とある夏祭り。
黄昏時を過ぎ宵闇に包まれてなお祭り囃子も賑やかに人々の活気が満ちる。
普段静けさに包まれる境内も今宵は繁華街に負けない鮮やかな彩りに包まれそれに導かれる様に人々は集い思い思いに祭りを楽しんでいる。
そんな中この祭りの最大の見せ場とも言える祭事の準備が人知れず静かに行われていた……。
[newpage]
祭囃子でにぎわう境内から離れた鎮守の森深奥の一角。
普段なら例え夜中でも人気の無い小さな社の前で数人の女性達が集まっていた。
古い言い方をすれば「年頃」で皆それなりに整った顔立ちをした女性達。
彼女達はみなその手に大きめのバッグを手に集まっている。
とは言え別に旅行に行くとかそう言うわけでも無いようだ。
ただ薄闇で良くは見えないもの彼女達の顔はどこか赤く恥じらいの表情を浮かべている。
何かこれから少し恥ずかしい事をしようとしているらしく口々に戸惑いと恥じらいの言葉が漏れる。
しかし……それはこれから彼女たちが行おうとしている事をやる為には避けられない事らしい。
彼女たちのリーダー格らしい女性が自らも迷いを抱きながらそれを振り払う様に言い切る。
その言葉を聞いて他の女性達もある者は迷いを振り切り、ある者は迷いをなんとか抑えながらもうなずく。
そして彼女達はバッグの中から何かを取りだし顔に当てた。
不意に月明かりが辺りを照らし彼女達の姿を浮かび上がらせる。
彼女達は各々の性格や好みの出ている私服姿だがその顔は―無貌の仮面に隠されている。
色こそ異なっているがその形は彼女達の持つ美しさや可愛らしさと言った豊かな表情を完全に覆い全くの無表情に封じている。
しかし、その仮面の中で彼女達の吐息は少しずつ強くなっていく。
仮面の目の中からは見えないが彼女達の瞳も少しずつ強い意志と潤みが満ちていくのを彼女達は感じていた。
素顔を隠した事で逆に彼女達の中の迷いや戸惑い、そして恥じらいが少しずつ薄らいでいく。
不意にリーダー格の女性が始まりを告げると再び月明かりは雲の中に消えその闇の中で衣擦れの音だけが静かに聞こえる。
再び月明かりに照らされた彼女達の姿は―全裸だった。
首から下は何一つ身につけていない生まれたままの姿。
その肢体も胸のサイズや腰回り、臀部の形などは様々なれど皆それぞれに魅力的なスタイルをしている。
そしてその反応もある者は両腕で形の良い胸を覆い隠し、またある者は両手をその「女性の証」を覆い隠す様に添えている。
もちろんその胸と股間をなんとか隠す者もいれば大胆にもその裸身を見せつける様にしている者やごく自然に裸身をさらしている者もいる。
その顔はやはり無貌の仮面に覆われているもののそれにより露わになった感情もまた多様と言う事だろう。
すぐ近くで賑やかな祭りの光景が広がっているのをよそに無貌の仮面を被っただけの全裸の女性が誰の目につく事無く森の中に集っている。
秘事・珍事と言うにはあまりにも怪しくあまりにも美しい光景かも知れない。
[newpage]
彼女達はまるでオブジェの様にしばし森の中でたたずみながら面ごしに互いの裸身や月明かりの夜空・あるいは森の中に目をやる。
反応こそ様々だが皆一様に感じているのは自分達がここまで大胆に裸になった事、そして互いの裸を見つめたり見つめられたりしている事へのちょっとした背徳感と恍惚感だった。
その面の中でみんなどんな顔で自分の裸を見ているのだろうか。どんな顔で裸を見られているのだろうか。
今の自分と同じ気持ちか、それとも別の気持ちか…。
そう感じると体がキュンと引き締まってしまう。
胸や股間を覆い隠している女性達の手が無意識に力を込めていく。
そうしていない女性達も今までに無い高まりが満ちていくのを感じている。
しかし……彼女達はただ仮面越しの全裸鑑賞会、そしてそこから始まりかねない禁断の密事のためにここに集まったのではない。
そしてそれを告げたのはやはりリーダー格の女性だった。
それにより女性達はなんとか我に返る。
そう、今こうしてお面を被って裸になったのはまだ始まりでしかない。これからもっとみんなで盛り上がる為の準備なのだ。
女性達は面の中でふうとため息をついたりやれやれとこぼしたりしている。
中には無意識にわき上がりかけていた感情をなんとか振り払おうとしている者もいる様だ。
