ライカンスロープ 第4話

  月光だけが頼りの夜。

  広い草原の真ん中で、刀を手に、荒い呼吸を繰り返しながら前方の相手を睨みつける。

  大型のキメラを。

  緊張と恐怖、そして高揚感を抱いて。

  走り、跳び、転がり、キメラの攻撃を避け続け、僅かな隙を狙って斬りつけてゆく。

  そして、相手の動きが鈍った瞬間、首を深々と切り裂いた。

  倒れたキメラの頭に向かい、そこに刀を振り下ろした。

  何度も、何度も。

  

  いつの間にか、刀が無くなっていた。

  やむを得ず、握った拳を叩きつける。

  

  気が付くと、拳を開いて爪を突き立てていた。

  別に構うことなく、爪での攻撃を繰り返す。

  

  相手は、もう虫の息だ。

  あとは、止めを打ち込めばいい。

  口を大きく開いて、その喉に噛みつき、食いちぎれば・・・・・・。

  

  歯に走る肉の感触。

  血の味。

  身体に広がる勝利の喜び。

  そして・・・・・・。

  

  

  

  

  「う・・・・・・」

  目を開けると、そこに血まみれのキメラはいなかった。白い天井と転倒していない電灯がある。見慣れた病室の天井だ。

  (うっわ、またあの夢・・・・・・)

  睡眠中に繰り返し見続けてしまう不快な光景の後味に苦しみながら、瀞はベッドの上で上半身を持ち上げた。

  (お、痛くねえ)

  ここ数日、起き上がる瞬間に体を襲っていた痛みが消えている。それどころか、体が軽い。

  (微熱も下がったな)

  身体面での快調に安心しつつ、無地の白いシャツを脱ぎ、飴色の体毛に覆われた自身の肉体を見下ろす。当然ながら、犬獣人の姿のままだ。

  体毛をまさぐり傷口を見るが、抜糸も済んでいるのでほとんど目立たない。右の脇腹をかるく押しても、痛みはない。

  治ったと、確信できた。

  ほっと胸をなでおろし、ベッドから降りて脇に設置されている小型冷蔵庫を開け、緑茶口に含み、口内に染み込ませるように含み、飲み込む。冷気が腹へと落ち、その心地よさで悪夢の余韻も少しだけ晴れた。

  (何なんだよ、あれ。まぁ、殺されそうになる夢よかマシだけどよ)

  敵を殺す夢。何度も何度も、必要以上に傷つけて、最後には噛みつき、食いちぎる。

  凶暴で、グロテスク。敵を倒しているとは言え、あまりいい気になれない。

  (これが、戦うってことなのか・・・・・・)

  そんなことをぼんやりと考えながら壁に掛けられた時計を見ると、時刻は5時半を少し回ったところだった。早い時間だが、目は覚めている。

  (あー・・・・・・最近、全然動いてなかったからな)

  じっとしていたくなかった。体が、うずく。動けと、訴えてくる。好調の肉体を動かさずにして、どうするのかと。

  何より、悪夢によって心に生じた霧を、さっさと取り払いたかった。

  (どうせ晴美も寝てるしな。やるか)

  ベッドから少し離れた場所にあるロッカーを開け、タンクトップとジャージに着替えると、病室から飛び出し、薄暗い廊下を駆け出した。

  [newpage]

  「はっ! はっ! はっ!」

  広く長いクリーム色の廊下を、犬獣人となった瀞は全力で駆け抜けた。

  突き当りで停止して、振り返って走ってきた距離を確認する。200メートルはあるだろう。

  (すっげえ。あの距離を一瞬で。やっぱ、獣人ってすげえな!!)

  獣人になりまだ日が浅い瀞は、その能力にひたすら驚愕し、そして歓喜していた。

  高速で走り、重い機材も持ち上げ、天井まで軽々と跳び上がる。超人になれた気分だった。

  獣人となった自分の姿を見たときは、その用紙の変貌ぶりに衝撃を受けた。だが、慣れてしまえばどうということはない。犬と合体したと思えばいいし、元に戻られることも体感済みだ。

  (待合室は、もう一つ上の階だったよな。このまま走っていくか!)

  エレベーターを使わずに階段へ向かい、5段とばしで駆け上がり、再び廊下に出て走る。全力の運動を続けても、ほとんど疲労感はない。周囲にいる、白衣を着た人々の視線が少々気になるが、今はこの能力を体感したかった。周囲に迷惑を掛けないように、壁際を全力で駆け抜ける。

  力が漲る。気持ちが昂る。行き場のないエネルギーを、爆発させたいという欲求に付き動かされ、瀞は走り続けた。

  「げっ!」

  高揚して走り、十字路の手前まで来た途端、左から巨大なコンテナが出てきた。速度も出ているので、急停止は出来ない。

  「んだっ!」

  瀞は咄嗟に飛び上がった。身長ほどもあるコンテナを、軽々と飛び越える。

  だが、着地点には清掃用具を持った男性の姿があった。

  「やべっ!」

  瀞は左側の壁を蹴り、着地点を右へとずらした。結果、男性とは辛うじて激突せず、床に着地成功する。

  安堵して顔を上げると、白衣姿の周囲の人々が、クスクスと笑いながらこちらを見ていた。清掃員の男性は、不快な視線を向けている。

  「す、すいません」

  小声で謝罪した瀞は、速度をジョギング程度に抑えてその場から走り出した。消えたくなるほどの恥ずかしさに耐えながら。

  

  

  「ここ、かな」

  指定された部屋に訪れた瀞は、そっと中を覗いてみた。ホワイトボードに、机と椅子。教室に似た、自習室だ。

  室内には、誰もいない。ここで待ち合わせのはずだが。

  「おっかしいな」

  室内に入った瀞は、そこで気付いた。

  (あれ、何か、匂う。タバコの臭いと・・・・・・人?)

