「坊っちゃん」で有名な道後温泉に行ったら、卒業旅行シーズンで混みすぎで入れず、「坊っちゃん泳ぐべからず」の有名な看板を見られず、赤タオルだけ買って帰って來た話。
タイトルの通りである。
道後温泉は、卒業旅行のシーズン等は、激混みするので注意が必要である。
入つたら、夏目漱石『坊っちゃん』に出て來る、「坊っちゃん湯槽で泳ぐべからず」の看板を必ず確認しておきたい。又、坊っちゃんが、道後温泉に行くたびに持参していた赤タオルも、お土産として必ず持つて歸るべきである。作中では「西洋手拭い」の名で登場し、教え子から「赤手ぬぐい」と馬鹿にされてしまふ。
私は道後温泉本館には入れなかつたので、道路を挟んだ真向かひにあるパネルで寫眞を撮りました。何だらう、札幌の時計臺とか、シンガポールのマーライオンとか……。良い思ひ出になりました。
伊弉諾神宮と大三島宮は空いてゐました。それで良いのか日本人。いや、何か變にパワスポとか言つて、三峰神社みたいに激混みしても困るけど。後、元日の伏見稻荷も同行者が浮いたのでもう行くのが怖い。韓國のソウルの件もある。てふわけで個人的に分散參拝を心がけたい。初午と節分祭は定番だが、舊正月なんかも良いのではないかと思ふ。
或年の舊正月の事、私は記紀の記述を思ひ出しながら、喜び勇んで橿原神宮へと向かつた。
「辛酉年春正月庚辰朔、天皇卽帝位於橿原宮、是歲爲天皇元年。」
きつと、參拝者で一杯だらうと信じて疑はなかつた。その時の私は無敵だつた。
然し、行つたら誰も居なかつた。本當に二、三人とすれ違つただけ。その日は奇しくも2月10日。椅子だけが澤山並んじよつたけど、誰も座つとらん。
太陽暦。明治政府が給料一か月分を拂ひたくないからてふこすい理由で、明治六年から施行したやつ。
江戸前期に渋川春海が著した『日本長暦』は、江戸後期の本居宣長に「昔はもつと人心素朴であり、暦とかいふ漢心なんか無かつた」とその意義を否定された。明治期になつて紀元節を計算したところ、紀元前660年2月11日てふことになつた。ユリウス暦とかも無かつた時代に、グレゴリオ暦での日付を出す事に意味はあるのか。この2月11日の紀元節は、導入当初、舊正月のお祝ひと混同される事が多く、その差別化に氣を使つたてふ。今やすつぱりと舊正月に日本が「建國」された事など皆忘れてをる。このグレゴリオ暦は、紀元前660年を元年とする神武天皇即位紀元(皇紀)の制定てふ役目も果たした。2月11日から丸何年、てふ計算がグレゴリオ暦によつて成り立つからである。それに、西暦に660を足せば良いから、計算が容易である。今年は2682年である。
でも、竹田恒泰氏によれば、神武天皇は紀元前後の人物てふ事になるらしい。日本書紀は660年ずれてゐる。もし正しければ、西暦をそのまま皇紀と考へても、良ささうなものである。
一応、イエスが誕生したのも、紀元前4年とか紀元後何年とか説があり、ずれてゐる。なので、皇紀も實際とずれてゐやうが、使つても良からうてふ向きがある。それに對する批判として、基督紀元は数年のズレだが、660年はずれ過ぎであるてふものがある。宣長大人の樣に、皇紀を「漢意(からごころ)」として切つて捨てるか、ずれてゐるとはいへ一定の意味を持ち得るとして、使ひ續けるかは個々の自由である。