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「…………ぅ…………ん…………?」
何に起こされるでもなく、すうっと眠気が溶けるようにして目が覚める。
どうやら、僕はいつの間にか少し眠ってしまっていたらしい。
いつから眠っていたのか、そしてどれくらい眠っていたのかは分からないが……少なくとも外の明るさと身体の感じからして、そう長くは眠っていないらしいのは分かった。
「ふわ…………ぁ…………」
大欠伸をしながら、突っ伏していた机から少し身を起こすと、ぎしり、という木製の椅子の音と共に、背中からぱらりと何かがめくられるようにしてずり落ち、部屋のひんやりした空気が首元に当たる。
なんだろう、と微睡んだ頭で背中をまさぐると、何かふんわりとした物が手に触れる。そのまま前に引っ張り出すと、どうやらブランケットのようだった。
どうやら、誰かが寒くないようにと掛けてくれていたらしい。
といっても、その誰か、は僕以外にこの家に一人しかいないが。
「……せっかくの晴れ舞台を前にして、少し気負いすぎてたのかも。最近、あんまり寝てなかったしな……」
もう一度ふわり、と欠伸をすると、僕は寒くない様にブランケットをケープのように両肩に掛け、隣の寝室へと向かう。
時刻は分からないが、外はもう真っ暗だ。
それに、このふわふわした状態で披露宴の挨拶なんて、書けるはずもない。
まだもう少し先の事だ。焦る必要も無いだろう。
僕はカチャリ、と慎重にゆっくりとドアを開けながら入ると、起きた時に風が入り込まないように静かに、しっかりとドアを閉める。
部屋の中には、縦長で僕の腰くらいの大きさの小物棚と、その上にランプがひとつ。
そして、それに隣り合うようにして置かれた、これまた同じぐらいの小さな横長タンスと、その上に飾った僕達の写真がいくつか。
そして、僕が余裕で2人眠れるくらいに大きなベッドに、その上ですやすやと静かに寝息を立てるかわいらしい女の子が、ひとり。と、今入った僕。
その全てが、真っ暗な中でもちゃんと見える様にと、優しい彼女が敢えて点けておいてくれたのであろうランプの小さな灯りに照らされていた。
「あったかいなぁ……」
僕は小さく微笑むと、寝息を立てる彼女の側へと静かに歩み寄り、そっと亜麻色の髪を撫でる。
これまで、何度も何度も彼女の気遣いに心を救われてきた。
きっと彼女にとっては、なんでもない普通の事ばかりだったのかもしれないけれど。
僕にとっては、その行動や、言葉や、笑顔が……現実に晒され、冷え尖っていく心の、唯一の温もりであり、救いだった。
それはきっと、今後僕達が一緒になった後も、ずっと変わらないのだろう。
それがどれだけ僕にとって安らかで、嬉しいことなのか。
きっと、これは何度口にしても、言葉にしたとしても尽きないし、同時にどれだけ伝えても足りないし、真には伝える事が出来ないのかもしれない。
けれど。
けれど、全部じゃなくていい。
伝えたこと全てが、例えその時その場で100%伝わらなくても。
僕は、いつどんな時でも、同じ気持ちで──
いや、同じじゃないな。
今この時にも大きく、更に大きくなっていくこの気持ちは、同じ様に伝えることは叶わない。
それでも。
これだけは、この言葉だけは、唯一変えずに伝えられる。
真っ直ぐに、真っ直ぐに、彼女に向かって、どこまでも。
「大好きだよ──ハンナさん」
僕は、彼女に顔を近付けると、そっと唇を重ねる。
舌も絡めない、本当に重ねるだけの様な、シンプルなキス。
その感触は、そして寸前に顔に当たった吐息は、何よりも温かく……まるで、彼女が掛けてくれたブランケットのように、ふんわりと優しく、柔らかかった。
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