霧の大陸、ノエタウンにあるレシラム教教会。
教会内を移動したカフカは上層階にある部屋を見て回った。豪華な室内には絵画や調度品が飾られているが、それを覆うかのように大量の血痕が広がっている。それらを見たカフカは顔を顰め、他の部屋を見て回る。
「…誰もいない?」
暖炉の火が消された部屋の中を覗き、カフカは疑問の声を漏らす。室内には天蓋付きの豪華なベッドが置かれており、床には酒瓶やゴミが散らかっている。
ベッドのシーツは酷く乱れており、部屋の中の空気も冷え切っている。しかし、暖炉の中の木炭は余熱を含んでおり、何物かが暖炉の火を消して、部屋を後にした事が伺える。
それを見渡したカフカは再び脚を動かし、1階にある大聖堂へと移動した。その道中では、いくつかのフロアを偵察したが、いずれのフロアにも人質の姿はなく、ようやく1階に辿り着いたカフカの耳に、若い牝の悲鳴が聞こえる。
カフカは足音を消し、通路を移動する。
やがて、通路の脇にある小部屋から悲鳴が聞こえることを確認したカフカは、扉の覗き窓から室内を確認する。室内には時の守護者と彼らに乱暴される若い牝の姿があり、部屋の隅には複数の若い牝の姿がある。それを確認したカフカは小麦粉の入った袋とナイフを手に持ち、室内に突入した。
突然、乱入してきたカフカに対して、時の守護者達は反応が遅れた。
人質の牝を犯していた牡のファクスライは驚いた顔でカフカと目を合わせるが、次の瞬間にはカフカの投げたナイフがフォクスライの胸に突き刺さり、彼は床に倒れ込む。
カフカは続けて小麦粉の入った袋を投げつけ、部屋の隅で人質の牝を殴っているルガルガンの視界を奪う。
その間にカフカは室内を駆け、ルガルガンの腹を短剣で切り裂く。その痛みにルガルガンは悲鳴をあげるが、カフカは別のナイフをルガルガンの鳩尾に突き立てる。
ルガルガンの口から血の泡が溢れ出す。
カフカは脚を止めず、ルガルガンを蹴り飛ばし、先ほどの短剣でフォクスライの首筋を切り裂く。
室内にフォクスライの大量の血液が飛び散り、部屋の隅では横隔膜に穴を開けられたルガルガンが呼吸できずに悶え苦しんでいる。床を転がるフォクスライはやがて失血死し、ルガルガンもまた息を引き取った。
声を出す暇を与えずに彼らを仕留めたカフカは、大聖堂にいる時の守護者達に気取られていないか警戒し、辺りを確認する。通路に異変はなく、カフカは安堵の溜息をこぼし、視線を人質達に向ける。
カフカの顔が凍りつく。
室内にいる人質は10人、いずれも若い牝であり、全員が衰弱している。彼女らの背格好から騎士団の団員やレシラム教の関係者、旅人、別の街から誘拐された町民である事がわかる。だが、カフカが驚いたのは、別の事が原因である。
人質の若い牝達は、全員の腹が膨らんでおり、一目で孕んでいる事がわかる。
彼女らは突然乱入してきたカフカに怯えた目を向けるが、我に返ったカフカは「安心しろ」と声をかけ、彼女らを拘束する縄をナイフで切り裂く。
「…俺は探検隊だ、騎士団の要請で君達を助けに来た」
カフカの話を聞き、人質達は驚いた顔をみせた。やがて、彼女らは身体を震わせながら泣き出し、顔を両手で覆った。
人質の1人、アローラキュウコンのシスターは衰弱した身体を動かし、カフカに声をかける。
「…助けに来たのは、あなただけですか?」
シスターの問いにカフカは首を左右に振る。
「安心しろ、外には騎士団が待機している…君たちの退路を確保次第、騎士団に合図を送るよ」
カフカの話を聞いたシスターや人質達は安堵の溜息をこぼす。だが、彼女らの腹は大きく膨らんでおり、動きを制限していた。
現状の人質を連れて、教会外の雪原を移動するのはリスクがある。
その事を推測したカフカは、脱出前に騎士団に合図を送り、彼らと共に行動した方が安全であると予想し、カバンの中に手を伸ばした。
