銀獣新生(良)

  むかしむかしのあるよるのこと。

  よるのかなたからおほしさまにのってにとうのぎんいろのとらがおりてきました。

  そのとらたちはあるもりにしずかにおりたつとそのままじめんのなかにすいこまれるようにきえていったではありませんか。

  このとらたちはどこからやってきたのでしょうか。

  どうしてここにおりることにしたのでしょうか。

  それはいまもわかりません。

  なぜならだれもそのことをしらないのですから。

  でも、にとうのとらたちはずっと、ずっとそのもりにいるのです。

  いつかふたたびほしのなかにかえるひをまっているのでしょうか。

  それもわかりません。

  だれにもしられることなくにとうのとらたちはずっと、ずっとそのばしょにいるのです。

  [newpage]

  その雨は突然降ってきた。

  森を覆い、森のある辺りを覆うように降り注ぐ。

  木々を、木々を育む大地を潤し、空気に活力を与える雨。

  そんな雨に導かれる様に清美と玲香はその中に転がり込んでいた。

  その洞穴がいつからそこにあったかはわからないが、二人にとっては飛び込まずにはいられなかった。

  何でもない散策の中突然降り出した雨は軽い雨宿りですませるに激しく降り注ぎ、洞穴の中に潜んだ二人の服も雨に濡れ過ぎていた。

  ちょっと干しておこう、どうせ自分達だけだしと軽い気持ちで服を脱いでみた。

  最後の一枚を脱いだ時、軽く身体が冷えるのを感じた二人は軽い気持ちで身を寄せ合った。

  それだけですめばよかったのだが、素肌を寄せ合い互いの体温を感じるうちに二人はどちらからともなく……唇を重ねた。

  それから二人は洞窟と雨音のベールの中でひたすら互いを温めあった。

  唇を重ね、胸を重ね、腕を重ね、足を重ね、声を重ねる。そして……。

  二人は文字通り全てを重ね合わせて温めあった。

  幼馴染ではあったもののこんな形で互いを意識した事はなく、ましてこんな行為など予感さえもしてはいなかった。

  「……玲香……暖かい……」

  「清美こそ……ぽかぽかする……」

  互いを温め合う勢いが頂点に達した余韻に浸る二人の顔の火照りはただ肌が温まっているだけなのだろうか。

  「ずっと降ってくれると……いいな……」

  「服……外に出しとけばよかった……かな……」

  「今からでも……そうする?」

  「そしたら……清美が暖めてくれる?」

  「今は外に出るより玲香にギュッとされてたい、かな?」

  「清美ったら」

  「玲香だって」

  そんなやり取りの中、二人は互いの火照りを求める様に抱きしめ合う。

  清美のセミロングの髪と玲香のショートボブの髪が軽く重なり合い、やや清美の方が豊かな胸が重なり合う。

  「……んっ」

  「むっ……」

  そして全てを手繰り寄せ合い上がらそっと口づけをかわす。

  冷たい岩場に身を預けながらもそこだけはほのかに暖かい。

  そんな甘い一時に酔っていた二人の目があるものを見つける。

  「ねえ、あれって……」

  「あれ……気付かなかった……」

  「雨宿りでいっぱいいっぱいだったものね……気づくわけないか」

  それは洞窟のさらに奥に続いているであろう穴だった。

  外からの薄明かりにおぼろげに浮かぶその穴は黒く、小さく、深く見える。

  二人は互いを確かめ合う事さえ忘れてその穴をしばし見つめていた。

  まさしくその穴に魅入られ、引き込まれていくかのように。

