赤に染めて黙り込んだ。
だがすぐに、ほんの少しだけ笑う。
「もう、恥ずかしいのに、ちょっと……、面白い、かも」
そう言いながら、ノアは指先でクロウの前脚を優しく撫でる。
「……でも、さすがにこのままじゃ動けないし……」
クロウが黙って頷く。
ノアはそっと、耳元に囁いた。
「……"戻って"。クロウ、人間の姿に」
その一言で、クロウの身体が大きく震えた。
何度も受けてきた、命令。
首輪がわずかに光を灯し、クロウの背中から毛が抜け落ち始める。
盛り上がっていた筋肉がしぼみ、四足の骨格が軋みながら再編成される。
脚の角度が変わり、肩幅が狭まり、腕が人間の形へと戻っていく。
毛皮が消え、肌が現れる。爪が引っ込み、足裏の肉球も消え去る。
そして最後に、結合したままだった陰茎の奥が、ゆっくりと縮んでいき、結合の鍵がほどけるように、すっとノアの中から抜けていった。
クロウは崩れるように、ノアの上に倒れ込んだ。
獣ではない。人間としてのクロウだった。
「はぁ、あっぶなかった……。なんか、変にキマりそうだったわ……」
「うん、こっちのが、やっぱり落ち着くね……」
ノアが囁き、ふたりは額を合わせたまま、静かに呼吸を重ねた。
薄明かりが差し込む部屋の中、ふたりは寄り添って横たわっていた。
交尾を終えたばかりの熱を抱えたまま、毛布にもぐる気力すらなく、シーツの上で静かに抱き合っている。
外はまだ夜のまま、窓の向こうに青みがかった月が沈みかけている。
布団の中は、まだ熱を残していた。
ノアの頬に触れるクロウの胸元は、じんわりと火照っていて、ぬくもりと獣の名残をまとっている。人間の姿に戻ったはずなのに、毛皮の香りと、荒く強い鼓動が、どこかクロウの中に残っていた。
その匂いが、ノアはたまらなく好きになってしまっていた。
クロウの指先が、ノアの髪をそっと撫でる。
ごわついた獣の爪ではない、人間の指だった。でも、その力強さと熱は、まだ先ほどまでの交尾の余韻をはっきりと思い出させてくれる。
「……ノア、大丈夫か?」
囁くような声。獣の喉ではない、優しいクロウの声。
「うん……なんか、体じゅうふわふわしてて、まだちゃんと動けないけど……」
ノアはそう答えながら、クロウの首筋に額を預けた。汗のにおいと、微かに残る精液の匂い、それに混じるクロウ自身の獣の匂いが、胸の奥をくすぐってくる。
言葉にするのが恥ずかしくて、ノアはごまかすように呟いた。
「……ねえ、クロウ。もうちょっとだけ、あのままでもよかったかも」
沈黙。
少しして、クロウが小さく笑った気配がした。
「ノア、今のままでも充分エロいこと言ってるって自覚あるか?」
「っ、バカっ……!」
ノアはクロウの胸を軽く叩く。けれど、まったく力が入っていなかった。
自分でもわかっていた。さっきまで獣の姿で、自分を何度も貫いて、奥まで満たしてくれたクロウの腕の中にいるという、その事実が何より安心だった。
クロウがゆっくりと体を起こし、ノアの頭に手を添えた。
「でも俺もまあ、悪くなかったと思ってる。あの姿。なんていうか、全部を本能のままにぶつけられたというか……」
「うん、優しかったよ。ちゃんと……、君だった」
ノアの手が、クロウの胸に触れる。
もう毛皮は消えていたけれど、その下の筋肉と心臓の鼓動は、ずっとそこにあった。
ふたりは言葉を交わさず、ただ見つめ合った。
額がそっと触れ合い、静かな夜気の中にふたりの吐息だけが残った。
「なあ、ノア。これからも、命令って……、効いちゃうんだよな」
「うん。でも、そんなに悪いことばかりじゃないと思う」
「そっか……。だったら、さ」
クロウが一瞬だけ、目を伏せる。
「獣の姿のままでも、ずっとおまえのそばにいていい?」
「……なにそれ。あらためて言わなくても、ずっと一緒にいるに決まってるじゃん」
ノアが、少しだけ拗ねた声で言うと、クロウが照れたように笑った。
「だってさ……。言葉で言っとかないと、また喋れなくなるかもしんねぇし」
「ふふ……、確かに」
ふたりは、また唇を重ねた。
今度は、人の姿のまま。柔らかくて、あたたかい唇同士の、恋人としてのキスだった。
「じゃあ、これからは、基本はオオカミの姿でいてさ。生活に不便なときだけ戻るってことで」
「そんな都合よく切り替えていいんかよ」
「うん、だって……。その方が、君らしくていい気がする」
布団の中で、ノアがもう一度クロウに抱きつく。
毛皮は消えても、彼の体温も、匂いも、ずっと変わらなかった。
「大好きだよ、クロウ」
「俺も。ノアの“命令”なら、いくらでも従うよ」
今夜、ふたりは新しい主従の形に落ち着いた。
それは従順な獣と気弱な主人で。
けれど誰よりも深く結びついた、ただ一組の恋人同士の形だった。