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【R-18】狐の嫁入り【初夜/催淫/体格差】

  時は平安、康保二年。

  「見つけたぞ、妲己(だっき)! 貴様のような悪しき妖狐は、天才陰陽師である私が使役し、世の為に使ってやろう! さぁ、どこからでも掛かって――へぶふっ!」

  勝負は瞬きの合間に決まった。六尺はあろう大きな黒い前足が、自称天才陰陽師の男を踏み付けた。

  「なんだ、この猿は」

  黒き山肌の真っ赤な裂け目から人の言葉が放たれた。

  大地を揺らすような低い声。鼓膜を揺らされた者は、忽ち呪われてしまいそうな悍ましさがある。

  「黒狐(こっこ)様、ご無事ですかぁ?」

  黒き山の前に小振りの赤毛の狐が三匹駆け寄り人の言葉を放った。

  「問題ない。雑魚だ」

  人間の男を踏み付けた獣の足が緩慢な動きで持ち上がる。幸いにも男の形は保たれていた。

  赤狐達は男に群がりきゃっきゃっと笑う。

  「久しぶりの人間の肉だ!」

  「黒狐様、こやつは我等が食ろうても構いませんか?」

  「早くっ……早くっ!」

  黒狐と呼ばれた巨大な山は、天上に大欠伸を見せ付けながら「好きにしろ」と言う。

  「やったあ、やったあ! これは女の肉だ!」

  「女の肉は柔らかい、間違いなく美味だ、美味だ!」

  「……?」

  黒狐は巨体から繋がる首をにゅっと伸ばし、虫の息となった男の姿を陽区確認する。

  間違いなく男だった筈だが、地に伏しているのは若い女であった。

  身の丈に合っていない白の狩衣と立烏帽子は、さきの男が着用していたものと同じもの。

  黒狐は瞬時に「女は変化の術で男に成りすましていた」ことを理解する。

  「なんてことだ」

  人に畏怖の念を抱かせる声音には、明らかな動揺が滲んでいた。

  巨躯がゆらりと霧となって消え失せ、辺り一帯がまばゆい濃霧に包まれる。

  ――ざっざっざっざっ。

  浅沓(あさぐつ)が締め固まった土肌を踏み進める音がする。

  霧の中で背高の影が浮かび上がった。

  「この俺が、女を痛めつけてしまうとは……」

  霧の中から現れたのは、黒狐と同じ声帯を持つ男。濡れ羽色の髪、女人よりも透明な肌、冷たい印象を与える細い眉と切れ長の目。そして、七尺にもなる背。

  大きいのは何も縦にだけではない。太い首、広い肩幅、大きな手足を持っている。

  加えて、髪と同色の獣の耳を頭上に付け、背後には大きな尾を背負っている。

  上質な毛に覆われた三角耳と巨大な尾が相まって、まるで鬼のような迫力がある。

  出で立ちは貴族。漆黒の直衣に立烏帽子を被っている。

  「黒狐様、何を狼狽えることがありますか? 人間の女は男の肉より美味いではありませんか」

  嬉々として前足を持ち上げる赤狐は、その男を「黒狐」と呼んだ。

  半獣の男――黒狐は、横たわる女の前に膝を突き、軽い身体を腕に抱く。

  首を傾け獣の耳で女の息を確認すれば、細い息が耳に掛かった。

  黒狐は女を抱いたまま踵を返す。

  「えっ!? 黒狐様ぁ!?」

  「ずるいです! ずるいです! それは我々にくれると言ったではありませんか!」

  「女は駄目だ。手当てをしたのちに人里に帰す」

  「えー!」

  黒狐は赤狐達には一瞥もくれてやらなかった。

  この場は合戦跡地。そこから森に入り獣道を行く。次に足を止めた場所は、金色に輝く泉の前。

  黒狐は浅沓のまま水面を歩く。水面の上を歩いている。

  不思議だろう。形を持たぬ水の上を歩くなんて。

  黒狐が泉の中央で立ち止まると泉の輝きが一層増す。

  金色の眼が静かに閉じられる。

  六つ数えた頃に目を開けと、そこは金色の濃霧が漂う異界である。

  †††