  「ねえ、行ってみない?」

  「うん、何か気になる」

  そして二人は互いを気遣いながら緩やかに起き上がる。

  甘く温かい余韻の中にある白い二つの肌がゆっくりと黒い影の奥、その先にある穴へと向かっていく。

  そこに向かうわずかな一時の中で二人は初めて肌を重ねた時とはまた違う妙な高まりを感じていた。

  その穴は二人が並んで通れる幅こそあったが、そのままくぐるには低すぎた。

  「玲香、どうする?」

  「先には進めそうだし、行ってみよう」

  「ーそうね」

  軽く身をかがめながら二人はそうやり取りすると、いったん大きく伸びをする。

  すらりと立つ裸の女性二人。

  そこからゆっくりと膝を付き、手を地面に着ける。

  二人はそのままの姿勢で並んで穴の中に入っていく。

  揺れ合う肌のぎりぎりの間隔と感覚を感じながら。

  両手と両膝を器用に動かしながら。

  二人ぎりぎりで通れるその穴を二人はくぐり抜ける。

  「ふぅーふぅー」

  「はぁーはぁー」

  口元から息を漏らし、顔を上げて目を見開き、獣のように進みながら二人は穴を潜り抜けた。

  穴を潜り抜けた後も二人は少しの間四つん這いのままで周りを見回し、お互いを見つめながら軽く体をすり合わせる。

  そこは岩でできた部屋ーそう例えられそうな場所だった。

  風穴と言うには風雨に晒される事なくやや整えられており、玄室と言うにはやや不均整な粗さを感じる。

  どこからか穴が開いているのだろうか、ほのかに光が射している。

  その中央にはなにか祭壇のような岩陰が見える。

  それらの全てが部屋をどこか不思議な雰囲気に満たしていた。

  その風景に見とれながらも清美と玲香は軽く身をすくめると身体を起こし、ゆっくりと、そしてしなやかに立ち上がる。

  部屋の間取りは立ち上がってみてもそれなりに余裕のあるものだった。

  「ちょっとした秘密の部屋って感じね」

  「不思議……ますます気持ちが高まってきちゃう」

  流石に裸で小躍りとはいかないものの、また一つ秘密の場所を見つけた事に二人はちょっとした興奮を感じていた。

  そして自分達の中で再びスイッチが入ろうとしている事も。

  「清美、もう一回……」

  「玲香、一回でいいの?」

  軽くねだる様な仕草をする玲香を軽くいなしつつ清美もまたどこか誘う様な仕草を取っている。

  二人ともここから心ゆくまで何度も「もう一回」を繰り返す事は十二分に予測できていた。

  自分達以外誰もいない洞窟で自分達は裸。

  ましてすでに肌を重ねて温めあったのなら……。

  「ほらほら、見てよ清美」

  いきなり玲香が後ろを向いて四つん這いになると軽くお尻を振る仕草をする。

  「玲香ったら……ならわたしも」

  やや呆れながらも清美もまた四つん這いとなり玲香とお尻を向け合う。

  互いにお尻を突き出し合いながら自分達の想いをアピールしあうと今度はそのままの姿勢で互いのお尻を追う様にその場をくるくると回る。

  軽く身体をすり合わせたり、交替で相手の背中に覆い被さってみたり。

  動物達の求愛の様に軽く焦らし合いながら二人は肌を合わせ合う。

  そして二人はさらに焦らし合う為に―立ち上がった。

  見つめ合いながら部屋の中央にある岩場をなぞる様に左右に歩いていく。

  もちろんこのあと二人の道のりは重なり、そして改めて二人は重なり合う……はずだった。

  [newpage]

