砂の大陸ラムルタウン。
街の外からラムルタウンへと飛行した時の守護者達は、それぞれが携行した瓶を市街地へと投下した。瓶は重力に従い落下し、地面に当たった衝撃で中身を散布させた。特異臭が辺りに広がり、通りを歩く住民達はパニックに陥りそうになる。
その時、突然の豪雨が降り注ぐ。
強風を纏った豪雨は横なぶりの雨となり、ガスの発生地点に集中する。風は街の外に向かって吹き、雨は塩素と結合し地面に落ちていく。その光景を上空で見ていた時の守護者達は唖然とした表情を浮かべるが、直後に地面から放たれた一筋の電撃を受け、地面に落下する。
落下していく時の守護者達をゼクロム教自警団の一員である牡のフライゴンが空中で掴み、地面に降ろしていく。
時の守護者達は知らなかった。
ゼクロム教自警団とレシラム教の医療班は密接な協力関係にあり、自警団の任務には医療班からスタッフが常に同行していたことを。医療班から派遣されたスタッフは高度な教育と訓練を受けた者ばかりで、化学の基礎も抑えていることを。スタッフ達がガスの臭いと特徴から塩素ガスである事をいち早く見抜き、自警団の伝令によりラムルタウンに情報が素早くもたらされたことを。
時の守護者が街を襲う直前に助司祭ランプの下に情報が届き、マスケット銃対策で雨乞いを使える者を集めていたランプは、対象をガスの沈静化に即座に切り替え対処した。加えて街の住民からも風起こしを使える者を集め、共にガスの沈静化に成功した。
フライゴンの手で地面に降ろされたムクホークとファイアローの時の守護者達は、自警団により痺れる身体を拘束され、自決予防の猿轡を噛まされる。それを横目で見るランプは駆けつけてきた団長のラグラージと目を合わせ、共に拳をぶつけ合う。
「見事だ、ランプ…我々が取り逃した残党と新兵器から街を護ったことは賞賛に値する」
かつての上司から褒められた元団員のランプは「恐縮です」と応え、視線を医療班に向ける。
「彼らがガスの正体を見抜いてくれたおかげです。私だけでは…避難を呼びかけることしかできませんでしよ」
ランプが話す横を医療班のスタッフが駆け抜ける。彼らはシーツとマスクを使った即席の防護服で身を包み、大量の白い粉を運び、塩素ガスの溶けた水にかけている。白い粉、石灰石の粉末で溶けた塩素を吸着させ、大地への浸透を予防することが狙いである。手早く処理していく医療班の動き、彼らを警護するレシラム教騎士団の動きを見て、ランプはエリースとルールの顔を思い出す。
街の警護自体はゼクロム教自警団に依頼し、レシラム教騎士団は医療班や患者のサポートや警護に徹する。互いの領分を侵さず、互いの面子を潰さない方式が功をなし、今日までラムルタウンの反レシラム教騎士団の感情はほぼゼロに近かった。
円卓の一員かつ高位な華族でありながら、一般職員や大衆とも広く触れ合っているエリースだからこそ、行えた配慮であった。
ランプは視線をムクホークとファイアローに戻し、彼らの傍に屈み込む。
「答えろ、お前達は何者だ?」
団長とフライゴンから刃物を突き付けられたムクホークとファイアローは顔を強張らせるが、強気の目でランプを見返す。だが、自警団の元団員で幾つもの戦場や修羅場を経験しているランプが引くことはなく、鋭い眼光で彼らを見る。
僅かな時間が流れ、沈黙が広がる。
沈黙を破ったのは、レシラム教の電信係を務めるペルシアンの足音だった。ペルシアンは駆け足でランプの傍に移動し、「速報です」と言い、紙を手渡す。ランプは労いの言葉をペルシアンにかけ、紙面に目を通す。ランプの瞳が細められ、彼は団長と目を合わせる。ランプの瞳の変化を見抜いた団長は微かに頷き、視線をムクホークとファイアローに向ける。
