シークレット・マスクドレース

  無人のサーキット。

  日中激しい激走が繰り広げられた熱気もようやく冷めつつあり今は暗闇と静寂の中にある。

  そんな中誰もいない・何もいないはずのそのコースに二つの塊がある。

  前後に長い金属の塊・いや骨組みの様な物体。

  その前後には一対の輪が付いている。

  そう、それはまさにバイクであった。

  そのバイクの上部は乗り手を受け止める・包み込む様な形状をしておりまさに乗り手と一つになって走る為にそこにある様にそこにあった。

  それぞれ赤と青の彩りをまとったそのバイク達は自らの主-もしくは「最後のパーツ」が訪れるのを静かに待つ。

  不意に空気の流れが変わった。パドックの辺りから二つの影が現れる。

  静かに、しかし確かな意識を持ったその影は路面を踏みしめながらそれぞれのバイクに向かう。

  その影はプロポーションからすると女性の様だ。全体的に細身のシルエットで両腕・両脚はしなやかながらもしっかりと引き締まった様にも見える体格はバイクに乗る者の持つ美しさなのだろう。

  二つの影はそれぞれ白と赤のライダースーツをその身にまとっている-いや、ライダースーツと言うにはあまりにもシルエットが細い。

  そもそもライダースーツを着ていればそうそう体の線は見えないものだが…見えている。

  そのしなやかな一挙手一投足。しっかりとひきしまった臀部。肩は大きく前後しきっちりと形作られ浮かび上がる一対の胸の膨らみを揺らす。

  まるで全裸で歩いているかの様なその姿だが彼女達が外気にさらしているのは人工の素肌―ラバーか・それとも全身タイツか。

  その素材にぴったりと包まれた肢体が夜の闇に浮かぶ。

  そしてその顔は―ライダースーツと同じ色・同じ素材のマスクに包まれている。

  頭部をしっかりと形作り目指す先を見据えているであろう目元や吐息を漏らす口元は隠れているその姿は美しくもどこか異様さも感じる。

  きっと素顔は二人ともそれなりの美女でありスタイルも悪くないのだろうが今の二人にはそんな事はどうでも良かった。

  それらをぴっちりと白と赤のスーツに封じ二人はそれぞれ赤と青のバイクのそばに立つと静かに見つめ合う。

  マスクの中の瞳に映るもの・そこにこもる思いはいかなるものはうかがい知れない。

  そして二人はコースを見据えるとそっとハンドルを握り静かに足を上げそれぞれのバイクにまたがった。

  その動きはまるでシンクロナイズドスイミングを見る様に美しい流れだった。

  二人はシートに腰を下ろしフュエルタンクにそっと上半身を沿わせる。バイクの上部は文字通り二人の胸を、みぞおちを、そして足の間の部分を包み込みぴったりとフィットする。

  「あっ……」

  「うっ……」

  その感触に二人は軽く吐息を漏らす。しかしこれはまだ前戯でしかない。

  不意に二人の耳にサイレンが響く。始まりの合図だ。

  二人は改めて上半身をバイクと密着させコースの方を見開く。

  そしてバイクのエンジンと自分の中の何かを点火させる。

  「あ……あん……んん……」

  「ん……んん……んん……」

  バイクが少しずつ熱を帯びる。それに合わせる様に二人の体も熱くなっていく。

  スーツの外から・中からわき上がる熱さとエンジンの振動がスーツごしに二人の肌を・神経を・闘争本能を・そして性感を刺激する。

  しかし今はその全てを自分達の中に取り込む時。解き放つ時ではない。

  ひたすら溜める。わき上がった熱も・高まる感情も。

  「はぁ……はぁ……あぁ……はぁ……」

  「あぁ……はぁ……はぁ……あぁ……」

  バイクのエンジンの回転は限界まで上がっている。二人もまた限界ぎりぎりまで引き絞られている。

  いつ果てるともない引き絞りの時。

  そしていつの間にかシグナルが赤・黄・そして…青になった時―全ては解き放たれる。

  「うぁぁぁぁーっ!」

  「いゃぁぁぁーっ!」

  咆吼とも絶頂ともつかない声を上げつつ二人はバイクのスタンドを上げスロットルを絞る。

  片足をステップに沿わせた時二人の肉体は完全にバイクと一つとなる。

  さらにその肉体を包み込む様にバイクのフロントから伸びたフレームがバイク全体もろともを二人を覆い包み込む。

  同時にバイクは二台同時にスタートラインから解き放たれた。

  果てしないレースの先にあるゴールを目指して。

  [newpage]

