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熱収縮スーツでGO!

  『お手軽簡単・理想のボディ! 熱収縮スーツさえあれば一瞬でなりたいあなたにだいへんし〜ん!』

  軽やかなミュージックをバックに、狼獣人の男性がダボっとした黒い衣服を着ていく。

  鈍いテカリを帯びたそれを全身に着込み、ドライヤーで炙るかのように熱風を当てていくと……

  衣服がなまかしい艶を帯びながら縮んでいき、男性のボディラインを強調させているではないか。

  いや、それだけではない。

  なんと、彼の体格が逞しくなっていき……その衣服全てがテカテカになった時には、サイ獣人も驚きの筋骨隆々なスタイルになっていたのである。

  『使い方は簡単! あなたに合ったスーツを選んで着るだけ。その後はお手持ちのドライヤーで、ワオ! あっという間に素敵なあなたになっちゃった! 使用上の注意を——』

  このケモノたちの世界に彗星のように現れたこの商品。

  最初は全員警戒していたものの、有名人や芸能人の使用者が現れるごとに人気が高まっていく。

  今では販売ストアに列ができない日はないほどだ。

  今日もまた、この熱収縮スーツを求めて何人もの客が来ている。

  「ええっと、男性用のマッチョになれるやつ……」

  目つきの悪い竜人が、ブツブツ言いながらリストを見ていた。

  彼自身別段筋肉が無い、と言うわけでは無いのだが……竜人にしてはやや細身なのがコンプレックスの模様。

  バルクアップしたかのような体格のページを見ながら、どこかうっとりした表情をしている。

  「へ、へへ、こんな体型になっちゃったら、オレ、モテモテじゃんかそんなの……!」

  まだ買ってもいないのに、頭の中では理想の自分が理想の女性とデートを繰り広げている。

  「どうしよっかな、これもいいし、これもいいなぁ。あ、すっげぇ。胸板こんなに厚くなんのこれ?」

  想像以上のスーツの種類に、どんどん目移りしていく。

  時間が許すなら、このまま永遠に悩んでしまいそうなのだが……

  「お客様にご連絡です。ただいまを持ちまして、本日の分の品番M-3473は売り切れとさせていただきます」

  「あっ、えっ、売り切れとかあんの!?」

  幸い、彼の候補の品番ではなかったが……いくら悩んで決めたところで買えなければ意味が無い。

  「よ、よし、じゃあ、これだな!」

  慌てて品番をメモし、レジに並び。

  「あー、やべ、買っちゃうんだ、オレ、あんな体型になっちまうんだ……」

  イカした姿になった自分を想像し、それに酔い。

  会計の時もどこか上の空。

  店員が丁寧に説明をしているものの、返すのは生返事。

  大金を支払い、商品を受け取り。

  「ようし、早速使うぞぉ……!」

  知り合いに買っている所を見られても恥ずかしいし、いそいそと退店し——

  「あっ、いったぁーい!」

  「わ、わ!?」

  よく見ていなかったのが悪いのだが……同じように店を出ようとした客とぶつかってしまったのだ。

  「す、すんません、大丈夫ですか!?」

  ライオン獣人の女性が、ギロリと睨んでくる。

  「んもう、気をつけてよね! レディーファーストって言うでしょ!?」

  落とした買い物袋を拾いながら文句を言い、その女性はさっさと出て行ってしまい。

  「ちぇー、あっちだって悪いくせに……」

  竜人の男性はバツが悪そうに頭をかきながら、床に落としてしまっていた買い物袋を掴み……改めて、飛ぶように自宅に帰るのであった。

  [newpage]