  まだ、鋭い嗅覚を活かしきれていない瀞だが、それでも分かった。この部屋には、誰かがいる。

  (もう来てるのかな?それとも、この部屋に入って、出たとか?)

  最も入り口に近い机の付近に来た瀞。その時、頭の上に何かが落ちてきた。

  「え?」

  それは、頭の上を転がり、目の前を通過して床へと落ちた。見下ろすと、床には1本の煙草が落ちていた。

  (何で煙草が?)

  瀞は天井を見上げ、そして硬直した。

  天井には、人が張り付いていた。否、人ではなかった。緑青(ろくしょう)色の皮膚で覆われた体は、どう見ても人ではない。

  顔もまた、人とは大きく異なっている。髪の毛と鼻が無く、黒い瞳でこちらを見下ろしている。口角を上げており、どうやら笑っているようだ。

  その人物と、目が合う。体毛がぶわっと逆立ち、尻尾もピンと立ち上がった。

  その瞬間に、ようやく瀞はそれの正体を悟った。

  この人は、蛇だ。蛇の獣人だ。

  理解した途端に、蛇は落下してきた。こちらに落ちてくる。

  反射的に後ずさろうとすると、踵が机に引っかかってしまい、仰向けに倒れ込んでしまった。

  すると蛇は、空中でくるりと体を回転させて瀞に覆いかぶさってきた。至近距離で、爬虫類の目がこちらをのぞき込んでくる。

  「うああああああああ!!!」

  「あああああああああ!!!」

  恐怖が口から飛び出した。同時に相手も同じように叫ぶ。

  重なり合う絶叫と体。犬と蛇。

  瀞は混乱し、ただただ無心で蛇の顔を見返すしかなかった。

  否、視線を逸らせなかった。真っ黒い瞳が、まるで引力を持っているかのようだ。

  「・・・・・・あ、う」

  口を動かしても、何も言えない。すると、蛇がにかっと笑った。

  「久しぶり」

  「はぃ?」

  蛇の発言の意味が、瀞には理解できなかった。丈一からBATの説明を受けて数日後、こうして基地に招かれた。だが、まだ瀞は獣人に会ったことがない。強いて言うなら、自分の姿を見ただけだ。獣人の知り合いなどいない。

  「あ、やっぱり気付かないか。ま、面影ないしな」

  蛇は少し、残念そうな顔をして呟いた。

  「え・・・・・・」

  

  

  この声、聞いたことがある。

  この雰囲気、味わったことがある。

  そうだ。獣人の知り合いが、たった一人だけいた。

  その時、その人は人間の姿だったけど、確かに言った。

  自分が獣人だと。

  

  

  「丈一、さん?」

  疑問を孕んだ声で、瀞は恐る恐る呼びかけた。

  「お、気付いた?嬉しいねぇ」

  蛇の顔が、ぱっと明るくなった。

  「本当に、丈一さんなんですね」

  確信が得られたことで、混乱が収まった瀞も笑顔を返した。

  「そう。この姿を見せるのは初めてだもんな。無理もないか」

  丈一は至近距離を保ったまま笑っている。瀞は会話を続けたかったが、それよりも、この距離感をどうにかしたかった。

  「っていうか、丈一さん、いったんどいて」

  「ああ、ごめん」

  丈一は、瀞からゆっくりと離れ、手を差し伸べてきた。解放された瀞は、その手を取って立ち上がった。

  「ほんと、お久しぶりですね」

  「ああ。一ヵ月ぶりかな」

  瀞は、丈一の姿をじっくりと見た。自分の獣人の姿は、初めて丈一に出会った時に見せているが、丈一が獣人になっている姿は初めて見ることになる。

  服装は、自分と同じく、紺色のシャツと短パンだ。露出している両腕と顔は、皮膚ではなく鱗で覆われている。口は自分と同様に前方に突き出ているが、鼻はなく、小さな鼻孔が二つあるだけだ。耳もついていない。

