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大北と休日サーカス

  太陽が最も高い位置へ近付くと共に外の観測気温はピークを迎え36℃をマークした。

  いわゆる真夏日ってヤツだ。

  しかし科学の粋を凝らした施設内だと忙しなく動かしていた身体を一度止めれば途端に背中から冷えてくるほどエアコンが効いているので身体を冷やさないよう、せっつかれるようにして動いている。

  熱中症患者でも出ようものなら結構な大事とはいえ、かいた汗が速攻で冷えてしまいそうなほどギンギンに冷房を効かせているってのはそれはそれで不健康なんじゃないか?

  それにしても頼んでもないのに関わらず毎年猛暑の最高記録をマークしてくれるもんだよな。

  昔なんか学校の校庭に集まって、日陰でカードゲームしてりゃ十分涼しかったのに。

  それとも馬鹿だから平気だっただけだろうか?

  …懐かしの情景に思いを馳せながら冷えきったノブを回して“”STAFF ONLY“”と書かれた扉を開けると温度の一転攻勢。

  金を落としていくお客様と金を払わせられる対象となる俺たち従業員の立場の違いってやつを嫌という程分からせてくる、冷房をケチった故の熱気がもんもんと俺の体を包み込むように迎えてきて引っ込んでいたはずの汗がにわかに湧き出した。

  冬なら1日、2日くらい制服を着回してもファブればいいけど夏だとそうもいかないのはやんなるなぁ。

  あと4時間半かー…

  溜息をつきながら後ろ手に扉を閉めたのだった。

  「小車、9000番(休憩)入りまぁす。スポッチャは呼ばれたら応援で。」

  スタッフルームへ入り一応申し訳なさそうな口調でインカムと誰もいない庶務の机に向かって声をかけたが当然のように返事は無い。

  俺からの業務連絡もひっきりなしに流れるオーダーやオーダーやオーダー、呼び出しコール、内線電話が織り成す乱気流に飲み込まれてしまい誰からもなんの反応も返ってこなかったのでこれから60分間、俺の所在はおそらく誰も預かり知らぬところとなったことだろう。

  外線も鳴りっぱなしなのに店舗事務すらいないのは正直どうかと思うけど。

  _____7月24日。

  俺の収入源でありバイト先でもある、カラオケボウリング遊具にダーツ、ゲーセンなんでもありの巨大アミューズメント施設。

  そこに勤めるスタッフの誰もが恐れていた夏休み開始初日だった。

  その洗礼とばかりに8時からぶっ通しで働き続けてDAMチャンネルの広告と雑多なアーケードやクレーンゲーム機の電子音、結構漏れる学生たちの歌声が強い刺激となって刷り込まれるもんだからもはや無音が怖くなってくる。

  ようやく1度目の休憩に入れたと思ったら時刻はもう14時を回っており、18時半に定時退勤できるかすでに不安な様相を醸し出していた。

  まぁ、俺はなんの責任もないただのアルバイトだから普通に帰るけども。

  夜勤の勦介に晩飯と夜食用のおにぎり作ってやんなきゃだしね。

  あいつは今頃程よくクーラーの効いた部屋で寝てるか起きてパチンコ行ってるか…

  あるいは女の子のとこ行ってるか俺のいぬ間に部屋へ連れ込んでるか…

  勦介が夜ネカフェで働いてる間に(深夜2時に明らかに今読んでるであろう漫画を布教するメッセージが飛んでくることが多いとはいえ)俺は寝てるからなんも言えないとはけどやはり羨ましいもんだ。

  …俺も彼女とか欲しいなぁ。

  世の中の大体の男が本気じゃないけど漠然と願ってることをボヤいてみたものの詳細な誰かのイメージが浮かぶ訳でもない。

  誰にも見られない通路で1人ヘラヘラと笑いながら目的地まで歩き続けるのだった。

  #############

  繁忙期真っ只中のカラオケ部門にフォローで入り、ドリンクを運ぶために散々歩き回ったせいで腿の辺りが汗でじっとりと濡れていて、ポケットの中の小銭を取り出そうとするとなんか気持ち悪い。

