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デカルタ経由シマトラ直行便

  エンペリオンとは米才駅の北口近くにポツンと建っている、ここらでは中々珍しい老舗の純喫茶である。コウテイペンギンの気さくなオーナーが夏場には一リットルジョッキいっぱいに満たした名物、通称“皇帝アイスコーヒー”をふるまうことで知られており地元のみならず駅の利用者である通勤客や通学する学生を中心にこの店は愛されていた。

  一時期は前の代の主人が病に倒れて店の存続が危ぶまれる事態に直面したそうだが、そこへ遠く出稼ぎに行っていた長男が戻ってきて経営を引き継ぎ閉店の難を逃れたという逸話があるらしい。

  中高生にも比較的良心的な価格設定のメニューが多く純喫茶という営業形態に似つかわしくない持ち込み可という提示もあってか、学校帰りの高校生たちがコーヒーを楽しみながら仲間内で勉強会を催す光景が頻繁に見られるそうだ。

  「皇帝コーヒー三人前です。氷が溶けないうちにどうぞ」

  「ああ、ありがとう」

  「…………」

  「…………」

  多くの客が店内でにぎやかにしているのに対し、僕らはここに来てまだ一切話していない。

  店主さんが奥まったところにある三人の席に、ドデカい器になみなみと注がれたアイスコーヒーを三つ持ってきた。中央には僕が作ったバナナ・スプレッド六切れが置かれている。

  「おや、この食パンに挟んだバナナスプレッドは君たちが作ったのかい? きっとここのコーヒーとは抜群に合うと思うよ。それじゃ、ごゆっくり」

  そういってペンギン獣人の店主は再び厨房へと戻っていった。おもむろにレッサーパンダ獣人がジョッキを持ち上げ、アイスコーヒーをガブ飲みし始める。半分ほど空けたくらいで器を下ろし、プハーと大きく息をつく。

  (いや居酒屋の生ビールじゃないんだから……)

  「やはりここのコーヒーは格別だな。二人は飲まないのか?」

  学校の屋上での一連の出来事とは打って変わり、やたら気さくな態度で僕らに話しかけてきた。

  「あのー、自分たちはアイスコーヒーを飲みに来たわけではないのですが」

  「そういえば一朔の肩にぶら下がっているそれはなんだ。何かの機械か?」

  「ええと……これは一応ヘッドフォンですね」

  「ほほう。中々似合っているじゃないか。音楽を聴きながらコーヒーを嗜むのも、悪くはないぞ」

  向かい側に座る余市と名乗ったその人物はしきりにコーヒーを勧めてくる。バナナ・スプレッドを対称点に反対の場所に設置されたロングシートに腰かける三八は未だ機嫌が悪そうにふて腐れていて、その隣に着席している僕はあたかも借りてきた猫みたいな気分で受け答えをしていた。

  「今更だが、敬語で話さなくていい。俺は二人と違うクラスに所属する同学年の者だ。訳あって、登校拒否の身分で学校にはほとんど通っていない」

  「登校拒否?」

  僕もジョッキを持ってコーヒーを口にする。ほど良い苦味とかすかな酸味が冷たい液体を通して口いっぱいに広がり、喉元を通ると心地よい爽やかさが身体の中で渦を巻く。

  「ああ。教師から手に負えない問題児として見なされているから不良という表現が正しいかもな」

  同じ学年ということは百歩譲っても他のクラスに問題児と[[rb:揶揄 > やゆ]]されるような同級生がいたことに違和感を覚えずにはいられなかった。僕たちの世代の学年は合計百人にも満たないので、クラスは三つしか存在しない。そういった狭い環境にいるからその手の噂はいくら日陰者といえど、[[rb:人伝 > ひとづて]]に耳へ入らないほうがおかしいってものだ。バンカラ姿といい、もしかして腫れ物扱いを受けているのだろうか。

  「不良って単語で思い出したぜ……おい、ヨイチとやら。[[rb:広山 > ひろやま]]んとこの高校のゴロツキどもに単身中学生が乗り込んで全員病院送りにしたって話を聞いたことがあるんだが……まさかオメェが?」

  今までまったく会話に参加する気配をみせなかった三八が、思いついたようにとんでもないことを口走る。僕が内容をうまく飲み込めずにいる様子を気にも留めず、余市は自然とそれを返した。

