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獣人は嫌いだ。
「なあなあ、それ何の本? 面白いの?」
もちろん表立ってそんな態度を表明することはできない。一応は、平等という事になっているから。
「ええと、無限回廊の……って、ありゃりゃ」
特に、こういう無神経なタイプ。
タイトルを読み上げようとのぞき込む顔。すべて読み上げられる前に、苛立ちを隠さず音を立てて本を閉じる。
これだけ露骨な行動で示しても、当のオオカミはニヤつきながら肩をすくめただけだった。
「尾神やめとけって」
「人間クン嫌がってるじゃん」
取り巻きのオオカミ共がゲラゲラと笑いながらはやし立てる。勘弁してくれ。もう放っておいてくれ。
「あーあ、寝ちゃった」
笑いが起こる中、顔を伏せ目を閉じて、休み時間が一秒でも早く終わることをただ祈る。
まぶたの裏に、前の学校の風景が浮かんでくる。こことは正反対で獣人は学年に片手で数えられるほど。もちろん珍しい獣人種だからといってからかったりイジったりはしない。そこそこの偏差値だったのもあって、みんな極めて紳士的だった。
それに比べてここは最悪だ。
偏差値と品性は比例するのだということを身をもって実感している。
引っ越しさえなければ、今頃はバラ色の学校生活だったはずなのに。かつての級友が恋しい。
「オレ、尾神。よろしくな」
「倉井です。よろしく、おねがいします」
「おいおい、なんで同級生相手に敬語なんだよ」
ふいに転校当初のことを思い出した。
はじめは物珍しさも手伝って声を掛けてきたクラスメイトたちも、次第に興味を失っていった。運動が得意なわけでも、面白い話ができるわけでもないヤツなんて絡む価値ナシと判断されたのだろう。
それ自体はむしろ歓迎すべきことだ。ぼくは、あんなチャラついた上っ面だけの関係なんてゴメンだ。何をするにしても群れないと気が済まない連中。ご先祖様がオオカミだからそういう本能みたいなのがあるのかもしれないが。ともかく、クラスの中で孤立するのは別に問題ではない。どうせ卒業したら見返すことのないアルバムになる存在だ。そもそも学校は勉強をしにくるところであって、ファッションだの色恋だのにうつつを抜かすような……って、まあ、それはいいさ。
ほとんどのクラスメイトがぼくに無関心な中で、アイツ、尾神だけは違った。ことあるごとに話しかけてきて、話題の中に巻き込もうとする。ぼくが嫌な顔をしてもお構いなし。鈍感というか、無神経。きっとアイツの頭の中では、ぼくはひとりぼっちで可哀想な人間で、お情けで自分の群れに入れてやろうというつもりなのかも。あるいは単にからかい甲斐のあるオモチャ程度なのかも。
そんなことを考えているうちに、どうにかして尾神の鼻を明かしてやりたいという気持ちが膨らんできた。いつも勝手に絡んできて、出たくもないステージの上に引っ張り出されて衆目の前で笑いものにされる仕返し。ぼくが感じている惨めさを少し返してやるだけのこと。
そうと決まればネタ探し。
単にやり返すだけなんて能が無い。ウイットに富んで、スマートな感じで、こう格好良くビシッと決まるヤツ。
よし、放課後は静寂と叡智の城塞こと図書室で調べ物だ。あそこには尾神みたいな連中が寄りつくことはないのでなんとも居心地がいい。無機質に林立する書架。書物の大海に漂う一片の船。それがぼくの姿だ。
「おーっす倉井」
翌日、いつものようになれなれしく話しかけてくるオオカミ。
「……他の、いつもの友達は?」
耳がピンと立ち、目が少し大きく開いた。
おおかた、今日も無視されると思っていたから返事がきて意外だったのだろう。
「ああ、あいつらは生徒指導室に呼出しくらってる」
「そ、そうなんだ」
