とある場所にある女性限定のリラクゼーションサロン。
マッサージやアロマ・サウナなど色々な形で訪れた女性達の心身に一時の癒やしと活力を与えている。
しかし、このサロンはもう一つ「特別な」会員限定のリラクゼーションコースを設けている。
色々な条件をクリアし、何よりその存在を公言しない事を最大の条件とする事を承諾できた会員だけが利用できる秘密のリラクゼーションコース。
今日もある会員がそのコースの門をくぐろうとしていた。
静かにサロンの店内に入った若い女性。
カウンターでしばしコースメニューを眺めていたが不意にクスリと微笑むと静かにフロアの通路を歩き出す。
しかしその行き先は利用者用更衣室とは逆の方向、一見行き止まりにも見える壁のある方向だった。
その壁には犬のイラストが描かれた大きな額縁入りのポスターが貼られている。
女性は一枚のカードを取り出す。
一見するまでもなくそれはこのサロンの会員証なのだがそのカードがこの「特別コース」の利用者証でもある事は当人とサロンスタッフでも一部しか知らない話である。
そのカードを額縁の横に目立たない様に据え付けられているカードリーダーに通すとカチリと言う音が鳴り、額縁に見立てられた隠し扉のロックが開いた。
女性は静かにその扉を開けるとそっとその中に入っていく。
それを見送る様に扉はそっと閉まり、カチリと言う音と共に再び元の額縁入りのポスターに戻る。
扉の奥にあったのは外と余り変わらない様な通路、そしてその先の壁には複数の扉がある。
ドアノブの幾つかには使用中を示す表示がされているが女性はその中から空きの表示がされている扉の一つの前に立ち、再びカードをドアノブ据え付けのカードリーダーに通す。
カチリと言う音が響いた時、女性はなぜか体の内側がキュンとなるのを感じた。
この扉の先にあるものが女性の中の何かを刺激しているのは間違いない。
彼女はかすかな官能を鎮めながら扉をくぐった。
その向こうにあったものは―
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シンプルな作りの小さな部屋。
入り口から右手には簡易な洗面設備と荷物入れとおぼしき小さなロッカー。
そのロッカーの扉にはよくある「女性用」のマークが貼られている。
左手にはシャワー室のマークが小さく掲げられた扉がある。
率直に言えばちょっとしたコインシャワー室の様な部屋がそこにあった。
ただ一つ違うとすればシャワー室側、その扉からちょうど真横に当たる位置にまた異なる扉がある。
どうやらここがこのコースの「仕度室」のようである。
背中から入り口の扉が閉まりロックがかかる音が聞こえる。
それは自分の中の枷が外れた音にも感じられた。
女性は足早にロッカー側に足を運ぶといそいそと服を脱ぎはじめる。
いそいそと、わくわくと。
ただすべてを脱ぐだけの行為が嬉しさを伴って行われる。
そして衣服をロッカーにしまい据え付けの鏡にその姿を映し出す。
全てを脱ぎ捨てた女性の顔かたち、肌や体のラインはそれなりに整っている。
女性からすれば見慣れた自分の姿なのだが、その目はほんのり潤んでいる。
顔も改めてほんのり赤くなっている。
これからこの部屋の先で起きる事、行う事への期待からなのだろうか。
そして、軽く微笑むとそっと身をかがめる。
洗面場の下に犬を模したマークのついた小さなロッカーがその視線の先に入る。
迷う事なくそのロッカーを開けた中には―そこに納まるべきものが納まっていた。
それを手にとって再び立ち上がった女性はその姿を、その手触りをしばし確かめる。
その行為だけでも女性にはちょっとした恍惚を感じさせるものがあったが、あえてそれを振り払う。
あたかも水に濡れた犬が全身を震わせ水気を振り払うかの様に。
そして、静かにその物体を広げると自分の顔に、頭にズボリと被せる。
ほんのり上気していた自分の顔、肌、髪―全てが覆い被されぴっちりと引き締まる感覚がここちいい。
その姿を確かめるのも惜しむ様に、女性はその先の扉―自分が向かうべき場所への扉を開け、その中に歩み出していった。
その先にあったもの、それは―。
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青々とした芝生に敷き詰められた空間がそこにあった。
厳重に目張りされた壁に囲まれてこそいるがその広さは全力で走り回るには申し分ない。
また、ただ広いだけではなく要所には定間隔に置かれたハードルやスラロームポール、昇降のための傾斜付きの平均台などの設備が置かれている。
他にもちょっと緩やかな傾斜のついた小さな丘のあたりには数人で座れるベンチなどの休憩施設もある。