その間、カフカは辺りを警戒しながら人質の1人、首から騎士団の証を下げた牝のアブソルに尋ねる。
「人質は他にいるのか?」
カフカに問われたアブソルは、涙と唾液と精液で汚れた顔を左右に振る。
「…教会が陥落した際、私以外の牡の団員は皆殺しにされました…教会の関係者や従者などの牡の人質もいましたが…地下の倉庫に閉じ込められています」
「…」
「…地下倉庫から連れて来られた人質は、私が最後です。私が地下倉庫から連れ出された時には、牡の人質は…かなり弱っていました」
アブソルの証言を聞き、カフカは表情を曇らせる。時の守護者達は暴力と牝に飢えた狂気の集団である。そのような連中が牡の人質をどのように扱うかは、明らかである。未来の世界の惨状を知っているカフカは、人質の末路がどうなるのかを理解している。故に彼は顔を顰め、やがて顔をあげ、人質を見渡す。
「…誰か、牝のゾロアークを見たか?」
カフカの質問に彼女らは首を振る。だが、先ほどのアブソルのみが首を縦に振り、静かに口を開く。
「…確か、窓の外を歩くゴウカザルがゾロアークを抱えているのを見ましたが…」
アブソルの証言を聞き、カフカは窓に目を向ける。小さな採光窓から雪原の一部が見えており、その先には海岸線に続く道がある。
カフカは辺りを見渡すが、人影はなく、静かな雪景色が広がっている。特に変わった様子は見られず、カフカは苦い表情を浮かべる。
(…今は人質の救出が最優先だな)
思考を切り替えたカフカは視線を室内へ戻す。そこに関への工作を終えたフランツが、扉を開けて入ってきた。人質達はフランツを見て悲鳴を漏らすが、カフカは「仲間だ」と言い、彼女らに落ち着くように声かけする。
カフカはフランツに目を向ける。
彼の視線の意図を理解したフランツは静かに首を左右に振り、小さな声で呟く。
「地下の人質は全滅だ…」
アブソルの証言とフランツの報告、それらから地下倉庫の状況を把握したカフカは眉根を寄せ、「わかった」と応えた。
「…どうやら、ヴィレムがニコルを誘拐して、海岸線の方に向かったようだ」
フランツはカフカの話を聞き、頷いた。彼は視線を窓の外に向け、静かな声で話し出す。
「…そろそろモロー達に合図を送るか」
フランツの意見に首肯したカフカは、カバンの中からパチンコとマグネシウムの塊を取り出し、採光窓を割る。カフカはそこからパチンコを構えて、外に向けて火の点いたマグネシウムの塊を放った。
直後、砲撃の轟音が響いた。
*
レシラム教の教会には複数の大きな窓があり、普段ならば空気の入れ替えや掃除、採光に利用されている。だが、今の教会は時の守護者達に制圧され、教会は要塞と化している。
開け放たれた窓から顔を覗かせた大砲は、教会の四方にある見張り小屋へと標準を向け、容赦なく砲弾を放っている。
吹雪の中、轟音が響く。
見張り小屋は跡形もなく吹き飛び、辺りにはバラバラになった死体が飛び散っている。
物陰から砲撃を見ているモローは、僅かに息を吐き出し、呼吸を整える。冷気に冷やされたモローの呼気が白く曇っている。
「…ギリギリで間に合いましたね」
部下のマニューラの言葉を聞き、モローは頷いた。彼らの眼前には、見張り小屋の中で仕留めた時の守護者達の死体が砲撃によりバラバラになる光景が広がる。
砲撃が始まる直前、オズワルドからの信号に気がついたモロー達は即座に見張り小屋から脱出し、教会から距離を取り、木や積雪の陰に身を顰めた。その直後、教会の高層の窓が開き、小型の大砲による砲撃とライフル銃による銃撃が始まった。
辺りに轟音が響く中、騎士団の面々は教会から遠方に移動し、安全な距離を確保する。モローは息を整えつつ教会に目を向け、部下のマニューラに命令する。
「…ノエタウンに電信だ。『遊撃隊は砲撃を受け、足止めを喰らっている。支援砲撃を求む』と」
