「ああー……やっぱり、満室ですか。キャンセルは? やっぱり、ない。そうですよねえ……」
気弱そうな狼の青年——月下 涼(つきした りょう)は、ホテルの受付の前にて力無く笑う。
お盆休みを利用したひとり旅。
その帰りの新幹線に、台風予報の進路が直撃したのだ。
さりとて予報が出たのは、つい二日前のこと。
この時期になるとキャンセル料100%ということもあって、旅行を強行したのだが……月下青年はその決断を後悔しつつあった。
ビジネスホテルのガラス張りのドアから見える外の景色には、雨こそまだ降っていないが、びゅうびゅうと不穏な強さを孕んだ風が灰色の雲が蓋をする街を恐ろしげに吹き抜けている。
選択肢は三つ。
ひとつ、空いてるホテルを探して足を棒にして歩く。
ふたつ、キャンセルが出ることを当てこんでここで待つ。
みっつ、駅でベンチを見つけて翌朝まで野宿。
(うん、ここは駅だな)
旅疲れしたこの体では野外泊は辛いが、そうも言ってられない。
雨が降り出す前に駅に戻って、ベンチを確保しないと。
焦りを滲ませる瞳を外に向け、リュックの肩紐をよいしょと背負い直したところで、第四の選択肢が与えられることになる。
「すみません。少し、よろしいですか?」
「はい?」
控え目で柔和な低い声に呼ばれて振り向くと、そこにはスーツ姿にメガネをかけた白熊の男性。白熊というのは標準体型でも太いものだが、その中でも彼は肥満体で、ぷくぷくとお腹だけでなく、ほっぺたも膨らんでいるせいでメガネの奥の目は糸のように細長くなっている。
ホテルの従業員かと一瞬思ったが、ガラガラと音をたてるキャリーケースを引きずっているので客の方。服装も合わせれば、盆休みも健気に働く出張サラリーマンといった感じだろうか。
「申し遅れました。私、こういう者です」
腰低くお辞儀をしながら差し出された、一枚の名刺。
そこには、真白 久間(ましろ きゅうま)と彼の名前と思しき文字列が。
「は、はあ……ご丁寧にどうも」
礼儀というのは恐ろしいもので、見ず知らずのおじさん相手であってもここまで丁寧に接っしてもらえると、臆病な性分の月下の警戒感も若干下がる。
ヘタクソなお辞儀をヘコヘコと返しながら、名刺を受け取り詳細を読み取ると、そこにはテレビCMで見かける有名飲料メーカー、ポーラビバレッジと社名があり、続いて営業一課 課長と、彼の社内ポジションを示す情報が続く。
情報といえばもう一つ。
名刺を差し出す白熊の左手の太い薬指には銀色に輝く指輪がはめられている。
(うわあ……しっかりしたヒトだ……)
正直言えば、月下はこういうちゃんとした人生を送ってるおじさんが怖い。
月下自身は、引っ込み思案が祟って面接で落ちまくって就活失敗した非正規社員。おまけにホモ。まともな就職も結婚もしないフラフラとした若者にとっては、ちゃんとしたオトナの視線は痛いものだ。
「ホテルの部屋、探してるのですよね? ほら、台風近づいてますから」
「ええ、まあ……」
話の流れがまったく読めない月下は、ここにきてようやく警戒感を取り戻す。
なんか変なセミナーとか高額商品とか買わされそうになったら一目散に逃げられるよう、足元に力を入れる。
そんな、狼の警戒を知ってか知らずか、白熊の言葉はあくまで丁寧で滞りがない。
「実は私、セミダブルの部屋を取ってまして」
「はあ……」
「二人まで泊まれるようですので、お困りのようでしたら相部屋、いかがです?」
「ふぁ?!」
あまりにも予想外な提案だったので素っ頓狂な声が出てしまう。
「すみませんねえ。変なコト言ってしまって。割り勘したら宿代が安くすむかなって思って」
あはは、と柔和な笑みを浮かべながら頭をかく白熊、いや真白に月下の警戒感がまたもや下がる。
お金の節約。
なるほど、単なる思いやりではなく、あちらにもそういったメリットがあるのであれば、対等な取引というもので、そこまで警戒しなくても良いのかもしれない。