  「ねえ、これって……」

  それを最初に見つけたのは玲香だった。

  「何……え?」

  その声に誘われて清美もその視界にそれを見つける。

  回り込んだ岩場ーと言うよりまるで祭壇のように感じられるそこにあったもの。

  それは一対の獣の頭蓋骨だった。

  祀られている―そう感じさせる様に置かれたその姿は二人を驚かせるには十分だった。

  「玲香、これって一体何なのかしら……」

  「わかる訳ないじゃない。でも……」

  誰かのいたずらか、それとも何らかの意図か。

  その岩の上に意味ありげに置かれた頭蓋骨は二人の目を釘付けにしていた。

  頭蓋骨もじっとこの地に入り込んだ者達をその瞳無き瞳で見据えているかの様だった。

  一糸まとわぬ姿の二人をさらに裸にし、その魂さえ見透かそうとしているかの様に。

  さすがに二人ともここは即座に引き返す方が正解とも言える。

  しかし、二人はそのままずっと頭蓋骨を見つめている。

  ときに首を傾げ、ときに息を呑み、目を見開いてみたり。

  肌を寄せ合いながらその不思議なオブジェを見続けている。

  洞窟の中、玄室の中央に置かれた一対の獣の頭蓋骨を見つめ続ける二人の裸の女性。

  それはどこか異様で妖しく、そして美しい光景であった。

  いつ途切れるかわからない不思議な均衡。

  それを破ったのはやはり彼女達だった。

  「玲香、やめた方がいいよ?」

  清美が止めるのも聞かず玲香は息を呑みつつ頭蓋骨に手を伸ばす。

  もしかすると玲香がそれに触れた途端何か良からぬ事が起きるのではないか。

  清美の心に不安が走る。

  「うん、でも何かちょっと気になる……もっと見てみたい、触ってみたい、そんな気がしてくる……」

  恐る恐る、しかし確かな動きで玲香は頭蓋骨に手を伸ばす。

  そんな中ふと玲香が横を見ると、清美もまた頭蓋骨に手を伸ばしていた。

  「―見てたらなんだかわたしも気になって。それに……玲香をほっておけないしね」

  「清美……」

  笑みを浮かべる二人。

  そして二人は軽くうなずくと同時に頭蓋骨に手を伸ばし―つかんだ。

  もちろん二人とも獣の骨になど触れた事はない。

  ただその手にあるその頭蓋骨は木の様に固く、それでいて軽かった。

  色々と見回してみる。

  前後に長く頭部に大きく広い眼窩、せり出した鼻先にある鼻腔、そして口元から延びる牙。

  それは肉食獣の頭蓋骨の上半分であった。

  いつ、誰が、どうしてそこに置いたのか。

  ただ歳月を経た割には比較的状態が整っている上にー。

  「ねえ、これって本物の動物の骨とはちょっと違う気がする」

  清美がそう漏らす。

  その眼窩は大きく 空いており、眼窩と言うよりのぞき穴の様になっている。

  それだけではない。裏側を見てみると形こそ頭蓋骨ではあるが中は最低限の形を除けば空洞となっており、少なくとも普通の動物の頭蓋骨ではないのは間違いない。

  そう、例えて言うのなら……。

  「被り物?」

  玲香がそう答えた。

  それは獣の頭蓋骨によく似た被り物……の様に見えている。

  二人とも知識でしか知りようはないが、古の部族などが良く狩りや戦、祭事などで用いるような被り物。

  本物の頭蓋骨を加工したのか、精巧に模したのか。

  その被り物は歳月を感じさせる朽ちや汚れなどはありながらもそれでもその形を保ち、そして……。

  「ねえ、これ被ってみない?」

  今度は清美が提案した。

  「うん……わたしも被りたい」

  玲香もうずうずした顔で答える。

  そんなやり取りが出る程この被り物は二人の目を、心をとらえていた。

  普通ならこんな所にこんな形で置いてあるもの、まして作り物とは言え動物の頭蓋骨を自分の頭に被ろうなどと言うのは考えさえつかないはず。

  そんな事を思ってしまうのは今の自分達がいるこの場所、そしてこの姿ゆえなのか。

  限りなく野生の動物に近い姿となっている自分達の心、あるいは本能がこの被り物と響き合ってしまっているのか。

  実際被り物を手にする二人の瞳は軽く潤み、肌は薄く火照っている。

  そして、うなづき合った二人の顔と手にしていた獣の顔がー一つになる。

  緩衝材の様な髪越しに獣の骨が素肌に吸いつくように合わさっていく。

  ゆるすぎず、きつすぎずちょうどいい感覚で。

  まるで自分のためにあつらえたかの様に被り物は二人の顔を覆う。

  「ふぅ……」

  「はぁ……」

  その鼻筋から目元に手を触れ、感触を確かめる。

  獣の骨を模しているだけありごつごつとしたさわり心地。

  でもなんだか悪くは感じない。

  そこからそっと頭をなでて後ろから漏れる髪ごしにうなじにしばし触れるのも心地よい。

  二人はそれぞれに自分の「顔」を感じていた。

  二人とも顔の上半分ー鼻筋から上をすっぽりと獣の頭蓋で覆い、清美のセミロングの髪や玲香のショートボブの髪が頭蓋の下から軽く漏れている。

  そしてそののぞき穴からは二人の瞳が互いを見つめている。

  「清美、決まってる。ホントの獣みたい」

  「玲香も似合ってる。被り物してるだけよね?」

  獣の下半分から覗くかわいらしい口元からそれぞれの姿を褒める言葉が流れる。

  上半分は異様な獣の頭蓋骨、下半分は活き活きした素肌と唇に整えられた人間の口元。

  異様な中にも不思議な美しさを感じさせる。

  ましてそれ以外はなにも身につけてはいないまったくの裸。

  何か謎めいた生物を感じさせるような姿をした二人がそこにいた。

  自分も、相手も同じ姿。

  獣の頭蓋を被ってはいるけど人間の女性であり互いの友人であり……。

  初めて肌を重ねた相手でもあった。

  それだけなのに、ただ獣の頭蓋を被っているだけで、そして自分も広く空いた眼窩を模したのぞき穴を通して見ているだけでー。

  二人の中に不思議な感情が沸いてくる。

  つい先ほど雨宿りでこの洞窟に飛び込み、服を乾かす名目で裸になった時。

  軽い気持ちで肌を触れ合いながら感じたあの高まり。

  それと同じ、それとはまた違う、それ以上の高まりが湧いているような気持ち。

  それに導かれるように二人は互いの被り物に手を触れる。

  「玲香……かわいい」

  「清美……きれい」

  そう言いながら互いの鼻先を、目元を、そして後頭部をなでる。

  先ほどとはまた違う形で触れる髪、そして髪からのぞく耳の感触も心地よい。

  そのうちに二人の中に熱いものが満ちていく。

  それを言葉にするのが早いか、二人は器用に顔をずらし、被り物の鼻先をそらしながらその下の柔らかい唇をそっと重ね合わせた。

  [newpage]

