「うおりゃあっ!」
「ー!!!」
勇者―そう呼ばれた男の剣が悪意の源を断ち切った。
神託を受け、悪意の源と戦うために鍛え続けられてきた勇者がついに旅立ってから幾年月。
ついに勇者は悪意の源を討ち取り、それがもたらした災厄を食い止めることができたのだ。
「やったぜ―!」
勇者の剣に断ち切られて消滅していく悪意の源を見上げながら勇者は歓喜の笑みを浮かべていた。
悪意の源は消滅した。
この時のために自分はあまたの礼賛と力、そして富を得てきたのであり、これからはさらに「英雄」として誰もが自分を称賛しひれ伏す日々が始まるのだ。
その喜びを分かち合う者たちが今はもういない事実さえ彼にはどうでもいいことであった。
賞賛されるのは自分一人でいい。
そう思いながら勇者は悪意の源が消滅する余波に巻き込まれていった。
[newpage]
「おい……早すぎねえか?」
勇者はいらだちを隠せない顔で何もない空間にいた。
ここは―?」
勇者としての装束をまとい、その手には勇者の証である剣が変わらず握られている。
自分は命を終えたというのか……?
ごくごく当たり前の印象が脳裏をよぎった。
そんな時、勇者の脳裏に声がよぎった。
それは勇者が勇者として旅立った時に聞こえた声。
その声は勇者の剣を通じて勇者の心に聞こえた。
声は彼をねぎらい悪意の源が消えた事、それによりひとまずは平和が訪れた事を喜んだ。
そして―彼にこれからどう生きるのかを問いかけた。
それに対して勇者は悪態をつく。
勇者として神託を受け、ただひたすらもてはやされてきた彼の中で自分がどう生きたいかなど問われるまでもなかった。
勇者はこれまでも、これからも自分が勇者として持っていた「当然の権利」を行使しあらゆる欲得を得続ける事、そしてそれを阻むのなら誰であろうと容赦はしない、むしろ自分が「お前らにとっての悪意の源」になってやろうかと胸を張って言い放った。
その途端勇者が腰に下げていた鞘が抜け出し、勇者の目の前に浮かぶ。
それに合わせるように勇者が手にしていた剣が吸い込まれるように鞘に引き込まれていく。
勇者の抵抗など意に介することなく、むしろ「返してもらう」といわんばかりに。
「お、おい、待て、待てってば!」
必死で抵抗する勇者だったが、剣はそれに構うことなく勇者を引っ張るように鞘を受け入れる。
剣がカチリと鞘に収まった音。
それは勇者にとって何かが「断ち切られた」音だった……。
[newpage]
「なあっ!?」
その瞬間、勇者が身に着けていた装束のすべてが一気に引きちぎれ、宙に舞いながらかけら一つ残さず消えていった。
そこに残っているのは文字通り身一つの勇者の―男性の身体。
勇者といわれるだけあり相応の体つきを持っている。
剣をふるい、装具をまとうだけはある程よい筋肉の付き具合。
相応にがっしりとした肩幅と腰をつなぐ両腕と両足もまた相応にたくましい。
しっかりと引き締まった胸板や腹筋、そして臀部も筋肉質でもなく、それでいて優男というわけでもない程よいバランスで引き締まっていた。
その顔立ちはロングパーマ風にまとめた金髪も相まって強気で自信家然とした雰囲気を感じさせる。
そして……勇者の、そして「男性の証」とも言える「剣」、あるいは剣の「柄」もまたいつの間にか覆い隠していた白い光の中で相応にたくましく伸びていた。
彼が手にしていた剣同様相応に使い込まれていることが見た目からも判断できる。
そんな勇者の怒りは突然裸にされた事で最高潮に達した。
「この野郎……何勝手におれを、勇者のおれを裸に剝いて……」
その瞬間、勇者の「柄」が白い光の中でビクンと跳ねた。
「うあっ!」
そこから全身を貫く快感に思わずのけぞりながらとっさに「柄」を両手で掴む。
先程まで握っていた剣の柄に負けない確かな握り心地。
しかし今握っているそれは弾力に富み、熱を持ち、そして……。
「うおっ」
両手の中で軽く震えるそれを勇者は改めて握りしめる。
握りしめた瞬間両手から、そして「柄」の根元から熱量と鼓動が全身に伝わってくる。
「うっ……うう……」
その鼓動と熱量を無理やり抑え込もうと勇者はつかんだ「柄」をぎゅっと絞っていく。
「うう……くうっ……」
手の感触と「柄」の感触が触れ合い、より強い感覚となって勇者を震わせる。
「うあっ」
「柄」を握りしめたまま勇者は体をそらす。