  「なんだ知っていたのか、それなら話が早い。俺はそういった不良だということを一朔と三八にはまずわかってもらいたかったので助かる」

  目の前でコーヒーを飲みバナナ・スプレッドの一切れを手に取る150cmもなかろう中学生が、高校生の集団を一人で相手取ってボコボコに打ちのめす……尋常じゃない。なるほど、腫れ物ではなく話題に上げること自体が一種のタブーということなのだろう。あの物言わずとも見つめるだけで人一人ぐらい簡単に戦慄させる視線の主ということにも、ここにきてようやく合点が至った。

  けどそれと同じくして、また一つの疑問が浮かんでくる。

  「しかしそれだけ強いというのに、自分らに一体なんの用があるというのですか?」

  「だから敬語はいいと言っているだろう。では本題に入ろうか」

  「あ、すみ……申し訳ない」

  「それで良い」

  余市はその返答に満足したらしく、懐に手を突っ込むと二枚の写真を取り出した。

  「なんだソレ」

  長椅子にもたれていた三八が身を起こしてテーブルに置かれた写真を覗きこむ。それにつられて僕も目を落とし、何が写っているのか確認しようとする。

  一枚目は、病院らしき建物が炎上して今にも崩れ落ちそうな有り様が撮影されたものだった。

  (あれ、なぜだかこの景色には見覚えがあるぞ)

  続いて二枚目には僕らと同じ学校のものと思われる夏服を着た黒猫の獣人と、これまた見覚えのある私服を着た白い狼の獣人が、談笑しながら一緒に道を歩いている姿が刷られていた。

  ……すごく嫌な予感がする。

  「最早確かめるまでもないが先日の稲根川付近での爆破事件、あれは二人がやったことだろう?」

  僕と三八はゆっくりとお互いの青くなった顔を見合わせた。なんということか。せっかく回り道したというのに目撃者がいたなんて。それどころか写真まで撮られているとは考えもしなかった。

  「ちょ、ちょっと待てよ!!」

  ヤツは色々と言いたいことがあるのか、かなり焦った様子で手をあげ意見を述べんとする。

  「なんだ? これだけ状況証拠が揃っていてまだ自らが起こしたことを認めないとでもいうのか」

  「いやそうじゃなくてこんな写真いつ撮ったんだよ!! オレもイッサもテメェの姿なんざ見かけたことねーぞ!?」

  三八のいう通りだ。一枚目はまだわかるとして、もう一枚のほうを撮るためには相当タイミングを見計らってシャッターを切らなければならないことは容易に想像できる。加えて、あたかも爆発の関係者が僕たちであることを初めからわかっていたふうな構図で撮っていることに怪しさを一抹すら覚えないほうが難しいことに感じられた。

  「なにをそう不思議でもないことを大袈裟に言うのか……あの廃病院の近くに俺の住む家がある。その日は自作したカメラの性能を確かめるために被写体を探していたところ遠くで爆発音がして、しばらく茂みに身を隠していたらこの辺では見かけない顔が通ったものだからたまたま撮影させてもらったというだけだ」

  余市はひどく面倒臭そうに、写真の背景をくどくどと説明する。

  「となると廃墟の写真はどうやって?」

  「それは野次馬どもが集まってきたから、俺も何が爆発したのか気になって見てきた際に撮った。これで十分か?」

  「……なるほど」

  いや、全然なるほどじゃない。自作のカメラといいスニーキングじみた行動といい、余市は三八とまた違うベクトルで変人なのだと納得する。今はヤツが一方的に険悪な姿勢を取っているけれどなにかしらのキッカケで二人が打ち解けることがあるならば、トンでもないことをしでかす可能性を考えてしまう自分がいた。

  「とにもかくにも、これで少しはこちらの言うことに耳を貸す気にはなったか?」

  「まあ……とりあえず脅されていることは承知した」

  「抵抗しようと警察に突き出す考えは毛頭ない。俺は、あいつらにとっては鼻つまみ者だからな」

  僕と三八は現在、いわゆる弱みを握られた状況にある。余市の言ったことには必ず従わなければならない。しかし話しぶりから察するに、犯罪などに巻き込むつもりではなさそうな気がした。

  「で、結局オレらはテメェになにをすればいいんだっての。いい加減じれってぇんだ、ヨイチよ」

  ヤツは依然として結論の見えない会話に辛抱ならないのか、悪態をついてコーヒーを口に運ぶ。三八の態度をよそに、余市は変わらず淡々とした調子で話の本題へ入ろうとしているようだ。

  「ああ。簡単にいえば、二人には用心棒をしてもらいたい」

  「えっ」

  「は?」

  よ、用心棒???