  此処は妖泉(ようせん)。妖が住まう世。人が住まう現世とは別時空に存在している。

  「……んっ?」

  瞼を通り抜けた陽の光に誘われて女は目を覚ます。

  開けられた障子から見える見事な庭を起き抜けの眼でぼぅっと眺める。

  一瞬、自邸に戻って来たのかと思ったが、よく見れば知らぬ庭だ。

  「此処は何処!?」

  布団から飛び起きた女は自身の装いを確認する。

  淡い桃色の単衣を身に纏い、元から着ていた狩衣は見当たらない。

  冷静になろうと深い呼吸を行った。

  此処は何処かの貴族の邸の客間だろう。しかし、どういう経緯で寝かされることになったのか思い出せない。

  確か大きな気配を感じと邸を飛び出したのよね? きっと妲己に違いと思って急いでて……。

  「ああ、駄目、そこから何も思い出せな――痛っ……?」

  自身の頭に掌を押し当てると頭蓋に痛みが響く。

  頭を打ち記憶が抜けたことを悟った。

  頭の痛みに驚いて呆然としていると障子の向こうから、とたとた、と複数の足音が聞こえて来る。

  「あっ! 女が起きてる!」

  「死んでなかった」

  「残念だ」

  女の元を訪れたのは赤狐が三匹。黒狐の傍で群れていた狐達だ。

  狐が人の言葉を話したことで女は後退する。

  「狐が人の言葉を操るということは妖! さてはお前達、妲己の手下だな? お前達の長は何処にいる? 言わねば祓ってしまうぞ!」

  「なんだこの女。雑魚のくせに払い屋気取りだ」

  「血の気が多いから男が寄って来ないんだぞ」

  「行き遅れるぞ~」

  「よ、余計なお世話よ!」

  人間の女事情に首を突っ込まれて恥ずかしいやら悔しいやらで、女は拳を震わせる。

  そんな女の様子を見た赤狐達は、各々の顔を見合わせたのち、ぱっと笑みを咲かせる。

  「まあ、丁度良いな!」

  「あぁ、丁度良い!」

  「めでたい、めでたい!」

  狐達が何やら色めき立ち。障子の陰から新たに五匹の赤狐達が姿を現した。

  その手には水が張られた桶、手ぬぐい、白装束、豪華な髪飾り、漆喰の化粧箱などが持たれている。

  「な、何?」

  女は困惑を隠す為に険しい顔を作って赤狐達を睨むけれど、狐達は深い口を不気味に持ち上げた。

  「ご支度願いますぞ、贄嫁様!」

  にえよめ……?

  聞いたことのない言葉に思考を絡め取られている間に、狐達が女に襲い掛かる。

  「うわぁぁ!? 何するの!? やめなさいっ、やめなさいってば!」

  単衣を奪われ、全身を拭かれ磨かれ、白装束に着替えさせられ、髪を結われ、化粧を施される。

  術を以て制しようと手印を結ぼうとしたが、両脇を固められてしまい強制的に白装束を着せられた。

  「はぁ……はぁ……な、なんの?」

  やっと解放されて息を整えていると、二匹の赤狐が姿見を運び入れて女の姿を映す。

  映し出された自身の姿を見て女は呆ける。これは明らかに花嫁衣裳だ。

  「ささっ! 行きましょうぞ、贄嫁様」

  「我等の主様がお待ちです」

  「お早く、お早く!」

  「???」

  手を引かれ、背中を押されて客間から連れ出される。

  縁側を行き、渡殿を越えた先の寝殿は邸の長の居住場所である。そこで一体どんな化物が待っているのか。

  緊張と恐怖を上回る好奇心が女の足を動かした。

  寝殿に足を踏み入れ、御簾を潜った先にあったのは、通常のものより二回りも大きな帷の御帳。南側の帷が上がっており、その脇を固める鎮子は当然のように狛狐であった。

  二匹の赤狐がとととっ、と軽快な足取りで御帳の中に入り眠っているらしい当主を叩き起こす。

  「黒狐様~! 贄嫁様の支度が整いました~! 祝言をお早く、お早くぅ~」

  「やっと嫁が手に入ったというのに惰眠を貪っている場合ではありませぬ」

  黒狐って……もしや妲己!?