両脚は何もないはずの空間を踏みしめ、「柄」を宿す足腰はしっかりとその身体を支える。
「うう……なんだ……なんなんだよ……」
突然の事態に戸惑う勇者だったが、状況はその戸惑いさえ許さない。
「あっ……ううっ……」
「柄」をつかむ両腕が、踏みしめている両足がそのたびに震え、それをつなぐ胴体と足腰、そしてそれを覆う肌が震え、その奥の筋肉が大きく収縮を繰り返す。
「くうっ……ううっ……」
それらを促すのは今つかんでいる「柄」、そしてそこからつながる先にある熱い昂ぶり。
その昂ぶりがはげしくうごめくたびに光の中で白熱する「柄」の先で何かが形作られ、それに呼応するように勇者はその裸身を震えさせる。
しっかりと踏みしめた足腰の上で幾度も震えている上半身を支えるように勇者は改めて「柄」を握りしめる。
「うあっ……ううっ……」
白い光の中で「柄」の熱量はさらに強くなり、その先に伸びる熱い昂ぶりも勢いを増していく。
もし一瞬でも気を抜けばそれこそ「柄」から、あるいは「柄」もろとも勇者の身体から噴き出していきそうな勢いで。
でも、そうはさせない。させるわけにはいかない。
もしそうなってしまったら自分は「失ってはならないもの」を失ってしまう。
そう感じながら勇者は顔をしかめながらも抗うように、抑え込むように「柄」を握り、昂ぶりにあらがうように動かしていく。
勇者の中で昂ぶりは少しずつその形を成していく。
熱く、勢い良く、そして荒ぶる勢いを集束させながら。
「うう……ああ……あああ……」
集束されるごとに勇者の身体の中から何かが吸い出されていく。
その勢いに勇者は時折らしくないような艶のある声を漏らす。
勇者が声を漏らすたびに、それにうながされてさらに何かが吸いだされていく感覚に。
さらにそれをうながす昂ぶりを支える「柄」が震えるたびに、その身体は少しずつ変化を始める。
「うっ……ううっ……うう……」
「柄」を握りしめていた両手がすこしずつ小さくなっていき、指も細く柔らかくなっていく。
「柄」とつながっている腰の形も程よくくびれていき、それなりにしっかりとひきしまっていたお尻にやわらかい弾力が満ちていく。
「うう……うあ……うおっ……」
空間を支えていた両足がゆっくりと細く、肉付きの良い形に整えられていく一方その腰回りもゆっくりと細く整えられていく。
「ああっ……おお……ああっ……」
しっかりと張っていた背筋に程よく脂肪が満ちていくにつれ、ただ震えているだけであった勇者の上半身がしなりはじめ、その動きは少しずつ大きくなっていく。
「柄」を握っていた両手、そして肘を通り肩までの腕の線も太さはさほど変わらないまでも、より弾力的に、肉眼的に整えられていく。
「ああ……おお……ああ……」
その上半身が大きくしなり、顔もまた前後左右に大きく揺れる中で勇者の肩幅はゆっくりと狭く、なだらかな線に整えられていく。
「あああ……おおお……あああ……」
その裸身を形作っていた程よい筋肉質の体がゆっくりと解きほぐされ、より肉付きのいい仕組みへと置き換えられる中……。
「ああっ」
その相応に引き締まっていた胸板の硬さがほぐされ、ゆっくりと柔らかくなりながら膨らんでいく。
柔らかく、大きく、はち切れそうな勢いで。
「あ……ああ……ああ……」
胸がほぐされながら形を変えていく感覚に勇者の顔も自信に満ちた顔立ちが崩れ、艶と色気のある表情に作り変えられていく。
「あ……ああ……あん……」
首元も細くなっていき、漏れる声も高く、艶やかなものに変わる。
その首元に支えられた頭がしなるたびに勇者の髪は黒く染まりながらウェーブを立てつつ首から肩、背中から腰まで伸びていく。
「ああ……ああ……ああ……」
「柄」から伸びて勇者の身体の中にある昂ぶりがもたらす感覚が身体を満たすたびにぴくぴくと震えながら上半身が大きく揺らいでいく。
長い髪を揺らし、蠱惑的な吐息とともに漏れる声。
細く、肉付きを整えながらもしっかりと踏みしめる両足に程よいたくましさを保ちながらも確かに「柄」を押さえている両手と両腕。
その両腕の間で大きくぼよんぼよんと震える胸のふくらみ。
その姿はまさに妖艶ささえ感じる大人の女の裸身によく似ていた。
「ああっ……おっ……おおっ……」
しかし、勇者はそれでも「柄」―かつての勇者の名残を残す唯一の箇所ーを握りしめ、己を作り替えた昂ぶりの暴走を無理やりにでも抑え込みにかかる。