ランプが静かに話し出す。
「…ワイワイタウンのレシラム教騎士団より電信です。円卓のカウフマン、ヴィレム、リラ、そしてフルトの身柄を確保したとのこと。奴らは情報提供を見返りに、身の安全を求めています」
ランプが団長に報告し、団長は「なんだと?」と驚いた振りをみせる。
ランプの報告を横で聞いているムクホークとファイアローは目を丸くさせ、互いの顔を見合わせる。ランプは彼らに相談する時間を与えず、団長への報告を続ける。
「連中によると『暴動は末端構成員による勝手な行為、我々は無関係』とのことです」
この時、ランプが口に出した名前が単一だったならば、ムクホーク達は話を信じなかった。だが、レシラム教に潜入している幹部2名とレシラム教ゼクロム教の連絡窓口の役割を果たしている1名の名前がランプの口から出たことにより、情報の信憑性があがってしまった。
なにより、ムクホークとファイアローは自警団に拘束され、首に刃物を突き付けられている。平常時の冷静さを保つのは困難であった。
ムクホークとファイアローの顔色は青くなり、やがてムクホークが猿履越しに話そうとする。自警団団員のフライゴンが猿轡を外し、ムクホークが口を開いた。
「…我々はカウフマン様に命じられただけだ‼︎ラムルタウンに瓶を投下して、状況を混乱させるように言われただけだ‼︎」
真っ先に自己保身に走るムクホーク、彼を見たファイアローも続けて「俺もカウフマンから命令されただけだ‼︎」と情報を漏らした。彼らの反応を見たランプと団長は頷き、団長は傍にいるフライゴンに命ずる。
「彼らは投降した、丁重に扱い情報を集めろ」
団長の命令を受けたフライゴンは敬礼し、他の団員と共にムクホーク達を連行して行った。彼らを見届けたランプは手に持った紙面を団長に手渡す。団長はそれに目を通し、本当の電信の内容を読み取る。
「…なるほど、この4人の確保と民衆の保護か…暴徒と異端審問官はレシラム教から捨てられたようだな」
ランプは小さく頷く。
「オズボーン教皇が殺害され、電信でカウフマン達の確保の命令が出される…どうやらレシラム教の後継者は穏健派のエリース殿かルール殿になったようですね」
ランプの指摘に団長は頷き、視線を自警団本部のある方向に向ける。視線の先からはゼクロム教大司祭を務めるアローラライチュウ、ハルが駆けてくる姿が見える。
息が切れ切れになりつつあるハルは、連行されるムクホーク達の背中を見て、不安そうな表情をみせる。
「…彼らが犯人ですか…あまり乱暴な事は…」
ハルの呟きを聞き、ランプは大きく頷き、落ち着いた口調で説明する。
「ご安心ください。彼らは投降しました、情報提供の意思がある以上、捕虜として丁重に扱います」
ランプの返答を聞き、ハルは安堵のため息を漏らす。対する団長とランプは厳しい表情で紙面に目を落とし、そこに記された内容を読み返す。
「カウフマン、ヴィレム、リラ…こいつらは円卓のメンバーだが…このフルトという者は誰だ?」
団長の指摘に対してランプは首を傾げ、『フルト』という名前を脳内で反芻する。
「フルト…どこか聞き覚えがある名前ですが…」
20代後半のランプと四十路近い団長は兵士としてベテランの領域にある。そんな彼らに光明を照らしたのは、成人前の若いハルであった。彼女はランプの差し出した紙面に目を通し、すぐに「あぁ」と言い、手を叩く。
「フルト様ではないでしょうか…ほら、姉様が嫁ぐ時にレシラム教のカウフマン様を紹介していただいた、商人をしている、牡のエンペルト様です」