マニューラは頷き、携行式の電信機を背負った部下を呼び寄せる。その間にモローは装備を確認し、教会に目を向ける。
砲撃してくる窓は2箇所あり、広範囲をカバーしている。また、ライフル銃を構えた守護者達の姿があちこちの窓から見えるが、無防備に曝け出しているため、自らの所在を明らかにする愚策である。
それらを見抜いたモローは、教会の一部から強烈な光が広がる事に気がついた。何者かにより、火のついたマグネシウムが外に投げ飛ばされ、その光が辺りに広がる。
オズワルド達からの合図を視認したモローは、ノエタウンの方向に展開している騎士団の砲撃部隊の支援を待つ。
数秒後、ノエタウンの方向から轟音が響き、複数の砲弾が飛来してくる。砲弾は続々と教会へ飛来し、弾頭が命中し内部に充填された薬剤が辺りに飛び散り、大量の白煙を作り出す。それは時の守護者達の視界を奪い、モロー達の姿を隠す。
それを視認したモローは、張りのある声で叫ぶ。
「突撃‼︎」
モローが命じた直後、飛行タイプの団員達が武装した騎士を背に乗せ、教会へと飛び立つ。白煙により砲撃と銃撃が阻止され、団員達は悠々と騎士を運び、開け放たれた窓から内部へと侵入する。
眼前の視界を覆う白煙の対処に苦慮していた守護者達は、突然、目の前に現れた騎士の姿に驚き、反応が遅れてしまう。
戦闘訓練を受けていない時の守護者達がマスケット銃を構える速度は、訓練を受け実戦経験のある騎士達の剣より遅い。各所の窓から侵入した騎士達は室内の時の守護者達に斬りかかり、瞬く間に突入経路を確保する。
「行けぇ‼︎」
団員のマニューラもまた、窓から侵入し室内の守護者を仕留めていく。あちこちの窓から侵入を許した守護者達は阿鼻叫喚となり、なんとか反撃しようとするが、彼らの剣技は稚拙であり、騎士達に勝てる筈がなかった。
同じ頃、大砲が顔を見せていた窓にも飛行タイプの団員が接近し、背中に乗せた騎士達を室内へと送り込む。砲手達も騎士が窓から突撃してくるとは予想しておらず、次々と仕留められ、瞬く間に砲撃と銃撃は沈黙する。
その間、モローは地上部隊を率いて雪原を駆け、教会へと肉薄する。砲撃と銃撃が止んだ以上、モロー達を止める術は存在しない。モロー達は正面扉に辿り着き、格闘タイプの団員が戦鎚を構える。
「やれっ‼︎」
モローの命令が響く。
直後、格闘タイプの団員が戦鎚を全力で振り、正面扉の関の付近を叩く。通常の関ならば、耐え切れる衝撃であるが、事前にフランツが薬剤で腐食させていた事もあり、関は瞬く間に破壊される。
正面扉は戦鎚の威力に耐えきれず、内側へと開く。
正面扉付近で待機していた時の守護者達も、丈夫な関が一撃で破壊されるとは予想しておらず、呆気に取られたままであった。その無防備な姿を捉えたモロー達はロビーに突撃し、時の守護者達に襲いかかる。
モローはロビーの中を駆け、手近な時の守護者に斬りかかる。
素早いモローの斬撃は時の守護者達の急所を斬り裂き、続々と倒していく。トレジャータウンではリラに圧倒されたモローであるが、彼の実力は確かな物であり、不慣れな剣で武装した守護者を排除する事など、赤子の手を捻るようなものである。
モローはすれ違い様に剣を構えるバオップへ斬りかかる。バオップはモローの斬撃を剣で受け止めようとするが、モローは剣の軌道を変え、バオップの剣の上に自身の剣を滑らせる。そのままの勢いでバオップの首筋を斬り裂き、続けてモローは近くに立つドレディアに向かってナイフを投げつける。
空を飛ぶナイフはドレディアの大きな瞳に刺さり、痛みに苦しむドレディアに接近したモローは、彼女の腹を一突きした。
モローはそのまま床を転がり、別の守護者の脚を短剣で切り裂く。脚から広がる激痛に守護者の動きが鈍り、その間にモローの部下達が槍で突き刺し、確実に息の根を止めていく。
その光景を見た守護者達は怖気づき、奥へと下がっている。