  まったく予想だにしていなかったのか、バナナ・スプレッドを取ろうとするヤツの手が止まる。

  「用心棒って、時代劇なんかで出てくる見張りとかそういう……」

  「その通り。一朔と三八にはとある人物の護衛を頼みたいということだ」

  「はー? なんでオレたちがわざわざSPごっこをやらなきゃなんねぇんだよ」

  僕は憶測の域を超えた余市の突然の言葉に、ただただ呆然とせずにはいられなかった。

  「ごっこではない。これはれっきとした依頼だ」

  「どうしてそれほど重要なことを、見ず知らずの自分たちに?」

  普通なら自分で守るなり大人に頼むなり業者への請負など、僕らを使うこと以外を選ぶはずだ。

  「一つは比較的言うことを聞いてくれる人物に任せたいこと。もう一つは爆発から生還するだけの力量があることを理由に、二人を選ばせてもらった」

  「はぁ……」

  爆発から逃れられたのがただのマグレだったとは、とても言えなかった。どうやら向こうは本気で僕たちに頼みごとをしているらしい。要人の護衛なんて、果たして一般的な中学生二人に務まる役柄なんだろうか。

  「否も応もないことはとうに理解していると思うが、一朔と三八。どうか引き受けてくれないか」

  やや声のトーンを低くして、余市は僕たち二人に問いかけてきた。はなから断るという選択肢は存在していない。そんなくせして真剣そのものな口ぶりは、逆におちょくられているみたいで若干ムッとしてしまう。ここまで拒む権利がないことを忌々しく感じるのは初めてだった。

  「……わかった、やるだけやってみることにさせてもらう」

  「承知した。三八はどうだ?」

  目に見えて[[rb:虫唾 > むしず]]が走った表情で余市を[[rb:睨 > ね]]めつけて、ヤツは不意にそっぽを向き苦々しく答える。

  「テメェのことなんざクソほども思っちゃいねぇけど……イッサが行くならオレも行くさ」

  「そうか。ならそうするといい」

  余裕そうな返しに三八はケッと吐き捨てるふうな仕草をして、それ以上はなにも話さなかった。

  「さてと。約束が成立したことだし、この店から移動するぞ」

  「え、どこへ?」

  「とある人物と午後三時に待ち合わせをしている。その場所へ、三人で行かなくてはならない」

  余市は空になったジョッキをテーブルの隅に寄せて、立ち上がってカバンを背負う。僕は慌ててコーヒーを飲み干し、残りのバナナ・スプレッドを食べてゴミを一箇所にまとめた。

  「とりあえず駅に向かう。そこからは俺が案内するから着いてこい。ご主人、会計をお願いする」

  肝心の行き先はどうやらまだ教えてくれないらしい。こちらがお願いしたわけでもないのに余市は三人分の会計を済ませて、早くも店をあとにしようとしている。

  「ザッパ、ほら行くよ」

  ロングシートに座ったまま未だ虫の居場所が悪そうにしているヤツの肩を叩いた。そしたら文句タラタラそうな眼こちらによこして、噛み殺すように一言だけ発する。

  「イッサ。オレあいつのことちょーキライ。大っキライ」

  「ぶつくさ言うのも大概にしてよ、自分も正直よくわからないっての」

  嫌気ムンムンな三八を引きずりエンペリオンから出て、外で待機する余市と合流した。後ろからありがとうございましたー、と店主の威勢のいい声が響いてくる。それがなんだかてんてこ舞いな自分には[[rb:癪 > しゃく]]にさわるみたいで、やり場のないモヤモヤを僕は懐に抱えたまま出発した。

  [newpage]

  ザワザワ ザワザワ

  空港を訪れるのはおそらく今回が人生で初の経験だ。こんな機会に巻き添えを食らい来ることになるだなんて、思ってもみなかった。目の前を多様な種族の獣人がひっきりなし行き交い、どこか落ち着かせない独特の緊張感を感じさせてくる。昼下がりの慌ただしい第一ターミナルに、僕たち一行は手持ち無沙汰につっ立っていた。

  米才駅からここまでたどり着くには複数の路線を乗り継ぐ必要がある。まず特急を使って一気に終点の[[rb:沼堤 > ぬまづつみ]]まで出て、次に都内を[[rb:楕 > だ]]円状に結ぶ[[rb:上手 > かみのて]]線にしばらく揺られて真反対に位置する[[rb:黒松町 > こくまつちょう]]に向かう。そこから沿岸を走るモノレールに乗り換えて、ようやくターミナルの駅に到着する。

