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連休明けの社内は、いつもより少しだけ浮ついていた。
連休中に止まっていた空調が、まだ本調子じゃないとばかりに低く唸っている。ポットの置いてある共用の机の上には、各地のお土産のお菓子がいくつか置かれていて、ぼくが出社するよりも前に誰かが配った個包装のクッキーがキーボードの横にぽつんと乗っていた。
「どこ行ってきたんですか?」
「実家。ほぼ寝てた」
「いいなあ。こっちは子供の相手で逆に疲れましたよ」
「高速、めちゃくちゃ混んでたらしいですね」
そんな会話が、あちこちの島から聞こえてくる。
ぼくも自席に座ったまま、連休明け特有のぼんやりした空気に混じっていた。パソコンはまだ起動中で、画面には親の顔よりも見たロゴが出たまま止まっている。パソコンもぼくの頭もまだ休日側に半分残っていた。
そのとき、課長が執務室の前方に立った。
「はい、じゃあ朝礼始めます」
その一言で、ざわざわしていた空気が少しだけ引き締まる。
フロアの全員がなんとなく自分の席の横に立ち、課長の方を向いた。ウチの朝礼は会議室に集まるような形式ではなく、執務室内でそのまま立っておこなう。だから、朝礼といっても堅苦しいものではない。現にはす向かいの同僚は課長を横目に溜まっていたメールを捌くべくキーボードを鳴らしている。
課長は手元のメモを見て、咳払いをひとつ。
「えー、皆さん。ニュースでご存じの方もいると思いますが、連休中にSNS投稿をきっかけにした情報漏洩事件がありました」
何人かが顔を上げた。
「社員が何気なく投稿した写真に、社内の機密資料や顧客情報が映り込んでいた、というものです。当社としても同様の事案を防ぐために、改めて注意喚起を行います」
課長はそこで、少し横にずれた。
「では、情報セキュリティ担当の大神係長から説明をお願いします」
「は、はいっ」
灰色の毛並みをしたオオカミ獣人で、大柄な体型。ぼくよりも頭ひとつは背が高いはずだ。ただし背を伸ばせば。そう、いつも、いまも申し訳なさそうに身体を縮めて、眉は逆ハの字。首からぶら下がっている社員証の中にいる精悍な顔立ちとはまるで別人だ。
ぎこちない動きで前に出ると、耳は怯えたように伏せられて、尻尾だって脚の後ろで小さく丸まっていた。
「え、ええと……今回、問題になっているのは、写真投稿型のSNSです。特に最近は、通知が来たタイミングでその場の写真を撮るタイプのアプリが流行っていて……」
大神係長は、紙の資料に目を落としながら説明を始めた。
「たとえば、この……BeeReal、というアプリがあります」
資料を裏返すと、黄色と黒のハチの絵が描かれたアイコン。
誰かが小さく笑った。
「ハチだからBeeってこと?」
「なんかかわいいですね」
悪意があるわけではないのだろうけど、そのひそひそ声で大神係長の耳がさらに伏せた。
「えっと、その、名称はともかくとして……このアプリは、一日に一度、ランダムな時間に通知が来ます。その通知から短時間のうちに、前後のカメラで同時に写真を撮る仕組みです」
できるだけ丁寧に説明しようと準備してきた資料。
でも、休み明けのふわふわした空気はまだ部屋中に蔓延している。隣の島では誰かが小声でお土産の話を続けているし、少し離れた席では社内チャットの通知音。若手のひとりは、もう知っている話だと言わんばかりに、退屈そうにマウスをカチカチと鳴らす。
「つまり、その……自分では机の上だけを撮ったつもりでも、背後のホワイトボードや、モニターに表示された資料、社員証、あるいは在宅勤務中の作業環境などが意図せず映り込む可能性があります」
大神係長はそこで一度、みんなの顔を見回した。
「ですので、皆さんも、業務時間中や社内での撮影は絶対に行わないようにしてください」