それに、空いてるかどうかもわからない駅の硬いベンチで夜を明かすのよりはだいぶマシだ。
そしてもう一つ。真白の容姿は月下の好みであった。
「そうですか? じゃあ……お願いします。えっと、僕の名前は月下 涼です」
初対面のおじさん白熊の提案を飲み、名前まで明かした狼の青年を見下ろしながら、真白のメガネの奥の糸目が嬉しそうにアーチを描いた。
「じゃあ、台風来る前にコンビニ寄ってこうか」
ひとつしかないダブルベッドにぎょっとしながらも、平静を装って荷物を置いた月下は、真白の後をついてコンビニに向かった。
ホテルのすぐ裏手にコンビニがある。かなり便利な立地だが、ここまでくると商業的にグルなのだろうと月下は思う。
簡素な電子音に迎えられたふたりは。
「じゃあ買い物終わったら合流しましょうね」
「はいっ」
と、一時解散。
月下は、プラスチックのカゴを取って商品を物色しだす。
必要なのは今夜の夕食と明日の朝食。
不必要なのは、夜食とおやつ。
嵐の前の不思議な高揚感から、必要なのも不必要なのも思わず余計に買ってしまう。
ツナマヨおにぎりにシャケおにぎり、塩味のカップラーメン、コンソメ味のポテトチップス、ソーセージ入りの菓子パン……
「えっと、他に必要なものは……」
何気なく商品棚を見回したところで、狼はぎょっとする。
彼の視線の先にあったのは、コンドーム。
いや、ここホテル街だしそういうものがあるのは当然で、そもそも感染症予防と避妊のための大事な健康用品でまったくイヤらしいものではないのだが、月下はひどく動揺してしまう。
「月下くん、買い物終わった?」
「ひゃいっ! あとはレジ通すだけっす!」
毛を逆立たせ、肩を跳ね上げて驚いた月下は、コンドームから視線を外して真っ先にレジに向かっていく。
あまりに動揺していたせいで、真白の口調がややなれなれしいものになってたことにも気づかず。
買い出しを終えて、ホテルの部屋に戻る。
荷物を置いた時には見逃していた、部屋の様子もこれでようやく把握できるというものだ。
広さはビジネスホテルということもあって必要最低限。
値段相応だし、素泊まりで寝るだけならこれで十分。
掃除も行き届いていて、トイレもお風呂もキレイだ。
このビジホチェーンは全国展開していて、その資金力の甲斐もあってかテレビにはいくつかの映画コンテンツが無料でついている。
あえて、文句を差し挟むとすれば、本棚に置いてある本の題名が「真実の歴史—自虐史観から脱するには—」とか「日本人の誇り」とかいったやたら右に傾いた思想なくらいか。
「こんなおじさんと一緒じゃ難しいかもだけど、くつろいじゃってね、月下くん」
「うっす」
気安いしゃべり方に釣られるようにして、月下の方も態度が崩れていく。
まるで、それなりに長い付き合いの友人であるかのように。
「ふあー……汗だくだあ……今年の夏は暑いよねえ」
「40度とかなってますもんね。白熊さんにはキツいんじゃないですか?」
「まあねえ。あんま汗臭いと月下くんに悪いし、先、お風呂入っちゃって良いかな?」
「いっすよ」
割り勘とはいえこの部屋の主は元々真白だ。
一番風呂の権利を白熊に譲ることに狼は異論が無い。
「うあー……バス、トイレ一緒だあ。脱衣所ないからここで脱いじゃって良い?」
バスルームを覗き込んだ真白の声に。
「大丈夫っす」
と月下は平静を装って答えた。
「ごめんねえ。おじさんの裸なんて見たくないよね」
「うーんと……男同士だし、どうってことないんじゃないすか?」
「そう言ってくれると助かるよお」
しゅるしゅるとネクタイを緩める真白を横目に、月下はスマホに目を落とす。
やはり平静を装って。
SNSに埋没する今時の若者めいた態度の薄皮一枚の下は、
(ハダカ、ハダカ! ノンケ白熊糸目デブのハダカ!)