ロビーを制圧したモローは辺りを警戒しながら声を張り上げる。
「人質を救出し、カウフマンとヴィレムを探せ‼︎」
モローに命令された騎士団は教会内に突撃し、血塗られた大聖堂や礼拝室を駆けていく。その勢いを見た時の守護者達は我先にと上階へと逃げ出すが、マニューラが率いる突撃部隊が階段の上から降りてきており、彼らは挟み撃ちにされた。
時の守護者達は階段上で反撃しようとするが、上階から突き下される槍やボウガンを狭い階段で避けられるわけがなく、次々と串刺しになっていく。中には1階へ逃げようとする者もいるが、段差で脚を踏み外し、そのまま周りの守護者を巻き込み、階段を落下してしまう。
一番下まで落ちた守護者達は無防備な身体を曝け出し、そこにモロー達が追撃を加える。
無抵抗な人質や旅人に暴力を加えていた狂気の集団は、瞬く間に殲滅されていった。
直後、天井の方から轟音が響く。
砲撃音とは異なり、重量のある物体が落下し叩きつけられた音である。それを耳にしたモローは怪訝そうな顔を浮かべ、辺りを見渡す。
大聖堂脇の通路の奥から、見慣れた人影が走ってくる。
先に侵入したカフカは通路を逃げ惑う時の守護者達を次々と斬り捨て、動きを鈍らせる。その間に接近した騎士達が負傷した時の守護者に止めを刺し、脱出するカフカ達を援護している。
退路を切り開くカフカの後方には、人質を守りながら移動してるフランツの姿もある。
その光景を見たモローは「彼らを守れ‼︎」と部下に命じ、自身は巨大な戦鎚を振り回しているローブシンの相手をする。
ローブシンは腕力にものを言わせ、狭い通路で巨大な戦鎚を振り回す。その勢いは凄まじく、石造りの通路の壁が次々と崩壊し、辺りに破片を飛び散らせる。破片はフランツや人質達にも飛来し、彼らは物陰に隠れて退避する。
それを見たモローは彼らを護るべく、小型のナイフを2本取り出し、ローブシンに投げつける。ナイフは真っ直ぐに飛来し、ローブシンの持つ戦鎚がそれらを撃ち落とす。
「死ねぇ‼︎」
ローブシンは怒鳴り声をあげつつ、モローに襲いかかろうとする。
ローブシンの膝裏にボウガンの矢が突き刺さる。
予想外の一撃を喰らい、ローブシンの動きが鈍る。痛みに堪えつつ、彼が振り向いた視線の先には、壁に開いた穴を通り、後方に回り込んだマニューラの姿がある。マニューラは時の守護者達から奪ったボウガンで武装しており、ローブシンの後方から奇襲を仕掛けたのだ。
ローブシンの戦鎚は彼の正面で振り回されており、後方は無防備である。
その隙を突かれたローブシンの動きが鈍り、戦鎚の動きも遅くなる。その瞬間を見逃さなかったモローはローブシンに向かって斧を投げつける。ローブシンは飛来してくる斧に気づき、戦鎚の柄でそれを受け止めるが、負傷した膝は斧の勢いを吸収しきれず、彼はその場で膝をついた。
直後、ローブシンの眼前にモローの姿が映り込む。
モローは両手に持った短剣でローブシンの胸郭と首を切り裂き、ローブシンの胸を蹴り、後方へと退避する。大柄ではあるが、膝を負傷したローブシンはモローの蹴りに耐えきれず、その場に倒れ込む。
「がっ…ぶぁっ…」
胸郭に穴が開き、肺が膨らみきれないローブシンの呼吸が抑制される。頚動脈から大量に出血しており、ローブシンは石畳の上を転がり、苦しんでいる。その姿を見たモローは投げナイフを取り出し、天井に向かって投げつける。投げナイフは天井から下げられたランプの紐に命中し、支えを失ったランプは真下にいるローブシンに向かって落下し、破裂する。
辺りに燃料の臭いが広がり、ローブシンの身体が燃え上がる。
通路にローブシンの野太い悲鳴が響くが、モロー達は冷たい目で彼を見下ろす。モローは短剣を振り、刀身についた血を振り落とす。
「…悪魔は地獄に堕ちろ」
