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ザクッ……ガシャッ……ザッ……ザッ……
禁域を護るしめ縄を潜り抜けてから、どのくらい歩いただろうか。
古くからの村の掟で、誰一人として立ち入る事を許されずにきた福寿山の禁域の中を、村の人に持たされた貢物を入れたしょいこを背負って、僕ー石倉 多聞(いしくら たもん)ーは歩き続けていた。
なぜそんな事をしているのかというと……山神さまの生贄として僕が選ばれたからだ。
僕の暮らしていた村では、土地柄のおかげなのか良い天候に恵まれていて、たまに不作の事があっても、大事にまで至る事もなく、みんな穏やかに日々を過ごしていた。
だけど今年に入った途端に、春には洪水、夏には日照り、そして秋になった今は台風に襲われたりと、酷い災難が続き、これまでにない凶作に見舞われてしまっていた。
このままでは冬を越せないと、困り果てた村の人達はみんなで相談した末に、偏屈で村の外れに一人で住んでいるけれど、占いでなんでも知る事が出来るといわれている占いお婆さまに、村の蓄えの何割かを渡して、どうすれば村を救う事ができるのかを占ってもらう事にした。
そうして占いが行われると『災いが続くのは、山神さまの怒りによるもの。村の若者を一人、生贄として差し出せは、山神さまの怒りも鎮まり、また豊かな実りを得られるようになるだろう』という占いの結果が、みんなに伝えられた。
その翌日、みんなの話し合いの結果、その生贄の役目が僕に決まった事を知らされた。
今から4年前の14歳の時、僕は両親を流行り病で亡くした。
その時に村長さまから勧められた事もあって、両親の遺してくれた畑を売って、幾許かのお金を手に入れたのだけど、それだけでは当然生きていく事はできなくて、そのお金が底を尽いた後は、村の人たちに必死に頼んで雑用などの仕事をさせてもらいながら、なんとか食い繋いできた。
けれど、決して豊かではないこの村で、いつも物乞いのように仕事を欲しがる僕の事を、村の人達に良く思って貰える筈もなくて……いつしかみんな、僕の顔を見るだけで嫌な顔をするようになっていった。
そんな村の厄介者の上に、一人も身寄りの居ない僕だから、生贄になっても悲しむ人は一人もいない。
だから、それを聞かされた時は仕方がない事だと思ったけれど……やっぱりとても悲しかった。
「あっ!」
物思いに耽りながら歩いていたその時、険しい獣道を抜けた先に、これまで一度も見たことのない建物がたっているのが見えた。
それを見た瞬間、僕がまだ小さかった頃に、両親が聞かせてくれた話を思い出した。
福寿山には社殿という建物があって、そこには山神さまの福々(ふくふく)さまが住まわれているけれど、とても恐ろしい神さまだから、決して禁域の中に入ってはいけない……と。
そんなの子供騙しのただの迷信だと思っていたのに……まさか本当に社殿があるだなんて。
このままあの社殿に行って、もし本当に恐ろしい山神さまがいたら、きっと僕は食べられてしまうだろう。
かといって、生贄として出された以上、もう村に戻る事も出来ない。
帰る事も、進む事もままならなくて……僕、これからどうしたらいいんだろう。
***
それからしばらくの間、近くの茂みに身を潜めながら、どうしようか迷っていたものの、そうしている内にも陽がどんどん沈んでいってしまい、今にも暗くなってしまいそうだった。
どこか洞穴などを探して夜を明かそうかとも思ったけれど、まだ秋の初めとはいっても、準備も何もなしに野宿などしたら寒さにやられてしまうし、下手したら野犬や熊に襲われてしまうかしれない。
あれこれ悩んだ末に……ここは一か八かと、思い切ってあの社殿まで行ってみる事にした。
木々の開けた場所にポツンとたっているそれは、建物自体は大きいけれど、朱塗りが所々禿げてしまっていて、とても山神さまが住んでいるとは思えないぐらいボロボロの社殿だった。
所狭しに雑草が生い茂っていたので、傍に行くまでは気付かなかったけれど、社殿の前には石畳が一面に敷かれている。
だけど、それも殆どがひび割れて砕けてしまっていて、その事からも此処が相当昔に建てられたものだという事が伝わってくる。
石畳の上を音を立てないように気をつけながら歩いて、ようやく社殿へと辿り着くと、木造りの扉の取手を静かに引いて、こっそりと中の様子を覗いてみた。
そうして目に入ってきた社殿の内側は、おごそかな外観とは打って変わって、とても生活感に溢れたものだった。
土埃で汚れた土間の先には、囲炉裏のある床の間があって、そこから木戸や障子戸で隔てられた部屋がいくつか並んでいる。
なんだか……普通の住まいだなぁ。
山神さまだなんていうとても偉い人が、こんな所に本当に住んでいるのかな?
もしかしたら……僕が勝手に勘違いしているだけで、ここには誰か普通の人が住んでいるんじゃないだろうか。
もしそうなら、事情を話せば一晩だけでも泊めてもらえるかもしれない!
そう思うと沈んだ気持ちが、少しずつ晴れやかになっていった。
ひとまず覗き込んでいた顔を引っ込めると、少し開いた扉の隙間から、大きな声で家主の方に呼びかけてみた。
「ごめんください!どなたか居りませんか?」
シーンッ……
けれど、呼びかけも虚しく、応える声は返ってこなかった。
もしかしたら社殿の奥の方に居たりして、聞こえなかったのかもしれない……そう思い、失礼を承知で扉を開いて薄暗い土間に足を踏み入れると、もう一度、さっきよりも大きな声で呼びかけてみた。
「ごめんくださいっ!!どなたかっ……」
ーーーガラッ!!
「やかましいっ!!そないな大声で呼ばんでも聞こえるわっ!!」
「ひぃっ!!」
その時、右手側の障子戸が勢いよく開かれたと思うと、まるで地鳴りの様な怒声が聞こえてきた。
その野太く迫力のある声に肝を冷やしてしまったものの、開かれた戸の先からは暖かな灯りが漏れてきていて、ちゃんと家主の人が居た事にホッとした。
けれど肝心の家主の人は、障子戸を開け放しにしたままで、一向にこちらに姿を見せてくれない。
どうしようか迷ったけれど、戸を開いたままにしてくれているのだから、話し掛けても大丈夫だと自分を無理やり納得させると、勇気を振り絞り、もう一度口を開いた。
「お、お騒がせしてしまい申し訳ありません。その……どうか一晩だけでも宿をお借り出来ないかとお願いしたくて……」
「宿をやと?お前さん、道にでも迷ったんか?」
「いえ、迷ったというか……その……えっと……」
「……その口振りやと、なんか訳ありか。まったく……しゃあないなぁ」
大きなため息と共に、ギシッと床が軋む音が聞こえてきたかと思うと、障子戸の向こうから、ついに家主の人がのっそりと姿を現した。
「わっ……!!」
その姿を見た瞬間、びっくりしてつい声を漏らしてしまった。
その人は、縦にも横にも自分の倍以上はあるのではないか、というぐらいに体が大きくて、まるで山のようだった。
身に着けている継接ぎだらけの浴衣は、その大きな体に対して丈が小さいのか、前開きが大きくはだけてしまっていて、そこからでっぷりとした胸とお腹をのぞかせている。
背丈もそうだけれど、こんなに肥え太っている人なんて、これまで置物や絵の中でしか見たことがなかった。
そんな風に巨体に圧倒されていると、その人は薄暗い床の間をのしのしと進んで、僕の方へ歩み寄ってきた。
一歩近づくにつれて、扉から差し込む茜色の夕陽によって、影を纏う様にボヤけていた姿が足元から段々と照らされていく。
程なくしてその全貌が、はっきりと陽の明かりに照らし出された瞬間……恐怖のあまり、目を釘付けにされたまま、蛇に睨まれた蛙のように身動きが出来なくなってしまった。
全身を覆っている枯葉のようにくすんだ茶褐色のゴワゴワした体毛。
頭から生えている丸っこい二つの耳に、白茶色の太い眉毛の下から広がる濃い隈模様。
大きな黒い鼻のついた、ずんぐりとした口吻をしていて、わずかに開いたその大きな口からは太い牙を覗かせている。
その姿は人間ではなくて、前に絵巻で見た覚えのある化け狸の姿と瓜二つだった。
そうしてついに正面までやってきた化け狸から、半月の様に鋭い三白眼でジロリと睨みつけられた瞬間、堪えられずに悲鳴を上げてしまった。
「うわぁっ!!ば、化け狸っ!!」
「なっ!?……だ、誰が化け狸や!これでもワシは神さまなんやぞ!!」
「えっ!?か、神さまって……も、もしかして、あなたが福々さまですか?」
「ふんっ!ワシの名前はちゃんと知っとる癖に、狸神やって事は知らんかったんか?」
この化け狸が……山神の福々さま?