ドッグラン―その存在を知る人ならまぎれもなくそう連想するだろう。
飼い主の観察越し、そして場内のルールの範囲でという制約こそあるものの犬達が思いのままに走り回る事ができる施設。
そしてここにも数匹の犬達が思いのまま走り回り、時にはゆったりとその身を草むらに横たえている。
ただ、そこにいる犬達は「犬であって犬ではなかった」。
確かその顔はまぎれもなく多種多様な犬そのものだった。
しかし、そのマズルからは呼吸音や軽い声は聞こえるが本来あるべき口の動きは全く見えない。
頭頂に伸びる一対の耳もピンと立っていたり軽く垂れたりと固有の形状はしているがただそれだけである。
しいて言えば犬の顔の形をしたオブジェ、精巧な作り物と言えよう。
その顔から下、その体は……。
尻尾どころか毛並みもほとんどないむき出しの肌。
本来の犬の四肢からすればまっすぐに近い長い四肢。
後足は四足よりも二足歩行に向いた形をしており前足の先の指も細く長い。
個体差こそあるがみなそれなりに柔らかく形のいい胸と腰のラインを有している体形がその一同がすべてメスである事を示している。
ただ―その姿は犬のメスではなくどちらかと言えば人間のメス―全裸の女性のものに近い。
犬の頭部に全裸の女性の体を持つその存在達。
身もふたもない事を言えばただ全裸に精巧な犬のマスクをかぶっただけの人間の女性達でしかない。
だが、その姿はあまりにも生々しく、それでいて美しい。
全裸の女性が走り回ったりくつろいでいる何気ない仕草が犬の顔で行う事によりどこか異様な存在の営みに感じられる。
精巧に作られているとは言え無機物であるはずの犬のマスクがそれをかぶる女性達によってあたかも本物の犬の頭部である様な生命の動きを放っている。
それがこのドッグラン―いや、このサロンの「秘密のリラクゼーションコース」の利用者達の姿なのだ。
そして、先程人としての装束を脱ぎ、裸のままこのフロアの門をくぐった女性もまた―。
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ここちよい外気と陽気が肌をほてらせ、軽く引き締める感覚に一瞬きゅんとなるものを感じながら女性は大きく伸びをする。
一見無表情な犬のマスクに顔、そして頭全体を隠されてはいるがその中では軽く恍惚に酔いながらのびやかな表情を浮かべている。
固く閉ざされているマズルの中で深く、大きく息をしながら女性は草むらに降りる。
素足を包む草むらの感覚は少しチクチクとしながらも心地よい。
犬のマスク越しとは言え日差しと外気の中を奇異や禁忌の目を気にする事なく全裸で歩くと言う行為は女性にとってたまらない位の解放感をもたらしていた。
このまま、この姿のままずっと歩いていたい。
そう思う事はここで過ごす時の女性のごく当たり前の認識となっている。
ふとベンチに腰かけていた「犬」達が女性を見かけて声をかける。
どうやらこのコースでの顔なじみらしい。
女性もそっと手を上げてそれに応える。
少しおしゃべりはしたいが今の女性の気分としてはまずは少し体を動かしたかった。
ベンチの「犬」達に軽く会釈をすると女性は広間の方に目を向ける。
壁に囲まれてはいるがちょっと走り込みを楽しむには十分な空間。
軽く足踏みをしながら呼吸を整える。
その度にあらわになっている一対の胸のふくらみが上下に揺れる。
無表情な犬の顔の下で女性の人としての顔が不思議な高まりに満ちている。
その心と体の動きが重なり合い、一つのピークに達した時―彼女は思い切り駆け出した。
後足で草むらを踏みしめ、思い切り踏み出す。
その度に尾こそないものの体と両足をつなぐ腰のラインがしっかりと揺れる。
前足はそれに呼応するように大きく前後に振られながら走り続ける体の均衡を保つ。
その度に前足に挟まれた胸が揺れる。
形こそ犬の顔をした人のままだが、その動きは走れば走るほど犬のそれに近くなる。
顔以外の全身が直接すべてを感じる中で女性は自分の顔が犬のマスクと一つになる様な錯覚を感じていた。
実際に走っている自分はあくまでも人間、しかしその感覚は前後の足を交互に、そして的確に踏み出しながら疾走する犬―。
そんな想像の中で女性はより強く、高い興奮と快感に浸っていた。
いわゆるランナーズハイと言うものだろうか。
人でありながら人でない存在に自らを置いている事でその興奮は何倍にもなって彼女を高ぶらせる。
ふと横に視線を向けると何人かの「犬」が女性の左右を並走していた。
中にはさきほど声をかけていた「犬」も何人かいる。
それを認知した事で女性の疾走は単独の走り込みから複数の走り合いに変わる。
時に全力の競争になるかと思えば時に軽くじゃれ合うかのような感じで走り合う。