年若いハルの記憶野はランプや団長よりも優れており、彼女は1年近く前に一度だけ顔を合わせたフルトの事を覚えていた。同時に、彼女が口に出した「カウフマンを紹介」という単語から当時を思い出したランプは、少しずつ目を見開き、紙面を再度読み返す。
やがて、紙面を持つランプの手に力が込められていく。
「…そうだ、巫女様が嫁ぐ際にレシラム教との仲介を務めた牡です。私も思い出しました」
ハルとランプの証言を得た団長は「なるほど…」と小声で言った。団長は視線を電信係のペルシアンに向け、彼に話しかける。
「ワイワイタウンのレシラム教騎士団に電信をお願いします。『捕虜からカウフマンとヴィレム、リラが暴動に関与している可能性ありとの情報を得た。またフルトは牡のエンペルト。レシラム教とゼクロム教の仲介役を務めている商人』と」
団長の要請にペルシアンは頷き、持ち前の足の速さでレシラム教騎士団駐屯地にある電信室へと向かう。その背中を見届けた団長は視線をランプとハルに戻し、声を低くして話す。
「…状況から考察しよう。カウフマンとヴィレム、リラは暴動に関与している。この暴動自体、オズボーン教皇殺害による物だが…裏で糸を引いているのはカウフマンか?」
団長の推測に対してランプは小さく頷く。
「これは想像ですが…巫女様の美しさを耳にしたカウフマンがフルトを介してオズボーン教皇との婚姻を成立される…表向きはレシラム教とゼクロム教の不和解消というところですが…実際の狙いはオズボーン教皇と巫女様の子供ですね」
団長に続きランプも推測する。それにハルは硬い表情で「酷い…」と呟き、涙をこぼす。実の姉のように慕っていた巫女がカウフマンの野望のために赤子を産まさせられたという事態にハルは涙する。その背中をランプは優しく撫で、ハルに言葉をかける。
「ご安心ください、ハル様もご存知でしょう…巫女様は優しい方です。教皇の子とはいえ、我が子を愛しているはずです」
ランプの言葉を聞き、ハルは涙目になりながら頷く。その光景を見た団長は顎に手を当て、やがて口を開く。
「…カウフマンの狙いはオズボーン教皇の亡き後、巫女様の子供を神輿とした上での摂政の地位か…?」
団長の推測に対してランプは頷く。
「可能性はあるかと…通常の摂政は教皇の血縁者が選ばれますが…オズボーン教皇は兄弟姉妹がいません。両親も既に亡くなっているため、血縁者は巫女様の子供のみになります」
「その子供が赤子であり、かつ母親がゼクロム教出身である事を考えると…組織のNo.2が後釜に座れる、という魂胆か」
ランプの言葉の先を言い当てた団長は苦い表情で歯軋りをした。「よくも我らが巫女様を…」と呟き、カウフマンに対する憎悪の目をみせるが、ランプの低い声が彼を抑える。
「落ち着いてください、団長…あくまでも推測です。仮に事実だとしても、巫女様は御自身の子供を愛しているでしょう…もしかすると…新たな恋を見つけたかもしれません」
ランプの予想は見事に的中していた。もっとも、その事を知らない団長とハルは不安げな表情を浮かべているが、巫女の教育係として従事した経験のあるランプは、彼女が逞しく強かな牝である事を重々承知していた。
ハルはランプの言葉を聞き、安堵の笑みをみせるが、すぐに口を固く結ぶ。やがてハルは視線をランプと団長に向ける。
「疑問なのですが…カウフマン様はほんとうに摂政の地位が欲しいのでしょうか…」