「おい、おれの身体……どうなっていくんだよぉ……」
大人の女の性感にひたりながらも勇者はその変化におののきを隠せない。
しかし、状況はおののいている暇さえ与えない。
「うぉぉぉぉぉぉぉんっ!」
わずかに起こりかけた思考の渦をかき消すように内なる昂ぶりが今までになかった衝撃を放ち、勇者はより肉感的に、そして敏感になった体をしならせながらより高く、艶やかに声を放った。
さらに昂ぶりの放つ衝撃が「柄」を勇者の身体から飛び出す勢いで突き出させる。
「おぉっ、おおおんっ」
変化するうちに全身に張り巡らされていた官能が刺激される中、甘く顔をしかめながらも勇者は「柄」を強く握り、内なる昂ぶりを必死で抑え込もうとする。
だが、勇者はこの時気づいてはいない。
すでに彼が握っていた「柄」そのものはその手の中、そして白い光の中でゆっくりと小さく、細く、短くなっていき、今や「柄」ではなく「鞘」を飾る宝玉となっていた事に。
もちろん「柄」と剣をつなぐ「鍔」もまたすでに「鞘」の中に納まっていたことも。
今や完全に大人の女の姿となった勇者は白い光を放つ昂ぶりが収束した「柄」をしっかりと握っている。
「はぁ……はぁ……ああ……」
張り巡らされていた官能の嵐は静かに収まりつつあり、勇者は少しずつ冷静さを取り戻していく。
その冷静さが彼にとって残酷な可能性を突きつける。
自分の中の昂ぶりはなくなってはいない。
いや、今にも最後の一瞬のために最後の収束をしているのだ。
もしその時が来たらおれは―!
かつて自分の身体に直接あった時と同じようにその「柄」を感じながら勇者は必死で身をかがめ、両足を踏ん張って「柄」を自分の身体にねじ込もうとする。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
肉付きよく弾力のある肌を震わせ、程よく脂肪がついて柔らかくなっているもののそれなりにがっちりとした肩を上下させ、その豊かな胸のふくらみやはちきれんばかりのお尻を静かに揺らしながら。
そして……!
「!」
勇者が改めて「柄」を握りしめ、抑え込みにかかるのが早いか、昂ぶりは最後の刺激を勇者の内側に解き放つ!
「ーうぉっ!おぉぉぉぉぉぉんっ!」
びくんっ、と全身が震える中、全身を大きくそらしながら「柄」は勇者の両手をすり抜け、その身体から、その「鞘」から解き放たれていった。
白く光る昂ぶりが強く、荒々しく渦巻きながら勇者から吸い取ったものを交えて圧縮・錬成した一振りの剣が飛び出していき、それと同時に「鞘」から熱い息吹が勢いよく噴き出した。
「……ああ……ああ……」
絶頂の余韻、それ以上に自分の中から色々なものが抜き取られていった脱力感に勇者は倒れこむのをかろうじてこらえながら自分から噴き出した剣が目の前に浮かんでいるのをうつろな目で見つめている。
「かえせ……それは……おれの……」
よろめきかける体で弱弱しく剣に手を伸ばそうとする勇者だったが、剣は情け容赦なく勇者から離れると、そのままいつの間にか現れた宙に浮かぶ鞘にその身を収めていく。
「おい……やめろ……やめろ……」
勇者の声を無視するかのように剣は鞘に納まっていき、最後に静かに音を立てて一つとなった。
その光景を見た勇者―いや、「勇者」の顔に絶望と戦慄が走る。
「おい……まだ話は……」
そう言いかけながら「勇者」は足元の空間にできた幕の間のような歪みに静かに飲み込まれていった。
そのあとには何もなく、だれもいなかった。
[newpage]
とある裏通りの歓楽街。
その中でも特に裏と言える一角に女はいた。
場末―と言うにはなお暗さを感じる店の一角で妖艶に踊る踊り子。
ひと目で目につく豊かすぎる胸を大きく揺らし、こぼれ落ちるか落ちないかの微妙なバランスで彩られたお尻をふるふると震えさせる。
それらを申し訳程度に隠した衣装に薄い布をまとい、程よくくびれた腰をひねればいい具合の肉づきをした両手が空をなびき、両足が軽やかに床を踏む。
全身をしならせ、くねらせ、ウエーブのかかった長い黒髪を振り乱して炎のようにあかあかと揺らめいてみたり渦のようにその身をひるがえしてみたり。
時には獣のように手足をつき、大きく背をそらして吠えるような仕草も取ってみる。
限りなく全裸に近い姿で繰り広げられる踊り、そこからあふれる汗の輝きと濃密なまでの「女の空気」は見るものの心と体を刺激する。