  女の細い喉が上下する。しかし、綺麗に紅を乗せた唇が孤を描く。

  またとない好機だ。あの妲己の根城に入り込んだとなれば、この機を逃す手はない。奴が油断している隙に呪縛の術で捉えてやる。

  「あぁ? 誰がいつ嫁なんて取って?」

  「――えっ?」

  腹に響く程の低音を太い喉で奏でながら気怠げな様子で御帳から姿を現したのは、女を連れ帰ったあの黒狐。今も男型を保ち、黒い単衣に赤い腰紐を巻いた姿だ。

  金色の眼がぎょろりと動き女の姿を目に写す。

  「なんだ、まだいたのか。さっさと人里に帰してやれ」

  「何故です? 食わぬなら贄嫁になされば良い」

  「年寄りのくせに照れないでくださいませ」

  「誰が年寄りだ! それに照れてなんかいない!」

  巨漢に怒鳴られた赤狐達は、慌てて女の後ろに隠れる。

  盾変わりにされた女は、あわあわと唇を震わせながら果敢に食って掛かる。

  「だ、だ、だだだだ妲己! こ、此処で会ったのが百年め! お、おおお、おまっ、お前は、わ、わた、私がし、し、し使役してやるんだあ!」

  九字護身法の九印(九種類の印を順に結び災いや邪気を祓う為の修法)を結ぼうとするが、すっかり怖気づいて縮み上がった身体では真面に指も動かせない。

  哀れな程に怯え震える女に黒狐は身を乗り出して女に陰を落とす。

  「随分と阿呆な陰陽師もいたものだ。妲己は金色の女狐、俺は黒狐の雄。どうすれば見間違える?」

  「たっ……」

  確かに……。

  唐から持ち込まれた古い妖絵巻には、金色の毛皮を纏った九尾の女狐が描かれていた。

  目の前にいる妖狐は黒の毛並みの耳の耳と尾を持ち、そもそも尾は一本。そして男型ともなれば、流石に人違いならぬ狐違いをしたことを認めざるを得ない。

  「一つ忠告しておいてやろう。雑魚のお前では妲己の調伏など不可能だ。辞めておけ」

  「ば、馬鹿にするな! 私は天才陰陽師だ! 必ず妲己を倒して我が物とする!」

  「ほぉう、そうかい。頑張れよ」

  「そ……っ、その前に妖狐! 貴様も――」

  精一杯の虚勢を張って黒狐に食って掛かろうとする女だが、金色の瞳から迸る殺気に当てられ腰を抜かす。

  その場にへたり込んでしまった女に再度問う。

  「俺も……なんだ?」

  女は恐怖のあまり涙を流す。それも滝のような色気のない涙を。

  「な……何も泣くことはないだろう……」

  「黒狐様が泣かしたー!」

  「贄嫁様がお可哀想です~!」

  「お謝りになられた方が良いのでは?」

  自分で泣かせてたじろぐ黒狐を赤狐達は嘲笑う。

  女に向けた殺気とは比べ物にならい強烈な殺意を向ければ、赤狐達は蜘蛛の子の如く散った。

  「お前少し可笑しいぞ。狐の姿の俺を前にしていた時は勇猛果敢だっただろうが。何故、人型の俺を前に怯える?」

  黒狐の問いに女は視線を落とす。

  「お、お前のような巨漢はこの国にはいないからなっ……。お、大きな妖は沢山いるけど……」

  なんとも下らん理由に黒狐は鼻で笑い飛ばす。

  この時代では、肉を食うことは躊躇われている為、栄養が足らず男女ともに躯体があまり大きく育たないのだ。

  「一つ聞くぞ。あの時お前は男に化けていたな。何故だ?」

  「……」

  「語らぬか……。まあどうでも良い。とにかく安心しろ。俺はお前を取って食ったりはしない。元いた場所に帰れ」

  「……」

  「どうした? 腰が抜けて立たないか?」

  「……か」

  「?」

  「帰りたく……ないっ」

  「……はぁ???」

  鼻を啜りながら帰宅を拒否する女に、黒狐の首を大きく傾いた。

  †††

  ある時から女は居場所を見失った。

  貴族に第一子として生まれた女――結子は、陰陽師である父を甚く敬愛しており、憧れからその背中を追った。

  自身もいつか父と同じ陰陽師になるのだと高らかに宣言していた記憶は今も薄れることはない。

  幼少の頃は誰もが子供の戯れと思って「女は陰陽師にはなれない」と優しく諭した。

  陰陽師は高官である。この時代、女は為政の職に就くどころか意見さえもしてはならないのだ。

  いつか解かる日が来ると思っていた家の者達だったが、結子は物事の分別が付く年頃になっても陰陽師になると言って聞かなかった。

  母から強く叱りつけられてからは、人目を盗んで父の部屋の書物を読み漁り、独学で呪術や祈祷を覚えた。

  しかし、隠れて術の修行に励んでいるところを父に見られてしまった。

  母と同様に父も怒りに震えた。男の領分に女が踏み込むなどあってはならないと激昂し、娘を激しく折檻した。

  敵の首を晒し上げるように髪を引っ掴んで邸中を引き摺り、妻や侍女に「お前達が躾けぬから愚かな者になった」と怒号を飛ばし、娘の兄弟達には「このようになってはならぬ」と言い聞かせた。