実際リーダー格の女性もその仮面の下でどんな思いを抱いていたのだろうか。
ただ今はこれから行おうとしている事への準備を進める事、そしてそれを成功させる様頑張る事に全てを注ぐのみ。
リーダー格の女性の言葉からは確かにそれが伝わってくる。
そして彼女達はいつの間にか円陣を組み裸の腕を隣同士の裸の肩に回す。
背中ごしに手をつなぐ素肌の感覚の共有が彼女達の心をつなぐ。
ふと顔を上げれば無貌の仮面―その中には見慣れた仲間達の顔がある。
顔が見えない分彼女達の裸になった体と心はより強く一つになっていた。
かけ声と共に円陣を解くと彼女達はバッグから何かを取り出しその素肌に身につけていく。
それは巫女衣装や和装の様にも見えるがまた異なるアレンジを施した色鮮やかなロングドレスである。
長めの裾からはしなやかな素足が見え隠れしているがそこから上はまさに鉄壁のごとく覆い隠されている。
それにより裸身に直接羽織りながらもその事実を外からは全く感じさせる事無く動く事ができる。
これも彼女達がこの時の為に工夫と思案を重ねてデザインした衣装なのだ。
そして各々髪を結い上げるとバッグからもう一つ取り出したもの―色鮮やかなヘアウィッグを仮面ごしに頭に被せる。
あとはダンスシューズを素足の上から履く事で……準備は終わった。
月明かりのスポットの中に立つ色鮮やかな和装ロングドレスと仮面にその素肌と素顔を隠した異形の巫女達。
先ほどまでそこにいた女性達は仮面を被り全裸となり……そして今この姿となって立っている。
素肌を優しく包み厳しく引き締めるドレスの布と帯の感覚やその隙間をかすかに揺れる風の心地よさがほんのり彼女達を甘く刺激する。
この姿になるまでの様々な感情は無貌の仮面によって引き締められているがその思いは仮面の中でもより強く彼女達に刻まれている。
今の自分達は自分達だけど自分達じゃない。なぜなら普段の自分達がこんな場所でお面被って裸になったあげくこんな格好で立っているわけがないからだ。
そう思うと彼女達の中に何か不思議な力が沸いてくる。
激しい昂ぶり。熱い想い。それら全てを思い切り解き放ちたい欲求。
行こう。舞台が、みんなが待っている。
リーダー格の女性の声と共に色鮮やかな出で立ちの仮面の巫女達は夜の森をあとにする。
そしてその後には……今度こそ誰の気配もなかった。
[newpage]
祭のメイン会場の一つである特設ステージでは本来の神楽舞とは別に有志によるダンスステージが催されている。
古の伝統を受け継ぐと同時に新しい伝統を生み出していくと言う名目もあるがそのせいもありスケールはともかく様々なダンスチームがその腕を披露している。
そしてエントリーしていた最後のチームが踊りを終えた所で進行役が突然の飛び入り参加の報告を受け急いでその旨を放送する。
チーム名は全くの無名、構成メンバーも全くの謎。
まさに何が何やら過ぎる状況だが「来るものは拒まず」的なステージ運営の方針によりその飛び入り参加チームは今度こそ最後のチームとして踊りを披露する事になる。
熱気と期待に包まれた観衆の中ステージの上に立ったのは…件の仮面の巫女達だった。
その怪しくも鮮やかな姿、そして凜とした立ち姿にいやでも期待が高まる。
そして音楽が流れる。伝統の神楽舞の曲を彼女達がアレンジしたアップテンポのナンバーだ。
それに合わせる様に彼女達は足を踏み込み手をかざして踊り出す。
神楽舞の形を踏みながらもよさこいの激しく寄せては返す波の様な動きや何度も力強く大地を踏みつけながら飛び上がり身をそらす野性的な動きも取り入れたより力強い彼女達の踊りが華やかな装束と仮面によって色鮮やかに舞台の上で彩られてゆく。
激しく舞いながら彼女達の素足が何度も裾から現れる。大きく腕を振り胸を反らす中でかすかに汗にコーティングされた胸元もはだけてくる。
それでもその奥にある裸の肢体が見える事はないのはまさにドレスデザインにおける工夫と思案のたまものだろう。
その表情を隠す仮面の効果もありステージの上で舞い踊る彼女達はより妖しく、それでいて荒ぶる姿となりながら舞を魅せている。
激しい舞の中で彼女達は仮面の中であえいでいた。
アップテンポなリズムの中で踊り続けているから?衣装越しとは言えみんなの前で裸になって踊っているから?衣装が素肌と衣擦れする感覚が気持ちいいから?