飽き足らずハードルを飛び越え、スラロームポールをすりぬけ、平均台を渡りながら女性達は心行くまで走り合い、遊び回る。
まるで無邪気な子供たちが遊びまわるかのように。
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体感してどれだけの時間がたったのだろうか。
走り回り遊びまわった女性達はベンチのあるあたりに集まりその身を寛がせている。
ベンチにちょこんと座る者もいればあくまでも「犬」らしく草むらに座り込む者もいる。
女性はと言えば―その体をべたりと草むらにそわせうつ伏せになっていた。
こうして体を地面に沿わせていると自分がさらに解き放たれているような気分になる。
女性にとってこれもまたこの場所での楽しみの一つであった。
思い思いにくつろぎながら始まるたわいもない世間話。
その人間的な話題の一つ一つに犬頭人身の姿で一喜一憂する。
余談だがここに集う「犬」達は基本的には互いに素顔も本名も知らないし明かしてはならない。
会話にしてもマスクごしの仕掛けらしきものによりたとえ知人が聞いても別人に聞こえるような声にしか聞こえない。
その中でも彼女達は自分達の素性を隠しながらも素顔を明かしてのそれ以上に思う存分語り合っている。
時にはかなりきわどく、彼女達の性的衝動を刺激するような話題も出てしまう時もある。
女性も無表情な犬の顔の中でおののいたり、ほんのりと酔う事もしばしばあった。
もっともこのコースのマナーの中にはフロア内での性的行動の禁止も入っている。
通常のドッグランのマナーでもありこのコースがあくまでも一般で言えば女性用の浴場とかの延長にあるという意味合いもあるのだろう。
ただ、やはり犬面の裸女となり隔離されているとは言え外界で過ごすと言う行動に恍惚と高揚のあまりひとりでに「達する」者も少なくはなくその辺りは「暗黙の了解」になっているかはさだかではない。
どちらにしてもその解放感こそがこのドッグラン―に似せたリラクゼーションの要なのは事実である。
犬の顔に身をやつして身も心もあらわにして駆け回る女性達―その感覚は味わった者にしかわからないだろう。
そうこうするうちに女性はゆるやかに這わせていた体を草むらからゆっくりと起こす。
ちょうど両ひざと両手を草むらについた所で大きく伸びをしながらより大きな声で鳴く。
犬の様に、本当の犬になった様に。
それはまぎれもなく感極まった喜びの声なのか。
余韻に浸りながら女性は両足で立ち上がると名残惜しそうに他の「犬」達に別れを告げその場を後にする。
彼女と入れ違う様にまた一人新しい「犬」が入ってくる。
まだこのコースを利用し始めて間もないのだろうか、少々おっかなびっくりと言うか恥じらいのある仕草を見せながらその「犬」は歩いて行った。
それを軽く見送りながら女性は自分が出てきた扉の前に立つとそっと手をかける。
かちりとロックの開く音が鳴り、女性はその中に消えていった。
静かに扉が閉まり、再びロックのかかる音とともに。
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部屋に戻ると女性はしばし鏡に映る犬頭の裸女を見つめていたが名残惜しそうにその顔に手をかけ、少しもたつきながらその顔を外す。
その中から現れた女性自身の素顔、火照った頬とうるんだ瞳が今回のコース利用も満足できるものだった事を再確認させる。
そして女性は外した犬のマスクを改めて手に取り、軽くキスをすると犬のマークのついたロッカーを開け、マスクが置いてあった場所の下にあった隠し扉の中にそっとマスクをしまう。
その先でマスクは改めて洗浄やメンテを受けてまた彼女の「顔」となる時を待つ。
女性はロッカーを閉じるとその足でシャワー室に向かう。
そこはシャワーだけでなくよりゆったりと湯を使いたいと言う利用者のために小型のユニットバスも設置されている。
これは一説にはフロア内での禁忌に対する「処理」も兼ねる裏技とも言われているがこれもさだかではない。
それでなくとも利用者の中にはあえて犬面のままシャワーを浴びてその中、あるいはそのあとでマスクを脱ぐ者もいるのは事実なのだ。
そんなこんなでサロンの表側、壁に掲げられた大きな額縁が開き中から満足した顔の女性が現れる。
大きく伸びをしながら穏やかに息を吐くと女性は閉じ行く額縁に見送られながらサロンをあとにする。
ここは女性達が心身の癒しを求めて集うリラクゼーションサロン。
その中に「人である事を休みながら」心身を癒す秘密のコースがある事を知る者は少ない。
しかし、それを知る者達はまたそこを訪れる。
犬の顔に身をやつし全てを脱ぎ捨て解き放つ癒しと活力を得る為に……。
了