  それから二人は幾度となく肌を重ねあった。

  少なくとも最初のうちはそうだった。

  しかし、優しく触れ合うだけだった肌は勢いを増し、肌やその形のいいふくらみに触れる手もやや強引な力強さを交えていく。

  軽く口づけるだけだった口元も噛む様に、貪る様に加える仕草も加わっていた。

  文字通り獣同士が貪り合うように交わっていく。

  それでいて互いを愛し、慈しみ、求めあう優しさも失われてはいない。

  荒ぶる獣の激しさと純粋に命をいたわる優しさの入り混じった交わりの中で二人は何度も達し、そして鳴いた。

  時には一人で、そして二人で。

  そんな中、二人はある異変を感じていた。

  交わり合い達し合う度に脳裏に浮かぶ光景。

  最初はおぼろげであり気にも留めなかったが、達する度にその光景は少しずつ鮮やかになっていった。

  「はぁ……はぁ……また……見えた……」

  「清美も……また……見たんだ……」

  「ええ……あの……銀色の……」

  「銀色の……」

  幾度目かの達し合いのあと、二人は互いにうるんだ瞳をかわしながらややおぼろげに言葉を交わす。

  「虎……」

  「虎……」

  声が重なり合い、そして再び露わになっている唇が重なり合う。

  二人の脳裏に浮かぶ銀色の虎。

  誰かつがいと共にいるのだろうか、並びながら、寄り添いながら歩く虎の姿を二人は達する度に感じていた。

  互いを愛おしみ、慕い、思い合う二頭の虎。

  「……玲香も同じものが見えてるなんてなんだか素敵」

  「……うん……でもちょっと違うかな」

  「違う……ね」

  「違う……よ」

  「わたしの目に見えてる虎、きっと……玲香」

  「わたしを見つめてる虎、たぶん……清美」

  「玲香もそう思う?」

  「清美も感じてたんだ」

  「これってやっぱりあれかしら」

  「この……顔の思い出?」

  「きっと……そうかも」

  そう言いながら改めて互いの「顔」を撫で合う。

  幾度となく交わり合ううちに磨かれていったのか。

  薄汚れていた被り物は輝くような艶を得、作り物でありながら活き活きとしたものを感じさせている。

  それを身に着けている二人が交わる度に精気を増しているのに反応しているのだろうか。

  それを疑問に思う暇はなかった。

  再び二人の心と身体に熱いものが満ち始める。

  「あっ……」

  「はぁ……」

  抱きしめ合い、身体を寄せ合い、心を寄せ合う。

  一度や二度達した位では止まらない。

  姿勢を変え、交わる所を変え、交わり方を変える。

  その度に獣の顔の下から甘く高い声が鳴る。

  それと同時に浮かぶ虎達の姿にも導かれながら二人は重なり合い、交わり合い、愛し合う。

  そんな二人の中に浮かぶ虎達がただ寄り添いながら過ごしているのとは対象的に。

  ただ、その虎達の姿も光景がはっきりする度に形を変えていく。

  四肢を大地につけて歩いていた虎達がいつの間にか二足歩行で歩いており、その姿勢もまるで人類の進化図を見る様に直立していく。

  その顔立ちも虎の形でありながら人の様な佇まいも見せつつあった。

  そしてその行動も寄り添い歩く獣の動きから純粋に愛し合う恋人達の様な仕草へと変わっていく。

  重なり合う度、交わり合う度、愛し合う度。

  そしてー達し合う度その光景はより鮮明に、より確かに、そしてより強く二人の目に、頭の中に、心の中に刻まれてゆく。

  そして、何度目かの交わりの時……。

  「はあっ、あんっ、ムールっ!」

  「あんっ、あうっ、ルジャーっ!」

  清美と玲香は全く異なる名前で互いを呼びながら達した。

  その瞬間、幾度もの交わりと達し合いの中でも外れる事のなかった被り物が二人の頭からこぼれ落ちる。

  獣のー虎の頭蓋骨から解き放たれ久しぶりに露わになった女性の素顔。

  その瞳はややうつろながら潤みに輝き、肌は蒸し上がったかのように火照っている。

  その素顔を見つめ合った二人は、

  「ルジャー!」

  「ムール!」

  そう呼び合いながら激しく唇を重ね、体中に勢いを広げていった。

  「ムール……それが玲香の名前なのね……」

  「清美……ルジャーって言うんだ……」

  激しい口付けとそこからの素顔での交わりの余韻の中で互いの、そして自分の身に着けていた顔の名前を知った時何故か二人に違和感はなかった。

  「ムールとルジャーってホントに愛し合ってたんだ……今のわたし達みたい」

  「でもルジャー達はわたし達みたいな事はしてなかったみたいだけど」

  そう語る玲香と清美の視線の先には今は床の上に並んで置かれている虎の頭蓋―ルジャーとムールの「顔」がある。

  少なくとも今までの光景では虎人―ルジャーとムールは惹かれ合ってはいるが不思議と一線は保っている様な感じである。

  その光景が激しく睦み合いながら鮮明になっていくのはちょっと皮肉でもあるが。

  「でも、なんだかすごいな。わたし達、別の恋人達と一つになっているみたいで」

  「なんだか嬉しい様な、恥ずかしい様な……でもちょっと気持ち良い」

  「でも、清美としてるからそう思える」

  「わたしも玲香とできて嬉しい」

  二人はそう言って笑みをかわす。

  「でも、どうしよう?もう一度顔を被ってみる?」

  「あの二人の事ももっと見てみたい、ね」

  そう言いながら清美と玲香はルジャーとムールの「顔」と見つめ合う。

  より生き生きとしたように見えるその「顔」と向き合いながら二人もまた自分達の中でさらに高まるもの、高め合いたいものを感じていた。

  洞窟の外の雨はまだ降り止んでいない……。

  [newpage]