返事はほとんどなかった。
誰かが「はーい」と軽く言った。
誰かが笑った。
誰かはもうパソコンの画面しか見ていなかった。
大神係長は、もうそれ以上強く言えなかった。
「あの……本当に、気をつけてくださいね。本人が気付かないところが映ることもありますので……」
声が、だんだん小さくなっていく。
ぼくは、なんとなく胸がちくりとした。
大神係長の言っていることは間違いなく正しい。
かなり大事な話だと思う。
でも、本人があまりにも気弱で、あまりにも押しが弱いせいで、誰にもまともに届いていない。
大きな身体で皆の前に立っているのに、叱られた仔犬みたいに小さく見える。
課長が横から口を挟んだ。
「まあ、とにかく、うちでも一度実際に使ってみて、どの程度リスクがあるのかを確認しておきたい。係長、検証のほうも進めておいて」
「は、はいっ。承知しました」
「誰か若いひとに協力してもらえばいいでしょう。こういうアプリ、詳しいひといるでしょ」
課長は簡単に言ってのける。
けれど、その言葉に名乗りでる者はいなかった。
全員が、ほんの少しだけ視線を逸らした。
モニターを見る。
机を見る。
配られたお土産を見る。
まるで急に、全員がものすごく忙しくなったみたいだった。
大神係長は、資料を胸の前で持ったまま、困ったように耳を伏せた。
「あ、あの……どなたか、少しだけ協力していただけると……」
返事はない。
「検証用なので、個人的な投稿をしていただくわけではなくて……その、仕組みを確認するだけで……」
すがるような目。それでも、誰も手をあげない。
ぼくはため息を飲み込んだ。
こういう役回りは、いつも大神係長に回ってくる。面倒な担当。誰もやりたがらない社内ルールの周知。反応の薄い注意喚起。やったところで褒められず、何かあれば責任だけ問われる仕事。
大神係長は気弱なのも相まって、そういう仕事を断れない。
そして、誰も協力しない。
「……あの」
気付いたら、ぼくは手をあげていた。
大きな耳がピクリと動いた。
「ぼくでよければ、少し手伝います」
「佐倉くん……」
大神係長の顔が、露骨にほっとした。
股に挟まっていた尻尾が、ほんの少しだけ揺れた気がした。
「本当に、いいのかい?」
「はい、検証だけですよね」
「もちろん。業務上の確認だけで、変なことにはしない」
大神係長は、なぜかそこだけ妙に真剣に言った。
隣の課長は満足そうに頷いた。
「じゃあ、大神係長、佐倉くんと進めておいて」
「はい」
朝礼が終わると、すぐにいつものざわめきに戻った。
昼休みのあと、大神係長に手順を教えてもらいながら、ぼくはスマホにBeeRealを入れた。
アプリのアイコンは、朝礼で見たとおり、黄色と黒のハチの絵だった。丸っこい目をした妙にかわいいハチがこちらを見ている。
「なんか、思ったよりもかわいいですね」
「そうだね。名前もアイコンもかわいいけど、リスクはかわいくない」
その真面目な顔のわりに、アカウント作成では少し手間取っていた。パスワードの条件に引っかかり、認証メールを探し、通知許可の画面で「これは許可していいのか」と小声で迷っている。
ぼくが横から教えると、大神係長はそのたびに申し訳なさそうな上目遣い。
「ごめんね、こういうのに疎くて」
「いえ、大丈夫です。検証ですし」
最終的に、ぼくと大神係長はお互いだけを登録した。
検証目的だから、余計な相手は追加しない。投稿も、業務に関係するものが映らない場所で行う。撮った写真に何が映るのか、どの程度注意が必要なのかを確認する。
そういう、なんというか、かなり地味な確認作業のはずだった。
少なくとも、その時点では。
その日の仕事は、連休明けらしく妙に細かい確認が多かった。メールは山のように溜まっているし、チャットも未読だらけだし、連休前に「連休明けでいいです」と言われたものが、当然のように全部今日なだれ込んでくる。