  夏休みが始まるということは学生が支配から解放されるということとイコールだ。

  それは活発な昼の時間帯に活発で体力を常にもてあましている活発な18歳未満たちの相手を学校ではなく親や俺らのような遊興施設の職員が代わりに見なければいけないということで、常に面倒を孕んでいる。

  都会とはスケールがふたまわり以上小さくなるこの地方都市じゃ遊べるところなんてこういうとこか駅ビルくらいのもので、18歳以上になると選択肢にパチ屋が増えるってだけだから(勦介《アイツ》みたいに。)一店舗あたりの抱える客が多すぎるので人員なんていくらいても足りやしない。

  まぁ、俺の担当してる遊具だらけのスポッチャは小学生ばかりで基本的に親同伴だから面倒見なくていいので楽なんだけど、そのおかげで真っ先に忙しい部門へフォローに回されるもんだから世の中の不幸って万人にそこそこバランスよく振り分けられるようにできてるもんなんだろう。

  地球上における自分の存在を勝手に大きくしつつ廊下を進んでいると壁の向こうからカッコンカッコンと小気味良い音がひっきりなしに聞こえるあたり、ボウリングの方も大盛況らしい。

  アミューズもヤバそうだったし、(メダルゲームは動きの少ないじいちゃんばあちゃんしかいないからかえって楽だけど)この状態が1ヶ月以上続くと思うとげんなりするな。

  バイト変えよっかなー…

  でもいい運動になるしここら辺だとそこそこ時給いいからなぁ。

  男女比率いいから職場の雰囲気悪くないし。

  前職に比べりゃなんでも天国か。

  目的地であるフードカウンターに隣接した厨房の鉄扉をガンガンとノックすると笑顔(に見える顔つきの)クオッカが顔を覗かせて俺を招き入れた。

  「ども、トヨさん。今日も匿ってください。休憩中外線の相手とかゴメンなんで。」

  「あ~、いいよいいよらっしゃいらっしゃい。小車《オグ》ちゃん今日遅かったねぇ。」

  歓迎するような顔の割にどっか気だるげな声だ。

  俺がトヨさんと呼んだクオッカは自身の手が届かない作業の時に使うアルミの踏み台を雑に足で寄せると椅子にしてねと言わんばかりにこちらへ蹴って寄こし、俺はそれにどっこいせと腰かける。

  「俺なんか休憩入れてるだけマシじゃないすかね、アミューズでサビ無し(休憩時間中にサービス労働)の子とかいっぱいいるでしょ。トヨさんも行っときます?ちょっと番しときますけど。」

  人差し指と中指を立てて口元に持っていくとトヨさんはうんにゃうんにゃと首を振る。

  「僕は勝手に抜けて吸いに行ってるから平気よ。14時にメシ食う奴もいないしね。自販機《セブンティーン》アイスの方が安いからソフトクリームもさっぱり売れないし。」

  「ここはいいっすねぇ、俺もフード担当にしてもらえばよかった。」

  「後悔しても結局僕一人で回るし邪魔もさせないし。聖域は渡さんよ、ハハハ!」

  本人は悪辣な笑みを浮かべてるつもりだろうがやはりどうにも可愛い。

  「…トヨさんってやっぱタバコ吸う時もその顔つきなんですか?」

  「さぁ~…あんま自分のタバコ吸ってる姿とか鏡で見ないけど…多分元々の顔つきだしそうなんじゃない?どしたの入って早々に。」

  「いや…」

  ❋❋❋❋❋❋❋❋❋❋❋❋❋❋❋❋❋❋❋❋❋❋❋❋❋❋❋❋❋

  ~勦介との昨晩の会話~

  『勦介さっきからスマホ鳴ってっけど出なくていいんか?』

  『コイツはいい、めんどいしバカのくせに言うことだけ一丁前だしその割に俺のタバコたかってくるし。次会った時切ってくる』

  『お前、ヤらせてもらってんのによくそこまでヒデぇこと言えるな!?』

  『それは違うぜ、いいか小車。『ヤらせて貰ってる』ってのはお前が普段多数の種とセックスしないから抱くセックスへのロマンでしかねぇんだ。』

  『普通の奴は普段から多数と関係を持たねぇよ』

  『お前が抱く『ヤらせてもらってる/あげてる』のパワーバランスを利用して立場を勘違いしてる女って結構いるんだよ。』

  『お前はあくまで対等なバランスで成り立つ関係を求めてると…?いやうん悪ぃ、俺には理解が及ばねぇわ。』

  『コミニュケーションである以上俺と女の子のセックスは対等なもんだよ、対等じゃないならないなりに他の何かでイーブンにするってだけで。それが分からねぇくせに対等以上のものを求める奴が嫌いってだーけ。』

