【触手注意】 ツルバニ 【前編】

  

  「(頼んだからからね、タイガー)」

  「大丈夫ですって!任せてくださいよ」

  

  ずしりと重みのある大きな鉢植から綺麗な翡翠色の蔓がゆるやかになびいている。

  品質改良を重ねたというこの植物は斎藤さんの知り合いの知り合いのそのまた知り合いの植物学者から譲られたものだそうで、

  まだ世間に出回っていない珍しいものらしい。

  それが何故俺の手にあるのかというと―――――俺が原因だからだ。

  

  「(全く、こんなに派手にスーツを壊してくれて……いくら予備があるからと言っても困るんだよね。修理にどれだけ時間が掛かるのか知ってるだろうに)」

  「すいませんってば!!これ預かるから勘弁して下さいよぉ」

  「(くれぐれも注意事項に気を付けてくれ。これを欲しがってる友人が1週間後に引き取りに来るんだから割ったり枯らしたりしないでくれよ?)」

  「大丈夫ですって!」

  「(はぁ、せめてバーナビーが居てくれてたらまだ安心だったんだけど)」

  「っだ!バニーは仕事でシュテルンビルトから出てるんですからしょうがないでしょ!それにバニーが居なくても大丈夫ですって!」

  

  この鉢植の持主である斎藤さんが、俺が事件現場で派手に壊してしまったヒーロースーツの修理に掛かりっきりになってしまい、その間、世話をすることが出来なくなってしまったのだ。

  なので、責任とって俺がちゃんと面倒をみると申し出たのだが、まったく斎藤さんには信じてもらえずにいた。

  それと言うのも、この植物は一日に決められた栄養剤と水を同じ時間に指定量与えなければいけないらしい。

  何事にも大雑把な俺をよく知っている斎藤さんからしてみれば、まあ不安に思っても仕方ないだろう。

  けど、一度修理へと集中しちまうと、時間を忘れて作業を続けてしまう斎藤さんに比べれば少しは俺の方がマシだろう。

  植物なら田舎のかーちゃんが野菜を世話しているのを見ているし、事件が起こっても、その間はロイズさんや他のスタッフに頼めばいいのだから何とかなると、不安の目を向ける斎藤さんから半ば強引に鉢植を自宅へと持ち帰った。

  

  

  

  この後、俺は自分のワイルドにアバウトな性格を少々見直すべきだと心底反省することとなるのだが。

  この時は全然予想もしていなかった。

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  「えぇーと、水は一日一回。朝の六時?!!ヤベ、起きれっかなぁ、俺……それと、この栄養剤を朝の水やりの時間と昼の12時、夕方6時の三回に分けてやるんだな、ふむふむ、じゃあ今日は夕方の分は斎藤さんとこでやったから明日の朝まで何もしなくていいと……ん?くれぐれもそれ以外では水を与えるなって……やたらと強調してんな」

  

  自宅のリビングのソファで寝そべりながら注意書きを読んでいたが、マジックでデカデカと書かれた要注意の文字に首を傾げる。

  いくら巷に出回っていない植物だからといっても、何だってこんなに気を付けなければいけない事ばかりなのだ。

  どこからどう見てもただの植物だ。

  ちょっと他では見られないくらい蔓が綺麗な翡翠色をしているが、それだけだ。

  

  「そう言えば、この色って……」

  

  相棒のバニーの眼の色とそっくりな事に思わず頬が緩む。

  そっと蔓に触れると部屋の蛍光灯の光に反射して小さな葉がキラキラと輝いて見えた。

  気取っていて、少しばかり素っ気ない感じも何だか似ている気がする。

  

  「バニーの眼と同じくらい奇麗だな……って!何言ってんだ俺っ!!」

  