  それから、家の者達は当主の怒りを買わぬようにと結子に辛く当たった。

  母も侍女も兄弟達も揃って蔑みの眼差しを向けるようになり、自分の居場所がないように思えた。

  故に意地になった。父を越える陰陽師になれば、女だとか男だとかそんな矮小な理由だけで己を遠ざけることは出来なくなると考えた。

  父に対する敬愛と尊敬は、闘争心に変わった。

  必ずや父よりも優れた陰陽師になり、己の存在意義を認めさせてやると決意し、一層修行に励んだ。

  呪術で作った分身を邸に置き、変化の術で男に扮し、外で呪術の研鑽を重ねた。

  男の姿になるのは、貴族の娘が森や山にいると賊に襲われたり、たまたま居合わせた町人が騒いだりする可能性がある為だった。

  そのように地道な鍛錬を重ねた結果、小物の妖なら容易く祓えるようになった。そして、調子に乗って妲己の討伐を決めた。

  父の直衣や狩衣に形代(紙人形)を忍ばせて、陰陽寮内で妲己に関する情報がないか探りを入れたが、何の情報も得られなかった。

  しかし、前触れもなく大きな妖力を感じ取り妲己と早合点。そうして冒頭に至る。

  「ははあ! 獣も人も変わらぬな。火の粉が降り掛かることを恐れ異端を爪弾きにしなければ気が済まないか」

  御帳の前に胡坐を掻く黒狐は、結子の身の上話を聞いて高らかに笑った。

  「取り合えず、お前は俺に感謝するんだな。喧嘩を売った相手が俺でなければ今頃食い殺されていたぞ」

  金色の月に浮かぶ縦長の瞳に凝視された結子は、あからさまに顔を逸らす。滲み出る大妖怪の覇気に怯んでしまう。

  「ど……どうして、私を生かして帰そうとするの?」

  「俺は女と童は殺さん主義なだけだ」

  「妖狐のわりに優しいのね」

  生温い感想に黒狐は意地の悪い笑みで結子の青い顔を覗き込む。

  「ただ女の怨念が鬱陶しいだけさ」

  「……そ、そう」

  言いたいことはよく解る。

  黒狐は立ち上がり庭を眺めながら結子に帰宅を促す。

  「帰りは赤狐達に送らせる。さっさと帰れ」

  「嫌」

  「……」

  再び結子の視界が涙で揺れる。

  ずっと気付かないふりをしていたが、心の傷は既に膿んでいる。

  父から足蹴にされ、母や兄弟、侍女達からは冷遇される始末。帰りたくないと思うのは至極当然。だが、家を飛び出しても頼れる者はいないし、一人で生きて行く覚悟もない。

  この時代の貴族の娘は、外の者と言葉を交わすこと自体稀有である。

  こうして己の全てを打ち明けた相手は、目の前の妖狐だけ。

  ほんの少し寄り掛からせて欲しかった。その相手が人間でなくても構わない。それぐらい、結子は孤独だった。

  「か……帰りたくないっ」

  またしても滝のような涙を流す結子に、黒狐は若干困惑気味に後頭部を指で掻く。

  「早く帰らぬと後悔するぞ」

  「しないもん」

  涙に濡れた瞳が上目遣いで黒狐を見詰める。途端に黒狐の胸がざわついた。

  良く言えばうら若く、悪く言えば乳臭い甘ったれた小娘の縋るような瞳は、男の性を逆撫でる。

  「……暫しの滞在を許す」

  黒狐はそう言って向拝の階段から庭に出て瞬きの間に姿を消した。外出のようだ。

  「あ……ありがとう、ございます」

  一足遅くとも、結子は消えた広い背中に頭を下げた。

  †††

  あれから数日が経過した。結子は居候させてもらう代わりに邸の清掃や庭の手入れ、食事の支度など、赤狐達と共に働いた。

  貴族の娘故に働くことを知らなかった結子は、数え切れない粗相をして、その度に赤狐達からの嘲笑と叱責を浴びた。しかし、徐々に要領を掴み与えられた仕事を手早く済ませられるまでに成長した。

  そうしているうちに赤狐達とも仲を深め、暇な時は囲碁を打ち、蹴鞠に興じ、釣殿で釣りをして、夜には雅楽を奏でた。

  皆と共に邸の裏手にある温泉に浸かりじゃれ合うまでになると、結子は家族に対する未練がないことに気づく。

  「結子、お前はもう人の世には戻らないんだろう? なら黒狐様の贄嫁となれ」

  毎日赤狐からそう責付かれ、その度に曖昧に返事する。

  湯から上がった結子は、使わせてもらっている客間に戻り布団に入る。

  いつまでも片付けられない花嫁衣裳が目に入る。衣桁に掛けられた純白の花嫁衣裳は、闇夜に包まれた部屋の中で僅かな煌めきを放っている。

  贄嫁とは一体何なんだろう。言葉通りに解釈するなら生贄として、またはその変わりとして人ならざる者に嫁ぐことを指すんだろうけど、黒狐は一言も私を嫁に欲しいとは言っていない。

  赤狐達が私を贄嫁にと言うのは、人間で言う親族が結婚を催促するのと同じ感覚なのだろうか。

  「ん?」

  衣桁に掛けられた花嫁衣裳から逃れるように寝返りを打つ。顔の前に置いた手が僅かに透けているような気がして上体を起こす。

  寝ぼけている?

