短編小説「心の傷」前編
「ほら、出来たぞ」
俺は焼いた干し肉を少年に渡す。
彼は基本的に話さない。正確には話せない。
恐らく、精神ストレスによる失語症であろう。
話はしないが、喜怒哀楽はしっかりとある。
現に今、干し肉を渡したときは嬉しそうに微笑んでいた。
なぜこの少年がこうなったかは俺はまだ知らない。いや、恐らくは知ってはいるが俺は話さない。
本人の口から聞きたいからだ。
しかし今はこの話よりもこいつとの出会いを語ろう。
それは今から二日前。
俺はとある国の下町を歩いていた。
この国は上下関係がとても厳しい上に種族の差別に対しても他の国と比べると何とも言えない酷さになる。特にこの国は人間の差別が群を抜いており、人間を奴隷の様に扱ったりしている。
こんな光景を見ても誰も何も思わない。これがここの普通なのだから。
「この街はここまで酷いとは・・・」
俺は辺りの酷さを見て、吐き気を催すほどであった。
辺りには人の姿はない。あるのは息絶えた、人間の姿であった。
誰一人として動かない。
中には白骨化が進行している死体も中にはあった。
「・・・これは」
俺はある物を見て言葉を失った。
「まだ、若いのに・・・」
俺が見たのはボロボロになって床に寝ている少年であった。
手足のあちこちに生々しい傷が目立っていた。
よほど、貴族達に乱暴にされたのだろう。
「可哀想に」
俺はピクリとも動かない少年を見た時、少年は既に息絶えていると思っていた。
しかし。
「・・・う」
まだ息があった。
俺は背負っている荷物から傷薬を取り出すと、少年に治療を施す。
俺は旅先で魔物などから襲われるので、自分でも治療を施せるように知識を得ていた。
俺は少年に応急処置を施し終えると少年が目覚めるのを待った。
応急処置を施した際にこの少年の状態を確かめると、外の傷が生々しいだけであって、命には別状はなかった。
あれから夜になった。
俺は少年の様子を伺っていた。
「う・・・」
少年がゆっくりと目を開ける。
その後に直ぐに体を起こす。
「待て、体に毒だ」
俺は慌てて少年の体を押さえる。
少年はこっちをゆっくりと向き、俺の顔を見る。
「・・・」
その表情はまるで怯えている、と例えるのが妥当だろう。
「水を飲むか?」
俺は少しでも少年を楽にする為、水を与える為に、少年を起こす。
少年は俺が渡した水筒をゆっくりと口に含む。
それが飲んでも大丈夫と認識したのか水をこれでもかというくらいに飲んでいく。
少年は俺の水筒の全ての水を飲み干した。
まさか全て飲むとは思ってはいなかったので苦笑をする。
少年は俺に水筒を返すと、ゆっくりと立ち上がる。
痛みで顔を顰めていた。
まだ痛むのだろう。
「無理はするな、命に別状は無いとはいえ、このままだと体に負担がかかる」
少年は俺の言葉を無視すると、下町の狭い路地に入って行った。
「お、おい!」
俺は慌てて少年を追いかける。
しかし、少年は痛みで歩きづらいのかとても遅かったので、直ぐに追いつく事が出来た。
少年の前に移動して立ちふさがる。
「待て」
「・・・」
「何処に行くんだ?そんな路地に何が」
あるんだ?と言おうとした瞬間、大きな声が下町に響き渡る。
「おい!あのガキが居なくなってやがる!」
「おいおい、殺した筈じゃ無かったのか?」
「息をして無かったから絶命したのかと思っていたが」
その言葉を聞いて俺はこの声の主が、少年を折檻したのだと確信した。
少年は耳を塞ぎ、目を閉じている。
まるで、自分の周りの世界を遮断しているようだった。
「おい、ちょっと来い」
俺は少年を抱えて、狭い路地から出る。
その出る短い時間だが、少年はジタバタと暴れていた。
あちらこちらに打撃が入り、一言で表すなら痛い。
「ん?あれって・・・」
「お?居るじゃねぇか?」
声の主は、熊獣人と虎獣人だった。
どちらも体つきががっつりとしている上、荒事にも多少慣れているようだった。
「よう、そこの兄ちゃん。お前が持っているそいつ、俺たちの何だよね、返してくれるかな?」
「無理だといったら?」
「礼ははずむぜ?こいつは俺たちご主人の道具なんだよね、無いと困るんだよ」
俺はその言葉に腹が立った。
こいつらに少年を渡してはいけない。
渡してしまったら命の保証は何もない。
「道具か。道具を捨てたのだから、拾った奴らの物だろう?」
「・・・交渉決裂か。兄ちゃん、今から殺してやる。でもそれじゃつまらんからお前から掛かって」
こい、と言った瞬間、俺は鞘から剣を抜き、瞬時に剣を戻す。
すると、虎獣人と熊獣人の服がバラバラになる。
「なっ!?」
「次は首が飛ぶぞ?良いのか?」
「く、くそっ!」
熊獣人と虎獣人は二人して同じタイミングで俺に殴りにかかる。
「首は飛ばさんでやる」
俺はそいつらの攻撃を避ける。
そして、俺は二人の鳩尾に打撃を与える。
二人は一瞬にして、意識を刈り取られ、床に崩れ落ちる。