なんとなくぎこちない空気。絶好のチャンスなのに。
「あのさ、えと、尾神……くん、元気? 最近寒いし、さ」
「あ、ああ。オレは元気だよ」
ぼくの緊張が伝染してしまったのだろうか。いつもの談笑とはほど遠い。
「ここ、こっ、今年ってさ、巳年だよね」
落ち着け。昨日の夜のシミュレーション通りにやるんだ。
「確か年賀状にもヘビが描いてあったな」
「ヘビはきらい?」
「うーん、どうだろ。むしろどんなのか触ってみたい興味はあるかも」
よしよし、いいぞ。
「ぼくさ、実はヘビ飼ってて」
「おっ、マジで!? どんなヤツ?」
切り出した途端、目を輝かせて前のめりになった。いや、近い近い。確かにペットとしては珍しい分類に入るけれど。
「ちょ、ちょっと、声大きいって……」
一瞬こちらを見たクラスメイトも、徐々に自分たちの世界に戻っていく。
「わりいわりい。で、なんか写真とかねえの?」
手で制してもまだ近い。パーソナルスペースどうなってるんだ。
「珍しい種類だから、秘密にして欲しいんだけど……」
そう囁くと、相づちを打ちながらさらに近づいてくる。
「生まれつき目がひとつの種類で」
「目がひとつ……サイクロプスみたいな……ヘビ?」
首をかしげて大量の疑問符を空中に放っている。
ぼくはニヤリと笑って頷いてみせる。
「そう。尾神くんだけになら見せてもいいよ」
「まっ、マジか。ありがとう倉井!」
破顔して感謝する姿に、少しだけ罪悪感が芽生えた。
「放課後、旧校舎の一階奥の倉庫で」
「あー、わかった。部活始まるまででいいなら」
なぜ放課後なのか、旧校舎なのかというツッコミが入るのを懸念していたが、幸いなにも言われなかった。
そうして憐れなオオカミは、巧妙に仕組まれた罠にかかったのであった。
「よっ、おまたせ」
ユニフォーム姿で現れた尾神。
「あ、いや、ぼくも今来たところだから」
なんだかデートの待ち合わせみたいだな。
「それで、さ。ヘビの写真、見せてくれよ」
好奇心からか、少しばかり尻尾が揺れている。
純粋にぼくのことを信じ切っている顔。おそらく、ここが最後のセーブポイント。いまなら謝ればなんとかなるかもしれない。
どうする。本当に計画を実行していいのだろうか。シミュレーションでは、ぼくにまんまと騙された尾神が「アチャー、これは一本取られた!」って感じで赤っ恥をかいて一件落着。それがもし逆上されたらどうなる。怒りに滲んだ目で睨み付けられて、最悪殴られたりしたら。あるいは冷め切った目で軽蔑されたら。
はやくはやくと急かすような目線。
こうなったらやるしかない。
「実は……こ、ここに連れて来ていて」
そう言うと、尾神は言葉を発する前に身構えて後ずさりをした。
「えっ、大丈夫なのかよソレ」
「大人しいから噛んだりはしないよ、毒もないし」
嘘偽りはない。
「ちょっとそこ、しゃがんでみてくれる?」
何か言いたげだが、ぼくの言葉通りにしゃがみ込む。
緊張する。
「そのヘビっていうのが、ズボンの中で飼ってて……」
疑念と警戒心が片眉を上げさせている。
いくぞ、こういうのは勢いが大事だからな。
尾神の目の前に立ち、ベルトを緩め、深呼吸。
「こ、これがひとつ目のヘビ」
パンツごとズボンをずり下ろすと、寒さで縮こまっているソレがあらわになる。
「ほら、か、形がヘビっぽいし、この先っぽが目みたいに見えるでしょ」
驚きのあまり硬直したままの尾神。
その内部に怒りが満ちて「ふざけるな!」と胸元を掴まれる前に、これは冗談なのだと弁解をする。
「えっと、英語でOne-eyed snakeってスラングがあって、ヘビに例えることでユーモアを持たせてるというか。こ、この先端部分を目に見立てるのが特徴的で」
尾神は動かない。
呆れ? それとも怒り?
