「なんだよノッセン、呼び出しって。説教なら人違いじゃねーの? ザザカミとかラガハシとかと」
実際、居残りを命じられる理由に覚えがないので俺はイノマダ先生に軽口混じりに抗議する。
……いやまぁ、清廉潔白な模範生徒というわけじゃなく下校時の寄り道とか買い食いとかはするし成績面では不安もあるが、わざわざ放課後の生活指導室に一人呼びつけられるほどのことじゃないはずだ。
「おいおい、ザザカミやラガハシって、アイツらまた何か悪さしてんのかぁ? まったくしょうがねぇなぁ」
ため息とともに豚鼻を大きく鳴らすノッセン……猪獣人のイノダザ先生。
当初は猪センセとかイノ先生とか呼ばれてたのがさらに略されて今ではノッセンという愛称で呼ばれるようになった体育教師だ。
いかつい外見の割に人当たりはそこそこ良いんだけど、獣の匂いと汗臭さが混ざった独特の体臭とか、生活指導担当も兼任してることとかで、苦手としてる生徒も少なくない。
かく言う俺自身もノッセンのことはあんまり好きじゃない方だ。言動が粗野だし……それに猪獣人ってのがなぁ。
最近の風潮では表向きは「獣人差別はいけません」ってことになってはいるけど、実際には今も獣人と一緒に生活するのに抵抗ある人間も多いし……特に猪や豚ってのは獣人同士の中でさえも醜いとか卑しいとか汚いとか言われてた奴らだ。人間の美的感覚とはあんまり合わない造形してるし、ノッセン自身がブサイク自嘲ネタで笑いをとることもあるくらいだし。
「まぁアイツらの素行については後で聞いとくとして……今日ワシの用事があるのはオマエで間違いないよ。大事な用事が、な」
「はぁ? いったい何の……」
「〈オマエはワシの性奴隷になる〉」
「〈オマエにはワシの現実改編の術が完全にかかっている。ワシが力を込めているこの『命令文』をオマエは認識できない〉」
「なんでもいいけど話があるなら早くしてくれない? ノッセン。黙ってないでさ」
「〈オマエの表の意識はこの命令文は聞くことも違和感を抱くことも思い出すこともできないが、オマエの無意識の奥深くには強く刻み込まれて逆らうことはできない〉」
「……え、何。そんなに黙りこくって……ま、まさか話を切り出すのにそんな迷うほど何か深刻な問題でもあんの……?」
「〈オマエが実はワシを嫌っていて猪を醜いと思っていることをワシは知っているが……その気持ちはそのままでいい。いやむしろその嫌悪感とか、豚や猪を醜いと思う気持ちとかはより強くしてやる。ただし……価値観とは裏腹に、オマエはワシに対してとてつもなく欲情してしまう身体になる〉」
どくん
「…………!?」
な、なんだ……? 何か変な気分になってきた。黙ってこっちを見つめるノッセンの顔は相変わらず……いや改めて見ると思ってた以上に不格好だが、その鋭い眼光に……何か、何て言うんだ。胸がときめく……?
「〈オマエはワシの姿を見て興奮する。ワシの声を聴いて興奮する。ワシの匂いを嗅いで興奮する。ワシに触り触られて興奮する……その情動をオマエは自身の内側から湧いたものだと思い込んで、『ワシに何かされたのでは』と疑うことはできない〉……んん、そうだなぁ……何から話したもんか……ん? どうした? 顔が赤いぞ、体調でも悪いのか?」
ようやく沈黙を破ったノッセンが心配そうに近付いてくる。距離が縮まると、その体臭も漂ってくる……途端に俺の胸がますます高鳴った。なんだろう。いい匂いってわけではないはずなのだけど……なんかすっごくオスくさいというか、野性的というか……
「な、なんでもねぇって! 近寄らねぇでさっさと本題に入れよ!」
「おいおい、近寄るなって言い方はないだろ。どうしたんだ? 〈よろけてワシに向かって倒れ込み、ワシの胸に自分の顔を押し付ける〉」
「だから、なんでも……うわっ!?」
さらに近付こうとするノッセンから思わず離れようと……というより飛び退こうとしてしまったが、急な動きに足がもつれてしまったのかバランスを崩す俺。
体勢を立て直そうとした俺は反動でむしろノッセンの方向にふらついて……倒れ込んでしまったのをノッセンの胸に抱き止められた。
密着した鼻に、むわっ、と猪獣人の体臭がさらに強く流れ込んで……
「〈射精する〉」
「……!? ~~ッ!?」
びくっ、びくっ……
……嘘だろ? 有り得ない。
優しく、それでいて力強くノッセンが抱き止めてくれた感覚。濃厚なオスの匂い。シャツの下にもさもさと茂った獣毛の男らしさ……
一瞬チビってしまったのかと思ったが、直後に全身を駆け抜けた快感と恍惚感に、事態はもっと最悪であることを突き付けられる。
……射精しちまった? ノッセン相手に……?