日が落ちるころには、頭が少しぼんやりしていた。
大神係長は、たまにぼくの席の近くを通るたびに、
「BeeRealの件、無理しなくてもいいからね」
とか、
「通知が来ても、会社のものが映る場所では撮らなくてもいい」
とか、
「本当に、気をつけてね」
なんて、小声で念を押してきた。
朝礼では誰にも聞いてもらえていなかった分もあるのか、ぼくに対してはやたら真剣だった。
少し気の毒で、少しかわいいと思った。
そして、ようやくの帰宅後。
風呂から上がったぼくは、タオルで髪を拭きながら自分の部屋に戻った。
久々の労働。身体が妙に重い。部屋着を着るのも面倒で、腰にバスタオルを巻いただけのまま、ベッドに座る。
そのときだった。
スマホが、短く震えた。
画面にはあのハチのアイコンが出ている。
『今を撮ろう!』
「あ、来た」
思わず声が出た。
BeeRealの通知だった。
大神係長の言葉を思い出し、部屋を見回す。
社用パソコンや社員証はカバンの中。
机の上に会社の資料もない。
モニターも消えている。
「よし、会社のもの、なし」
画面には、自分の顔と、部屋の一部が映っている。風呂上がりで髪は少し濡れているけれど、まあ検証だし、大神係長しか見ない。
少しだけ顔を整えて、上裸が映り込まないように撮影ボタンを押した。
投稿された画面を見ても、特に問題はなさそうだった。
「大丈夫そうだな」
そう思って、ぼくはスマホをベッドに置いた。
そして洗面所に戻り、ドライヤーを取ろうとしたとき、またスマホが震えた。
大神係長からのDMだった。
『佐倉くん、すまない。今の投稿なんだが』
ぼくはぎくりとした。
まさか、何か映っていたのだろうか。
『会社のもの映ってました!?』
すぐに返す。
返事は少し間を置いてから来た。
『会社のものではない』
ぼくは首をかしげた。
『じゃあ大丈夫ですよね?』
『大丈夫ではない』
え。
ぼくは慌てて、さっきの投稿画面を開いた。
見えるのは、自分の部屋だけだ。机も、ベッドも、カーテンも、特におかしなところはない。
『何が映ってます?』
大神係長からの返事は、また少し遅かった。
『その……見えているというか』
『見えている?』
『大事なトコロが……』
大事なトコロ?
ぼくは画面を見たまま、少し固まった。
『大事なトコロってどこですか?』
『だから、その、アソコだ』
『部屋のどこです? 机? 本棚?』
謎解きゲームになってきた。
『テレビに映っている』
テレビ。
ぼくは自分の部屋の、黒いテレビ画面を見た。
電源の入っていないテレビは、暗い鏡みたいに部屋の光をうっすらと反射している。さっきの投稿画面にも、確かに画面端に黒い四角が映っていた。
『テレビに会社のものが!?』
『ちがう。キミのものだ』
キミのもの。
ぼくは、投稿画面をもう一度拡大した。
黒いテレビ画面。
そこには、風呂上がりの自分がうっすら映っている。
腰に巻いたはずのバスタオルは、座ったときに少しずれていたらしい。
反射は暗くてぼんやりとしていたけれど、明るさを上げると、そこには確かに、見えてはいけないものが見えていた。
ぼくの股間。さらに言うなら、ちんぽが。
「うわっ」
声が出た。
慌てて投稿を削除する。
手が滑りそうになった。心臓が変な音を立てている。風呂上がりのはずなのに、背中だけ急に冷えた。
『消しました』
数秒後。
『確認した』
確認した。
その言葉で、また変な汗が出た。
『見ました?』
送ってから、聞かなければよかったと後悔する。
でも、聞かずにはいられなかった。
返事は短かった。
『見えてしまった』
見えてしまった。
その言い方が、あまりにも大神係長らしくて、ぼくは頭を抱えた。責めているわけでも、からかっているわけでもない。本当に、見えてしまったことを申し訳なく思っている文面だった。
『どのくらいですか?』