  誰も聞いていないのに、キョロキョロと辺りを窺ってしまうのは己の気持ちに後ろめたい想いが隠れているからだ。

  何の疑いもなく慕ってくれる後輩ヒーローであり相棒でもあるバーナビー・ブルックスJrに、実は俺は密かに恋心を抱いてしまっている。

  二部リーグに自分を追いかけてまで相棒を続けてくれると言ってくれた時は、まさか両思いなのではないかと、淡い期待をしてしまったが、その後、特に態度が変わらないバニーにそれが自分の思い違いだったと内心随分とへこんだものだ。

  

  「うぅ……でも本当にそっくりだなぁ……冷たそうに見えるけど、実はよぉく見ると優しい色のトコなんかソックリだし……そぉだ!名前付けると成長が早いって言うもんな!お前の名前は………ツルバニな!ツルバニ!!うん、ツンツンしてた頃のバニーちゃんにちょっと似てるし、ぴったしだ!」

  

  くくくっと笑いを噛み締めながら俺はツルバニの蔓へ音を立ててキスを落とした。

  本人には決して出来ないことでも植物相手なら気楽に出来る。

  初めは少し不安もあったが、何だか楽しくなってきたと浮かれてしまった。

  だが、それがまずかったのかもしれない。

  

  「……んぁ?ふ、ふぇッ………ふぇっくしょん!!!」

  

  蔓へキスをするために顔を近づけた所為で葉が鼻を擽り思わず大きなくしゃみが一発。

  俺から吹き出た鼻水やらツバやらがツルバニへ大量に降りかかる。

  植物にもツバの雑菌とかって良くないのか?

  

  「やべぇ!やべぇ――――――うああぁぁ?!!!」

  

  俺は慌ててティッシュを掴み、葉に飛び散ったものを拭おうと手を伸ばすが、その瞬間、ガタガタと植木鉢が大きく揺れ始めたのに

  心底驚いて腰を抜かしてしまった。

  あんなデカイ植木鉢が左右に動くのを平然となんて見ていられる奴がいるか?!

  決して俺が臆病なわけではない!ゆ、幽霊とかも別に平気だ!!ぽ、ぽぽぽるたー何とかだってちっとも怖くなんてない!

  

  小刻みに震える脚を奮い立たせている間にも、植木鉢は揺れを大きくし、そして何故か蔓の茂みから一つの実がポロリと育つ。

  小さな飴玉くらいだったピンク色の実は、まるで風船の空気を入れているかのようにどんどんと膨らみ、あっという間に俺と同じくらいの細長い大きさにまで育ってしまった。

  もう植木鉢の揺れも治まり、ぴくりとも動いてはいない。

  ただ、俺の目の前に巨大なピンク色の実があるだけだ。

  

  「な、なんなんだぁっ?う、うあ?!」

  

  呆然と尻餅をついたままで巨大な実を見上げてしまっていたが、それだけでは終わらなかった。

  パリパリと実の皮が剥け始め、中からいくつもの蔓が俺へと向かって延びてきたのだ。

  慌てて逃れようとするが、何本もの蔓が俺の脚首や手首、それに体中に巻き付き動きが封じられてしまう。

  今更ながらにさっさと逃げ出さなかったことを後悔した。

  

  「くそっ!なんだよっ!これっ!!」

  「何だとは失礼ですね。貴方が決まり事を守らないのがいけないですよ?」

  「っっっ??!!!ば、バニー?!!」

  

  ジタバタと蔓の縛めから逃れようと足掻いていた俺に、頭上から聞きなれた声が掛けられる。

  だが、その姿は俺が知っているバニーとは大分違うものだった。

  金色の髪や翡翠の瞳。逞しく鍛えられた身体など似ている所は多々ある。

  だが、バニーにはない……。いや、普通の人間にはない蔓が目の前のバニーもどきから大量に生えていたのだ。

  もう、驚き過ぎて声も出やしない。

  口をパクパク馬鹿みたいに開いたり閉じたりする俺に、バニーもどきは、バニーと全く同じように呆れた顔で溜息を吐きやがった。

  