  所要時間は二時間弱、かかった交通費は1,700円ほど。中学生には決して安くない金額だ。僕は片道だけでお小遣いの大枚を[[rb:叩 > はた]]いてしまったことに、半ばショックを隠せないでいる。ヤツはそれ以前に長い時間電車に閉じ込められてじっとしていることが相当堪えたのか、着いた直後はかなりやつれているふうに見えた。

  一方で余市だけはやけに機嫌が良さげというか、これから空港に降りてくるであろう人物と会うことを心待ちにしている様子でいる。それほど気分がいいのならば最初からどこへ行くのかくらい教えてくれてもいいのにと思うと同時に、もしかすると待ち合わせしているとある人物とは親しいもしくは[[rb:懇 > ねんご]]ろな間柄なのではないかという憶測が頭をよぎった。

  ピンポンパンポーン

  時刻が三時を回ったことを伝える時報が鳴る。それとほぼ同じタイミングで国際線の到着ゲートをくぐる人影が現れた。人間の女性だ。珍しい。少なくとも米才では純粋な人間族を見かけたことがなかった。白のワンピースに麦わら帽子をかぶって、三つあみを編んだ髪型をしている。顔立ちからして、ここ日本の人だろうか。まるでどこかの女優さんのようで、雰囲気がすごく華やかだ。

  僕がその女性に思わず[[rb:見惚 > みと]]れていると、はたとあることに気が付いた。余市も女性のことを遠く見ている。否、完全に目を合わせていた。まさかあの日本人女性がその、“とある人物”なのか? いやいや、そんなことあるわけ……あれ。こちらに駆けてきている?

  ベージュ色のハイヒールを鳴らしてキャリーバッグを引きながら、明らかに女性はこちらを認識しているようだった。僕が考えを巡らせている間にも、距離はどんどん縮まっている。もはや目前に迫ったそのとき、女性はガバッと帽子を脱ぎ捨て余市を持ち上げて抱きしめた。

  「ただいま〜、会いたかったよ余市ー!」

  「お帰り。アオイ」

  その女性は人目もはばからずに頭をヨシヨシしたりほっぺを撫で回したりと、まるでぬいぐるみを扱う少女のごとくはしゃいで余市をわちゃわちゃ好き放題にしている。三八を背負い投げしたあのレッサーパンダ獣人のくせに猛獣みたいな余市を、だ。余市も余市で一切の無抵抗無反応を貫いているのだから驚く他ない。

  眼前で起こっている光景が信じられないのはヤツも同じらしく、マズルをあんぐりとさせて事の成り行く先を見守っていることしかできなかった。一しきり濃厚なスキンシップが終わったあと、今度は僕と三八に女性は目を移してくる。

  「もしかしてこの子たちが、余市の選んだ用心棒なのね?」

  「そうだ。一人は腕利きの、もう一人は血の気が多いのを選んでおいた」

  え。腕利きは三八として血の気が多いほうって僕のこと? そんなツッコミをする隙を与えんとばかりにその女性は正面へやってきて、僕ら二人のことを交互に覗き込んできた。なんだろう……まさしくお姉さんってイメージのとてもいいニオイがする。獣人とは構造の異なる瞳がすごくクリクリとしていて、そんなに見られると胸がドキドキしてしまう。

  「初めまして。私はアオイ、シマトラ島の大学に通う大学生です。二人の名前はなんていうの?」

  おしとやかに女性は自身をそう名乗った。これは、ひょっとして自己紹介する流れか……よし。

  「え、えっと。自分は骨躙一朔といいます……余市くんと同じ学校に通っている同期です」

  あまりにもキラキラしたオーラに[[rb:気圧 > けお]]されて、声が上ずりどもってしまい死ぬほど恥ずかしい。

  「へー、一朔くんっていうんだね。そのヘッドフォン、とってもイケててカッコいいと思うよ! 隣のオオカミくんも、よければ名前を教えてくれないかな〜」

  ヤツにしては珍しく迫力に押されているのか、やや間をおいて口ごもりつつボソッとつぶやく。

  「……オレは人行潟三八。イッサとは幼なじみで親友の仲だ。余市のことは、今日初めて知った」

  「ふーん、三八くんかー。数字が名前って斬新だね! 余市とは仲良くしてくれると嬉しいな」

  三八は相変わらずあらぬ方を向いて、我ここにあらずを決め込んでいた。そりゃ恥ずかしいとは思うけど、いくらなんでも初対面の人を前にしてそれはないだろうに。

  「それじゃ一朔くんと三八くん、これからよろしくね〜……ってそいやぁ!!!」

  唐突にアオイさんは僕たち二人を胸元に抱き寄せると、先ほど余市にやっていたみたいに色んな箇所を手当たり次第に撫ではじめた。人間には毛皮という概念がないのが災いしてか毛並みの向きなどお構いなしにいじくり回されゾワゾワする。そしておっぱい、おっぱいが顔に当たっている!