神さまって、もっと……こう、着物も立派な物を身に付けていて、言葉遣いも上品な感じだと思ってたのに……全然、神さまっぽくないなぁ。
そんな事を考えながら、福々さまの姿をしげしげと眺めていると、ゴホンッとわざとらしい咳払いを立てられてしまった。
それにハッとさせられると、なぜ自分がここに来たのかを遅まきながら思い出して、慌てて口を開いた。
「た、大変失礼しました!僕は、石倉 多聞と申します。その……福々さまの生贄となる為、山中村から参りました!」
「へっ!?い、生贄やなんて……お前さんは藪から棒に何を言い出すんや!」
「……えっ?」
***
とりあえず上がって詳しく話せと言われた僕は、障子戸の先の居間へとお邪魔させてもらった。
丸太のように太い両腕を組んで、どっしりと胡座をかく福々さまの向かいに、そそくさと正座をして座ると、緊張で冷や汗をかきながらも、一生懸命に村の災いや占いの事を話した。
すると驚いた事に、福々さまは生贄の事を全然知らなかったようだった。
「阿保かっ!生贄を寄越すやなんて、このワシを一体なんやと思うとるんや!!」
「も、申し訳ありません……」
福々さまはとても怒っている様子で、泣く子も黙る程のしかめっ面で、膝をバシーンッと勢いよく叩くと、お腹の芯にまで響いてくるような大きな怒鳴り声を上げた。
僕はというと、福々さまから落とされる雷が、本当に恐くて怖くて……ビクビクと怯えながら、これ以上ないくらいに身を縮こまらせていた。
「はぁ……もうええわ。よくよく考えたら、生贄に仕立て上げられたお前さんに言うても、しゃあない事やったし……怒鳴り散らしてもうて、すまんかったな」
「い、いえっ、とんでもありません」
「とりあえず……今晩ぐらいやったら、ウチに泊めてやってもええさかい。明日、明るくなったら家に帰りぃ」
「えっ!?で、でも……僕はもう村には帰れません。絶対に帰って来るなと……言われています」
「それは生贄云々の話があったからやろう?そんなんはとんだ勘違いやったって、ちゃんと村の者らに伝えればええやないか」
「でも、誰も僕の言葉なんて信じてくれないでしょうし……それに家だって……もう他の誰かのものになってしまっていると思います」
「……ふん。また訳ありな口振りしよって」
「す、すみません……」
そこまで話をすると、福々さまは両腕を組んだまま顔を俯かせて、うんうんと唸りながら考え込み始めてしまった。
そんな姿を前に、自分はどうすればいいのか分からず、とにかく口を閉じてジッとしたまま、固唾を呑んでその様子を窺っていた。
そうして暫しの時間の後、ついに福々さまが顔を上げたかと思うと、大きなため息を一つ吐いてから、言葉を繋げていった。
「はぁ……しゃあないなぁ。それやったらお前さんの行くあてが見つかるまで、しばらくウチに置いてやってもええよ」
「ほ、本当ですか!?福々さま……本当にありがとうございます」
「ふ、ふんっ!こんなんは……そう、ちょっとした気まぐれや。別にお前さんの事を気の毒やと思ったからとかやないさかい、勘違いするんやないで!」
「は、はい!」
福々さまは口早にそう言うと、仏頂面をほんのりと赤く染めて、ばつが悪そうにプイッとそっぽを向いてしまった。
その様子は、まるで照れ屋の子供みたいで、山神さま相手に失礼だけれど、つい心の中で「ふふっ」と笑ってしまった。
そんな風に福々さまの顔を見ていた時、急に顔がポッと熱くなったかと思うと、合わせるように心臓の鼓動までもがドキドキと大きく鳴り始めてしまった。
さっきまでは恐くてそれどころじゃなかったけれど……こうして落ち着いて見てみると、福々さまのおっかなくて厳しい顔も、山のように大きな体も……みんな男らしくて、凄く格好良い。
確かに自分は子供の頃から、女の人じゃなくて男の人に心を惹かれてしまっていたけれど、こんなに胸がドキドキするのは初めてで……なんだかとても戸惑ってしまう。
「な、なんや、ひとの顔をジロジロ見よって……ワシの顔になんかついとるか?」
「あっ!い、いえっ、なんでもありません」
「それやったらええけど……何にせよ、飯の前に風呂にするさかい、お前さんも一緒に入りぃ。ウチの風呂はええ温泉を引いとるさかい、冷えた体もすぐに温まるやろう」
「えっ!?ふ、福々さまと一緒にですか!?」
「なんや……こないな古狸と風呂に入るのなんて嫌か?」
「そ、そんな事はありません!……で、ですけど」
まさか山神さまにお風呂に誘われるなんて、夢にも思っていなかったから、物凄く動揺してしまった。
お風呂に入るという事は裸になるという事で……今こうして福々さまの裸を想像しただけでも、こんなにドキドキしてしまっているのに、実際に裸を見たりでもしたら平静では居られずに、きっとちんちんを大きくしてしまう。
もしそんな姿を見られでもしたら、この社殿から追い出されるどころか、天罰を下されてしまうかもしれない。
なんとか上手く誤魔化さないと……うーん……あっ、そうだ!!
「そ、その……実は、福々さまへの貢物として、村から食べ物を持たされているのです」
「へっ?ワシに食いもんを?」
「はい!なので、せっかくの肉や魚が傷んでしまっては勿体無いですし……もしお許しを頂けるのでしたら、福々さまがお湯に浸かられている間に、夕食の支度をしたいのです」
「そら、許すも何も大助かりやけど……お前さん、長い山歩きで体が冷えてしもうとるんやないか?」
「い、いえ、全然大丈夫です。僕は後でお風呂を頂きますので、気になさらずにお先にどうぞ!」
「そ、そか?それじゃあ、すまんけど頼むわ」
「はい、お任せ下さい!」
僕の話を聞いた福々さまは、少し釈然としない様子ではあったけれど、古びた箪笥から手拭いを取り出して、肩にヒョイっと引っ掛けると、そのまま障子戸を開いて居間を出て行った。
そして向かい側の木戸を開けて、脱衣所と思わしき所へ入っていくと、少しして中からゴソゴソと浴衣を脱ぐ音が聞こえてきたので、そこで僕はようやく緊張から解き放たれて、ホッと胸を撫で下ろす事が出来た。
ふぅ……なんとか誤魔化せて良かった。
福々さまの裸は正直すごく見たかったけれど、そんないやらしい気持ちを抱いている事を、もし知られでもしたら……きっと大変な事になってしまう。
絶対に悟られないように、これからも気を付けないと……って、そんな悠長に考え事をしている場合じゃなかった!
福々さまがお風呂から上がったら、すぐにご飯を食べられるようにしておかないと!!
ホッとしたのも束の間、大慌てでしょいこを抱えて床の間へと出ると、奥の方に見つけた台所へと行き、大急ぎで夕食の支度を始めたのだった。
***
——ガラッ
「ふぅ。ええお湯やったわぁ」
「あっ、福々さま、お帰りなさい!」
料理を盛り付けたお皿をちゃぶ台の上に並べ終わると、まるでそれを見計らったかのように、手拭いを首に掛けた福々さまが丁度良くお風呂から戻って来た。
ふんわりとしていた体毛はしっとりと濡れて、体からはホワホワと温かそうな湯気が立ち昇っている。
火照って赤らんだ顔は仏頂面のままではあったけれど、目尻が緩んでいて心なしか機嫌が良さそうに見えた。
太い尻尾も嬉しそうにユラユラと揺れているし、もしかしたら福々さまは風呂好きなのかもしれない。
「んっ……なかなか美味そうやないか」
福々さまはちゃぶ台の前にどっかりと腰を下ろすと、料理を眺めながらぽつりと呟いた。
「ありがとうございます。福々さまのお口に合うと良いのですが……それでは僕は失礼して、お風呂を頂いてきます」
「へっ?お前さんは一緒に食わんのか?」
「じ、自分なんかには、こんなご馳走もったいないです!僕は後で、福々さまのお残しになったものを頂きますので……」
「……飯を食うのに、もったいないもヘチマもあらへんわ。阿保な事言うとらんで、そこに座って一緒に食べぇ」
「は、はいっ!」
僕の言葉を遮るように掛けられたその声は、とても静かではあったけれど、少しの有無も言わせんばかりの威厳と迫力に満ち溢れたものだった。
その一声に、すぐさまその場でビシッと姿勢を正して返事をすると、慌ててちゃぶ台の前に正座をした。
僕が座ると、福々さまがすぐに「いただきます!」と手を合わせて箸を取ったので、自分もそれに倣った。
僕は箸を持ちながらも、ちゃんと福々さまの口に合うものを作れたかがとても心配で、ハラハラしながら様子を見守った。
福々さまは魚の煮付けを箸でつまみ、そのまま大きな口に運ぶと「おおっ、美味いわ!」と目を大きく見張らせて喜んでくれた。
それが凄く嬉しくて「ありがとうございます!」とお礼を伝えると、途端に福々さまがギョッとしたように目を丸くさせて、慌てたように僕に顔を向けると「ごほんっ……ま、まぁまぁやな」と言い直して、まるで照れを隠すように黙々とご飯を食べ始めた。