  「蛇、ですか」

  「お、分かるんだ。けっこう蜥蜴と間違える人多いんだよなぁ」

  「結構見ますから、蛇」

  「そういや、田舎って言ってたっけ。それでも、見分けるのは難しいと思うけどな。狼と犬よりも」

  「そうですかね? って、そうじゃなくて!さっきのあれは何ですか!?」

  「あれって、どれ?」

  「天井に張り付いていたやつですよ!」

  「ああ、あれ。ちょっと驚かせようと思って」

  「やりすぎでしょ。余計な茶目っ気出さないでください」

  「喜んでもらえると思ったんだけどな」

  「喜ぶ人は限られると思いますよ」

  「そうかな?ま、それはさておき、獣人になったのは2回目だっけ。気分はどう?」

  丈一は落ちていた煙草を拾ってポケットにしまいながら聞いた。

  「前よりも、しっくりくる感じですね。あと、兎に角、運動したいです」

  「へぇ、外見に対する拒否反応もないみたいだな」

  満面の笑みで自身の状態を語る瀞を見る丈一は、とても嬉しそうだ。

  「体毛が服で押される感覚は、ちょっと気持ち悪いですけど。半袖と短パンじゃないと、過ごしづらいですね」

  「それは、慣れるしかないからなぁ。俺もなったばかりの頃は苦労したなぁ」

  「丈一さんは体毛ないでしょ」

  「いやいや、鱗はデリケートなんだよ?だから今でも、冬以外は半袖半ズボンで、鱗に余計なものが密着しないようにしてるんだよね」

  「蛇って変温動物だから、ちゃんと長袖着た方がいいんじゃないですか?まだ夜は冷えるし」

  「いや、俺は獣人だから。蛇そのものじゃないから」

  「そういうところは、人間のままなんですね」

  「変なところは人間のままなんだよ。それより、変温動物とか、中学で習うんだ」

  「あ、それ、バラエティ番組で覚えました」

  「ああ、そう・・・・・・」

  「ちょ、こいつ頭悪いな、みたいな顔しないでくださいよ!」

  「どんな顔だよ。ま、確かに思ってたけど」

  「ひどっ!」

  蛇の姿になっても、やはり丈一は丈一だった。あの時、楽しく談笑した時と同じだ。

  やはり、丈一との会話は楽しく、居心地がいいと瀞は思った。

  「それじゃ、余計な話はここまでにして、さっそく案内しようかな」

  「はい。よろしくお願いします」

  丈一と出会ってから1ヶ月後。瀞は丈一に、BATの基地を案内してもらうことになった。

  正式な契約はまだ結んでいないが、瀞は既にBATへの入隊を決意していた。

  

  

  「一つのフロアは、こんな感じになっている」

  丈一は廊下を歩きながら、瀞にタブレット端末を渡した。画面を見てみると、アルファベットが中心に書かれた六角形が二重の円を描いており、中央には正方形が置いてある。

  「中央の正方形が、メインエレベーターがある中央ブロック。で、中央ブロックの周囲にある4つの六角形が、内周ブロック。北がA、東がB、南がC、西がDブロック。その外側にある8つの六角形が、外周ブロック。それぞれ北から時計回りに、E,F,G,H,IJ,KLブロックがある。それが地下7階まである。エレベーターは中央だけじゃなくて、各ブロックにもある。全国にあるBATの基地9つ全てが、同じ造りだ」

  「へぇ」

  「別のブロックへ行くには、連絡通路を通る必要がある。今、俺たちが通っているところだよ。ここを通って、隣のブロックへ行くんだ」

  「えっと、今、Dブロックから、Kブロックに向かってるんですね」

  「ああ。AからCブロックは、主に研究室や実験室が設置されてるんだ。獣人やキメラの研究が日夜行われている。Cブロックには、医療関連の施設もある。任務で隊員が負傷することもあるからね」

  「だから、白衣姿の人が多いんですね」

  「そういうこと。Dブロックは、隊員たちが出動前の準備を整える部屋がある」

  「え、そうだったんですか。通ったけど、全然気づかなかった」

  「その部屋の前は通らなかったから。話の続きだけど、Eブロックは基地の電脳ってところかな。各フロアのメインコンピューターがあって、データ管理とか行ってる。キメラの通報とか受けるところもそこ」

  「頭脳、ってことですか」

  「ああ。FからIブロックも研究関連だ」

  「そんなに多いんですね」

  「まだまだ調べつくしていないみたいだ。俺たちは、そんな技術で変身してるってことになるな」

  「えっ、それってやばいんじゃないですか?」

  不安がる瀞の質問に、丈一は笑って答えた。

  「大丈夫。人間から獣人への変身については、科学的に説明できるみたいだから。ただ、それでも科学者たちは、毎日研究と勉強と実験を繰り返してるんだよ」

  「はぁ」

  丈一が言うのだから、大丈夫だろうと瀞は思った。

  「まぁ、変身について難しく考える必要はないよ。で、I、J、Kが訓練ブロックってわけだ」

  「訓練用のブロック、3つもあるんですか?」

  「ああ。武道場とか、ウエイトリフティング用の部屋とか、グラウンドとか、実戦形式の場とか、色々あるから。ほら、このかっこじゃ、外で訓練できないから。中に全部置くしかないんだよね」