『答えたくない』
『そこまで見えていたんですね』
『そういう推理をしないでくれ』
ぼくは恥ずかしさのあまりスマホを伏せた。
もう見られてしまった。あの気弱で真面目な大神係長に。
朝礼で誰にも話を聞いてもらえず、困ったように耳を伏せていたひとに。
検証だからと、ぼくと二人だけでつながった相手に。
よりにもよって、ぼくのちんぽを。
『本当にすまない』
『わたしが頼まなければ、こんなことにはならなかった』
『見ようと思って見たわけじゃないんだ』
立て続けにDMが来た。
ぼくは慌ててスマホを手に取る。
『係長のせいじゃないです』
『自分が確認不足でした』
『会社のものじゃなくてよかったです』
少しして、返信が来る。
『会社のものではなかった』
『だけど、別の意味で重大だった』
その真面目すぎる言い方に、こんな状況なのに少し笑いそうになった。
けれど、すぐにまた恥ずかしくなる。
重大。
見えてしまった。
大事なトコロ。
大神係長がその言葉を打つまで、どれだけ画面の前で悩んだのかを想像してしまう。耳を伏せて、尻尾を丸めて、スマホを両手で持って、どう伝えればいいのかわからずに固まっていたのだろうか。
そう思うと、恥ずかしいのに、少しだけ胸が変な風にざわついた。
翌日。
大神係長は、わかりやすいくらいに様子がおかしかった。
朝、ぼくが出社して「おはようございます」と声をかけると、手に持っていた書類を落とした。
「あ、お、おはよう。佐倉くん」
目を合わせてくれない。
ぼくも恥ずかしかったけれど、大神係長のほうがもっと恥ずかしそうだった。
昼前、給湯室の前で二人きりになったとき、ぼくは小声で聞いた。
「係長、昨日のことなんですけど」
「す、すまなかったね」
即答だった。
「まだ何も言ってませんよ」
「でも、悪いことを……見てしまった」
紙コップを両手で持ったまま、耳をぺたんと伏せた。
その様子に、ぼくは少しだけ意地悪な気分になってしまう。
「どこまで見えたんですか」
「職場でする話じゃない」
「じゃあ、職場じゃなかったら答えてくれるんですか」
「佐倉くん」
困った声で名前を呼ばれた。
そのとき、ぼくは気付いてしまった。
係長はただ気まずいだけじゃない。昨日のことを本当に忘れられていない。
思い出さないようにしているのに、思い出してしまっている。
ぼくの、その、ちんぽを見てしまったことが、大神係長の中にまだ残っている。
その事実が、恥ずかしいのに、妙に気になった。
夜、帰りの電車でぼくのスマホにDMが来た。
『少し、変なことを言うけど』
その時点で、ぼくはなんとなく分かってしまった。
周りの乗客から画面を隠すように手で囲いを作る。
『あの時見えてしまったものが、頭から離れない』
『その』
ぼくは画面を見つめる。
『もう一度、見てみたいと思ってしまった』
しばらく、返事が打てなかった。
普通なら断るべきなのかもしれない。
上司と部下。しかも会社での検証なんだぞこれは。
『いや、やっぱり忘れて』
間髪入れずに返信を打つ。
『見たいんですか』
下車する駅に着く頃になって、ようやく返事が返ってきた。
『見たい』
ぼくも、きっと大神係長も、頭がおかしくなっていたんだ。
玄関のドアを開けるなり、カバンを放り投げた。
ベルトを外す指が震えてもどかしい。
スマホを手に持ち、アプリを起動した。
はやる気持ちを抑えて、投稿の公開範囲が友達だけになっていることを改めて確認する。万が一、全体公開なんかになっていたら社会的に抹消されてしまうからな。
深呼吸。
カメラには、自分の顔と、丸出しの股間。しかも、完全に臨戦態勢のモノ。
あまりにも滑稽だ。
気恥ずかしさから、カメラから目をそらす。
やっぱり辞めておこう。
その瞬間に、アプリが鳴った。
大神係長が投稿したことを知らせるメッセージ。
そこには、整理整頓された机と、真っ赤になった大神係長の顔。