  不思議な現象に首を傾げる。障子の隙間から零れる月明りに手を透かすと、透けている。

  「……嘘」

  結子は布団から飛び出し、転がるように縁側に出た。

  単衣の裾が乱れようとも気にせず当主の寝所がある寝殿まで駆ける。

  「黒狐!」

  寝殿内部の間仕切る御簾を二つ潜った先の御帳に向かって当主を呼ぶ。

  此処に世話になることになった日から一度も顔を会わせていない黒狐の影が、帷に浮き出る。

  「やっとか」

  「黒狐! あ、あのね、身体が透けているの。わ、私このまま死っ」

  「落ち着け、死にはしない」

  影がゆらりと立ち上がり、長い腕が帷を上げる。

  姿を現した黒狐は、白の単衣を身に纏い、女の結子よりも豊満で逞しい胸板を露わにしている。

  しかし、今はその色香にたじろいでいる場合ではない。

  「ただ刻が来ただけだ。そのまま黙っていればお前は人の世に還ることになる」

  「人の世に、還る……? じゃあ、此処は何処なの? 人の世じゃない?」

  黒狐は鼻から息を吐き出しす。

  どういう感情なのだろうか。狐の金色の眼からは何も読み取れない。

  「此処は妖泉、人の世と切り離された妖が巣食う世だ。人間は此処に留まってはいられないのさ。一定の期間で自然と現世に還る仕組みらしい」

  結子は言葉を失くす。

  あの家に戻るのか。また、はぐれ者として扱われ、邸の隅に追いやられるのか。

  絶望に打ちひしがれる結子は、静かに崩れ落ちる。

  「そんなに還りたくないか?」

  「……うん」

  力無く頷く結子の前に黒狐が片膝を突く。

  「此処に留まりたければ嫁に来ることだ」

  「……嫁?」

  「妖泉に留まるには、人の身を捨て妖となる必要がある。手っ取り早い方法が俺に嫁ぎ、夫婦の契りを交わすことだ。人であることを辞められるか? もう二度と近親とは会えないが、その覚悟はあるか?」

  その問いに小さな頭が繰り返し上下する。

  結子は少しの躊躇いもなく黒狐の求婚を受け入れた。

  「はい。あなたの妻になります。どうか、どうか、宜しくお願い申し上げます」

  両膝の前に両の手を付き、深く頭を下げる結子。黒狐は小さな顎を大きな手で掴み顔を上げさせた。

  「夫婦になる以上は、嫁としての務めを果たしてもらうぞ」

  鋭い眼光が結子を試す。

  結子は柔らかな手付きで黒狐の顔を両手で包み、形の良い唇に口付けた。。

  「はい、お世継ぎは必ず」

  「ならば良い」

  「!?」

  逞しい身体が結子に迫り、軽い身体を肩に担ぐ。

  結子は突然のことに目を丸くするが抵抗はしない。

  運ばれた先は御帳の中。浜床の上に敷かれた大きな布団の上に転がされ、巨躯が覆い被さった。

  「名はあるのですか?」

  胸の膨らみの合わせに掛けられた指が止まった。

  「妖は固有の名を持ち合わせない」

  大妖怪と呼ばれるようになれば、勝手に人から適当な名で呼ばれるようになるが、黒狐と言うのは探せば他にもいる。仮に結子の前に他の黒狐が現れた場合、ややこしいことになってしまうと考えて名付けを提案する。

  「では、私が名を差し上げても?」

  「……まさか俺を名で縛る気か?」

  術師の類は、使役する妖に名を授けて縁を深める。そうすることで妖は術者を裏切ることが出来なくなるのだ。

  陰陽師としての多少の才覚がある結子からの名付けの申し入れに、黒狐が警戒するのも当然のこと。結子は慌てて首を横に振る。

  「ち、違います。もう、陰陽師を気取るような真似は致しません……。ただ夫婦になるなら夫の名を呼びたいと思うのです」

  「……なんだ、さっきからやけにしおらしいな」

  ついさっきまでもっと砕けた口調だったくせに寝所に連れ込んだ途端に淑女を気取る様に、黒狐の口角が上がる。

  結子の頬がぽっと赤らむ。

  「こ、これまでの不遜な態度をお詫び申し上げます。まさか夫婦のお相手になるとは露ほどにも思っておりませんでしたから……」

  今までは黒狐を妖と侮ってあの態度であったが、夫婦になる以上は礼儀作法を弁えたいと考えている。しかし、黒狐は不満らしい。

  「別に構わん。お前は生意気な方が可愛げある」

  「お……お前ではありません。結子です」

  「……ほぉ、先に名を開示するか」

  名の開示も縁を深める行為に値する。まして人から妖に名を明け渡すと取り憑かれる恐れがあり、大変危険な行為だ。陰陽師を目指していた結子がそれを知らない訳はない。つまり、黒狐と夫婦になる覚悟の証明であった。