老け専なうえにデブ専なホモの欲望が渦を巻く。
汗が分厚い体に張り付く窮屈なワイシャツのボタンが、ひとつ、ひとつ、太い指によって外されていく。
早鐘を打つ胸を押さえながら、スマホを見ているフリをしながら横目で真白の肉体を盗み見る。
「ふう……」
窮屈に締め付けるワイシャツから解き放たれた贅肉がぽよんと波打ちながら露出する。雪のように白い毛は汗に濡れてべっとりと胴体に張り付いて、段になって膨らんだ胸部と雪玉のようにまんまるなお腹のシルエットをやたらと強調していた。
そのまま真白は無造作にワイシャツを椅子の背もたれにかける。
ノンケ特有の自らの裸体の性的な価値に無頓着なその様子にひどく欲情しながら視線で犯していると、カチャカチャと金属音をたてながら真白のズボンが脱衣されていく。
一番外側の穴に通された留め具を外し、温厚そうなイメージとは裏腹に一息で下ろされたズボン。
「うわあ……」
思わず感嘆の声を漏らしてしまう狼の視線の先には、夜の闇のような漆黒のビキニパンツ。
温厚そうな外見のイメージからてっきり、ダボダボトランクスをはいているとばっかり思っていたから、大きなお尻にぴっちりと張り付く必要最低限のセクシーな布地は鮮烈なギャップとなって目に飛び込んでくる。
横からのアングルでこぼれる豊満な尻肉。
大胆に切れ上がったハイレグ部位は男らしくもっこりと盛り上がっていた。
「あっすいません。ジロジロ見ちゃって……なんというか、その……かっこいいですね」
「ああ、コレ? 動きやすいから私は気に入ってるんだけど、なぜか嫁さんと娘は嫌がるんだよねえ。なんでだろ?」
あははと人の良さそうな笑みを浮かべる白熊だが、その姿はセクシーな黒ビキニ一丁。そのちぐはぐさが、狼の心をこの上なく掻き乱す。
目をかっとあけて、心のフィルムに肉がしとどな半裸体を焼き付ける。
そうこうしているうちに、真白はヒモみたいに細くなったビキニのサイド部に指をかける。
さすがに、パンツの中身まで目に入れてしまったら理性が吹き飛ぶ。
月下は慌てて、背を向けてスマホに目を落とした。
背中の向こうには、真白の陰部が何一つ隠されることなく晒されていると思うと、
(ちんこ! ちんこ! ちんこ見たい!)
焦れに焦れて、背中が熱くなるほどに渇望してしまう。
そのうち、パタンとドアが開閉される音としゃあっとシャワーの水が流れる音が耳に飛び込んできて、なんとか性欲を抑えることができたことがわかった。
真白がシャワーを浴びてる間、月下の脳はフル回転する。
(いやいやなにあの黒ビキニ! あんなちっちゃいパンツはいてるとか完全ホモでしょ? でも結婚指輪してるし、娘もいるみたいだし……ってことはバイ? だったら僕にも)
ワンチャンある?
(ってかヤレる?)
精子脳丸出しの思考が導き出したこの上なく厄介な欲望が汚らしく、狼の心に大きなシミを残す。
妻子持ちの男に不倫させるという、極めて不道徳な状況も、月下的には行為を思いとどまらせる要素ではなく、より性的な興奮を高めるスパイスだ。
この狼、小心ゆえに社会秩序を守っているように見えて、その実、良心が希薄で機会さえあればいくらでも逸脱する。そういった精神性の持ち主なのだ。
「シャワー終わったよー」
「ひゃい!」
不浄な思考は真白の一言で断ち切られる。
ごそごそと、ホテル備え付けのバスローブを体に巻いていく真白の背中を盗み見れば、ちっちゃな黒ビキニから溢れんばかりの大きなお尻が目に刺さる。
どうやら、真白はバスローブはパンツをはく派らしい。
こうして月下がひとつ、有益な情報を得たところで。
「月くんもシャワー浴びちゃいなよ。暑かったし、汗流したいでしょ?」
「え!? ああ、そうですね! 僕は恥ずかしいからトイレで着替えますね!」
「遠慮しなくていいのにー」
鷹揚に笑う真白の声をバストイレスペースのドを閉めてで打ち切り、月下は鍵を内側からかけた。
部屋で服を脱いだら、ヤバいパンツはいてる上に勃起してるのが丸わかり。
真白が男もイケるタイプなのかは確率半々だが、どノンケの可能性も十分ある。
雨が強く窓を打ち始める不穏な空の下に叩き出されるのはごめんだ。
とにかく、安全に。安全策だ。
すっかり元気になってしまった愚息に冷たいシャワーを当てて、なんとか萎えさせながら月下は必死で自分の欲情を抑えるのであった。