「あー、他にも、日本語でもよく棒に例えられるけど、英語でもRodとかShaftとか使われるね。あとWillyなんて呼び方もあって、それはちょっと可愛らしいよね、なんて」
股間を丸出しでまくし立てる。
どこからか吹いてきた隙間風が、ぼくのヘビを更に縮こまらせる。
「…………あ」
呆気にとられていた尾神が、ようやく口を開いた。
「なんつうか……そ、その……」
目を泳がせつつも、チラチラとヘビを見る。
あれ、なんか思っていた反応と違うな。
「にっ、人間の、ソレ、はじめてみた」
恥ずかしがっているのだろうか。耳を伏せ、おそらく怒りとは違う理由で口元を震わせている。
「確かに、ヘビみたいというか……。え、エッチな形、してるんだな」
どうしてか、ぼくの中に情欲がとぐろを巻いた。
「も、もっと、みる?」
返事の代わりに大きな鼻息が陰毛をくすぐった。
変な気持ち。
そう、こんなの変だ。変に決まっている。
ユニフォーム姿の尾神。そして制服姿のぼくが、股間をあらわにしている。
尾神の金色の目。満月みたいなその中心にある瞳孔。ふたつの点の交わるところにはぼくの尿道口がある。
「っ、あ……おっきく、なってる」
視線にくすぐられて充血し始める。
マズい。これ以上はダメだ。もう冗談じゃ済まなくなる。見られて勃起するなんて、こんなの。
「すげ……ホントに生きてるみたい」
尾神のように毛皮に覆われていないぼくは、きっと耳の先まで真っ赤になっている。
ぼくの股間はそこに心臓があるかのようにドクドクと脈動し、体積を増していく。
「縁起物のヘビだから、よく見て」
この恥ずかしさを誤魔化したくておどけてみせる。
「そ、そうだな。じっくり見ないと。あと、なんつうか」
すっかり充血して腫れ上がった亀頭に、黒い鼻が近づいてくる。
何度も音を立てて匂いを嗅いでみせる。
「んっ……は。匂いも、エッチだな」
声になり損ねた呻きが思わず漏れた。
尾神の股間を見ると、もはや隠しきれないテントが張られている。
ぼくの勃起した男性器を見て自らのものを勃起させる尾神。永久機関ができそうだ。
「あ……泣いちゃった」
ヘビのひとつ目には、粘性のある涙が浮かんでいた。
我慢汁という名の通り、もどかしい。見られて、嗅がれるのもいいが、もっと刺激が欲しい。このヘビは貪欲なのだ。
「ふ、ふく」
「うん?」
目の前のモノに夢中なのか惚けた声が返ってくる。
「そう、幸福の福と、布で拭くとかの拭くをかけて、こう、ヘビの涙を毛皮で拭けばご利益のある匂いが付いてとかそういう感じで」
無理は承知でごり押しだ。
「こう、して……はぁっ……ぬ、塗りつけてっ……あっ」
尾神の頬に亀頭で触れ、ゆっくりと毛皮の上を滑らせていく。
正月の羽根つきで負けたときに墨を顔に塗る要領。
「におい、エッチな匂い、ご利益……」
うわごとのようにそう言ってされるがまま。
顔中に我慢汁を塗りたくられて、この後部活に行って大丈夫だろうか。人間ならまだしも、生徒も教師も多くが獣人なのだ。多少洗ったくらいではきっと隠しきれない雄の匂い。そう考えると自分の中にある支配欲が鎌首をもたげてしまう。
「あ、あのさ……」
夢中で毛並みをなぞっていると、されるがままだった尾神が口を開いた。
ところどころヘアワックスを下手くそに塗ったかのように固まった毛。しまった、やりすぎたか。
「こうやって、く、くちを開いてたらさ。ヘビが巣穴と間違えて入ってきたりしない、かな?」