低く小さな声でモローは呟き、視線をフランツ達に向ける。既に、他の団員達が合流しており、人質とフランツを守りつつ、彼らをロビーへと誘導する。団員達は人質の肩に毛布をかけ、安堵するように声をかけている。
ロビーに戻ったモローの目に、人質の膨らんだ下腹部と彼女の姿が映り込む。
それらの意味を理解したモローは歯軋り、怒りの眼差しをロビーの隅に向ける。そこには捕虜となった時の守護者の姿があり、彼らはモローの怒りの視線に晒されて、恐怖する。他の騎士団員達も人質となったシスターや騎士、従者達の膨らんだ下腹部を目の当たりにして、彼らは怒りの目を捕虜に向ける。
「…この外道共が…」
アブソルの肩に毛布をかけ、怒りに燃えるマニューラは捕虜を睨みつける。彼の握り拳には力が込められており、怒りを抑制している事が伺える。捕虜達はマニューラや他の団員達の視線に怯え、ガタガタと身体を震わせている。
人質の中にはレシラム教の関係者や同じ騎士団の騎士の姿もある。彼らが怒りを覚えるのは当然の事であり、弱い立場になった時の守護者達は助命のために懇願している。
その姿を見たモローは見下したような目で彼らを睨みつけ、「腰抜けが…」と呟いた。
モローは視線をカフカ達に向け、静かな声で尋ねる。
「…他の人質は?」
モローに尋ねられたカフカとフランツは、目を伏せながら首を左右に振る。
「地下の人質は全滅だ…全員が凍死していた…」
フランツの報告を聞き、モローは歯軋りする。モローの視線はロビーにいる他の人質に向けられるが、彼女らの顔面には青痣があり、手脚には皮下出血の痕跡がある。
なにより、彼女らの下腹部は膨らんでいる。
それらの事から、時の守護者達が人質をどのように扱っていたかを把握し、モローは殺意の籠った目で捕虜を凝視する。彼やマニューラ達の視線に晒された捕虜は無様にも泣き出しており、中には土下座する者もいる。
モローは自身を落ち着かせるように息を吐き出し、静かな声で命じた。
「彼らは投降した捕虜だ、裁きを下すのは我々ではない…レシラム教の裁判を受ける権利がある」
冷静さを保つモローの言葉を聞き、マニューラ達は悔しそうな顔を浮かべる。しかし、モローの言う通り、捕虜に私的な制裁を加える事は禁じられている。彼らは近くにある花瓶や棚を壊し、怒りをぶつけた。
それを見たモローは、通りの良い声で命じた。
「第一小隊と第二小隊は人質の警護と捕虜の監視、ロビーを確保しろ。第三小隊と第四小隊は教会内と地下を制圧、難しい場合は捕虜にする必要はない。第五小隊はカウフマンとヴィレムを探せ」
モローに命ぜられた遊撃隊は各小隊毎に別れ、任務に当たる。素早く動く部下達を見たモローは、先ほど聞こえた落下音を思い出し、視線を頭上に向ける。
辺りには、ノエタウンから放たれる支援砲撃の音が響いている。
*
背中に突き刺さる馬鍬の針がオズワルドの背中の肉を斬り裂き、傷口から鮮血が溢れ出す。針に併設された穴から水が流れ出し、オズワルドの傷口から溢れ出す鮮血を洗い流し、床の乾いた血痕を濡らす。
「ああああっ!!」
背中を走る激痛にオズワルドは悲鳴をあげ、痛みから逃れようとする。だが、オズワルドの身体を拘束する革製のベルトは彼の身体を離さず、ただオズワルドの身体にダメージを与える。
肛門に響く以上の痛みが背中に広がり、オズワルドの悲鳴が室内に反響する。
将校は心地良さそうな表情でオズワルドの悲鳴を聞き、晴々とした顔でオズワルドを見下ろす。
「どうですか?受刑者の気持ちが理解できましたか?」
かつて、将校の片腕のKとして数多の者達を処刑台へと縛り付けたオズワルドは、自身が受刑者の立場になり、初めて機械の残酷さを体験する事になった。
生きたまま背中の肉を切り刻まれ、機械により文字を刻み込まれる痛みと苦しみを実感したオズワルドは、力の限りの悲鳴をあげる。背中の血は水で洗い流し、床へと落ちていく。その光景を真後ろで見ている将校は恍惚した表情で舌舐めずりし、一物を勃起させている。