そもそもこんなヘンな企画を思いついたのはやはりリーダー格の女性だった。
せっかくのお祭りだし何か思い切り弾けてみたい。
お祭りの持つ解放感と高揚感の中で思い切り踊ってみたい。
メンバー内で色々意見が交わされる中強引な成り行きで裸踊りの案まで飛び出した時はさすがに驚いたがそれでもまだ軽い冗談のうちとして「ならお面でも被るか」みたいなやりとりもしていたがまさかそれが実現するとは思っても見なかった。
さすがに堂々公衆の前で裸はさらせまいと言う事で思案と工夫の末その為に作った和装ロングドレスを裸の上に羽織り仮面で顔を隠して踊ると言う事になったが……。
―気持ちいい―
それが一番強く感じた感情だった。
踊れば踊るほど、動けば動くほど体が火照る。汗がにじむ。仮面の中で吐息と声が漏れる。
会場の熱気が、この地の様々な気が自分達の中に入り込んで一つになって激しく燃え昂ぶっている。
この熱さの前に彼女達の意識は半ばもうろうとしその勢いに流されかけていた。
今見に着けている衣装が、その中の素肌がこの勢いを抑えられない。
いっそそれらを全て解き放ち仮面だけの姿で舞い踊りたい。いや、舞い踊ると言う考えさえ放棄しただ内なる昂ぶりのままにその身と心を委ね流して行きたい。
誰もがそう思いかけていた。
しかし、誰もがそれをぐっとこらえた。
今のこの気持ちの中にあるからこそそれを舞おう。今の自分達の高まっている全てを踊りを通じて解き放とう。
自分達は―その為に今この姿となってこの場にいるのだから。
一瞬彼女達は舞台の上で顔を見合わせうんと頷く。
舞台の上で彼女達の動きはより激しく大きくなる。獣の様に、嵐や大波の様に激しく体全体を動かす。
足を踏み、胸を反らしながら回し、腕を大きく振り回す。
彼女達の吠える様な呼吸が仮面の中いっぱいに広がりそれがより仮面との密着感、一体感を増してゆく。
その彼女達の、そして観客の内なる野生を呼び覚ますかの様に彼女達は大きく動く。
しかしそうかと思えばその激しい動きがぴたりと止みそこから彼女達は静かにかつ速やかな足捌きで舞台の上を動きながら優しくしなやかな動きで舞う。
それは凪いだ波の様でありそよ風の様であり静かにまどろむ獣のようでもある。
そして仮面の中でも彼女達は静かに呼吸を整え荒ぶる心を冷ましていく。
その穏やかな空の感覚がまた仮面と素肌を近づけていく。
しかしそのどちらももともとの神楽舞の持つ要素であり彼女達はそれらを彼女達の形で示しているのだ。
舞は最高潮に達し観客の盛り上がりもどんどん高まっていく。
彼女達も面と装束で抑えてはいるがすでにその動きと心は激しくも優しくつながり合っていた。
それはどんどん高まっていき舞の最後のスパートへと導かれていく。
そして…舞が最後の瞬間を迎えた時彼女達は舞台の上で初めて声を上げた。
全員が同時に上げたかけ声。少なくとも観客達はそう聞こえた。
しかしそれは……彼女達が昂ぶりの末に高みに達した歓喜の声だったのかも知れない。
一瞬の静寂でその高まりがかすかに鎮まる中なんとか我に返った仮面の舞姫達は万雷の拍手に送られステージをあとにする。
ちなみに彼女達は飛び入りの際その条件として賞などの対象を放棄すると宣言しておりその存在はあくまでも「幻の舞姫」として人々の記憶に残る事となった……。
[newpage]
ダンスステージの興奮冷めやらぬ境内をよそにした社務所の裏口、そこに舞姫達は集まっていた。
ステージを沸かせた舞姫としては少々無粋な形だがあくまでもその正体は秘匿と言う事で彼女達はバッグを手にあくまでも密かに裏口から入りそのまま…湯浴み場へと足を運ぶ。
脱衣所でいそいそとロングドレスを解き脱ぎ降ろせばその中から火照りきった裸身が露わになる。
その素肌はにじみ出る汗に覆われわずかに輝いているが彼女達の中にはまた別の形で「濡れている」事を感じていた者もいた様でそれを思い返しながら多少恥じらう仕草をみせたりもしている。
そして仮面を除いて改めて全裸となった彼女達は静かに面の紐を外しヘアウィッグと共に面を外す。
その中から火照りきった女性達の素顔が解放された事による甘い吐息と共に現れる。
みなそれぞれにやりとげた、気持ちいい、と言う顔に充ち満ちた中解いた髪をふりほどく様に軽くかぶりを振るとそのまま湯船にその身を沈めさせていく。
湯船の中で汗と緊張が流れていき先ほどとはまた違う暖かさに包まれながら彼女達は優しい安堵感にひたっていた。
中には湯船の縁や壁に身を預けながら軽く寝息を立てている者もいるがそれを導いたのは心地よい疲れかそれとも別の歓びか。
彼女達の穏やかな湯浴みの一時は静かに続いた。
その後、湯浴みを終え私服に着替えた彼女達は改めて社務所の一室に集まった。
少なくとも表向きはその一室を借りた女性達の集まりでしかなく観客達の誰も彼女達があの仮面の舞姫達だと言う事に気づく事はない。
そしてリーダー格の女性の音頭でソフトドリンクを片手に乾杯の声が響く。
祭事は大成功。自分達も新しい何かに目覚める事ができた。
それはこれからの自分達にとってかけがえのない成果かも知れない。
彼女達はこれからの事について色々と楽しく語り合いながら一時を過ごしている。
その部屋の窓の外からはまだまだ祭りの賑わいが聞こえていた……。
了