  「玲香……」

  「清美……」

  裸のまま向き合って正座している二人。

  その手には目の前にいるパートナーが被っていた「顔」がある。

  玲香はルジャーの顔。

  清美はムールの顔。

  互いに手にした顔を冠をかぶせる様にそっと被せ、静かに顔にあてがわせる。

  再び二人の顔の上半分が虎の頭蓋骨を模した被り物ー虎人の「顔」に覆われる。

  その下からのぞく二人の元の口元から甘い吐息が幾度となく漏れているのが互いに感じ合える。

  しかし、それだけではない。

  いつの間にか二人の手には被り物の下半分ーそう、下顎を模したパーツが握られている。

  二人はそれを両手でそっと持ち上げ、お互いの「顔」の上半分に添わせる。

  どう言う仕掛けなのだろうか、軽い音がして上半分とした半分はきれいに合わさった。

  これで二人の顔は完全に虎の頭蓋骨を模した顔に覆われた。

  今の二人は虎の頭蓋骨を持つ全裸の女性ーより異様でかつ美しい姿となった事になる。

  「清美、ますますきれい」

  「玲香、もっとかわいい」

  大きく開いた目元から覗く瞳で互いを見つめ合い、合わさった口元からのぞくかわいらしい口元は互いへの思いを伝えあう。

  そして二人は改めてその裸身を抱き合わせると、大きく開いた虎の顎を噛み合わせ、その中の唇を合わせ合った。

  そこからの交わりはより激しかった。

  獣の骨の顔と人の裸身がより熱く、より激しく、より濃く絡み合う。

  その手が、指が、口が、胸が、肌が、そして……。

  熱量の果てに達しても達しても余韻を惜しむ様に二人は交わり、愛し合った。

  より荒々しく互いにかぶりつき、鷲掴みし、揉み回す。

  擦りつけ、摘み上げ、かき回す。

  より優しく互いに口を添わせ、包み込み、揉み上げる。

  触れ合い、摘まみ、撫で回す。

  その行為の果てに達する度に獣の顔が大きく吠え、その中で人が大きく鳴く。

  その声に呼び覚まされる様に二人の中に浮かぶ光景―ルジャーとムールの姿もより鮮明に、より印象強く焼き付いてくる。

  達しながら清美の中ではルジャーが、玲香の中ではムールが満ちていく。

  虎人達の光景が記憶となり、意識や精気にも編み込まれていく事に二人は喜びさえ感じていた。

  その高まりと喜びを示すようにその顔にも変化が起きようとしていた。

  絡み合う度に、達する度にその頭蓋に少しずつ薄いものが張り付いていく。

  薄い皮の様な、筋肉の様な、皮膚の様な。

  目元を覆い、口元を覆い、顎を覆い、後頭部を覆っていく。

  見る見るうちに二人の顔を覆う被り物は頭蓋からスキンヘッドの虎の様な形に変わっていた。

  「おあっ!」

  「あぁっ!」

  再び達し、そのままさらに交わり合う勢いと共にその表面にうっすらと銀色が覆っていく。

  獣毛ー銀色の獣毛が二人の顔を覆う特徴的な黒い縞もその顔を彩りながらそれを整えていく。

  耳こそその中に潜み、後頭部からはそれぞれの髪が伸びてはいるが、二人の顔はまさに虎のそれだった。

  それでいてその下は柔肌をたたえる裸身の女性の姿を重ね合わせ交わり続ける。

  そして、幾度目かの余韻の一時。

  肌を寄せ合い、互いの温もりと獣の顔越しに感じる吐息を確かめ合う一時。

  「ムール……」

  「ルジャー……」

  緩やかな余韻の中で清美と玲香は互いを自然にその名で呼びあう。

  それほどまでに二人は「交わっていた」。

  「ムール……ムールって玲香、だったよね?」

  「ルジャーこそ……清美だって事まだ覚えてる?」

  「わたし……うん、何とか清美だった……じゃなくて、清美だってまだわかる」

  「わたしもわたしが玲香だってなんとかわかってる」

  「でも……」

  「きっと……」

  長い肌と記憶の交わり合いの中で清美の中ではルジャーとしての意識が、玲香の中ではムールとしての意識が張り詰めている。