これから、ぼくのちんぽを見ることになる顔。
迷いなく投稿を終えて、目をつぶる。
軽い目眩。自らの鼻息がうるさい。
喉がカラカラになって、水をがぶ飲みした。
ずいぶん前に辞めたはずのタバコを吸いたくなる。
拷問のような待ち時間のあと、スマホが震える。
『見えた』
またしばらくの間を置いて、メッセージ。
『見入ってしまった』
ぼくは大神係長の顔をみながら射精した。
ようやく訪れた休日。
「お、おじゃまします……」
昼間、急いで大きめのスリッパを調達しておいてよかった。
「飲み物なにか飲みますか? お茶でもビールでも」
目が合わせられない。
「あー、なにかテレビでも観ます? あんまり面白い番組もやってなさそうですが——」
「……テレビ」
テレビという単語に反応して、細い声で呟く。
そうだ、本題は別だった。
手に取ったリモコンを机の上に置いて、消えたままの画面を見つめる。
「み、見ます?」
大きなオオカミは、小さく頷いた。
椅子に腰掛けている大神係長の前に立って、ベルトに手を掛ける。
ズボンを下ろすと、すでに張られたテント。心臓が痛い。
せわしなく動く尻尾。泳ぐ視線。
やることはひとつ。望んでいることもひとつ。
わかっているのに、欲望よりも羞恥のほうがわずかに上回っているのかそこから先に進めない。
自分の意思とは裏腹に、テントが脈動する。
金色の中に浮かぶ黒点が、それにつられて動いた。
「こ、こんなの恥ずかしいよね?」
困った顔でぼくを見上げる。
「佐倉くんだけ恥ずかしいのは悪いから……」
返事ができないまま、下半身が露わになるのを見守った。
少しだけ野性味溢れる匂いが鼻をくすぐる。正直なところ、食事時には嗅ぎたくない匂い。
「あっ」
それは大きな図体から想像していたよりも随分とかわいらしいモノだった。
小ぶりな皮付きソーセージが、一生懸命に勃起をアピールしている姿。
「っ……そうだよね、小さいよね……」
消え入りそうな声。
「で、でも、こうすれば全部剥けるから」
先っちょだけ顔を出していた亀頭の全容が明らかになった。過保護なピンク色。
見栄剥きをして少しだけ自慢げなオオカミにいじらしさを感じると共に、小さくとも紛れもなく勃起している様に頭を揺さぶられた。
つまり、これは、当たり前のことだけど、このオオカミは興奮しているのだ。
性的興奮。ぼくの大事なトコロ……ちんぽを見たくて興奮している。
背中を指でなぞられる感触。紛れもなくぼくは、ぼくのちんぽは性的な対象としてこのオオカミに見られている。
グラビアアイドルが『そういう目』で見られるとわかっていても水着になるのと同じ感覚なのだろうか。
「えっ、わっ……す、すご」
オオカミの目の前に勃起ちんぽをさらけ出すと、目が見開かれた。
「写真で見るよりも大きい……」
胸の奥がくすぐったい。もっと褒めてほしい。
「なんていうか、立派だ」
はじめてかけられる言葉に耳の先がジンジンと痺れる。
「も、もっと、言って」
実際に口に出したのか、心の中で切望したのかわからない。
「ち、ちんぽって。立派なちんぽって言って」
そう言って見せつけるように腰を突き出すと、オオカミは全身の毛を逆立てて目を伏せる。
「ち……ちん」
尻尾が不随意的に暴れ出す。
「ちん、ぽ。りっ、立派なちんぽ……だね」
声を詰まらせながらそう言って、照れくさそうにぼくの顔を見た。
抗えない引力が、オオカミの顔とちんぽを引き寄せていく。
くん。
「ちょっ、あっ」
くん、くん。
黒い鼻先が周囲の空気をかき混ぜる。
いつの間にか尿道口から我慢汁が染み出てくる。
「すご、いぃ……エッチな匂い」
オオカミはうっとりとちんぽを嗅いだ。
ぼくのちんぽと連動しているかのうように、小ぶりな亀頭も我慢汁で光っている。
「おおきい……ちんぽ、すごい……」
にちゅっ。
「あ、あっ……!」