つっけんどんな態度を取っているけれど、もしかしたらただ照れ屋なだけなのかもしれないなぁ。
福々さまを見ながらそんな事を思いつつも、物凄いご馳走を前にして、今にもお腹が鳴りそうなぐらい空腹感が込み上げてきてしまった僕は、我慢出来ずに料理に箸を伸ばすと、遠慮も忘れて美味しいご飯を夢中になって食べてしまったのだった。
***
「ご馳走さん。ふぅ、腹いっぱいやわぁ」
「ご、ご馳走様でした!」
たくさん作ったので全部食べ切れるか少し心配していたけれど、福々さまは並べられた料理を、魚の一片も残さないぐらい綺麗にペロリと食べてくれた。
箸を置いた福々さまは、片手で後ろ手を突いて楽な姿勢に座り直すと、ますます大きく膨らんだ太鼓腹を満足そうにポンポンと叩いた。
「多聞、すまんが茶を一杯入れてくれんか?」
「えっ?……あっ、は、はいっ!」
まさか名前で呼んで貰えるだなんて思っていなかったから、とてもびっくりしてしまった。
少しドギマギしてしまったけれど、すぐに気を取り直して立ち上がると、台所へと向かおうとする。
その時、夕食の支度に奔走していてうっかり失念してしまっていたけれど、そういえば貢物の中にお酒があった事をふと思い出した。
「福々さま、お持ちした物の中にお酒もあったのですが、良ければそちらも一緒にお持ちしますか?」
「へっ!?さ、酒があるんかっ!?」
「は、はい。その……福々さまにお出し出来るような、上等な物ではないかもしれませんが……」
「そんなん構わへん!酒があるんやったら茶なんかいらへんさかい、はよ持ってきぃ!!」
「わ、わかりました!」
福々さまから物凄い形相でせっつかれ、駆け足で台所に向かうと、しょいこの中から一抱えほどもある大きな白い徳利を取り出した。
それから器も必要だと思い、辺りをキョロキョロと見回すと、棚に丁度良い大きさの漆器のお椀があったのでそれを手に取ると、徳利を割ってしまわないように懐にしっかりと抱えながら居間へと急いだ。
そうやって居間に戻ってくると、福々さまがちゃぶ台の前で今か今かと身を乗り出して待っていたので、急いでお椀にお酒を注いでお渡しすると、すぐさま勢いよく口元へと運んでいき、そのまま喉を鳴らして豪快に飲み干してしまった。
「かぁっ!!うまいわぁ!!」
「よ、喜んでいただけて良かったです」
「おう!酒なんてもう100年振りくらいやろうか……ほんま沁みるわぁ」
「えっ!?そ、そんなに長い間飲まれていなかったのですか?」
「せやなぁ……もう長い事、人間とは会うておらんかったさかい、昔はよう貰っとったんやけど……って、そないな事よりも酒や!今夜は飲み明かすさかい、どんどん注いでいってや!」
「は、はい!」
よほどお酒が好きなのか、福々さまはとても上機嫌な様子で、お椀に注がれていくお酒をグビグビと次々に飲み干していった。
最初はずっしりと重かった徳利も、中身が凄い勢いで減っていきどんどん軽くなっていく。
そうしているうちに福々さまの顔はどんどん赤くなっていき……ついには真っ赤になるぐらいに酔っ払ってしまったのだった。
………
………………
………………………
「ガッハッハ!ええ気持ちやわぁ」
すっかり出来上がってしまった福々さまは、あの仏頂面が嘘のようにニコニコと顔を綻ばせ、豪快に大口を開けて笑っている。
グイッと飲み干したお椀を差し出されたので、またすぐにお酒を注ごうとしたけれど、徳利の口からポタッと一滴の雫が零れ落ちていったのを最後に、どれだけ揺すっても振っても、もう一滴も出てこなくなってしまった。
「ふ、福々さま……お酒がもうなくなってしまったようです」
「な、なんやてっ!?」
「も、もうしわけありません!」
大きく目を見開き、あんぐりと口を開けた驚愕の表情の福々さまに、慌てて深々と頭を下げて謝る。
全然自分が悪い訳では無いのだけど、本当に衝撃を受けているみたいだから、なんだか申し訳ない。
「ふぅ、まぁしゃあないか……ぎょうさん飲んださかいなぁ」
その声に顔を上げると、後ろ手を突いて座りながら、しみじみと天井を見上げる福々さまの姿が見えて……その途端、僕の心臓はドキンッと大きく跳ね上がってしまった。
後ろにもたれるように胡座を崩したためか、浴衣の裾が大きくはだけてしまい、隠れていた股座が開けっ広げになってしまっていた。
そうして露わになった赤い褌は、こんもりとした中身に押されて前袋が大きく緩んでしまっていて、そのせいで周りの体毛よりも一段と濃い色をした股毛だけでなく、とんでもない大きさの玉袋まで丸見えにさせてしまっていた。
それはまさに狸の八畳敷きと呼べる大きさで……こんなに大きいのは生まれてこのかた見た事がなかった。
他の部分と違って、毛が薄っすらとしか生えてなくて、少し黒っぽい色をしているけれど、人間のものとそんなに変わらないように見える。
玉袋だけでなく竿の方も見たいのに、前袋が邪魔で見る事が出来なくて、なんとか見えないものかと体を前のめりにして覗き込んでみる。
「なんや?ひとの股座を熱心に覗き見よって」
「えっ?」
その声にハッとして顔を上げると、なんと福々さまが僕の事をジロリと睨みつけていた。
「も、申し訳ありませんっ!!……その……あの……」
山神さま相手にとんでもない無礼を働いてしまった事に気が付き、慌てふためいてしまいながらも、急いで畳に両手と額をつけて必死に謝った。
「真面目そうな顔して、とんだ助平坊主やったで……こら仕置きをせんとあかんなぁ」
すると、平伏している僕の耳にそんな言葉が聞こえてきたかと思うと、突然太い腕が伸びてきて、そのまま両脇に手を入れられると、軽々と体を持ち上げられてしまった。
そして気が付けば、いつの間にか福々さまの胡座の上に横向きに乗せられ、丸太のような太い腕で、胸元にギュウッと力強く抱き寄せられてしまっていた。
「ふ、福々さま……」
「ぐふふっ……初めて見た時にも思うたけど、ほんまにかわええ顔しとるわぁ」
愉快そうに酒焼けした声でそう呟くと、僕の顔をズイッと覗き込んでくる。
そうして目に入ってきた赤ら顔は、素面の時の仏頂面が嘘のように好色に歪んでいて、ニタリといやらしい笑みを浮かべていた。
息遣いがとても荒く、呼吸をする度に太い牙を覗かせる大きな口から酒臭い息が吐き出され、それは汗ばんだ体から漂ってくる獣のような匂いと合わさりながら、否応なしに鼻へと届いてくる。
それは決していい匂いとはいえない筈なのに、嗅いでいると何故だか頭がポーッとして、内側から体がどんどん熱くなってきてしまう。
「んっ?酒も飲んどらんのに、こないに顔を赤くしよってどないしたんや?」
「い、いえっ、なんでもありませんっ!」
「そうか?……まさかとは思うけど、山神であるこのワシに欲情しとるんやないやろうなぁ?」
「そ、そんなっ、そんな恐れ多い事は絶対にありませんっ!!」
「ほんまか?それやったら……これはなんかいなっ?」
「んぅっ!!」
その瞬間、まるで雷に打たれたような感覚が体を駆け巡り、思わず大きな声を上げてしまった。
福々さまの熊手のように大きな手のひらが、着物越しに僕のちんちんを鷲掴みにしたのだ。
「ガッハッハ!ちょいと握られたぐらいで、生娘みたいな声を上げよって……こら筆下ろしも済ませとらんな?」
豪快な笑い声と共に投げ掛けられた明け透けな言葉に、自分の顔がこれ以上ないくらいに真っ赤になっていくのがわかった。
みっともなくてひた隠しにしてきた事を、まんまと見透かされてしまい、まるで心を丸裸にされてしまったみたいだった。
本当に恥ずかしくて情けなくて……堪らえられずに涙が滲んできてしまう。
「どらっ、童貞小僧のちんぽこがどんなもんか、見たろうかな?」
そう言い終えるが早いか、ちんちんを掴んでいた大きな手が離されたかと思うと、すぐさま着物の前を両手で乱暴に開かれてしまい、肌も露わの裸同然の姿にされてしまう。
しかもそれだけでは終わらずに、そのまま止める間もなく褌を引っ掴まれると、引きちぎらんばかりに荒々しく剥ぎ取られてしまった。
「あっ!!……お、お許し下さいっ!!」
最後の砦の褌を取られてしまい、すぐに慌てて両手で股座を覆い隠したけれど、懇願の言葉も虚しく、すぐに太い腕が伸びてきて、必死に隠そうとする手を無情にも引き剥がしていった。
そうして褌も覆い隠す手も失い、ピンと上向いたちんちんが面前に曝け出されてしまうと、福々さまが身を乗り出して、まるで検めるかのようにしげしげと覗き込んできた。
「ほぉ?えらい細っこいけど、なかなかの長物を持っとるやないか?おぼこい顔しよる癖に生意気やなぁ……いっちょ可愛がったるか」
「えっ?」