「ほれ、ふらふらじゃねぇか。やっぱりどこか悪いんじゃ……? ……! お、おいオマエ……」
最悪だ。気付かれた。気付かれる前にともかく走って逃げるべきだった。変には思われるだろうがこんなのがバレるよりよっぽどマシだったろう。
俺自身もなんでこんなことになっちまったのかわからないが、ノッセンもドン引きだろう。変態扱いされるか? 他の教師や生徒にも喋っちまうだろうか? ひょっとして矯正の相談のため保護者とか病院とかそういうのも呼ばれる……? 終わりだ。学校生活……いや人生の終わりだ。
「……ふぅん。そういう趣味だったのか。オマエって」
「……ノ、ノッセン……?」
思ったよりも静かで穏やかなノッセンの反応。「変態ホモガキかよ!」と強く拒絶されるかと思っていた俺は逆に混乱し、どうしようか迷って何も動けずにいるところにノッセンが視線を合わせるように顔を近付け……
「〈オマエは鼻や口でも感じるようになる。頭では猪は醜いだとかワシを嫌いだとか思っているが、目の前のワシの顔、猪の顔に尋常でなく発情する〉……ブぢゅぅぅぅぅ!」
「!? んっ、ぐ、むぐ~~!?」
信じられない。ノッセンの奴、俺の顔に、口に、自分のその口や鼻面を押し付けて……キスしてきやがった。
さらに信じられないのは、それに対して俺が興奮しちまってることだ。視界をでっっけぇ豚鼻やブっっサイクな猪ヅラが覆いつくしてて、こんな醜い生き物に、しかもオスの獣人おっさんなんかに唇を奪われてるなんて冗談みたいに最悪な状況なのに……とてつもなくドキドキしてたまらない。
青春モノの物語で見るような軽い口付けじゃなく、口の中をねぶり回すような大人のねっとりしたいやらしいキス……口の中ってこんな感覚がするもんだったのか? まるでオナニーしてる時のチンコみたいに口腔内の粘膜が気持ち良くなってる。
ノッセンの豚鼻から生暖かい鼻息が吹き出して俺の鼻の中に流れ込んでくる感触にすら、とんでもなく興奮しちまう……精液を吐き出したばかりのナニが、濡れたパンツの中でまたギンギンに勃起しちまってるのがわかる……
「っぷは、はぁ、はぁ……な、何しやがんだ!?」
ようやく口が離されて、荒い息をしばらく整え……少ししてようやく事態の異常さに頭が追い付いてきて俺は叫んだ。
「いやぁ、だってオマエ、ワシのこと好きなんだろう? それに応えようとしてやっただけじゃねぇか。今までずっとたくさんの生徒を見て過ごしてりゃ、そりゃあ色んな趣味の奴が居る。驚くほどのこたぁない。ワシもどちらかといや女の方が好きだが、付き合ってやってもいいぞ。オマエがそんなにもワシのことが好きだって言うなら、な」
ニヤニヤしながら言うノッセン。
「違う! そんなんじゃない!」
そうだ。そんなんじゃないはずだ。何かの間違いだ。改めて考えても俺はノッセン嫌いだし。俺だって異性が好きな方だし、百歩譲って仮に男と付き合うとしても何か……よくわからんが同世代のイケメンとか美少年とかそういうのと付き合う方がいいだろうし、ノッセンみたいなブサイクな猪獣人のおっさんと付き合ってどうこうするとか、ふざけんな、死んでもゴメンだ!
……そう思ってるのは間違いないのに、ちくしょう、なんでこんなに、ドキドキと、ムラムラとしてくるんだ……!?