  そして今の自分達として交われるのはあと一回位……そんな予感が二人に満ちていた。

  しかし、今の二人はそれに対する恐れは なかった。

  「清美がルジャーでよかった。ムールになっても清美を好きでいられるもの」

  「わたしも玲香がムールだからルジャーになりたいって心から思える」

  頭の中まで、心の奥まで虎人の恋人達に成り代わろうとしているせいなのだろうか。

  もしかするとあの初めて肌を重ねた時点で、いやこの洞窟に雨宿りに来た事自体が「導かれていた」のかも知れない。

  それでも今の二人にはそれが虎人の顔の中、人としての瞳で見つめる相手に向けて人としての口から出した人としての心からの言葉だった。

  「玲香……」

  「清美……」

  優しく互いの柔肌を手繰り寄せ、その背中から腰、可愛らしく引き締まったでん部のラインを。

  首筋からうなじ、鎖骨からその形のいい胸の膨らみを。

  そして今はもう直接見る事のできない人としての顔を。

  名残惜しげに、そして少しでも刻もうとするかの様に確かめ合う。

  身をしならせ、虎人の顔の中で声を漏らす度に二人は今まで以上に熱くなって行くのを感じている。

  「清美……いよいよだね……行くよ?」

  「玲香……来てる……行こう!」

  清美と玲香は自分達として感じ合える最後の一時を迎えようとしていた。

  でも、恐れも迷いもない。

  だから―二人は交わった。

  より熱く、より激しく。

  互いを絡み合わせながら唸る。

  身をよじらせ、震わせ、ひたすら交わり続ける。

  その中で自分達の中に満ちているものが今にもはじけようとしているのを感じながら。

  「玲香、れいか、わたし、わたしぃ……」

  「清美、きよみ、きよみぃ……」

  互いの名を呼ぶ声も、意識も薄れていく。

  ただお互いを感じている意識だけを頼りに二人は交わり……。

  「ああぁぁぁっ!」

  「ひゃあぁぁっ!」

  身体が弾ける様な激しい衝撃と共に清美と玲香の意識は弾け飛んだ。

  二人の身体は一瞬大きく震え、その反動を得て再び互いの身体を求め合う。

  清美の身体は熱く高ぶる自身を玲香の身体に飛び込んでいく。

  玲香の身体はそれを自身の奥から受け止め包み込む。

  その度に二人の身体は変わっていく。

  細身でしなやかだった肢体はたくましく野性的に盛り上がる。

  清美の両胸がしぼみながらも弾力のある硬さと厚さを得ていく一方、玲香の両胸はまるで清美の膨らみを吸い取っていく様に膨らみながらも形よく整えられている。

  唸り声を上げながら上下する頭部から漏れていた二人の髪が抜け落ちるとその頭頂から一対の広い耳が生えて広がっていく。

  「ううう……うああ……」

  「あああ……はああ……」

  ときおり開く二人の口元に人の唇の姿はない。

  その代わりより大きく、生々しく獣の、虎の口がその中に生え揃った牙を見せながら開く。

  いつの間にかその全身に黒い縞を刻んだ銀色の毛皮が覆い尽くす。

  玲香の身体に打ち込む清美の身体にも、それを受け止める玲香の身体にもいつの間にか細長い銀色の尻尾が揺れている。

  二人の身体は完全に雌雄の虎ー虎人のものとなって交わっていた。

  そして、その心もまたそれに応じたものとなりながら愛し合っていた。

  「ああっ、あアッ、ウァッ、ウォッ」

  「あっ、あアッ、アァッ、アァァッ」

  二人の声に少しずつ獣の荒い声が混じり、そして置き換わっていく。

  雄の虎人が荒々しく打ち込んでいく声と雌の獣人が優しく確かに受け止める艶のある声が響く。

  交わり合う中でついに最後の扉が開こうとしている。

  互いの中に満ちていた記憶、魂、精気の全てがー解き放たれる。

  「ウォォォォーッ!」

  「ウァァァァーッ!」

  空気が震える程の激しい雄たけびと共に二人は一瞬果てた。

  [newpage]