  「そっか。訓練も獣人の姿なんですね」

  「そりゃそうだよ。獣人の姿で戦うんだから。獣人の能力を発揮できるよう、訓練もこの姿さ」

  丈一は、誇らしげに自分の体を指した。蛇の笑顔は、やや不気味だが、恐怖や嫌悪感は抱かなかった。丈一だから、だろう。

  「それに、獣人の体は人間よりも丈夫だから、より過酷な訓練が出来る。能力の向上にも役立つのさ」

  「や、やっぱり厳しいんですか?」

  「あったりまえだろぉ~。化物と戦うんだよ?実戦で地獄を味わうんだから、訓練でも同等か、それ以上の地獄を味わわないと、生きていけないよ」

  話す内容もさることながら、五割増しで不気味に笑う丈一の顔は恐怖を感じずにはいられないほどだ。

  「やめてくださよ、脅かすのは!」

  「いや、でも、事実だし」

  しかし、そんな顔は3秒程度で終わった。やはり丈一は、身に纏う空気の変貌ぶりが極端だ。

  「やっぱり、貴方は丈一さんですね。前と全然変わってなくて、安心しました」

  「こんな短期間で人格が変わるわけないだろ」

  「そうですね。しっかし、ずっと獣人かぁ」

  「ああ。抵抗ある?」

  「まぁ、少しは。でも、すぐに慣れると思います」

  「早く慣れた方がいいよ。この基地にいる間は、ずっと獣人なんだから」

  「え、ずっとって?」

  「文字通りだよ。あ、それより、ちょっとあそこに」

  丈一は、廊下の一角にある休憩所を指さした。飲料水と菓子パンの自動販売機と、椅子があるだけの簡素なものだ。

  つかつかとそこへ歩いていく丈一の姿を、瀞は慌てて追った。

  「座って」

  自販機で購入した微糖の缶コーヒーを、丈一は瀞に渡した。

  瀞は感謝を述べつつ、言われたとおりに座る。自分の缶コーヒーを購入した丈一は、その隣に腰かけた。

  「えっと、BATの隊員になったら、基地に泊まり込みになるって話は言ったっけ」

  早速コーヒーを飲みつつ、丈一は質問してきた。

  「はい。自衛隊みたいな感じだって」

  瀞も一口飲み、それに答える。

  「そう。で、BATの基地に泊まっている間は、ずぅっと獣人の姿で過ごすってこと」

  「ずっと、ですか!?」

  瀞は自分の肉体を見下ろした。体毛がびっしりと生えた、人と大きく異なる外見。そして、圧倒時な身体能力。

  変身して日が浅く、まだ慣れない異形の姿。この姿のまま長期間寝泊りすると思うと、やはり違和感を感じずにはいられない。

  「ああ、ずっと」

  「何でですか?戻ってもいいじゃないんですか」

  「キメラに対抗できるのは、獣人だけだ。そのキメラはさ、いつ出てくるか分からないんだよ。通報を受けた後、いちいち変身して出動とか、していられないんだよ」

  「あ、そっか。一時間くらいかかりましからね」

  「そういうこと。お金もかかるし、変身の回数は減らしたいんだよ。それに、キメラが出なくても、訓練も獣人の姿でするんだから」

  「なるほど」

  「それに、獣人の体に慣れるっていう目的もあるな。いや、出来ることを知る、と言うべきかな・・・・・・獣人の体だと、人では出来ないことが出来るようになる。速く走れるとか、重いものを持ち上げられるとか、超人的なことがね。でも、脳が出来るわけないって、思っちゃってるんだよ。心理的なブレーキをかけてしまうんだ」

  「はあ」

  「その殻を破らないといけない。そのためにも、常に獣人で過ごし、獣人だとこんなことも出来るようになるんだって、脳に教えてあげないといけない。肉体と精神の統合を図るってことかな」

  「はぁぁ・・・・・・そういう理由もあるんですね」

  「そう。これは新人だけじゃなくて、ベテランにとっても重要なことだよ。数か月の間、ずっと人間の姿のままで過ごしていた人が、久しぶりに獣人に戻って身体能力のテストをすると、成績がかなり落ちていたらしいんだ」

  「そんなに、重要なんですね」

  「そういうこと。だから、ずっと獣人のままでいられるよ」

  「いや、いられるよって・・・・・・ちょっとは抵抗ありますよ。ずっと獣人の姿って」

  「大丈夫、すぐ慣れるさ。繰り返すけど、元に戻れなくなることなんか、無いから」

  丈一の冗談は、呆れてしまうが面白いと、瀞は思った。

  「そういうわけで、人間の姿になれるのは基本的に、長期休暇中とか、帰省している間だけってことになるかな」

  「それ以外は獣人ですか」

  「うん。だから、任務以外の外出は禁止」

  「ああ、そういうことになっちゃいますね。人前に出られないし」

  「だから、地下6階と7階はちょっとした街になってるんだよ。色んな店があって、映画館とかプールもあるよ」

  「えぇっ?俺たちも使えるんですか!?」

  「ああ。ずっと地下に籠ってたら、獣人たちの気が滅入っちゃうだろ。それに、獣人以外にも、泊まり込みで働いている研究員とか大勢いるんだから。だから、地下6階の半分は居住区になってるんだよ」