「さて、これで大丈夫だ」
少年はこの状況を見て目をぱちくりさせていたが、次の瞬間パアッと微笑みを浮かべ、視線を俺に向ける。
まるで、尊敬の眼差しだ。
ちょっと照れてしまう。
俺はそれを見て悪い気はしなかった。
急に少年は不意に視線をそらす。
俺も少年の視線の先を見るとそこは「街の外」であった。
少年はそこをただ単に見つめていた。
実は下町の住人でも街の外に出る事は出来る。
しかし、ここの外は魔物が沢山と居る。
よく、奴隷生活に耐えられなかった人間が街の外に出て、魔物に襲われて命の落とす人が殆どだ。
「街の外に出たいのか?」
少年は頷く。
「そうか」
しかし少年は直ぐに明るかった表情は消えてしまう。
そして、街の外が見えない様に自らの視線からそらす。
この少年も理解しているのだろう。
少年は俺の方を見て口をパクパクさせて俺に何か伝えようとしていた。
た、す、け、て、く、れ、て、あ、り、が、と、う、。
「助けてくれてありがとう・・・?」
少年は頷く。
そして再び路地に入って行った。
俺は少年の腕を掴む。
「・・・」
少年は手を振りほどこうとする。
「お前、少し来い」
俺は少年を抱える。
そして、下町を上がる。
そこは人々が沢山といた。
下町のあの殺伐とした雰囲気とは違い人々で溢れかえっていた。
そんな人々の視線を無視して、俺は宿屋に一直線に向かう。
「おや、いらっしゃい」
「風呂だけで頼めないか?」
「ああ、構わないよ」
宿屋の女将は優しく微笑むと浴場に向かう道に指を指す。
「すまない」
俺は少年を抱えたまま、浴場に向かう。
「俺が来るまで、風呂に入っていろ、いいな?」
少年は顔を顰めながらも頷き、ボロボロの服を脱ぎ始める。
その姿を見て俺は絶句する。
少年の体は大きなやけどや今まで受けた虐待の傷の痕が残っていた。
「お前・・・いや、いい」
俺は浴場から出るとそのまま宿屋を出て近くにある武具屋に向かった。
「出てきてもいいぞ」
少年はその言葉を聞いて脱衣所に戻ってくる。
正直、少年の変わり具合を
少年は風呂を入る前は清潔感すら漂っていなかったが、今は違うのがよく分かる。
髪も乱れてフケだらけだったが、今では髪に乱れも、フケなどはない。
髪型は癖っ毛なのか少しボサボサしていた。
「ほら、着替えろ」
俺は買ってきた服を少年に渡す。
少年は直ぐに着替え始める。
「よし、ちょうどいい位か」
少年は着替え終えると、少年は鏡を見て自分の姿をみていた。
まるで生まれ変わった、自分を見ているようだった。
俺が少年に渡した服は、白のシャツと黒の長ズボンと灰色のコートと茶色のブーツだ。
この街は何故かコートが非常に安く、俺が所持している金でも買える服であった。
おまけに、この服装はとても動きやすい。
少年は嬉しそうにしていた。
その証拠にその場で軽く飛び跳ねていた。痛みで顔を顰めながら。
「さて、俺も風呂に入って来るから、少し待ってろ」
「じゃあ、行くぞ」
俺は風呂から出て着替え終えるとすぐさま脱衣所を出ようとする。
「・・・」
少年はちょっと待ってと言わんばかりに引き止める。
ああ、こいつ怪我しているんだったな。
「すまない、すっかり失念していたよ」
俺は少年を抱える。
そして、再び受付に戻る。
俺は清算を済ませると少年を抱えたまま店を出る。
そして、そのまま街の外に出る門の前まで来た。
俺は少年を一度降ろす。
そして俺は少年に言おうとしていた事を言う。
「なあ、お前はこの街に居たいか?」
少年は首を横にふる。
「そうか、お前が良ければ旅をしないか?」
その答えとして少年は頷く。
その表情はとても爽やかであった。
「服を買って正解だったな。あいつらが起きる前に他の街に行こう」
俺は少年を抱えると街の外に足を踏み出して居た。
これが俺達が出会った話だ。
「悪いな、最近はこんなで」
二日間連続、干し肉だ。
少年は首を横にふる。
正直、飽きてきているだろう。
「次に行く街は、確か花火大会がある筈だが、お前は見たいか?」
少年は力強く頷く。
「そうか、これを食べたら再び歩こうか」
少年は頷くと俺の側で干し肉を頬張る。
俺もとっとと干し肉を口の中に放り込む。
「じゃあ、行こう」
少年は頷くと、俺の隣を歩く。
こいつの事を仲間というより弟、という方しっくりくる。
「何だか、弟が出来たみたいだ」
少年はそれを聞いて恥ずかしそうに顔をそらす。
本当は嬉しいのだろう。
「これからもよろしく」
少年は頷く。
そして、口元をパクパクさせて。
よろしく。
と言った。
こいつは話す事が出来ないが、話せなくてもコミュニケーションも取る事が出来る。
しかし、実際のところはこいつと会話をしてみたい。
でも俺はこいつと旅をして、こいつの心の傷を癒してあげるべきだとそう思った。
俺はそう決心をすると無意識に少年の肩に手を置く。
そして少年の顔を見て微笑んでやった。
後編に続く。