  「良いだろう。俺に名を寄越せ」

  黒狐は存外、然程小賢しい妖ではない。腹を括った女に報いる為に名付けを許した。

  「では、月魄(げっぱく)様とお呼びしたく」

  「俺を月の神と呼ぶか」

  胸元に掛かる指が再び悪戯に動く。単衣の合わせの縁を滑り腰紐に触れる。

  片手で器用に結び目を解き、縊れた腰から引き抜いた。

  「そっ……その眼がお月様のようですから……」

  月に倣った名を授けるとはまた愛らしいことをする。

  「その名、頂戴する」

  黒狐改め月魄は、結子の桃色の唇を食らう。

  単衣の合わせを払い退け、白く華奢な身体を両手で撫で回す。

  玉肌に焼け痕が付いてしまうのではないか。そう思わせる程の熱い掌に結子の背が早速弓なりになる。

  背の中央の浅い谷を二本の指の腹が滑り上れば、愛らしい唇から熱い吐息が零れた。

  「っ……く、くすぐったい、です」

  「畏まるな。楽に話せ」

  「でっ……でも――っ!」

  控えめ乳房、右の房を一口食われる。

  優しく吸い上げられ、生きが良い鯰のような分厚い舌が乳頭を扱く。

  「~~???」

  心地の良い悪寒に驚いた身体が小さく跳ねる。

  じゅっと音を立てたのちに乳房から口が離れるが、今度は左の房が襲われる。

  「ひんっ!」

  金色の双眼が薄められる。

  「っ……っ、は………っ、ん……ぅ?」

  「左の乳の方が感じるか」

  「アッ~~~???」

  左の蕾を指先で摘ままれ、指の中で転がされる。

  何これ、何これ、何これ???

  貴族の生娘に教えられる閨の作法はそう多くはない。

  陰所(ほと)に魔羅を挿れて子種を注がれる。夫の成すこと全てを受け入れることと、決して拒絶したり、嫌などと言ってはいけないこと。それぐらいしか教わらない。

  だからこの行為の必要性がまるで分からないが、結子は今、焦っている。

  「月魄、さまっ……お、早くっ……お早くっ」

  「焦るな。ゆっくり愉しみたい」

  男や大人の女が色を好む者が多いと聞いてはいるが、今の結子には時間がない。

  「だ、だめっ……早くしないと私、此処から消えてしまうのでしょう?」

  「……ああ、まだ大丈夫だ」

  「どのぐらいの時間が残っているのですか? いいから早く交わってください!」

  結子が分厚いに縋り付くと腰を引き寄せられる。

  すると、長く太い何かが股座を押し上げて愛らしい目が丸くなる。

  「そんなに急いているなら自分で咥えてみろ」

  金色の双眼が随分と冷えた光を宿す。

  次の瞬間には月魄の上に乗せられほんのり湿った蜜口にそれが押し当てられる。

  「そのまま腰を落とせ」

  「は……はいっ」

  結子は従順に腰を落とす。そして声にならない叫びを上げる。

  「いぃぃっ! ~~~、~~~、~~~」

  「はははっ、痛いか? それが破瓜の痛みだ。その痛みを和らげてやる為に男は女を愛撫する。そのうち女の気分が高まって陰所を湿らす。そうしてやっと魔羅を挿し込めるんだ」