  「はぁ・・・・・・そんなにでっかい組織と基地なんですね」

  自分の想像を超えるスケールに、瀞はただただ驚いた。

  「そう。そんな組織の一員なんだよ、君は」

  丈一の手が肩に置かれる。ぐっと強く握られ、体に力が入った。

  「ちょっと、自覚というか、実感がわかないですね」

  「まだ、子供だからな」

  子供扱いされても、怒りは湧いてこなかった。自分の小ささを痛感したからだ。

  「でも、いずれ君も分かるよ。BATのこと、そして獣人のこと」

  丈一は、BATの解説をしていた時に見せた、妖しい笑みを浮かべてそう言った。

  恐ろしい、しかし、惹きつけられる顔だった。

  蛇であるからか、あの時よりも、より濃い空気を纏っている。

  鼓動が速まり、高揚する。

  「飲み終わった?」

  「え、あ、はい」

  突如、普段の顔に戻った丈一は、瀞の缶を指さした。瀞は慌てて、中身を飲み干した。

  「じゃ、案内再開といこうかな」

  「はい」

  丈一とともに立ち上がり、缶をゴミ箱に入れて、並んで歩き始める。

  「じゃ、訓練施設の方を見て回ろうかな。そっちが瀞にとっ大切な所だから」

  「はい、お願いします」

  丈一の顔は、もう妖しくなかった。しかし、瀞の心の高ぶりは消えなかった。

  BATのことを1つ、また1つ知る度に、胸が熱くなっていく。

  (すげえ・・・・・・俺は、こんなでっかい組織の一人になれるのか)

  早く、歴としたBATの、獣人の一人になりたいと、瀞は強く思った。

  [newpage]

  獣人の肉体で寝起きすることが当たり前となった今では、優れた身体能力と五感はもちろん、体毛だらけの肉体や尻尾に牙にも慣れた。尻尾を扉に挟むことも、速く走り過ぎて壁に激突することも、爪牙で小物を破壊してしまうこともない。

  無論、長期にわたって獣人の姿を維持することの精神的な抵抗も無くなった。異形の容姿で数週間過ごしていると、徐々にストレスを感じるようになっていったが、定期的に人間の姿に戻ることで解消されていった。

  (やっぱり、慣れってすげえなぁ・・・・・しかも、獣人のすごさを知ったら、こっちの方が結構快適だもんな。運動神経高いし、人間の姿にもちゃんと戻れるし。回復も早いもんな)

  完治した傷口を撫でながら走り、Iブロックに到着した瀞は、武道場へと向かった。あそこなら、木刀で思う存分素振りが出来る。

  肩を回しながら、周囲とは雰囲気が大きく異なる和風な造りの入口に近づいた瀞だったが。

  (あれ?)

  鼻が仲間の匂いを捕らえた。仲間の中でも、最も良い匂いだ。

  瀞はそっと、木造で手動である横開きの扉を開けてみた。

  畳が敷き詰められた広い道場の中心に、匂いの主はいた。ガードを下げ、低い姿勢で身構えて虚空を睨むカモシカの女性が一人。

  07部隊の空だ。

  「しっ!!」

  掛け声とともに、初期動作無しの右上段へ回し蹴りを繰り出す。

  即座に身をかがめ、敵の脚を薙ぎ払う回転蹴りを放つ。

  次に、敵に背を向けた状態から踵を使った蹴り上げを打ち、中段の回し蹴りを放った。

  4連撃の蹴りをここまで高速かつ的確に打ち込めるのは、空の技量だけでなく、カモシカの柔軟な筋肉があってこそ可能となる。

  さらに、空の仮想試合は続いた。ハイキックと見せかけてフェイントのローキックを打ち込み、曲芸のようなサマーソルトキックを披露し、倒立の状態からの旋風蹴りまでもやってのけた。さらには、側転やバク転をしたり、畳を転がって回避の練習も行う。

  汗を迸らせながら、一心不乱に打ち続ける姿に、瀞は見とれてしまった。

  洗練した動きはもちろん、懸命な姿勢に。

  「ふうっ!!」

  5分ほども休みなく蹴り続けた空は、ようやく動きを止め、畳の上に寝転がった。

  「はぁっ!はぁ・・・・・・ふぅ・・・・・・」

  苦痛に顔をゆがめ、荒い呼吸を繰り返す空。

  スタミナに優れた草食動物の獣人があれほど疲れているということは、長時間に渡って全力の運動を続けたのだろう。

  感心していると、空が寝転がったまま横を向き、目が合った。

  「・・・・・・ぅあっ!瀞!?」

  「よっ」

  瀞を認識した空は飛び上がり、恥ずかしそうに正座した。

  「ごめん、こんな格好で」

  空は顔を伏せて、小さな声で謝罪した。下着以外は、薄いシャツと短パンしか身に着けていないのだ。

  しかし、同じ基地で寝泊まりし、共に過酷な訓練を耐え抜いてきた瀞は、ラフな空の服装など今更気にしなかった。

  「いや、別に謝ることねえだろ」

  瀞は苦笑しながら道場に入ろうとし、しかしすぐに足を止めた。

  「あ、下着してないとか?だったら、出るわ」

  女性に対する配慮は、忘れてはならない。

  「ううん、してるから。大丈夫」

  「そっか」

  安心した瀞は、改めて道場に入った。

  「まぁ、でも空は・・・・・・」

  胸がとても小さいから気にしなくてもいいだろうと、そう言いかけた空は、辛うじて口を閉じた。事実、空の胸の膨らみは、非常に控えめである。

  「何?」

  「いや、空は、仲間だから。変な気とか起こさないから安心してくれよ」

  「うん」

  空は微笑んで立ち上がった。

  瀞は心の中で、その笑顔にごめんと一言謝罪した。

  