言葉の意味が分からずに呆けていると、いきなり太い腕が勢いよく股座に伸びてきた。
そして、大きな手でちんちんをギュッと握られてしまうと、そのまま荒々しい手つきで上下に扱き始められてしまった。
「あっ、あっ、あっ!!」
勃起しても被ったままの包皮の上から、ゴツゴツした手のひらで釣竿を磨くようにゴシゴシと扱かれる。
初めて自分以外から直にちんちんを触られて、そして扱かれて……あまりの気持ち良さに善がり声を上げることしか出来ない。
「あぁっ……!!」
ピュッ!!ピュッ……ピュッ……
でも、そんな声を上げることすらも、すぐに出来なくなってしまった。
頭が真っ白になる程の快感が迸ると、体がビクンビクンと痙攣して……自分が果ててしまったんだという事に気が付いた。
「ガッハッハ!この小僧っ、ほんの三擦り半で精を吐き出しよったわ!」
初めて他人の手で吐精させられて、自分でするのとはまるで違う、これまで経験した事のない程の気持ち良さに恍惚としつつも、それとは別に何か大切な物を奪われたような喪失感にも見舞われる。
けれど、そんな異なる気持ちが綯い交ぜになった感情の波に揺蕩いながらも、未だ精を漏らしヒクつくちんちんから溢れ来る余韻を、まじろぎもせずに噛み締め続けた。
「かわええ顔しよってからに……ほんま堪らへんわ。どらっ、そろそろ新鉢を割ったるか」
そう言い終えると、ポーッと余韻に浸る僕の体を抱えて、畳の上に横たわらせた。
福々さまの腕の中から固い畳の上へと移されると、先ほどまで自分を包み込んでくれていた柔らかな感触や温もりがたちまちに失われてしまい、心細さで胸がいっぱいになる。
またあの太くて逞しい腕で抱かれたい……柔らかで温かな体に包まれたい。
そう思うあまりに、まるで抱っこをせがむ赤子のように、福々さまへと腕を伸ばしてしまいそうになる。
そんな僕の心情を知ってか知らずか、福々さまは畳に両手を突くと、僕の体に上から覆い被さってきた。
僕の事を見下ろしている福々さまの顔が、目と鼻の先にあって、その赤ら顔はさっきまでとは違い、どこか優し気に見えた。
その顔が段々と近づいて来て……初めての口づけの予感に、胸の高鳴りが最高潮に達し、堪えられずに固く目を瞑ってしまう。
身を震わせながら唇が重なるのを待っていると、身動きもままならない程の重みがズシリと体にのしかかってきて、そのまま息を凝らしてジッとしていると……ふいにこれまでとは違う息遣いが耳に届いてきた。
「すぅ……すぅ……ぐぅ……ぐがぁ…….」
「……えっ?」
すぐ耳元から聞こえてくるふいごのような呼吸の音に、それまで固く閉じていた目をゆっくりと開くと、恐る恐る首を傾けて様子を窺ってみた。
すると、大口を開けていびきをかいている、福々さまの寝顔が見えてきた。
「ふ、福々さまっ!?……ね、寝てしまったのですか?」
まさかの事にとても驚いてしまったけれど、眠ってしまったせいもあってか、福々さまの体が本当に重くて……このままではペチャンコにされてしまいそうだったので、ひとまず起こさない様に気を付けながら必死に這いずって、なんとか体の下から抜け出した。
それからすぐに横に正座して、そっと様子を窺ってみたけれど、福々さまは気持ち良さそうに寝息を立てたままで、全然起きる気配が無さそうだった。
でも、こんな所で寝ていたら風邪を引いてしまうと思い、体を揺り動かしてでも起こそうか迷ったものの、山神さまの眠りを妨げたりしたらただでは済まないかもしれないと思い直して、やっぱり起こすのはやめておく事にした。
起こす事は諦めたものの、せめて体に何か掛けてあげようと、社殿の中をあちこち探してみると、布団が敷かれっぱなしになっている寝室を見つけたので、すぐに掛け布団を抱えて居間へと戻ると、福々さまの体にそっと掛けてあげた。
それから物音を立てないように気を付けながら、夕食の後片付けを済ませると、自分もお湯を頂く事にした。
***
ザプンッ……チャプ……チャプ……
「ふぅ……気持ちいい」
溢れんばかりの湯船にゆっくりと体を沈めると、あまりの気持ち良さに自然と言葉が出てきた。
外から竹を通して引かれている温泉は、福々さまの言う通り本当に良いお湯で、こうして浸かっていると、体の芯からポカポカと温かくなってくる。
ようやく人心地つけてホッとしながらも……胸の奥では、モヤモヤとしたやるせない気持ちが燻り続けていた。
『かわええ顔しよってからに……ほんま堪らへんわ。どらっ、そろそろ新鉢を割ったるか』
福々さまの言っていた『新鉢を割る』という言葉。
あれは確か、女の人の初めてを奪うという意味だったはずだ。
僕は男なのに……どうしてあんな事を言ったのだろう?
あっ、でも……そういえば前に宴会の手伝いに行った時に『男同士でまぐわう時は、ぼぼの代わりに尻の穴に入れるんだ!』って、酔っ払ったみんなが話しているのを聞いた事があった気がする。
ということは……もし福々さまがああして眠りに落ちていなかったら、あの大きなちんちんをお尻に入れられていたのだろうか?
そうなっていたらと想像するだけで、胸が物凄くドキドキして……顔がどんどん熱くなっていってしまう。
そんな風に悶々としているうちに、お湯の熱さも相まってか、すっかりのぼせてしまい……フラフラになりながらもお湯から上がると、お風呂場を後にした。
そうして居間へと戻ってくると、先ほどと変わらずに、福々さまは気持ち良さそうに寝息を立てていたけれど、寝相が悪いのか、掛けてあげた布団がずり落ちてしまっていた。
そんな福々さまにそっと布団を掛け直してあげてから、自分も肌掛けを使わせてもらって、居間の畳の上で横になると、疲れもあってかあっという間に眠ってしまったのだった。
………
………………
翌日の朝、昨日の今日で大分気まずかったものの、目を覚ました福々さまに「お、おはようございます!」とドキドキしながら挨拶をした。
けれど、当の福々さまは「おう……おはようさん」とだけ素っ気なく返すと、相変わらずの仏頂面のまま、早々と厠へと行ってしまった。
その後も、一日中そわそわしながら過ごしていただけれど、結局、昨晩の出来事について触れられる事はなくて……もしかしたら沢山お酒を飲んだせいで、酔っ払った後の事は覚えていないのかもしれない。
それならそれで、ホッとした部分も確かにあったけれど……それ以上にやっぱりやるせなくて、とても寂しかった。
***
それから福々さまの元で、居候としてお世話になる生活が始まった。
朝起きて一緒に朝ごはんを食べてからは、僕は掃除や洗濯などの家事をして、福々さまは社殿の裏手で薪を割ったり、山に山菜や魚を採りに行ったりと、外の仕事をしてくれた。
夕方になったら、先に福々さまにお風呂に入ってもらい、その間に僕は食事の支度を済ませると、お風呂上がりでご機嫌な福々さまと一緒に夕ご飯を食べて、その後自分もお風呂に入ったら、居間で一緒にお茶を飲んでから、寝室に布団を二組並べて一緒に眠った。
そんな風に毎日を一緒に過ごすようになってからも、福々さまの仏頂面やぶっきらぼうな態度は相変わらずのままだったけれど、危なかったり大変だったりする仕事は頑として僕にさせなかったり、ご飯の後に「ま、まぁまぁ美味かったで」と照れくさそうに僕の料理を褒めてくれたり……そんな素振りや言葉の節々から、僕の事を思いやってくれている気持ちがひしひしと伝わってきて、照れ隠しにあんな風に振る舞っているけれど、本当はとても心の優しい方なのだという事が少しずつわかってきた。
そんな福々さまへの気持ちは、日に日に募るばかりだったけど、当の福々さまはやっぱりいつもそっけなくて……あの夜のように体に触れてくれる事は一度もなかった。
あれはお酒によって起きてしまった事故のようなもので……こんな僕なんかが、福々さまに恋心を抱いたりしてはいけない事は分かっている。
それでも一度知ってしまった温もりを忘れる事が出来なくて……寂しさを紛らわす為に、夜更けに布団を抜け出しては脱衣所へと向かい、籠に入れられた福々さまの汗と匂いの染み込んだ褌を手に取って……こっそりと自分を慰めていた。
だけどそうして出してしまった後は、決まって自分の浅ましさや嫌らしさに、物凄い自己嫌悪に陥ってしまって……こんな自分なんかが、ここに居ても良いのだろうかと考えてしまう。
福々さまはとても優しいから、僕に出ていけなんて言わないけれど……やっぱり迷惑だと思われているんじゃないだろうか。
いつまでも居候をして迷惑を掛け続ける訳にもいかない……だけど、ここを出て行っても行くあてなんてないし……
僕は一体……どうしたらいいんだろう。
***
福々さまにお世話になってから、かれこれふた月ほどの月日が流れた。