  「全く。注意事項にあんなに大きく書かれていたのに、老眼ですか?おじさん?」

  「っだ!なんだと!バニーもどきめ!!」

  

  バニーと似ている話し方をされたお陰で、どうにか俺は立ち直る事が出来た。

  これが、全然全く知りもしない人間が現れていたら絶対に復活出来ていなかっただろう。

  

  「もどきとは本当に失礼な人ですね。自分で僕に名前をつけた癖にもう忘れちゃったんですか?お・じ・さ・ん」

  「っだぁああ!おじさん言うな!!バニーもどきの癖に!!」

  「僕はバニーもどきではありません。ツルバニです」

  「ツルバニ?えっ?!つ、ツルバニって……俺がつけたあの植物の名前…え?!ええぇ?!!」

  

  すっかり蔓の縄によって捕獲された身体をどうにか芋虫のように這わせ、ツルバニと名乗ったバニーもどきに近づく。

  全くもってややこしい。

  

  「なんで?!何でバニーそっくりになってんの?!お前植物だろ?!!」

  「ですから、おじさんが注意事項を守らなかったのがいけないとさっきも言ったじゃないですか」

  「ちゅ、注意事項ぉ?!」

  

  くいっと、付属の眼鏡を上げる仕種もバニーそっくりで俺は大いに焦る。

  まるでバニーに縛られてるみたいだ。

  って!何考えてんだ俺はっっ!!!

  

  「書いてあったでしょう?決められた時間以外に水を与えるな、と」

  「水なんてやってねぇだろぉ!!」

  「そうですね“水”は確かに貰っていませんね。けど、貴方、さっき僕に何をしたか憶えてますか?」

  「へ?」

  

  ジロリと翡翠の瞳に鋭く刺され身を縮こませる。

  最近はバニーからこんな風に剣呑な表情を向けられることもなかったので、少々、いや、かなり堪えた。

  勿論、目の前の奴がバニーではないことは分かっている。

  けど、蔓が生えている以外はどう見たってバニーそっくりなのだから、どうしたって反応してしまう。

  俺の動揺など全く気にする様子もなく、バニーもどき…ツルバニは俺の目の前で膝をつき俺を見下ろした。

  

  「その様子だと自分が何をしたか全く分かっていないようですね」

  「ちょっ……だから水だろ?!俺お前に水なんて」

  「体液」

  「あ?」

  

  一言だけ告げられた言葉に首を傾げる。

  今なんと言ったのか?このツルバニは。

  

  「貴方、僕に体液をかけましたよね」

  「はぁあああ?!!か、かけてねぇよ!!」

  「いえ、確かに盛大に僕へとかけました。貴方の……」

  「わああーー!!その顔でそんな卑猥な言葉言うんじゃねぇ!!」

  

  た、体液だなんて、そんな卑猥な言葉をバニーの顔をした奴から聞きたくない。

  あらぬ想像をしてしまうじゃないか!!

  

  「はぁ?そんな言葉って、体液のどこが卑猥なんですか?人間は何を恥ずかしがるのか僕には理解出来ません。くしゃみでツバと鼻水を飛ばしたことのどこが卑猥なんだか」

  「だから体液なんてっ…………あ?くしゃみ?」

  「そうです。時間外に水ではないにしろ貴方は僕へ体液を与えてしまった。その所為で僕のからだに異常反応が起きてしまったんです」

  

  全く困ったおじさんだ、とツルバニは自分のからだを見渡しながら文句を垂れる。

  つまり、おれがくしゃみをした鼻水やらツバやらがツルバニにこの異常事態を起こさせてしまったらしい。

  確かに注意事項に書かれているが、鼻水くらいでこんな馬鹿げたことが起こるなんて誰も思わないだろう。

  しかも、何だってバニーの姿をしているんだ。

  心臓に悪いったらありゃしない。

  俺がブツブツ呟く声を拾ったツルバニが一瞥の眼を向ける。

  