  

  道場内に設置された更衣室にて、空は長椅子に腰かけ、あらかじめ用意していたスポーツドリンク入りのボトルを手にし、深呼吸して中身を口に入れた。渇いた体にゆっくりと水分をしみこませる様に、口いっぱいに含んで飲み下す。

  冷気が体内に侵入し、火照った身体を癒してゆく。

  「お疲れさん」

  瀞は戸棚のタオルを取り、空に投げ渡す。空はありがと、と小さく言って受け取り、顔の汗をぬぐった。

  「何時からやってんだよ」

  空の疲れ具合を見た瀞は、そんな質問をしながら隣に腰かけた。

  「うん、5時くらいかな」

  「すっげ。今日オフだろ」

  今日は、訓練がない休日となっている。最も、基地からは出られないので地下6、7階の娯楽施設を利用するしかないのだが。

  「だから、朝練してもいいかなって思って。それより、体はもう大丈夫なの?」

  「ああ。昨日までは、ちょっと痛みが残ってたけど、それももう無いし」

  「一応、お医者さんの意見も聞いた方がいいと思うけど」

  「分かってるよ。あとで検査してもうさ」

  「うん」

  「一週間程度で完治って、すげえな、獣人」

  「そうね」

  汗を拭きつつ会話をしていた空は、何かを心配するような表情になる。

  「ごめん、汗臭いかな」

  「え、いや」

  「でも、瀞、鼻いいし」

  「あぁ、まぁ、少しは臭いけど、そんなに気にならなねえよ」

  「そう?」

  「ああ。訓練中とかしょっちゅう嗅ぐし、慣れたっつうかなぁ」

  「そっか」

  空は、ほっと安堵の表情を浮かべた。

  「それに、空は07部隊で一番いい匂いだしな。やっぱ女性だからか」

  「えっ・・・・・・」

  空から安堵が消え、恥ずかしそうな表情に一瞬で切り替わった。

  「え? ・・・・・・あ、いや、別に変な意味で言ったわけじゃねえから!!積極的に人の体臭を嗅ぐとかしないって!!ただ、鼻がいいから!!嗅ぎ取っちゃうんだよ、勝手に!!」

  「そ、そうだよね」

  「そうそう!今の、絶対風丸に言うなよ!誤解される!」

  「言わないから!安心して!」

  「よかった、聞かれたのが空で・・・・・・本当に、勘違いはするなよ。変態的な趣味とかねえから」

  「分かったから。大丈夫」

  苦笑する空を見て誤解はないと判断し、ようやく瀞は安心した。

  「いや、ほら、人間じゃなくて、半分犬だから、犬の感覚になっちゃうんだよ。分かるだろ?」

  「ふーん、そういうものなんだ」

  「空はないのか?」

  「岩壁を見たら、駆け上がりたくなるとか」

  「そんなのないよ!」

  「じゃあ、肉食動物見たら逃げ出したくなるとか」

  「もっとないよ!」

  「じゃあ、岩壁は、ちょっとはあるのか?」

  「それも!ないってば! ・・・・・・でも、獣人の能力の高さは、実戦を体験して、改めて分かったかな」

  「そうだな」

  

  

  一週間と少し前、深夜の森林での初陣で07部隊は犠牲者もなく勝利を収めた。

  負傷した瀞と風丸を下山させた後、空は和虎と賢士とともに、山中をくまなく捜索し、キメラがいないことを確認し、状況終了となった。

  

  