  「ちょっ——アオイっていうヤツ、変なところ触ってんじゃねーよ!!」

  「あのアオイさん——そのっ……アレが、アレが当たっているのですが?!!」

  「へー、一朔くんはふこふこしていて三八くんはサラサラしているんだ〜。毛色といい毛質といいまるで正反対でかわいくて面白いね、二人とも」

  ようやっと解放されて嵐にでも遭ったかのごとく全身が毛羽立った僕と三八を見てキャハハハとおかしそうに笑うアオイさん。

  ……てっきり天真爛漫な人とばかり思っていたけれど、たぶん見た目とは裏腹にその実体は凶悪な小悪魔なのかもしれない。毛並みを整え直すのに、僕らはいくぶんか時間を要した。

  「あの……先ほどアオイさんはシマトラ島の大学に通ってらっしゃるとおっしゃってましたよね。もしかしてそれって、アストラル・アークマトンが近年建てた高等教育機関のことですか?」

  「お、せいか〜い。一朔くんは結構そういうことに詳しいんだねー。今は二年生のラストティーンだよ」

  アオイさんはふわふわした調子で僕からの質問にそう返す。ヤツも余市もなにも話そうとしないので、仕方なくさっき引っかかっていた疑問の数々を聞いてみることでこの場をつないでいる。

  「となりますと専攻は?」

  「まだ決まったわけじゃないけど、今のところ宇宙工学コースが第一志望かな? やっぱ企業国家のお膝元だけあって宇宙開発を学びたいんだ〜」

  「うわぁ……アオイさんってめちゃめちゃ頭いいんですね」

  「そんなことないよ! みんなと同じ十代なんだから、そんな気を遣わなくても大丈夫」

  企業国家アストラル・アークマトンの本拠地はシマトラ島に存在する、というよりむしろ島一つがまるごとアストラル・アークマトン社の敷地となっている。

  十数年前、元々シマトラ島にあった政府に対し突如としてクーデターが起こって内紛が勃発した際に国連総会の議決によって白羽の矢が立ったのが当時から世界中で圧倒的なシェアを占めていたアストラル・アークマトンの前身だった。どこの国からも一切の制約を受け付けないアナキズムを主張する無政府企業が企業国家として領土を持つことに主要国は注目を集めていたそうで、それとタイミングを同じくしてシマトラ島に世界初の軌道エレベーターが建設されることになったというのが経緯だ。ちなみに現在ここ日本で建造が進められている軌道エレベーターは、世界で七番目にあたるらしい。

  今でも宇宙工学と生体制御の分野のメッカとして、多くの選ばれた留学生や研究者が島を訪れて最先端の科学技術に触れようとしている。

  「ではアオイさんは夏休みで日本に帰って来たんですか?」

  「そそ、夏季休講の時期だから余市に会いに帰国したんだ。一朔くんや三八くんとも出会うことができて嬉しいな〜、そうだ! よければ二人とも私の家に来ない?」

  「ええ、そんなお邪魔してもよろしいのですか? お二方に迷惑でなければいいのですが……」

  「全然問題ないよ! ね、余市?」

  アオイさんは余市のほうを向く。心なしか余市もなんだか楽しげに目を細めていた。

  「そうだな。せっかく二人には用心棒になってもらったのだからもてなす義理があるってものだ」

  「よしじゃあ決まり! それじゃ我が家にご案内するから着いてきてね〜」

  僕ら一行にアオイさんが加わり、第一ターミナルから移動しようとする。ふと、三八が浮かない表情をしていることに気づいた。なにか思うものがあるのか、心配になって声をかける。まだ余市との悶着をこじらせているのだったら今のうちに解消しておきたい。

  「ザッパ、なにか気になっているの?」

  「……ああ。なんでこうも[[rb:胡散 > うさん]]臭いヤツらばっかなのかなってさ、つい」

  ヤツの言葉に共鳴して、無意識に抑圧していた[[rb:猜疑 > さいぎ]]がドッと胸の内にあふれ出してくる。今の今までこの状況に呑まれ楽しんでいた自分が、ひどく恐ろしく思えて仕方がなかったのだった。

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