ここへ来た時には色鮮やかな紅葉をつけていた木々も、今ではすっかり葉を落として、季節は秋から冬へと移ろいつつあった。
僕と福々さまは、もうじきやってくる長く厳しい冬に備える為に、山で採れた山菜や木の実、川で釣った魚を日持ちするように干したり、社殿が雪で潰れたりしないように木材で補強したりと、せっせと冬籠りの準備を進めていた。
「ふぅ……こんぐらいしとけば、大雪が降ってもだんないやろう」
木枯らしが吹きつける昼下がり、大仕事を終えた福々さまが、額の汗を腕で拭いながらとても満足そうに呟いた。
何日も掛けて二人でコツコツと進めてきた社殿の補強を、ついに終える事が出来たのだ。
すっかりと冬支度を整えた社殿の姿を、僕と福々さまは一緒に立ち並んで、正門の前の石畳の上からしみじみと見上げていた。
「福々さま、本当にお疲れ様でした!」
「おう。その……多聞が手伝ってくれたお陰で、今年はえらい楽やったさかい……おおきにな」
「えっ!?……そ、そんな……僕なんて、いつも福々さまのお邪魔をしてばかりで……」
「……そないな事ない。ワシはお前さんを邪魔やなんて思うた事なんて、一度もあらへんで」
「福々さま……」
「ふ、ふんっ!ひと段落ついた事やし、ちょっと中で一服するさかい。そないな辛気臭い顔しとらんで、あったかい茶を淹れてや!」
「……はいっ!」
ガサガサ……ガサッ……
「見つけた……おーいっ!!ここにいたぞぉっ!!」
「えっ?」
突然、背後から茂みをかき分ける音に続いて、とても大きな声が聞こえてきたので、驚いて振り返ってみると、男の人が一人、こちらに向かって指を差している姿が目に飛び込んできた。
すると、その声を合図にするようにして、林の中から一人また一人と、鍬や斧、鋤などの農具を手に携えた沢山の人たちが、次々と姿を現し始めたかと思うと、なんと一斉にこちらへ向かって走ってきた。
そうして近づくにつれて見えてきた、その人たちの正体は……村のみんなだった。
村長さま……田吾作さん……源次郎さん……左衛門さん……
もう二度と会う事は出来ないと思っていた村の人たちが、ただならない様子で駆け寄ってくる姿に、動揺して声を出すことも出来ずに固まっていると……気が付いた時には、みんなに追い立てられるようにして、僕と福々さまは取り囲まれてしまっていた。
「な、なんやっ!お前さんたちはっ!?」
福々さまは威嚇するように大声を張り上げながら、僕の体を引き寄せると、自分の背中の後ろに連れてきて、覆い隠すように庇ってくれた。
村の人たちは異様な雰囲気に包まれていて、みんな子供の頃から知っている人たちばかりの筈なのに……怖くて怖くて堪らない。
僕は震える手で福々さまの浴衣を掴むと、その大きな背中に必死にしがみついた。
「見ろっ!やっぱり多聞の奴、生きていやがった!!」
「それだけじゃねぇ!とんでもねぇバケモンまでいるぞ!!」
「通りで災いが続くはずだ……きっと多聞の奴が、このバケモンと手を組んで、山神さまを殺して喰っちまったんだ!!」
村の人たちは目をギラギラと血走らせて、僕たちのことを睨み付けながら、そんなとんでもない話を口々に言い合っている。
そんなのは誤解だって、みんなに伝えないと……
福々さまが山神さまで、化け物なんかじゃないって……
ガタガタと震えてしまっている自分を懸命に鼓舞すると、必死の思いで口を開いた。
「ち、違いますっ!この方は……」
「黙れっ!!この恩知らずが……身寄りのねぇお前を助けてやった俺らへの恩を、仇で返しやがって!!」
「お前のせいで、このままじゃ村のもんは皆んな飢え死にだ!!」
「お前が山神さまにちゃんと喰われてれば、こんな事にはならなかったんだ!!」
「自分さえよければ、村のもんはどうでもいいのかよっ!?この人でなしがっ!!」
福々さまの事をなんとか伝えたいのに、村の人たちは全く聞く耳を持ってくれなくて、取り付く島もない。
その上、みんなの言葉の至るところから、僕に対する怒りや憎しみの気持ちがひしひしと伝わってきて……とても怖くて、悲しくて……声を出す事が出来なくなってしまう。
「お前らっ……ええ加減にせぇっ!!!!」
「ひぃっ!!」
その時、福々さまが凄まじい怒気を孕んだ大声で、村の人たちを怒鳴りつけた。
その声は天地を揺るがすような迫力と威圧感に満ちていて、後ろにいる僕までもが全身にビリビリと響いてくるほどだった。
「黙って聞いとれば、勝手な事ばっかし抜かしよって……ワシらの前から、ちゃっちゃと消え失せぇっ!!」
「うっ……バ、バケモンが偉そうにしてるんじゃねぇぞっ!!」
「そ、そうだそうだ!どでかいバケモンだっつっても、たかが一匹じゃねぇか!」
「権兵衛の言う通りだ!それに……このバケモンと多聞をやっちまえば、死んじまった山神さまの怒りも少しは収まるかもしれねぇ……みんな、やっちまおうぜ!!」
村の人たちはそう息巻いて顔を見合わせると、僕たちの方へ向かって一歩、一歩と足を踏み出し、まるで獲物を追い詰めるかのようにジリジリとにじり寄って来た。
そうして今にも誰かが農具を振り上げようとした……その時。
福々さまがそれまで僕を庇っていた手を離して、忙しなく自分の胸の前で両手を合わせたかと思うと、今度はこれまで見た事のない不思議な形に指を組み合わせ始めた。
「ええいっ……こうなりゃ破れかぶれやっ!!……スゥゥッ……むぅんっっ!!!!」
ゴロゴロ……ゴロゴロゴロゴロ……ピカッ……ドゴオォォォンッ!!!!!!
福々さまが全身の毛を逆立てながら、力強い唸り声を轟かせたかと思うと、それまで晴れ渡っていた空に、突如して暗雲が立ち込め始め……それはあっという間に太陽を覆い隠すと、すぐさま恐ろしい雷鳴を鳴り響かせながら、あちこちに雷を落とし始めた。
「うわあっ!!」
「ひいっ!!」
「や、山神さまの怒りだぁ!!」
襲い掛からんとばかりに次々と落ちてくる雷に、村の人たちは持っていた農具を放り捨てると、頭を両手で覆いながらしゃがみ込んで、ブルブルと震え出した。
「死にとうなかったら、ちゃっちゃと消え失せぇ!!もしまたワシらの前に、その顔を見したりでもしたら……そん時はお前らの村を滅ぼしたるさかいなっ!!」
「ひえぇっ!!」
「に、逃げろぉっ!!」
雷鳴にも負けずに轟く大喝に、村の人たちは放った農具もそのままに、慌てふためきながら逃げ始めた。
天変地異のように雷が降り落ちてくる中、次々に元来た林の中へと逃げ込んでいく。
やがて、みんなの姿が完全に林の中へと消えて見えなくなったかと思うと、あれだけ鳴り響いていた雷鳴がピタリと止み、立ち込めていた暗雲までもが瞬く間に晴れ渡ると、また元通りの青空へと戻っていった。
「ぐっ……!!」
信じられない光景の連続に、呆然として動けずにいると、僕を庇うようにして前に立っていた福々さまが、ガクッと片膝をついてしゃがみ込んでしまった。
「ふ、福々さまっ!!だ、大丈夫ですか!?」
突然の事にとても狼狽えてしまいながらも、すぐに自分もしゃがみ込むと、両手で体を支えた。
心配で顔を覗き込んでみると、福々さまはゼイゼイと息を切らしながら、苦々しく顔をしかめていた。
「た、大した事あらへん……心配せんでええ」
「で、でも……」
「だんない……ちょっと休めば、すぐに楽になるさかい。多聞、すまんが肩を貸して貰うてもええか?」
「は、はいっ!」
福々さまの腕を抱えて、その下から潜るようにして自分の肩に乗せると、いっせいのせで息を合わせて一気に立ち上がった。
自分の倍以上はある巨体の重みに、思わずよろけてしまいそうになったけれど、歯を食いしばって踏ん張り、福々さまの事を懸命に支えながら歩いて……そうしてなんとか、居間まで辿り着く事が出来たのだった。
***
「ズズッ……ふぅ、美味いわぁ」
居間のちゃぶ台の前でどっしりと胡座をかいた福々さまは、湯気がほわほわと昇るお茶を啜ると、人心地ついたようにそう呟いた。
「福々さま……本当に大丈夫ですか?」
「おう。おかげで助かったさかい……おおきにな」
すぐ隣に正座をして、心配で様子を窺う僕に対して、福々さまは少しばつが悪そうにそう答えてくれた。
お茶を淹れてくる前はまだ少し辛そうにしていたけれど、今はだいぶ落ち着いてきたみたいで、表情も普段の仏頂面に戻っている。
そんな福々さまの様子に少し安心したのか、今まで張り詰めていた気持ちの糸がゆっくりと緩んでいった。
「良かった……福々さまに何事もなくて……本当に良かったです」
「多聞……心配掛けてしもうて、ほんまにすまんかったな。ワシはもうだんないさかい、安心しぃ」
福々さまはそう言いながら、こちらに体を向けると、僕の頭に大きな手をポンと乗せた。
何だろう?と不思議に思いながらキョトンとしていると、なんとそのままワシャワシャと頭を撫で始めた。