「ふぅん、そうかよ。その割にはワシの……なんだ? 匂いか? 匂い嗅いでイっちまったんじゃねぇのか?」
「だっ……だkら、それは何かの間違いで……」
「そうかそうか。間違いかぁ……じゃあアレだなぁ?」
言いながら、ノッセンはベルトやズボンの留め具をカチャカチャといじって……
「もう一回嗅いでも、今度は興奮したりしねぇはずだよなぁ?」
ぼろん
そんな音が聞こえるかのような存在感をもって、まがまがしい竿と大ぶりな玉とが、ずり下ろした着衣からまろび出た。
途端に、何故か吸い寄せられるかのように俺は視線をソレから離せなくなって……ふわりと、下着の中で蒸されていたソレの香りが、数歩の距離を隔てたここにまでわずかに漂ってくるようで……
「〈オマエは嗅がずにはいられない。オマエは豚のように鼻を鳴らしながら匂いを嗅いでしまう。豚のような音を出すことをオマエは非常に恥ずかしく感じる。だが自分の意思ではどうやっても鼻を鳴らして嗅ぐのを止めることができない〉」
「ふごっ! ……!?」
突然大きなノイズが辺りに響いた。数秒後に、自分が鼻を鳴らした音だと自覚する。
「なんだなんだぁ? すごい鼻息だなぁ。そんなにワシの匂いを吸い込みたくてしょうがねぇ、ってか?」
「んごっ!? ち、違う、そんなこと……ふご!?」
「ブハハ! まるで豚みてぇだな! そんなに物欲しげに鼻鳴らしてよぉ……もっと近付いて嗅いでもいいんだぜぇ?」
豚みたい、と言われた瞬間、とてつもない羞恥心が沸き上がる。顔が熱い。なんでこんな奴相手に、こんな変な音を立てて……!
どうにか止めようとするが、何故か鼻は鳴り続けてしまう。「ムカデは何も教わらず何も考えなくても自然と歩けるが、『どういう風に考えればそんなに多くの足をいっぺんに動かして歩けるの?』と問われ、改めて意識した途端に混乱して足がもつれ歩けなくなってしまった」という寓話を聞いたことがあるけど、今の俺はその話のように、今まで自然にできていたはずの鼻を鳴らさない呼吸法をどうやって行っていたのか忘れてしまったかのようだった。
「〈オマエはだんだん鼻を鳴らすのが気持ち良くなってくる。嗅げば嗅ぐほどますます発情していく。そして……発情するにつれて、オマエの鼻は、豚の鼻へと変化していく〉」
「ふご、ぶごっ、んゴ、ブゴッ……!?」
何か、鼻が鳴るのが止められないどころか、より変な音になったような……? と思って一瞬後、俺は、自分の視界内で何か桃色のモノが大きくなっているのに気付く。むくむくと膨らむコレは……俺の、鼻……?
「な、なブだ!? なんだコレぇっ!? ンゴォッ!」
「おいおい、豚みたいに嗅ぎすぎてホントの豚鼻になっちまってるぞ!」
「ブ、豚って……!? なんで!? こんなのおかしい、ありえな、ンゴッゴッ!」
「やれやれ、オマエも知ってるだろうに。『豚みたいに淫乱な人間は、本当に豚に変身しちまう』って。エロ本とかじゃあ有名な話だろ? ……〈オマエは、そういう現象があると聞いた記憶を思い出す。『ただしその例はきわめて稀であり、普通の人間が豚になるなんてことはまず起こらず、豚になってしまうのはよっぽどの極まった変態だけ。豚になるというのは文字通り人間失格の証明。この世で最低最悪クラスの恥』という知識も思い出す〉」
そう言われてみれば……聞いたことがある。「あまりにも淫乱すぎて性欲に飲まれた卑しい豚みたいな人間は、似合いの姿に……本当に豚になってしまう」と。嘘みたいな話だが実例もあり、えげつない実写系エロサイトで写真やビデオも見たことがあったような……? その当時の俺はグロと思ってすぐブラウザバックしたんだったか、ハッキリとはその画像や動画を覚えてはいないが……
「しかし、まさかウチの学校から豚になる奴が出ちまうとはな……とんでもない変態じゃねぇとならないはずなんだがなぁ」
「ブゴッ! う、嘘だ! 俺は変態じゃ……俺は豚になんかならなブヒッ!?」
「そうだなぁ。じゃあ証明してみせろよ。『自分は変態なんかじゃない!』って。『こんな中年のオス猪獣人相手に、股間の匂い嗅いだだけで発情したりなんかしない!』ってよぉ。〈オマエはこの提案に背徳的興奮を覚えるものの、不自然さを疑うことはできない。むしろ『自分が豚にならないためにはこの提案に乗って、猪のチンポ嗅いで、それで平静を保ちました、と証明する以外に道はない』と思い込む〉」
そ、そうだ……俺は豚なんかじゃない。変態なんかじゃない。オス猪の股間の匂いを嗅いで興奮するような変態淫乱豚なんかじゃない! その事実を見せつければ……この鼻も元に戻るはずだ!
俺はそう思いながら、すっかり変化してしまった豚鼻を改めてノッセンの方へ向けたのだった。
(続く)