激しい痛みと苦しみにより、オズワルドは胃の内容物を吐き出す。半分溶けたパンが胃液に混じり吐き出され、オズワルドの喉は胃酸に焼かれる。鼻腔に据えた臭いが広がるが、今のオズワルドにそれを気にする余裕はない。
背中を切り刻まれるオズワルドは力の限りの悲鳴を上げ続け、喉が枯れそうになる。だが、将校は子守唄を聞く赤子のように穏やかな表情をしており、オズワルドの悲鳴に耳を傾けている。
やがて、機械の動きが止まり、オズワルドの背中から針が抜かれる。ブチブチと肉を裂く音が微かに聞こえ、痛みのあまりに失禁しているオズワルドは、力の入らない身体を使い、何とか呼吸しようとしている。
ふと、オズワルドの視界の端に将校の姿が映る。
将校の手には炎の熱が宿されており、彼はゆっくりとオズワルドの背中を撫でる。
「ぎゃぁあああああ‼︎」
室内にオズワルドの悲鳴と肉と血の焼ける臭いが広がる。オズワルドの背中に刻まれた文字をそのまま残し、焼く事により止血した将校は、一物を勃起させたまま、オズワルドを見下ろす。
「あぁ…素敵だ…」
恍惚とした表情で将校は呟き、オズワルドの背中に掘らられた『裏切者』という焼き塞がれた傷を見て、舌舐めずりをした。度重なる激痛により、オズワルドの視界は白と黒の明滅を繰り返し、彼は意識を失いかけている。
オズワルドの目が、僅かに凹んだ床の一部分を捉える。
それは処刑台の脚が当たっている部分であり、処刑台や受刑者の重さにより、床が凹んでいた。
将校は捕虜や反抗的な者を処刑台を使い、痛ぶる事を趣味としている。それはこの部屋で幾度も行われており、床には受刑者の血と洗い流された水の跡がある。
木製の床に水を幾度も流し、放置した結果、処刑台と受刑者の重さが加わる床材がどうなるのか。
それを見抜いたオズワルドは、自身の考えに賭けるべく、身体を動かそうとする。
その間、将校はオズワルドの苦しむ姿を見て、剃り立ってしまった一物を処理すべく、オズワルドの尻の肉に手を伸ばす。
「さてと…また楽しみましょうか」
将校は朗らかに笑い、処刑台に乗り、オズワルドの尻を触る。
直後、オズワルドは身体を大きく動かし、体重を処刑台の脚へとかける。オズワルドの体重だけなら床も耐えたかもしれないが、オズワルドと交尾すべく、処刑台の上に乗った将校の体重も加わり、腐れた床材が破壊される。
処刑台は大きく右に傾き、将校は床に落下し、そのまま部屋の中を転がる。その間、処刑台の革製ベルトは傾いた衝撃により拘束が緩み、オズワルドが素早く腕を引き抜いた。
オズワルドの手の肉の一部が裂けるが、オズワルドは意に介さずに痛む身体を動かし、他の拘束から逃れようとする。
「っ…貴様ぁ‼︎」
その頃になり、体勢を立て直した将校は愛用のライフル銃を素早く構え、銃口をオズワルドに向ける。
銃口はまっすぐオズワルドに向いており、オズワルドは顔面を強張らせ、思わず目を閉じる。
直後、将校がライフル銃の引き金を引いた。
だが、将校には一つの誤算があった。
このライフル銃は、グレーテが金型職人と接触していると推測し、将校が自ら予備部品を集め作り上げた代物である。そして銃弾に使う雷管はグレーテが独自に生産しているものであり、将校が作り上げた銃弾は雷管の底面に薄い膜を張り、そこに自身の炎を灯して着火するという方式を採用した。
それ故に、将校の使うライフル銃は使用する度に加熱され、使用後は自然と冷却されるというサイクルを繰り返す。
加えて将校自身が炎タイプのバクフーンであり、並のポケモンより体温が非常に高い。更に、霧の大陸ノエタウンは雪国であり、常に気温は零下に達している。
つまり、将校の使うライフル銃は使用する度に過剰な加熱と冷却を繰り返しており、この世界の未熟な金属加工の技術では、この温度変化のサイクルに耐えられる物を作り出す事は不可能であった。
