AdAd
  
感情

  恵奈は、気づけば学校で孤立していたということを、純可に告げた。

  「……それが、学校に行きたくない理由?」

  「それもあるけど……行くのが本当に嫌になったのは……」

  純可は、恵奈が次に言葉を発するのを、黙って待った。

  「……お姉ちゃんと私を、比べるような、陰口……あと、お姉ちゃんへの、悪口……」

  恵奈は、我慢できずに泣き出した。純可は、恵奈を抱きしめる力を強くし、頭を撫でた。

  「毎日毎日嫌だった……比べられるのも……何も知らない人に、お姉ちゃんのこと悪く言われるのも……全部、全部嫌だ! もう聞くのが辛い! あんな所に行きたくない!!」

  叫ぶように言い終えると、恵奈は更に声を上げて泣いた。

  [newpage]

  「……話してくれて、ありがとう」

  純可はようやく恵奈が、抱えていた思いを、自分に吐き出してくれたことに安堵した。

  「……お姉ちゃん、気づいてたんだよね? お姉ちゃん自身も、悪口言われてることに……」

  「……うん。気づいてたし、何ならわざと聞こえるように言われたよ。善意で行ったことも、良い子ぶっててうざいとか、先生からの評価をあげようと必死だとか……まあ、一部の人からだけだし、流すけどね」

  純可は淡々と言う。

  「……嫌に、ならないの?」

  「嫌だよ。嫌だけど……私は何も間違ったことはしていないし、授業は受けたいし……それに、私のために言い返してくれる子もいる。だから学校自体は、好きだよ」

  純可の話を聞き、恵奈は自分の弱さと、申し訳なさを感じた。

  (私は、それでも駄目だった……)

  恵奈を守ってくれる人が、いなかったわけではないのだ。孤立している恵奈を、気にかけてくれている人もいたということを、恵奈は知っている。それでも苦しさが勝って、差し伸べられた手を握ることすら出来なかったのだ。

  「……恵奈、感じ方や心の限界は人それぞれだよ」

  恵奈の想いを察した純可は、そう言う。

  「えっ?」

  「確かに私は、悪口を言われ続けても、流すことができる。けど、それが普通だとか、そういうことではないの。だから、恵奈が塞ぎ込んでしまう程嫌だと思う気持ちは間違いだとか、思わないであげて。自分の気持ちを大切にしてあげて」

  純可のその言葉に恵奈は頷き、泣き続け、純可は恵奈の背中を優しく擦った。

  [newpage]

  二人の会話は、秋信の耳には聞こえていた。

  (……良かった)

  「……めっちゃ泣いてますけど……あの二人、大丈夫なんですか?」

  恵奈の泣き声を聞いた立は、心配そうに呟く。

  「きっと大丈夫だよ」

  「……そうですね」

  立の視線は、眠っている望に移った。

  「……そういえば秋信さん、俺が何で望を避けてるのか、訊いてきましたよね?」

  「……うん」

  「理由は、俺の側にいると望まで巻き込むから」

  「え……」

  立の言葉に、秋信は訳がわからないといった様子だ。

  「俺、もとからこんな目つきなんで、誤解されやすいんですよ。それで中学上がってすぐに、見るからに不良の先輩達から呼び出しくらって……」

  「……それから、どうしたの?」

  「めんどうだったんで逃げました。それからは、毎日絡まれるようになって……望にまで矛先がいくのを恐れて、避けることにしたんです。友人もつくらないようにしました」

  立は、平然とそう言った。

  「高校に上がっても同じ。というか、絡んでくる人数が増えましたね。俺、喧嘩とか興味ないんだけどな……三年以上逃げ回ったお陰で、無駄に撒くのが速くなりましたけど……」

  そう言って立は苦笑する。その時、立の手首が掴まれた。

  [newpage]

  掴んだのは望だった。

  「……んだよ……なんだよ……それ……」

  望の声は、震えていた。

  「……いつから起きてた?」

  「……恵奈ちゃんの泣き声で起きた……全部、きいた……」

  望は体を起こすと、立の両肩を掴んだ。ふらつく望を、秋信は咄嗟に支える。

  「望くん……熱っ!」

  望の熱は、まだかなり高いということがすぐにわかった。

  「お、おい、落ち着け……」

  「落ち着けるかーっ!僕の気も知らないで……なに一人で……」

  望は、立の肩を揺らした。

  「し、仕方ないだろ!! 聞いてたんだろ? だったら分かれよ! 巻き込みたくなかったんだよ!!」

  「ふ、二人とも落ち着いて」

  秋信は、感情的になり始めた二人を見て焦る。

  「そんなの喜んで巻き込まれてやる!! お前と一緒に毎日逃げ回ってやるよ!!」

  立の目を見て、真っ直ぐに望はそう言った。望の目からは、涙が溢れ出ていた。

AdAd