ハルの疑問の言葉を耳にしたランプと団長は首を傾げる。レシラム教は世界最大の宗教である。その教皇や摂政の地位が持つ権力は言葉で表せられないものであり、多くの者が望むものである。
だが、ハルはランプ達の推測に疑問を投げかける。団長とランプの視線を受けて、ハルは戸惑いの表情を浮かべるが、やがて口を開く。
「組織のトップになれば…その組織に対する責任が生じます。当然、オズボーン教皇も御自身の責任を把握しているからこそ、ゼクロム教と無闇に争わず、代わりに権力の椅子で欲しいものを手に入れる…下手に戦争や暴動になれば、責任を取る必要があります」
ハルの推測を聞くランプの顔が、驚きの表情となる。
「仮にカウフマン様が権力を欲しがっているのなら、わざわざ暴動を起こす必要はありません。極論ですが、オズボーン教皇を毒などで自然死に見せかければ…自ずと摂政の椅子に座れる訳です」
「…実際はカウフマンが暴動に関与している」
ランプはハルの推測を聞き、その先を言い当てる。ハルはランプに向かって頷き、話を続ける。
「カウフマン様がレシラム教の摂政の地位が欲しいなら、暴動や内部争いなどで組織を弱める事は避けたいはず…ですが、実際は暴動に関与し、組織の力を弱める結果となる。これでは…まるでレシラム教を弱めたい様に見えます」
「…レシラム教を弱体化…」
ハルの話を聞いた団長がぽつりと呟く。ハルは頷き、言葉を紡ぎ出す。
「先ほどの者達もゼクロム教徒の村だけを襲うならまだしも、実際にはレシラム教徒や医療班のいるラムルタウンにも攻撃を仕掛けている…まるでゼクロム教とレシラム教のどちらも敵であるかのようです」
「…そういえば、電信にはディアルガ教徒が敵の正体かもしれないと…」
小声で呟く団長は、やがてハッとした表情をみせる。彼の隣に立つランプも頷き、口を開く。
「カウフマンがディアルガ教徒であるとすれば…レシラム教を弱体化させ、ゼクロム教と争わせる理由になります。真の狙いは…復讐かもしれません」
「復讐…」
ランプの呟きを聞いたハルが小さな声を漏らす。ランプは頷き、言葉を紡ぎ出す。
「かつてディアルガ教徒はディアルガの秘宝と言われる力を使い、時を操ろうとしました。ですが…それは時間の流れや星の自転の周期を乱す危険な行為です」
「そのため、ディアルガ教はレシラム教とゼクロム教の連合軍により滅ぼされ、多くのディアルガ教徒は処刑されました」
ランプの説明の先を団長が話す。まだうら若いハルは初めて知る歴史の出来事に驚きの表情を見せ、口を震わせながら話す。
「では…この暴動はディアルガ教徒からの復讐…いえ、復讐したところでゼクロム教とレシラム教に今さら勝てる訳がない…」
ハルの呟きを聞き、ランプがゆっくりと頷く。
「…彼らの戦い方は戦術を考慮していない…勝つ事を考えていない戦い方です。やみくもに暴れて、多くの者を傷つけ、道連れにする…言わば自暴自棄の戦い方です」
ランプの言葉を聞き、ハルは身体を震わせる。初めて目の当たりにする狂気に彼女は恐怖するが、その背中をランプが優しく撫でる。
2人の隣に立つ団長は、かつて自身が経験した戦場を思い出し、ため息をこぼす。
「あぁ、思い出した…戦場でも絶望した者や追い詰められた者が、敵を巻き込み、自滅の道を選んでいたな…」
ベテランの兵士の言葉がラムルタウンの空に溶けていく。
*
草の大陸、トレジャータウン。
街中を駆けるカフカは建物を一つ一つ周り、逃げ遅れた住民がいないか確認して回っている。薬草集めから戻ったカフカに与えられた任務は、素早さと戦闘力を活かした危険な任務であり、逃げ遅れた住民を発見した際には保安官のコイル達に知らせ、自身は別の建物に向かう。