福々さまからそんな事をされるのは初めての事だったので、本当にびっくりしてしまい、声を出すことも出来ずに固まってしまう。
だけど、労わるように撫でてくれている大きな手のひらからは、温かくて優しい気持ちがじんわりと伝わってきて……僕の心は、嬉しい気持ちでいっぱいになっていった。
「少しばかし……ワシの昔話を、聞いて貰うてもええやろうか?」
「は、はい……」
とても嬉しいのだけど、やっぱり恥ずかしくて……照れ臭さから顔を見る事も出来ず、俯いたまま返事をしてしまう僕に、福々さまはポツリポツリと、自分の昔の話を語り始めてくれた。
………
………………
今よりもずっと昔、ワシは人間たちと共に暮らしておった。
この社殿も今のように寂れたりしてはおらんで、近くの村々からは毎日のように参拝に来る者もぎょうさんおったし、祭りの日ともなったら、皆して歌えや踊れやで……そらぁえらい盛り上がったもんやった。
狸神、山神、守神……その時々で呼び方は違うとったけども、皆、ワシの事を慕うてくれとって、ワシ自身も人間がかわいくてしゃあなかった。
楽しい時もしんどい時も、皆で一緒に笑って泣いて、共に暮らし生きてきた。
せやのに……そないな皆の暮らしを、ワシは壊してしもうたんや。
ある年に、何百年に一度あるかっちゅうぐらいのえらい大雨が降った。
そん時に、この福寿山のてっぺんで地滑りが起きてしもうて、それはどんどんと勢いを増しながら麓の村へと迫っていった。
それに気が付くと、ワシは大急ぎで村まで飛んで行って、皆に逃げるように伝えたんやけど、村には年寄りや童、足の悪いもんもようけおって……とてもやないけど間に合いそうになかった。
そうして、ついにやって来てしもうた土砂流が、今にも村を呑み込まんとした時、ワシはどないしても皆を見殺しにする事が出来んで……これまでずっと自分に課してきた禁を破って、皆の前で神力を使うてしもうたんや。
「禁……神力……」
うむ……それまでもワシは、疫病が流行る前に風で散らしたり、日照りにならんように雨を降らしたりと、皆の暮らしを陰からこっそりと守ってはおった。
せやけど、それは皆が互いに助け合いながら、自分らの力で生きていくのを妨げん範疇でと決めとった。
なんでかっちゅうと……過ぎた手助けは相手の為にならんという事を、ワシは身に染みて知っておったからや。
せやから、皆の前では絶対に神力を使わんようにしてきたし、そないなワシを役立たずの神やと嘲ったり、罵る者もおったけど……ほんでも自分に課した禁だけは、何としても守り通してきた。
せやけど……その土砂流の一件以来、ワシの神力の事を知った皆は、何か困った事があるとすぐにワシを頼るようになってしもうた。
初めは頼み事をされても、毎度突っぱねておったんやけど、そうしとるうちに、いつしか断ろうにも断れんようになってしもうたんや。
「それは……どうしてなのですか?」
そのな……神っちゅうのは、皆して偉そうな顔をしとるけど、ほんまのところは人間を頼りに生きとる、えらい脆い存在なんよ。
人間が神を信奉する心……簡単に言うたら、皆の慕ってくれる気持ちが、ワシの命となり、ひいては神力となっておったんや。
せやけど、自分らを簡単に助ける事が出来るはずなのに、頼んでも聞いてくれん、何もしてくれへんような神を、慕うもんなど居るはずもないさかい……皆にそっぽを向かれたワシの神力は、みるみるうちに弱まっていってしもうた。
このままでは流石にあかんと思うたワシは、皆にまた自分を好いて貰えるように、残った力を使うて頼みを一つ一つ叶えていった。
せやけど、人間の願いには底があらへんさかい……叶えても叶えても、すぐにまた新しい頼み事を持ってこられてしまう。
堪らずに『そないにぎょうさんの願いには応えられん。ひと月に一つずつだけにして欲しい』と伝えると……それまで仲良う暮らしてきた村同士が、ワシの力を巡って戦を始めてしもうたんや。
すぐに村々を回って皆を必死に説得したんやけど、結局戦を止めることは叶わんくて……ぎょうさん悩んだ末に、戦をやめさせるにはこうするしかあらへんと思い至ったワシは、皆に別れの言葉を伝えると、この社殿の周りに不完全ではあったけど結界を張り巡らして、百年は誰も入ってこれへんようにした。
そん時にワシの中に残っておった力を、あらかた使うてしもうたもんやさかい、皆がそれからどないなったかは、わからんくなってしもうたけど……神なんていらんもんがおらんくなった事で、皆がまた仲良う暮らしてけるようになると、ワシは信じてきた。
せやのに……それから百年以上の月日が経ってから、お前さんのような若者が、ワシのせいで村を追い出される羽目になってしもうた。
………
………………
「お前さんは、ワシの事を山神やと思うてくれとるけど、ほんまのとこは神としての力はおろか……そう名乗る資格すら、もうあらへんのや。今のワシには、さっき呼ばれた通りの……バケモンって言葉が、似合いかもしれへんな」
時折、言葉を詰まらせながらも、最後まで話を聞かせてくれた福々さまは、最後に独り言のようにそう呟くと、ぎこちなく笑みを浮かべた。
その顔は笑っているのに、本当に寂しそうで、悲しそうで……ひしひしと伝わってくる悲痛な思いに、もう居ても立っても居られなかった。
「そんな事ありませんっ!!たとえ神さまでなくなったとしても、福々さまは福々さまです!……化け物なんかじゃ、絶対にありませんっ!!」
「多聞……おおきになぁ。お前さんは……ほんまに優しい子やわ」
「そ、そんな事は……って、あれ?福々さまは、もう力がないと言っていましたが……さっき雷を呼び出していたあれは、神力だったのではないですか?」
「うむ……正味な話、ワシも出来るかわからんかったんやけど……お前さんのお陰で、なんとか成功する事が出来たんや」
「えっ?ど、どうして僕のお陰なのですか?」
「それはな、お前さんのワシを慕う心……ワシの事を……す、好きやと思うてくれとる気持ちが、あないに大きな力をくれたんや」
「えぇっ!?そ、それは……その……」
「隠さんでええ……こないに落ちぶれたというても、まだ神の端くれやさかい。お前さんからの恋慕の気持ちは感じ取っておったし、何より……ワシの事を想いながら、夜中に手慰みをしとった事にも気付いとった」
「えっ……えぇっ!?」
まさか福々さまへの恋心だけでなく、自分で慰めていた事まで筒抜けだったなんて……
本当に恥ずかしく恥ずかしくて……穴があったら、今すぐ入りたかった。
「だ、だんない!その……こないな事を言うのは初めてやさかい……えらい小っ恥ずかしいんやけど……お前さんにだけ、恥ずかしい思いをさせてまうのは可哀想やさかい……せやから、一度しか言わへんさかい……ちゃんと聞いてな」
「は、はい……」
「ワシもお前さんの事を……心から好いとる」
「福々さまっ……!!」
厳つい顔を耳まで真っ赤にしながらも、伝えてくれたその言葉が本当に嬉しくて嬉しくて……我慢出来ずに飛びつかんばかりの勢いで、福々さまの大きな体に抱きついてしまった。
「どわっ!?」
「あっ……も、申し訳ありません!」
その途端に頭の上から、度肝を抜かれたような福々さまの声が聞こえてきて、ハッと我に返ると、慌てて謝りながら身を引こうとした。
でも、体が離れてしまう前に背中に太い腕が回され、そのまま胸元へとグッと抱き寄せられる。
「だんない……ちとばかし驚いてしもうただけや」
優しい声でそう語り掛けながら、体をギュウっと抱きしめてくれると、大きな手のひらで頭を撫でてくれた。
ずっと焦がれ続けてきた温もりに包み込まれて……嬉しくて堪らなくて、自分も精一杯に腕を回して、大きな体に抱きつく。
そうして弾力のある厚い胸に顔を埋めると、汗と獣臭さの混じり合った強い匂いが鼻へと届いてきた。
あの日と違ってお酒の匂いはしないけれど、そのおかげか福々さまの匂いがはっきりと感じられて……人によっては鼻をしかめてしまうような匂いの筈なのに、大好きな福々さまの匂いだと思うと嗅がずにはいられなくて……嗅げば嗅ぐほど、体がどんどん熱くなってきてしまう。
「んっ?……ガッハッハ!多聞、もうちんぽこを大きくしとるんか?」
「えっ?……わわっ!?ご、ごめんなさい!!」
豪快な笑い声と共に掛けられた言葉で、自分の体の変化にようやく気が付くと、顔から火が出そうになった。
僕のお尻の下にある福々さまのちんちんは、ふかふかと柔らかいままなのに……自分だけこんなにカチカチに固くして……本当に恥ずかしい。
「なんも謝る事なんかあらへん。そんだけ若いって事やさかい……どらっ!」
福々さまが威勢のいい掛け声を上げながら、体の合間に太い腕を差し込んできたかと思うと、すぐさま熊手のように大きな手のひらで、僕のちんちんをムギュッと鷲掴みにしてきた。