  「あんときは、マジで、悪かったな。鼻が利く俺がいなくて、大変だったろ」

  「ちょっとね。戦闘で突かれた後だっかたら。でも、和虎隊長も副隊長もいたから、ここ強かったわ。大怪我しなかったのも、あの二人と一緒にいたおかげね」

  「ちゃんと一緒にいたって言うのがすげえよ。俺や風丸みたいに、テンパったり調子に乗ったりしなかったってことだろ?」

  「でも、二人もキメラをたくさん倒したんだし」

  「運が良かっただけだ。もうちょっと隊長たちが遅かったら、死んでたしな。それより、やっぱり隊長たちは、すごかったのか」

  「うん。副隊長は1発も外さないし。和虎隊長なんて、何十体も簡単に倒してたんだから」

  「そっかぁ。やっぱ虎だな、あの人」

  「そうね」

  「あ、今のは動物的な意味だけじゃなくて、こう、比喩的というか、その・・・・・・」

  「獅子のようにかっこいいとか、男の中の男、みたいな意味?」

  「そう、それ!剣術の腕前に、兵士としての経験と知識、それに虎の能力が加わったら、当然、強いよな」

  「うん」

  訓練で、十分強いことは分かっていた。いや、分かっていたつもりになっていたようだ。

  隊長の真の強さは、自分たちではまだまだ計り知れないのだろう。

  「ちょっと、見てみたいな。すげえんだろうな」

  「うん。ちょっと、怖かったけどね」

  空の表情が曇った。それを見た瀞も、思い出した。

  戦闘の、グロテスクな真実を。

  そして、想像した。キメラの死体の山。血と内蔵の海。その中に立つ、返り血を浴び、太刀を担いだ和虎の姿を。

  「・・・・・・怖いな」

  「うん」

  「でも・・・・・・俺も同じだ」

  瀞は思い出した。自身もまた、その光景の中にいたのだ。

  「しょうがないって。戦いって、そういうものだと思う」

  「まぁ、そうだけどな、それだけじゃねえんだよ」

  自分自身の戦闘を振り返る度に見えてくる、自身を過ち。味方と逸れてしまった、それとは異なる、精神的な問題だ。

  思い悩む瀞の様子に気付いた空は、優しく声をかけた。

  「どうしたの、瀞」

  「あぁ、まぁ、こんなこと考えるのは俺だけかもしれないけど」

  言いにくそうに言葉を濁す瀞に、空は微笑みかけた。

  「言いにくかったら、言わなくてもいいよ」

  「いや、空には言っておきたい。空なら、話せるしな」

  「そう?」

  空は照れくさそうに笑った。つられて笑った瀞は、ゆっくりと口を開いた。

  「戦闘の前、空は、どんなこと考えてた?」

  「え? ・・・・・・私は、皆無事に帰れますようにって。もちろん、家族のためとか、人々のためっていう気持ちもあったけど、やっぱり、自分を含めて、戦わないといけない5人の無事を強く考えていたかな」

  「そう、か。そうだよな」

  瀞の表情は、曇ったままだ。自責の念に囚われているように見えた空は、励ますように声をかけた。

  「自分のことしか考えられなくても、しょうがないと思う。大げさじゃなくて、戦場にいるんだから、助かりたいってことだけしか考えられなくても・・・・・・」

  「そうじゃねえんだよな」

  瀞は小さな、しかししっかりと通る声で空を遮った。

  「一人になった時、マジでやばいって思った。そんな時、仲間とか、家族とか、彼女のこととか考えた。キメラが皆を襲ったら大変だとか、また皆に会いたいとか、そんなこと考えたら、自然と力が湧いてきたんだ」

  「うん」

  「でも、戦いまくって、キメラを何体も倒していると、皆のこと、完全に忘れたんだ。余裕がなくて忘れるとかじゃなくて。あの時は、まだ余裕があったんだ。それなのに、家族や彼女のこととか全然考えなくて、キメラを倒すことだけ考えてた」

  「うん」

  瀞の発する悩みを、空は短い相槌を打ちながら聞いた。

  「もっと倒したいって、殺したいって思ったんだ。味方との合流しようとかも、あんまり考えなくて、攻撃のことしか考えてなかった。皆のことを忘れてしまうほど、相手を殺すことを考えていたってことだ」

  瀞は大きなため息を吐いた。

  「別に、殺しを楽しんでいたわけじゃねえよ。ただ、要するに、任務のこととか、皆のことを考えずどう殺すかってことだけを考えていたんだ。しかも、俺さ、ほら」

  「うん?」

  受け入れがたい、しかし目を背けてはならない自分の一面に、瀞は向き合った。空がいるから、直視することが出来た。

  「敵に、噛みついたんだよな。思いっきり、ガブって。自然に、その攻撃が出たんだ。何かさ、もう、人とか獣人じゃくて、本物の犬じゃんか。あの時の俺。マジで獣だったよ」

  「うん」

  「獣人が動物になるケースは有り得ないって、説明は受けたけどなぁ。あの戦闘を思い出すと、自分が、理性や知性を無くした獣になりそうで、怖いんだよ。テンションが凄い上がった、あの瞬間、忘れられねえよ。あの高揚感が、今思えば、一番怖かった」

  「そっか・・・・・・」

  言い切った瀞だったが、気持ちが軽くなることは無かった。むしろ、空が自分をどう思ううのか、それが怖い。

  空のことだ。そんなこと悩んでるのかと、自身の悩みを一笑することはないだろう。だが、自分を空が恐れるのではないかという不安に襲われる。

  自分も、怖い。戦闘中、高揚感を覚えた自分自身が。今、こうして冷静にあの時の自分を客観視すると、普通ではなかったと、そう思わずにはいられない。

  何より、愛する恋人や家族のことを完全に忘れてしまったことが辛かった。皆のために戦おうと決めたのに。自分の信念は、そんなにも軽いものだったのか。安っぽいものだったのか。

  空は、そんな悩みを受け止めてくれると思った。だが、重すぎたのではないかと、言ってしまった後に悔やんでしまう。

  隣の空は、微動だにしない。こちらを見ているようだが、どんな表情なのか。

  (やばい人って思われたかな・・・・・・いきなり仲間がこんなこと言い出したら、なんて言えばいいか、分からないよな・・・・・・あぁ、くっそ。やっぱり、和虎隊長に言えばよかったぁ!)