将校がオズワルドに向かってライフル銃を構え、引き金を引いた瞬間、将校の持つライフル銃の銃身が破裂した。過剰な温度変化が銃身の金属疲労を引き起こしており、銃身内部に細かな傷や劣化が発生し、そこに雷管の衝撃が加わり、ついに限界を迎えたのだ。
ライフル銃を構えた姿勢でライフル銃が破裂した事により、将校は破片と熱の直撃を喰らった。
「ぎゃあああああ‼︎」
ライフル銃が破裂した事により、将校の顔面は右半分が潰れ、右眼に鋭い破片が突き刺さる。破裂のエネルギーに耐えきれず、将校の右腕は肩関節から引き千切れ、床に落下する。
大動脈と直結する血管が傷つき、大量の血液が右肩の断面から溢れ出し、床に流れ出ている。
破片は将校の右脚や下腹部にも直撃し、彼の一物は切断され、床に転がっている。右腕と下腹部から大量の血を流す将校、その姿を見たオズワルドは呆然とした表情を浮かべたが、処刑台が少しずつ傾いている事に気がついた。
「…うわっ!!」
オズワルドは急いで飛び降り、処刑台から離れようとした。
次の瞬間、腐食と重量と破裂の衝撃により限界を迎えた床材は崩壊し、オズワルドと将校は下の階へと落下した。処刑台を中心に床が抜け、オズワルドと将校は共に下の階にある空き部屋の床に叩き付けられる。
屋外の大砲の音と衝撃に混じり、落下音が響く。
オズワルドは背中の痛みに耐えつつ、近くの床に転がる将校に目を向ける。大量の血を流す将校は悲鳴をあげており、普段の冷静さが欠片も見られない。
オズワルドは気がついた。
将校が好む処刑台は受刑者を拘束する台の下段と、複雑な機械が埋め込まれた上段が存在する。下段はオズワルド達と共に下の階へと落下したが、柱と鎖で繋がれた上段は上の階に残されている。
オズワルドと将校の視界に、崩壊した床材の穴を通り、下段の台に引き摺られて落下してくる上段の機械が映り込む。
それに気がついたオズワルドは素早く床を転がり、落下地点から回避する。だが、傷口から大量に出血している将校は思うように身体が動かず、そのまま落下してきた上段の機械に押し潰される。
辺りに轟音が響き、肉を切り裂く音が広がる。
機械の下部から出ている大量の馬鍬が将校の身体を貫き、『裏切者』の文字を将校の腹に刻み込む。その一撃は将校の内臓を破壊し、彼の口から大量の血が溢れ出す。
将校の呼吸により、血液に気泡が混じる。
「…でい、ある…が、様…」
ゴボゴボと溺れるような音を口から漏らし、目を見開いた将校が呟く。数秒後、将校の身体から力が抜けていき、彼は空を見上げたまま、息を引き取った。
その姿を見たオズワルドは、背中の傷の痛みに耐えつつ、呼吸を整え、ゆっくりと立ち上がる。
「…待っていてください」
ニコルと、人質を救うべく、オズワルドは行動を再開した。震える脚を鼓舞し、オズワルドは室内を歩く。オズワルドは将校の死体を調べ、黒い外套にあるポケットの中から鍵を回収する。
重厚な造りの鍵は、一目で貴重な物である事を理解できる代物だ。
それを回収したオズワルドは震える脚で歩き、部屋を後にした。
オズワルドの後頭部の房が反応した。
覚えのある波導が近くを通り抜け、オズワルドはそちらに目を向ける。
通路の奥に向かって白い影が駆けており、影は窓を開けた。そのまま教会建物から屋外へと張られたワイヤーロープを滑車で下り、影は外へと姿を消した。
それを見たオズワルドは憎悪の表情をみせる。
「…グレーテ」
その波導の持ち主を知っているオズワルドは、歯軋りし、影を追いかける。通路の床には血が滴り落ちており、窓枠には手の形の血痕が付いている。窓の脇には予備の滑車があり、オズワルドはそれを使い、吹雪の中、ワイヤーロープを滑り降りた。
辺りには大砲の轟音が響いている。