  レースはまさに一進一退だった。

  直線コースではその勢いの限り疾走しカーブでは巧みな動きで適度な減速とハンドリングによるコース取りをしながら切り抜ける。

  抜きつ抜かれつ・離しつつ迫りつつ。

  赤と青のバイクはそれぞれに熱く激しく己の走りをしながら相手とも絡み合う様に走り続ける。

  それはバイクを操る女性達も同じだった。

  ただでさえ顔までぴっちりと覆い尽くすライダースーツでその震え火照る素肌を締め付けているのにバイクのエンジンが吠える度にその熱と振動が体に伝わってくる。

  しかもバイクのフレームはあつらえた様に二人の肢体をぴったりと包み込み、同時に締め付けている。

  「うっ、うあっ、くっ、うむっ………」

  「んっ、ふんっ、むぅ、くぅ…」

  ライダースーツが締め付ける。シートとカウルが体を押し上げる。背中の天井部が背中を押さえつける。

  しかし彼女達も負けてはいられない。

  あらぶるエンジンを押し返す様にスロットルをつかみステップを踏みつける足にも力が入る。

  あふれるバイクの力に振り落とされまい・流されまいとその全身でカウル・そしてバイクを押さえにかかる。

  まるで全裸の素肌の様にライダースーツはしなりながらその体の動きをバイクに伝えていく。

  時に力尽くで押さえつける様に・時にはしなやかに流す様にバイクを操る。

  バイクもまた己を操る者達をみずからの一部に取り込むかの様に昂ぶりながらコースを駆け抜ける。

  露骨な事を言えば今彼女達とバイクは文字通り「交わって」いるのだ。

  直線コースではただひたすらにみずからを押し込み押し込まれながら突き進む。

  「むっ、うんっ、ううっ、くくぅ……」

  「んんっ、うくっ、んむっ、うぅ……」

  バイクからの衝撃に貫かれながらもそれを受け止め自らを貫かせる。

  カーブでは軽く力を抜く事で少しだけ体も緩む。

  「あんっ……」

  「はぁん……」

  一瞬甘い息が漏れるがそれに浸る間もなく全てを引き締める。

  「うっ」

  「くっ」

  より強く引き締まるのを感じながらバイクはラインを取りながらより先に出ようとする。

  そしてカーブを抜けると同時に再びバイクと自らにスロットルをかける。

  「うあっ!」

  「おぉっ!」

  バイクは再び全力で突き進む。

  互いに抜きつ抜かれつを繰り返しながらレースは進む。

  もはやバイクとレーサー単独ではない。お互いがぶつかり合い―そして交わり合いながら荒ぶっていく。高まっていく。

  バイクを通じて女性達は自らを重ね合っているかの様に。

  カウルはライダースーツを・ライダースーツは彼女達を包み締め付けながら走り抜ける。

  彼女達の高まりはライダースーツを・ライダースーツはカウルをはね飛ばす様に吹き上げながら昂ぶっていく。

  この相反するエネルギーの中で果てる事なく走り続けられるのは全身を覆うスーツの力か、それとも彼女達が半ばバイクと同化しているのか。

  そんな思いをよそに二つのバイク・そして二人の女性は駆け抜ける。

  しかし、そんなレースにも終わりの時が来る。

  何度目かのグリッド通過の際ファイナルラップを告げるサインが二人の目に入る。

  もう終わり…そんな思いが二人をよぎる。

  もっと走っていたい。もっと高まっていたい。もっと……交わり合いたい……。

  しかし、時は来てしまったのだ。

  だからこそ二人は全身に力を込めスロットルを上げる。

  最後の周回・最後の瞬間まで……。

  「ふぅっ、ふぅっ、くぅっ、ふぅぅぅ……っ!」

  「くぅっ、むぅっ、むふぅっ、くふぅぅぅぅ……っ!」

  スーツやバイクのカウルだけではなくコースを駆け抜けるほどその身をより強く締め付けようとする向かい風と空気。

  それに全身を締め付けられる感覚に酔いながらも二人はそれを強く、しなやかに切り込みながら最後のスパートを駆け抜けていく。

  そして…チェッカーフラッグが振られたー。

  [newpage]

  チェッカーをくぐり抜け減速の為の周回をしながら二人は余韻に浸っていた。

  素肌を締め付ける様なスーツとバイクのぴっちりした感覚とそれにより激しく高まった感情とより研ぎ澄まされていった感覚。

  その中で最後までバイクと、そして相手と交わり合いながら走り抜けた悦び。

  レースを終え解き放たれた感覚の中で二人は静かにコースを走りフィニッシュラインを通った所でバイクを止める。

  エンジン音はようやく止まり天井部のカウルが開く。

  その中から顔まで赤と白のライダースーツに包まれた女性が体を起こす。それはまるでさなぎから蝶が羽化するかの様な光景だった。

  出迎える歓声も観客もない無人のサーキット。

  しかし二人の心は深い感慨と快感に満ちていた。

  そして……。

  「んっ、んんっ、んむむ……あぁぁ……っ!」

  「むっ、んむっ、むむむ……はぁぁ……っ!」

  二人はライダースーツの背中に手をかけるとそのまま接続部を外す。

  その瞬間、二人はシャンパンシャワーの様な勢いで自分達が解き放たれた様な気持ちに浸っていた……。

  無人のサーキット。

  つい先ほどまで激走が展開されていた―はずのその場所は再び静寂と暗闇の中にあった。

  コース場には誰もいない・何もない。

  あのレースは夢幻の世界の話だったのだろうか。

  あの二人は、そしてあのバイクは何だったのだろうか。

  その答えを知るすべはない。

  ただかのサーキットで誰にも知られず行われたレースがあった。それだけはこのサーキットだけが知っているのだ……。

  了