湿った鼻が亀頭に触れた。オオカミが思わずのけぞると、銀の橋がかかる。
荒い息。だらしなく半開きになった口からは、白い山脈のような牙がのぞく。
呼吸に合わせて、闘牛士が使う布のように赤い舌が揺れている。
お互いの視線が合った。
ぼくはそっと手を伸ばし、長いマズルに触れる。一瞬ビクリと身を縮めたが、すぐに弛緩していく。
手のひらで、指先で、鼻先から眉間のほうまで撫でる。今度は逆に鼻先へ向かって。逆立てられた毛が一筋の線になる。
もどかしげな呻きと共に、オオカミは我慢汁をぴゅ、と出した。
はじめからそうあるべきだったかのように、ちんぽがマズルの中に収められていく。
「んっ、く、口の中、あつい……」
火傷しそうな体温がちんぽを包む。
くぽ、にゅぽ。
目を閉じて、遠慮気味の抽挿。
やがて締まりきらない口角からは、白い泡が垂れてくる。
この唾液の中にぼくの我慢汁はどのくらい含まれているのだろうか。
こみ上げてくる射精感。だしたい。今すぐにでも射精したい。それと同時に、もっと口内の感触を味わっていたい。
上顎の、ギザギザとした段差にカリ首が引っかかる。搾乳機のように裏筋から我慢汁を絞り出す舌の動き。
指数関数的にこみ上げてくる感覚を誤魔化すように、再びマズルを撫でた。ここまで、ちんぽが入っているんだということを示すように。
「ちんぽ、おいしいですか?」
「んっ、ふごっ」
ぱた、ぱたたっ。
塞がれた口の代わりに、小さなモノに似合わない量の精液が床にこぼれた。
ぴゅ、ぴゅっ。ぴゅ。
「ああ、もう……でます!」
これ以上耐えることなんてできなかった。
「いく、いくっ!」
びゅ、びゅるっ。びゅっ、ぴゅ。
吐き出された精液を飲み出す喉の動き。
えずくような声。
むせ返り涙目になりながらも、ちんぽは咥えて離さなかった。
逆流した精液が白い鼻水になり、ずび、と啜る様子に思わずもう一度マズルを撫でると、オオカミは尿道に溜まっていた精液をどろりと吐き出した。
会議室の空気は張り詰めていた。
課長だけではなく、部長、専務、重役と錚々たる面々。
「それでは、例のBeeReal検証について簡単に共有してもらえるかな」
お偉方のひとりが口を開いた。
「ひゃっ、はいっ!」
舌を噛みつつ、安物のロボットのように登壇する大神係長。
「そ、それでは——」
時折声をうわずらせながらも、丁寧に作られた資料を読み上げていく。
「なるほど。本人が気付かない〝見えちゃいけないモノ〟が映ってしまうことがあるわけか」
その言葉に大神係長がビクリとした。
「うっかり〝大事なトコロ〟が見えてしまったら大事だな」
ぶわりと毛が逆立っていく。
「しかしまあ、使い方に気をつければそんなに危険な——」
スマホアプリに理解がありそうな若手幹部が言いかけたとき、大神係長が遮った。
「だ、ダメですっ! 危険ですっ! い、いろいろ、み、見えちゃうと大変なコトになりますっ!」
色々と思い出したのだろう、羞恥で顔を真っ赤にして叫ぶ。
「そ、そうか。まあ大神くんがここまで真剣に訴えるなら……」
必死の形相が功を奏したのか、アプリの危険性は十分に伝わったようだ。
かくして検証期間は終わり、全社的に使用が禁止され、ぼくたちもアプリを消すことになった。
会議の後片付けを済ませ、二人だけの会議室でお互いのスマホを開く。
「じゃあ、これで、アンインストール、っと」
「検証に付き合ってくれてありがとう……えっと」
そわそわと何か言いたげな大神係長。
ぼくはそっとマズルに手を乗せた。
「こっちの検証は——」
尻尾がピンと立った。
「いや、検証が終わったからこれからは本番、ですよね」
大きな背中の向こうでホコリを巻き上げる尻尾を見ながら、ぼくたちはそっと口づけをした。
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