(そういえば、僕のこと『月くん』って呼んでたな。いきなりあだ名呼びとか距離の詰め方えぐいなあ……)
などと思いながら。
『日本列島を直撃した台風は、関東地方を暴風域に巻き込んで北上中。今夜いっぱいの警戒が必要です。新幹線は終日運休。明日には復旧の見込みで……』
テレビの天気予報を垂れ流しながら、ベッドに腰かけてコンビニ飯をかっこむ。
備え付けの電気ケトルのお湯で作った塩味のインスタント麺。
その透き通ったしょっぱいスープを相方にして、さっぱりとしたおにぎりの白飯部分を流し込むのが月下は好きだった。
横を見れば、椅子にドカッと重そうな体を預けて深く座る真白が、テーブルの上に広げたカップ酒とかきのタネとピーナッツで一杯やっている。
部屋には、ラーメンのスープをすする音と、かきのタネが噛み砕かれる高い音、そして微妙なテンションの地方ノリのCM音声だけ。
お互いに話のタネをなくして、それぞれ無言でソロ時間を楽しんでいる。
沈黙ではあるが、不思議と居心地の良い沈黙だ。
それは、相手が真白だからだろうか。
とにもかくにも、月下にとっては悪くない時間であった。
「じゃあそろそろ寝よっか。ごめんねえ、私太ってるから横幅だいぶ取っちゃって」
「いや、良いっすよ。僕、置いてもらってる立場なんで端っこで」
夜も深まり日付が変わる頃。
旅の疲れも手伝って、肉体が本格的に休息を求めだす。
ふたりともバスローブ姿で、ベッドに潜り込んで、疲れた体を横たえる。
「消すよお」
真白が枕元のスイッチを操作すると、部屋の照明が落ちる。
が、完全に真っ暗というわけでもなく、読書灯の明かりがほんのりと灯っており、寝るのにもトイレに立つのにも不便のない薄明かりといった感じだ。
「おやすみー」
「おやすみなさーい」
ああやっぱりノンケだったか、と小さく落胆しながら月下は目を閉じた。
閉じた……のだが。
「ねえ。月くんは週に何回抜いてるの?」
真白のぶしつけな問いに意識は急激に覚醒する。
「ええー? 真白さんそんな事言うタイプだったんですかあ?」
目を閉じながら苦笑してる風を装いながら、月下は相手の出方を探る。
「良いじゃない。こういうの修学旅行以来でさあ。やってみたかったんだよね」
「もー……聞いといて引かないで下さいよねえ……七回」
「わー、若いなあ。体力あるんだねえ。羨ましいよ」
「相手いなきゃ無駄打ちしてるだけっスよお。真白さんは、奥さんとどうなんです?」
「あー、全然ダメ。子どもできてからはそういう相手だと見れないね。お互いに」
なるほど、嫁とはセックスレスか。もしかしてだけど、ホモ隠しのための偽装結婚か?
月下は脳内でそろばんを弾く。
月下の年代では、わざわざホモを隠すためだけに無関係の女性や子どもの人生を巻き込むことまでは考えない。
だが、真白の年代ではホモに対する偏見が強いのだろう。偽装結婚をしなければ、まともな社会生活、それこそ一流企業で課長にまで出世することはできないほどに。
ここまで来ると、善悪の問題ではなく人生にどこまで本気で取り組んだかのレベルで、月下的には良い悪いで断罪するような事ではないように思えた。
まあ、この狼は割と良心が希薄な所があるからそのせいもあるのかもしれないが。
「じゃあ、どうやって処理してるんです? オカズとか?」
「ポルノネット」
真白の答えは大手インターネットポルノサイト。
男女モノは当然としてホモもレズも網羅した性の百貨店だ。
「それ! 僕も使ってます!」
ゲイカテゴリ専だということを隠したまま、月下は思わぬところで出た共通点にをあげつらう。
「そうなんだ! どんなタグ使ってるの? 私はyoung little slimとかだけど」
「真白さんロリコンですかあ? 僕はelder chubby bigですけど」
「熟女系かあ。若いとそうなっちゃうのかなあ」
深夜のアドレナリンに任せた猥談は予想外に盛り上がり、他人行儀だったふたりの距離がグッと近づく。
やはり、男同士の親睦にはエロトークが一番なのだ。
とはいえ、何事も限度というものがある。
「早く寝ないと起きれなくなっちゃう。10時過ぎたら割り増しだからねえ」
「そっすね。おやすみっす」
真白が読書灯の明度を更に下げるのを終了の合図として、彼らの猥談は幕を閉じた。
セミダブルのベッドに男ふたり横並びになって、目を閉じて睡魔に身を任せる。
落下感に似た睡眠導入の感触の最中、それは訪れた。
(ん……当たってる?)