  そして、二人の虎人達はどちらからともなく目を覚ます。

  「……う、う……」

  「……ああ……」

  軽いまどろみの中で自分の身体の感覚、そして……。

  「ムール……戻って来たのか……」

  「……ルジャー……また会えるなんて……」

  悠久の果てに現世に蘇った二人の虎人達はしばし見つめ合うのち、互いを確かめ合う様に抱擁をかわした。

  ルジャーはその逞しい両腕でムールのしなやかな身体を。

  ムールはその細い―ルジャーからすれば―両腕でルジャーの逞しい身体を。

  全身を覆うつややかな黒い縞の入った銀色の毛並を触れ合わせながらいつしか二人は口づけを交わす。

  それに合わせるように臀部から延びる細長い尾が軽く揺れる。

  ただ互いの温もりと身体の感触を確かめ合う様に抱きしめ合ううちに少しづつ二人はその記憶を手繰り寄せ、取り戻していく。

  自分達の結びつきはもちろん、自分達がどこから来たのか、なぜこの地に来たのか。

  そして―これからなさねばならない事を。

  「ムール……私は、いや「私達」はこの地に降り立ち一度は生を終えたが、使命を果たす為蘇った」

  「ええ、一度共に眠りについたわたし達がこうしてまた会えるなんて……わたし達の神の導きかも知れません」

  静かに身体を起こしながら二人は語り合う。

  「あれからどれほどの月日が流れたかはわからないが、それでも私達は行かねばならない。ムール、ついてきてくれるか?」

  「ルジャー、わたしの運命はあなたと共にあります。あなたと共に使命を果たし、共に生きていく事。それがわたしの選んだ道です」

  ルジャーの問いにムールは健気に、そして確かな声で答えた。

  「そうか……しかし、私達の魂を宿した者達には済まない事をしたかも知れない。本来は私達の魂は新たな生を受け、さらなる魂の流れの中で生きねばならないのだから」

  「だからこそわたし達は行かなくては行きません。今度こそわたし達の魂が新たな生に受け継がれる為にも」

  「ああ……」

  頷き合いながら立ち上がる二人に妙な違和感が襲った。

  「ルジャー……これは……」

  「私達の中で……何かが……」

  身体の中で渦巻き高ぶる奇妙な感覚。

  自分達が蘇った事と入れ替わる様に失われたはずの生命の流れ。

  「どうやら……返す事ができる様だ」

  「そうですね……この時代に生きる者達、わたし達に肉体を与えた者達に」

  「その生命を」

  「その魂を」

  そう言いながら立ち上がった二人は静かに向き合うと両手をかざす。

  自分達の中で高まっていた生命の流れが両腕に集まり、静かに放出されていく。

  霧の様に、雨の様に、そして水流の様に。

  二人からほとばしる生命の流れはその中央で交差するとそのまま渦巻く様に丸まっていく。

  まるで一対の玉の様に生命の流れが形作られていく中で、少しづつその中心に何かが姿を表している。

  それらは少しづつ大きくなっていく。

  はっきりとは見えないがただの大きな玉からその形を変え、身体を丸めた人間の姿へとその輪郭を整えていく。

  それを見届けながらルジャーとムールは改めて互いを確かめ合う様に見つめ合う。

  いつの間にかその身には二人の生きる世界における気高き者達の衣装がまとわれていた。

  「行こう、ムール」

  「行きましょう、ルジャー」

  そして、二人の気高き虎人は文字通り何処へとなく旅立って行った。

  未知の世界ー一度は途切れた二人の数奇かつ壮大な物語の世界へと。

  そこがどこなのか、どのように向かっていくのかはわからない。

  ただ言えるのはそのたどり着いた先は二人、そして少なからずの者達にとっての希望ある「現実」であったと言う事である。

  そして、主の消えたその部屋の中で、二つの生命を宿した一対の玉だけがかすかなひかり放ちながら静かに浮かんでいた。

  [newpage]