  『そう言われりゃまぁ…いやどうなんだそれ!?そこを抜くとやっぱお前の方が得の比率高くなるんじゃねぇの?』

  『小車も素人童貞卒業すればいずれ分かるようになると思う。』

  『まぁセックスもって……俺いつそれ話した?』

  『聞いてもないのにこの前酔っ払って大声で喚いてたけど?焼酎が多分身体に合ってないから俺の前以外で飲むのやめた方がいいぜ。』

  『………あ…そう…まぁいいか、お前なら。』

  『とにかくな小車、なんでもしてもらう前提、金出してもらう前提の女と自分で煙草を持ち歩かねぇ女はやめとけ。されたことは忘れるし煙草も雑にフカされるだけだ。カッコつけて吸ってもヘタクソだから口元ハゼみてぇになってる。』

  『……俺とお前は?』

  『そりゃあ対等でしょ、いつもサンキュな。』

  『……こちらこそ……なんか腑に落ちねぇけど。』

  ❋❋❋❋❋❋❋❋❋❋❋❋❋❋❋❋❋❋❋❋❋❋❋❋❋❋❋

  「……やっぱクオッカでも切ない顔して遠くとか見たりすんのかなって。」

  「それは種を問わずポーズで吸ってるナルシストがやる所作だから僕はやらないかな…」

  「ははは。」

  ドリンク担当はひっきりなしに動かされる反面、国道沿いにはドライブインのレストランがたんまり並んでるからこういう施設のフード担当は時間を持て余すことが多いので俺は昼になるとこのトヨさん(本名:豊築さん)の所で飯を食うのだった。

  事務所で飯食ってると問答無用でフォローに連れてかれるしね。

  「いつものおねがいします。」

  ポケットから若干濡れた小銭を取りだして紙コップとともに渡すと、通常の倍量に盛られたソフトクリームをトヨさんから手渡される。

  「好きねぇ、干し芋にソフトクリームつけて食うの。普通は芋けんぴとかフライドポテトじゃない?」

  「昔っからの好物ですし味もあんま変わりませんし実家からずっと送られてくるもんで。でもやっぱ、なんでもでっかい方が嬉しくありません?」

  バリバリと干し芋の袋を開けて取り出した1本をディップし、もう一本をトヨさんに手渡してお互いにくちゃくちゃと咀嚼を始める。

  「いやぁ、なんでもデカけりゃいいってもんじゃないよぉ~?噛みごたえ吸いごたえしゃぶり甲斐、触り心地、感度や反応だって小さい方が案外…」

  感度や反応…?

  「……エロい話してます?」

  「ん?もちろんおっぱいの話してるけど?」

  元々の顔つきが笑ってるように見えるトヨさんだが口の端が更ににぃ、と歪んだのでこれは本気でニヤついている。

  ちなみにトヨさんは今年で36のちゃんとおじさんである。

  「こっちは牛乳ソフトクリーム食ってんだからやめてくださいよ」

  「干し芋の形もほら、見様によってはホルスタインの乳っぽいしそこから垂れたクリームを舐めるたァ小車くんもなかなか…」

  「休憩明けに種咲さん(ホルスタイン・スポッチャ担当・2児の母)の顔見づらくなるからやめてくださいってもぉ、明日からチョコソフトにしますからね。」

  「小車くんチョコダメじゃん」

  「そっすよ、俺は高潔であるためにチョコ食って誇り高く死ぬんです。」

  「自死の起因がおっぱいと干し芋なのに保たれるメンツなんかあるわけないでしょが。」

  くっちゃべっているうちにカップの中のソフトクリームが溶けだし、干し芋の色味と風味が混ざってきたところを一気に流し込む。

  あれだな、コーンフレーク食った後の最後に飲むフレークの味が染みた牛乳みたいで美味い。

  久しぶりにコーンフロスティでも買って帰ろうか?