「んぁっ!!」
途端に、まるで雷に打たれたみたいに物凄い快感が迸ってきて、あまりの気持ち良さに体がビクンッと跳ね上がり、あられもない声を上げてしまった。
「おっと……気を付けんと、こないだみたいにすぐ出さしてまうな」
「えっ?こないだみたいにって……もしかしてあの夜の事を覚えているのですか?」
「あ、当たり前やろうが!あないなぐらいの酒で記憶を失くすほど、ワシはまだ耄碌しとらんで!」
「し、失礼しました!」
てっきりあの夜の事は忘れているものとばかり思っていたのに、まさか覚えていただなんて……
……福々さまって見た目だけじゃなく、中身もけっこう狸親父なのかも。
「ふふんっ、童貞小僧がこないに滾らせよって。このままじゃ治らへんなぁ?」
「んぅっ……あっ……あぁっ…….!!」
ゴツゴツした手のひらで竿をすっぽりと包み込まれたまま、柔らかい力加減でニギニギと揉みしだかれる。
凄く気持ちいいのだけど、上下に手を動かしてくれないものだから、まるで真綿で締められているみたいで、少しもどかしい。
「このまんま手で出してやってもええけど……多聞はどないしたい?」
「えっ?……僕は、その……で、でも……」
「なんも遠慮なんかせんでええ。正直に言うてみぃ」
「は、はい……その……僕、福々さまと……まぐわいたいです」
「そ、そかそか!それやったら、ここじゃなんやさかい……ふ、布団に行こか?」
「は、はい!」
なんだかドギマギした調子の福々さまは、僕を抱きかかえて立ち上がると、ドスドスと慌ただしげな足音を立てながら、寝室へと向かった。
その間、僕は腕の中で赤ん坊のように抱かれながらも、これから起こる事に胸を膨らませて、褌の中でちんちんを痛いくらいに張り詰めさせていた。
***
寝室に着いてから、慌ただしく布団を敷いた後、僕達はその上に並んで腰を下ろしていた。
福々さまはどっしりと胡座をかきながらも、厳しい顔をさらに強張らせて、なんだかばつが悪そうにソワソワとしている。
僕はその隣に正座をしつつも、ドキドキと胸を高鳴らせながら、福々さまの様子を窺っていた。
その時、ふっとお互いの視線が交わると、福々さまが赤らんだ頬をポリポリと掻きながら、照れくさそうに口を開いた。
「よ、よし……ひとまずワシが、お前さんの着物を脱がしたるさかいな、じっとしとるんやで」
「は、はい!」
お互いに向かい合うように座り直すと、福々さまが太い腕を伸ばして、僕の帯をスルスルと解いていった。
続けて着物を脱がされると、そのまま褌までも手早く解かれてしまい……あっという間に丸裸にされてしまった。
ピンピンに立ち上がったちんちんも丸出しの裸ん坊を、間近で見られてしまっていると思うと、恥ずかしさに顔がカァッと真っ赤になってしまう。
本当はすぐにでも両手で隠してしまいたかったけれど、福々さまから『じっとしとるんやで』と言われていたので、拳を強く握り締めて、恥ずかしさをぐっと堪えていた。
「かわええなぁ、多聞……ほんまにかわえぇ」
福々さまはそう語りかけながら、僕の頬に大きな手を添えると、愛おしむように優しく撫でてくれた。
それがとても嬉しくて、恥ずかしさに俯かせていた顔を上げてみると、熱っぽい瞳で僕の事をジッと見つめている、福々さまの顔が見えた。
あまり見たことのないその表情に、ドキドキしながらも自分も遠慮がちに視線を返してみると、その顔がゆっくりと近づいてくる。
不思議に思っている間に、あっという間に目の前が福々さまの顔でいっぱいになると、唇に柔らかで温かなものが触れて……口づけをしてもらえたんだとわかった。
夢にまで見た福々さまとの口づけは、本当に気持ち良くて……身も心も蕩けてしまいそうだった。
堪らずに自分からも唇を押し付けてみると、すぐに背中に手が回されて、体をギュッと抱き寄せられながら、さらに力強く唇を重ね合わせられる。
それは重ねる動きから啄む動きへと変わっていき、まるで食むようにして唇を吸われてしまう。
チュプッ……
そんな貪るような荒々しい口づけにすっかり骨抜きにされてしまっていると、僕の唇から音を立てて、福々さまの唇がゆっくりと離れていった。
そうして次第に見えてきた福々さまの顔は、また真っ赤っかになっていた。
「ど、どやった?……い、嫌やなかったやんな?」
「は、はい!凄く嬉しかったです!」
「そ、そかそか!それやったら良かったわ」
僕の言葉を聞いた福々さまは、ニコッと目尻を下げて、ホッとしたように顔を綻ばせた。
いつも厳しい顔をしていた福々さまの、そんな表情を見るのは初めてで、少しびっくりしてしまったけど、こんな風に優しい笑顔を見せてくれた事が本当に嬉しくて、自分も釣られるように満面の笑顔になってしまう。
すると、そんな僕の様子から察したのか、福々さまはハッとしたような表情を浮かべると、すぐに口元をへの字にして、またいつもの仏頂面へと戻ってしまった。
「うんと……そ、そやっ!新鉢を割るんやさかい、あれを塗らなあかんのやった」
急に何かを思い出したかのようにそう呟くと、慌ただしく立ち上がって、寝室の箪笥をゴソゴソと漁り始めた。
「おっ、あったあった!」
そうして目当ての物を見つけると足早に戻ってきて、また僕の向かいに腰を下ろして胡座をかくと、持って来た物を見せてくれた。
それはとても古めかしい木造りの印籠で、ここに来てから一度も見た事のない物だった。
「福々さま、この印籠には何か特別なものが入っているのですか?」
「そや。これにはな、昔、知り合いの仙人から貰うた軟膏が入っとるんよ。これを塗れば新鉢でも痛くならへんし、穴が裂けたりもせんよなるっちゅう、えらい優れもんなんや!」
そう教えてくれると、印籠の上蓋をパカっと外して、薄緑色をした軟膏を指で掬って見せてくれた。
そんなどこか得意げな福々さまとはあべこべに……僕はとても不安な気持ちでいっぱいになってしまっていた。
昔って……一体、何百年前の薬なんだろう?
そんなのをお尻に塗って、大丈夫なのかな……
それにちんちんをお尻の中に入れるだなんて……やっぱり凄く恐い。
でも、今更恐いだなんて……絶対に言えないし……
そんな風に考え込んでしまっていると、福々さまがハッとしたように口を開いた。
「だ、だんない!そないに恐がらんでええ。これがあれば、なんも心配せんでええさかい……ほんまは酒もあったら良かったんやけど……」
「えっ?どうしてお酒がいるのですか?」
「そのな……これまで祭事やらで、どうしてもまぐあわなあかん時は……いつも気付けに、酒をたらふく飲んでからしとったさかい……せやから、素面でまぐわうのは……その……初めてなんや」
「そ、そうだったのですか……」
そう打ち明けてくれた福々さまは、とてもオドオドしていて……いつも頼り甲斐があって男らしかった福々さまの、そんな姿を見るのは初めてで……なんとか元気付けたかったのだけど……なんて言葉をかけたらいいのか、わからなかった。
あれこれ思いを巡らせていた時、ふいに僕の手に大きな手のひらが重ねられたかと思うと、福々さまが僕の目をまっすぐに見つめながら、真剣な面持ちで口を開いた。
「せやけど……今日は他でもない、お前さんの初めてを貰うんやさかい……酒なんていらん」
「福々さま……」
「お、おっと!……そういやお前さんだけ裸にしといて、ワシの方はまだ脱いどらんかったわ。すぐに脱ぐさかい、ちょっと待っとってな!」
福々さまは顔を真っ赤にしながら、慌てたように重ねていた手をパッと離すと、せかせかと忙しない手つきで着物の帯を解き始めた。
そうして帯を解いて着物も脱ぐと、全身が体毛に覆われているどっしりとした体が、目の前にあらわれた。
その山のように大きな体には、たっぷりと肉がついていて、痩せっぽちな自分とは全然違って凄く格好良い。
ほとんどの部分が枯葉のようなくすんだ茶褐色をしているけれど、胸からお腹にかけては白茶色の体毛が生えていた。
しげしげと見入りながら、鼓のように大きなお腹のさらに下へと視線を落としていくと、ボロボロに擦り切れた赤い褌が目に入ってくる。
褌は内側から大きく突き上げられていて、緩んだ前袋からは、股座で一段と濃く生い茂っている黒茶色の毛や、八畳敷きの玉袋が丸見えになってしまっていた。
その光景に目を釘付けにされていると、おもむろに前垂れが持ち上げられて、そのまま結び目にも指が掛けられると、ついに褌が解けて前袋がハラリと落ちていった。
そうして露わになった福々さまの股座には、たぷんと中身の詰まった大きな玉袋に乗っかるようにして、物凄く太い竿が雄々しくそそり立っていた。
それは僕のものよりは短く見えるけれど、太さは一回りどころか、二回りも三回りも太くて……まるで筍が生えているみたいだ。
