ある駆け落ち

  青年と少女は愛し合っていた。

  一目ぼれに近いものであった。

  二人の愛は世間では許されないものだったが、それでも二人は互いを求めあい、愛し合うことを選んだのだ。

  そんな秘めたる愛をはぐくむ中、二人は偶然ある冊子……というか紙片を見つけた。

  それを見た時ある決心を固めた二人はその夜、取るものも取りあえず村はずれで落ち合うと人知れず秘密の場所に向かう。

  そこは人々からは聖域とも禁忌の場所とも呼ばれている場所だったが、二人にとっては自分たちの愛を成就させるために行かねばならない場所であった。

  道は決して楽ではなかったが、それでも二人は確かな足取りで進んでいった。

  そして、二人はついに秘密の場所……聖域にたどり着いた。

  ひっそりとした森の中に存在する洞窟。

  その最奥には天井がぽっかりとあいた空間が広がっている。

  「……ここでいいんだよね」

  「うん。ここなら邪魔は入らないから」

  そう言いあいながら二人は手にしていた冊子をもとに魔方陣を書き始める。

  二人がふとした事から存在を知った魔法陣。

  それは禁呪かどうかはわからない。

  しかし、それが二人の愛を成就させるためには必要であることは間違いなかった。

  だから二人は迷うことなくその魔方陣の存在にすがる道を選んだのだ。

  はやる気持ちを抑えながら、互いを求める気持ちを抑えながら二人は魔方陣を地面に書いていく。

  ほどなくして地面に大きなベッドサイズの魔法陣が描かれた。

  それは二人にとっての愛の証であり、希望の扉でもあった。

  まだその力は解き放たれてはいないが、それだけでも二人の中の何かを刺激するには十分な力を放っている。

  「これで……私たちの愛は叶うのね」

  「うん。これで僕たちの望みはかなうんだ」

  「これで、私たちも幸せになれるよね」

  「うん。僕たちはいつまでも一緒だよ。たとえそこが天国でも地獄でも」

  青年と少女は互いに微笑み合うと二人は衣服を脱いでいく。

  そして、一糸まとわぬ姿になると二人は改めて見つめあい、そっと手を握り合う。

  「いくよ」

  「うん。いこう」

  青年は力強く頷くと、少女もそれに応える。

  二人はバージンロードを歩むように魔法陣の中に進むと、その中央に立つ。

  「大丈夫?きっともう戻れないよ」

  青年は改めて少女に問う。

  答えはわかっている。しかし、それを確かめるように。

  「大丈夫。覚悟は出来てる」

  少女ははっきりと青年の目を見据えて答える。

  その目には確かな決意が宿っていた。

  「わかった。じゃあ、最後に誓いの言葉を言うよ」

  青年は頷くと少女に最後の確認をする。

  そして二人は同時に口を開くと、互いに誓いの言葉を口にしたのだった。

  「健やかなるときも病めるときも」

  「喜びのときも悲しみのときも」

  「富めるときも貧しいときも」

  「これを愛しこれを敬いこれを慰めこれを助け」

  「死が二人を別つまで真心を尽くすことを誓いますか?」

  「誓います!」

  二人の声が重なる。その声の大きさが二人の覚悟と決意を表していた。

  そして、二人は自然と唇を合わせる。

  それは神聖な儀式であった。

  それから二人は視線を合わせると微笑みながら、魔方陣の力を解き放つ呪文を唱えていく。

  冊子に書いてあった呪文を声を合わせて唱え、そして最後にこう結ぶ。

  「我、汝に求める。我が身と心を汝に委ねん」

  「我、汝に求める。我が心と体を汝に委ねん」

  その途端、魔法陣が光を放ちぎゅっと手を握り合う青年と少女を呪文を刻むように包んでいく。

  光の中で二人は不思議な高揚感に満たされていた。

  呪文を唱えていた時の神妙さとは違う穏やかで、そしてどこか昂っているような顔を見せながら見つめあう。

  「これで僕たちずっと一緒だね」

  「うん。私たちはずっと一緒だよ」

  二人はそう言うと再び口づけをする。

  それは愛を確かめるものであり、神聖な誓いのキスでもあった。

  そして、青年と少女は互いに抱き合うと、どちらからともなく愛し合う姿勢になる。

  「……いくよ」

  「うん。きて……」

  青年は少女の体を抱き寄せると、ゆっくりと自分のものを挿入する。

  少女は青年のものを優しく受け入れながら、青年の体に抱きつく。

  「んっ……」

  少女の体が小さく震える。

  「大丈夫?」

  「うん。ちょっと痛かったけど平気だよ」

  少女はそう言うと青年の体をぎゅっと抱きしめる。

  青年はそんな少女を安心させるように優しく頭を撫でながら、ゆっくりと腰を動かし始める。

  「あっ……んっ……」

  青年が動くたびに少女の口から小さな吐息が漏れる。

  しかし、それは痛みによるものではなく快感によるものだった。

  そんな少女の反応に青年は少しずつ動きを激しくしていき、そしてついには一気に奥まで突き入れる。

  「ひゃうっ!」

  その衝撃に少女が思わず声を上げる。

  「ごめん、大丈夫?」

  青年は慌てて動きを止めて心配そうに少女の顔を見る。

  「うん。ちょっとびっくりしちゃっただけだから」

  少女はそう言うと青年に微笑みかける。