  がこぉん、と誰かがストライク出すのを遠くに聞きながらほっと一息ついたのだった。

  ………

  ……

  …

  『………デシちゃんプライズ補充___』

  『14時半予約ノダテ様団体8名来店カウンター向かいます___』

  『店長押印頂きたいのでお手隙で__』

  『は?団体ノダテ様こっち連絡来てませんケド。誰?予約受けたの。』

  『2階カラ側女子トイレ個室水漏れ___清掃さん確認願います___』

  『小代《おじろ》チーフ、カラオケ28番室で学生が酒持ち込んでたんすけど注意願えます?多分名瀬高校《ナセコー》の子達っす。』

  『トマベチちゃん制服着てないなら一旦放置で持ち込み禁止の注意だけでいいよ、あと女子トイレに看板立てて規制しててくれる?ボウリング団体様は説明して待ってもらうから1レーンでも開けられたらそこ抑えといて。店長は多分まだ名瀬高校に出禁要請の連絡入れてます。あとボウリング外線予約受けた子は後で名乗り出て。』

  『プライズ袋も補充を____』

  「…しっかしあれだね、無線機鳴り止まないね。フロアのみんな可哀想に。」

  「繁忙期っすからねぇ。でもまだまだこれからじゃないすか?一応今日は平日だし去年より控えめですよ。」

  『小車くんは休憩明けたらドリンクサーバー補充してからまたカラオケ配置してください。』

  「………」

  「…控えめかな。」

  隠れてるのをお見通しとばかりに小代チーフの男なんだか女なんだか分かりづらいハスキーな声が休憩中の俺を呼びかけた。

  小代チーフはその低音な声もあり、パッと見性別が分かりづらいがれっきとしたカモシカの女性であり忙しなく動く皆のまとめ役だ。

  『パンツラインと脚のラインが常に満点で俺の視点だと常に眼前にやってくるから前を歩いてくれるだけで目の保養もしてくれる上司の鑑』

  とはトヨさんの談である。

  「ま、今日が新規の人たちにとってはターニングポイントになるでしょうねってか、ここ新卒カード切ってまで働くとこじゃないですし。」

  「そうね…そんで今日を機に嫌になった学生バイトや新卒がまた盆前に辞めたがって…」

  「事務室で支配人の土下座が何回か見れるって?」

  トヨさんが言うには毎年恒例らしいが俺は未だに見た事がない。

  「そうそう。支配人がなんとか盆までは乗り切るためやる、気の弱そうな子にだけ見せる頭と三指《みつゆび》ついた夏の大三角。若い子が人生で初めて見る大人の土下座がさ、ハゲたセイウチのもう汗なんかだっくだくで背中のシミまで見せてする惨めな土下座とか軽くトラウマだよねホント。」

  可愛い顔してるし客受けもいいのに話してみると本当に口悪いよなこのクオッカ。

  俺はこの顔で声も野太くて口が悪いギャップがあるの結構好きだけどね。

  「でも土下座って膝もついてるから三角ってか五角形ですよね。」

  「…?あぁ、それもそうか。じゃあ夏の五稜郭とでも呼ぼうかね、ちょうど北にあるやつだし。」

  「っぽいっすねぇ。」

  セイウチの支配人(46)のことを好き放題言ってるとポケットの中のスマホがにわかに震え出す。

  画面に映し出された番号の末尾には見覚えのある110の番号があった。

  「…警察からっすね。」

  トヨさんの顔がパッと意地悪に輝く。

  「お?なになになに?知り合いから?それとも小車くん寸借詐欺かなんかした?」

  俺って寸借詐欺のイメージなの?