月下の左足に、真白の右足がちょんと当たっている。
仕切りの無いセミダブルベッドならば、当然ありえるトラブル。
月下が身を引けば、なんてことのない事象だ。
寝返りに合わせて真白に背中を向けながら外側に移動した月下だが、それに追い打ちをかけるように真白の脚が追いかけてきて、さっきまでよりより広い面積でぴとっと押し当てられてしまう。
(真白さん、寝相が悪いタイプなのかな?)
とはいえ困った。
もうベッドの内側ギリギリで逃げられるスペースは無い。
これ以上は床に落ちてしまう。
そのうち反対側に寝返りを打って、スペース問題が解決することを祈っていた月下だが。
「うーん……」
よりにもよって、真白はこちら側に寝返りを打つ。
痩せた背中を乗り越えて、もたれかかってくる太い腕。
だらりと垂れ下がった白い毛むくじゃらの手は、黒い肉球がほのかに香らせながら、薄い胸板に力無く垂れ下がる。
(これは……誘ってる? それとも寝相?)
もう寝てなんかいられなくって、ギンギンに覚醒した月下はまたしても脳をフル回転させる。
手を出して良いのか、真白はどういうつもりなのか?
『セックスしても良いですか?』
なんて、ストレートに聞くわけにもいかない。
そういった悪い意味で奥ゆかしく日本的なコミュニケーション手法として、月下は
「…………」
両手を胸元まで上げて、真白の大きな手のひらに沿わせる。
(手を握ってきたらオーケーのサイン……手を握ってきたらオーケーサイン……)
早鐘を打つ胸と勃起した息子に翻弄されながらも、手に意識を集中する。
背中に感じる白熊の高い体温と、荒い寝息が狼の心を乱した。
永遠に似た時間ののち、果たして……月下の小さな手はぎゅうっと強く握られた。
それを合図に、真白の方に寝返りを打てば、白熊のスケベそうな笑顔が眼前に飛び込む。
「えっと……これはオーケーということで?」
返事の代わりに、真白が股間をぎゅうっと握り込んで嫌らしく上下させてくる。
ここまであからさまであれば、もう言葉はいらない。
嵐の夜のホテルの一室にて、男ふたりの性的同意は静かに成った。
暴風に加速された雨粒が、ガラス窓をバチバチと叩く。
凶暴な風速が窓を揺らしているのも相まって、自然の気候の恐ろしさを建物の中の獣たちに教えている。
そんな環境の中で、獣が感じるのは何も恐怖だけではない。
どこか、遠足を心待ちにする子どもの心境にも似た興奮。
恐怖で身がすくんで、何も対応できなくなるのを防ぐ太古からの心の機能なのだろう。
疲れているはずなのに、目は不思議と冴えて、頭も不穏な熱に浮かされて……狼は目の前の白熊の肥えた体を一心にまさぐる。
運動してなくて、脂肪オンリーの真白の体。
ふんわり柔らかく盛り上がった胸部の頂点に色づく黒は、肉球と同じ色合い。
むっちりと膨らんだ大きなお腹は分厚い脂肪層に重なって毛皮をまとっており、その柔らかと保温性はとどまることを知らない。
一方の真白の大きな手も無遠慮に月下の痩せぎすな体を撫で回す。
少しでもホモモテしたくてつけられた筋肉が少ない脂肪に浮き上がる。
鍛えているとはいえ、体格差はすさまじく、体重をかけたら骨から瓦解しそうな儚さに、真白の口角が嗜虐的に歪む。
腹筋が割れた腹部をひと撫でして下半身へと手を突っ込めば。
「あれ。君、ケツワレはいてる?」
「えへへ……だからシャワーの時見られるわけにはいけなくて……」
「ふうん。エッチな子なんだね。月くんは」
バカにするように言葉でねぶると、真白はケツワレの尻紐を引っ張ってペチンと痩せた尻を打たせた。
「んん! んぐう!!」
月下の上体を起こさせると、真白はその太短い逸物を狼の若者にしゃぶらせた。
健気な狼の後頭部には壁が沿わされており、後ろ方向への逃げ道を塞ぐ。
「ほら、もっと強く。しゃぶって!」
そして、真白は容赦なく腰を突き出す。
イラマチオ。
初対面の相手にするにはいささかヤンチャすぎるプレイだ。
だが、普段温厚そうなおじさんが性欲丸出しで腰を自己中に振ってると思うと、月下的にはアガるものがある。
まあ、喉奥まで雄肉に突かれてだいぶ息苦しいのではあるが。