いつ、どのタイミングで時の守護者や暴徒、異端審問官に出会うかわからないため、カフカは慎重かつ手早く行動している。
サメハダ岩の近くにある民家の中から逃げ遅れた親子を見つけたカフカは、コイル達が到着するまで護衛を務める。
布地屋ザムザとして商売していたカフカにとっても、見覚えのある親子である。パーモットとパモの親子はカフカと共に民家を後にして、裏通りを移動していた。
遠くの方では物音と罵声が聞こえており、爆発音のような音も聞こえる。
それらを耳にするたびにパモは怯えた表情になり、パーモットの父親は我が子を宥めている。
「大丈夫、もうすぐでギルドに着くからな…」
人目を避けながら裏通りを移動するカフカ達だったが、先導するカフカの脚が止まる。後ろからついてくるパーモットの夫婦とパモに止まるように合図し、壁際から通りを盗み見る。
通りでは武装した集団が歩いており、近くの物を壊し、金品を探している。
「…林の方から回り込んできたか」
トレジャータウンの入り口に敷かれたバリケードを回避し、林の中を移動してきた暴徒の集団であったが、住民の姿がなく、暴力衝動をぶつける相手を求めて街を彷徨っている。話し合いの余地がない事を悟ったカフカはパーモットの父親に合図を送る。父親は頷き、子供を抱き締め、周りが見えないようにする。そして子供の耳を塞ぎ、音を遮断する。
それを視認したカフカは深く息を吸い、浅く吐き出す。携行した鞄から小瓶を取り出して、それを暴徒に向かって投げつける。
小瓶の中身はマフォクシーのヘレンが作った高濃度の硫酸が入っており、緊急時の装備としてヘレンから支給されていた。
小瓶は放物線を描きながら飛んでいき、暴徒の集団に命中する。
辺りに悲鳴が広がる。
「走れ‼︎」
直後、カフカはパーモット達に叫び、通りの反対側を指差した。そこにはプクリンのギルドの弟子であるビッパやヘイガニの姿があり、彼らの周りには他の探検家の姿もある。パーモット達はそちらに向かい走り出し、その間にカフカは暴徒に接近し、手にしたナイフで斬りかかる。
戦闘を歩いていたオーロンゲは硫酸を浴びてしまい、痛みと熱に悲鳴をあげている。長い体毛が皮膚をある程度守っているが、それでも怯み隙をみせている。カフカはその隙に接近し、オーロンゲの目にナイフを突き立てる。
辺りに悲鳴が響くが、カフカは止まらない。
続けて別のナイフを取り出し、カフカはストリンダーの顎に刃先を突き立てる。カフカの手に鈍い感触が広がるが、カフカはナイフを走らせ、ストリンダーの喉を切り裂く。
カフカが3人目に襲い掛かろうとした時、硫酸の影響を受けなかったセキタンザンが手に持つハンマーを振り回し、殴りかかってくる。カフカは転がりながらハンマーを避け、小麦粉の袋をセキタンザンに投げつける。
セキタンザンの視界が白く染まる。
カフカの姿を見失ったセキタンザンの動きが鈍くなり、その隙にカフカはマスケット銃を構え、セキタンザンに向かって撃ち込む。銃弾はセキタンザンの大きな口に直撃し、その身体が後方に傾く。
その頃になり、通りの反対側にいた探検家達が駆けつけ、カフカを援護する。パーモットの家族はビッパとヘイガニに保護され、ギルドへと避難していく。
その背中を横目で見たカフカは新たなナイフでヨクバリスの腹を斬り裂き、動きを封じる。
「ザムザ‼︎」
カフカの横を影が通過する。
影、探検家の鎌鼬の一員であるサンドパンのソルとストライクのグリムは暴徒に襲いかかり、次々と仕留めていく。ソルの鎌がオーロンゲを斬り裂き、ソルの爪が他の暴徒にとどめを刺していく。