  ほんの少し蜜口を割っただけでこの痛みだ。とてもじゃないが、このまま力尽くで挿入する訳にはいかない。間違いなく失神するし、最悪死んでしまうかもしれない。

  すっかり怖気づいた結子は、蚊の鳴く声で「ごめんなさい」と謝罪を口にした。

  素直に身を任せる気になった裕子の頬を撫でながら、たんと優しく口を吸う。

  「っ……んぅ……ふ……っ……」

  「口を開けろ」

  「んうっ!?」

  後頭部を抑え付けられあの舌が唇を割った。

  分厚い鯰が結子の短い舌に絡み付いて暴れ狂う。

  口いっぱいに男の舌を押し込められ、尻を揉みしだかれても必死に受け入れる。

  羞恥から月魄を突き飛ばしてしまわないように太い首に腕を回すと、大きな三角耳がぴくりと揺れた。

  「舌を出せ」

  「は、はい」

  言われた通り口を開けて舌を出せば、月魄も同じように大口を開けて牙と舌を見せ付ける。

  「~~っ」

  ゆっくり互いの舌の表面が合わさり、ずりずり、ずりずり、上下にずれる。

  また、ぞくぞく、するっ……。

  背筋に走る甘い悪寒に眉を寄せる結子の表情は、月魄の劣情を誘う。

  小さな尻の後ろで御帳の天井を指す巨根の鈴口からは、だらしのない先走りの汁が溢れ出ている。

  「ひっ!」

  尻の愛撫に夢中だった手が蜜口に触れた。

  堪らず細い喉から短い悲鳴が鳴るが、再び結子の唇が塞がる。

  太い指は蜜口に撫でるだけで割ろうとはしない。先程よりも水気を帯びてはいるが、まだまだ足りないのだ。

  月魄は指に蜜を纏わせそれを結子に見せる。

  「えっ……あっ……わ、私、そ……粗相を……っ?」

  尿を零したと思い込んで血の気が引く結子を月魄は笑い飛ばす。

  「違う。女も男も発情すると股座が濡れる。体が男を受け入れる支度をしているだ」

  発情。男を受け入れる支度。と言われた青い顔に再び血が通う。

  「結子」

  「はい?」

  月魄は意地の悪い笑みではなく、優しい微笑みを見せる。

  「覚悟しておけ」

  「なにを――っ~~~~~~ぅえ???」

  視界から消えた蜜付きの指が向かったのは陰裂の上部に付いた小さな芽。それを優しく指の腹で捏ねてやれば、まろい尻が大きく跳ねる。

  「え? あ? あぁぁあ??? やっ――、ま、まって???」

  鋭利な刺激に驚いた結子は、咄嗟に月魄の上から退けようとするが、敷布に押し倒され、頭の上で両の手をひと纏めに拘束された。

  脚を閉じように巨大な膝が内股にあるせいで閉じられない。

  「ぅっ~~~~~くっ、ぅぅぅう」

  「ははぁ、下手な啼き声だな」

  小さな芽に襲い掛かる猛攻は止まらず、結子は首を横に振って「やめてくれ」と懇願する。

  乳頭への愛撫でもそうだが、敏感な場所を刺激されると、己の意思とは関係なく身体が震えてのた打ち回る。

  堪らず足の裏で固い腹を押し返すが、月魄は意に介さない。

  芽を押され、擦られ、爪で弾かれる度に快楽が身体に蓄積し、次第に大きな波となるって結子の理性を攫おうとする。

  「やっやっやっ~~、いやぁぁっ! やめてぇ、やめてってばっ! へ、へんぅっ! へん、だからぁ!」

  「構うな、そのまま狂え」

  もう透けていない手で自身の顔を覆い指先を立てる結子は、来たる何かに怯える。

  「アッ! アッ、アァッ??? やっ――、やぁぁ??? な――、――、――」

  「そら、いけ」

  「~~~~~~~~~~~~~~っ、――、――、~~~~~~っ、ぐ、ぅぅぅ???」

  大きく背中を浮かせて結子は達する。

  初めての絶頂に上手く息が出来なくて溺れそうだ。

  視界は眩い瞬きが散って月魄の顔がよく見えない。

  「これが果てだ。堪らないぐらい気持ちが良いだろう?」

  結子は長い波のあとにやっと来た余韻の中、快楽の爆ぜに唖然としたまま動けない。

  月魄は痙攣が抜けない身体を起こして背後から抱き、細脚に自身の丸太のような脚を絡めて開脚を強いる。

  「まだまだ、気張れよ」

  「???」

  長く太い指がどろどろに蕩けた蜜口を割った。

  †††

  空が白んで来た。

  「アッ……アッ……、や、やぁぁっ……はや、く、してぇっ……、消えちゃう、消えちゃうからぁっ」

  汗を滲ませ上気した顔を敷布に擦り付ける結子の尻を高く持ち上げるのは、陰所に差し込まれた二本の指。

  一晩掛けて解された陰所は、丹念に解され多量の蜜を溢す。

  「うぅん……まだ心元ないが」

  「もっ……も、い、いっ! はや、く、ぅ……してってば……っ」

  陰所を犯される強烈な痛みは越えたが、部外者に体内を支配される異物感は苦痛だ。けれど、その陰に隠れている心地良さも感じられるようになり、訳が分からなくなりそうだ。

  ふやけた長い指が陰所から引き抜かれ、指に絡み付く密が手首まで垂れる。

  獰猛な舌はそれを舐め取った。

  しっとりと濡れた背中に分厚い身体が重なる。

  「んぅ???」

  「噛んでいろ」

  結子の狭い口腔に濡れた指を押し込められる。それと同時に、蜜口に待ち望んだものが押し当てられる。

  先程の痛みを思い出して顎に力が入るが、月魄の指に傷が付くことを恐れて踏み止まった。

  「挿るぞ」

  「――っ! ~~ぐっ、~~ぅぅ……っ、っ」

  初物の壺がめりめりと音を立てている気がする。

  先走って挿入を試みようとした時よりは幾分かはましだが、やはり化物の逸物も化物。初物の壺では正直受け入れ切れない。

  「やはり狭い……。仕方がない。享楽の域まで勾引かしてやろうなぁ」

  月魄はそう言って空いている手で空を下から上へ一度仰ぐ。

  何処からともなく薄紅の煙が漂い始め、御帳の中の空気が重くなる。

  「っ? っ……?? はっ……ぁえ???」

  破瓜の痛みが嘘のように消え失せる。だが、代わりにあの快楽の悪寒が戻って来る。

  この煙は妖狐が使う術であり、人間の五感を狂わせ幻覚を見せる作用がある。

  結子には痛みを快楽と錯覚させる術を掛けたのだった。

  「そら、どうだ」

  「――ひんぅっ!? ~~~~~~~っ!?」

  一息で亀頭が子部屋の戸口まで届き結子は目を剥いて奥歯を噛み締める。

  何これ! 何これ! 何これぇ!