  明るい声で、まぁちょっと考えちゃっただけだと、冗談のように振る舞おうとした瀞だが、それよりも早く空が口を開いた。

  「瀞」

  「まぁ、ん!?何!?」

  「私もね、戦闘中、ミスっちゃったんだ」

  「空が?」

  「うん。ボロボロになったキメラに、トドメを刺せなくて。襲い掛かってくるキメラは撃てたんだけど、死にかけているキメラは撃てなかったの。それで、躊躇っちゃったら、そのキメラが襲ってきて。でも、和虎隊長が助けてくれたわ」

  「そっか。やばかったんだな」

  「うん。その後、和虎隊長に言われたの。あの場で躊躇うことは、優しさじゃないって。助けたかったのは、キメラじゃなくて、自分だって」

  「自分?」

  「うん。戦闘の後、じっくり考えたんだけど、私はあの時、弱った生き物に追い打ちを掛けるように、酷い人になりたくなかったんだと思う。自分の手を、汚したくなってことかな」

  微笑を浮かべ、自身の手を見つめながら寂しそうに語る空。瀞は何も言えず、空の次の言葉を待った。

  「私は、覚悟がなかったみたい。兵士になる覚悟が。嫌われ役になってもいい。皆がやりたくないけど、でも、誰かがやらなきゃいけないこと。私たちは、それをしなきゃいけないの・・・・・・優しいって、言葉の意味は、簡単なものじゃないなってことが、分かったわ」

  「そう、か」

  「ごめん、瀞の悩みのこととは関係ない話ね、これ。ただ、初めての任務で、私も瀞も、同じように悩みを持ったみたいね」

  「ああ」

  「内容も答えも違うけど、この悩みは、私たちにとって、とっても重要なことだと思うの。まだ私は、自分の悩みの答えを出せたわけじゃないし、瀞の悩みの答えも分からない。ただ、悩み続けて、兵士としての経験を積んでいけば、答えは出るんじゃないかって思うの。だから私は、皆を守るためっていう戦う理由に、この悩みの答えを探すっていうことも、付け加えようと思う。答えはこれから探していく、それじゃ、だめかな」

  瀞は、恥ずかしくなった。

  空の思慮深さに比べ、自分はなんて浅はかなのか。

  兵士の覚悟、本当の優しさ。和虎隊長の言葉。それらが胸の中で渦となり、空を悩ませているに違いない。それでも空は、悩みを抱えつつも戦い、答えを探そうとしている。

  悩みを吐き出し、自身は何もせずに他人の答えを求める自分が情けなくてたまらない。

  「そうだな。答えは、これから探すしかない、か」

  「うん。でも、瀞は獣なんかじゃないから、安心して。噛みつきも、それが一番いい手段だったら、やってもいいと思う。獣人の牙と嚙む力は、凄いんだから」

  「そうかな?」

  「私が蹴りを主体で戦うのと同じ。獣人の能力を活かした戦いをしただけでしょ。相手はキメラなんだから、使える手は何でも使わないと」

  「かもな・・・・・・でも、もし理性無くした獣にマジでなっちまったら、遠慮なく撃っていいからな」

  「そんなの無理よ。味方を撃つなんて」

  「理性無くしたら、もう味方じゃねえよ。科学者は大丈夫とか言ってるけど、獣人はまだ解明されてないことも多いっていうしな。本物の犬になって、空を食おうとするかも」

  瀞は牙を剥き、口を大きく開け、ガチンと大きな音を立てて口を閉じた。

  「やめてよ、もー。でも、私も瀞の気持ち、ちょっと分かるなぁ。高揚感、私もあったかも。実戦でSG552を撃てて、嬉しかったから」

  「エスジー?んだそりゃ?」

  「私のライフル!特注で頼んでもらった銃のこと!何回も説明したのに!もう!」

  「あぁ、そうだっけ」

  まずいと、瀞は思った。しかし、もう遅い。マシンガンのトリガーは、引かれてしまった。

  「いーい?スイス製で、すっごい高性能なライフルなんだから。構造はオーソドックスなんだけど、かえってそれがよかったみたいで。信頼性も高くて、悪条件にも強いの。しかも全長はM4カービンよりも小さくて軽いから、私みたいな小柄な兵士でも扱いやすくて。けど、射程や威力が下がっていることもないし、その分高価なんだけど、そこは私が活躍してカバーするって約束して買ってもらったの。同じシリーズの最新作にはプラスチック製のモデルもあるんだけど、私はやっぱり、銃は鉄がいいかなって思って。だから、G36にしようかなって思ったこともあったけど、止めたの。あと、ブルパップ式もなんだか自分が使うイメージが持てなくて。だから、ステアーAUGの案も消えて、結局SG552で落ち着いたってわけ。ハンドガンもそれに合わせて、P229にしたの。同じ会社の銃って知ってた?同様に、コンパクトだけど高性能で信頼性が高いんだから。安全装置も無いからプロ仕様って感じもするし。228にしようか悩んだけど、キメラが相手だから40口径がいいと思って・・・・・・聞いてる?」

  「あ、ああ。やっぱり銃は、プラスチックでブルパーだよな」

  「逆!私は鉄派なの!しかもブルパーってなに!?」

  「お、落ち着け空」

  空に悩みを話してよかったと、瀞は思った。空の悩みも聞くことが出来た。

  やはり、空はすごい。同い年だが、精神的には空の方がずっと大人だ。

  しかし、銃に関する愛情と知識の深さと、語りだしたら止まらない一面は、どうにかしてほしいと思わずにはいられなかった。