  「たしかに元警察ですけど110番で私用電話かけてくるとかいかつすぎでしょ。この前落ちてた社員証届けたから持ち主受け取りましたの連絡とかじゃないすか?____はい、小車です。」

  色々苦い思い出もあるから警察とはあんま付き合い持ちたくないんだけど…ま、誰かが救われるってのは気分がいいもんだよな。

  『あ、どうもすみません。ワタクシ、県警南警察署の者なんですけども。小車響さんの電話でお間違いなかったですかね?』

  「はいはいはい、私が小車響です~。」

  っつーか無印良品のフロアスタッフってあんな感じの社員証持ってんだな。

  それともテナント用の出入管理カードで施設ごとに違ったりするんだろうか。

  しかし電話の向こうの男性警官の声はあんまり愉快なトーンじゃなさそうだということに気づく前に話が進む。

  聞き覚えのあるトーン。

  平和ボケした生活の中ですっかり忘れてしまった、前の職場でよく聞いた…あのトーン。

  『えっとー、今ですねー、窃盗の現行犯ということでルームメイトの三枝勦介さんの身柄をこちらの南警察署の方で預からせてもらってましてー、』

  ______思考停止。

  ………?

  …????

  ???????

  窃盗?

  現行犯…………逮捕拘束…………

  『_____もしもし?小車さん?』

  「オグちゃん?だいじょぶ?」

  …

  ………

  ………………

  『とにかくな小車、なんでもしてもらう前提、金出してもらう前提の女と自分で煙草を持ち歩かねぇ女はやめとけ。』

  …………………………

  ………どうか聞き間違いであってほしいと思いながら眉間を揉み、覗き込むトヨさんのスマイルフェイスをちらりと確認するも、ちっとも心は穏やかにならなかった。

  電話の向こう側にいる相手を混乱させること必至だが僅かな可能性にかけて一応確認してみようか…。

  「あの…社員証は?」

  『はい?三枝さんはフリーターと名乗られてますけど知り合いじゃなかったでしょうか?』

  「いえ…間違いなく本人です、すいません。」

  「…それで取り調べも済みましたし一応当事者ではないということと初犯ということで今回は微罪処分とさせていただきますんでつきましては本人の希望もあって条件的にも____」

  はい。

  そっからは俺もよ~く知ってます。

  「身元引受けをお願いしますってことですね。」

  『ええはい。それでは南署にお着きになりましたら1階入口の___』

  「受付さんに声掛けてその場で待機ですよね、今から行きますんで。では。」

  ………………

  ………

  ……

  …電話を切り、天井を向いて長めのため息ひとつ。

  誰でもカチンと来ることがあるしなんかに当たったり怒鳴り散らしたい瞬間ってのはあると思うけど怒りってのはその瞬間こそがピークで喉元過ぎればあとは消化するだけだ。

  電話を終えたあといやに落ち着いてる俺の顔を見るトヨさんの顔からは笑顔が消えており、俺の出方を伺っていると言った具合で反面、俺はにこやかにトヨさんへ笑いかけながら

  「トヨさんって笑顔消えることあるんすね。」

  「…法事と葬式の時くらいはね。…明らかに不穏なワード聞こえたけどだいじょぶ?」

  「ちょっと警察署行ってきますんでしばらく空け…いや今日もう仕事する気なくなったし上がりますわ。今度なんか奢るんでドリンクサーバーの補充代わりにしといてくれません?」

  「あ、うん。…またお話聞かせてね。」

  「はい、絶対付き合ってもらいますんで。」

  重い腰を上げて厨房を後にし、廊下を歩きながら途中で制服のジッパーを下ろして乱暴に脱ぐとその暑さと汗の不快感で消化したはずの怒りがふつふつと込み上げてきた。

  多分、喉元過ぎても火傷した舌の痛みはしばらく続くもんだし簡単に忘れ去ることは出来ないってことだろう。

  スタッフルームではちょうど出禁の通達を入れ終えた汗だくだくの支配人がいたので警察署に呼ばれたため急遽上がる旨を伝えるとセイウチである支配人の元々垂れてしわくちゃなのが更に疲れ果てたような顔は一瞬で情けない要素をプラスしたものへと変貌した。

  その後俺は人生で初めて中年男性が喚く姿、縋る姿からスムーズに移行した土下座する姿

  通称:夏の五稜郭をその目で拝むことになったのだがそれはまた別の話だ。

  ちなみにあんまり気持ちのいいもんじゃなかった。

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