  「貴方の体液から情報を読み取って、貴方が一番欲しがっている人物の姿を模したんです。自然界では当り前な事でしょう?環境に合わせた擬態なんて」

  「ほ、ほほほ欲しがって!欲しがってなんてないっ!!」

  「僕の姿がそのまま真実なんですが、まあいいです。これから僕がする事に貴方の意思はあまり関係ないので」

  「は?」

  

  もう何度目か分からないほど間抜けな声が出る。

  この出来事ですでに俺の頭はパンク状態だというのに、これ以上なにが起こるというのだろうか。

  ズルズルと蔓が引き寄せられ、芋虫の俺はツルバニにあっさりと抱きかかえられてしまう。

  さすがにバニーのようにお姫様抱っこはされなかったが、この荷物を運ぶように片手で脇に抱えられるのはちょっと止めてほしい。

  おまけにワサワサと大量の蔓に囲まれてだ。

  

  「ここが寝室……もうちょっと奇麗に掃除して下さい。僕、ホコリとか苦手なんですから」

  「植物が偉そうに言うな!って何でベッドに運ばれてんの俺!」

  「だって人間はベッドで性行為を行うんでしょう?」

  「せ?!」

  「面倒ですね、ただ繋がるだけなら何処でもいいと思うんですけど」

  「つ?!」

  「しかも雄同士の場合、色々と準備が必要のようですし」

  「じゅ?!」

  「………何ですかさっきから片言しか喋らないのなら、いっそう黙っていて下さい」

  「ッッッだぁあああ!!黙ってなんかいられるか!!誰と誰がせ、せ、性行為をするって?!!」

  「僕と貴方です。おじさん」

  

  当たり前のような顔で言い切るツルバニの思考が全く読めない。

  何故、俺と植物であるツルバニと、せ、性行為などしなくてはならないのだ。

  

  「ですから全部貴方がいけないんです」

  「何で?!」

  「貴方に体液を与えられた所為で僕はこの姿に変化してしまいました。もとの姿にはもう戻れません。けど、次のステップへ進むことは出来ます」

  「次のステップ?」

  

  ごくりと、生唾を飲み込んでしまう。

  嫌な汗が全身から滲み出て頬にも伝わるが、縛められた身体ではその汗を拭うこともできない。

  からからに乾いた喉から何とか言葉を吐き出すことが出来た自分を褒めてやりたい。

  

  「…………………それってまさか…」

  「性交して種子を残すことです」

  「無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理!!!絶対無理!!!」

  

  予想通りの返事に俺は身体をばたつかせ、再び芋虫のようにベッドから脱出を試みるが、

  ツルバニから生えている蔓は俺を逃がしはしなかった。

  

  「だからこの姿なんですよ。おじさん」

  「へ?わっ?!わわわぁ?!」

  

  俺を縛っていた蔓がシュルシュルと音を立ててツルバニの元へと俺ごと引きもどり、今度は手首と足首を重点的に抑えつけられ、身動きひとつ取れなくなってしまった。

  しかも、ぐるぐるの芋虫状態に身体を抑えていた蔓は、今は何やら怪しげな動きへと変わっている。

  服の下へ潜り込み、直接素肌の上を蔓が這ってゆくのだ。

  ゾワゾワと鳥肌が立つ。

  

  「ちょっ!ツルバニ!!止めろ!何がしたいんだよ!!お前っ!」

  「ですから人間でいうとこのナニですよ」

  「マジでその顔でそんな事言うの止めてくれ」

  「おじさん、この顔の人間が好きなんでしょう?いいじゃないですか。性交しましょ」

  「!!!」

  「ちょっと性交するだけで僕は種子へと変わることが出来ますし、おじさんは好きな顔の人間と気持ちよくなれるんですから、何の問題もないでしょう?」

  

  

  そう微笑むツルバニの笑顔は俺の隣で優しく、そして、俺の気持ちに気付きもしないとても残酷なアイツとソックリなものだった。