「ケツワレセックスって一回やってみたかったんだよねえ!!」
真白はジョグストラップをはいたままの月下の小さなお尻を、容赦なく掘った。
「んごぉ?!」
先走りの湿り気だけを潤滑にした無謀な挿入だったが、寂しい一人寝を慰める毎日のアナニーのおかげで、しっかりと太く短いのを咥えこめてしまい、淫乱な自分の体がありがたいやら、情けないやらで月下の心はさんざんに乱れる。
そして、余った贅肉を振り乱し、汗を飛び散らせながら、真白は猛然と腰を振る。
黒ビキニからズリ出した濡れた魔羅を、狼の若者に押し付けて腸壁をその太さで抉る。
寝バックで、痩せた背中に重いお腹を乗せて、ベッドに押し付けるように体重をかけて深く堀りこんでいく。
あまり品質の良くないベッドのスプリングがギッギッと嫌な音をたてて軋むが、嵐の音に紛れて、彼らには聞こえない。
尻に訪れるガツンとした異物感。
それは十分に興奮できるものだ。
だが、最もこの狼を欲情させたのは……ベッドに突っ伏す月下の左手を上から押さえこんで支配する真白の薬指に光るシルバーリングの冷たい感触であった。
妻子持ちとヤッてる背徳感を破廉恥にも性欲に変換して、月下は粗末なチンコの奥底からえげつなくサカッてオーガスムを得る。
「んごおおう……?!?!」
はいたままのケツワレの中に若いだけの精を履く。
メッシュ地から白濁は当然のように漏れ出して、シーツを不浄な白で汚す。
「くうっ! 締まる!!」
メスイキに合わせてスペースを狭くした内部に向かって、真白はトドメとばかりに腰をパンパンと強く打ち付けてゴリゴリと腰を寄せると。
「うう……はああっ! んっ!!」
息を詰まらせて、精をどぷんと吐いた。
溜まっていたのは性欲か、ストレスか。
それともその両方かはわからないが、とにかく中年に似合わない絶倫な液量を孕ませんばかりに尻に注ぎ込んでいく。
そうやって、男の放出を終えた真白は力尽きて、どさりと月下の背に体重を任せてしまう。
「重いい……」
息を切らせてもたれかかる真白から解放されたのは、それから少しばかりかかることになる。
『八時の天気予報です。一夜あけた関東地方では、一転して雲一つない晴れ模様。熱中症にはくれぐれも注意を……』
テレビの天気予報の言う通り、窓から見える景色は真夏の陽光に焦がされている。
道に転がった大きな木の枝が台風の爪痕を感じさせるが、それだけだ。
新幹線ももう運行しているらしい。
「おはよう」
「……おはようございます」
苦い朝だ。
一瞬の性欲の宴が終わった男に残るのは、理性だけ。
体を重ねた親密さが嘘みたいなよそよそしさで、おのおの身じたくをする。
精液で汚れたケツワレを、ビニール袋に詰めながら月下は息を物憂げに吐いた。
ワンナイをキめた高揚感は確かにある。
だが、それよりも真白と別れる寂しさの方が強い。
「どの時間の新幹線に乗りますか?」
「うーんどうしよう。もうちょっと時間後の方が列、すいてるかなあ?」
ああ、言いたいのはこんなことじゃない。
僕が本当に言いたいのは。
「またヤリません?」
そうだ、この言葉だ。
言ってしまってから、はっと月下は慌てて口を押さえる。
ひとりごとみたいなノリで、思わず口にしてしまったのだ。
それだけ、切実な本心ということだろうか。
ホモは後腐れのない関係を好む。特に、行きずりの男とセックスできてしまうような人種は特に。ああ、なんてことを言ってしまったんだ。絶対に断られる。
「いいよー。連絡先、交換しよっか」
「ふえ? あ、はい」
暗澹とした思いに沈む月下に対し、あっけらかんと真白は答える。
なんだか拍子抜けしてしまう。
いや、断られるのよりはだいぶマシなのだが。
真白は妻子持ちだ。なのに、罪悪感を感じさせず、飄々と男を抱く。
相当にワルな白熊さんだ。
だが、そんな所も素敵だと思ってしまう自分の良心の無さが恨めしい。
そうして、自己嫌悪する代わりに
「チェックアウトまで二時間ありますし、もう一回ヤリません? 久間さん」
「だね、涼くん」
この大きな白熊とセックスすることにした。
狼と白熊は台風一過の暑い夏空に負けないくらい、熱く体を交えていく。