己の長い口吻をトントンと指で叩く。
つまり、その、口の中に入れちゃうってことだよな。
「入っちゃう、かも」
その魅力には抗えなかった。
亀頭の数センチ先には半開きになった尾神の口。
笑ったときに見える犬歯、あの尖った牙。そこに弱点を預けるには幾分かの恐怖がある。
「エッチなヘビさん、この中においで?」
そんな恐怖を軽々と超える誘惑。
尾神の耳の付け根に両手を添えて、ゆっくりと引き寄せながら腰を突き出す。
ちゅっ。
接触面から水音。
「んっ、はあっ」
不思議な感触だ。亀頭のその先にも神経が張り巡らされている。
にゅぷぷっ。
進むにつれてジンジンと熱さが伝わってくる。
自ら手でするときとは桁違いの情報量。本当に自分のモノなのか心配になってしまうほどだ。もしかしたら本当にヘビになってしまったのだろうか。
「あったか……すご、きもちいい」
そんな細切れの言葉をしぼり出すのが精一杯だ。
くぽっ。ちゅぽ。
ほんのわずかに身をよじっただけで、腰を引いてしまうくらいのくすぐったさに似た感触。
「ぜんぶ、はいっちゃうよっ」
くぐもった返事。
口を塞がれて、鼻の穴も下腹部の肉で塞がれてしまっては声を出せないようだ。
「ごめっ……くるしいよね。ああ……はあ……」
窒息しないよう少し腰を引くと酸素を求めて鼻を何度も鳴らす。
ある程度の酸素を取り込んだあたりを見計らって、もう一度根元まで口内に押し込む。
ごめん、ごめんと口にしながらも、抗えない口内の温かさ。
「んっ、むっ……ふ、ごっ」
苦しそうな声の割に、尻尾がゆらゆらと動き、ユニフォームは我慢汁が透けて色が変わっている。
ぐぷ、ぐぷっ、じゅぽっ。
遠慮や気づかいが薄れていき、ただひたすら目の前の快楽を貪る。
「いっぱい、のませてあげるから、ねっ」
目尻に溜まった涙を指で拭き、頭をわしゃわしゃと撫でるとピイピイと甲高く鼻が鳴った。
びゅっ。
制御不能な決壊。
びゅーっ。びゅ、びゅるっ。
音が聞こえてくるんじゃないかと思うくらいの勢い。
びゅ、びゅっ。
経験したことのない量が吐き出される。
精液を飲み下す喉の動き。むせ返り逆流した精液をすする鼻の音。ぼくの臀部を掴み自ら奥まで咥え込む貪欲な口吻。
尾神に抱いていた嫌悪感や恨みは、とうの昔に消えていた。
「……ぶ、部活、ごめんね」
顔は精液と唾液とその他でベタベタで、いつの間に出したのかユニフォームの股間部分は精液がじっとりと染み出ていた。この状態では部活にでられるはずもない。
「まあ、適当に誤魔化し——」
そのとき突然ドアが開いた。
「おお尾神さがし……って、ええっ!?」
尾神を探しに来た友人が目を丸くしてこの惨事を見ている。
ここなら見つからないと高をくくっていたが、オオカミは鼻が利くらしい。
なんとか言いくるめて誰にも言わないようにお願いしたのに。
翌朝登校するなり、オオカミ共に取り囲まれる。
「なあなあお前らどこまでヤッたんだ!?」
声が大きいって。
「んー、まあ口でシて、飲んだりとかかな」
なんでちょっと誇らしげなんだよバカ。
「人間のってどんな形? 味とかは!?」
始業のチャイムが鳴るまで質問攻め。ぼくが黙っていてもバカオオカミが全部喋っちゃうんだから。
そしてOne-eyed snakeをみんなの前で見せる羽目になったんだけど、それはまた別の話ってコトで。
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