その光景を見たカフカは息を整えつつ身体を動かして、最後の暴徒の首をナイフで斬り裂いた。
通りを闊歩していた暴徒は瞬く間に制圧され、カフカとソル、グリムは共に息を整えている。
「…久しぶりだな」
ソルが過負荷の顔を見ながら話す。彼の声色は友人との再会を喜ぶものではなく、少し残念そうな雰囲気を醸し出している。
理由はただ一つ、カフカの持つマスケット銃だった。
ソルとグリムの視線がマスケット銃に向けられている事を察したカフカは息を吐き、2人に向かって姿勢を正す。彼らの視線を一身に受けるカフカは、ゆっくりと話し出そうとした。
だが、ソルがそれを手で制する。
カフカは驚きの表情を浮かべるが、ソルとグリムは穏やかな表情でカフカを見ている。
「…ヘンデルさんから話を聞いたよ。ディアルガ教を1人で止めるために、キザキの森から時の歯車を持ち出したんだな」
「…」
穏やかな口調で話すグリムはカフカの脚に視線を向けて、「あの時の傷は大丈夫か?」と尋ねる。彼の問いにカフカは頷き、疑問の目を2人に向ける。
その視線はキザキの森での一件について、伺いを立てる物である。だが、ソルは溜息混じりにカフカを見つめ、苦笑いをこぼす。
「あの時はお前を追っていたが、今は違うよ。俺たちもヘンデルさんと同じ意見だ。後から色々言うのは簡単だ…とりあえず今は街を救うのが先決だ」
「もしザムザ…いやカフカが償いたいと思うのなら、全てが終わった後に俺たちとキザキの森へ行こう」
ソルに続き、グリムも優しい口調で話す。ディアルガ教の恐ろしさ、暴徒の被害を目の当たりにしている2人はカフカを攻める気になれなかった。
彼らの優しい言葉に涙ぐむカフカだったが、目尻を拭い、視線を街中へと向ける。
「…まだ逃げ遅れた住民がいるかもしれない、手伝ってくれ」
カフカの言葉を受け、ソルとグリムは頷く。そんな彼らを見たカフカは「ありがとう」と小さく言うが、グリムは照れ臭そうに笑い、ソルはケラケラといつも通りの反応を示す。
「ところで…コールマンはどこに行った?」
カフカの問いにソルの視線が街の入り口へと向けられる。
同時刻、トレジャータウン入り口。
バリケードが敷設された交差点にはプクリンのギルドの弟子であるドゴームとグレッグル、探検隊チャームズのサーナイトのソフィ、チャーレムのエレナ、そして合流したヨノワールのフランツがいた。彼らと合流できたマフォクシーのヘレンとヤミラミ達はギルド内の医療拠点で治療活動に当たっている。
彼らの背後では避難民が続々とギルドへの階段を上がっているが、街の外に繋がる道からは暴徒が接近しつつあった。
「慌てるな、落ち着いて移動するんだ」
ドゴームとグレッグルが避難民を誘導している。そこに暴徒の放つボウガンの矢が飛んでくるが、ソフィの張ったサイコキネシスの壁が矢を塞いでいる。その間、ボウガンを放った暴徒に接近したエレナとフランツが無防備な身体を殴り飛ばし、崖下へと突き落とした。
「フランツ‼︎裏切り者め‼︎」
時の守護者であるゲンガーがマスケット銃を構え、フランツの腹を撃ち抜こうとする。だが、マスケット銃の銃身をエレナが蹴り飛ばし、その間に力を貯めたフランツのシャドーパンチが放たれる。ゴーストタイルの技を受けたゲンガーは大きく仰け反り、動きを止める。
だが、ゲンガーは銃身の折れたマスケット銃を投げ捨て、代わりに塩素ガスの入った瓶を取り出し、避難民に向かって投げつけようとする。その前にソフィのサイコキネシスがゲンガーの動きを封じ込め、接近したフランツによりゲンガーは首の骨を折られた。