  陰核で得た鋭利な快楽とはまた違う。膨大で質量のある快楽だ。

  「此処からが本番だ。励めよ、結子。人の世に帰りたくなければ俺の子種を搾り取れ」

  「はうっ――???」

  抽送が始まった。

  浮き出た骨盤をしっかり掴んでこつ、こつ。緩やかながらも強く腰を打ち付けられる。

  「はっ……はっ……っ、っ、っ~~~~、あぁぁぁうっ???」

  鳴き慣れていないが、その声音はかなり甘く蕩けている。

  初心で淫靡な己の嫁が愛らしくてついつい律動が早まってしまう。

  いけない、いけない。いくら催淫で発情させたからと言っても、初物は丁寧に扱ってやらねばな。

  「アッアッアッアッ~~、ンッ、ンンッ! う、うぅぅあっ~~、な、なぁに???」

  「……ははぁ」

  零れた笑みは邪悪そのもの。労わりの心とは不釣り合いな笑みを結子が見たらどう思うか。

  恐ろしい顔をしている自覚がある月魄は、御帳の天井を見上げる。

  とん……とん……とん……。とん、とん、とん。とんとんとん。

  「~~~~~~~~っ、っ、っ~~~~! い、きゅっ――、ぅぅぅぅぅ……っ」

  子部屋の戸口を激しく突かれると堪らなく気持ちが良くて甲高い鳴き声を絞り出す。

  「ンッ……? ――ウアッ!?」

  子部屋の戸口から亀頭が遠ざかり安堵したのも束の間。蜜壺の蹂躙が始まった。

  浅い隘路を端から端まで何度も何度も往復して、子部屋を開けろと迫る。

  「――っ! ――っ! ――っ!」

  「何処に行く気だ? 俺の寵愛がなければお前は消えてしまうぞ?」

  胎から全身に響き渡る膨大な快楽から逃れようと敷布の上を泳ぐ結子。

  月魄は、簡単に手折れてしまう手首を血管が浮き出た手で敷布に縫い付ける。

  巨体を薄い背中にぴったりと重ねて容赦なく腰を打ち続けた。

  「んぅぅぅっ! ~~~~ぅぁぁ、ぁぁ、あああっ??? やえ、やえて! やえてぇっ~~、お、おかし、っ、おかじぐ、なるぅ!」

  「構わん。このままいかせてやるから狂っていろ」

  「~~~~ぅぅあっ、――、――、――やらぁぁっ! やぁぁっ――、アッ??? アァァ???」

  「っ……」

  種付けの態勢に入った月魄は、甘美な壺の感触に集中する。

  あれだけ丹念に解し、これだけ穿ってもまだ硬い肉襞は、今だから味わえる嗜好品。

  この嗜好品をこれから己の形に矯正して行くのが楽しみで笑いが止まらない。

  「アッアッアッ~~~~きゅ~、――っ――っ――っ、アッ――、ら、らめっ……らめぇ、らめぇっ……やらやらっ――、や、や、や、や――、やぁぁぁっ」

  強力な催淫を掛けてある筈だが、結子は初物故にまだ理性が残っており、うまく中でいけない。

  「集中しろ、結子」

  月魄は体位を松葉崩しに変えて、巨躯を限界まで曲げ濡れた唇を吸う。

  「ンッ――、~~~~~~~~~っ~~~~~~~~~っ~~~~~~~~~っ」

  ついに、結子は果てに至る。膨らみ続けた快楽が弾け、津波となってこの身と理性を攫って行く。

  きも、ち……い……、げっ、ぱく、さま。

  「っ……結子、結子。俺の結子」

  結子の心と思考が月魄に流れ込む。

  嫁が快楽に善がっている。嫁が夫である己を求めている。

  長過ぎる生でこうも歓喜したことはない。月魄は結子の愛らしさに悩殺された。

  加えて尋常ではない隘路の締まり具合に興奮が抑え切れず、結子がまだ絶頂の中にいようとも構わず腰を振る。

  「――、――、――、~~~~~~~っ」

  「出すぞ結子。お前が望んだ子種だ。一滴残らず注いでやるからな」

  獣は低く唸りなる。

  それから間もなく、放尿のような勢いで多量の白濁が薄い胎の中に吐き出された。

  結子が意識を失う前、静かな笑みを見せた。

  月魄は結子の額に口付けて深い眠りへと誘った。

  †††

  天気の町に雨が降る。

  町人達は店を閉め、雨戸を閉めた家へと逃げ込んだ。

  霧が立ち込め、どこからか囃子が聞こえて来る。

  家の奥から童が囁く。「母さん、どうして外を見てはいけないの?」

  母は答える。「狐の嫁入りだよ。人は見てはいけないんだ」

  暫くして雨は止み、囃子は遠ざかった。

  童は外へと飛び出し感嘆の叫びを上げた。「うわあ! 母さん、見てよ、まん丸な虹だ!」

  終点のない大きな虹が都の頭上で咲いている。

  この時、娘が失踪したとある貴族の陰陽師は、円虹を見た途端に発狂した。

  あとがき

  久しぶりのpixivの投稿になってしまいました。

  日本舞台ファンタジーを今後書いて行きたいのですが、勉強不足で時代背景の解像度が低く今作の執筆にはかなり時間が掛かってしまいした。

  2月もpixivで短編出したいと思いますので、次回作もよろしくお願いします。

  FANBOXでは、二月から新連載が始まります。拙作のpixiv短編小説「隻腕の獣に強制給餌を続けたら私が食われた」を書き直したお話になりますので、良ければお付き合い頂けますと励みになります。

  それでは、最後までお付き合いありがとうございました!

  銀鹿

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