  「へっへっへ、この日のために使い方の動画はめっちゃ繰り返し見たもんね!」

  洗面所で全裸になった竜人が、自分の体を見る。

  「どれだけ運動しても全然筋肉付かなかったけど……もうそれとも、おさらばだぜ!」

  商品袋から熱収縮スーツを取り出し、広げて。

  「へぇ……思ったより小さいんだな? まあ、引っ張ったら伸びるしそんなもんか」

  ぎゅっ、ぎゅっ、と密着するような音を立てながら彼はスーツを着ていく。

  伸び切った生地が鈍く輝きながら、細い彼のシルエットを浮かび上がらせていた。

  「よ、よーし、上も下も着れたぜ……ドライヤー、ドライヤー」

  妙な物を着込んでいるせいで、いつもしている作業もどこかぎこちない。

  「しっかし、結構キッツイな、こっから縮むっぽいけど……まあ、大丈夫だろ」

  スイッチが入り、ドライヤーが熱風を吐き出す。

  それを自分の体に当ててみると……熱に反応し、スーツの質感が変わり始めた。

  「おっ、おおっ……!?」

  それと同時に、体感したことの無いような感覚が襲ってくる。

  全身をほぐすような刺激がぬくもりと共に広がり、自身を包み込む。

  「あっ、これ、すっげぇ……!」

  思わず目を瞑り、そのままドライヤーを動かしていく。

  当てた所で新たに同じ感覚が生まれ、それが心地よく、もっと欲しくなり、まだそうなっていない所を温めたくなって。

  それをすればするほど、なんだか体が軽くなっていくような感覚。

  「あっ、あっ、あっ」

  ヤラしい事をしているわけでもないのに、声が上ずるように高くなっていく。

  腰を締め付けられるように押さえつけられ、逆に胸は開放感に溢れていく。

  「あっ、これ、オレ、胸板、あー……♡」

  自分の体型が変化しているのを、感覚だけで理解できてしまう。

  変わっているのを見たい気持ちもあったが、完全に変わった自分と初めて目を合わすのも楽しそうで。

  スーツの効果を実感しながら、理想の自分に変わっている事に満足感を覚える。

  逞しくてイカす自分がタイプの女性竜人を口説き、そのままデートをする。

  自分の視界の真ん中にいるのはいつだってその女性。

  自分も彼女も愛し合っていて、相思相愛。

  少しずつ仲が深まっていき、二人は顔を近づけて……

  と、ここで快感が途切れる。

  ドライヤーを動かすものの……どこに当てても、温かい感覚がするだけ。

  「あっ、あっ、これ、終わったのか!?」

  少し緊張しながら、目を開ける。

  「わ、わぁ!?」

  なんと、目の前には——妄想の中でデートしていた、理想の彼女がこちらを見ているではないか!

  大きな胸を揺らし、きゅっと細くなった腰がなんともセクシー。

  「えっ、か、かわいいねぇ、君……」

  若干パニックになりながら、手を伸ばす。

  コツン、と固いものに当たる感覚。

  爪がガラス質のような物に触れ、その向こうには彼方から伸びてきた手が見える。

  「は? え?」

  混乱したまま、目の前の女性と自分の手を見比べる。

  奇妙な事に……女性竜人も、全く同じ動きをしているではないか!

  「っていうか、ここ洗面所、鏡、鏡? え、鏡ぃ!?」

  事実に気がついてしまう。

  慌てて自分の胸に手をやる。

  そこには鍛え上げられたムキムキの胸板……などなく、大きく柔らかい乳房。

  「えっ、えっ、えっ、えっ!?」

  驚いて掴んだ弾みに、爪をスーツに立ててしまう。

  その拍子に大きな胸が溢れるようにむき出しになり、ゆさゆさと揺れ。

  「お、おおおおお、オレに、お、お、お、おっぱいぃ!?」

  何がどうなっているのか全く分からない。

  鏡をまた覗くが、そこにいるのは確かに女性の竜人で。

  「えっ、えっ、えっ、お、おい、じゃあ、ちょっと待てよ、おっぱいがあるってことは……」

  下に手を伸ばす。

  そこには確かに、いつもある感覚が……

  「あ、あれ、ない、ない、ない、ない!?」

  いくら触っても、男性のシンボルはないのである!

  「ちょっ、これ、どうなってるんだよ!?」

  強引に破って脱ぎ捨てるも、姿を見せた裸体は女性そのもの。

  「いや、いやいやいや、オレが理想の女性になったってしょうがないって、うわ、うわわわ……!」

  兎にも角にも、店に問い合わせるしかない。

  急いで服を着る、のだが……

  「う、わ、ぶかぶかになってる!?」

  女性化したのに合わせてか、背丈も縮んでしまったようだ。

  お気に入りのどの服もダボつき、うまく袖が通せない。

  「ええい、もうそれは仕方な……わ、うっそだろ、おっぱいデカすぎて、ファスナーしまらねぇ!?」

  お気に入りのジャケットを着ようにも、豊満な胸がそれを妨げる。

  「い、いくらなんでも、でも、どうしようもねぇよな……!?」

  男物のジャケットを着て、しかも胸もとはフルオープンの女性。

  どこをどう見ても、変態そのものである。

  竜人の男性——今は女性なのだが——は手で隠そうとしながら、家を飛び出していった。

  [newpage]

  一方。

  「あーあ、せーっかく貯金してスーツ買ったのに、ぶつかられて最悪!」

  帰宅したライオンの女性はまだ怒りつつ、服を脱ぐ。

  買ったばかりの熱収縮スーツを取り出し、袋から出し。

  「……な〜んか、やたら大きくない? ま、いっか! どーせドライヤーしたらぴったりになるんだもんね!」

  同封されている紙には目もくれず、スーツを着ていく。

  予想よりも大きなそれを着るのは特に苦労もなく、簡単で。

  「そ、袖も長いのね……ドライヤー持つのも一苦労じゃない、これ……」

  しかし、これも理想の姿になるまでの辛抱。

  「うふふ、この夏はボンキュッボンで、素敵な殿方ゲットしちゃうもんねー!」

  スイッチを入れ、温風を吹き出させる。

  「う、わぁ……!?」

  スーツが変化を始めるなり、飛んでいきそうなほどの開放感!