なにより、分厚い包皮の先から顔を出している亀頭が赤黒いどどめ色をしていて……それは薄桃色をした自分のものなんかとは全然違う……まさに大人の男のちんちんだった。
そんな立派なものを前に、自分の未熟なものを晒している事が恥ずかしくて堪らなくなって……慌てて両手でちんちんを覆い隠した。
「ふふっ……そないに恥ずかしがらんでええ。お前さんも男やったら、前を隠したりせんで堂々とせなあかんぞ」
「は、はい……」
「それじゃあ裸にもなった事やし、今度は布団に横になって、赤ん坊みたいに股を開いてごらん」
「えっ!?……わ、わかりました」
福々さまから股を開けと言われて、とても戸惑ってしまったけれど、覚悟を決めて言われた通りにする事にした。
おずおずと布団の上に仰向けに寝そべり、恥ずかしい気持ちを必死に堪えながら、股座から両手をパッと離すと、太ももを抱えて精一杯に股を開いた。
すると、僕の股の間に福々さまが膝立ちでやってきて、無防備に晒されている股座をしげしげと覗き込み始めた。
「よしよし、次は軟膏を塗るさかい。ちと冷っこいと思うけど、堪忍してな!」
「は、はい」
恥ずかしさと緊張で身が縮む思いのなかジッと待ち構えていると、肛門にヌメッとした冷たい感触が走り、堪えられずにビクンッと体が小さく跳ねてしまう。
そのまま尻の穴の表面を軟膏を伸ばすようになぞられた後、ついに指が尻の穴へと滑るようにして入ってきた。
お尻の中に異物を押し込まれるような苦しさと、太い指がまるで芋虫のように這い回る気色の悪い感触を、唇を噛み締めながらグッと堪えていると、やがてゆっくりと指が引き抜かれていった。
「よし、こんぐらい塗ればだんないやろう」
「あ、ありがとうございます……」
「多聞、よう頑張ったなぁ……偉かったで!いよいよちんぽを入れてくけど、なんも心配いらへん。ワシがお前さんを、ばっちし気持ちようしたるさかいな!」
「は、はい!」
優しい声でそう励ましてくれると、僕のお腹を安心させるようにポンポンと叩いてくれた。
すると、さっきまで緊張と不安でいっぱいだった気持ちが、ホッと和らいでいくのを感じた。
福々さまは目元を緩ませて、最後に軽くお腹を撫でてくれると、膝立ちになり、のっそりと体を動かしながら、僕の股座に自分の体をくっつけるように近づけていった。
それから程なくして、熱くて太いちんちんがヌメッとした感触と共に尻たぶに触れたかと思うと、そこから先走りを塗りたくりながら、そっとお尻の穴へとあてがわれていった。
「入れるで……力抜くんやぞ」
掛けられた言葉に頷いて返事をすると、ゆっくりと体重をかけるようにして、ついにちんちんがお尻の中へと入ってきた。
それは少しずつ、滑るようにして入ってきているのだけど、あの筍みたいに大きなちんちんが入れられているとは思えないほど、全然痛くもなければ苦しくもなかった。
それどころか……なんだかとても気持ちいい。
奥へ奥へと入れられていく程に、まるでちんちんを優しく撫で回されているような、ジンワリとした快感が湧き起こってくる。
「んぅっ!!」
その時だった。
ちんちんの裏側辺りの部分を擦り上げられた瞬間、さっきまでとは比べ物にならない快感が迸って、思わず甲高い声を上げてしまった。
その声はまるで女のようで……そんな声を男の自分が出してしまった事に、恥ずかしさで顔が真っ赤になっていく。
すると、そんな僕の事を見下ろしていた福々さまが、ニタリとしたり顔で笑みを浮かべたかと思うと、体を揺さぶるようにして力強く腰を振り始めた。
「うぁっ……あっ……あぁっ……」
山のような巨体が揺れ動き、寝室をガタガタと揺らすほどの勢いで、中を抉られ続ける。
八畳敷きの玉袋にビタンビタンとお尻を打ち付けられながら、荒々しく腰を振られ、ちんちんを何度も出し入れされる度に、物凄い快感が体中を駆け巡って、声を抑えることも出来ない。
「あっ……んっ……ひぅっ……あぁっ……うぁっ……!!」
「ふぅ……ふぅ……気持ちええっ……こないに気持ちええんは、初めてや……ぐぅっ……」
あまりの気持ち良さに、両手で布団を握り締めながら、女のような善がり声を上げ続けてしまう。
目から涙が溢れ出てくる中、何度も何度もお尻の中を抉られていると、突然、お餅が膨れ上がるような妙な感覚に襲われた。
それはすぐさま玉袋へとせりあがると、金玉を切ないほどに疼かせて、今にも精を吐き出させようとしてくる。
「福々さまっ……僕っ……で、出ちゃうっ……!!」
「そかそかっ!ぐぅっ……ワシも、もう出るさかい……多聞、一緒に出すでっ!!」
その言葉を合図に、福々さまは息を切らしながら、腰の動きを一段と激しくしていった。
全身から流れ出る大粒の汗が、腰を一振り、ちんちんを一突きとする度に、僕の体にポタポタと降り落ちてくる。
そしてとどめとばかりに、たけのこのようなちんちんが深く突き入れられ、奥の奥を擦り上げた瞬間、膨れた餅が破れるようにして、自分の中で何かが破裂するようにパチンと弾け飛んだ。
「あっ……うぁっ……あっ……んぁっ!!!!」
「ふぅっ……んっ……むぅっ……んぐぅっ!!!!」
ピュッ!!ピュッ……ドクドク……
ドビュッ!!!!ドビュッ!!ドプッ……ドプッ……
頭が真っ白になる程の快感の中、僕はちんちんを触られてもいないというのに、ピュッピュと勢いよく吐精してしまった。
それを見届けるように福々さまも少し遅れて、僕の中に精を吐き出していく。
その勢いは凄まじく、焼けるように熱い子種がピシャッビシャッと中を打ちつけてきて、まるで間欠泉のようだった。
そうしてたくさん出した後も、余韻を楽しむように腰を振り続けていた福々さまだったけれど、その動きも少しずつ鈍くなっていき……ゆっくりと収まっていった。
***
その後、すっかり汗だくになってしまった僕たちは、一緒にお風呂に入る事にした。
あまり広くない湯船に一緒に浸かるためにと、福々さまは子供を抱っこするように、僕を膝の上に乗せて、後ろから抱きかかえてくれている。
その上、肩や首元が冷えないようにと、お湯を掛けながら撫で洗いまでしてくれていて……まるで小さな子供になったみたいで少し恥ずかしかったけれど、福々さまの優しさがそれ以上に凄く嬉しかった。
だけど……福々さまが胡座をかいているものだから、僕のお尻に、大きなちんちんがずっと当たってしまってて……ふよふよした感触にお尻を撫でられる度に、物凄くドキドキしてしまう。
「そういや……お前さんと暮らしてから、もうふた月は経つっちゅうのに、こうして一緒に風呂に入るんは初めてやなぁ」
「そ、そうですね」
「何度か一緒に入ろうって誘っとったのに、お前さんが毎度断るもんやさかい。嫌われてはおらんって、わかってはおったけど……やっぱし寂しかったわぁ」
「そ、そうだったのですか!?……ごめんなさい。その……僕も福々さまとお風呂に入りたかったんですけど……もし体が反応してしまったらと思うと……恐くて入れなかったんです」
「ふふっ……こないな風にか?」
「あっ!!」
その瞬間、太い腕が勢いよく股座まで伸ばされて、お湯の中でピンピンになっているちんちんを、ムギュッと鷲掴みにされてしまった。
「ガッハッハ!いまさっき出したばっかしやというんに、やっぱし若いなぁ」
「ご、ごめんなさい!」
「ふふっ、なんも謝る事なんかあらへん。そないなとこも……ほんまにかわえぇんやさかいな」
「あっ……!!」
福々さまは僕のお腹に両腕を回すと、後ろからギュウッと抱きしめてくれた。
身も心も包み込むような抱擁に、嬉しさと恥ずかしさが混ざったような気持ちがいっぱいに込み上げてくる。
「多聞、こないな時やけど……いや、こないな時やないと言えへんさかい……聞いてくれるか?」
「は、はい」
「そのな……お前さんさえ、良かったらなんやけど……ワシんとこに、嫁に来てもらえへんやろうか?」
「えっ!?」
「ワシ……お前さんの事が、ほんまに大好きや。今のワシは、もう山神でも守神でもあらへん……ただのしがない古狸やけど……それでもお前さんの事だけは、何があっても幸せにしてみせるさかい!せ、せやから……」
そこまで聞くと、僕はもう居ても立っても居られずに、お湯を弾かせながら勢いよく振り返った。
そんな僕の事を、福々さまは目を丸くして、驚いた表情で見ている。
僕は福々さまの目をしっかりと見つめると、震えてしまっている自分を鼓舞しながら、口を開いた。
「ぼ、僕も……福々さまの事が大好きです。だから……その……ふ、不束者ですが……どうか、よろしくお願いします……!!」
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