それに魅了され刺激された客達が上げるやや品のない歓声に女は笑みを浮かべていたが、その笑みはどこか不安定であった。
虚ろなような、どこか拒絶しているかのような。
もとからのクールそうな顔立ちでもフォローしきれないほどその笑みはどこか異様だった。
「……ちはう……ほんな……ほんなはるりゃ……」
その瞳と言いどこかうつろな意識の中、呂律の回らない口調でつぶやく女。
そのしなやかで妖しげな踊りに歓声を上げる誰にも聞こえない声で女は人知れず恨みの言葉を紡ぐ。
そんな彼女の耳に怒鳴り声が響く。
「おい……「ご指名」だぞ!」
荒々しい男の声に思わずハッとなる。
また「あのひと時」が来るのか……。
女の顔にこれ以上はないと言わんばかりの苦いものが浮かぶ。
女は声を振り払おうとばかりに踊り続けようとするが、半ば無理やりに男に腕をつかまれ舞台から引き出されていく。
そう、これが女ーかつて勇者だった男の「今」である。
勇者として悪意の源と戦ったのも、結果として世界の平穏を保てたのも全ては勇者としての己の欲のため。
勇者であること、英雄であることを御旗にこの世のあらゆる富を得、あらゆる名誉を得、あらゆる欲を満たしながら生きることを味わい尽くす。
それが彼の望みであり、それは「結果として」実現した。
裏通りのさらに場末の踊り子とはいえその名はそこを生きる場とする者たちの間では知らない者はなく、一踊りした上に「ご指名」を果たせば相応に金は入る。
そして、裏通りにうごめく欲と快楽の波にもまれながら生きることができる。
まさに彼が望んだものーではなかった。
確かに今の自分は「かつての」自分ならまさに己の欲望と快楽を得るために求めつくし、味わいつくさずにはいられない姿をしている。
だが、「そうではなかった」。
自分が求めつくし味わい尽くすのならともかく今は彼自身が……!
無理やり引っ張られながら勇者だった女は次の「舞台」へと進む。
無理やり引っ張られているのに、こんなことしたくもないのに。
女は抵抗できなかった。というより抵抗「しきれなかった」。
そのからくりを女は知る由はないが、とにかくそうである。
実質身一つでこの地に放り出された女を「引き取った」男の手で「手ほどき」を受けるうちに女はいつしかそうなっていた。
もはや女にかつての力も「飾り」もない。
あるのはただ……。
「おへは……おへは……「ゆうしゃ」ら……」
自分が勇者だったと言う記憶と意地だけだった。
しかし、もはやそれが女にかつての栄光を取り戻す力となることはない。
むしろそれが女が「今の女として生きる」事への最大の障壁となっていた。
それでも女はそれを捨てることはできなかった。
それが「呪い」であるかのように。
「へいへい、わかってるよ「勇者様」ぁ?」
それをあざ笑うように男は言うとある部屋ー早い話「舞台」へと女を引っ張り込む。
「ほらよ、自称元勇者様のご入場だぜぇ?」
そう言いながら男はほぼ一瞬で女の衣装をはぎ取った。
黒々と磨き輝かれたように見える肌。
妖艶ーと言わんばかりに肉付きのいい体格と手足。
そしてー女を引っ張り込んだ男をはじめ多くの「剣」を受け止め続け、女の拒絶の意志にも関わらずさらに「剣」を求めようと熱く湿りを帯びながらうずく「鞘」ー。
淫猥で妖艶な空気をにじませるその姿に「観客」達は目を引き、欲情を引き出さずにはいられなかった。
女が恐怖と羞恥の表情を浮かべ、獣のような動きで必死でその裸身を隠そうとする姿に歓声を上げ、顔をにやりとゆがめる「観客」達の顔を見て女は一瞬おののいた。
それは自分がかつて引き連れていた連中。
道中の間こき使い、ただの捨て駒程度として切り捨てた連中がそこにいた。
そして、女は思い出した。
今の自分の「所有者」である男が当時つまらない理由で追い出した人物だったということに。
「まさか……あいつは……おへを……」
それを確かめるすべは今の女にはない。
いや、それを行う暇さえない。
男が部屋の扉を閉めるのを待っていたかのように女の「舞台」は始まったのだから……。
ここは裏通りのその場末。
吹き溜まりともいわれる場所で身を落としながらもそこに集まる者たちが持つ暗い感情のはけ口となり「さらなる奈落」に落ちることをとどめている女。
そういう点では彼女は「世を守る勇者」であり続けているのかもしれないー。
了