  どれだけ時間が経ったのか。いや、経ってさえいないのか。

  雨の降り続く音が聞こえてくる洞窟の入口。

  その先でキヨミとレイカは静かに横たわっていた。

  雨宿りのついでの戯れだったのか、あちこちに二人のものであろう衣服が干す様に置かれている。

  そして、一糸まとわぬ素肌を動かしながら二人は心地よい寝息を立てていた。

  そんな中、レイカの寝息に変化が起きる。

  「んん……」

  やや気だるそうに身を震わせ、ゆっくりとその目を開く。

  外では雨が降り注ぐ中、ひんやりとした洞窟の空気が素肌に覚醒の刺激をもたらす。

  「やだ……わたし寝てた……あんな事してたらダウンしてもおかしくないけど……」

  果てて眠りにつく程繰り返した「行為」の記憶を思い返すうちにレイカはそのなめらかな素肌を抱きしめる。

  再び身体が火照り、自身の奥が熱くなるのを感じられる。

  そのまま手を延ばそうとした時、隣に眠っている相手の事を思い出す。

  「―キヨミ、起きて、起きてよ……」

  軽くその身体を揺さぶる。

  「……んん……何だよ……」

  そう言いながらおぼろげに目を覚ましたキヨミはそのままレイカを抱き寄せる。

  キヨミの手がレイカの背中を抱きしめ、そこから片手がつるんとしたでん部をなでる。

  「きゃっ!」

  幾度となく抱きしめられたそれなりにガッチリとした腕。

  むりやり顔を埋め込まれたそれなりにしっかりとした胸板。

  眠りにつくまでのひと時の間に感じつくしたキヨミのー男の体の感触が再びレイカの素肌にしみ込んでいく。

  「もう……」

  お返しとばかり手を伸ばし、レイカが果てるまでその身で受け止め続けたキヨミの熱くたぎる「自身」をそっと握る。

  「清巳ったら……」

  「玲香……」

  いつの間にか心身ともに昂っていた二人はそのまま体を重ねる。

  幾度となく受け入れた清巳のそれが再び玲香によって導かれ、玲香を内側から温める。

  清巳もまた導かれた玲香の奥からにじむ温もりをそこから全身に伝えていた。

  そして洞窟に再び男女の咆哮がこだまする。

  「そう言えば妙な夢見てた気がする。おれが銀色の虎になってる夢さ」

  「清巳も?わたしもおんなじ夢見てた」

  ひとまず事が終わり、寄り添いながら休む中二人は互いに見ていた夢の話で盛り上がる。

  自分が銀色の虎となってつがいらしいもう一頭の虎と睦まじく寄り添う夢。

  夢と言うには妙に実感と説得力を伴う奇妙な夢であった。

  「もしかして、いや間違いなくその虎、わたしだよ。そして清巳は……」

  「玲香の夢に出ていた虎、って事か?でも、その虎がおれ達の前世ってのもありと言えばあり、かもな」

  「わたし達、わたし達になる前から一緒だったんだってなんだかロマンチックな気がする」

  「まあ―おれが女だったなんて夢を見るよりはまだ納得行くな」

  「ホント。どの口がそう言うかなってね」

  「こいつ」

  そう言い合いながら清巳と玲香は身を寄せ合う。

  [newpage]

  雨はいつの間にか上がっていた。

  そして二人は久しぶりに衣服を身に着け外に出る。

  「なんだか一日中寝てた気がするな」

  「でもそんなに時間はたってない気もするし。それだけ……だったんじゃない?」

  「じゃあ帰ったらまた虎みたいに吠えあってみるか?」

  「―機会が、あったらね」

  そんなやり取りをしながら一組の男女は洞窟を後にし、自分達の日常へと帰っていく。

  その後、二人がめでたく結ばれたかどうかはわからないがとりあえず「幸せ」だったのは間違いない。

  深く愛しあい共に歩み続けた二人の気高き虎人に導かれた者達として……。

  了