かつての同胞の死体を見下ろしたフランツだったが、思考を即座に切り替え、別の暴徒や時の守護者の攻撃から避難民やソフィを守ろうとする。
「まったく…しつこい連中だね‼︎」
エレナは暴徒のブースターの首を蹴り、崖下へと蹴り落とした。その隙に暴徒のリーフィアが襲いかかるが、エレナはリーフィアの攻撃を避け、リーフィアの腹に蹴りを放つ。直後、エレナはリーフィアの首に腕を絡めて、あっという間に首の骨を折った。
その手際の良さを見たフランツは、背筋が冷たくなるのを感じる。
その間にもソフィは超能力で重力を作り出し、バリケードに接近しようとした暴徒や時の守護者達を地面に押さえ付けている。彼らは懸命に重力のエリアから脱出しようとするが、ソフィは躊躇なく超能力を強くさせ、暴徒達の身体を次々と潰していく。キザキの森では穏やかな雰囲気を見せたソフィであるが、避難民を襲う暴徒や時の守護者達に対しては無慈悲に技を放ち、辺りに骨の折れる音を響かせる。
やがて、最後の1人の頭が潰れ、辺りに「ボキボキ」と身体からは通常では聞こえないはずの音が響く。
直後、ソフィは穏やかな笑みを浮かべ、静かに呟く。
「彼らの魂が救われる事を祈ります…」
横目でソフィを見たフランツの背筋が、より冷たくなる。もしもフランツがカフカと和解せず、時の守護者の立場を貫いていたら、彼女らと対峙する可能性があった。その場合、ソフィやエレナに勝てる自信が毛ほども抱けないフランツは、内心肝を冷やしながら暴徒を殴り飛ばす。
「…我ながら、良い判断だったな」
ポツリと呟くフランツの視界の隅で、見覚えのある顔が映り込む。洋館から負傷者達と共に脱出したヘレンとヤミラミ達である。その表情と雰囲気、そして洋館の方角から上がる黒煙を見て、フランツは嫌な予感を抱く。
*
暴徒の攻撃により燃え上がる洋館から脱出し、ニコルは木の上から辺りを見渡している。少し前に薬草集めから戻ったオズワルドが館の外にいるゼクロム教徒や負傷者を助けに飛び出し、誰かに襲われる悲鳴が聞こえた。ニコルはオズワルドを救いに行こうと森の中を駆ける。
あちこちに死体が転がり、中には子供や赤子の死体もある。
それらを見たニコルは汗と涙で汚れた顔を腕で拭い、襲いかかってくる暴徒を避けつつ、高い木の上に飛び乗った。トレジャータウンの方角から黒煙や逃げ惑う住民、ゼクロム教徒の姿があり、プクリンのギルドではギルドメンバー達がバリケードを敷き、戦っている。
そして異端審問官の牝のバシャーモ、リラに連れて行かれるオズワルドの姿をニコルは見た。
ニコルは冷静になろうと深呼吸を繰り返し、そして地面に着地した。付近には血痕と死体が散らばっており、嗅ぎ慣れた臓物と血の臭いがニコルの鼻を刺激する。
直後、背の高い草の間から腕が伸びてきて、ニコルの口を強引に塞ぎ、彼女を草の中へと引きずり込んだ。
突然の出来事にニコルは対応できず、腕の主の思うままに草の中へと引っ張られ、ニコルの視界に見覚えのある顔が映り込む。
鍛え上げられた四肢、狂気に満ちた目、傍に置かれたマスケット銃。
「はぁ〜い、ハニー…探したぞ…」
なにより、狂気に満ちた目の中に存在する性欲を隠しきれない時の守護者、ヴィレムはニコルの身体を拘束したまま、自決防止のためにタオルをニコルの口に入れ、ニコルの頬を舐めた。
首筋に小さな痛みを覚える。
ニコルの視界にヴィレムの持つ小型の注射器が映り込み、やがて視界が暗闇に覆われていく。
最後にニコルが見た光景は、舌舐めずりするヴィレムの姿であった。