  そんな少女の笑顔を見て安心したのか、青年も優しく微笑むと再び動き始める。

  「んっ……あっ……はぁ……」

  最初はゆっくりとした動きだったが次第に激しくなっていく。

  青年は夢中で腰を打ち付け、少女はそれを受け止めるように足を絡めていく。

  その動きに合わせるように魔法陣の光も強くなり、二人に注がれていく。

  光が体中に満たされていくのを感じながら二人はより強く愛し合う。

  「好き……大好き……」

  「僕もだよ。愛してる」

  二人は愛の言葉を囁きながら口づけを交わす。

  二人に不安がないわけではなかった。

  魔法陣の形と呪文だけを記した冊子をそのまま行い、そしてその中で愛し合う。

  何が起きるのかわからない。

  自分たちがどうなるのかはわからない。

  もしかすると何も起きずに終わるのかもしれない。

  それでも、二人はこの愛が成就することを願いながら行為を続ける。

  「あっ……もう……」

  「僕もだ……一緒にいこう」

  青年のものが少女の中で大きく脈打つ。そして、それと同時に魔法陣の光が一気に強くなる。

  「いくよっ!」

  青年はそう言うと最後の一押しをするように強く腰を打ち付ける。

  「うん!きて!」

  そんな少女の声と同時に二人は絶頂を迎える。

  「「あああっ!」」

  二人の体がビクンッと跳ね上がる。

  それと同時に魔法陣の光が一気に強くなり、二人を包み込んだ。

  まさに貫くように、包むように。

  光に貫かれた瞬間、青年と少女は自分たちの中に新たな何かが満ちていくような感覚にとらわれた。

  二人が愛し合い、絶頂に達した衝撃が魔法陣の力を呼び覚ましたというのだろうか。

  みるみる二人の身体がぼんやりとした光に包まれ、その輪郭を曖昧にしていく。

  自分たちが消えていくような、別の何かに変わっていくような感覚。

  その中で感じるのは互いが強くつながり、結ばれているという感覚。

  それが二人の心と体を確かなものとしてつなぎとめていた。

  「私たち……どうなるのかな……あんっ」

  「わからない……でも……うっ」

  「でも……あんっ」

  「大丈夫、僕は君のそばにいるよ……んっ」

  「うん……私もだよ。ずっと一緒にいるよ……あっ」

  二人は不安に思いながらも、それでも互いを決して離そうとはしなかった。

  「僕は……君を愛してるよ……」

  「私も……あなたを愛しています」

  二人はそれだけ言うと、目を閉じて再び口づけを交わす。

  不安は消えた。あとは身体の中に満ちていく力、そして互いへの思いのままにあらためて睦み合うのみ。

  「んっ……あっ……」

  「はぁ……はぁ……んぁっ」

  少女の中を青年のものが往復する。

  少女の中が青年のものを往復する。

  そのたびに二人は強い快感を覚えていた。

  それは今までの行為とは違う新たな感覚だった。

  二人の身体が光の粒になっていくような、別の存在に置き換えられていくような不思議な心地よさを感じながらも互いに求めあう気持ちは変わらないまま行為は続く。

  「んっ……あっ……はぁ……」

  「はぁ……はぁ……んんっ」

  二人は互いに強く抱きしめあいながら、行為を続ける。

  青年のものが少女の中をかき乱し、少女もそれに応えるように青年を抱きしめる。

  二人の結合部は完全に一つになり、その境界線は曖昧になっていた。

  そして、それは同時に二人の存在を曖昧にしていくことでもあった。

  しかし、それでも二人は不安に思うことはなかった。

  たとえ自分たちがどうなろうとも相手への思いは変わらないとわかっていたからだ。

  そんな強い思いが魔法陣の光をより強く輝かせる。

  二人の裸身は完全に光の中に消え、外からは見えなくなっている。

  その中で愛し合う二人の存在も互いの感覚以外はほとんど感じられなくなっている。

  それでも、二人は互いを求めあうことをやめなかった。

  「はぁ……はぁ……」

  「んっ……あぁ……」

  それが魔法陣の力、そして自分たちの思いを完全に解き放つものだと信じて。

  幾度の絡み合いの果てに二人の意識が飛んでいく最後の瞬間、二人は改めて見つめあう。

  「愛してるよ」

  「私も……」

  そう囁きながら、二人は最後の口づけを交わし最大級の絶頂の中に飛び込んでいく。

  その瞬間、光が一層強くなり二人を包み込んだ。

  光の奔流の中、二人は自分たちの存在が曖昧になり、消えていくような感覚の中にいた。

  それでも青年も少女も決して互いを離すまいと強く抱きしめあいながら光の奔流の中に消えていった。

  「僕たちは……」

  「私たちは……」

  そんな思いとともに光が消えた時、青年と少女、そして魔法陣は跡形もなく消えていた。

  魔法陣を記した冊子も消えており、せいぜい二人が着ていた服だけが近くに落ちていたくらいである。

  青年と少女がここではないどこに消えたのか。

  人ではない何かに生まれ変わったのか。

  そもそもあの魔方陣の意味するものは。

  それは誰にもわからない。

  ただ一つ言えるのは―。

  「二人はいつまでも、しあわせにくらしましたとさ。めでたしめでたし」

  了