  体の感覚が広がるような刺激に、女性は思わず目を細めてしまう。

  「あっ、すごい、すごい、すごぉい……!」

  胸は軽く押さえつけられるような抵抗があるものの、それが強くなればなるほど全身に力がみなぎる。

  「あっ、これって、本当に、私、変わっているんだぁ……!」

  腹の底から出したかのような、低い声で甘く鳴く。

  理想の自分がカンカン照りの砂浜を歩いているのを想像する。

  タテガミが素敵なライオンの男性が声をかけてくる。

  ちょっとからかいつつも、腕を組んで並んで歩き……

  時と共に火が傾いていき、辺りは赤く染まっていく。

  二人はまっすぐにお互いを見つめ、そのまま顔を近づけ……

  ハッと、我に返る。

  チリチリと熱い感覚が尻を炙っている。

  「あっち、アチチチ!?」

  気づけばスーツはテカテカに輝いており、ぴっちりと体に密着していた。

  「あ、ああ、もう終わっちゃったんだ……」

  もうちょっとだったのに、とため息をつく女性。

  が、正面を見た途端……今度は大きく息を呑んでしまうのだった。

  「わ、わ!?」

  なんと、空想の中でデートをしていた愛しの彼がこちらを見ているではないか!

  「ど、どうしよ、え、えっと」

  頭の中ではあんなにスムーズに会話できたのに、いざ目の前にするとうまくいかない。

  「え、ええっとぉ……」

  もじもじしながら、相手を見る。

  ところが、妙な事に……男性の方も、もじもじしながら女性を見てきているのである。

  「え?」

  首を傾げてその様子を見ようとすると……あちらもそっくりそのまま、同じ事をしてくる。

  「な、なんで貴方、私の真似……って、あれ、これ、鏡よね?」

  爪でつついてみる。

  コンコン、と固い音。

  「え、え、え?」

  顔を触る。

  ゴワゴワとした、ないはずの毛が手に触れる。

  鏡の中にいるのは、タテガミを触っているオスのライオン獣人。

  「待って、待って、なんで、え、え!?」

  低い大声を漏らしつつ、胸を触る。

  カッチカチの、平らで頑強な胸板の感覚。

  「ちょ、ちょっと、わ、私、雄になったっていうの!? そ、そんなわけないわよね、あ、あ、きゃあああああああ!?!?」

  事態を受け入れられないまま、股間に手を伸ばし。

  ないはずのモノに触れた感覚、触れられた感覚。

  「な、何よこれ、どういう事なのよぉ!?」

  スーツをつまんで引っ張る。

  ムキムキの肉体のパワーにひとたまりもなかったのか……それはたちまち破け、逞しい肉体が曝け出され。

  「い、いやぁあああ!? と、とりあえず、とにかく、お店、行って聞かなきゃ……!」

  クローゼットに飛び込む。

  股間で何か揺れる感覚がする違和感の中、服を選ぶものの……

  「やだぁ、私、全然入らないじゃない!?」

  身長も伸び、ガタイも良くなってしまった以上普段の服が入るはずもなく。

  まあ、入ったら入ったで『女性物を着て歩いているガタイのいいオスライオン獣人』になってしまうのだが。

  「も、もう、知らなぁい!」

  大きなバスタオルで体を包み、ライオン獣人の女性——今は男性なのだが——は泣きそうな顔で飛び出していくのだった。

  [newpage]

  「なるほど、弊社の製品を使用したところ——はい、はい」

  胸元を見せつけているセクシー竜人と、股間のみ隠しているムキムキオスライオンがカウンターに訴え出ている。

  「お客様、恐らくなのですが……取り違えてしまった可能性がございます」

  お互いが顔を合わせ、肉体を観察し合う。

  「戻る方法ですが、まずスーツを持ってきていただく必要が……え? 破けた? あー……それだと……難しいですね……」

  店員の顔が曇る。

  「変化前の情報はスーツに保存されているのですが、破損してしまった場合そのデータも壊れている可能性が高いんです。ご購入の際に何度も注意はさせていただいていたのですが……」

  二人とも、気まずそうに視線を逸らす。

  どちらも上の空で、ちゃんと聞いていなかったのであろう。

  「ですので、元の体型に近いスーツを使用していただければ似た体型には戻れますが……申し訳ございませんが、元に戻るのはほぼ不可能でして」

  二人はぶつぶつ言いつつも、売り場の方に行こうとする。

  「あ、お客様!」

  そんな二人に、店員が声をかけた。

  「連続使用は危険ですので、お控えください。最低でも半年経ってから——」

  半年、というワードに二人はギョッとした顔をしてしまい、また顔を見合わせてしまい……

  どんな物でも、使う前にはきちんと確認を忘れないように。

  おしまい

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